この
とある研究者が、妖魔の実験を行うのは日常茶飯事。研究とは日々を重ね、失敗や経験を経て成果が出る物。その為の苦労は惜しまないのは、研究員としては当然だ。
「……なんだ…これは……」
瓦礫の山の上で、固唾を呑みながらその光景に絶句した。その者の名は、妖魔違法研究者――ティオ・ディアボリクス。
彼の悪名は当時世間では問題視されており、彼を始末するべく数多くの忍が動いたのは今でも有名な話だ。
何よりも彼の天才的な頭脳は、余りにも危険ゆえに現代社会で発展されてない未知なる科学や技術を持っていたことから危機感を覚えた上層部、そして妖魔の存在を知り実験を行っていたことが明白となった事実により、動かざるを得ない形となった。
妖魔の存在認識が規制されたキッカケは、ティオ・ディアボリクスが原因なのである。
そんな彼が忍を撒いていた時に偶然見つけ出したのが、この妖魔である――
「ガァー!ガァルル…!グジュルッ!グジュルル――」
黒く禍々しい邪気を孕む人型の竜は、なんと忍と他の妖魔を食い荒らしてるではないか。
忍の血に嗅ぎつけた妖魔が忍と鉢合わせになったらしく、運良く無事に撒けたティオは、どうせならと高見の見物として妖魔と運悪く遭遇した忍が戦う姿をこの目で収めておきたいと軽い気持ちで観察していた。
どちらが勝つのだろうか?
どう言う戦術で勝敗を喫するのか?
何かしらの戦闘データを入手し、研究の発展に繋がるのか?
その全ての予想は、裏切られた。
突如として嗅ぎつけに来たこの黒き竜は、忍を襲うかと思いきや、妖魔にまで食い突いたではないか。
研究者は唖然した。
長年研究して来た中で、妖魔が妖魔を襲うケースは、今までに無かったからだ。苦しみ悶える妖魔に、黒い竜はさも歓喜な雄叫びをあげながら、そのまま内臓を食い破り、首を無理矢理破るよう引き裂いたのだ。
そして、頭蓋骨と首の骨を折られた忍と、内臓と骨が露わになった妖魔、二つの死体をご馳走のように平らげる。
この異様な光景に、軽く戦慄したのも覚えているし、初めて本物の死への恐怖を味わった。
ティオ・ディアボリクスの研究上、妖魔が同類である妖魔を襲うケースや捕食活動は有り得ないと断言した。観察上、ほぼそう言った資料や情報、実験では見受けられ無かっただけではない。細胞や血液、其れ等を研究器具で調べた結果、細胞が受け付けない、または摂取するのを拒み、同じ妖魔という細胞エネルギー同士が死滅し合うことが確認された。
妖魔という同族である以上、上位だろうと下位であっても変わらないらしく、食べ合わせた結果、双方が死に至ったことが証明された。
しかし、この竜は平然と妖魔を摂取して見せた。
こんなことがあり得るのか?
この妖魔は他の者と違う種類なのか?
それとも、妖魔ですらない新種の生物なのだろうか?
謎が謎を呼び、研究として追跡するほどに謎は深まるばかりだ。まるで、土を掘るように…
これは、新たなる研究の発展に繋がるんじゃないか?
