時は遡り、まだ外が明るい昼の病室内の時間帯。昼飯分の太巻きを食べ終えた飛鳥は、スマホでお母さんと通話していた。
「うん、うん!大丈夫、もう傷は治ったよ。あとお母さん太巻き有難うね、じっちゃんと同じくらい美味しかったよ」
『そう……それなら良かった…
本当に心配したわ飛鳥…貴女にもし何かあったらと思うと、お母さん心配で心配で………
この前友達とお買い物に行ってた時も飛鳥、敵と遭遇したんでしょ?
それに続いて林間合宿まで……
病院に搬送されたのを聞いた時は本当に心臓が止まるかと思ったわ……』
「……ごめんね、お母さん…本当にごめんね……ごめんなさい」
通話越しから、お母さんの啜り泣き声が聞こえる。よっぽど自分のことを心配してくれていたのか…
心配してくれてるのは嬉しい限りだが、そうとも知らずとただ忍の道に突き進むことばかり考えてた自分を今思うと、お母さんになんて声をかければいいのか…
本当に申し訳ないと思ってる。
今でも面を向かって頭を下げたいくらいだ。
『お父さんもね、すっごく心配してたんだから…貴女にもしもの事があったらって、後でお父さんに連絡掛けておきなさいよ?』
「うん、そうする……じゃあ…」
『あっ、ちょっと待ちなさい飛鳥!』
「わっ!?…ごめん、何お母さん?」
通話を終了しようとした途端、母から止めに入る声が入り、思わず耳を離してしまう。
『……飛鳥、霧夜先生に頼んで、飛鳥だけ半蔵学院に戻りなさい……
それが嫌なら、いっそ、半蔵学院も…やめなさい……』
「……え?」
まさかの言葉に、頭の中が一瞬で真っ白に埋め尽くされる。
まるで絵の具を白色で塗りつぶしたような、そんな真っ白しか存在しない世界のように。
母の震えてる声は、とても辛そうだ。
『お母さんね……考えたんだけど……
飛鳥可笑しいよ…?
半蔵学院に入学した時はそんな危なっかしい子じゃなかったのに…
雄英高校に転入してから、おかしな事件が続出してるじゃない……そんな危険な事件が起きるたびに、飛鳥ずっと無理し過ぎっぱなしじゃないの……』
「………ッ」
言葉が喉に詰まる。
喉に引っかかった罪悪感が、急に押し潰すように降りかかる。
今思えば、雄英に入ってからずっと無茶し過ぎっぱなしだ。
半蔵学院に蛇女が攻めて来て、敵連合と名乗る集団が雄英に攻めて来て、蛇女子学園と共闘で脳無と戦ったり、学炎祭で漆月と遭遇したり、雅緋と戦ったり、強化パトロールで保須市のヒーロー殺しと遭遇したり、木椰区ショッピングモールで死柄木弔と遭遇したり、そして林間合宿で敵連合開闢行動隊が襲撃してきたり。
今思えば、自分はとんでもない事件に巻き込まれてるなと思う。
こんだけ無茶苦茶な事件に遭遇して尚、今もこうして生きてる事自体が不思議だ。
だから、お母さんがこう言うのも、必然なのかもしれない。
「うん……ゴメンねいつも無茶ばっかりして……言い訳はしないけど…でも、逃げることなんて出来ない……
けど本当にごめん。それも出来ない」
辛く、苦しく、自分の本音をぶつける。
それが、その言葉がお母さんの怒りに触れることなど理解しながら、躊躇わず。
「そりゃあお母さんの言ってることは尤もだよ。忍以前に私は忍学生、まだまだ忍と呼ぶには到底敵わないヒヨっ子…
でもね、それは私だけじゃ無いんだよ」
柳生ちゃんや雲雀ちゃん。
他にも、まだ日が浅い夜桜ちゃん、四季ちゃん、美野里ちゃん。
色んな忍学生も、敵連合と接触した。
そして、負けても勝っても強く成長し続けている。
「それに、危険なのは…百も承知だから…!」
『お母さんは……』
「だから、ゴメンね!!」
そう最後に力振り絞る声を残し、通話を終了する。
今思えば、前にも一度こんな事があったなぁ…と、昔のことを思い出しながら、飛鳥は外を眺める。
中学校の時、よくお母さんとたわいのない事で喧嘩になったりした。
その時は、思春期なのと将来のことで不安だったからか、お母さんによく八つ当たりもしていた。
特に一番印象に残ってるのが、自分が忍学生になりたいと言った時、お母さんは大きく反対した。
勿論、飛鳥はいつもながらに怒ったが、それよりもお母さんに物凄く怒られたのを、飛鳥は今でも覚えている。
今思えば、少し勝手になり過ぎたかなと罪悪感すら感じてしまう。
今は、高校生活が楽しくて、お母さんへの八つ当たりは無くなったけど…
でも、気付かなかったのだろう…今までお母さんが、どんな想いで心配して来たのか。
今なら、よく解る。
「待っててね、直ぐに行くから」
ピロン♪
「ん?」
メール?
