光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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両姫を殺めたるは、天に仕えし漆竜。
〝神楽滅殺〟の文字を背負いし化け物は――何か。




147話「そして、深淵へ…」

 

 

 

 血飛沫が飛び散り、呆気なく倒れ伏せた両姫は、口から大量の血を吐き出す。腹部は完全に妖魔の足で穴を開けられ、致命傷を負ってしまう。

 何も手も足も出せず、いや…抵抗する余地すら与えなかった妖魔に、一蹴された。

 

「両姫……?」

 

 雅緋の声は震えていた。

 常に怖いもの知らずで、強者や凡ゆる困難に挑み立ち向かう彼女から発せられた声は、余りにも弱々しく掠れていた。

 

 

「カグラに実る前に摘まさせて貰ったわ、この雑草供が…陽花と言う太陽の光に焼き焦がれた鬱陶しい蝿よ…」

 

 

 歪み淀んだ言葉が、辺りに静寂を与えた。

 

 あの妖魔が喋った。

 そのたった小さな真実でさえも、二人にとってはかなりインパクトが強いだろう、圧倒する絶望の影響か、記憶が鮮明に掘り刻まれる感覚を味わう。

 憑黄泉と呼ばれてる妖魔の詳細は何も触れてない上に不明な点が多いが、幼年期と呼ばれてた妖魔と何かが違うというのは直感的に理解していた。タダでさえ気配だけでも感知できるのだから、変化を感じない方が逆に可笑しいだろう。

 いや、そもそも妖魔とは喋るのだろうか?

 化け物だのと蔑み恨めたらしく言葉を吐き捨ててはいたが、妖魔とは会話の通じるあいてなのだろうか?そんなどうでも良い疑問が自然と芽生えてしまうのも、無理はなかろう。

 

「イ、イザ…ナギ……ッ!ガハッ――!」

 

 両姫は弱々しくも朽ち果てる体に無理に筋肉を集中させ、イザナギと呼ばれる妖魔の足首を掴む。

 そんな瀕死な彼女にさも嘲笑うように見下ろす妖魔は、口角を吊り上げる。

 

「両姫、お前も良い線は行ってたんだがな。たった六歳の頃から秘伝の極意を発動させたお前は〝特異点〟。俺たち天竜衆から見ても危険すぎる。ここで俺と出会ったことが、運の尽きだったな……」

 

 イザナギと呼ばれる妖魔は、それでも多少の賞賛はあるらしく、誇らしげに語りながら腕を退かして骨ごと踏み砕く。

 グシャリ!と嫌な音が弾け飛び、両姫は更に苦痛に表情を歪ませてしまう。

 

「あ、あれだけ強かった月閃が、一瞬で……」

 

 忌夢の言葉に我にかえる雅緋は、固唾を呑む。

 手が震え、刀の柄を静かに握りしめるも、まるで自分の心臓を優しく手に触るような居心地のなさに腹の中がムカムカしてしまう。

 

「然しどうしたものか…実験のデータをくれるようにと『エリザベス(イザナミ)』に頼まれてたのに、これじゃあ失敗だ。まあ…両姫を殺したことで許してくれると良いんだがな…」

 

 腕を組みながら独り言を呟いてる妖魔は、此方の存在に気付いてない様子――

 

 

「ついでに、残りの蝿二匹もな――」

 

 

 では無かった。

 何の兆しもなく、平然と通行道路を歩むかのように、尻尾が振るわれる。強靭で伸縮自在の黒紫色の尻尾は、忌夢の横腹を薙ぎ払う。

 

 ズドォン――ッ!

 爆発に似た擬音が轟き、今の現状こそ思考が追いつかなくも、忌夢の方角に視線を向ける雅緋。妖魔が攻撃を仕掛けたという事実が突きつけられるのに、3秒は掛かった。

 しかしその3秒が、まるで30秒もの長さを感じるのは、時間感覚が違うからだろう。

 岩へ叩きつかれた忌夢に、声を発しようとする間もなく、尻尾が雅緋の方へと振るわれる。

 

 ドガッ――!!

