龍と夜叉   作:雪音

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【第二幕】2人の男、2人の伝説≪前編≫

20年にも及んだ攘夷戦争…。そこでは多くの人間と天人が戦い、それと同じように多くの人間と天人が命を落とした。その攘夷戦争には…前期と後期という2つによく分類される。前期はかつての江戸で自分達の思想を実現せんと動いていた各攘夷志士達の藩が…敵味方関係なく一致団結して天人達を迎え撃った時期だ。もっとも、新撰組だけは己の信念を貫き通すと、最後まで攘夷志士達と手を取り合うことはなかったが…事実、前期の戦いは壮絶なものであった。それも、長州・薩摩・土佐藩の(かしら)が天人に捕まり、処刑され…前期の戦いは事実上終結となった。それから少し間が空いて…その遺志を継ぐように赤報隊(せきほうたい)と呼ばれる部隊が天人達を迎え撃つようになった。彼らは、薩摩藩の西郷 隆盛(さいごう たかもり)、そして岩倉 具視(いわくら ともみ)の支援の元で結成された部隊。その2人を処刑されたことにより、その仇を討つべく立ち上がったのだ。しかし少数の部隊で天人に立ち向かう事はあまりにも無謀であった。程なくして…赤報隊隊長の相楽 総三(さがら そうぞう)は天人の手により、戦いの最中でその白刃に貫かれて戦死した。他の赤報隊隊員も天人達に捕まり処刑される。その直後に…後期の壮大な戦いが始まる。前期同様多くの人間達が集い、それぞれの思いを胸に刀を振るった。1つの群れをなす者達、1人立ち向かう者…前期とは違い、いくつもの大きな藩のようなものが出来る事はなく、ただ一市民達が…武士達が、己の誇りをかけて戦った。

 

しかし…突然、ある出来事が戦う侍達を襲った。

 

江戸城に…一発の砲弾が打ち込まれたのだ。それは、開国を迫る天人による攻撃だった。自分達の力を誇示し、尚且つそれ以上に力を持っていることを見せつけようとした天人に恐れをなし、幕府は鎖国状態にあった日本を開国した。しかし、それでも侍達は戦う事をやめなかった。己の信念に従い、ひたすら剣を振るい続けた。それを止めたのは…幕府が布いた“廃刀令”だった。“侍は刀を持つべからず。刀を持つものは罪人とし、処刑する。”残酷にも…幕府のために戦っていた者達が、幕府に裏切られたのだ。それだけではなく、天人の言うままに…あろうことか、幕府が攘夷戦争で戦う多くの侍達を粛清したのだ。

 

こうして…長きに渡る攘夷戦争は、一発の砲弾と廃刀令、そして幕府の裏切りという形で終焉を迎えたのだ。

 

その攘夷戦争を語るにおいて、絶対的に名前が出てくる人物が2人いる。前期の戦い、そして後期の戦いで…その男達は他の誰にも及ばない絶対的な力を持っていた。

 

それが、“人斬り抜刀斎”と“白夜叉”の伝説。人斬り抜刀斎は前期の戦いで、そして白夜叉は後期の戦いで同胞を救い数多の天人を倒し、その力を天人達に見せ付けた。開国から数年が経った今でも、この両名を殺さんとする天人がいるほどに…この2人の力は壮大なもので、そして天人達が今でももっとも恐れる存在なのだ。

 

しかし…攘夷戦争が終わると同時に、この2人の所在は分からなくなった。戦死したのか、あるいはどこかで生きているのか…それすら分からず…。

 

ただ、時だけが過ぎていき…やがて、その名は伝説と化し、人々の記憶から薄れつつあった。

 

 

 

「おーい、帰ったぞー」

「あ、銀ちゃんが帰ってきたアル!!」

「おかえりなさい、早かったですね」

 

そう…一部の人間しか知らないのだ。

 

「ま、楽な仕事よ。それでこんだけ金が出るんだから…真選組の奴ら、相当儲かってるよなぁ…人様の税金でよォ…!!」

「じゃあとっとと、その金で溜まってる家賃を払いな!!」

「うるせぇな、ババァ!!わーってるよ!!払う、払いますよ~だ!!」

 

白夜叉が…銀時が、こうして生きているということを。いや、銀時があの有名な白夜叉である事すら知らない者の方が多い。知っている者がいるとすれば、今ここにいる新八・神楽と、現在は攘夷志士としてテロ行為を行っている桂 小太郎(かつら こたろう)高杉 晋助(たかすぎ しんすけ)、天人と人間との間を取り持ちながら商いをしている快援隊(かいえんたい)の頭である坂本 辰馬(さかもと たつま)、そして真選組の一部の人間くらいだ。自分が白夜叉だと分かれば恐れられるかもしれないと思った時期もあった。しかし…それでも、こうして銀時の周りには仲間がいる。彼らは銀時を伝説の“白夜叉”ではなく、“万事屋の坂田 銀時”として慕っているのだ。

 

「ほら、神楽!!酢昆布買ってきたぞ」

「銀ちゃん、ありがとうアル!!」

「そして俺はこれ~♪」

「もう、銀さん…。本当に糖尿病になりますよ…」

「モウ手遅レデスネ。頭ノ方モ手遅レナンジャナイデスカ?」

「うるせぇぞキャサリン!!テメェは顔が手遅れだ!!」

 

着流しを着た銀髪の天パ。目は死んだ魚のような…紅い瞳。しかしその腰には、武士としての魂がしっかりと備わった木刀が携えられている。廃刀令は確かに布かれているが、木刀をぶら下げてはいけないというお達しはきていない。まぁ、木刀をぶら下げている事で何度か面倒に巻き込まれたこともあったが、それでも銀時は決してこの木刀を手放す事をしない。銀時自身、これが悪あがきだという事は分かっているつもりではいるが…それでも…

 

「ところでそろそろお昼ですけど、今日はどうします?」

「おい、ババァ…飯」

「テメェ!!ここは飯屋じゃねぇつってんだろうがァァァ!!!」

 

護りたいものがいる限り…銀時は決して、この木刀を手放さないと誓った。お登勢との約束、そして…大事な仲間を護るために…。

 

何だかんだ言いながら、結局スナックお登勢で昼食を済ませた3人は2階の万事屋に戻り、いつも通り…ダラダラとした日中を送っていた。

 

「結局、真選組からの依頼って何だったんですか?」

「真選組が春の交通安全運動キャンペーンでよォ、隊士が全員屯所から出払っちまうから…その間の警護。ったく、普通に考えて人員配置しろってんだ…。あのゴリラ、頭まで動物レベルかっての…」

「仕方ないアル、ゴリラはしょせんゴリラ!!どんなに知恵を絞っても無理ネ!!」

「あえて否定はしないでおこうと思ったけど…流石に神楽ちゃん、ちょっと言いすぎだと思う…」

 

とりあえず、自分のするべき仕事は終わった。スナック・お登勢のタダ働きも、ある程度の家賃を払ったことで良しとなり、現在万事屋メンバーは暇な日中を過ごしている。

 

「そーいや…」

「ん、どうしたんですか銀さん?」

「いや、真選組(やつら)よォ…何か別の奴にも仕事を依頼してるみたいだったんだわ…」

 

何気なくジャンプを読んでいたら…ふと、真選組で土方と交わした言葉を思い出した。そしてすれ違った、刀を差した侍のことも。

 

「まさか商売敵ネ!?」

「まぁ、そうなるのかねェ…」

「けど、僕達万事屋に頼めない仕事といったら…」

「そういうことだよ、新八君」

 

自分達が首を突っ込む事が出来なくなった…“幕府が関わっている事件”。恐らくはこれなのだろう。以前は真選組からよくその手の依頼もきていたのだが、銀時達の派手な動きで目を付けられ…あまりそういうことに首を突っ込めなくなってきた。時々ではあるが、監視されている事だってある。まぁ、その度に…何故か万事屋の屋根裏に隠れている猿飛(さるとび) あやめ(通称:さっちゃん)が仕留めてくれているため、今のところ万事屋に大きな被害は無いが…やはり、見られていい気分は当然ながらしない。