お母さんからだろうか?連絡先を見てみれば、違った。
切島くんからだ。
何だろうと疑問に思いつつ内容に目を通すと――
「え?切島くん達も?」
そして現在に至った訳である。
ヒーロー学生五名、忍学生三名、計八名の学生が、今回の案件に隠密活動を行う。
因みにこの事を他の忍学生には他言していない。
彼女らも救けに行きたい気持ちは山ほどだとは思うが、出来れば少数が良いと言われた。
雪泉には連絡してなかったので、彼女が外で待ち構えてた時は少し驚いたけど、よくよく考えれば雪泉は高らかに救出活動を宣言してたので、別におかしな事でもない。
夜の街は冷え込み、電車から出発してから目的の場所――神奈川県横浜市神野区へ到着した時間は約10時頃。
八百万の発信機によると、どうやらそこに爆豪や雲雀がいると言う疑い深い可能性があるとのこと。
電車の中で飯田は緑谷へ暴力を振るった事に謝罪したり、スタミナをつけるため弁当を食したりなど、中々に見ない光景に少し心が浮きながらも、二人を救けることに専念していた。
時間というものは、呆気ない。
何も喋ってもない沈黙の中で、直ぐに神野区へ到着した八人は
「神野区に着いた!のは良いんだけど……人多過ぎだよコレ…」
賑わう繁華街に困惑していた。
今思えば、神野区なんて地域に足を踏み入れた経験は一切無いし、ましてや発信機があるとはいえ、どうやって探索すればいいのやら…
「取り敢えず発信機辿って行けば良いんじゃねえか?
ッつー訳で善は急げだ!行くぞ!」
「お待ち下さい切島さん!貴方本当にこのまま突っ込む気ですか!?」
「?そうだけど?」
「そのキョトン顔止めてください!
何も策もないまま突っ込んで行くのは無謀です!勇気と無謀は違うのですよ?そこはお忘れのなき事……私たちは敵に顔を知られています、このまま行けば気付かれますし、何よりも隠密活動とは呼べません!」
言われてみれば確かに。
体育祭の時からか、もう既に自分たちの顔は見られている。
このまま行くには文字通り無謀すぎるし、何よりも隠密活動に成り立たない。
それに、飛鳥達も学炎祭でニューチューブのネット動画に挙げられているので、飛鳥達もアウトだ。
有名人になる程、生きにくいと感じたことは早々体験出来るものじゃない。プロヒーローならまだしも、自分たちはまだ保護下の身の学生だ。
「という事は変装するのでしょうか?私達は忍転身があるので、私達は問題ないのですが……」
忍転身という素晴らしい能力を備えていないヒーロー学生には、変装が出来ない。
今持ち合わせてるものは特になく、これと言って役立ちそうにない。
「ヤオモモちゃん達、変装出来ないね?どうする?ここは二手に分かれて…」
「いいえご心配なく!」
自信溢れ、若干ワクワク感の興奮に満ちた八百万が差す指の方向に目を向ければ、ド◯キの店があった。
それを見て一同は納得したらしく「あ〜…」と納得する。
あそこで変装するのかと理解した皆んなは、切島、緑谷、轟、飯田、八百万の五名は店に入って行く。
残りの内三名は、ここで忍転身するのも怪しまれるので、建物の路地裏で転身することにした。プリユアかよ。