 

「オオッ!?!」

 

 鈍い音が響き、衝撃が体に走る。

 打撃を食らったソレは、決して雅緋から鳴った音ではない。彼女に振るった尻尾は何事もない分、雅緋には至って何の異常も来たしていない。

 肉体も、何もかも形が保たれたまま無事だ。

 

「両姫!!忌夢!!!」

 

 余りにも異常な速さで展開が繰り広げるこの状況に、混乱しながらも現状に追いつこうとする雅緋は、刀を握ったまま動けない。下手すれば、自分も殺られていた。

 いや、そもそも忌夢が吹き飛ばされたことだって解らなかったし、反応が取れなかった。この凄まじい常人離れした動きに、手も足も出ないという己の不甲斐なさを噛み締める雅緋は、せめて押し殺すかの如く、声を荒げる。

 

「お……まえ……!?!?」

 

「逃が……さな゛いぃ!!」

 

 イザナギの背中を強打し身体を貫いたのは、先程足で臓器ごと身体を踏んづけられ、腕を潰された両姫。

 頑固たる屈強な拳が、イザナギの溝を貫き、血に塗られた拳が鮮明に映し出されていた。

 

「私、両姫は……お姉ちゃんはね……絶対に、負けないって…決めてたから…!あの子達を育てるって…!守るって!

 だ、から!この命が尽きる…前に…せめて……!」

 

「馬鹿な!お前…!!まさかこの致命傷でっ゙…――!!!ゴバッ゙!!」

 

 さっきまでの王様のような気高い余裕な面はどこ吹く風か、両姫がなお立ち上がり、一矢報いた予想外な展開に、イザナギも焦燥を隠せないようだ。口から青紫色の血を吐き流し、睨みつける。

 人間という軟弱で雑草と認識してたイザナギが、両姫が死んだと仮想し油断してて、簡単に背中を取られた。

 これは、天竜衆と名乗る己としては恥じるべき姿であり、余りにも馬鹿げてる。

 しかし、両姫が死に抗いながらイザナギに拳の一撃を入れた彼女は、確かに強い。

 

「キシャあ゙あ゙ァ゙ぁぁぁ――!!」

 

 ブチィッッ!!と、千切れた音が鼓膜を貫く。

 イザナギを貫いてた両姫の腕が簡単に千切れたのだ。しかし、潰されてもなお生命力が溢れてたかのように、体を突き抜けたのは正直言って動かせること自体が凄いと称賛しても良いだろう。

 イザナギはくるりと体を回転させ、両姫の腹に拳を入れ、先ほどのお返しと言わんばかりに背骨から拳が生えた。

 

「がハッ――ああぁ!!!」

 

 ドシャッ!と大量に血が流れる音に、血の匂いが濃くなり充満する。それから薙ぎ倒すように蹴りで横腹に入れ、身体が歪み、全身が悲鳴混じりの絶叫を上げる。

 嫌に心臓が震えるこの恐怖、立ち尽くす雅緋は何としても動かねば…と、己に言い聞かせる。

 

(両姫…もうあんなボロボロになって…!なのに私は…体の震えで何も動けない…?今まで、母の仇を討つために、修行した私の時間は何だった!!なんで、こんな時に限って、クソ!!!

 忌夢は……無事か!)

 

 余りにもの己の不甲斐なさと醜態に、自分を殴りたくなる衝動を殺しながら、雅緋はふとあることに気がつく。

 妖魔を滅する禁断の忍術なら、この妖魔とも渡り合えるのではないか?と――。

 因みに忌夢は偶々、奇跡と呼んで良い程に偶然、一歩下がってたらしいので、尻尾によって薙ぎ払われても、何とか致命傷は免れたようだ。頭に血を流しながらも、形と供に呼吸や脈が通ってたことに安堵するのは、今となっては仕方ない。

 

(これなら…きっと!)