 

「なー、お前の姉ちゃんとこと合わせてストーカーの被害届出すかァ?」

「いや、もう姉上は諦めてますよ。それにボディガード雇いましたし…」

「そのボディガードってどんな人ネ?もしチャランポランなマダオだったら、私ぶっ飛ばすヨ!!」

「そういや、俺も知らねぇな。おい、新八。今度、お妙に連れて来いって言っとけよな…」

「あ、連れてくるって言ってましたよ?近日中に」

「マジでか!?うぉぉぉっ、姐御に相応しい男か私が見極めるネ!!」

 

監視が何度か入り込んだことは、それとなく近藤や土方にも伝えてある。しかし、彼らも迂闊には動けないだろう。監視している人間が幕府の雇っている忍であれば尚更だ。面倒な事になったと最初こそ思っていたが、何とか出来ているため…最近ではもう気にする事も無くなった。

 

「見極めるのはいいけどよ、お前…マジでぶっ飛ばすなよ?相手は一応人間なんだから…」

「一応って…ちゃんとした人間ですよ…」

 

だから気にしないで、いつも通りに過ごそう。それが、万事屋の出した結論だった。知られて困るような事は何もしていない。

 

(まぁ別に俺が“白夜叉”だってバレたって…今、何かしてるわけでもねぇしな…)

 

バレて困る事があるとすれば、恐らくは銀時の過去だろうが…現在は攘夷活動をしているわけでも、その手伝いをしているわけでもない。たまに、桂がやってくる事はあるが…しつこい勧誘も断り続けている。今更、攘夷だ何だと…首を突っ込む気は更々無いのだ。

 

「あれ、神楽ちゃん何処行くの?」

 

ボーッと考えていると、そんな新八の声が聞こえてきた。どうやら、近所の公園まで散歩に行くらしい。愛用の番傘を持ち、出かけていく神楽を見つめながらふと…何気ない事を思う。

 

(神楽は俺が白夜叉だって知ってる…。アイツにしてみりゃ、俺は天人を大量に殺したいわば仇…。どう思ってるのかねぇ…。)

 

柄にもなく、そんな事を考えてしまった自分。自嘲に口は歪んでいたが…それを隠すように、ジャンプを顔に乗せ、いつもの昼寝スタイルをとる。

 

「じゃ、新八…あと任せた」

「ちょっと、銀さん!?」

「銀さんは朝のお仕事で疲れたので寝ま~す」

「…ハァ…。はいはい、分かりました。何かあったら即行で起こしますから起きてくださいね!!」

「おーう…」

 

何となく…銀時の声にいつもの元気が無いような気がした新八だったが、それに深くツッコむ事はせず…近くに散らかっていたジャンプを手に取り、何となくそれを読み始める。

 

「ホント…なんでジャンプって読み始めたら止まらなくなるんだろ…」

 

 

 

「今日はいい天気アル!!」

 

傘をくるくると回しながら、さんさんと降り注ぐ太陽の光を見つめて神楽は微笑んだ。夜兎族は日の光に弱い。それ故、晴れているときは傘をささなければ外に出ることは出来ないのだ。ルンルンと鼻歌を歌いながら、目的の公園へと向かう。しかし…その少し前である光景を目撃した。

 

「いやっ、やめて下さい!!」

「いいじゃねぇの、綺麗な天人さんよぉ?人間のオジサンと一緒に遊びに行こうぜ~?」

「困ります!!私は…約束がッ…!!」

 

嫌がる天人の女を、無理矢理連れて行こうとするオヤジ。見た目、天人の女はとても美人で…恐らくはどこかの飲み屋にでも勤めているのであろうということは、子供の神楽にでもすぐに分かった。と同時に、神楽はダッと駆け出しもめている2人の元へ急ぐ。

 

(なんで嫌がってるのに誰も助けないアルか!!…天人だから?そんな理由で助けないネ…?銀ちゃんだったら絶対に助けるヨ…!!)

 

思いっきり息を吸い込み、オヤジを怒鳴り散らそうとした時だった。

 

「その辺にしてはどうでござるか?その女子(おなご)は嫌がってるでござろう…」

 

女の手を掴んでいたオヤジの手をパシンと掴み、鋭い眼光をオヤジに向ける。赤い長髪の小柄な男が止めに入ったのだ。しかし、神楽も怒りを抑えられない。そのまま駆け出したスピードで…

 

「死んで償えや、この変態がァァァァ!!!!」

「ブベッ!?」

 

蹴り飛ばした。

 

突然の出来事に、その場にいた誰もが呆然と少女を見つめる。それは、先ほど止めに入った男もまた然りだった。しかし男はすぐに我に返り、言い寄られていた天人の女に視線をやる。

 

「大丈夫でござるか?怪我は…?」

「い、いえ…大丈夫でございます。」

「そうでござるか、それはよかった…」

 

フワリと笑う男に、天人の女が見とれていると…今度は別の声が聞こえてきた。

 

「おうおう、小娘が!!よくも(かしら)をぶっ飛ばしてくれたなぁ!!テメェ、俺達が攘夷志士だと知っての狼藉だろうなぁ?アァッ!?」

 

恐らくはさっきの少女がぶっ飛ばした男の部下達だろう。声色からして…穏便な解決は望めそうに無い。

 

「お主はここから早く逃げた方がよいでござろう。巻き込まれる前に、早く…」

「しかし、お礼がまだ…!!」

「礼など不要。困っている者を助けるのは当然の事でござるよ」

 

それだけを言うと、男は立ち上がり「早く!!」と女に声を掛ける。その背中にペコリと頭を下げて、天人の女は逃げるようにその場を駆け出した。

 

「待て、あのアマ…!!」

 

すかさず、その後を男が追おうとしたが…

 

「おうおう!!追いたいならまず、私を倒してから追うヨロシ!!」

「んだと、このクソガキァ…!!」

 

それをすぐに神楽が阻止した。それどころか、ニヤリと笑いチョイチョイと手で挑発する仕草を見せる。完全にキレた男達は、一斉に神楽目掛けて刀を抜き、切りかかってきた。咄嗟に神楽は傘を構えようとしたが、生憎…この日差しの下では傘を武器として使うことは出来ない。

 

「しょうがないネ!!けど私、戦えるヨ!!」

 

だが、その体術で難なく攘夷志士達をなぎ倒していく。しかし…

 

「背中ががら空きだぜ、お嬢ちゃん?」

 

ニィッと笑いながら、男が神楽の背後を取った。

 

「しまっ…!!」

 

前にばかり気を取られていた上に、片手に傘を持った状態で戦っている神楽は圧倒的に不利だった。斬られる…!!覚悟を決め、その瞬間を待ったが…いつまで経ってもその痛みは襲ってこない。その代わりに、キィィィンという金属同士がぶつかり合う特有の音が聞こえてきた。

 

「なっ…!?」

女子(おなご)に手を出しただけでは飽き足らず、子供まで殺めようというのか?大した攘夷だ…」

 

鋭い声が…神楽の耳に響いてきた。一瞬、雰囲気が何処となく銀時に似ていた為、銀時が助けてくれたのかと思ったが…背中越しに見たその姿は、天人の女を助けている男だった。

 

「貴様ァ…!!」

 

2人の男が鍔迫(つばぜ)り合いをしているが…決して、互角というわけではなかった。力んでいる攘夷志士の男とは対照的に、赤髪の男は表情一つ変えることなくその剣を受けている。どんなに力を入れても、男が表情を変えることも後退することもない。

 

「こん…のッ…!!」

 

目いっぱい力を入れて、目の前の男を力ずくで押し倒そうとした時だった。

 