そして数分後、特に時間はかかる事なく、変装を終えた八名は合流するも、若干誰だコイツ?と首を傾げてしまう人も少数いた。
「私達は普通だけど…」
飛鳥は髪紐を解き、ストレートな髪型に黒いドレスコートを着用。
見慣れぬ姿に新鮮さを感じ、何処か少しだけ大人に近づいたような気がする。
「は、はい……私も…」
雪泉は髪を白銀のように白く美しく、白い浴衣は忍装束に近い、日本の和を主張していた。
肩にまで露出した肌も美しく、まるで白雪姫のような美貌に、周りの住民も惚れざるを得ないだろう。
柳生は珍しくツインテールに束ね、眼帯こそは変わらないが、私服は水玉模様のお洒落な服に、赤いワンピースは、クールな彼女とは考えにくい一面に、とても可愛さが引き立てて魅力すら感じる。
三人は一目見ればバレない格好で変装をしたのだが、流石は雄英高校。
何事にもハードル高く、ここまで別人に変装するとは思わなかった。
「ふぅ、準備に手間取りましたが、思ったよりも早く片が付いて良かったですわ」
ドキドキと緊張面と至福感が隠せれてない、キャバ嬢にでも出て来そうな彼女は八百万百。
ポニーテールだった髪はロングストレートに垂れており、高級そうなドレスはお金持ちを主張していた。もしここに詠がいれば「お金持ちは皆殺しですわ〜♪」と愛用の武器〝ラグナロク〟を振り回してた所だろう。
そして手には香水の〝UNERI〟を持っている。確かアレは職場体験でスネークヒーロー〝ウワバミ〟のCMに出てた商品だ。
「オッラァ!コッラァ!」
「おい緑谷!もっと顎をクイッてやんだよ!こんなんじゃチンピラとして見て貰えねえ!」
「オッッラァ!!」
「よし!それで良い!」
一方、顎髭にグラサンをかけたチンピラの容姿に似せた緑谷と、ツンツンだった頭のワックスを洗い流し、髪をペシャンコにした、角のカチューシャを付けてる切島の姿も見えた。
緑谷は元々真面目なので、あまりこう言うオラオラ系は似合わないが、だからこそ自分らしくない格好のスタイルで攻めてきたのだ。
切島は思ったよりもカッコよく、話によると中学時代の頃の髪型らしい。
因みに余談だが、切島は入試試験の時に緑谷と同じステージに立っていた。
ただ、彼の髪が黒なのと目立った感じの生徒ではなかったので(入試試験二位の実績を誇っている)、緑谷も気づかなかったのは無理もない話。
「パイオツカイデーチャンネーイルヨーー!!!」
コイツ誰だ?
飯田天哉である。
メガネを外し、髪型を変え、鼻の下にチョビ髭に真っ白なタクシードの制服に包まれたその姿は、間違いなくホステス。
酒関連の仕事を営むガタイの良い大人に見えるのは気の所為だろうか?
「なぁ、八百万。お前の個性なら別に服くらい創れるだろ?何で態々買う必要があったんだ?」
この声の主は※轟焦凍。
黒く少し癖のあるヘアースタイルだが、整形たるイケメンな顔立ちは、全てを美に司る。
飯田とは対照的な色をした黒いタクシードの姿をした彼は、全ての女性が一目惚れしそうな容姿だった。
因みに髪はヅラ。
ヅラじゃない桂さんはお呼びではない。
「い、いえ!その……何と言いますか、個性での私欲私怨はヒーローとしてどうかと!
公共の場に於いて、許可なく個性を使用するのは犯罪…そう、悪なのです!!