 

 秘伝忍法書を取り出し、詠唱する。

 己を超え、妖魔を滅する力、今こそ解き放たれよ――

 

 

 

「フゥ〜…フゥ〜…!!クソが!」

 

 血を垂らしながら苛立ち気を喉から発するイザナギは、青筋を立てる。いずれ陽花になるであろうと危険視してた彼女とはいえど子供だ。況してや学生相手に一撃を受けてしまうなど、あってはならぬ屈辱。

 

(思ったよりもダメージが深い…!コイツ、決死の覚悟で虎式・武術の暗技を使いよったな……!!後少し、身体の損傷が激しければどうなっていたことか…!)

 

 一瞬垣間見えた己の死を想像しながら、荒げる呼吸を整え、平常を保つ。両姫を手短に、素早く殺めたのは、彼女が本気を出されては困るからだ。彼女の秘められた強さ、嘗て陽花と供に大妖魔『ハンムラビ王の裁判者(ジャッジメント)』を二人で討ったと言える程の強豪…そして天竜衆のイザナギでさえも今も知らされてはいないが、両姫は既にカグラの力を持っている。それでも彼女が秘忍として収めていたのは、陽花が態とカグラの称号を隠していた為だ。

 全ては、両姫が忍学校を卒業し、妹達を養える時間を作るための…天竜衆に狙われないようにと彼女の善良たる配慮。だからこそ、イザナギは油断を作ることが出来た。

 しかしそれも、何百年も生き永らえた妖魔の力によって、水の泡となってしまったのは心が響くほどに痛い。

 

「いや、しかし…メルヘンには再生力が備わっている。そして俺は上位者――こんな傷、直ぐに防ぐことだって可能だ…取り乱れるな俺よ…」

 

 こうしている間にも、あっと言う間に貫かれてた身体の傷が一瞬で塞がれた。彼女が命を賭けて振るった拳も、努力も、いとも容易く崩れ去った。

 

「ま……て………」

 

「ん?」

 

 掠れる声が、弱々しくも瀕死な両姫の言葉が、妖魔の動きを止める。

 向き直るイザナギは、両姫に視線を浴びせ、耳を傾ける。彼女は身体が崩れそうなほどの重傷を負いながらも、口に血を吐き捨てながら、突き殺す視線をイザナギに向ける。

 

 

「貴方達だけは……絶対に…許せない……から。どれだけ……貴方達が、生き永らえても……貴方は…必ず………」

 

 

 両姫の怨念と義憤に満ちた言葉に、微かな記憶が蘇る。

 

 

『私が死んでも、お前達だけは絶対に許さない。忘れるな、カグラは…そして、神楽もお前を討つべく必ずや、地獄へ叩き落とす――』

 

 これは…肆奈川?

 

『何が楽しい?何が可笑しい?

 お前達の生業は、誰も許さない。この世に誕生した悪霊の権化、妖魔よ――貴様達を討つべく、私は刀を握ろう』

 

 今度は…松陽?

 

 

 数々のトラウマにも近き忌々しい記憶が、フラッシュバックを起こす。だが、全ての記憶が己の物とは限らない。

 これは…我が主の…創造主である神の…残された記憶…?細胞が流れ、記憶の遺伝子に深く切り刻み残されてるのだろうか?

 

 そんな狂気すら感じ取れる威圧に、両姫の死に近き光灯る底知れぬ執念は、イザナギを震えさせるのに充分だった。

 それ程の威圧と脅威が孕んだその眼光は、陽花と同じ眼をしていた。

 

「人間如きが…言ってくれるわ!所詮、無限の時と自由を手にした我々が上だっただけのこと…愚直に生きる貴様よりも、利口に賢く世渡りする俺の方がずっと、遥かに強いのさ…」

 

 どんなに愚かと言われようと、真っ直ぐに道を突き進む両姫に対し、利口に道を変えながら、賢く進むイザナギの対照関係。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 それでも人間は必ずしも死を迎えうる存在。

