光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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焔ちゃんのイラストカッコ良すぎだろ!!
ミリオカッコ良すぎだろ!!
これ相澤先生より断然的に強くない?

そう思った作者です。





103話「拳拳拳」

 

 

 

 

 

「あす…か!やめろ!お前は雲雀の救出に向かうんだ…!!

雲雀が…雲雀…」

 

柳生は、苦しみに悶えながらも、雲雀の救出を先にと飛鳥に告げる。

隠鬼の目は回転するように渦巻く、まるで獲物は何処だと、意思があるように見える。

 

「雲雀ちゃんも大切…だけど、アテがない今、雲雀ちゃんの救出は難しいし…それに…

 

柳生ちゃんを放っておくなんて、無理だよ」

 

誰かを救ける為に、誰かを見捨てるなんて選択肢は、飛鳥にはない。

それに、雲雀が何処にいるのか分からない今、無闇に探しても見つかる訳がない。

もしかしたら他の生徒と合流してる事だってあり得る。

しかし柳生はそれでも首を横に振る。

 

「俺に……構うなあァァ!」

 

隠鬼の目が再び飛鳥に迫り来る。

赤黒い目は、飛鳥に狙いを定め、抉るように殴りかかる。

地面はボコりと大きく凹む。

 

「柳生ちゃん…一体何が…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、マンダレイのテレパスを聞き、雲雀が狙われてることを知ったあの時――

 

「柳生ちゃん!」

 

「ッ――」

 

「ありゃ?」

 

雲雀は目に涙を溜めながらも、柳生を心配する。自分をかばってくれた彼女を心配する。

柳生の腕には真っ赤な血が流れている…

 

「雲雀!ここは逃げろ!コイツ等の目的は雲雀だ…だから、雲雀だけでも」

 

「そんなの嫌だよ!柳生ちゃん見捨ててまで、自分は救かりたくない…!」

 

柳生は雲雀を想いやり。

雲雀は柳生想いやる。

仲の良い二人組ほど、ここまで息の合うコンビはいないのではないか?

しかし、目の前にいる理不尽は、ニヤリと口角を釣り上げる。

 

「うゥ〜ん!良いなぁ、友情ごっこ…僕もそんな人と巡り会えたら嬉しいなぁ、雲雀ちゃんは優しいんだね。さっすが、弔くんが認めるだけの器はあるよ!」

 

「へっ!?」

 

「弔…連合か!」

 

二人はより強い敵意を含めた目で、鋭く噛みつくような眼差しを鎌倉に向ける。

鎌倉は「まあね〜」と軽薄な言葉を発しながらニコニコと笑っていた。

 

「でも、嬉しいな!僕、てっきりヒーロー学生か飛鳥ちゃんと当たるかな〜って思ってたけど、まさか目的がこんな早くみつかるなんてね〜、あっ、爆豪くん知らない?僕たちの目的の一人なんだけど、森の中って結構視界が悪いからさ、何処にいるか分からないんだよね〜」

 

「知る訳…ないだろ!!」

 

柳生は無数の氷のクナイを鎌倉に飛ばす。

鎌倉は、鎌を回転させると氷のクナイは跡形もなく散り、無散する。

軽く調子狂わせる印象を持つ少女、鎌倉はクナイを砕くと間合いを詰め、懐に入る。

鎌倉の切れ味の高い鎌を番傘で防ぐも、背中に納めてるもう一本の鎌をつかさず取り、一閃、斬りつける。

まさか背中の鎌を使ってくるとは、予想してなかったので反応が遅れてしまったのだ。

 

「――ッ!」

 

斬り付けられた傷口から血飛沫が飛び散る。

赤い鮮血が鎌に付着し、躊躇わず斬り付けに行く…が。

 

「秘伝忍法――【氷の足】!」

 

柳生は秘伝忍法で巨大イカを召喚させる。

大きくウネリのあるイカは、足をプロペラの回転させる。

その足は氷漬けにされており、触れたものを瞬時に凍らせてしまうような冷度を持っていた。

 

「あはッ――!楽しいね柳生ちゃん!」

 

鎌倉は頬に付着した柳生の血をペロリと舌で舐める。

巨大な足を躊躇わず両手の鎌で斬り付けていく。柳生の秘伝忍法と鎌倉の両鎌スタイルによる叩き込む斬撃…鎌倉は秘伝忍法相手に、秘伝忍法なしで互角に渡り合っている。

つまり、秘伝忍法なしで素でこれ…柳生の秘伝忍法相手に渡り合い、傷一つ付いてないのだ。

 

「何…ッ」

 

「ん〜、思ったより味気なかったかな〜…んじゃ僕から殺るね――」

 

鎌倉はニコリと笑うと両鎌を軽々しく巧みに使いこなすよう振り回し、赤い鮮血がジワリと鎌に染まっていく。

 

「秘伝忍法――【血狂い咲き】!!」

 

血に狂った鎌は速度を増し、振り回す程に赤い残像が見える。

二刀流による秘伝忍法、鎌は段々激しく速度を増し、血が飛び散っていく。

その血が鬱陶しいのか、柳生は腕で顔を守るが、その腕に血が付着した途端――

 

ジュワッ――と嫌な音を立てた。

柳生は僅かな刺激による痛みに表情を歪ませ、腕を見る。

血が付着したと思われる腕、蒸発らしき湯気が立っている。

量は少量なので大したことはないのだが…

 

「まさか…」

 

「えへへェ〜♪」

 

笑顔に似合わず、鍛錬された身のこなしによる鎌倉の動きに恐怖を覚えながらも、冷や汗が流れる。

まるでドライアイスを浴びせられたかのような悪寒が背中に走る。

血が腕に付着し、僅かに消化している…と言うことは、鎌倉が振り回してる鎌の血は…とても危険だ――

 

「厄介だな…」

 

柳生は番傘を開き、雲雀を守るように庇う。

血が服に付着すると蒸発する嫌な音を立て少しずつ消えていく。

 

「柳生ちゃん!傘!」

 

「なっ!?」

 

しかし、これも無意味。

番傘が血で溶けていき、隠してた刀は錆になりボロボロになる。

武器がなくなった、それがどういう意味を表すのか、分かるであろう――

 

「あ〜らら、柳生ちゃん。大切な武器、無くなっちゃったねェ?

