オーバーロード惨地直送便   作:性惨者

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第二話 スレイン法国の御曹司 弐

 白いマッチョの走る地響きが近づいてくる。隊長たるもの、その程度のことでうろたえてはいけない。威厳のある態度で広場に集められた村人たちを見回し、妙齢の少女を探す。

 

「オオオオァァァアアアア!!」

 

「ひぁあああ!」

 

 タガが外れたような悲鳴をあげる愚鈍な部下を尻目に、あなたはほくそ笑む。怖いだろう怖いだろう。幾多の創作を楽しんできたあなたと違って、耐性の無い現地人にしてみればマッチョが呼ぶ異形のマッチョなど味方でも恐ろしいに決っている。

 

「ぎゃあああぁぁぁ!!」

 

「ぐああぁぁああ!!」

 

 村人たちの悲鳴だろうが、これはごつい。スプラッタの予感。あなたはそういうのが苦手なので、なるべく見たくはない。この任務中も少女に覆いかぶさってばかりいたので耐性がついたわけではないのだ。

 

「我が神よ、なぜこのような試練を! 我々をお救いくださらぬのは何故か!!」

 

 口うるさいロンデスが狼狽え、吠えている。良いざまだ。部下の中でも生真面目で煙たい男だったが、自身の欲望も満たさずに神などのために大量殺人ができる異常者の割にメンタルが弱い。白マッチョは神の使いであるはずなのに、その物言いは何というざまか。

 あなたは鼻でふふんと笑い、ロンデスの醜態をあざ笑ってやろうと振り返る。

 

 そこには黒いマッチョが居た。腐りかけ赤黒い肋骨の浮き出た巨体が妙に禍々しい。

 

「オオオァァァアアアアーー!!」

 

「ヒイイィィィアアアアーー!!」

 

「オオオオァァァアアアアアアーー!!」

 

「ヒイイイィィィアアアアアアーー!!」

 

 あなたに対抗意識は無い。ただ声量が恐怖に変換され、それが再び声量に変換されただけだ。声量保存の法則だ。普通の主人公なら無駄に心が強いのであまり見かけない状況だが、精神にダメージが全量そのまま通る場合は大抵こうなる。

 

 次の瞬間、巨大な盾があなたに迫り、全身に衝撃を受ける。世界が回転する。

 

 あなたは異世界チートを発動し、武技<受け身>を使用する。一度目に地面に叩きつけられたダメージを半減させるが、二度三度と回転しながら吹っ飛ばされるうちに腕が変な方向へ持っていかれて肩と肘に激痛が走り、腕が自分のものでなくなったような不思議な感覚に驚かされる。

 

 解放骨折。

 

 あなたは理解した。この痛みが全て意識へ流れ込んできたら、あなたは死ぬ。

 痛い。そうならないということは、ギリギリ死なない程度の激痛だけがあなたの意識へ流れ込んできているということだ。痛い。チートなのかもしれないが、ありがたくないことだ。痛い痛い。そもそも、あの打撃で即死しないのもおかしい。痛い痛い痛い。きっとこの身体は人間ではない。痛い痛い痛い痛い。違う生物なら、全てがこちらへ流れ込んでこないのも頷ける。痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

 痛みが抑えられているのはわかっているが、それでも痛い。こんなチートは要らない。そこらに部下たちの死体が転がっているが、あちらの方がまだマシではないかとさえ思う。

 

「ひ、ひしゃまら! あの化けもにょをおしゃえよ!!」

 

 あなたはまだエルフを買っていない。こんな所では死ねないとばかりに張り上げた声は音程が狂ってしまう。そして、誰も動かない。

 

「かにぇ、かにぇをやりゅ! 五○○ひん貨! えりゅふもつけうぞ!」

 

 あなたはまだエルフを買っていない。それを空手形としてまで添えるあたり、その想いの強さに自分でも関心する。

 

「オボボオオォォオオ……」

 