「ガァッ!?」
バッ!と振り向いた黒き竜は、瓦礫の上に視線を送る。
しかし、ティオ・ディアボリクスの姿は何処にも見当たらない。気のせい…か?野生に生きた為、勘が鋭いのか、完全に気配や匂いを消してた研究員の微かな存在を、黒き竜は感知したのだ。
食事の手を休めてた竜は、暫くして再び腐臭漂う血肉を貪り始めた。
血を飲み、骨を砕き、内臓を食い破る怪物…もっと、この生物について知る必要があるようだ。
そしてティオ・ディアボリクスは全力を尽くして一匹の黒き竜の捕獲に成功。多少…手荒になったものの、この化け物相手に死力を尽くすのは惜しまない。
こうして、様々な事実が発見された。
この化け物が、他と違う特殊な妖魔であること。
野生的に見えて、人間よりも遥かに知能が高いことも。
そして…嘗て約800年前に誕生し、存在が確認された二つの神…
――神楽と神威に大きく関わる、重要な妖魔であると。
ティオ・ディアボリクスが一番興味を持ったのは、この妖魔は血肉を欲するだけでなく感情にも好みがあることを。
ある時、試しに人間の子供を誘拐して実験台に放り込んだことがある。
黒い竜は幼少期の子供をしばしば見つめ、獲物を品定めしていた。それに対して、目前に突然、得体の知れない化け物を見てしまえば怯えるのも当然だ。
子供は泣き叫びながら施設を走り回り逃げ出した。その後を追うように妖魔は子供の足跡を追う。
それが信じられないことに、5時間位はこの調子で行くのだろうと予想をしていたら、これが7日晩…つまり、一週間も続いたのだ。
疲労とストレス…化け物から絶対に逃げられないと言う事実、底知れぬ恐怖を抱く少年は、延々と獲物を品定めする妖魔に…とうとう我慢を超える時が迎えたのか、精神は崩壊し、絶大に泣き叫ぶ声を喉から発しながら、心が壊れる瞬間を経た――
ガブリュッ――!シャクジャク!!
その刹那のタイミングで、妖魔が大きく口を開き、頭部を食い千切る。
子供相手とはいえ…まさか恐怖のどん底に落としてからの捕食に、軽く恐怖に慄いたあの感覚は、死しても忘れられない気がした。
そうだ…コイツは生物の負の感情を好んでいるのだ。
まさか…死に対するドーパミンの快楽物質を好んでるのだろうか?いや…絶望や憎悪にまみれた生物の感情も、黒く染まった怒りにすらも歓喜に味わっていた…
更にはこの妖魔、通常とは違うのか、人間や妖魔だけでなく、猪や豚、牛と言った哺乳類から、魚類、両生類、爬虫類などの生物も好み、植物や時に虫までも食う習性があり、雑食や環境破壊に繋がることから、害獣と呼ぶようになった。
通常の妖魔では、動植物は愚か、人間という部類に近い上に、臓器移植まで進んでる豚すら好まない。
この生物は…もしかしたら――
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎なのでは…?
この妖魔は――正しく害獣。
そして…コイツが生きる限り、忍や妖魔の存在は絶えないだろう。
これこそ正しく、悪魔の証明――彼がティオ・ディアボリクスと呼ばれた由来である。
「何だ…と……」
忌夢の告白に、頭の中が墨色に塗り潰される。
まさか、この得体の知れない妖魔が、謎の怪物が…両姫を殺めた元凶だとは想像も付くはずがなく、茫然としてしまう。
それは雅緋だけでなく、両備に重傷を負った両奈の方が、一番衝撃が大きかっただろう。
「アイツ…が??」
「上手くは言えないけど…アイツは…いや、
もう一匹?
つまり、同じ妖魔が複数存在するのか?
記憶が消えてる雅緋にとっては初めて見る妖魔だし、先程の回想では確かにあの妖魔らしき化け物が両姫を殺したような気もしなくはないが…それにしては、野生的なのと、記憶で見た知略を巡る化け物とは訳が違う。
「………そう、コイツが」
両備は軽く一呼吸を終えると、銃の手入れを素早く行う。
忌夢の告発に両奈も、ボロボロの身体に鞭を入れながら立ち上がる。
…あの優しさに満ち溢れた、母親代わりの姉を殺した妖魔が、今目の前にいる。今こうして、黒い涎を垂らしながら、喰らい尽くすよう睨みつけている。
「だったら話は速いわ…両奈、立てる?」
「当たり前でしょ…お姉ちゃんを殺した妖魔を前にして、寝転べれる訳無いじゃない…」