でも、雲雀ちゃんをちゃんと守ってね?僕、君らの友情ごっこがとても好きになっちゃったみたい!だからさ、もっと見せて?大好きな人を守るその勇姿ってヤツ――♪」

 

狂ってる。

その言葉しか出てこない。

見た目的に軽薄な印象を与える彼女だが、それはあくまで表面での話…実際は悪魔のような少女だった。

 

武器がなくなると言う事は、己が相手に対抗する術が無くなると言う事だ。

対人術など、傘あってこそ成り立つ…大道寺みたくああいう殴り合いの戦闘とは無縁なのだ。

 

鎌倉の狂い咲きに、柳生は腕で身を守るものの、刃物が腕の肉を抉り、鎌に染まってる血が傷口に更に激痛を浴びせる。

 

「うぐッ――!!ああァァ!!」

 

余りにも激しい痛みに、その場で悶え叫んでしまう。

鎌倉はパァッと笑顔になる、その苦しみの声をもっと聞かせてくれと、訴えるように、鎌で次々と抉って行く。

腕、腹、足、膝、胸、様々な箇所を的確に斬りつけて行く。

糸のように細かく、紡ぐように、両鎌で斬撃を叩き込む。

柳生の返り血が所々付着すると、まるで女神の光を浴びるかのように、狂喜に満ちていく。

 

「――あああァァ!良い!良いよ柳生ちゃん!苦しんでる姿、激痛に叫び出す声、血に染まって行く柳生ちゃんすっごく良い!!

もっと、もっと、僕にその苦しみを見せてよ!僕、今ビンビンに感じちゃってる!!」

 

息を荒げ、呼吸が乱れる鎌倉は、顔を真っ赤に染めて柳生に斬りつけていく。

相手の苦しむ姿、地に染まっていく姿、悲鳴、相手の痛み、それらの全てに快楽を覚えて行く。

 

「あ…ああ……」

 

雲雀は、おぼつかない様子で柳生が傷付いてく姿を見つめている。

柳生ちゃんが苦しんでる、救けてあげなきゃ――

でも、どうやって?

相手は強い、多分自分よりも…もっと強い。

あの天才の柳生ちゃんが、手も足も出ずにやられているんだ、自分なんか敵いっこない…

 

じゃあ、友を見捨てるのか?

そうやって、出来もしないと心の中で言い訳を吐き、そうやって目の前の現実から目を背けるのだろうか?

違う、そんなこと…でも、目の前の悲惨な光景に、自分が何が出来る?

柳生ちゃんが庇ってくれてるのに、自分は何も出来やしないのか…

 

「もう…やめてよ…」

 

ポツリ、ポツリ――

いつしか雲雀は目にいっぱい涙を溜めて、流していた。

柳生だけでなく、鎌倉にも雲雀の声は届いていた。

 

「どうして、どうして……こんな、酷いこと…するの…?目的は、雲雀なんでしょ…?柳生ちゃんは、関係ないじゃん……」

 

「どうし…て?」

 

鎌倉は手の動きを止め、柳生から雲雀に視線を移す。柳生は糸が切れたように前のめりになって倒れ、膝は地面につく。

相当な激痛を感じてたのだろうか、今何が、何処が痛いのか、何をされたのかさえ分からない…頭がクラクラして可笑しくなりそうだ。

そんな柳生など構わず、鎌倉は歪みに歪ませた笑顔を作る。

 

「どうしてって、何を…言ってるの?雲雀ちゃん??

そんなの、力があるからに決まってるじゃないか?」

 

血に染まった鎌は、今でも雲雀の血を求めんばかりに、鎌は忌々しく怪しい妖光を放っている。

夜空に浮かぶ月が、鎌の刃物に反射し輝いてる。

 

「力があるから、使うんだよ?なんで、分からないの…?力で人を傷つけて、何が悪いの…?なんで、雲雀ちゃん泣いてるの?」

 

鎌倉は理解出来ない。

人が何故人を守るのか、何故暴力を止めようとするのだろうか?

人を斬ることに何を躊躇うことがある?

自分の力を自由に使って何が悪い?どう言う使い方ゆえ、自分の好きなように力を振ることは決して悪とは言わない…

鎌倉はそう考えている。

いや、考えている…と言うよりも、それが普通としか思えていない。

 

「そ、そんなの可笑しいよ!力があるからって、人を傷つけて良い理由なんか…」

 

「だァから、何を言ってるの?なんで、人を傷つけちゃダメなの?誰が、そんなこと、決めたの?」

 

「……ッ」

 

雲雀は口ごもりをして言葉を詰まらせる。

鎌倉に理屈は通じない、幾ら彼女に言葉で訴えても馬の耳に念仏だ。

こう言った人間こそ、救いようよない人間と呼ぶのだろうか、鎌倉は言葉を紡ぐ。

 

「仮に決めたとして、僕らが守る権利は?なんで、力を使っちゃいけないの?

なんで、任務では力を使って良いの…?