「どうしたネ?背中ががら空きヨ、クソオヤジ!!」

 

さっき、自分が発した言葉と同じそれが背後から聞こえる。振り向けば、身軽に中を舞っている…神楽の姿。ニィッと笑みを浮かべて蹴りの体勢を整えていた。

 

「ホワチャァァァァッ!!!」

 

鍔迫り合いをしていた男の顔面に、容赦なく蹴りをお見舞いすると、先ほどの(かしら)のうように凄まじい勢いで吹っ飛んでいく。

 

「レディに手荒な真似をする奴は私、許さないアル!!どっからでも掛かって来いゴルァ!!」

 

神楽が挑発すれば、その挑発に乗った男達が一気に攻めてきた。神楽は…見ず知らずの男と今、背中合わせの状態にある。しかし不思議と、その背中を預けられると…そう思ったのだ。

 

「随分と元気のよい子でござるな…。しかし、危険でござるよ…」

「大丈夫ネ!!私、こう見えても強いアル!!一緒に戦うヨロシ!!」

「ならば、背中をお主に任せても良いでござるか?」

「もちろんアル!!私の背中も任せるネ!!」

「承知」

 

確認し合うと、タン…と同時に地面を蹴る。そして向かってくる志士達を片っ端から倒していった。

 

その攻防も長くは続かず…圧倒的な神楽の力と、男の力ですぐにその場は鎮圧した。暫くすると、けたたましいサイレンの音が聞こえてくる。

 

「おろ、誰が呼んだのでござろう…?」

 

恐らくはこの騒ぎの中で誰かが警察を呼んだのだろう。神楽はハッとする。この廃刀令のご時世に刀を携えている…隣に立つ男。悪い人物ではないことはよく分かったが、だからといって刀を差して歩いていいわけではない。

 

「こっちネ!!」

「おろろ~っ!?」

 

突然手を引っ張られ、男は神楽に連れられその場を後にした。

 

その直後…

 

「土方さん、間違いありやせん。この前捕まえた奴らの残党でさァ…」

「しかし…誰がこんなに派手に暴れたんだ?」

 

真選組が現場に到着するが、その場に…この攘夷志士達を倒したと思われる人物は見当たらない。

 

「おいアンタ。これ、誰がやったか知らねぇか?」

 

近くにいた男を捕まえ土方が聞けば…

 

「それがよ、赤毛で左頬に十字傷のある刀を持った兄ちゃんと、チャイナ服を着て傘をさした女の子があっという間に片しちまったんだ!!」

 

そう証言した。男の証言する2人の人物に…土方も、そして沖田も心当たりがある。心当たりどころの話ではない。その人物意外にいないという自信がある。

 

「緋村の旦那と、万事屋んとこの神楽か…」

「そうでしょうねィ。しかし…旦那達、知り合いなんでしょうか…?」

「さぁな…。それ以前に、なんで…この場にいねぇんだ?旦那だったら別に逃げる必要はねぇだろ…」

 

謎は深まるばかりだ。とりあえず、自分達のやるべきことを片しながら、後で山崎を使って聞いてみるか…と、土方は自己完結させた。

 

その当の本人達はというと、近くの公園まで逃げてきていた。

 

「ここまでくれば大丈夫ネ!!真選組のボケェもここまで来ないアル!!」

 

共に戦った男…剣心を見上げてニコリと笑えば、剣心は驚いたように神楽を見つめた。

 

「もしや、拙者のために…?」

「今のご時世、刀は駄目ネ。廃刀令…って言ってたアル。お兄さん、悪い人には見えないけど、真選組はどんな事も見逃してくれないネ!!」

 

神楽の脳裏を過ぎったのは、お妙を追い掛け回している近藤と、ご飯にたっぷりのマヨネーズをかけている土方と、いつも真っ黒な笑みを浮かべている沖田の姿。常識からかけ離れた連中ではあるが、自分達の仕事に一切の妥協を許さないとても強い者達だということもよく知っている。例え神楽がどんなに説明をしても、帯刀している時点ですぐに連れて行かれるに違いない。故に、神楽は剣心を連れて離れた公園までやってきたのだ。

 

「そうでござったか。お主は優しいでござるな…」

 

フワリと笑いながら剣心がポンポンと頭を撫でると、神楽は嬉しそうに笑う。

 

「私の名前、神楽アル!!お兄さんの名前は何ネ?」

「拙者は緋村 剣心でござるよ。ついでに言えば…真選組とは顔なじみでござる」

「顔なじみ?よく捕まってるアルか?」

 

神楽の脳裏を過ぎったのは、いつも真選組から逃げ回っている桂の姿だった。ということは、この男も攘夷志士なのだろうか…?

 

「拙者は特別に帯刀の許可が下りているでござるよ。真選組の者達が掛け合ってくれて、刀を持つことが許されているでござる。」

「マジでか!?あの税金ドロボー達が刀持つの許したアルか!?」

「フフッ…それ故、よく真選組の者達からは仕事を頼まれるでござるな…」

 

何ということだと神楽は驚きの眼差しで剣心を凝視した。あの頭の固い頑固者達が、帯刀を許可したとは本当に驚きの事実なのだ。

 

「そういうお主も、真選組とは知り合いでござるか?」

 

剣心に問われ、ハッと我に返った神楽はコクコクと頷く。

 

「私、万事屋やってるネ。銀ちゃんっていう男のところに居候してるアル。よく、銀ちゃんが真選組から仕事を頼まれてるから、その手伝いをしてるヨ!!」

「そうでござったか。偉いでござるな…」

 

まだ幼さの残る少女が働いているという事に感心する剣心である。このご時世、子供・大人関係なく雇ってくれる店は多い。とはいっても、中には危険な仕事も山のようにある。それこそ、攘夷志士が関わってくるような…危険な仕事も。

 

「私、人間じゃないネ。夜兎族…。夜兎は戦闘種族だから、他の人間よりも強いし、ちょっとの怪我だったらすぐに治るアル。」

「…天人でござるか…?」

「…私のこと、嫌いになったアルか?」

 

夜兎族と聞き、剣心の脳裏に攘夷戦争の光景が過ぎった。その時に…数多の夜兎族と対峙し、苦戦を強いられた事を思い出す。

 

(この娘が…夜兎…)

 

見れば、不安そうに神楽が剣心を見上げている。拒絶される事を恐れているのだろう。そんな神楽を安心させるように、剣心は笑いながら首を横に振る。

 

「関係ないでござるよ。天人であろうと人間であろうと、良き者であれば戦う理由はどこにもござらん。何より、お主は人助けのためにあんなに頑張っていたでござろう?拙者はお主のその優しさが好きでござるよ」

 

何度も何度も…夜兎族だということを利用され続けてきた。戦闘種族ゆえ、その手を血に染めた事もあった。駄目な事だと分かっていても、それでも…生きていく為だと割り切った事もあった。そんなときに、自分を暗闇から救い出してくれたのが銀時達だった。そして、出会って間もない剣心もまた…自分が天人で夜兎族だと知ってもなお、離れていくことなくその優しい笑顔を向けてくれる。

 

「なんだか侍じゃないみたいネ…。とても刀で人を殺すような人には見えないアル…」

 

こんなにも優しい(ひと)が…何故、刀を持ち、人を殺すのだろうか…?何気なく神楽が零した言葉に「ん?」と首を傾げたが、先ほどのことと腰に差している得物のことを言っている事がすぐに分かった。剣心は刀を抜き、それを神楽に見せる。

 

「分かるでござるか?」

「……あ、この刀変ネ!!刃が逆に付いてるヨ!!」

「そう…この刀で人は殺せぬよ。拙者は誰一人殺してはおらぬ。不殺(ころさず)を…この刀に誓っているから…」

 

誰も殺していないという言葉に、何となく神楽はホッとした。この優しい男が誰かの血で染まる姿は見たくないと…そう思ったのだ。

 

