帝国新人騎士デスナイトな日   作:帝国史編纂庁

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二期第一話初回放送記念


第二話 ……休暇が無いんだ

 自室――正確には、四騎士に与えられた執務室――に戻る。この部屋は小さめのベッドルームと書斎、そしてメインの応接室という構成になっている。

 バジウッドは応接室のソファーにどかりと身を投げ出し、濁ったため息を吐き出すことで懸案に囚われた心を解放する。

 

――不味いな……。仕事が終わらない。どうしたものか……。

 

 今抱えている仕事はデスナイトの教育だけだ。しかし、これから何日間もそれは続く。今日は休みだと決めてしまう余裕が持てない。

 皇帝直属。その身辺警護のみならず、皇帝の勅令を遂行するため帝国八騎士団から独立した存在として地位を与えられた帝国四騎士としては、この帝城に勤務し、強力な騎士であるデスナイトの訓練に従事しているというのはその存在意義に適う、正しい状態だ。しかし、戦力面でいえばどこの誰がデスナイトに稽古をつけてやることができるのだろうか。訓練といっても、その内実はバジウッドが最も関心の薄い儀礼に関する部分なのだ。

 言うまでもなく、バジウッドは現状、自身の置かれた立場に不満を抱いていた。

 

――もう辞め……いや、休日が無いというのが問題なんだろうな。そろそろ家に帰らなければいけないのだが。

 

 バジウッドの日常において、本来最も拘束時間が長く、体力を振り絞ったという実感をもたらすものは自宅での五人の妻や愛人たちとの時間だ。この世界においては、一夫多妻というのは身分の高い人間にとって当然に認められているもので、何ら特別なものではない。

 ただし、その時間は妻たちが持ち回りで管理しており、バジウッドの方から気分で選んだり程々で止めたりすることができる性質のものではない。そして、家を空ける期間が長くなればなるほど、いざ家に戻った時にそのスケジュールは過密化し、過酷なものとなる。

 

 そのため、バジウッドは折を見て一時的にでも家へ帰ろうとしてはいたものの、残念ながらニンブルやその部下によって阻まれ続けていた。

 例えば、部屋の窓の外の空堀にはその一角に連なる部分だけこれ見よがしに水が張られた。見張りに紛れて外へ出ようとすれば、城内の見張りはニンブルによって階層毎に違う色の布飾りを支給されていた。これを偽造するところまで行ってしまえば信頼関係が崩れ、以後は堂々と監視されることになりかねない。やるなら万全の準備を済ませた上での最後の手段だ。

 仕方がないのでデスナイトが力尽きるまで訓練してから帰ろうと思ったが、アンデッドなので疲労せず、汗水垂らして疲れ果てたのは自分だけという結果に終わった。

 どこへ行っても疲れ果てるのは一緒だとわかってはいるが、バジウッドは自宅のベッドの上で身体を動かしたかった。妻が三人になったあたりから貪欲さは薄れていたが、日々均等に疲れるくらいがちょうど良いのだ。

 

 「外」が封じられたのであれば、「内」へ向かえばよい。

 ただ、そこには致命的な問題が隠されている。

 バジウッドが「内」へ向かう。それはすなわち、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスに経過報告を行うということだ。

 その際、休暇などについて問い合わせることも可能であろうし、副教官などを配属してもらうことも考えられる。

 副教官さえ得られれば、大抵の者であればバジウッドが仕事を押し付けても不平を口にはしないだろう。バジウッドはこれまで部下の功績を公正に評価してきており、仕事を押し付ければ出世の好機と見るはずだ。

 しかしながら、デスナイトの訓練に従事することの重圧は、その存在を知れば知るほど大きくなるのだろう。ニンブルの態度などが良い例で、バジウッドはその鈍感さを買われたと言っても良いくらいかもしれない。最初は好機と見て張り切っても、おそらくは擦り切れる。

 

「ふぅ……」

 