両奈の口調も、いつもと違い厳しさと怒りを孕ませていた。
変態ドMというレッテルを貼られてる彼女から考え難いことだが、それはあくまでも性癖の話であって、根は優しく且つ真面目だ。そんな彼女でも、目前に姉の仇がいるとなると、黙っていられない。
嘗て雅緋と忌夢に殺意を抱いたあの感情が、再び膨れ上がるのも、自然な道理。
「お、おい待て両備、両奈――「このクソ野郎をブッ殺す!!!」」
頭に血が上り、もはや冷静ではいられない両備と両奈に、忌夢の制止の声は聞こえない。
雅緋は微かな違和感を覚えながら、乱れる呼吸を抑え、両備と両奈に声を投げる。
「待て二人とも、冷静になれ!!コイツが本当に姉を殺した妖魔なら、かなり不味――「煩い!!行くわよ両奈!」ッ…」
筆頭のリーダーである雅緋の声すら届かない二人は、完全に怒りの感情に支配されている。いや…以前の自分もそうだったし、人のことは言えないかそれとこれとは話が全然別だ。
「ガア゛ア゛ア゛ァァーーーー!!」
襲ってくる獲物めがけて、大木を投げつける妖魔。
巨大な木を前にしても走るスピードを失わず、両奈は二丁銃を乱暴に連射させ、あっと言う間に巨木を氷漬けにし、割り散らす。
そこを狙うよう敢えて両奈を狙う妖魔は、右腕に力瘤を作り、パワーを溜めて今度は顔面を目掛けるも
「オラァ!!」
「カッ――?!」
上から両備の銃弾が頭部に炸裂し、思わず衝撃を合わせて、体勢がズレたことで、勢いを増して転んでしまう。
絵面的にはまるでバナナの皮を踏んで転び捨てたような間抜けな光景…しかし状況が状況。
そのまま妖魔の体の上を踏み付き、銃口を妖魔の口の中に当てる。
「死ね!消えろ!!」
ダァン!ダァン!ダァン!
火薬の匂いが鼻に届き、銃声の音が鮮明に聞こえる。
口の中に鉛玉をぶち込まれ、口内から喉にかけて激痛が伴う妖魔は、嫌がる悲鳴をあげる。どうやらかなり効いているらしく、口からブルーベリー色の血が確認できた。
「ア゛ァァッ!アバァ!」
「喋んなゴミ!!お前が…お前が――お姉ちゃんを殺したんだろ!!!」
両備の怒声が森に届き、鴉が鳴き声を上げながら天に羽ばたき消えて行く。
必死に抵抗し何かを訴えかける妖魔に対し、両備は怒りの感情に身を任せ、怨み叩くよう何度も何度も射撃を繰り出す。両備の綺麗なオッドアイの瞳は潤い、自然と涙が溢れている。
「ヴガア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛!!!」
妖魔の絶叫に耳が痛み、体全身が痺れるような咆哮に思わず竦みそうになる。
「こんな物…ッ!?」
「グゲェ!」
躊躇うことなくもう一度銃の引き金を引こうとするも、突如首から絶え間ない激痛が両備を襲う。
妖魔は自身の尻尾を巧みに扱い、背後から悟られぬよう両備の首を瞬時に巻きついたのだ。首を絞めて殺す気か、酸素が喉に通らない。
「あッ…あが……!」
「両備!クソッ、離れろ化け物め!!」
「ガアアァッ――!!」
表情を歪ませる両備を、尻尾の力で宙に浮かせ、迫り来る雅緋を察知し音の破壊光線で吹き飛ばす。
どうやらこの妖魔、音を操ることに特化しているようだ。
「カァァ…」
両備の苦しみ歪む表示に、口角を吊り上げる妖魔は、彼女の頭を掴む。
「ゔッ!?あ、あがあ――ッ!あ゛あ゛!?」
「カァーーーッ!!」
そのまま力を入れ、歓喜の表情を浮かばせる。
両備は瞬時に悟った。
コイツは、自分の首を無理矢理引き千切る気だと。首から鮮明な痛みが脳に送られ、激しい痛みに涙が溢れ止まらない。
脳内に自分の首が千切れる最悪の予想が、流れ出てくる。ブチチと首の皮膚から音が鳴り、骨が悲鳴をあげる。
マズい。このままじゃ、殺られ――
「両備ちゃんを苛めるなああァァ!!」
終わりに死への抵抗を続ける両備に救いの手が差し伸べられた。
妹である両備に手を出す妖魔に、怒りのコスモを燃やす両奈は、二丁銃を妖魔の頭部に殴るよう叩きつけ、銃弾で両備と同じく乱射する。
「えいっ!やぁっ!」
次に紫の攻撃。
髪を巧みに扱う彼女は、ソレを武器にすることが可能で、髪飾りである手裏剣で尻尾を斬り落とす。
「だ、大丈夫ですか?両備さん…」
「うぐっ!ゔぅ゛…!!」