悪は決して赦されるべきではありません!」
「なるほど、そうか」
轟は納得してるように見えるが一同はこう思っただろう。
「お前ただ単にド◯キ行って買い物したかっただけだろ」と。
そもそも彼女は豊富な家で育った斑鳩にも負けないお金持ちのお嬢様。
庶民の買い物などするハズがなく、こう言った経験は初めてなのだ。
そのため、一般人との間隔は何処か偏ってる。
因みに斑鳩は一般常識も身につけてるので、八百万ほどピュアではない。
「こ、ここまで再現度が高く、誰が誰かと解らなくなると……少し敗北感が…」
何に競ってんだか。
だが雪泉たちの変装もまあまあではあるが、緑谷達が異常を越してただけだ。特に飯田は「お前マジで誰?」と指摘してしまうほどに。
轟なんかも髪型変えただけでこの変わりよう。印象が強いからか、変装するとこうも変わるのか…流石はクラス一、二を争う強豪だ。
オマケに性格も顔もお墨付きと言えば人気なのも頷ける。
「では、早速隠密活動開始と行きましょう!」
八百万の言葉が始まりの合図となるように、試合開始のゴングが鳴ったような感覚がした。
決して離れれことはなく、目的地に一本道に進むように、怪しまれず動く。
人混みが多い中で視界も悪いが、発信機を元に辿って行けば、問題はない。
後は下手な事故さえ起こさなければ、特にこれといった害意は――
「おっ!雄英じゃん!」
『!?!』
一同は口から心臓が飛び出るような気がした。変装は完璧、特に怪しまれる動きも動作もどこにも無かったハズなのに。
思わず緑谷はチンピラ装うように「オッラァ!」と声を張り詰めて上げるも、皆んなの考えてた事は全く違った。
声を出した主を見てみると、背を向けて大型のモニターテレビが映し出されているのを、ジッと見つめていた。
神野区の繁華街でならこんな光景も珍しくはない。
そしてその映像に雄英高校の教師、校長・根津を始めとし、相澤先生にブラド先生の謝罪会見の姿が映し出された。
この映像に、思わず息を飲む。
何せ自分の教師達がこうして新聞記者やマスコミ達に頭を下げてるのだ。
しかも、相澤先生はメディアを嫌う人間。先生にとってコレは嫌がらせでも何でもない、最早拷問に近い状況だ。
しかし、相澤先生の顔ぶれは一切変わらず、平静を保っていた。
『──では先程行われた、雄英高校謝罪会見の一部をご覧下さい』
『この度――我々の不備からヒーロー科1年生27名に被害が及んでしまった事、ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り社会に不安を与えた事、謹んでお詫び申し上げます。
大変、誠に申し訳ございませんでした』
『NHAです。雄英高校は今年に入って4回、生徒が敵と接触してると聞きますが、今回 生徒に被害が出るまでに各ご家庭にはどのような説明をされていたのか、又 具体的にどのような対策を行なっているのか、是非お聞かせ下さい』
体育祭開催の件から、雄英の基本姿勢は把握しているハズ、にも関わらず国内のニュースとして言わせるという事は、最早嫌がらせでもなんでもない。
生徒を守れなかったヒーローや先生に対し悪者扱いにしたいだけに過ぎない。
『周辺地域の警備強化、校内の防犯システム再検討。
〝強い姿勢〟で生徒の安全を保障する……と、説明しておりました』
「はぁ?」
「守れてねーじゃん、何言ってんだコイツら?」
「雄英しっかりしろよ、最高峰なんじゃねーの?」
「雄英マジで糞だな、無能じゃねえかよ」
結果が全て。
現実はいつだって優しくない。
守れなければ悪者扱い。
市民への怒りと不安の声に、この場の空気が淀んでいく。
この場に聞いてたヒーロー学生にとっては、さぞ胸が痛むほどに辛い言葉。
忍学生もこれを聞いててあまり良い気はしない。
しかし、何も言えない。
何も言い返せない。
どれだけ悔しくても、結果が全てなのだから――
忍サイトネットページや掲示板での投稿は忍しか出来ない。一般人が辿り着けるような、並のセキュリティにはなっておらず、また探し出すのに一苦労するのは確かだろう。
忍専用ネットワーク。
今回の掲示板で雄英高校による生徒拉致の最大の失点。
同じく、半蔵学院の忍学生拉致に関しても大きな酷評が相次いで挙げられていた。
『なんで任務失敗してるんだよ?しっかりしろ、エリート校じゃねえのかよ』
『教師何やってんの?責任取れよちゃんと、頭下げて分かりましたとか思ってんのかな?』
『忍学生拉致?は?ふざけてんのコイツら?』
『半蔵学院ってエリート学校じゃなかったっけ?』
『漆月とか言う胸糞悪い全国指名手配犯捕まえれなかった連中だよ』
『てか月閃も雄英入ってたよね?三校のエリート学生でも太刀打ちできない連合って何者なん?ウチらじゃ絶対勝てへんやん』
『ソレ、てかどのネットとかでもめっちゃ炎上しとるよ、今回の騒動は今までと比にならんて』
『太刀打ち出来ないだころか学生拉致られててワロタ。
仲間想いの学生とかいないのかよ、仲間の顔が見てみたいわ』
現時点でも、忍のネットの批判は嵐のように殺到し、最早マンモス進学校の半蔵学院や、最高峰の雄英高校、付け加えれば死塾月閃女学館、この三校の評価はガタ落ちし、看板に泥を塗ってしまったこの失態は、想像以上に市民や忍に不安を煽いでいた。
守れなかった、その結果が今を生み、ヒーローと忍を責め立てる。
一方、元凶たる敵連合へのアンチコメは一切見受けられず、また危険視された様子が深まったように見える。
「いやぁ……おかしなもんだよなぁ?俺は不思議でならないぜ……」
ただ忌々しい囁き声に、張り詰めた空気に変わる。
声の主、死柄木弔は両手を広げ、まるで王様のように皆を纏めるように、悠々と語り告げる。
「何故
パソコンとテレビ画面を、この場にいる皆に見せながら、死柄木はさも当然と言わんばかりに語り出す。
「奴らは少ーし対応がズレてただけだ!