 

ねェ、可笑しいよね?」

 

任務で人を殺せと命じ、任務外では力を振り撒いてはならない。

鎌倉は、そこが一番に疑問に思えたのだ。

そもそも、なんで忍の定めが死ノ定めなのかさえ、分からない。

幼い彼女の浅知恵か、または現代社会に対しての疑問なのか。

 

「力は、あるから使うんじゃないの!?ねぇ、何が悲しくて僕らは下らない上層部の命令に頭を下げて、人形みたいに働かなきゃいけないの!?

 

君らこそ可笑しいんじゃないの…?忍だからって理由で全て片付けて、結局自分の想いなんか何もないじゃないか?」

 

忍だから、死んで当然。

鎌倉も他の連合と同じくイかれてるが、何処か気がしっかりしていた。

先ず彼女は忍だから死んで当然…という言葉に納得がいかない。

忍だって生きたい、死にたくない、覚悟を持つ者もいれば、そうでない者だって存在する。

鎌倉はその内の一人だ。

上層部の人間が嫌いだから、鎌倉は忍に対して敵意を向けている。

 

「雲雀…無理だ、コイツに言葉は通じない…イかれてる……早く逃げろ!」

 

「もう無理だよ…

ああ、そうだ!雲雀ちゃんを傷付けたら柳生ちゃんどんな反応するかな?」

 

「「!?」」

 

本気なのか、冗談なのか…

鎌倉の軽薄な言葉に、二人は体を反応する。

ただの興味本位で、鎌倉は雲雀に刃物を向ける。

 

「本当は雲雀ちゃんと爆豪くんには手を出すなって言われてるんだけど、抵抗するようなら動けなくすれば良いって言ってたし…

 

抵抗してないけど、弔くん見てないし…嘘つけば…良いよね?」

 

大好きで、大切な雲雀を傷つけば、柳生はどう行動するのだろうか?

いや、どんな事になるんだろう…

嘆き、泣き叫び、心は折れ、絶望の海に沈むだろうか…

そう考えれば考えるほどに、鎌倉は興奮していく。

 

目の前にいる大切な友が傷付く姿は、誰だって見たくない…

殺しはしないと心の中で理解しながらも、やはり傷付けられるのは辛い…

だからこそ、鎌倉は傷つけるのだ…

人の嫌がらせをしながら、絶望に身を染まらせ殺される…

最悪で残酷な死に方だ、鎌倉は幾度となくそれを繰り返してきた。

 

「雲雀ちゃんゴメンね!!恨むなら動けなくなった柳生ちゃんを恨んでね!!!!!」

 

死神――

そう呼ぶに値するものだった。

腕で大きな素振りを見せて、鎌の刃先を柳生の目に向ける。

これを喰らえば確実に死ぬ。

ちょっとやそっとの事じゃない事を、鎌倉は少しだけと言う言葉で丸めてるのだ。

彼女そのものに狂気を感じる。

 

雲雀は泣きじゃくりながら、鎌倉を見つめる。

恐怖で体が動かない…

 

――これじゃあ、あの時と同じ…

 

 

USJの襲撃で、脳無に襲われた時と同じだ。

自分の力が通用しなくて、柳生ちゃんに迷惑を掛けて、弱くて何も出来なかった…

あの時と同じ…いや、それより酷いものだ。

柳生ちゃんが傷付いてるのに、自分はまた何も出来ないのだろうか…

やっぱり自分は…忍に向いてないんだろうか…

 

 

 

 

「オイ――」

 

刹那。一つの凍てつく言葉が、空気を凍らすかのように包み込む。

緊迫とした状況のなか、鎌倉は後ろを振り向く。

 

グオン!とした音速が耳に届き、鎌倉は反射的に上手く避けた。

鎌倉の表情は、変わっていた。

狂気に満ちた笑顔から、真顔に。

驚きでもない、喜びでもない、動けない筈の柳生が攻撃してきた事でもない…

 

隠鬼の目――

いつの間に外したのか、巻いてた眼帯を取り外し、眼帯を付けてた目が赤黒い色で飛び出ているではないか。

 

「雲雀に…手を出すな……!!」

 

「……ほへェ、驚いた。まさかこんな力を隠し持ってたなんて、弔くんの殺害リストに柳生ちゃんの名前が載ってたのも、頷けるなァ…」

 

鎌倉は表情を少しだけ、不敵な笑みに変える。柳生の殺意の孕んだ声、忿怒を表す隠鬼の目。

鎌倉が、喜ばない訳がない…

 

「や、柳生ちゃん!!」

 

雲雀は柳生に声をかけるも、柳生は雲雀に目をやらない。

完全に怒りと力に支配され、暴走している。

意識が鎌倉に向いており、多分雲雀の声はその所為で届いてないんだと思う。

 

「雲雀から…離れろ……」

 

「嫌だ、って言ったら?」

 

「――ッ!!」

 

柳生は怒りに身を焦がす。

怒りの感情に飲み込まれ、隠鬼の目が激しく暴れる。滑らかに、でもって急激に、激しく暴れ回る隠鬼の目。

雲雀は頭を抱えしゃがみこみ、被害を喰らわないように身を守っている。

対する鎌倉は、捌いていた。

全て隠鬼の目の攻撃を予測し、避けていく。

木々を土台にしてとんだり跳ねたり、更には隠鬼の目を上手く使って跳躍したりしている。

アクロバティックな動きに、柳生は翻弄されている。

拉致が開かない…

焦りが、柳生の心を煽っていく。

焦れば焦るほどに、心が怒りに染まっていく。

 

怒りを超越して、殺意が芽生えていく。

コイツを殺したいと言う歪んだ殺意が、それこそ、連合の一人一人が持つ異質な殺意に似たものが、柳生の心に芽生えていく。

 

「あ、あああアァアアァァァァァアアァ!!!!」

 

守ると誓ったのに、守れない己の非力な弱さ。

何が自分が強くなるだ、雲雀を守るだ。結局…自分はあの時と何も変わってない…

弱いままの惨めな自分と、何ら変わらない…

自分が弱いから、あの時脳無に殺され掛け、雲雀に怖い思いをさせてしまった。

死柄木に殺され掛けた、それを…自分の手で止めることは叶わなかった。

 

雲雀…俺は――

 

最後の希望に目を向けようと、視線を移す。

しかし、柳生の心は絶望の淵に落ちることになる。

いない…

雲雀が何処にも見当たらないのだ。

先ほどまで泣きじゃくり、子ウサギのように怯えていた雲雀の姿が、何処にもいない。よくみれば鎌倉の姿も見受けられない…

逃げた…?いや、少し違う…

まさか、雲雀を拉致って逃げたのか?

