光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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えー、閃乱カグラとヒロアカのクロス作品、ハーメルンを初めて投稿してからついに二年突破しました!
昨日の18日から二年前、初めて小説投稿したんですよね。今となっては二年前がもう懐かしい…色々有りましたけど、これからもこの作品を愛読して下さると幸せです!
読者により楽しんでもらえるよう、頑張ります!



146話「お前は…」

 

 

 

 震える闘気は肉眼でも視覚でき、上昇気流のように両姫の体から溢れ出ている。とても、優しく美貌な容姿からは似つかないその忍の気は、カグラに近いであろう。

 右手には両備に似せたショットガン、左手には青と白を強く主張させた太陰太極図のシールドを持つ特殊な武器の装備だ。厚く強固な盾は、まるで全ての猛攻を耐え凌ぐような実感が伝わってくる。

 

「ギャァァアアッ――!」

 

 森に奇声が轟き、異様に騒めく。

 幼年期の状態とはいえ、相手は妖魔。一瞬の油断が命取りとなるだろう。そんな緊迫感の中、彼女の心は冷静でいた。

 人は死の現場に居合わせると、必ずしも心の中に恐怖感を抱いてしまう。例え戦場に赴く兵士だろうが、人間である以上、洗脳でもされてない限り恐怖に怯えない生物は存在しないだろう。

 

「ウリィッ――!」

 

 軽く地面を蹴り、間合いを詰めた憑黄泉は、両姫を狙う。この化け物曰く、先ず危険的な忍を排除しようと判断したのか、その行動に迷いはほぼ存在しない。

 

「虎式武術――琥珀拳」

 

 凛…とした両姫は取り乱すことなく軽く一歩、横に移動し拳を握りしめて憑黄泉の溝に打ち込む。

 メキメキ…ッ!と鱗が減り込む肉体の悲鳴が嫌に聞こえ、妖魔は「ガァバッハッ――!!」と軽く消化液を吐き出してしまう。虎の殴打――素手で軽く殴ったように見える絵面だが、その威力は絶大。壁に背を打ち付けられた妖魔の溝にはまだ衝撃が残っており、激痛が止む気配が無い。代わりに両姫は攻撃を仕掛けた際に、腹部に拳を食らった妖魔が僅かに爪で頬を引っ掻いた程度で済み、頬に血が垂れる。

 

「キエェエエーーーーーッ!!」

 

 今のレベルでは、とても近距離戦闘には不向きゆえに、手も足も出ないと率直で理解した妖魔は、尻尾を伸ばして彼女の心臓目掛けて猛威を振るう。

 

「秘伝忍法――【シールドバッシュ・カウンター】!」

 

 しかしそれも無駄。

 タイミングよく弾き、跳ね返された尻尾は憑黄泉に向かっていく。鎖の様に長く伸びた尻尾が、まるで折り紙の如く屈折し、勢いに乗ってる今、自分の意思で止めることは不可能。

 ならば、と妖魔は体を右に転がる様に回避する。もしあの一撃を食らってたら致命傷は免れなかったハズ…両姫と呼ばれる少女の底知れぬ実力故に、彼女の計り知れぬ強さに、軽く戦慄さえ覚えてしまう。

 幼年期とは言え、生まれたばかりのこの妖魔からすれば、彼女もまた己の一線を超えし猛者。まだ狩りとして成長を遂げてない赤子が、獅子を狩れなど、自殺行為以外の何でもない。

 だからこそ、知恵を絞り進化を遂げよ――憑黄泉とは、他者の血を吸い成長を施し、進化を成せ。これは、生きる為の自然の摂理だ。

 憑黄泉だって何も単細胞な訳では無い。考えなしの真正面バトルでは勝算はほぼゼロに近い。なので、ここは姑息な手を使った計算をしながら攻めるのが有効だろう。

 

「余所見をするな!!」

 

 しかし、それはあくまで両姫一人ならではの話。単騎なら兎も角、こちらは後二人の敵がいる。雅緋と忌夢も、黙って見ているほど甘くは無いし、相手が妖魔なら尚のこと。

 

「秘伝忍法――【悦ばしきinferno】!」

 

 憑黄泉は雅緋の剣技を躱すも、微かな黒炎の熱と目にも留まらぬ斬撃に、多少の傷を負ってしまう。焼けるような皮膚、掠れる身体、スレスレとは言えど、妖魔の反射速度と神経は昆虫にも引けを取らない。