「えっ?」
しかし両備の首を締め付けてた尻尾は首に巻き付いたまま剥がれようとしない。
なぜ?尻尾を斬ったのに…
「まさか…まだ神経が…通ってる?」
強烈な匂いが鼻につんざくものの、確かにまだ動いている。
まるで虫の神経質のように、斬り落とされた尻尾は休むことなく彼女の息の根を止めようとキツく、締め付ける。
「両備さん…動かないで下さい…私が助けます…!」
普段はオドオドと気の弱い彼女も、仲間の危機とあらば話は別だ。
繊細に千切れた首を更に小刻みに斬り落とす。
両備が何とか我慢して動かなかったお陰で、傷跡が残らずに済んだ。
「ゲホッ、ガハッ!はぁ…はぁ……うぅ…」
「今度こそ大丈夫…そうですね」
酸素を肺に取り込むことで、生き心地を得た両備は、消化液が混じった唾液を拭きながら「有難う紫…」と素直にお礼を申す。
「いえ…それよッ――「痛ッ!?」きゃっ!?」
「紫!?両奈!」
紫が何か言いたげに言葉を送ろうとするも、吹き飛んで来た両奈に激突し、言葉が途切れてしまう。
「ギエ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛!!ニ゛ィ゛ーーーーー!!」
元凶は妖魔。
両奈に何度も銃撃で葬られたからか、手荒い傷痕が残るも、興奮しているのか奇声がより強く荒くなっている。
瞬時に飛びつき、そのまま両奈と紫に怒りの鉄拳を振るい落とすが――
「いい加減にしろよお前」
獄炎にも負けまい滾る怒声と共に、妖魔の顔面がひしゃげるよう鈍く、そして熱く燃える衝撃が頭部から全体へと流れる。
「秘伝忍法――【善悪のpuragatorio】!!」
拳に纏う漆黒の業火で相手を嬲り焼く。地獄に焼かれる灼熱と、鍛え上げられた拳の圧力。怒りを搭載させた拳で、何度も叩き込むよう乱打する。
一定量の拳を叩き終えると、包帯が剥がれた腕から無数の蛇が妖魔を食い尽くすように襲う。黒き蛇はまるで地獄から生まれた魔物を連想させ、周囲を囲み、同時に集まった刹那――大爆発を起こす。
「カッ――ハッ」
プスプスと黒く焼き焦げた音が、煙と供に放つ。体全身が黒炭に染まったようにも見える。
「忌夢!」
「了解――ッ!」
雅緋の掛け声に反応した忌夢は、彼女の意図を汲み、伸縮自在の如意棒に電撃を纏わす。ビリビリッ!と痺れる音を奏でながら、行動の取れない妖魔に狙い、ブーメランのように投げ飛ばす。
「秘伝忍法――【ローリングサンダー】!!」
バチバチと先程よりも強い電撃の音を放つ如意棒の動きは止まらない。回転するほどにその電撃は強さを増し、次第に其れは竜巻のようになる。
「ガッ――!?バア゛ァァァア!!?!」
電流の強さは100万ボルト。
通常の生物なら軽く戦闘不能に陥れることが可能な忌夢にとって最大火力の電気量だ。
黒く焦げ染まった体は、更に痛々しさと残酷さを主張させていた。妖魔の悲鳴から察して恐らく効いただろう。雅緋に続き忌夢の秘伝忍法の連携は、正直堪える筈だ。
「よし、後は…「ギュア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァァ゛ーーー!!」なっ――」
しかしこの妖魔、なお攻撃が止んだ事を確認した後、復活したような叫び声を天に轟かせながら、忌夢目掛けて突っ込んでいく。
空中の何もない空間を脚力を使い蹴り飛ばし、距離を詰める。こうも瞬間的に間合いを詰める妖魔に、軽く悍ましさを感じながら、如意棒で何とか猛撃を防ぐ。
「お姉ちゃん!」
「忌夢!」
ガギガギギギィィ!!金属を刃物で擦り付ける嫌な音が鼓膜を刺激し、思わず苦虫を口に放り込んだように顔の表現を歪ませる。
よく見ると、妖魔の口には三段階で歯がはえており、舌の先端部分は鋭くなっている。ブルーベリー色の唾液はいつ見ても気味が悪く、SF小説と言ったエイリアンが出そうな体液だ。尤も、多くの未確認生物の血液が緑色なのだが、決してあおい意味ではない。
「クソッ!このままじゃ押されて…」
想像以上の馬鹿力。
底知れぬ体力と頑丈さ。
押されて土が足に減り込み痕が見える。
足も全力で力を振り絞ってるが、妖魔は更に漬物石を乗せるかのように、もう一加えで力を乗せる。
「うおッ――?!」