あんな数秒で?

自分の心が絶望に支配されてる間に、そんな数秒すら経たない僅かな時間で、雲雀がいなくなったと言うのか?

 

何処…に?

 

その疑問と同時に、もう一つの真実が柳生に突きつけられる。

 

 

守れなかった――

 

今度こそ、雲雀を守れなかった…

誰の手もなく、自分の弱さのせいか、雲雀が目の前から消えた。

それこそ、妹が目の前で消えた時と同じ光景が、頭の中に過ぎる。

大好きな妹が消え、雲雀まで消えた。

自分の周りにいる大切な存在は、手の届かない場所に行き渡り、消えてしまう――

絶望が、憎悪が、悔恨が、柳生の心を染めていく。

ドス黒い赤黒い色に、隠鬼の目は染まっていく――

 

「ッッッ!!ああああァァァァァァァ!!!!雲雀、雲雀ィィ!!!」

 

状況は最悪な方面へ転落し、柳生は鎌倉の思惑通り、絶望の海に沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな暗闇で、光さえない深い絶望の海の中…氷のように冷たい、凍てつく闇の中…

手を差し伸べてくれる人間が、一人いた。

雲雀じゃない…もう一人の人物が…手を差し伸べてきた。

その手が、光の一筋を表すように…そして、彼女はこう言った――

 

「必ず救けるからね――」

 

何処かで聞いたことのある、生真面目で明るい、優しい声。

安らぎに満ちた、温かい声が、心の闇に、光が灯る――

 

さあ、目を開けてごらん…

絶望だけが、残ってる訳じゃない…希望を掴もう…まだ、チャンスはあるハズだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

濃度の高いガスは視界が悪く、森を包み込んでいる。

このガスを一口吸えば、間違いなく意識を失ってしまう有毒ガス。

成分は不明、どんな毒ガスの効果を発するのかは未だに不明、謎が多い森の中――銃声が鳴った。

 

「ああ、いたね君…硬くなるヤツか――驚いた、個性ならこの銃弾効かないかな?

 

まあでも、関係ないや…このガスの中で、どれだけ息を止めてられるかって話になるからね」

 

マスタードは手に銃を持ち、悠々と語り出す。

対する鉄徹は傷こそないが、最悪なことにガスマスクが壊された。

破壊されたことにより、呼吸することは決して許されない。

吸ってしまえば終わりだ。

 

(――痛え!スティールで体硬めてたのに…マジかよ!普通の拳銃じゃねえのか?なんで痛みが…!

しかもマスクを狙い撃ち…)

 

鉄徹の個性はスティール。

平たく言えば切島の被り個性。

つまり、個性の派手さも強さも切島と同じと言うこと…

その強さは体育祭で披露されていた。

銃弾など、鉄徹にとっては無害なのだが…マスタードが放った銃弾は、そこらの銃弾の並みとは違った。

特殊加工された銃弾は、鉄徹にダメージを与えていた。

しかも見た感じ相手は中学生らしき人物、同じ学年とも考えられるが、この際どうでも良いのでこの考えは取り敢えず放棄する。

 

「この拳銃、実に面白くてさァ、他の鉄砲とは訳が違くてね…

銃弾の性能も飛躍的に良いんだけど、何が面白いか…見て見たい?」

 

「んのおらああァァァ!!」

 

悠長な話など論外。

鉄徹は雄叫びをあげながら突進してくる。

相手が拳銃使いでも関係ない、突進して相手を全力でぶん殴れば問題ないからだ。

 

「アイアンマンごっこ?」

 

ダァン!ダァン!

銃声が二回鳴る。

マスクを被ってるので相手がどんな表情をしてるのか見えないが、声から察するに呆れている。

膝、腹に的確に狙い撃つ。

銃弾を受けた余波で思わず体制を崩しそうになる。

鉄の体でコーティングされてるとは言え、甘くはない。

銃弾が発砲し相手の体を貫くよりも、衝撃波が体内を貫く際に、筋肉、骨格、神経、血管、それらを爆発的に粉砕する威力は並みの銃弾にあるものだ。

フルメタルジャケットを着用しても、銃弾によれば性能は変わるし、最悪…無事ではいられないとさえ言われてる。

 

「そう言うさ、人が喋ってる時に暴力とかおかしくない?ねェ、皆んなヒーロー科ってこんな屑共ばかりなのかよ…なんだか悲しくて笑えてきちゃうよね、()()()()()()()()()なんて、お笑いものじゃん」

 

挑発じみた言葉を発するマスタード、しかしこれは挑発以前に彼の本音だ、拳銃を自慢するように掲げ駄弁っている。

一見相手が油断してるように見えるが…

 

「せやっ!!」

 

「あ〜らよっと…!」

 

何故か不意打ちが効かない。

ガスの中から一人、夜桜が姿を現し拳を振るうも、まるで分かってたかのように、軽い身のこなしで容易く避ける。

 

「完全に虚を突いたと思ったのですが…」

 