 

「チッ――今のを紙一重で躱すのか…」

 

 それでも満足の行く結果が出ないのも、仕方なきこと。悪態を吐く雅緋は、恨めしそうに妖魔を睨みつける。鋭い眼光の眼差しに「ケケッ」と薄ら笑いを浮かべる妖魔に

 

「秘伝忍法――【ローリングサンダーII】!!」

 

 流れる連携に添う忌夢の秘伝忍法に、回避したばかりの憑黄泉は電撃の輪を浴びてしまう。

 

「ガババババッ――!!」

 

 全身の血液が電撃で流れるような麻痺感覚と、止まらぬ激痛が妖魔に襲いかかる。一度触れてしまえば攻撃が止むまで脱出不可避の忌夢の秘伝忍法は、確かに妖魔に通用していた。

 

「忌夢が…あんな……」

 

 妖魔に攻撃が通用し、以前手合わせした頃よりも遥かな成長を見せた彼女に驚嘆の声が漏れてしまう。三ヶ月…雅緋にとって短い時間のように思えるこの短期間で、彼女は以前とは比べ物にならない成長を成し遂げていた。

 

「てやぁッ――ッ!」

 

 忌夢か追撃と言わんばかりに跳躍し、電撃を浴びた妖魔に襲いかかるも、空中で上手くバランスを取り回避に移った。どうやら、早々に攻撃を受ける余裕は無いらしい。野蛮な獣に見えて、中々に勘の良い妖魔なことだ。

 

「せい!やっ、はぁ!」

 

 両姫はショットガンで無数の気量のエネルギーを銃弾として放ち、無防備な妖魔の体を撃ち尽くしていく。気力の弾が妖魔の肉体を貫通し、口から吐血する。青紫色の血飛沫は、空中で飛び散り、シャワーのように流れ落ちる。

 

「ブラァガァァアーーーー!!」

 

 妖魔術――【キューティングアロー】

 

 口からハート形の矢を無数に放ち、遠距離射撃にも特化した両姫の銃弾を相殺していく。その数は膨大で、視界でも埋め尽くされるこの矢は、妖魔とは似ても似つかない術だ。

 

 

「これは…愛忌さんの忍術……やっぱり、王牌先生の仰ってた通り、月閃に手を…!」

 

 

 両姫の表情は微かに険しく、留まりを知らない怒りを肌身で感じ取るも、その怒りは直ぐに冷静さを取り戻した。

 

「秘伝忍法――【善悪のpuragatorio】!」

 

 両姫の技を相殺することに必死な妖魔の背後に、黒炎に包まれた無数の蛇が、妖魔の背後に迫り来る。

 尻尾を巧みに扱い、次々と蛇を撃ち落とすも無傷という訳ではないのか、火傷跡が見受けられ、微かな悲鳴が聞こえたような気がした。

 

「ウガラァッ――!」

 

 地上に落ちては追撃を喰らう危険性を感知した妖魔は、上空が有利だと判断し、背中から翼を生やす。

 蝙蝠のようにドス黒い異形な翼は、悪魔を連想させるだろう。正直、翼を生やせること自体が脅威なのだが、妖魔という一線を超えた化け物ならあり得なくもない。

 妖魔術――【キューティングアロー】を翼の羽毛から解き放つ憑黄泉は、両翼を駆使して両姫と忌夢を襲う。空中戦に持ち込んだ憑黄泉の選択肢は正しいと呼ぶべきか、流石の二人も手も足も出ず、防戦を強いられるばかり。

 

「くっ…!コイツ、今度は生えた翼から…どんな生態系をしてるんだ…?」

 

「個体によっては違いますが…無数の進化で姿を遂げる憑黄泉は、一匹ずつ厄介です…必ず倒せる方法は有ります。気を引き締めて下さい!」

 

 両姫は気力のオーラを具現化させ、シールドに上書きし被弾の確立を大幅に下げた。これぞ秘伝忍法――【ハッピー・シールド】。防御に特化した両姫の秘伝忍法はここぞという時に使うべきもの。彼女の選択も正しいのだが、この忍術…いや、両姫にはデメリットが存在する。

 それは――気力の容量。即ち、弾で言う残弾をイメージした方が解り易いだろう。彼女の忍術は両備や両奈の姉の為、当然忍術は殆ど近い上に似ている。気力エネルギーを弾として扱うことが可能、つまり気力が尽きれば当然弾切れにもなるし、武器を手にしても意味がないのだ。