戦力だって相手は解らない、こっちが有利だっただけだ!
お前らは命を守ろうとし戦った!
生きようと必死に抗った!
敵と死闘を繰り広げた!
――それなのにコイツらなんだ?
守るのが仕事だから?
人救けするのがヒーローだから?
任務を遂行するのが忍だから?
忍の定めは死の定めだから?
いいや違うね!間違ってる、どいつもこいつも皆んな間違ってる!!
誰にだって失敗の一つや二つはある!
忍だって、ヒーローだって元は人間だ!
忍は駒?命令だけ従えば良いだけの道具?上層部の命令は絶対だぁ?世の為に働け?
そんなもの最早人間じゃないよな!?
お前らは傀儡や道具じゃない、違うか?
〝お前らは常に完璧でいろ〟ってか!?!」
訴えかけてるかのような言葉、否定する言葉、怒りや不満をぶつける抗議、悪への執念の姿勢。
ソレらに、この場の皆は死柄木の言葉に口を出さない。なぜなら、皆も同じ考えを持っているからである。
或る者は、死柄木の直訴に賛同し、静かに頷く者。
或る者は、異議なしと沈黙する者。
或る者は、死柄木の気持ちに近い者。
様々な悪意は、死柄木と関わり成長していく。勿論、死柄木弔本人も、成長する。
互いに互いを影響し合うことで、己が強くなっていくソレは、成長以外の何でもない。
「現代社会に於けるヒーローと忍ってのは堅苦しいなぁ?爆豪くんと雲雀くんよ!」
二人は身動き出来ない状態で拘束されている、金属製の椅子に、黒い拘束器具、更にこの敵の数による視線。
この状況になってしまえば、間違いなく勝機はゼロに近い。
この記者会見と忍ネット掲示板を直に目の当たりにした二人は、何とも言えない表情で立っていた。
雲雀ならともかく、あの爆豪でさえも心が折りかねないような姿。
「…………」
「ひ、雲雀たちのせいで……皆んな、責められてるの?」
「まっ、テメェらだけじゃねーけどな」
雲雀の横で、金属製の椅子に腕を置いてた荼毘が口を開く。
「守れなかった学生から教師まで全部言いたい放題。
どう?これが醜い社会の現実ってヤツだよ」
そして、それに続いて漆月も語り出す。
「普通、失敗した人間に次は頑張ろうと励まして涙を拭うのが一般的な人間の考え。次の打開策に身を譲るのが筋ってもん。
それなのに、アンタ達が必死に頑張ろうと血反吐吐いて、必死に命削って、体壊して、涙流して、汗水垂らして守ってるのに、この仕打ち。
ヒーローだって無敵じゃない、正義の味方が、完全無敵なわけないじゃん。
私たちという悪党にやられることだってある。守れなかったことを怒りと不安で言い訳にして、守られてる国民はアンタ等を責め立てることしか出来ない無様なやり方、ソレがコイツらだよ」
漆月の素顔は清々しく、その言葉に表も裏も存在しなかった。
ただただ本音、嘘ではない。しかし真実とも言い難い感覚。
「こんなものを守って何の意味が、義務がある!?
こんな守られてる身が守られてないような言い口と、批判する愚民。
己の立場さえも理解しない屑ども!それがコイツ等なんだよ!
ヒーローと忍が、そんなクズ供を生み出している!己の誤ちさえも気付かずに!!