「ハハッ!なるほどねェ!僕が油断してるように見えると?でも残念、全部知ってるよ。君が僕を殴ろうとしてた事も、何人ここに来てるかも、この低脳のバカが来る事も、全部知ってたさ」

 

マスタードは自慢げに話す。

しかし可笑しなものだ…鉄徹ならまだ分かるが、なぜ夜桜の動きを見破ったのか、彼女は不思議で仕方なかったのだ。

気配は確実に消していた…なのに、忍相手にこうも、あっさりと簡単に見破れるとは考えてもいなかった。

決して相手を舐めていた訳ではないのだが、夜桜は知らない。

敵の実力を、強さを、恐怖を――

 

「ん…?と言うかオカッパのお前…

ああ、思い出した…漆月が言ってた月閃とか言うエリート校の忍学生か…雄英に負けず劣らず、成績良いんだっけ?

しかも正義厨とかって聞いたけど…」

 

「……だったら何じゃテメェ、しかも一丁前に銃なんか持って、楽しいか?」

 

「ああコレ?すっごく面白いよ!君みたいなクソエリートの忍学生ですら射殺出来るんじゃないかって位、凄い性能でね…!」

 

銃を見せびらかすように、ケラケラ笑いながら喋るマスタードの言葉などに聞く耳持たず、夜桜は懐に間合いを詰める。

相手の虚を突けれなかったとしても、相手が対応できない素早さで、殴れば問題ないハズだ。

何より…

 

――普通の銃弾は、儂には効かねえ!!

 

効かない…と言うよりも、そう簡単にやられない…と言った方が言葉としては良いかも知れない。

夜桜の姿は浴衣…既に忍転身を遂げた姿だ、一見服が変わっただけだが、性能は凄まじい…普通の銃弾など食らっても、忍装束がダメージの代わりになる…

なので、忍学生相手に銃など通用する訳がなく、マスタードにとっては相性最悪だろう…

 

「――って思うじゃん?」

 

――ダァン!ダァン!!

 

しかし、夜桜の考えは全て否定されることになる。

甘かった…

 

「がッ…!?」

 

夜桜は口から血を吐く。

少量とは言え、その威力は桁外れだった。

銃弾に触れた忍装束は、ビリリと音を立てずに微かに敗れ、肌が露出し、その肌に銃弾が炸裂。

しかも、ダメージ有りなのだ。

 

「夜桜!!」

 

鉄徹の焦りと心配の声が、夜桜に投げられる。

夜桜の表情は、僅かに信じ難い様子で、マスタードの拳銃を睨む。

あの銃は――?

普通の銃ならこの位どうってことはない…だが、あの銃は忍装束の条理を無視する事が出来た…そんな銃など世界中に探しても見つからないハズだ…一体何処でそんな拳銃を手に入れる事が出来たのか、疑問が色々と溢れかえって仕方がない。

 

「あはは!油断したよね?ただの拳銃なら問題ないって、本当にバカだよなァ…普通疑うだろ?

忍相手になんで拳銃向けてんのかとか、んで考える以前に先ずは突進して相手を殴ろうとする魂胆を見るからして、君ら猪兄妹かよ。此処まで来るともう笑っちゃうよね?」

 

腹を抱えて笑う少年は、罵倒する。

拳銃一丁持つだけで、ここまで大きな差が広がる。

その事実が、心に突き刺さり、思わず唇を噛みしめる。

 

「君ら何してヒーロー科になれたの?忍学校についてももうちょっと聞かせてよ、僕も忍に関して全て知ってる訳じゃないんだからさァ」

 

ガチャッとした銃の音が聞こえる。

その銃口は夜桜にも、鉄徹にも向けられていない…全く違う方向…

最初何をしてるのかと疑問に思ったが、鉄徹は直ぐに理解した。

 

「んの野郎!!やらせねぇ!!」

 

「鉄徹!?」

 

ダァン――!

 

又もや拳銃が鳴り響く。

拳銃から放たれた銃弾は、鉄徹の眉間に直撃し、僅かに跡が残る。

鉄徹の取った行動――

 

「なッ…!?」

 

拳藤を庇うこと。

濃度の高いガスから、拳藤の姿がうっすらと見える。ガスの濃度が高いため、視覚する事は出来ないので、拳藤の姿は見えなかったが、彼の言葉と動作を見て、直感的に理解し行動に移す事が出来た。

 

「やっぱ三人で来るかァ、はハッ!でも僕の立場は変わらないよ。

相手がヒーローだろうと忍だろうと、殺すことには変わりはないんだし…

 

浅はか、君らの考えって浅はかだよね?

大人しく黙って尻尾振って逃げてれば良いのにさ、この毒ガスが体に有害を及ぼすことを知ってて尚、バカみたいに突っ込んで…そんでもって僕に苦戦をしいられる?

雄英も、月閃とか半蔵学院とかも、所詮は名門校の肩書き背負ってるだけで、全然大したことないなァ」

 

「ッ!貴様ァ!」

 

他人を傷つけ平気で笑い、何もかもバカにされて、黙っていられるほど夜桜はお人好しじゃない。

何よりも自分の母校もバカにされてる気がしてならなく、許せない。

自分たちが月閃に入れたのは、黒影様の修行があってこそだ。

それを、なんの苦労も知らない中坊が、拳銃を一丁前に掲げて自慢するヤツを見て、黙っていられるハズがない。

逆にやめろと言われてもやめない。

 

マスタードは毒ガスに溶け込むように姿を消す。

何処にいるか…気配で察すればガスが視界を邪魔しようと関係ない…

 

(ヤツは…ここ!)

 

夜桜が右に視線を向け、手甲で殴りかかるも――

 

「バァ〜ッカ」

 

ダァン!!