 

 

 しかしそれはあくまで弾切れという話で有って、本物の物理的な銃の仕組みとは違い、気力ならばまた作れば良いだけの話。それでも気力を使うには体力も消耗すれば、精神攻撃に汚染を食らえば難なく殺られてしまう危険性も充分にあり得るのだ。

 更に加えれば、彼女の気力を貯めるのにも、エネルギー補充も含めて時間が消費する必要がある。万能という能力では無いため、必ずしも彼女の能力が無敵と言うとそうでもない。無限に弾を撃てると思えても、弱点が存在するものだ。

 

(この数は…柔軟関節を駆使しても被弾する可能性が有るわね…仮にシールドのバリアが破壊されちゃったら、虎ノ鬼貫を使わざるを…)

 

 両姫が思考を巡らせていると、ふと自分の気力が吸われるように減っていくのが感じ取れる。

 

「えっ!?」

 

 

 妖魔術――【エネルギー・イーター】

 

 

 口を大きく開けて、両姫のエネルギーを吸い取る妖魔は、彼女の気力を吸い取りながらもムクムクと体の筋肉が強張っていく様に見える。血管が浮かび、逞しい身体はさもマスキュラーや黒佐波のようなパワーファイターへと変貌を遂げていく。

 

「あら、私の気力を…この術は、()()()()()()()()()()()()()()()なのですか?」

 

 ふふっ、と健やかな笑顔を浮かべる彼女は、現在の状況とは似合わず、端から見れば軽く戦慄してしまであろう。彼女本人からは慈愛の表情を示してるのだろうが、他から見れば狂人者と思われてしまう。

 悪意のない、天使の笑顔はまるで女神。

 

「であらっ!」

 

 ザグッ――!と肉斬る音が、脳に送られる。

 妖魔の体のバランズが崩れ、体重がのし掛かるように傾き落下していく。右翼が切り棄てられ、羽ばたくことが不可能な妖魔は、まるで翼の折れた小鳥のように呆気なく落下する。

 

「グェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ーーーーッ!!」

 

「このまま堕ちろおおォォッ――!!」

 

 重力の法則に従う妖魔は地面へ落下し必死に抵抗しもがくも、妖魔の翼を斬り捨てた雅緋は拳に黒炎を纏い、憑黄泉の顔面に減り込ませる。灼熱の炎を浴び、渾身の一撃を込めた拳が炸裂し、発狂しながら線を引くように地面へ落下。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァァぁぁぁぁぁ!!!」

 

 地面に付着するも、妖魔の上に乗りながら何度も何度も拳の猛攻を食らわす雅緋は、完全に憤怒と憎悪に心が支配され、私怨混じりの暴力を繰り出していた。

 母を殺した妖魔。

 今も殺戮を楽しむ妖魔。

 存在そのものを忌み嫌う雅緋にとって、冷静で居られない方が逆に可笑しい方だ。口から大量の吐血を吐く妖魔は、それでも拳の乱打の中で起き上がり、雅緋を退かす。

 

「ウガァラアァァァーーーッ!」

 

「がぁっハッ!?」

 

 バギャアッ!と妖魔は雅緋の腹部に拳を突き刺し、一撃で吹き飛ばす。背を大木に打たれてしまう形となり、重い衝撃に躊躇わず吐き気を催してしまうも、何とか堪えては意識を保つ。今の一撃で軽く意識が吹き飛びそうになってしまった妖魔の底知れぬ強さに、自然と手が震えていた。

 

「妖…魔……!絶対に、お前の首を斬り捨ててやる…ッ!」

 

「雅緋!」

 

 地獄の底から這いずるような雅緋のドス黒い殺意に、まるで面白い物でも観察するよう、愉快に表情を汚く歪ませる妖魔。

 そんな化け物などお構いなく、雅緋の安否を確かめる忌夢の声が、私怨ニ染まった雅緋の心を打ち消す。

 

「忌夢、来るな!!」

 

 しかしもう遅い。

 忌夢の言葉に素早く反応した妖魔は、先程のお返しと言わんばかりに、忌夢の方角に意識を向けては、両手で拳を作り、頭蓋骨目掛けて振るおうとする。忌夢も雅緋の方を気に掛けてた為、妖魔への警戒を疎かにしていた。防ごうにも、間に合わない…

 

 

「秘伝忍法――【ハッピー・キャノン】!!」

 

 