体制が維持できず、力押しに負けてしまった忌夢。
そこで食い尽くすのかと思いきや、今度は――
「ウギャア!」
「なっ!?」
悟らぬよう背後に近付いた雅緋に裏拳をかます。
しかし、瞬時に回避したことで怪我を負う心配は搔き消え、妖魔の攻撃は虚空へと消えた。
そこから片方の手で忌夢の腕を掴み、乱暴に蹴りを入れる。
「ゔぐぁ゛ッ!!」
「ッ!お姉ちゃん!」
「ウガァルル!ケエエェエエェエエエーーー!!」
爆発的な音を口から放ち、何回も忌夢の至近距離で声を上げる。
一体、どれ程の音量を出せば声帯が保てなくなるのかと、違う方向の疑問が脳内に芽生えてしまう。
これだけの大迫力な奇声を間近で聞き、耳鳴りはするわ脳が揺さぶられるわ、鼓膜が悲鳴をあげるわで滅茶苦茶だ。
「離しやがれ化け物が!」
仲間たちが怪我を負うことに悪態の吐く両備は、スナイパーライフルを構えて妖魔の眉間を狙う。
訓練の賜物なのか、修行を日々重ねたことで、自然と相手の狙うべきポイントに銃口を合わせることが可能になった。そして、引き金を引き、銃口から火が吹き溢れる。
しかし妖魔はそれを見切ったのか、頭を下げて回避する。ターゲットを忌夢から妖魔に変えたのか、彼女をそのまま何処かへ放り投げようとするも
「ヴバッ!?」
背後から、避けて空振った銃弾が炸裂し、口からブルーベリー色の血が吹き出る。
今のは避けたはず…そう自然と疑問が芽生えた妖魔は、避けた銃弾の方に視線を送る。
――そうか、恐らく物質に反射して自分に直撃するよう誘導したのだろう。微かな火薬の匂いに、木の傷跡を見れば、直感的に線を結ぶように答えに辿り着いた。それが、ノーヒントと野生の勘を合わせた、妖魔の理解力。
「秘伝忍法――【デッドフォックス】!」
バチィン!弾ける音が近くで聞こえたかと思った直後、又しても痺れる体感をこの身で味わうことになる。
忌夢の近くにいたのが悪かったのか、電撃を纏った彼女を捉えるのはほぼ不可能に近いと言っても過言ではない。彼女の速度はもはや雷の其れと同格。目にも止まらぬ速さで相手を翻弄するこの忍術は、焔の秘伝忍法――【魁】に類似している。
「――ッ」
悶絶する妖魔は、もう叫ばなくなった。
食らえばそれ程に黒く染まるその身体は、雷と炎の猛撃を浴びた証だ。皮膚が耐えられず、この結果になってしまったのだろう。
「これならいける!皆んな、秘伝忍法で――」
「叩き込むぞ!秘伝忍法――【悦ばしきinferno】!」
「秘伝忍法――【リコチェットプレリュード】!」
雅緋の華麗な剣技と漆黒の炎に彩られた技は、いつ見ても熱く美しい。それに合わせて八つの機雷が前方に吹き飛び、雅緋が刀の鞘を収めた刹那――機雷と獄炎の爆破が乗せ合わせ、尋常じゃない規模の火力を生み出した。
合体秘伝忍法――【リコチェットinferno】
両備と雅緋の連携で併せ持った秘伝忍法。
爆破と炎が、まるで曲を奏でるように最後に終止符を打つ忍術。これで決まったか?と思う雅緋は黒い煙に視線を送る。
「………」
「少しは…効いたかしら?」
両備と両奈の二人による身勝手な行動のせいで此方の連携やペースは乱れたが、それでもこちらがフォローをすれば問題ない。
芭蕉はこの絶え間ない爆撃にも近い衝突に、壁に背を当ててる総司の応急処置を施し、何とか被害を受けずに間に合った様子。その後は治療室と足を運ばせる。両奈と忌夢も、痛々しいダメージは残ってしまってるも、それほど深いわけではない。
「……?」
誰もが倒したか?という疑問に思うだろう。
いや…まだ、倒されてないのだろうな。相当なタフネスだと言うのは、拳を交えたからこそ、戦いの本能がそう告げている。
だから、警戒態勢は解けていない。
両備も雅緋、勿論負傷しながらも立ち尽くす両奈と忌夢も同じこと。
しかし、煙が晴れると供に、そこには既に妖魔はいなかった。
「なっ――」
雅緋の絶句と供に、異様な気配を鼻で感じ取った紫は、真っ青にしながら喉から声を振り絞る。
「ダメ!雅緋さん両備さん!上!」
紫の忠告に、空を見上げる。
黒焦と微かな傷跡だけを残す妖魔は平然と、空高く跳躍し、隕石のごとく勢いを乗せて降ってくる。
――ま さ か
あの合体忍術を、避けたと言うのか?