「じゃあ何の為に刀を持ってるネ?戦う為アルか?」

「そうでござるな…。苦しんでいる人達を護るため、でござるよ…」

 

その強い瞳は…どことなく銀時に似ているような気がした。銀時も…自分の木刀を“護るため”に振るっている。

 

「似てるネ…銀ちゃんと…」

「お主の雇い主でござるか?」

「うん…!!銀ちゃん、普段はダラダラしてて、まるで駄目なオッサン…略してマダオだけど、やる時はやる男ヨ!!いつも護るために木刀を振り回してるネ」

 

死んだ魚のような目をしているが、ここぞという時にその瞳は強く輝く。大事な物を…大事な者を護るときは…。

 

「…どうやら考え方が拙者と似ているようでござるな。一度会ってみたいものだ…」

「だったらいつでも万事屋に来るヨロシ!!いつも暇してるネ!!私もそこに居るし、もう1人新八っていうのもいるヨ!!」

 

ニコニコと笑いながら言う神楽に、同じように剣心も微笑み返した。神楽から感じるのは、純粋に自分の大好きな人達を紹介したい…そういう思いだ。神楽の言葉に剣心は頷く。

 

「では約束でござる。遊びに行くでござるよ…」

「ヤッホーイ!!場所はかぶき町にある、スナック・お登勢の上の階ネ!!銀ちゃんには私が説明するヨ!!」

 

飛びついて喜んでくる神楽を抱きとめながら、その頭を優しく撫でる。天人と言ってはいるが、どこにでもいる普通の子供となんら変わらない。元々子供が好きな剣心は、こんな神楽の一挙一動がとても微笑ましかった。

 

「旦那…こんなところに居たんですね…」

 

その時、剣心の座るベンチの背後から声が聞こえた。神楽は咄嗟に構えたが、剣心は既に気付いていた為特に驚く事も剣を構える事もしなかった。そう…知った気配だったからだ。

 

「山崎殿…どうしたでござるか?」

「あー、ジミー!!何してるアルか!?覗きネ!?テメェもストーカーか!?」

「ちょ、ちょっと待って!!違うから、俺は土方さんに頼まれて旦那達を探してただけだから!!」

「おろ、拙者達を…?」

 

そこに居たのは、真選組監察方の山崎 退(やまざき さがる)だった。とりあえず、今にも掴みかかっていきそうな神楽を何とか抑えて山崎に言葉を続けるように促す。

 

「いえね、さっき攘夷志士達が何者かによって叩きのめされたという事件がありまして…」

「あぁ、すまぬ。拙者達でござるよ…。その場に留まり、状況を説明しようとしたのでござるが…」

「私が連れて逃げたネ!!税金ドロボーに捕まると思って…!!」

 

神楽の言葉に、山崎はやはりそうかと苦笑を漏らす。いつもの剣心だったら、何かあったときには必ずその場に留まり状況を説明してくれる。その場から逃げるような事は決してしないし、意味の無い争いも決してしないことを山崎はもちろん真選組の誰もが知っている。

 

「すまぬな、突然の事だった故…拙者もこの子のなすがままにここまで来てしまったでござるよ」

「いえ、気にしないで下さい。状況は見ていた人達から聞いてますので…。それに、こちらとしても助かったんですよ。旦那が倒してくれた攘夷志士達は、以前俺達が検挙した奴らの残党でしてね…。何処に潜伏しているのか全く情報が掴めていなかったもので…」

 

礼は頼んでいる明日の仕事の報酬と共に…と耳元でささやいた山崎の言葉に、剣心は「いや」と首を横に振る。

 

「最初に助けたのはこの子でござるよ。礼ならこの子にしてやってはくれぬか?」

「え、神楽ちゃんに?」

「何言うネ!!私1人じゃなくて一緒に戦ったヨ!!」

「ん~…じゃあ、半分ずつでどうだろう?どうかな、神楽ちゃん?旦那もそれでどうですか?」

 

そう言われれば否とは言えない。折角の好意を無下にするのも失礼というものだろう。それに神楽はよっしゃとガッツポーズをしている。剣心もまた、山崎の提案を承諾した。

 

「拙者は…屯所に行ったほうが良いでござろうか?」

「いえ、もう大体の現場検証も終えてるんで大丈夫ですよ。ご協力、有難うございました!!」

「いや…お安い御用でござる」

 

では、と山崎は素早くその場からいなくなる。一連のやり取りを見ていた神楽は、真選組と剣心が親しい間柄だという事がよく分かった。と同時に…疑問も浮上する。

 

「なんでさっき、お礼をくれるって言ったジミーに、いらないって言ったアルか?銀ちゃんだったら喜んで飛びつくネ」

 

それはもちろん、神楽とて例外ではないのだが…しかし納得が出来ないと首を傾げる。剣心は少し困ったように笑いながら山崎の申し出を断っていた。それが不思議でならなかったのだ。

 

「金や礼の為に人助けをしたわけではござらんからな」

 

まだ子供には難しいだろうかとも思ったが、剣心は笑いながらそう言った。聞いてすぐこそキョトンとしていた神楽だったが、その意味を理解したのか…腕を組みうんうんと頷く。

 

「銀ちゃんも見習わなきゃ駄目アル…!!あの男は金・金とがめついネ!!」

 

一瞬、神楽の挙動に驚いたが…子供ながらに理解したのだと分かった剣心は、ニコリと笑った。それにつられるように、神楽もまた華のような笑みを見せる。

 

それから暫く、2人は他愛の無い話をしていたが気付けば辺りは夕焼けに染まりつつあった。

 

「そろそろ帰らないと、銀ちゃんが心配…はしないと思うけど、新八がうるさいネ…」

「楽しい時間というものは、あっという間に過ぎるでござるな」

 

名残惜しそうにしている神楽の頭を優しくなでながら微笑めば、神楽は真剣な瞳で剣心を見つめる。

 

「また…私と会ってくれるアルか…?」

 

その申し出にもちろんだと頷けば、飛び跳ねて喜びながら神楽は帰っていく。大きな声で「約束アルよ~!!」と叫びながら。それに笑いながら頷けば、もう必要なくなった傘を畳んで神楽は走って帰っていった。

 

「本当に、元気な子でござるな…」

 

受け取った名刺には、“万事屋 坂田 銀時”と書かれてある。恐らくは、彼が神楽の雇い主なのだろう。と同時に…ふと、昼の…真選組屯所での事を思い出した。

 

「…あの時、すれ違った着流しを着ていた侍…。彼のことを、沖田殿は“銀時の旦那”と呼んでいた…」

 

それから少し沖田から詳しい話を聞き確信したのだ。あの時すれ違った男は、攘夷戦争の後期で有名となった“白夜叉”である事を。感じたのだ…。捨て切れていない、侍としての魂というものを。

 

「これは…偶然でござろうか…」

 

神楽に手渡された名刺を眺めながら、剣心はぼんやりと考える。昼間すれ違った男からは、パッと見はとても伝説とされた最強の男には見えなかった。だが、剣心が戦から離れて再び激化した攘夷戦争の情報を新聞で目にしたとき、写真と共にその者のことが書かれてあった。謳い文句の姿と、昼間すれ違った侍の姿が酷似していたのだ。

 

「“銀色の髪を血に染め、戦場を駆けるその姿はまさしく夜叉”だったか…」

 

それが、銀時の二つ名の由来となった。桂や高杉のように本名が露見することなく、この二つ名だけが歴史上に残っている為、銀時と白夜叉が同一人物だと分かる者は本当に限られてくるだろう。

 

「もっとも…拙者も人のことは言えぬでござるか…」

 

自嘲に口元を歪め、剣心は空を見上げる。夕焼けと闇のコントラスト。何度…あの戦地でこの光景を目にしただろうか?そして何度…その地で、この手を赤く染めただろうか?

