帝国新人騎士デスナイトな日   作:帝国史編纂庁

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第一話 とある新人騎士と教育係

 帝国四騎士の一人にして、そのリーダー格バジウッド・ペシュメル。回り回って彼に任されたのは、とある新人騎士の教育係だ。

 新人といっても期間契約の騎士ではあるが、その期間たるや五十年。目的を果たしたら簡単にその職を辞すると見られている四騎士の一人レイナース・ロックブルズなどより確実に長く働くだろうと言われている。つまり、計算できる戦力だ。

 バジウッドは、鋭い目で彼の動きを観察する。荒々しく豪快な足運びなど、悪くはないと思うのだが――。

 正直、自分にはこの仕事はあまり向いてないような気がする。バジウッドは第一線で戦う現役の騎士であり、稽古をつけるならともかく、騎士としての作法などそういう部分で後進の教育に携わるにはまだ若すぎるしそういう柄でもない。

 

 これは非常事態だ。帝国四騎士までこんな仕事が上がってきてしまうことにも、やむをえない理由があった。そこには文句はない。

 

 それでも、同じ四騎士ならニンブル・アーク・デイル・アノックの方が良かったのではないだろうか。儀礼などが曖昧な四騎士の中で、彼は最も騎士らしい騎士のはずだ。確かに彼はカッツェ平野のあれは間近で見たことで、四騎士として陛下の身辺警護にありながらも密かに精神を療養中の身だが、バジウッドなどナザリック大墳墓まで見てきたのだ。条件はそれほど変わらないはずだ。

 ニンブルでないなら、いっそあちらの国に関心の強いレイナース・ロックブルズに任せてしまった方が良かったのではないか、とも思ったが、彼女の忠誠心を考えると難しいのかもしれない。――ということは、陛下は彼を本当に五十年間使える戦力として計算しているということだろうか。そうであるなら、その割り切りと胆力は見事なものだ。

 近年、何か長患いでもしているのか少し痩せて顔色が悪くなってはいるが、やはり陛下の器の大きさは常人では計り知れないものがある。以前より大振りな帝冠を作らせ人前で常に身に着けるようになったことも、属国とはいえ帝国皇帝としての矜持だけは失うまいとする気概の現れなのだろう。

 

「――止まれ。揺らぎ一つ見られない良い行進だ。歩幅は広すぎるが、そこは良しとしよう。そもそも周囲が普段通り整然と行進できるとも思えん」

 

「ォオオァアアア!」

 

 彼にしては優しく礼儀正しい返事。ただし、その姿は禍々しいアンデッドの騎士だ。

 その種族をデスナイトと言う。

 バハルス帝国の宗主国となったアインズ・ウール・ゴウン魔導国から来た彼は、両国の人的交流の一環としてバハルス帝国内で研修を始めてそれなりの時間が経っている。経っているはずなのだが、その研修がこんな所で足踏みしているのは、各部署をたらい回しにされていたからだ。

 

――こいつには疲労とか飽きとかは無いのかねえ。

 

 デスナイトの表情は読めない。返事のニュアンスがわかるようになったのさえ、つい最近のことだ。彼はバハルス帝国に来て数週間の間、ただひたすら行進の練習をしているのだが、それは彼でなく指導にあたる脆弱な人間の側の事情によるものだ。本来、初任の騎士を研修する役職にある者たちが、バジウッドや魔導王を接待したニンブルのように平然と異形の相手ができるとも思えない。

 

 バジウッドとしては、正直なところ、こういった訓練をする必要があるのだろうか、と疑問を抱かざるをえない。何も人間の騎士レベルの儀礼を求めなくても良いのではないだろうか。

 確かに彼には将来、華やかな帝国騎士としての作法と風格を身につけた状態でアインズ・ウール・ゴウン魔導国へ戻り、バハルス帝国と帝国騎士の矜持を魔導国へ示すという重要な役割がある――という言い分もわからなくはない。そうなると、確かに彼はバハルス帝国と帝国騎士の看板を背負うのだから、見事にその儀礼を身につけなければならないという事情も理解せざるをえない。

 

「このへんにしておこうか。明日は騎士叙任の作法だ。まあ適当にやってれば問題ない」

 

「ォオァア」

 

 バジウッドは機械時計を取り出し、時間を見る。まだ時間は残っているが、幾多の指導員がここまでで挫折している以上、今日はここで切り上げた方が良いだろう。

 バジウッドは知っている。このデスナイトは死体から作ることができる存在だ。彼一人で終わりとは限らず、あまり要領良く事が進んでしまうと、デスナイトが二人三人と自分のもとに送られてきてしまうかもしれない。

 

「バジウッド。……遠目に見せてもらっていたが、もう終わりなのか? まだまだ帝国騎士としては甘い部分が多いように思えるのだが」

 