 チュドオォン!という豪快な爆破音が、鼓膜を揺らがす。唐突なことに瞬きをしてた忌夢は再び瞼を開けると、視界には巨大なエネルギー砲が吹き飛び、木々が倒れ征き、衝撃は止まずと森の海へ溶け込むように消えていった。

 

「わぁッ…月閃のヤツ……が」

「キエエェェェーーーッ!」

「!?」

 

 吹き飛ばされた、と思いきや憑黄泉は紙一重で回避に成功したようだ。両姫の遠距離射撃を学習し、すぐ様順応する妖魔の生態系には驚かされるばかりだ。

 

「今のを避けるなんて凄いですね…秘伝忍法――【ハッピー・キャノン】!!」

 

 人を飲み込む程の巨大なエネルギー弾を何発も撃ち込むも、妖魔は軸を回転し上手く躱していく。とても人の技とは思えない巧妙な体術に、そんな光景を眺めてた雅緋と忌夢は息を呑む。

 だが、両姫の表情は変わらずとも、動じる様子は見受けない。

 戦乙女との距離は縮んで行き、間合いを詰めた妖魔は、尻尾と両腕による拳の乱打、そして残ってた左翼を広げ【キューティングアロー】を解き放とうとする。仮に銃撃で迎撃しようと、口で【エネルギー・イーター】を使用し両姫の気力エネルギーを根こそぎ吸い上げる魂胆なのだろう。全ての身体の機能を起動する妖魔に対して――

 

 

「虎式武術――空白・乱打」

 

 

 正義の鉄槌を下す。

 両姫は武器を背中に収めると、シールドを手にしてた利き手で狙いを定め、銃器を手にしてたもう片方は、拳を握りしめていた。

 シュン――ッ!と風切る音が耳を貫き、肉眼では捉えれない速度で拳が振るわれた。空間がブレ、妖魔の身体を貫通するよう、鋭くて鈍い矛盾した痛覚を味わう。

 拳の衝撃が空気に触れ、その威力に呼応するよう妖魔は腰を折るように振るわれた方角に吹き飛んでしまう。【キューティングアロー】の桃色に染まり上げた鋭い矢が多少体に突き刺さるも、〝虎式武術――柔軟関節を駆使して急所は避けていた。そのため大したダメージはない。そこから両姫は虎式武術――空白・乱打の手を休まず追撃をする。躱しながら且つ遠距離打撃による戦法は、常人や新米ではとても身につけれないスタイル。

 自身の気力を温存且つ回復する為に時間の消費というデメリットを帳消しにするのが、この〝虎式武術〟だ。気力を溜めるのに時間が必要な場合は防戦スタイルに移らなければならないし、【シールドバッシュ・カウンター】にだってタイミングが命だ。下手すれば簡単に殺られる可能性だって低い訳ではない。

 その為、両姫自身が身につけたのが武術なのである。自分の欠点が命取りとなるのならば、最悪の予想やケースを防ぐ為にも護身の術は必要だし、一芸だけでは忍は務まらない。

 

「ビャバハァァア゛ア゛ア゛ァァッ!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁーーッッ!!」

 

 空中で見えない衝撃に連打的に吹き飛ぶ妖魔は、苦痛に歪めた悲鳴を上げている。回避を試みようにも、両姫はそれすら許さない。タイミングよく、簡潔に言えばゲームで言うハメ技のコンボ。相手が躱す機会すら与えない両姫は、武術の中でもかなり上位の部類に入るのだろう。いや、彼女もその気になればこの妖魔の成熟体二匹は一人で相手にできる位ではないのだろうか?

 因みに両姫の忍段位(ランク)は秘忍。カグラの一歩手前である。しかも忍学生の二年生でこれほどに実力が有るというのは、才能として誇っても可笑しくないレベルだろう。

 

「雅緋、大丈夫かい!?直ぐに手当てを…」

 

 妖魔が離れ、両姫が相手にしてる状況を察しながら、雅緋の安否を確認する忌夢。駆け寄る彼女に雅緋は奥歯を噛み締めながら苦痛を含めた言葉を漏らす。

 

「忌夢、来るな!お前だけでも逃げろ!」

 

「何でだよ!雅緋を置いて逃げるわけないだろ?!仮に逃げの選択肢を取るのなら雅緋も一緒だ!」

 

「私はまだ妖魔を倒す役目がある…お前は関係ないだろ!」

 