 

殴る前に銃に撃たれ仰け反る。

痛みが腹に走り、露出してる肌から血が流れ出る。

 

「考え無しの突進なんて、見てるだけで醜いものだよ。

 

この銃は結構特殊なものでさァ!

忍商会の裏サポートアイテムなんだよね〜。

対忍魔用として造られた拳銃は、忍装束の条理を無視する事ができる!

勿論防御関係なしに無常理で肉体にダメージを及ぼす良い品物さ。

しかも忍装束を徐々に減らす特殊効果が乗せられてね?

ただの銃弾だって思う大馬鹿には良い効果さ。だから君、僕にやられてるんだよ?そんな簡単なことも考えられないの?」

 

安い挑発だと分かってても、つい体が勝手に動いてしまうのは夜桜の悪い癖だ。

相手が悪だと言う以上、どうしてもカッとなってしまう。

悪の存在が人を脅かし、煽り、奪い、騙し、壊す。

今目の前にいる連中がそうだ。

マスタードは銃口を夜桜に向け、引き金を引く。

 

「君、忍学生なんだろ?善忍だっけ?

悪は絶対に許せない、絶対主義者なんだろ?

是非、教えてくれないかな?

僕らみたいな悪党にさ、コケにされてやられてるって、どんな気分なんだい?」

 

銃声が何回も鳴る。

夜桜は必死に急所の部分を手甲で身を守るが、それ以外は銃により傷が付き、悲痛の声を噛み殺しながら睨みつける。

 

「善忍が、ヒーローが!一丁前に偉そうにさァ!!正義だとか守るだとか救けるだとかありがちでバカみたいなこと駄弁ってさぁ!

挙げ句の果てに、結局君らが悪に対する行動って暴力だよねェ!?

君らがやって来た行いってのは、こう言うことなんだよねェ!!」

 

若干興奮してるのか、気が昂り、早口で捲し立てる。

正義という名に恨みがあるのか、銃を何度も鳴らし夜桜に血を流させる。

 

(…こいつ…!!)

 

このままやられてる訳にはいかない、しかし反撃する隙すら与えてくれない… 早くしないとガスマスクのフィルターの時間が切れてしまう。

効果の時間が切れてしまえば終わりだ。

 

「テメェ!!」

 

夜桜を痛めつけてるマスタードに対して我慢の限界が来たのか、鉄拳を握りしめ、思いっきりブン殴る。

しかし鉄徹が動いた瞬間に彼は視線を移し、あっさりと避けまたも引き金を引いて。

 

「低脳じゃなかった…

 

完全な無能だったわお前――」

 

ダァン!ダァンダァン!!

3発、発砲する。

鉄徹は銃に撃たれて体制を崩してしまう。

夜桜を庇って――

鉄徹は横に転がるように倒れてしまう。

 

「アレ君、さっきよりも肉質柔らかくなってない?血出てるよ?

やっぱ君みたいな単細胞の個性って、筋肉とスタミナが必須なのかな?

この毒ガスの中じゃ空気は吸えないし、やっぱりこう言う個性って得てして体力勝負、あるもんねェ」

 

マスタードは横に転がる鉄徹を見下しながら、銃口を向ける。

そして一発、また一発と、銃を発砲させる。ガキィンガギィンと、甲高い金属音が耳をつんざく。

 

「どいつもこいつも、バカみたいにさ…

教えてくれよ、どうして君らみたいな低脳供がさ、ヒーロー目指せんの?

お前らがしっかりしてないからさ、こう言う襲撃とかあっさり許しちゃうんだよ…

 

あーあ、何でこんな簡単なことって考えられないのかなァ…」

 

ダァンダァンダァン!!

 

「僕おかしいと思うんだよねェ…

 

君らみたいな低脳のバカ供がさァ!学歴だけで周りの皆んなからチヤホヤされる世の中ってェ!」

 

ダァン!ダァン!ダァン!

 

「正しくないよねえェ!!」

 

ガァン!

思いっきり蹴り飛ばす。

言動から察して、雄英に恨みがあるのか、マスタードは銃口をまた向け転がる鉄徹に銃弾をブチかます。

 

(っべえぇ!そろそろ…息が続かなくなった…クソ!クソクソ!)

 

鉄徹に焦りの顔が立つ。

息にそろそろ限界が出てきた。

鉄徹の個性スティールは、部位を硬化させるには体力が必要だ。

しかし、酸素を取り込めない今、硬化の時間がじっくりと終わりを迎えるだけ…

ましてや相手は拳銃を手に持っている。

体力全般を主に、肺活量もそこそこ自信はあったのだが、この状況ではかなり厳しい。

 

ドン!

 

振動で地面が僅かに揺れる。

何が起きたかと視線を移すマスタード。

 

「やめろ――」

 

夜桜のドスの利いた声が、ハッキリと聞こえた。

 

声から察するに激怒してる。

それも尋常じゃないほどに。

マスタードの心が僅かに揺さぶる。

 

夜桜は基本怒ってばかりではあるが、今回はその比ではなかった。

その怒りのあまり、握り拳を思いっきり地面に殴りつけたのだ。

その時に振動が生じ、僅かに揺れたのだ。

 

「……ハッ、まだ生きてたのかい?」

 

直ぐに心を入れ替えるマスタードはもう一丁の銃を学ランの中から取り出し銃口を向ける。

 

「懲りないね君も、生きてるとはいえ大人しくしてれば見逃してあげたかもしれないのにさ」

 

「…テメェに、家族を侮辱されて…黙っていられるかって話じゃ…」

 

「……はァ?」

 

夜桜の家族という言葉に、マスタードは素っ頓狂な声をあげ、小首を傾げる。

「何言ってんだコイツ?」という言葉を示す仕草に、夜桜は声を張る。

 