剣技は浴びせた…手応えも有ったしこの攻撃は間違いなく喰らっていただろう。
では何か?
爆破と獄炎で視界が見えない状態の機会を狙って、回避したとでも言うのか?いや、あの時からはほぼ回避できる状態では無かったハズだが?
現実を否定する数々の言葉が脳内に埋め尽くされると供に、雅緋は燃え盛る黒刀を盾にし攻防を防ぎ、両備は遠距離射撃があるので、銃弾を放つ。
しかし空中の体制でなお、自らの軸を捻り回転し、紙一重で銃弾の乱射は食らわずに済んだ。
「うっ――そ」
ドッ!!
鈍く重々しい擬音は、雅緋をひれ伏させていた。
妖魔は雅緋の武器を手にそのまま全体重をのしかかり衝突。落下による勢いを搭載させた落差を利用し、体制が維持できず背を地面に付けてしまう。
獲物に品定めされる雅緋、対する妖魔は涎をボタボタと垂らしながら、大きな口を開け、雅緋の腕に牙を食い込ませ、流れる血を喉に流し込む。
「このクズやろ――」
両備が罵詈雑言を言い放ちながらスナイパーライフルの銃口を向けるも
「アァーッン!」
バリッ!ムシャグシャッ!
「はぁ――?」
今度は両備のライフルを食らいつく。
今度は物理的に、だが――直接、口を開き両備の武器を牙で粉砕させ、シャクシャクと爽快感あるスナック菓子を咀嚼するかのような音が、嫌に鮮明に広がっていた。
「うっそでしょ!?幾ら何でも、武器を直接…」
呆気に取られてる間も、シャクシャクッ!と続けて二口三口、齧り付く。そのまま一気にゴクリと飲み尽くし、金属と木製を喉に通した。
「あっ…ああ…」
武器がなければ…そう心の中で呟いた両備は、絶望に身も心も支配されていた。
コイツは一体…この化け物は何なのだ?