 深傷を負い、既に立ち上がれる状態ではない両姫は、地面に倒れ伏せながら、血が滲み出る。やがて雑草や地面の土は朱色に染め広がり、真っ赤な世界を映し出したような。

 

「嫌…イヤよ……両備ちゃんと、両奈ちゃんを残して死ぬなんて…絶対に嫌……。

 あの子達は、お腹を空かせて待っているのに……せめて、最後に別れを告げられないなんて………」

 

 美しき瞳から溢れる涙は、純情で透き通っている。

 妖魔の澱んだ汚い血とは違い、悲哀と悔やみが含まれたその涙の雫は、妹達への愛から流れたもの。

 

「よう…か…さん……ごめんなさい…貴女の仇、うてな…かった……貴女の無念と……私と妹達を、妖魔から救ってくれた、恩返し……したかったなぁ……

 

 ダメな…お姉ちゃんで……ごめん…ね…」

 

 残る悔やみと、命の恩人である陽花に対する謝罪。両姫の命の鼓動が段々と終わりに近付き、光る灯火が弱々しく消滅しようとする。まるで蝋燭のような小さな火の魂が、終わりを告げようとしてるみたいに。

 その仇打ちとは決して私怨ではない。彼女が果たせなかった役目を全うしようと、強く生き続けた彼女の正義感。

 

 

「残飯なんざ食う気にもならねぇが……しかし、たかが家族如きで人生を棒に振るうなど、迷惑極まりないな全く――お前が魔術師にならずに貧しく金稼ぎさえしていれば、こんな想いなどしなかったのだ。尤も、両姫を殺したと…アルテスタ(ヤギハヤ)が聞けば怒り狂うだろうな……アイツには申し訳ないが、計画の邪魔だ――これ以上お前を野放しにしてしまえば、我々の起こり得る未来が、無かったことになる」

 

 一方、イザナギの方は既にダメージも回復してる様子で、以前の慌ただしい取り乱れた面影は無くなっていた。

 どうやら、妖魔は人間とはかけ離れた程の治癒力を持っているらしく、人間の血を摂取することで傷を癒すと言った物が存在するらしい。いや…下手すれば忍も可能なのだが…

 

「がぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあああ――ッッ!!!」

 

 

「ん…?」

 

 一息吐くイザナギの背後に、雅緋の咆哮が轟く。

 全身の血が騒つくような異常感に、己をも殺める可能性を秘めた馬鹿でかい闘気。殺意が爆発的に膨らむ異様を感知したイザナギは、雅緋に振り向く。

 

「貴様ああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!!」

 

「なっ、おまえ…」

 

 雅緋の頭髪は深淵の如く漆色に染まり、瞳は血の如く紅い。まるで朱珠のように煌めくも、殺意と憤怒、憎悪と言った、憑黄泉が好む感情しか宿っていない。

 頬は禍々しく染まり、まるで禍魂の忌夢や敵連合の闇と同じく、漆黒の紋章が染まり浮かび上がる。これは…月神ノ紋章?

 背中は六枚の翼が出現し、鴉の如く暗黒な色を映し出していた。今の雅緋は、下手すれば妖魔衆と渡り合える実力を秘めているだろう。

 

 

「おお…おおお!」

 

 

 しかしイザナギは、決して震えなかった。

 相手に殺意を向けることも、戦闘態勢に入る訳もなく、まるで感心するように眼を輝かせ、歓喜の声を溢す。

 

「お前…誰に禁術を教わった…?本来なら忍学校を卒業した者にのみ伝授可能な代物を……一体どうやって?