 皇帝のもとへ向かう途中、バジウッドは重いため息をつく。

 

 きゅ、きゅっ――。

 

「あらバジウッド、何を似合いもしない深刻な顔をしてますの?」

 

 ハンカチで顔を拭いながら軽口をたたくのは帝国四騎士の一人、レイナースだ。金の布のようにも見えるしっとりとした金髪に隠された彼女の顔の半分は、呪いを受けて爛れているらしい。

 レイナースがこうして顔や表情のことを話題にするのは、四騎士の仲間を含めたごく少数だけだ。それは彼女なりに心を許しているということでもある。

 しかし、バジウッドがレイナースに向ける視線は、すぐにじとっとしたものになる。彼女の不自然な口調や表情から、彼女も例の任務から逃げていることを察したのだ。彼女は確かに忠誠心は低いが、魔導国との連絡手段を持つわけでもない。この任務に支障が無いのは同じことだろう。

 レイナースが向けてくる哀れみを含んだような笑顔に、再び重い溜息が出てくる。

 

「心配をしている優しい同僚の顔を見て、溜め息とはずいぶんなご挨拶ですわ」

「……レイナース、お前が羨ましくなるな」

 

 レイナースの口元で、くすり、と笑い声が聞こえたような気さえしてくる。親しみの篭もった声と普段と違う慇懃無礼な口調のアンバランスさがそう感じさせるのだろう。

 バジウッドが羨ましいと言うのは、レイナースが逃げた事ではない。皇帝に忠誠を尽くさないことを明言している彼女の立場では、いつでも与えられる仕事を断れるということだ。

 レイナースは帝国四騎士として遜色のない実績を残している。騎士の任務として、断るべきものなど無かったのだろう。

 しかし、魔導国が出現して以降、徐々に、しかし確実に非常識な仕事が増えている。それも、命令を聞かなかったことにして寝床に戻って布団を被りたいような種類のものだ。バジウッド的に言えば、やってられるかという仕事だ。

 

――高みの見物か、さぞかし気楽な立場なんだろうな。

 

 バジウッドは苦々しい笑みを返して歩みを進める。レイナースも同じ方向へ用があるようだ。

 

 長い廊下で次に出会うのは、口を半開きにした文官――あれは、半年ほど前に外交官として都市国家群の幾つかを任された者だったか。

 先ほどからまるで彫像のように動いていない。若手のホープとして期待された頃の姿は見る影も無くなっている。

 かつて若手の役人を集めて未来の帝国外交を語っていたその口は、ずっと半開きのまま。公然と第一秘書官の地位を狙いロウネ・ヴァミリオンに挑戦的な視線を向けていたその目は、虚空かその先の天井を見つめたままだ。日々多くの書類を抱えていたその両腕は、何も持たず力なく垂れ下がっている。

 

 きゅ、きゅ――。

 

「あの、若い文官がどうかしたの?」

 

「いや、鬱鬱としているな、と思ってな」

 

 レイナースの口調が戻ったのは、バジウッドの表情に諦めの気配を見たからだ。厄介ごとを押し付けられる恐れが無ければ、普段通りの態度に戻る。この女はそういう女だ。

 ところでこの文官――幽鬼のごとく立ちつくす外交官だが、ここで帝国四騎士の二人も顔を合わせているのに、一切視線は動かず虚空に向けられたまま。悪霊にでも憑かれているのではないかと思える態度だ。かつては人脈作りに必死になり、文官武官を問わず小うるさいほどに声かけを欠かさなかったというのに。

 バジウッドは眉をひそめる。

 こんな状態になっても働いていられると、休暇を願い出るのが難しいように思えてくる。これは憔悴しているにしても酷すぎるような気もする。

 だが、バジウッドが何か言うより早く、レイナースが口を開く。

 