「関係あるよ!僕のせいで、雅緋のお母さんは…妖魔に殺されちゃったんだから…関係ない訳ないだろ?」

 

 もう既に妖魔は瀕死状態なのだが、相手は人間ではない。この世の物とは思えぬ化け物だ。例え相手が死ぬ前提であっても、世の中何が起きるか判らないように、妖魔が何をしでやらかすか解らない。そもそも戦場では余所見という行動でさえ一瞬の命取りになるのだ。忍の死に塗れた戦場は、油断とは死を表すことになる。鈴音先生がよく教えてくれたことだ。

 

「いい加減にしろッ!何でお前はいつもこうなんだ!!なぜそこまで私にだけ着いて来る?」

 

「そんなことも言わないと解らないのかい!?

 好きだからだよ!雅緋のことが、大好きだからに決まってるじゃないかッ――!」

 

 忌夢の告白にも似た葛藤に、雅緋は思わず口を閉じてしまう。

 ずっと、幼馴染として一番最初に出会い、友達になってくれたかけがえのない親友。

 辛いとき、悲しいとき、嬉しいとき、楽しいとき、幾重も積み重ねた膨大な時間の中で過ごしてきた、光篭った思い出が、頭の中を過ぎる。それは決して走馬灯ではない、雅緋と忌夢が一緒に過ごしてきた、大切な時間…それは尊い物にして、雅緋にとっても忌夢にとってもかけがえのない存在。

 

 雅緋の手が震える。

 黄金の瞳が潤う。

 唇を噛みしめる。

 嬉しかった、ずっとずっと嬉しかったんだ。

 忌夢と一緒に入学出来たことが嬉しかった、あのときは心を鬼にして酷い厳しめな言葉を浴びせたが、祝杯パーティーをしようと言って来れたのも、少しの出来事を覚えててくれたこたも嬉しかった。

 忌夢が選抜メンバーの一員になれたと聞いて、内心は喜ぶ気持ちで溢れかえっていた。

 それでも…友の為にと自分の感情や想いとは裏腹に嘘を吐いた。

 態と嫌われるように、自分の本音とは真逆の言葉を言い放ち、離れるように厳しくした。

 それは…それは……

 

 

「解ってるよ……だから、お前だけでも、無事にいて欲しいんだ……」

 

 

 震える声から発せられる、雅緋の本音。

 蛇女子学園に入学して初めて、忌夢に見せる本当の自分…弱音を吐かない、常に強者としての立ち位置やプライドを大切に守り、悪の誇りを持つ彼女の、嗚咽にも似た言葉。

 一滴の涙が頬に伝わる。嘗て、母が妖魔に殺されてから己の涙は枯れ果てたと豪語してた彼女から出てきた、歓喜と悲哀が含まれた雫。

 

「お前が母の仇を討つと決めた刻から悩んでいた…本当にソレで良いのかと……お前は、私の大切な親友だ…だから、そんな親友を危険に晒してまで、私の為に罪滅ぼしをしなくても……

 そして、次にお前が妖魔に殺されると想像したら、私は…もう、絶対に耐えられない…」

 

 大切な親友だからこそ、妖魔に殺されてしまえば…完全に心が壊れてしまうだろう。

 まだ、善悪の争いで命を落としてしまうのなら理解できる。親友を亡くしてしまえば、それこそ悲しみも生まれるだろう。納得する訳ではないが、悪忍として生まれた身…そして悪忍となれば下手すれば任務によっては手を汚す仕事だってある。お互いの使命に舞い準じるのであれば、それ相応の覚悟と死への代謝は仕方ない。

 いや、雅緋にとっては妖魔こそ真に倒すべき敵と捉えてるので、仮に善忍悪忍との抗争に成ったとしても自分で大抵協力して助け合う事もできる。

 しかし、妖魔は別だ。

 雅緋から愛する母の命を奪い、無残に殺した。

 あの化け物は次元が違う。

 雅緋だって人間だ。

 忍とは言え心も在る。

 だからこそ、忌夢が妖魔に殺されてしまうのだけは、どうしても許せない。

 

 それでも、忌夢も一人前の忍になればいずれ妖魔と戦うことも何ら不思議ではないのに…自分は親友が苦しみ、殺される姿が見たくないと言い訳をしながら避けていた。

 

 

「やっぱりね、そういう事だろうと思ってたよ…」

 

 

 そんな雅緋に、忌夢は苦笑を浮かばせる。「えっ?」と、雅緋の素っ頓狂な声が口から溢れた。

 