 いや、まあ…良いだろう。血界突破を使ってくれるのなら好都合…」

 

 まさか、カグラでもない学生が、血界突破を習得していたとは…両姫に続き、お前も…特異点が多いな。

 然も覚醒?血の目醒めこそ、覚醒を引き起こす現象は幾つか観測されたが、『上位の聖杯』も無しにこれとは…。

 

 

「絶・秘伝忍法――【闇に穿つしserpent】!!」

 

 巨体な大蛇が黒き獄炎を見に纏い、紅き瞳に縦に伸びる瞳孔が、イザナギを喰らい付くそうと眼光を放つ。

 そんな威圧に物怖じせず、微動だにしない妖魔は、口角を釣り上げる。それは好戦的な笑みなのか、はたまた血界突破を発動してくれたからか、どちらにせよ宜しくないという面では確かだろう。

 

「魔術――【イザナギ】」

 

 刹那――急速に口を広げ、全てを飲み込もうとする大蛇は、空間から生えた黒青色の結晶に全身を貫かれる。

 雅緋も、背中や溝、膝、肩を貫かれてはいるが、息はある。イザナギは敢えて殺さないよう加減をしていた。それが何の意味を表すのか、知る由もない。

 まるで全ての巨体を駆逐するその神々しい術は、正しく神の裁き。嘗て、妖魔を全て滅し、終焉を刻む者と謳われた神楽という女神が扱ってた神儀だ。常人や忍では決して辿り着けない、取得すら不可能な術を、イザナギと呼ばれる妖魔は、平然と扱ってみせた。

 そう言った意味でもまた、確かに何かしら神楽との繋がりは有るのだろう。

 因みにイザナギとは、範囲内の空間に亜空間から発した刃を出現させる、正体不明、解析不可能な大技で有る。下手すれば巨大妖魔すら殲滅させるのは容易いこと。

 

「しかし、面白いものを見たな…血界突破の発動は見たところ制御できないからして見て…初めてだな?この術を使うのは…破滅を迎えるコトを想定しなかった阿呆なのか…いや、どちらにしろ手遅れだ」

 

「があああ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!!」

 

「って言っても、もう自我もない…言葉は通じないか…ハハッ」

 

 雅緋の暴走を、冷笑を浮かべるイザナギは、敢えて雅緋を殺さなかった。手を下すのを止め、そのまま戦闘態勢を解く。一体、なぜ雅緋を殺すのをやめたのか…その疑問は未だに解らない。当初では想像さえしなかったし、今となってはここから、全て狂ってしまったのだろう。

 

 

 

「実験は失敗したが、それなりの成果も有った。ふふ…また次に遭うときは…メルヘンとして使役をしてやろう」

 

 後半の言葉は上手く聞き取れず、何を言ってたのかは記憶を取り戻しても解らなかった。イザナギは〝神楽滅殺〟と刺繍で縫われた文字を見せ、退却しようとする。

 今回の仕事も終わり、帰ろうとした矢先――

 

「に…げる…な」

 

 ん?

 イザナギは止まる。

 獣みたく狂い始めた雅緋に、人間味のある言葉が微かに聞こえたからだ。雅緋は全身に血を流しながらも、忌々しく剣を突き刺す言葉を解き放つ。

 

 

「逃げるな卑怯者がああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 ……

 

 雅緋の言葉に、イザナギは数秒静止してから――

 

「ハぁ……?」

 

 疑問を含んだ声を、吐息と共に吐き出す。

 

「何、言ってんだ、お前……」

 

 その声は冷徹で静寂が有るも、確かに殺意と憤怒を孕ませていた。

 青筋が全身に浮かび上がり、躊躇わず一瞬消し炭にさえしてやろうかとさえ想像していた。

 

(馬鹿なのかアイツは、卑怯者?それは俺のことか?俺が逃げてるように見えてるのか?アイツの眼玉は腐ってるのか?

 

 俺は逃げてるのではない、イザナミに呼ばれたから離脱するだけだ、お前など殺そうと思えば直ぐに殺せるような、容易い無価値な命を前に何を逃げる道理が存在するのだ…?)

 

「口を慎めよ雑草がぁ!!!俺が敢えてお前を殺さなかったのは、お前がより強力なメルヘンになると見越したからだろうがぁ!血界突破の多くが失敗と供に死亡したケースが多発してる!!だから禁術とも呼ばれてるんだろうガァ!其れを何食わぬ顔で、俺に勝ったつもりでいるのか弱者が!!