「仕方ないわ。きっと休憩中なのよ」

「昔はあんなふうじゃ……いや、何というか跡形もないような気がするのだが?」

「彼のお仕事は順調だったようよ。外にいる時は魔導国との関係などわからないから、以前の情勢をもとに都市国家勢力の糾合に全力で取り組んだようね。それで戻ったら、ほら、属国でしょう?」

「そんな短期間で、成果出しちまってたのか」

「出しちまってたのよ。根回しだけでしょうけど。それで、これから自分で高く積み上げた石を、そっと一つ一つ音を立てずに戻していくお仕事を始めるの。文官の仕事はよくわからないけれど、状況的にはああいう顔をするのが普通なのかもしれないわ」

 

 ナザリック地下大墳墓に置き去りにされることになった瞬間のロウネの顔が浮かんだ。確かにこう見てみると、なんとなく似ている気がする。纏う空気とか、口の開き具合とか。

 バジウッドは頭を振って、二人の顔を重ねはじめた無益な想像を追い払う。

 彼らは気の毒だが、もはや手の施しようがない。今は自分の心配をするべきだ。

 

――あれでも休暇もらえないなら駄目か、とも思ったが、奴が積んだものをそっと戻せるのは奴だけなんだよな。それに比べ、俺の仕事なら代わりはいくらでもいる。

 

 ニンブルも言っていた。『陛下でさえ憔悴しきっている。我々も役目でその苦労を分かちあわねばなるまい』と。ならばあの男が文官として外交の場で右往左往するのは仕方のないことだ。騎士だって、行軍や陣形に振り回され困難な役回りとなることもある。それと同じだ。

 そして、帝国四騎士は戦いのために任命された騎士だ。ならばその騎士としての役目をしっかりと果たせば良い。外交的事情でデスナイトのお守りをするというのは、ちょっと違うような気がするのだ。

 

「それでバジウッド、ここへ来たのは?」

 

 素直に答えてよいものか悩みつつ、忠誠心の無いレイナースならこちらの立場に立ってくれるかもしれないと考える。女狐の手も借りたいところだ。

 

「……休暇が無いんだ」

「あー、なるほど」

 

 レイナースはバジウッドに手遅れの重傷者を見るような目を向けてくる。

 舌打ちが出そうになるが、ぐっとこらえる。忠誠心に乏しい彼女以外では、有効なアドバイスさえも期待できない状況だ。ボロボロの皇帝は、まだまだここでは絶対者なのだ。

 

「あなたの下につけられた新人さんと一緒に休暇でも申請して、帝都での過ごし方を教えるとでも言えば、間違いなく受理されるのではないかしら」

 

「それは残念だな。俺は休暇は家族と過ごすと決めているんだ」

 

 完璧なアドバイスを期待したわけではない。レイナースにはいくらかの同情と、皇帝とドライな関係を築いている彼女ならではの話を聞きたかったのだが、彼女の側には同僚への優しささえ皆無だったようだ。

 

――仕事の辞令でも押し付けてやろうか。

 

 レイナースはカースドナイトというクラスを持ち、レベルの低い装備品などを台無しにしてしまう呪いを受けている。

 しかし、内容が呪われている辞令であれば、彼女に触れても問題がないような気がしてしまうのだ。

 

 きゅ、きゅ――。

 

「では行くわ。何もないとは思うけど、何かあった時は全力で逃げるから」

 

「了――俺は、できれば陛下と逃げるさ」

 

 忠誠心さえ皆無だが、それは知ってた。

 顔を拭いたハンカチを持った手で立てて見せる親指がこれまでになく鬱陶しかった。

 




外交官……犠牲者A。オリキャラ。皇帝の傍で働くエリート役人ロウネ・ヴァミリオンに対抗意識を燃やしていた気鋭の若手で、魔導国包囲網を作るため都市国家連合方面の外交で活躍。難しい交渉をまとめて帰ったところで帝国が魔導国の属国となったことを知る。

第一秘書官……原作ではただの秘書官。皇帝からの信頼が厚いロウネ・ヴァミリオンの役職を少し捏造。

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