「儂は…B組と出会ってまだ日が浅いですが…それでも、儂がこのクラスに入ってからは…毎日が楽しくて仕方ないんです…

 

あのクラスと一緒にいると…昔の頃の自分が重なるんじゃ…」

 

かつて、光に満ち溢れたかけがえのない思い出が、頭の中に浮かんでいく。

自分がまだ小学生の頃か、妹や弟達の面倒を見てきた、あの輝かしい思い出が、走馬灯のように…浮かんでいく。

怒って、泣いて、笑って、喜んで、そんな喜怒哀楽とした家族が何よりも大好きだった。

またああやって、幸せな時間を過ごしていたい…

 

だから、B組に入って嬉しかった。

皆んなと一緒にいると、昔の頃を思い出す。

まるで、B組というクラスが家族そのもののような、そんな温もりさえ感じた。

月閃と一緒にいる時と同じくらいに…それこそ、家族のような温もりが…夜桜の心を、照らし、明るく導いてくれたのだ。

 

だから、夜桜にとってB組とは家族なのだ。

喧騒に満ち溢れ、毎日が飽きない…嫌いじゃない…皆んな明るくて、かけがえのない仲間だから…そして、家族と同じくらい、大切なのだ。

 

 

「プッ――」

 

 

しかし、理不尽は――

 

 

「アッハハハ!!アハは、クッハハハ!!」

 

それを嬲り笑う。

 

まるで狂ったかのように笑い出すマスタード。ガスに包まれた静寂の中、彼の嘲笑に空間は溢れかえっていた。

 

「家族だぁ?あっはは!本当に居るんだねそう言う痛いヤツ!

犬とか猫とかのペットをさ、家族とか言うヤツ、見てるだけで痛々しいったらありゃあしないのにさァ?

 

家族なんて、何の価値もない飾りだろ?」

 

ダァン!

 

夜桜は肩を撃たれ、痛みに表情を歪ませる。

それでもマスタードは躊躇うことなく、平然と射撃を繰り返す。

 

「家族とかさァ!両親とかって全部何の役にも立たないだろ!?

成績を追い求めて来るクソッタレた父親に、世間の目を気にして個性がどうのとケチつけてくる母親に!

 

恵んでも、望んでもない個性を手にして、周りの皆んなから除け者扱いされる人間の気などいざ知らず!!何が家族だ!

そんなバカなもんがあるから苦しんでる人間とか出るんだろ!?僕はただ、この間違った社会を正してあげてるだけなのにさァ!!」

 

社会に、家族に、友人に、何もかも絶望して来た少年は、手を休める事なく、的確に夜桜に銃を発砲する。

 

家族なんて下らない。

馬鹿馬鹿しい。

聞いて呆れる。

 

愛する家族と離れ離れになった者。

家族という嫌いな物とかけ離れ、歪みを持った者。

 

夜桜は覚悟を決めて、鉄をも砕く拳を強く握りしめる。

 

 

「らあァッ――!」

 

「――ッと!」

 

背後から、今まで黙って見ていた拳藤が動き出し、殴りかかる。

マスタードの個性、毒ガスなら当然、三人の動きが揺らぎとなって動き、その揺らぎが直接マスタードに繋がるので、不意打ちは先ず無理。

だから、あっさりと躱された。

 

「さっき言ったろ?君らの行動は全部筒抜けなんだって――」

 

しかし、ここでマスタードは一杯食わされる。

突如、拳藤の手が巨大化したのだ。

その大きさを利用し、マスタードは僅かながらにダメージを食らう羽目になった。

 

「痛った!?」

 

「何、ヘラヘラ笑ってんだよ!!」

 

ガスマスクが揺れる。

拳藤の一喝に、再び森が沈黙に包まれる。

夜桜が、傷負ってでも、自分たちを大切に思ってくれている。

自分も皆んなのことを大切に思っているし、その気持ちは夜桜と同じだ。

だから嬉しかった。

自分たちの事を家族と言ってくれて、それ程に自分たちを大切に思ってくれていて、嬉しくないはずがない。

煽りとはいえ、マスタードの軽はずみの言動に、拳藤は我慢ならなかった。

相手が拳銃を持ってる以上、下手に動くことは出来ない…

相手に虚を突く事が無理だとしても、動かずにはいられなかった。

 

「どれだけ気に入らない事があってもなぁ、人の大切なもんを笑うなよ!!!」

 

拳藤の叫びに、夜桜の気持ちは揺らぐ。

自分のことを思って、叱ってくれる人間がいる。

 

(――なんだあの個性!?)

 

「事実を言ったまでさ!!

そんなショボい個性にドヤ顔されて、説教されてもなぁ!」

 

マスタードは一旦距離を離れて銃弾を入れる。

相手が近づこうとも、この銃さえあれば…どうってことない。

簡単だ、こんなヤツを仕留めるくらい――

しかし、マスタードの思惑は、思わぬ形で崩れてしまう。

 

「ショボいかどうかは、個性の使い方次第だ!!」

 

拳藤は巨大な手を団扇代わりにし、充満してる毒ガスを振り払う。

ガスが少しずつ晴れていき、周囲の毒ガスが消えていく。

毒ガスは空気より重い、しかし空気の成分により、毒ガスは少しずつ消えていくのだ。

 

「なッ!僕の個性が!!なんちゅうパワーだコレ!」

 

マスタードは少し体制を崩してしまう。

拳藤の個性、大拳の威力に思わず足がすくんでしまう。

扇ぐと同時に強力な風を作り出したのだ。

 

「馬鹿はお前だよ学ラン野郎。

一丁前に拳銃なんか持って、喧嘩に自信がねえって言ってんのと一緒だ。

 