「雅緋の幼馴染なんだ、親友としてどれだけ僕との付き合いが長いと思ってるんだい?其れを見抜けないほど僕は落ちぶれちゃいないよ」

 

 まるで全て解ってたかのような口調に、多少困惑の色を浮かべる雅緋。まさか…解ってて、敢えて関わろうとしてたのか?しかし、忌夢に対して慈悲すら見せない冷徹な自分を演じてても、決して相手に悟られないように振舞ってた筈だ。

 

「だって、蛇女に入学して突然態度が変わるなんて可笑しいもん。最近笑わなくなったなぁ…っていうのほ本当なんだろうけど、雅緋は他人にも自分にも厳しい強い人間だ。

 だから、雅緋が冷たくて厳しい言葉を言うときは、仲間を想っての言動なんだって、僕は解るんだ。厳しさは優しさの裏返し…そうだろう?」

 

「………」

 

 見透かされていた。

 雅緋の思想も意思も、何もかも全て…いや、長い間友として過ごしていれば、誤魔化せない部分も在るだろうし、表情や本音を隠すのは気配を隠すのとでは訳が違う。

 忌夢の優しさと言葉に、とめどなく喜びと幸せが溢れ、一滴流れてた涙は、やがて涙腺が崩壊し止めどなく溢れ出てしまう。

 要らぬ心配だった。自分の想定以上に身も心も強い忌夢には不必要だった。

 

「すまない忌夢…私は、お前を傷つけるような事ばかり言って……」

 

「良いよ全然。まあ、と言っても流石に今回のは少し傷ついたけどね…紫のことで対比されたり、縁を切るって言われたのは中々に堪えたよ」

 

「私は…なんて詫びれば……」

 

「う〜ん、そうだな…じゃあ、無事に帰って怪我を治したら、親子丼が食べたいな。雅緋の!」

 

 親子丼?

 そんなことで良いのか…?そもそも修行に日々を積み重ねてた自分は、座学ならまだしも料理は得意ではない。そもそも卵焼きですら完璧に作れるかどうか不安な位だ。レシピ通りに作れば作れなくもないが…

 

「ああ、解った。帰ったら祝いのことも含めて…な」

 

 雅緋が心の底から安堵の吐息を混じえた言葉を発した時だった――

 

 

「――カロロ…」

 

 

「!?!」

 

 歪な鳴き声に、背筋が悪寒に襲われる。

 反射的に振り向くと、森林を背景に、あの妖魔は生きていた。二足歩行で覚束ない足取りで、全身血まみれになりながら、ゾンビのようなホラー要素を漂わせ、震えながら一歩一歩と前に足を踏み入れる。

 

「妖魔!お前に、これ以上なにも奪わされやしない!!」

 

 雅緋は刀を抜き、刃先を妖魔に向ける。

 黒刀に光が反射し煌めきを増す。熱き闘志に呼応するように、刀にも炎の熱が加わる。

 

「……カ、カ……」

 

 しかし襲ってこない。

 憑黄泉は暫く口をパクパクさせると、膝を崩し、糸が切れたよう静かに倒れ伏せた。

 

「……えっ?」

 

 動く気配も、命の鼓動さえ感じない憑黄泉は息をしていない。ただ力尽きたように、安らかに眠っている。

 これは…まさか――

 

 

「蛇女の皆さん大丈夫ですか…?怪我はない?立てますか?」

 

 

 優しく慈愛に満ちた言葉が、心を安らいでくれる。

 コイツが、一人でほぼこの妖魔を圧倒したのだろうか?それにしては

 忍学生は思えない力量…底が知れない強さゆえに、不明な点が多い。とにかく、救われた、と言うべきなのだろうか?

 

「それにしても、貴女達も妖魔のことを知っていたんですね。憑黄泉のことは、解らなかったようですけれども…」

 

「憑黄泉…コイツの名前が」

 

 そもそも妖魔に名前が存在するなんて初めて知った。

 雅緋は妖魔に強く因縁をつけては討伐することに固執こそさているが、それはあくまで存在自体を知った〝だけ〟であって、妖魔の詳細は知らない。

 そもそも妖魔を知るとしたら精々戦いを有利にする位のデータだろうが…

 

「それにしても、まさか妖魔のことを知ってるなんて驚いたわ…もしかして、カグラなのかしら?あっ、それとも…妖魔に関する情報の取得が許可されてるのかしら…?」

 