 

「“人斬り抜刀斎”もまた、限られた者しか知らぬ存在…」

 

果たして、自分が人斬り抜刀斎だと分かったら…神楽はどのような反応を見せるのだろうか?あの時、神楽は自分が天人で夜兎族であることを拒絶されるのを恐れていた。

 

「もし、拙者が…天人を大量に斬り殺した男だと知ったら…」

 

思えば、夜兎族もこの手で殺めた。きっと…離れていくに違いない。

 

「これが、運命でござるよ…」

 

人斬りは死ぬまでその罪を背負って生きていかなければならない。例え今は人斬りでなくても、人斬りだったという過去は変えられない。

 

「…次に会った時、全て話そう…」

 

その時に神楽はどのような表情をするのだろうか?あの華のような笑みが悲しみに…怒りに歪むのだろうか?

 

仕方のないことだ。

 

「拙者は…それだけのことをしてきたのだから…」

 

 

 

「なぁ…ぱっつぁん…?」

「何ですか、銀さん?」

「神楽…遅くね?」

「そうですね…」

 

日も暮れて、外はすっかり昼の姿から夜の姿へ変貌を遂げたかぶき町。聞こえてくる声は、スナック・お登勢にやってくる客の声や、通りを歩く人間だか天人だか分からない輩の声ばかりだ。本来であれば、ここにもう1人いなければならないはずなのだが…もう1人の従業員の姿はない。

 

「神楽ちゃん、昼に出かけたっきりですよ…」

「まぁ、アイツのことだから心配はいらねぇとは思うが…」

 

神楽は夜兎族だ。そこいらの男達なんかよりもずっと強いことは分かっている。分かってはいるが…やはり、気にならないと言ったら嘘になる。

 

「…ハァ、ったく…。とりあえず、神楽の行きそうなところを片っ端から当たってみるか…」

「まさかとは思いますが…お登勢さんのところで…」

 

アハハ…と引き攣った笑みで新八がそう言えば、「バカ言ってんじゃねぇよ!!」と銀時が必死の表情で言葉を遮る。お登勢の店で神楽がすることといったら1つしかない。夕食の催促だ(しかも白米オンリー)。

 

「大体、考えてもみろよ新八君?もし、神楽がババァのところで飯を食ってたら必然的に大騒ぎになるだろ?ババァかキャサリンが怒鳴り込んでくるだろうよ…」

「まぁ、それもそうですね…」

 

それがないということは、即ちお登勢のところにはいないということになる。その事実が、尚更2人を不安にさせた。

 

「…よぉし、新八。お前はまず、家に帰れ」

「ってなんでそうなるんですか!?神楽ちゃんを探さないと!!」

「バカヤロー、神楽がお妙のところに行ってる可能性があるって言ってんだよ。」

「あぁ、成る程…その可能性は確かにありますね…」

「もし居たら…まぁ、そのままお前ん家に泊めるなりこっちに連れ帰るなりしてくれや…」

「分かりました!!見つかったら携帯に連絡しますね!!」

「おう」

 

新八はとりあえず道場へ、そして銀時は神楽がいつも遊んでいる公園へと向かう。

 

新八が道場に到着し、玄関で靴の確認をするとそこに神楽の靴らしきものはなかった。しかし、だから居ないというわけでもないだろう。新八は姉のもとへと急ぎ足で向かう。

 

「姉上!!お尋ねしたい事…が…」

 

スパン!!と障子を開けたその先に広がっていた光景は…地獄絵図だった。まず、姉の妙がそこにいる。当然だ、ここは新八の家であり妙の家でもあるのだから。そして白い服を着たトリ頭の男…。この男も、この家に居てなんらおかしくはない。この男は、対ストーカー用のボディガードとして雇った男なのだから。問題は…

 

「近藤さん…アンタなにやってるんスか…」

「ややっ!?その声は新八君か!!」

 

何故、ここに、真選組局長の近藤が居るのかということだ。

 

「えっと…一応聞きますが…何しに来たんですか?」

「もちろん、お妙さんと愛を囁くためn「ストーカー以外の何者でもねぇだろ…」

 

近藤が言い終えるよりも先に、ボディガードの男がそう言った。言い切った。

 

「はぁ…そして姉上は何故、薙刀(なぎなた)を持ってるんですか?」

「新ちゃん?私がゴリラに汚されてもいいの?よくないわよね?だからこう、ゴリラをスパンと一刀両断…「しないでください姉上ェェェェ!!!!!」

 

これでは何の為のボディガードか分かったもんじゃないと頭を抱える新八に、ボディガードの男が笑いながら声を掛ける。

 

「おう、新八!!オメェの姉ちゃん最強だから俺、いらねぇんじゃねぇのか?」

「はは…左之さんの言う通りですね…。ボディガード無しでも十分だと思いますよ、僕も…」

 

志村家が対ストーカー(というか近藤)用に雇ったボディガード…相楽 左之助(さがら さのすけ)。元は有名な喧嘩屋だったのだが、あることをきっかけに用心棒に転職した男だ。腕っ節はそこいらの攘夷志士達なんかよりも凄い。それは現状が物語っていた。

 

「しかし…流石ですね、真選組の局長(近藤さん)をこんなにも簡単に縛り上げてしまうなんて…」

「まぁ、それが俺の仕事だからな。さて、お妙…コイツどーするよ?」

 

左之助が顎で近藤を指せば、妙は恐ろしい笑顔を貼り付けて…

 

「川に流しちゃいましょう」

 

とんでもない事を言ってしまった。

 

「姉上ェェェェ!!!???ちょ、やめてくださいよ!!この人、一応これでも真選組局長!!一応、警察!!」

「一応じゃないぞ、新八君!!れっきとした局長だ!!」

「じゃあなんでストーカーなんぞやっとるんじゃァァァァ!!!!」

 

ズビシと激しく近藤の頭を新八が叩く。縛られている近藤は反撃する事も避ける事も出来ず、そのまま攻撃を食らい見事に撃沈した。

 

「ほぉ、やるじゃねぇか新八も…」

「もうね…なんというか、僕の周りこんなマダオばっかりなんで慣れちゃいましたよ…」

 

ハァ…と溜息を吐いた時、新八はハッと大事な事を思い出す。

 

「って、こんなゴリラに付き合ってる場合じゃなかった!!姉上!!神楽ちゃん、うちに来ませんでしたか?」

 

あまりにも凄まじい光景だった為すっかり大事な事が頭から飛んでしまっていた。新八が妙に聞くと、お妙は首を横に振る。

 

「いいえ、このゴリラと左之さん以外今日は来てないわよ?…何か…あったの?」

 

不安そうに聞いてくる妙に、神楽がまだ万事屋に戻っていない事を説明する。すると…

 

「よ…万事屋のところのチャイナさんなら…山崎が見たって…言ってたぞ…?」

 

息も絶え絶えの近藤が教えてくれた。

 

「えっ!?いつ!?どこで!?」

「山崎の情報だ、間違いないだろう。とは言っても…時間的には随分と前だ。夕方ぐらいだな…。公園に居たそうだ」

「…夕方に…公園…」

 

確かに神楽は公園に行くと言っていた。それに、真選組の誇る監察方の山崎の情報だ。偽りはないだろう。

 

「実は昼にちょっとした騒動を、チャイナさんが起こしてな…」

「騒動…ですか…?」

 

騒動、という言葉に思わず…新八の顔が引き攣る。神楽が騒動を起こす事は珍しくない。しかし、どんな事があっても他人を巻き込むような騒動は起こさないはずだ。しかし…確かに、近藤は今しがた騒動を起こしたと言った。

 

「捕まってるんですか!?真選組に!?捕まってるんですかァァァ!!!???」

「おら、落ち着け新八!!これじゃ、ゴリラも喋れねぇだろうが」

「おい、斬左(ざんざ)よ…ゴリラはなくね?」

「事実だろ、事実…」

 

ちなみに、斬左とは左之助の二つ名のようなものだ。喧嘩屋をやっていた時に付けられた異名である。

 

「捕まえてはいないさ。むしろ、万事屋に礼をと考えていたくらいだ」

「え、お礼…ですか?」

「あぁ。大通りで暴れていた攘夷志士を全員倒してくれたんだ。トシと総悟が着いた時には既に姿はなかったらしいが、周りの者達の証言からしてまず間違いないだろう」

 

そしてその後、山崎と神楽が会った…というのが話の流れらしい。だが残念な事に、それ以降の神楽の足取りは全く以って不明だ。

 

「…そんな…神楽ちゃん、一体何処に…」

 

恐らく、公園には銀時が向かっているはずだ。そこに居るならそれでいい。しかし、そんなにも長い時間公園に留まり続けるだろうか?