必死にヒーロー目指して頑張ってる人間を、上から見下すように笑ってる人間より、よっぽど強いんだ!!」

 

「…!このッ!」

 

銃の引き金を引こうと、標準を合わせる。

コイツなんて、ただの銃には――

マスタードは慢心していた。

だから、気付かなかった――

 

 

「何より雄英の単細胞ってのは――」

 

 

ドッ――

 

「いッ――?!」

 

手に激痛が走り、手にしてた拳銃は宙に舞い、遠く離れた方向へ飛んでいく。

マスタードはマスク越しに激痛で表情を歪めながら、手を見る。

 

「油断したな!ガスマスク!!」

 

鉄徹が、マスタードの手を殴ったのだ。

そのため、つい拳銃を手放してしまったのだ。

 

(コイツ!ガスの濃度が薄くなって、揺らぎが伝わらなくなって気付かなかった!)

 

初めて、焦りが生じる。

マスタードは鉄徹を蹴り飛ばし、直ぐ様拳銃を取り出そうと、学ランの中を探るが――

 

(しまった!拳銃が…もう無い!!)

 

二つまでしか所持していなかったのだ。

しかも鉄徹は蹴り飛ばされてもこちらに噛み付くように睨んでいる。

蹴り飛ばされた銃を拾おうとしても、多分二人がそれを赦さないだろう――

 

(どうすれば良い!?これ以上毒ガスは出せない!銃もない、手助けは来ない!こんなハズじゃないのに!)

 

「普通、もうダメだって思うことを――」

 

拳藤の言葉が紡ぐように発せられ、マスタードは拳藤の視線の先に振り向く。

地面を蹴りつけた音、拳藤が見据えてるその先に…視線を向ける。

 

「儂らを散々コケにして、馬鹿にして、覚悟は出来ちょるんじゃろうな…!」

 

「ッ――!!」

 

夜桜。

もう既に間合いを詰めている。距離を取られ、マスタードは立ち止まる。

気付かなかった…どう対処すれば良い?一体どうすれば…

 

「テメェのその腐った根性…儂が…」

 

「嘘だ…嘘だ!僕が、この僕が!!こんな、こんな大したことのない…低脳の、バカ共に!!!」

 

 

 

「――ブチのめす!!!!」

 

 

 

そして、正義の鉄槌が下された。

 

 

ドガシャアアアァァン!!!

 

 

「更に乗り越えて来るんだよ――」

 

 

夜桜の鉄槌。

それにより地面へ背を叩きつけられ、ガスマスクが割れるマスタードは成す術なく、顔面をやられ、倒れこむ。

それと同時に、毒ガスは霧散していく。

そして瞬く間に、毒ガスは完全に消えた。

森を包み囲んでいた脅威は、夜桜と鉄徹、拳藤の三人により取り払うことが出来た。

 

「なるほど…お主がガスマスク付けてたのは、自分もそのガスに巻き添えを食らってしまうからか…

 

じゃが、何にせよ…この勝負…儂の……

 

いいや、儂らの勝ちで宜しいですね――」

 

殴られたマスタードは、動く様子もなく、白目を向いて気絶している。

殴られた所為か、頬は赤く腫れ上がっている。

大の字に倒れてるマスタードを見下ろす夜桜は、体の傷など意に介さず、息を荒くしマスクを取り外す。

 

「プハァ…!やっと、息吸えるわ…ハァ……ハァ……」

 

鉄徹は、鼻から流れてる血を拭いながら、呼吸する。

久しぶりに吸ったような感覚に、鉄徹は酸素を取り込めることに何処かありがたみを感じながら、倒れてる少年に視線をやる。

 

「コイツ、どーするよ?ガスマスクがねェんじゃ毒ガスは出さねェと思うけど…放っておくのもアレだろ?」

 

「んじゃウチが連れてくよ…取り敢えず施設に目指そう…八百万や泡瀬のヤツはマスク配って他の生徒の安否確認してるし…」

 

拳藤は個性を使って拳を大きくし、マスタードを一握り掴む。

これで気絶から回復して起き上がっても暫くは抵抗出来ないだろう。

また何かあれば気絶させればいい話だ。

 

「では…儂らも早く…」

 

夜桜がポツリと呟くと、拳藤が「夜桜…」と呼び掛け、近づいて来る。

拳藤の呼び声に首を傾げる夜桜。

 

「その…ありがとな、私たちのこと――」

 

その一声に、目をまん丸にする。

 

「あん時ウチらのことさ、家族って呼んでくれて…スゲェ嬉しかった。

ウチらの為を思って、アイツ許せなかったんだろ?だから、さ…

 

 

 

カッコよかっぜ、夜桜」

 

初めて自分の正義が誰かに認められ、感謝された。

昔の自分なら、多分感謝されてなかっただろう…何より、他人に感謝されるなんて考えは当初は無く、感謝されるような事ではないとずっと思っていた。

悪の殲滅こそが己の正義だと、そう誤った方向に道を歩んで来たから…

でも、今は違う。

 

初めて、ありがとう。と言ってくれた。

それが、今ではどうしようもなく嬉しくて、つい涙が溢れ出てしまいそうになる。

自分の善意ある行いが、他人に感謝される日が来るなんて思いも付かず、嬉しくて仕方がなかった。

だから、夜桜は

 

「いいえ、どういたしまして――」

 

明るい笑顔で、黒影様が大好きだったその笑顔で、二人にそう答えた。

 

 






あの日泣いて、今日笑え。
夜桜ママカッコ良すぎ、最近拳藤ちゃんメッチャ好きになりました。元々拳藤のことは好きなのですが、アニメとか観てると、愛着が湧いて……あ〜、B組も良いねぇ!



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