つまり俺の言いたい事は、アレだ。
こんな奴等放って置いて、俺の仲間になれって話」
死柄木の二本の指が、二人に指差す。
まるでお前達も頷けと言わんばかりの指図感に、二人の表情は少し歪む。
「これだから市民の考えは汚れてどうしようも御座いません…
私腹が立っておりますの…
上層部の人間が何事も当然と考え、私達の意思を尊重しようともしない有様に殺気を出してしまいまして……
生きにくい忍、反論する輩がいるからこそ、我々は抗ってるだけですわ、ソレを市民やヒーロー、忍にとやかく言われる筋合いは我々には御座いません」
「そもそも、守るという行為に対価が発生した時点でヒーローはヒーローでなくなり、私欲私怨や存在価値も解らん上層部が徘徊してる時点で、忍は忍でなくった!
それがステインのご教示!」
闇とスピナーも、死柄木と漆月に賛同するかのように言葉を足す。
悪意以前に、彼らも元はただの人間。一般市民と変わらない、純粋な人間に違いはなかった。
だが、環境は人を変える。
時間が人の心を変える。
人が人を変える。
ここにいる全ての人間が、何かしらの理由があって敵連合へと集ったのだ。
勿論、敵連合に入るのに幾つか合わないと却下された人間もいたが、少数な為情報漏洩は低い。
「人の命を金や自己顕示に変換する異様、それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民。
俺たちの戦いは『問い』、ヒーローとは正義とは、忍とは何か、この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう!
無論、俺たちは勝つつもりだ。
今も、そしてこれからも――」
社会に対する不満はより強く、より強力に。
単に気に入らないものを壊すが為の死柄木弔ではない…
現代社会に於けるヒーローと忍の、裏表の社会を、二つで一つの社会を壊すこと。
「君も勝つのは好きだろ爆豪くん。それに、死にたく無いだろ?雲雀くん」
と、二人は心の奥底で思う。
しかし、雄英襲撃事件のことを、死柄木だって忘れていない。
理解してる上での発言。
「ツー訳で、だ……おい荼毘。この二人の拘束外せ、今すぐにだ」
「は?」
突然、死柄木の突拍子のない発言に、荼毘は鋭く目を細め、首をかしげる。
しかし、その言葉を逃すほど二人は落ちぶれてはいるはずがなく、二人は反応する。
「暴れるぞコイツら、良いのか?」
「良いんだよ、対等に扱わなきゃスカウトだもの!
身動き出来ない状態で仲間になって下さいなんて、言われた奴が仲間になるとは思えない…交渉するなら一先ずフェアで行こう。
それに、この状況で暴れて勝てるかどうか、解らないような奴らじゃない」
確かに、なんて思えてしまう程にこの殺伐とした状況の中で納得してしまう。
敵は14人、まだ何処かに潜んでる可能性がある。
交渉決裂と判断したら、相手は見境いなく即殺しにかかる。
相手はプロをも凌ぐ手練れ、そう簡単に逃がしてくれるハズもなく。
「それに…爆豪くんは勿論、雲雀くんなら敵連合としては大歓迎さ、お前は寧ろ此方側にいるべき存在だ」
「え?」
死柄木の思わぬ発想に、雲雀はおろか、他の一同も少し意外性の面を見せる。
あの死柄木が、初めて善忍に大歓迎だと宣言したのだ。
USJでは、絶望の淵にまで追い詰めたくせに。
「どうして……雲雀を?」
「お前、本当は忍なんかなりたくなかっただろ」
「!?」
何を言ってるの?と口から溢れてしまいそうになる。だが、何とか意思技集中して口を抑える。
この男、雲雀の心を見抜いてるのか?
「え?ちょっと、どういう事?」
「雲雀の情報調べさせて貰ったらスゲェ事が分かった。
まず、コイツの眼をよく見てみろ…他の奴とは違うこの華模様の眼は…
――華眼だ」
華眼。
思春期の頃に発現し、必ず一人しか現れない瞳。所有者は瞳に花のような紋様が浮かび、相手の心を強力に操る術が使えると言った洗脳に近い能力。
ただし、どんな命令でも出来るような万能の術ではない上、常に発動し続けると言ったものでもないらしい。
しかし、より強くこの術を磨き、己を強くすれば、選択肢も広まり自分のものになれるそうだ。
華眼の術は扱いが難しく、無意識に働いてしまう危険性がある。
「しかも雲雀の忍家系は戦国時代の頃から存在し、先祖代々から伝わるそうだ。
瞳術を持つ忍は世界の中でも数少ないとさえ言われてる貴重な代物…
忍を目指してた兄姉からは発言する事なく、ドジでマヌケなお前が選ばれたってわけだ。
そう、忍の才能もカケラもないお前がだ」
「………」
「雲雀ちゃん…スゴッ」
「いやぁそんなおっかねえ忍術があったなんて驚きだねえ…雲雀ちゃん有能過ぎて怖えし、おじさん頭上がんねぇや」
死柄木の突き付けられる言葉にグゥの音も出せず、雲雀は唇を噛み締めただ俯いた。
その一方で、鎌倉とMrコンプレスは驚嘆する。
雲雀が俯き涙目になってるのは、死柄木の言葉に苛立ち、悔しがってるからではない…
〝嬉しい〟のだ。
「嫌だよな?