 

「そういえば、ザキの奴が言ってたな。チャイナさんがある男と一緒に居たと…」

「ある…男…?」

「あぁ、昼の攘夷志士騒動もその男と一緒に片付けたらしいんだがな。どうやら、意気投合したらしく結構楽しそうに話していたそうだ」

 

うんうんと頷く近藤に、新八はハハッ…と乾いた笑みを浮かべた。

 

(神楽ちゃんまさか、その男と…?いやいや、無い無い…だって神楽ちゃんだよ?…けど神楽ちゃん、可愛いからな…。いやいやいや!!それでもあの神楽ちゃんが、大人しく付いていくとか無い無い無い!!!けど…酢昆布で釣られたら!?)

 

一通り考える。神楽に限ってそんなことはありえないと思いたいが、純粋な神楽だからこそ騙されて付いていってしまう可能性だってある。振り込め詐欺にも引っ掛かってしまったぐらいだ(結局、振り込めを“振り米”と勘違いした為、未遂に終わったが…)。

 

「近藤さん!!その男って不審者とかですか!?」

 

とりあえず、今は少しでも情報が欲しい。その情報を持って帰れば、銀時に伝えて一緒に思い当たる場所を探せばいい。しかし、近藤はいや…と至極真面目な表情で新八の言葉を否定した。

 

「奴に限ってそれはないな。チャイナさんと一緒に居た男というのは俺達真選組も一目(いちもく)おいている侍でな…。あの旦那が、女をどうこうするたァ考えられねェ…」

「けど、男は狼ですよ近藤さん?神楽ちゃんは可愛い娘さんですからね…」

 

ニコリと笑う妙の顔が…怖い。その場の空気が一気に氷点下にまで落下した。

 

「おーい、近藤さん…迎えに来たぜ…って……なんじゃこりゃ…」

 

と、その時。タイミングがいいのか悪いのか…左之助からの連絡を受けて土方が近藤を迎えに来た。部屋に入るなり、その地獄絵図に先ほどの新八同様硬直する。

 

「俺ァ何も見てねぇ…。もうそのままそこでくたばっちまえ、近藤さん…。惚れた女に殺されるんだったら本望だろ…」

「トシィィィ!!??ちょ、見捨てないで!!あと、俺の弁護人になってェェェ!!」

「ストーカーの弁護人になんかなれるか。ったく…」

 

ハァと溜息を吐きながら煙草に火をつけると、実は…と新八が粗方のことを説明する。その説明で、そういう意味かと土方も納得し紫煙を吐き出しながら説明をする。

 

「旦那の事は近藤さんの言う通りの人だ。あの人に限って、女に…ましてやガキに手を出したりはしねぇだろうよ。それは…お前が一番よく分かってるはずだ、斬左…」

「あ?なんで俺だ?」

「万事屋んとこの神楽と一緒に居たってのは、緋村の旦那だ。」

「……!!剣心か…!!」

「あぁ、これで分かったろ?もし、これで旦那が何かやらかしてたってんなら…俺と近藤さんが切腹する」

 

確かにそれはないなと納得する左之助。何となく納得の方向で話が進みつつあるその展開に、志村家の2人が待ったを掛けた。

 

「えっと…土方さん?その緋村さんという方は誰なんですか?私達にはさっぱり…」

「あぁ、真選組が一目(いちもく)おいてる侍だ。唯一、幕府の人間以外で帯刀許可が下りている人でもある」

「一般人に…帯刀許可…?」

 

前代未聞の事に、新八も妙も驚いたような表情を見せる。この世の中、木刀を持っているだけでも因縁をつけられるような時代だ。そのご時世に帯刀許可が下りる侍とは…一体どんな人物なのだろうか?

 

「かく言う俺もよ、その男に諭された1人よ…」

 

新八の肩をガシッと抱きながらにやりと笑う。

 

「え、左之さんが?」

「あぁ、アイツが居なかったら…今頃俺は、まだ幕府や天人に喧嘩を吹っ掛ける喧嘩屋・斬左のままだったろうよ…」

 

近藤、土方、そして左之助。この3人が口を揃えて言うのだ。まず、その“緋村”という男が神楽に何かをしたということは考えられないだろうと…新八の中で結論付ける。

 

「なら…尚更、神楽ちゃんは何処に…」

 

とりあえず、万事屋に銀時が戻っているかもしれないと、一度新八は万事屋に電話を入れる。しかし、万事屋の電話に誰かが出ることはなかった。

 

「…駄目元で…」

 

今度は、スナック・お登勢の方に連絡を入れてみる。電話に出たのはお登勢だった。

 

「あの、お登勢さん?神楽ちゃん店に来てませんか?」

『いや、今日は昼からこっち来ちゃいないよ。なんだい、何かあったのかい?』

「実は、神楽ちゃんが居なくなっちゃって…。銀さんと手分けして探してるんですけど…」

『…まぁ、あの娘のことさ、大丈夫だとは思うが…心配だね…』

 

とりあえず、戻ってきたら志村家の方に連絡をくれるよう頼んで電話を切る。

 

「どうだ、居たか?」

 

土方の言葉に、新八は首を横に振る。

 

「万事屋には誰も居ませんでした。お登勢さんの店にもいないようです…」

 

ますます不安は募る。江戸には夜兎族と知ってその力を利用しようと考えている輩も少なくない。神楽との出会いも、そんな連中から救い出したのがきっかけだった。

 

「神楽ちゃん…」

 

もしも銀時が向かった公園に神楽が居なければ、もうこれ以上の手がかりは無い。どうしたものかと考えていた時だった。土方の携帯が鳴る。

 

「もしもし、俺だ。…なんだ、山崎か。どうした?」

 

どうやら電話は山崎かららしく、電話の内容に耳を傾ける。暫く黙っていた土方だったが…突然、その表情が変わった。

 

「はぁ!?その取引は明日じゃなかったのか!?」

『そ、それが急に奴ら動き出しまして…!!このままでは奴らに逃げられてしまいます!!』

「チッ…!!」

 

攘夷志士と幕府の金のやり取りを明日、剣心が抑えるというのが予定だったのだが…その予定は大幅に狂ってしまった。

 

「おい、ザキ!!なんで奴ら、急に動き出した!?勘付かれたのか!?」

『いえ、そうではなくて…実は、俺もあまり詳しく調べる事は出来なかったんですが、“特上品”が手に入ったとかで…』

「特上品…?」

 

天人が江戸の町に来てからというもの、色々なものが市場に流れるようになった。それは表の市場だけではない。闇市場もまた然りだ。

 

「…単純に考えると薬だな…」

『しかし、例え薬だとしてもあまりに急すぎます…』

「だな…。クソッ…!!」

 

今から剣心と連絡を取っていたのではとてもじゃないが間に合わない。そもそも、剣心が何処にいるのかすら分からないのだ。かぶき町のどこかに居る事は確かだが、かぶき町と一口に言ってもとてつもなく広い。いつも剣心を探している山崎は、とてもじゃないがすぐには動けないだろう。

 

「かといって、総悟に探させるのもなぁ…」

 