「ああ、ニンブルか。代わりにやってくれてもいいんだぞ。それに、あまり短期間で詰め込んでもなあ……。それに、俺にはこいつに行進の正確さを求めて何か意味があるとも思えないんだが」

 

 ニンブルは黙って首を振る。

 

「詰め込んでもと言うが、騎士叙任の日もそう遠くはないではないか。……内示はとっくに出ているはずだが、もう私の所にも叙任式の日程が来ている。つまりは、そこの彼の失態はバハルス帝国の失態ともなりかねないのだよ」

「そういう建前を言われても、こそばゆいばかりなんだがなぁ。それに叙任式がお前の担当なら、何かあった時は対応してくれるのだろう? 俺も安心して送り出せるってことでもある」

「そのような考えで送り出されては迷惑だ。勿論、私も彼が騎士らしく叙任を受けられるよう全力を尽くしたいが、事は彼一体の問題ではないのだよ」

 

「一体の問題では――ない?」

 

 バジウッドはニンブルの面倒くさい正論の中から異質なものを拾い上げる。

 

「そう。ここは陛下のために、しっかりとやってもらいたいんだ」

「陛下が……どうかしたのかい?」

 

 突然、皇帝の話になったことに戸惑いを隠せないバジウッドだが、ニンブルの意図は不明だ。彼は生真面目な男だが、儀礼の細かな部分に関してまで陛下の威光がどうこうと難癖を付けるほどには面倒な男ではない。

 

「本来、陛下が直接に外交を行われるなどという必要は無いのだ。相手がどれほどの難物であっても、泥を被るのは臣下の仕事でなければならない」

「ん? 何を唐突に……」

 

 バジウッドは首を傾げる。ニンブルの言っていることは当たり前のことだ。

 

「しかし、現実には魔導国との外交において、陛下は常にご自身が矢面に立たれている。これは一つ間違えば国が滅ぶという緊張感の中で、やむなくなさっていることだと私は考えている」

 

 ふーむ、とバジウッドは頷く。自身の生死がかかっていれば、部下になど任せておけないのは納得のいくところだ。

 

「さて、かつて陛下は幾度も魔導王との外交局面について、後から自らの行動を悔いることがあった。それは陛下の信頼厚き我らのみの知るところであり、決して口外してはならぬものではあるが、軽々に忘れて良いものではない。そして、悔いるのは常に魔導王との言葉とその裏にあるものを読み切れなかった時だ」

「魔導王の言葉? アンデッドの騎士を受け入れる話で、何か問題でもあったのか?」

「その時は、陛下も傍に控えていた私も、ただの軽口だと思っていた。しかし、後に陛下に呼ばれ、その時の奴の言葉を二人で反芻したのだよ。そうしたら……」

「そうしたら?」

 

 バジウッドは身を乗り出す。ニンブルの表情は、本物の国難を語るものになっている。

 

「奴は――魔導王は、こう言ったのだよ。『騎士として使い物にならなかったら、ジルクニフ殿の護衛にでもしてくれたまえ』とな」

「護衛……まあ俺たちより強いし、順当な所かもしれないな」

「馬鹿を言うな。奴が作ったアンデッドだぞ。俺たちの命令を聞くように言われてはいるようだが、どちらを優先すると思う?」

「ああ、確かにそうだな。駄目だ。うん、絶対に駄目だ」

「それこそが奴の狙いなのだ。実は、既に俺のもとに魔導国から叙任式の日程の問い合わせが来ている。当然、宗主国の元首をお迎えするような準備はできていないと一度は断ったのだが、騎士となるデスナイトの親という名目で一個人として参加すると言われてしまってな。それを陛下に相談した所、陛下が奴の意図に気付いて私にも教えてくださったというわけなのだよ」

「つまり、叙任式でポカをやったら騎士ではなく護衛として押し込まれるってことかい?」

「そうだ。奴は帝国を属国にするだけでは飽き足らず、常に陛下の首筋に刃を突き付けておくつもりなのだ。まさに鼠を弄ぶ猫の如き所業だが、我々はそれを受け入れるわけにはいかない」

「まあ、そうなるな。つまりは――」

 

 

「そうだ。何としても、彼には一人前の騎士として、叙任式において一部の隙も無い完璧な姿を見せてもらわねばならない」

 

 

「帝国の双肩がこのデスナイトにかかっているというわけか」

「君の指導にもかかっていると言える。もちろん、私もたまに顔を出そうとは思うが」

「……なあ、代わってくれたりはしないのか?」

「済まないが、私は叙任式で奴を迎える際の様々な懸案について陛下と話し合わねばならない。頑張ってくれ」

「おい待――」

 

 ニンブルが軽く頭を下げて、小走りに去っていく。――いや、小走りに見えるが、その歩幅は通常の三倍だ。

 

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