忍になんてなりたくなかったのに、他の誰でもないお前が選ばれた。
兄や姉は必死に訓練頑張ってたのに、出来損ないのお前が選ばれ、責め立てるどころか慰めてくれた。
嫌だよな!?苦しいよな!?
本当は無能の自分になんで華眼なんか持っちゃったんだろうと、責めて欲しかっただけだよなぁ!?
それを、他の皆んなは優しさと気遣いで、本当のお前を見てくれやしなかった、誰もお前を理解しようともしてくれなかった!!!」
どいつもこいつも皆んな偽善者だ。
口だけで、皆んな優しくしてくれる。
余りにもおかしい…こんなのおかし過ぎると…
なんで自分には怒ってくれないのだろう…皆んな優しすぎる…と。
そんなある時、気が付いたのだ。
もしかしたら、これが華眼の力ではないのか?と。
自分が無意識に力を発動していれば、皆んなの心を操っていたのなら、この件について辻褄が合う。
そうだ、自分のせいで……こんな力を持ってしまったから……
「だからさ、もうやめようぜ?忍の茶番ごっこは
俺が
過去の束縛が、弔の囁きが心を煽ぐ。
今、ほんの一瞬だけ…
敵連合に入ろうと思ってしまった……
この人達なら、解ってくれる…
自分の苦悩を、打ち解けてくれる…誰もが成し遂げてくれなかった、誰もが本当の自分を見てくれなかった事に対して、死柄木弔が見てくれる。
「大丈夫だよ雲雀、仲間になってくれれば、君は殺さない。爆豪くんもね。あっ、けど仲間になってから、保証するよ」
漆月はゆっくりと近付いてくる。
雲雀の元へ
「もう苦しまなくたって良い…無理に忍にならなくても良い…ここには、雲雀だけが苦悩を抱えてる訳じゃないんだよ」
そして、頭を撫でる。
あの、残酷な漆月が明るい笑顔を見せてくれた。それは、飛鳥と何ら変わらない、健やかな笑顔。
とても、忍を殲滅しようと言ってた口だとは思えない程に。
「俺たちの信条を知ってるか?お前達が
それは、ヒーローの信条にして全く真逆の言葉。それは、間違いなく闇の信条にして悪の心得。
今まさにこの空気がそうだ。
「トゥワイス、宜しくな」
「はぁ!?俺やだし!」
死柄木の話を終えたと判断した荼毘は、トゥワイスに拘束器具を外すように命令する。
当の本人は否定してるものの、体は素直かルンルン気分で外して行く。
「なぁ、爆豪くん。雲雀くんもだけどさ、強引な手段で君らを拉致したのは謝る…けどな、漆月ちゃんの言った通り、我々は色んな想いを抱えてここへやって来たんだ」
拘束器具を外して行く中、コンプレスの優しい声が、二人の耳に届く。
コンプレスの仮面は、以前とは違い表情が読み取れない白黒の縞模様を彩っていた。
「我々は悪事の行為に勤しむ、ただの暴徒じゃねえのを、わかってくれ。
君らを攫ったのは偶々じゃねえ…」
二人の拘束器具が外れ、死柄木はバーの椅子から立ち上がり二人の元へ近づいて行く。
「ここに居る者、事情は違えど――人に、ルールに、社会に、忍に、ヒーローに、縛られ…苦しんだ――
君ならそれを――」
解ってくれる。
死柄木の差し伸べる手に、雲雀は思わず…手を差し伸べてしまう。
この人は、本当に自分を救けてくれるのだろうか?