ガシガシと頭をかきながら、どうしたものかと考える。そもそも…特上品が何なのかすら分からない。

 

「ザキ、お前はそのまま奴らを探れ。特上品ってのが何か分かったらすぐに連絡を入れろ」

『了解です!!』

「あと…無関係たァ思うが、神楽が行方不明だ」

『え、神楽ちゃんが?』

「あぁ…。今、万事屋と新八が探しているが、皆目検討が付かないらしい。お前が緋村の旦那と一緒に居るのを目撃したと言っていたが、その後の足取りが分かっていないようだ」

『分かりました、合わせて調べてみます』

「頼んだぜ」

 

携帯を切ると、土方は抜刀し近藤を縛っていた縄を切る。

 

「近藤さん、屯所に帰るぞ。作戦の立て直しだ」

「…状況はよくないらしいな」

「あぁ…。旦那に連絡を取って、すぐにでも向かってもらわねぇと…」

 

しかし、それまでにその取引が終わってしまったら?今回が絶好のチャンスだった。これを逃したら、もう捕まえる事は出来ない。

 

「あの…」

 

今まで事の成り行きを黙って聞いていた新八が控えめに言葉を挟む。視線が新八に集中した。

 

「どうした、新八?」

「いえ…気になることが…。さっき土方さん、“特上品”って…言ってましたよね?」

「あぁ…」

「…今回、真選組が手を出せ無いと言うことは幕府絡みということですよね?」

「そうだ」

「……僕の予想が外れているならそれでいい。いや、そうであって欲しい…。けど…可能性的に…高い…」

 

グッと言葉を詰まらせる新八だったが、真っ直ぐと近藤・土方を見据えて言った。

 

「その“特上品”が…神楽ちゃんって可能性は考えられませんか?」

 

その言葉に、その場に居た誰もが驚いた。ここで何故神楽の名前が出てくるのか…?そんな視線を受け、新八は続ける。

 

「神楽ちゃんは夜兎族です。夜兎族は戦闘種族だし、その力はとてつもなく強い…。以前、神楽ちゃんはチンピラ達に協力させられていた時期がありました。夜兎の力を利用して、神楽ちゃんを用心棒代わりにしていたんです…」

「……なるほど、確かにそれは奴らにしてみりゃ“特上品”だな…。幕府との取引ってんなら、相当な金が動くだろう…」

 

あくまで可能性でしかない。しかし…その可能性は、高い。

 

「おーい、取り込み中に失礼するよー」

 

その時、間の抜けた声が聞こえてきた。一同がそちらに視線を向けると、そこには…

 

「あら、銀さん…?」

「よー、お妙。勝手に上がらせてもらったぜ…」

 

銀時が居た。初見の左之助だけが、彼の存在に疑問を抱いていたが他全員は銀時がここに来る事をまるで予想していたかのように…冷静な反応を見せる。

 

「ぱっつぁん…神楽はいたか…?」

「いえ…。それどころか、誰かに連れ去られた可能性も…」

「あぁ、だろうな。俺もその情報を仕入れて持って来た。ジミー君に連絡したら、近藤もトシもここだって言うからよ、直接来たってワケだ…」

「情報を…手に入れただと!?おい、銀時!!その情報はどこからだ!?」

 

土方の言葉を受け、全員を見渡しながら口を開く。

 

「まず、昼に神楽が1人の男と一緒に攘夷志士を叩きのめしたらしい。その時に助けたっていう、天人の女から聞いた話だ」

「助けたって…神楽ちゃんがですか?」

「まぁ、正しくは神楽とその男だな。その騒動の後、幕府の人間だという男が天人の女に攘夷志士達を倒した娘…つまり、神楽についてかなりしつこく聞いていたようだ」

「なるほど…。それで、チャイナさんが夜兎族だと気付いたわけか…」

「あぁ…その女にどんな事を話したのか詳しく聞いたんだが…“傘を差したとてつもなく強い女の子で、肌は透き通るような白さだった”という説明をしたらしい。」

「どれも夜兎の特徴と一致する…」

 

結局、それから神楽がどうなったのかは分からなかったが、これだけしつこく情報を集めているという事は神楽を…夜兎族を必要としているとしか考えられない。

 

「更に…運が悪い事に…」

「何だ、まだ何かあるのか?」

「……真選組(おたくら)が今回とっ捕まえようとしている攘夷志士…超過激派の高杉一派の下っ端だ…」

「…高杉…一派だと…!?」

 

高杉一派という言葉を聞き、近藤と土方に緊張が走る。高杉一派と言えば、鬼兵隊(きへいたい)を率い、幕府を…いや、この世界を無き者にしようと考えている攘夷志士の中でも、最も危険な存在だ。

 

「ま、待ってください銀さん!!なんでそんな奴らが神楽ちゃんを…!?」

「目的は…俺だ…」

「銀さん…?目的が銀さんって、それ…?」

「神楽は取引の材料ってのもあるが……俺をおびき寄せる為の餌って役割もあるってことだ」

「待て、銀時。何故、高杉がお前の仲間に危害を加えてまでお前をおびき寄せる必要がある?お前ら……過去の話とは言え、攘夷戦争で共に戦った仲間だろ?」

 

攘夷戦争…その言葉に、僅かに左之助が反応を示す。殆どの連中が銀時に視線を向けていた為、それに気付く事はなかったが…左之助は心中で別のことを考えていた。

 

(高杉つったら、確か後期の戦いで鬼兵隊を率いていたバカ強いって噂の…。あの銀髪が、その男と仲間ってことか?ってことは、この銀髪も攘夷戦争に参戦していたという事か…)

 

左之助も攘夷戦争に僅かの期間ではあるが赤報隊の一員として参戦していた。しかし、その時期はあまりに短かった為、攘夷戦争のことはあまり詳しくは知らない。後期の戦いの事など、ほとんどと言っていい程知らなかった。

 

(相楽隊長が殺されて…一番荒れていた時期だったからな…)

 

しかし、高杉・桂・坂本という名前だけは知っていた。攘夷戦争前期の有名人が、左之助もよく知る剣心だ。

 

(けど待てよ?高杉も桂も今となっちゃ真選組に追われるテロリストだ。坂本って奴がどうなったかは知らねぇが……少なくとも、この銀髪の名前はあの時の攘夷戦争では上がらなかったはずだぜ…?)

 

銀時、などという名前の志士の名前はあの戦争では有名になっていない。ということは、そこまで知られては居ないのだろうか?しかし、高杉の仲間だというからにはやはりそれなりに強かったことに変わりは無いはず。そこまで考えて…ハッとあることを思い出す。

 

(そういや…名前の知られてねぇ…化けもんみたいに強ぇ奴が居たって…。確かそいつの二つ名ァ…)

 

必死に考えている左之助だったが、その間にも話はどんどんと進んでいく。

 

「あぁ、トシの言う通り…確かに俺と高杉はあの時は仲間だった。いつからだろうなァ…アイツらと、俺が(たが)えちまったのは…。目的は同じはずだったのによォ…」

 

フッと笑いながら、あの時のことを思い出す。背中を預けあい、共に戦った戦友だった。それどころか、子供の頃から同じ時間を過ごしてきた幼馴染だった。

 

しかし…高杉は今、復讐に取り付かれた鬼となり邪魔となる物を排除し、利用できるものを利用しようとしている。

 

「恐らく…俺がどう動くか…。高杉の鬼兵隊に入るか否か…。それを試したいんだろうよ…」

 

ハァ、と溜息をつきながらめんどくさそうに頭をガシガシと掻く。

 

「正直、俺ァ…攘夷だなんだってことには興味はねぇ。ヅラからもしつこく誘われたがよ、別に今更この国をひっくり返そうなんざ思っちゃいねぇよ。だから高杉の鬼兵隊にも更々興味はねぇ…」

 

ただな…と、銀時は自分の木刀を握り締め…ギラリと輝く瞳を土方に向けた。

 