「両備ちゃんに近づくなああぁぁぁ!!」
両奈が猛撃し、倒れ伏せてた雅緋は再び黒刀を握りしめ、秘伝忍法わ詠唱しようとするも――
妖魔術――【連鎖龍のuroborosu】
黒炎と、千切れた尻尾の傷口から再生された鎖鎌状の新たなる尻尾を巧みに扱い、辺り一面を支配し、燃やし尽くす。
地獄の業火と、蛇の如く空間そのものを支配する鎖鎌の繊細な技術。それらを兼ね合わせた力は絶大。
近くにいた雅緋、両備、両奈は「あっ…」と声を発することなく、妖魔の術を諸に食らう。少なくとも、脳内に過ぎったのは、この術は合わせられた合体技。総司の【鎖蛇九頭龍閃】と、雅緋の【悦ばしきinferno】を搭載させた技。
そこから更に、ドーム状の爆破を生み出す。
「雅緋!!」
「両備さん…両奈さん……!」
範囲内の距離から外れていた忌夢と紫の姉妹。
心配を投げる言葉に、安心かもしれないなどと甘い考えは含まれていない。心臓の鼓動が早まるような感覚、冷や汗が次第に流れ落ち、やがて視界が晴れると。
三人は倒れ伏せていた。
両備と両奈は苦痛に歪めた表情で。
雅緋は…握力のある手で首を締め付けられ、倒れてるにも関わらず、何度も何度も地面にぶつけ弄んでいる。
まだ玩具を壊したりないという幼稚的な部分も合間見えるが、忌夢の我慢してた怒りのマグマは、噴火した。
「穢れた手で雅緋に触るなあああぁぁぁぁぁああぁああ!!!!」
爆ぜる怒りはもう止められない。
憎悪と嫌悪。
怒りと苦しみ。
それでこそ、妖魔の好みたるや感情――妖魔の狙いは、これだ。
敢えて仲間をわざと甚振らせることで、相手の感情に怒りのボルテージを高め、返り討ちにする。
復讐者を返り討ちにする戦法はこれまた、この妖魔にとっては至福極まりないこと。
「だめ!お姉ちゃん!」
しかし、相手の感情や心情すらも匂いで感知できる紫には見破られている。だからこそ制止の言葉は投げかける。しかし人間というのは一度怒りに身を任せてしまえば止まらない。まるで起動した機関車のように。
「ガァエエェ!ア゛ア゛ァ゛ァァァアァァアア!!」
そこから、総司に似せた鎖鎌に形成された尻尾で薙ぎ払うも、忌夢は跳躍して其れを避ける。
長く伸びる如意棒は、いつ伸びるか予測がつかない。瞬時に伸ばすも反射神経にも特化した妖魔は簡単に回避できるだろう。だが、狙いはそこではない。
コテを利用し自身を少しズラすことで、重力とコテの作用で如意棒の動きはずれ、長くリーチを保つ武器で妖魔の首を薙ぎ払うように当てる。
ヒットした妖魔は「ギエッ?!」と予測不可能な攻撃に驚愕を漏らし、忌夢はそのまま追尾する。
「あああぁぁあああ…!!」
「お姉ちゃん後ろ!嫌あああぁぁぁ!!」
しかしそれも一瞬の妄想に過ぎなかった。
背筋から鋭い痛覚が全体へと広がり、紫の言葉通り後ろを見やる。鎌状となった尻尾が、軌道をずらし、両備の反射を利用し死角を取り怒りで視界が狭まった忌夢を、尻尾で突き刺したのだ。
「あああ!お姉ちゃん!」
紫の悲鳴に、忌夢はこれまでの戦闘と記憶を頼りに追跡する。
そういえば、コイツ…人語も喋れない癖に、何言ってるか判らない印象だけが強く残っていたけど…
攻撃を受けたり、相手の行動を見たりして…僕たちの行動を真似たり、さっきの技も総司と雅緋に似ていた…
まさかだとは思うがコイツ――学習してないか?
ティオ・ディアボリクスが研究を重ねて早くもこの妖魔の生態が解明されたのは一つ、学習能力。
この知性は正に鴉や猿を凌駕する。
記憶力は勿論、更に相手の攻撃や動作を学習し、対抗しうる技や、予測を立てて相手を葬ることを得意とする。何よりも驚愕したのは、その後だ――
「お姉ちゃんを離して!!」
紫は本来、余り怒鳴り散らかす性質ではない(べべたんを侮辱された場合は別)。
しかし、彼女の怒りの導火線に火を点けられてしまえば、例え相手の思うツボになろうと、罠だろうと突っ込んでしまう。そう言った意味では、小百合の情を捨てろという言葉は、正しいのかもしれない。