今思えば…皆んなが優しくしてくれたのも、このチカラのせいだ。
皆んなの心を操ってまで友達なんかなりたくない。皆んなの心を利用してまで、優しくして貰いたくない。
そんなの、いらない。
だったら、もう良いじゃないか諦めよう…
寧ろこの人達だって悩み苦しんだ、自分と同じように…
これこそ、対等な仲間じゃないのだろうか?
だったら雲雀は――
「ッッざけんなボケェ!!!!!」
ボオオォォン!!
「え!?」
『!?!』
待ってましたと言わんばかりに喰らいつくかのように飛びかかってきた爆豪は、掌を爆破させ死柄木の顔面をぶん殴る。
誰もが予想してなかった展開に、一同は思わず息を潜める。
「死柄木!?」と漆月の沈痛の叫びに、「オイ大丈夫かよ!?」と声を張り詰め体を支えるトゥワイス。
顔面に爆破を食らってしまった死柄木の顔に付いてた掌マスクは、ポトリと地面に落ちてしまう。
「さっきから黙って聞いてりゃあよぉぉ〜…雲雀何敵に同情してんだドアホ!こんなクズ野郎供に感情移入してんじゃねえ!!
バカは要約できねえから話が長ェ!
要はテメェ、『嫌がらせしたいから二人とも仲間になって下さい』って意味だろ!?
無駄だよ」
爆豪は雲雀の背中を思いっきり叩く。
「痛ッ!?」とつい悲鳴を上げてしまう雲雀は、一瞬だけ爆豪を睨んだが
「雲雀、いつまでもウジウジと悩んでんじゃねえ。
コイツらじゃなくたって、テメェの悩み聞いてくれる奴らは、周りにいっぱい居るだろうが、自分を見失ってんじゃねえよ」
爆豪の勇気をくれる、温もりのある声に、自然と涙が溢れた。
背中に痛みが走りながらも、元気を貰ったような気がした。それが嬉しくて、どうしようもない。
「うん!ゴメンね爆豪くん!雲雀もう見失わない!」
――そうだ、何をバカなことを考えてたんだろう。何を自分はそんなバカなことを言ってたんだろう。
周りに大切な仲間がいるじゃないか。
その仲間に、悩み事を相談してれば良かったんだ。
いる。
色んな人がいる。
個性豊かで最強クラスを誇る雄英高校のクラスメイト達。
敵対した身とはいえ、死の美を交した元・蛇女、焔紅蓮隊がいるし春花さんもいる。
学炎祭を通してより強くなり、絆を結んだ死塾月閃女学館の生徒たち、そして…
我が故郷とも呼べる、家族とも呼べる、半蔵学院の仲間たち。
そうだ、自分には仲間がいる。
「俺はオールマイトに勝つ姿に憧れた!!
誰が何をどう言おうが、そこァもう曲がれねえ!!」
「雲雀は仲間がいるんだ!!大切な、大好きな、仲間が皆んな待ってるんだ!雲雀は敵連合なんかに入らないよ!飛鳥ちゃんや、皆んなの待つ場所へ帰るんだ!!
だから、どいてよ死柄木!!」
譲らない二人。
不敵に微笑む爆豪勝己に、
小さな兎が、子どものようなか弱いはずの仔兎は、拳を強く握りしめる。
「……お父さん…」
死柄木は、ただ一つ。
地面に落ちた自分の自慢の掌を見つめたまま――何も動かなかった。
はい、雲雀が何故狙われたのか、理由が解りましたでしょうか?
そうです、敵連合は華眼が目的なのです!
その為に雲雀を拉致し、勧誘しこちら側に引き込めようとしてたわけですが。
しかし爆豪からしてみればそんな魂胆を見抜くなど朝飯前。
ようやく、雲雀が大人に近づいた感じですね。と言うか、雲雀はロリでも子どもでもなく、実際に半蔵学院の中でも身長が高い方なんですよね。
それと二人の救出メンバーに関してですが、ヒーロー学生は何ら変わらなく、忍学生が数少ないのには理由があります。
理由は、少数メンバーで救出を赴くことが最低限のラインなので、合計八人がギリギリで丁度良いかと。
もう一つ、本当なら焔や春花は参戦決定でしてたのですが、数が多すぎるのも問題かと思い、残念ながら除いてしまいました…申し訳ない!!
次回、続き、気になる!