「俺は…俺の護りてぇもんに手ぇ出した奴は、何があっても許さねぇ。それが例え、かつての仲間だったとしてもだ…」

 

銀時はそれを、己の木刀に誓った。この木刀が届く範囲は自分の国だと。自分と共に過ごしている仲間は…護るべき家族だと。

 

「…じゃあ…万事屋、お前は行くのか?」

「あぁ、行く。場所はザキに聞いた。本当だったら幕府絡みのことだから俺は動かねぇ方がいいのかもしれねぇがよ…」

 

その場に居る全員に背を向け、スタスタと部屋を後にしようとする。歩きながら…銀時は口角を吊り上げ…

 

「護りてぇもん掻っ攫われて…黙っているほど、俺もお人好しじゃないんでね」

 

そう、言った。その背中はいつものだらしない銀時からは想像もつかないほど逞しく、そして心強い。

 

「まぁ、俺はあくまで神楽を取り戻すってだけで…幕府云々と関わるつもりはねぇから、そっちの方は真選組(おたくら)が雇ったもう1人に頼んでくれや…。あぁ、それから…」

 

握る木刀にギリッと力が篭る。

 

「万が一、高杉と俺が接触した時は…俺達には一切関わるな。これは…俺1人でケリを着ける…」

 

高杉が一体何を企んでいるのかは分からない。ただ、師を殺した奴に復讐を考えている…これくらいのことしか分かっていないのだ。故に、何故今更…神楽をさらってまで銀時に接触しようとしてるのかが分からない。

 

「任せて…いいんだな?」

 

近藤の問いに、銀時は静かに頷く。

 

「銀さん!!僕も行きます!!」

「新ちゃん!?」

 

1人行こうとする銀時に、新八が後を追った。それを妙は止めようとしたが、その前に…銀時の足が止まる。

 

「銀さん…僕だって神楽ちゃんを助けたい…。だって僕達、3人揃って…“万事屋銀ちゃん”でしょう…?僕に何が出来るかは分かりません。けど…!!」

 

神楽を救いたいという気持ちに、変わりは無い。

 

「新八」

「…ッ、はい…」

 

止められると思った。その声が…いつもの銀時とは違う、とても真剣な声だったからだ。

 

だが…

 

「…ノーヘルでいいなら、原チャリの後ろな」

「…はいッ!!」

 

振り向きニカッと笑った銀時は、いつもと同じ…新八のよく知る彼だった。

 

「おいおい、俺達の前で堂々と道路交通法違反宣言か?」

 

近藤が笑いながら言う。

 

「ストーカーゴリラだけには言われたくありませんねぇ、コノヤロー」

「なっ!?」

 

それにいつものように言い返す銀時。そんな様子を見ていた土方は、紫煙を吐き出しながら銀時を見つめる。

 

「今回、俺達は派手に動けねぇ。だが必ず、そっちに助っ人を向かわせる。俺達の切り札を…」

「…あぁ、そっか…。高杉だけじゃなくて幕府も絡んでるんだったなぁ…。じゃあ、そっちは真選組(おたくら)に任せるわ」

「あぁ」

 

ヒラヒラと手を振りながら去っていく銀時の後ろを新八が追いかけ、2人は志村家をあとにした。全員がその背中を無言で見送っていたが…ふと、左之助は妙に視線を向ける。自分の弟が危険な場所に向かおうとしているその姿を見送るというのは…どんな気分なのだろうか…?

 

「お妙、いいのか?新八の野郎、あの男に付いて行っちまったぞ?」

「えぇ、いいんです。新ちゃん…一度言い出したら聞かないし。それに…」

 

左之助に向き直り、妙はフワリと笑う。

 

「銀さんが…彼がいますから。きっと大丈夫…」

 

そこからは、絶対の信頼が伺えた。

 

「…へぇ、随分信用してるんだな…」

「だって、新ちゃんの雇い主ですもの。それに…銀さんは強いですから…。もちろん、新ちゃんも…」

 

銀時と共にいる時間が、新八自身を強くしている。どこか頼りなかった弟が、侍としての目を見せるようになったのだ。

 

「新ちゃんだって侍だもの。護りたいものの為にだったら、剣を振るうわ。銀さんの背中を見て、それを学んでいますから…」

 

いつだって銀時は神楽と新八を護るために…自分の大事なものを護るために戦ってきた。その背中を見続けてきた新八は、無意識の内にそういう銀時の信念を身に付けたらしい。だから今回の事も、言葉では止めようとしたが止めるのが無理な事は分かっていた。

 

「…なるほど、野郎の背中に惚れちまってるってことか…」

「いつもはだらしないマダオなんですけどね。けど…銀さんはやる時はやる人…」

 

だからこそ、新八を安心して預けられる。妙の瞳はそう物語っていた。

 

「…俺もよ…オメェの弟みてぇに、人柄に惚れちまってる男がいるんだわ」

「…左之さんが?」

「おうよ。そいつはよ、侍で…過去に沢山の人間や天人を殺してきた人斬りだ。けどな…今の銀髪と一緒で、この国を…苦しんでる人達を護りてぇって思ってやがる奴よ。何だろうなァ…」

 

銀時とろくに話したこともないのに、左之助は思った。

 

「さっきの銀髪と、俺の知り合い…似てるような気がするわ…」

 

クッと口角を吊り上げて、まるで銀時達の後を追うようにその場を後にしようとする。それを、近藤が止めた。

 

「待て、斬左!!まさか、お前も行くつもりか!?」

 

しかしそんな近藤に言葉に、いやと首を横に振る。

 

「アンタらの探してる“旦那”を呼びに行こうと思ってな…」

「……!!斬左、お前…旦那の居場所知ってんのか!?」

 

土方に問われ、左之助は振り返る。そして得意げに笑いながら…

 

「知ってるも何も、アイツは俺の住んでる長屋に居るぜ?俺が不在の時は自由に使っていいって言ってあるからな」

 

そう言った。左之助が不在の時…つまり、仕事で家を空けているときだ。そして今日はまさに、その時である。

 

「剣心が今日、俺の住んでる長屋に来る事は事前に知らせが来てたから知ってる。だからよ、俺が剣心に今の情報を伝える。アイツ…場所は分かってんだろ?」

「あぁ、取引場所は今日知らせてあるからな。…トシ、山崎からの連絡で取引場所の変更という情報はあったか?」

「いや、無かった」

「ならば、問題ないだろう…」

 

それを聞くと、近藤・土方・左之助はそれぞれ頷き合う。

 

「というわけで、ワリィなお妙。今日はこの辺で帰るわ…。ゴリラも帰るってんだから心配ねぇだろ」

「そうですね、ストーカーの心配はなさそうだから…今日は大丈夫ですよ」

「お妙さん!?何気に酷いです…!!」

「おら、近藤さん!!屯所に戻るぞ!!」

「お妙さァァァァん!!」

「しつけぇ男は嫌われんぞ、ゴリラ!!」

「やかましい、斬左!!」

 

そして、さっきまでの賑わいが嘘のように静まり返る。妙だけが1人、皆が出て行った玄関を見つめていた。

 

「きっと…全員無事で戻ってきてくださいね…」

 

本当だったら自分も銀時と共に行きたかった。他の誰でもない、妹のように可愛がってる神楽を自分も一緒に助けたかった。けれど…自分が行けば足手まといになることは明白。

 

「私には私のやるべき事がある…」

 

妙は静かに居間に戻り、座布団に座って静かに目を閉じた。

 

「みんなの無事を、信じて待つこと…」

 

銀時がいるから、新八がいるから…。

 

だから…

 

「それが、今の私にできること…」

 

信じて待つことが出来る。スッと目を開いたその瞳は…

 

「もし、神楽ちゃんに何かあったら全員許さないんだから…」

 

とても強く、そして確かに…男達の背中を見据えていた。




(にじファン初掲載 2011年6月17日)
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