だからこそ、冷静じゃない紫にとってこの行動が致命的でも、仲間たちや姉すらも倒れ行く中、自分だけが平然と無事に立ち尽くす方が、よっぽど許せないのだ。
紫の察する通り、妖魔は態と悪意に染まった感情の怒りを煽り、向かわせてくる。この感情に至福を感じるのも、両備と両奈の復讐心が、快楽を教えてくれた。
「ゲェェエエア゛ア゛ァァァア!!」
間合いを詰める妖魔に、髪を操作し四肢を掴む。
紫の攻撃は禍魂の能力だけでなく、こう言ったように髪を自由自在に操り翻弄する戦略も可能なのだ。更に言えば手裏剣を回してプロペラのように空を飛ぶことだって造作もなきこと。
妖魔は縛られ四肢を引き千切ろうとする紫に、軽く笑みを浮かばせ
グンッ!と体を引きつかせる。
「きゃぁっ!」と痛みと引力に微かな悲鳴を叫ぶ紫。
そのまま勢いをつけられ、無防備になったところを
「ヴガァ゛ァ゛ァ゛ア゛!!アァァァアアアアアァァアア!!!」
何度も怨めしそうに、殺意の感情を孕ませながら、拳の乱打が紫を襲う。
「い゛やだぁ…!い、痛い…!!」
「おい紫!やめろ妖魔!!」
紫の聴くだけで心が痛む悲鳴が、姉である忌夢の心を煽り、突き刺す。
「フンニ゛イ゛ィィイ!!」
そのまま髪を鷲掴み、強く引っ張り、女性にとって命とも呼べる髪を、まるで雑草や華麗な花を摘み取るように引き千切る。
「あ゛あ゛ぁぁぁ!!やめて!やめて!!」
「やめろおおぉぉぉ!!!」
もはや害獣は欲望の赴くままに暴走と破壊を続ける。
脳に走る激痛に、紫の潤う眼から涙が絶え間なく流れ落ちる。
確か…前にもこうやって授業をサボって父親の目を盗んでべべたんとおままごとしていた時、父に見つかって叱られて…無理やり髪を鷲掴みにされて、何度も引っ張叩かれたっけ…
激痛に伴う反面、走馬灯に近い回想が、心を煽る。
「お前エエェ!!!」
今まで人前に見せたことない忌夢の激情。
激しく憎悪を燃やせば燃やすほどに、妖魔の心は至福と快楽に満たされ、思考が働く。
そのまま敢えて紫に尻尾を使わなかったその鎖鎌で、忌夢の眉間を狙い飛ばす。
ザグンッ!!
「!?!」
黒刀が妖魔の腕の肉に食い込み、弾かれる。
雅緋が、間一髪のところで紫を救い、そのまま剣を縦横無尽に振る舞う。
一体?いつから復活した?
先ほどまで紫と忌夢に固執していた余り、欲望に目先が囚われてたようだ。
「これ以上…誰も失わさせない!!母さんの時と同じ悲劇だけは、あってはならないんだ!!!」
仲間という大切さを覚え、手に入れた雅緋は、ボロボロの傷だらけになりながらも命を削り燃やす。
このまま倒れ伏せていて何が選抜筆頭。何が悪の誇り。
「ウリイィィ!!」
しかし感情論で倒せるほど妖魔は甘くない。
腹部を蹴られ、痛み残る部分に更に鞭を入れられた気分に陥り、口から血を吐き出してしまう。
「雅緋!!」
とめどない絶望感が体を硬直させてしまう。
そして、再び鎖鎌の尻尾を忌夢目掛けて狙い撃つ。今度こそ、確実に仕留めてみせよう。
シュンッ――!
短く弾ける音が、空気を斬り裂き、銃弾の如く素早い刃物が突き刺そうと凶器が振るわれる。
しまった…もう、ダメだ――絶望と終わり。
それを嫌という程体験させられた忌夢は、目を瞑り奥歯を噛みしめる。雅緋に総司、両備と両奈がやられて、今度は僕が…
ドスッ!!
突き刺す音が、忌夢の耳を打つ。
血飛沫が顔にかかり、悍ましい恐怖が背筋から全身へと伝染した。しかし、痛みがないことに違和感を覚えた忌夢は、瞼を開くと――
「がふッ――」
「む、紫…?」
「おねえ…ちゃん…」
「紫いいいぃぃぃぃぃーーーーー!!!」
忌夢の甲高い絶望と恐怖、全ての負の感情を染めた忌夢の悲鳴。それに呼応する妖魔は、とてつもない歓喜の産声をあげ、絶望と歓喜の声が、天を支配し蛇女子学園に轟いた。
蛇女子学園選抜メンバー、崩壊。
しかし恐れぬなかれ、ここからが悪魔の始まりである――