 両姫は二人を見つめてはしばしばと独り言を呟いている。傷らしい傷は見えないし、この通り余裕そうだ。彼女の力量がどれ程なのか…少なくとも自分よりも遥かに上だと言うのは確かだろう。

 

 

「すまない月閃の両姫、お前のお陰で助かった。なんて詫びればいいのやら…まあ、何がともあれ、お前も妖魔のことは知ってるんだな」

 

「ええ、まあ…」

 

 雅緋は軽く礼を告げ、これ以上の詮索は何もしなかった。

 確かに相手は善忍にして悪忍である蛇女からみれば敵だ。しかし、妖魔との戦闘で助けて貰った上に、妖魔を一人で嗚呼も容易く仕留める彼女とは今は刃を交えたくないのが本望だ。

 相手にだって知られたくない過去や事情もあるだろうし、妖魔を知っていたかどうか、そんなものは重要ではない。

 

「他に妖魔の気配は無いし…んっ?」

 

 完全に妖魔の気配が無くなった。そう確信した刹那――新たな気配が一瞬で噴き上がる。まるで爆発的に起きたその歪な気配は、先ほどとは比べ物にならない程の。

 

「何だこの馬鹿げた気は…!?まだ妖魔が…」

 

「この気配……恐らく妖魔衆…?いいえ、それよりももっと恐ろしい、邪悪で禍々しい気は……まさかッ!?!」

 

 天真爛漫な笑顔はどこ吹く風か直ぐに消え、両姫の表情は一瞬で変わり、険しい顔立ちを浮かばせる。冷や汗が流れ、圧倒的な気配に体の芯が痺れるようだ。

 

 

 ズドォンッ!――落下した音がこだまし、三人はその方角に視線を向ける。煙が晴れて姿を現したのは、先ほどの黒き竜。

 憑黄泉と呼ばれる妖魔だ。しかし先ほどの幼年期とは違い、姿が違うといえば違う。

 黒く禍々しく染まった青紫色の体色に、悪魔のような角が頭部から月のように生え出ている。背中には黒いマントを羽織っている様はまるで気高き王。妖魔の王を表したかのような――

 背中のマントには〝神楽滅殺〟と文字が刺繍されている。

 

「なんだ、アイツ……何なんだ、あれ……」

 

 異様な殺気は空気を淀ませ、汚していく。

 その場に佇むだけで圧倒されそうなこのオーラは、これまでの…いや、雅緋の父親が本気を出すだけでなく、カグラですらもこれ程の圧力は解放できないだろう。

 

「アレはそんな…ッ!()()()!?!ダメ!あの妖魔はマズイ…!」

 

 両姫の鬼気迫る声に、心臓の鼓動が早く聞こえる。

 まるで、この世の者とは絶対会ってはならないような物言いに、恐らく両姫でさえも勝てないのだろう。

 両姫曰く、今この場では来て欲しくなかったようで、苦虫を噛み殺したような苦悩に表情を染め上げていた。

 それでも、死力を尽くして抵抗しなければ、全滅させられる。それ程に危険な相手…何せ天竜衆は妖魔衆の特別な勢力。他の神威とは訳が違う。

 両姫は戦闘態勢に入った。

 

 

「皆んな逃げて!!この妖魔は今までと違ッ――!」

 

 

 ドッ――!!

 

「はッ――?」

 

 刹那――両姫の言葉が途切れた。

 戦闘態勢、決して気を抜いてた訳ではない。全ての意識を集中し、気力を最大限に高めてた彼女は、倒れ伏せていた。そんな余りにも唐突すぎる展開に、雅緋は付いていけない。漫画を一気に読み飛ばし、衝撃な展開を先読みしたような。

 雅緋と忌夢は眼を丸くし、茫然と立ち尽くしか無かった。

 だって、さっきまで彼処にいた妖魔が、数秒にも満たずに両姫を倒し伏せたのだから。

 ズボッ――ッ!と、嫌らしい汚泥を踏み歩く不快な音に総毛立つ。鼻がつんざく異臭は、血の匂いで充満していた。

 両姫は背に地面をつけており、天竜衆と呼ばれた妖魔は、両姫の臓物を踏み潰していた。

 

 

「両姫いいィィいィぃ――!!!」

 

 

 雅緋の叫びが、騒めく異様な森に響き渡る。

 その数秒、余りにも呆気なく――

 

 

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