 あなたはまだエルフを買っていない。すなわち、逃げなければならないその時に、足首を掴む者がある。両断された部下の死体だ。あなたよりラクな死に方をしておいて、隊長の脚を引っ張る不届き者だ。

 

「ふぬっ! ふぬっ! ふぬっ! ふぬっ!」

 

 あなたはまだエルフを買っていない。身体が半分しかなく武器も持っていないゾンビなどに負けてたまるものかと蹴りまくる。不自然な存在に怯えず抵抗できるのも一つのチートかもしれない。そして、あなたは体格が劣る者には極端に強気になれるのだ。相手は半分しかない。負ける気がしない。

 

「ふぬっ! ふぬーーっ! ……ヒイッ、ヒイイイィィィッ!!」

 

 あなたはまだエルフを買っていない。その心残りから、この身体にあっては異常とも言える力を絞り出して、体格が半分しか無いゾンビを必死に蹴って逃れようとしているが、黒いマッチョが迫ってくる。あれは巨大な騎士のゾンビだ。相手は倍以上の巨体だ。勝てる気がしない。

 

「――おぎゃああああ!!」

 

 あなたはまだエルフを買っていない。腹に突き立てられた波打つ刃のフランベルジュがあなたを大地に綴じ込め、限界までの痛みがあなたの精神を塗りつぶしていく。

 

「たじゅげでぇ!! なんでもじまじゅ!! おかにぇ! おかにぇいっぱい! えりゅふもあげまじゅ!! えりゅふ!! おかにぇ!! えりゅふ!! おかにぇ!! えりゅふーー!!」

 

 あなたはまだエルフを買っていない。まるで取引をせがむかのように叫び続けたのは、痛みが抑えられ意識を失うことができないというのに、間近に迫る死のために思考力だけはきっちりと衰えてきているからだ。すなわち、最後に残ったあなたの一欠片はこんなものだということだ。

 

「ふむ、エリュフというのは何だ? ユグドラシルのエルフと何か関係があるのか……」

 

 あなたはまだエルフを買っていない。しかしあなたの叫びは誰かの耳に入ったのだろう。薄れゆく聴覚で捉えた言葉は、おそらくあなたの敵のものだ。

 

 あなたは結局エルフを買えなかった。なぜなら、あなたは死んだからだ。しかし、次のあなたはきっともっとうまくやるだろう。

 

 

 あなたがこの場に存在したことで、法国におけるエルフ奴隷は本来の運命よりいくらか早くに解放されることとなるが、その因果関係を知る者は誰もいない。

 自分が味わえない旨味なら誰も味わえないよう消してしまう方向へ後押しするというのは、ゲス異世界転移者の鑑とも言える結果だ。ここだけは、きっとあなたも本望だろう。

 

◆◆◆

 

 最初のあなた――ベリュースはエルフの国との戦いで死亡した勇者として、神都のはずれの小高い丘にある石碑に名を刻まれた。あなたの任務は国が存在を認めてはいけないものなのだから、これは当然のことだ。報酬からきっちりツケを払ってもらった少女娼婦たちは、そこを訪れてあなたの冥福を祈ってくれたらしい。娼館の常連の中では、ツケを払うために戦場に赴くような真摯な男は希少だからだ。

 

 なお、ベリュースが財産の殆どを費やした珍しい衣装は、幾つかの好事家や古道具屋の手を経て、漆黒聖典第七席次の手に渡った。

 六大神の遺したアイテムと瓜二つのそれを見つけた第七席次は涙を流して感動し、市井に流れていたそれら全てを買い集め、任務の無い時の普段着として六大神を身近に感じて暮らす喜びを噛み締めたという。

 その後、その情熱は第四席次、そして番外席次にも波及し、数十年後には予備役の巫女姫の衣装に指定され、ついに数百年後には女性だけの新たな聖典が編成される際に正式に採用されたと伝えられる。




ベリュース編完結です
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