 

 そもそも勝負など既についてる、両姫は死んだ――俺の圧勝だろうが忘れたか!」

 

「両姫は最後まで!諦めなかったぞ!!戦場で背を向けず、投げ出したりしなかった!!

 

 命尽きるまでもお前に一矢報いた!最後まで己の意思を…ぐっ…!貫いた両姫が強い!!

 そして…意思も情念も何もない、貴様は…!両姫に負けたんだぁ!!!」

 

 暴走を無理矢理にでも抑えながら、言葉を紡ぐような言い放つ。

 イザナギは歯を食いしばり、拳に力を入れる。

 

(いや…もういい。どの道コイツの言葉に誘っても殺す価値もないわ……メルヘンとなれば奴隷のように扱ってやる!

 仮に克服しようと殺せば良い…!コイツの誘い言葉に乗る…それこそ、探究者として、実力者としての気品が無いではないか。あのまま自爆させるのが返って良い様なのだ…、コイツの言葉に耳を傾けるな)

 

 己の弱さを正当化し、そのまま撤退するイザナギに、雅緋は抑え止まらぬ暴走に身を任せ咆哮を上げる。

 

 

「うがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ――ッッ!!」

 

 

 異様な空間に包まれた森が騒めき、生命の音が聞こえなくなり、やがてイザナギの気配は消えていた。

 

「あ…ああ……」

 

 雅緋の嗚咽に似た言葉の掠れめだけしか残らない。そんな雅緋に、最後の生を振り絞る者――両姫が這いずりながらも、言葉を発する。

 

 

「………あり…が…とう……」

 

 

 その言葉は、涙と優しさで濡れていた。

 

「私の……為に……言って、くれて………

 もし、もし…も、だよ…?両備ちゃんと、両奈ちゃんに…逢ったら…こう、伝えて…?」

 

「…両……姫…」

 

「……どんなに…辛い、時が…あっても……愚か者と言われても…自分の信じる道を……まっすぐ、前を…向いて……そして…お姉ちゃんのことを、時々でいいから…思い出して…欲しい……そばに…一緒に…いてあげられなく…なっちゃったけど………でも、貴女達は…立派で強い子だから……精一杯、悔いのない人生を、送って……生きて…欲しいな……」

 

 言葉が掠れ、段々と弱々しくなるも、精一杯最後の力を振り絞って、声を発する。

 

 

「あの子達は…とても個性的だけど……心優しい、自慢の妹達だから……もしも、会えたら…伝えて欲しい…な…」

 

 

 その言葉を最後に、両姫は糸が切れたように、息を引き取った。

 脈は通わず、血や心臓は停止し、瞼は閉じ、呼吸音すら感じない。両姫――天竜衆と遭遇し、華の如く散った。

 伝言には、妹達に逢えるなんて確信はないが、それでも…せめて僅かな可能性が有るのなら、その望みに賭けてみようと思ったからだ。だからこそ、雅緋にだけでも、言わねばと…

 

 

「あ…ああ……あああ…」

 

 

 喪失感と悲哀に満ちた時間が、永遠のように感じる。また、目の前で妖魔の穢れた手によって、尊き命が減った。

 雅緋に残る感情は、妖魔を憎む怒り――それが、雅緋の心を沸騰させ、深淵が飲み込み渦を巻く。

 

「妖魔は何処に行ったああああぁぁぁあぁ!!滅してやる…アイツだけでも、絶対に……!!

 あ゛ッがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 雅緋は完全に気が狂ったかの如く暴走し、妖魔もどこにも何もかもいない場所でただ一人、獣の如く吠え続け、刀を振るい、破壊を繰り返す。月神ノ紋章が広がり、体を侵食し、次々と異様な気配が辺りを包みこむ。

 

 これは、妖魔化による異常現象――

 

 

「雅…緋…」

 

 気絶から目を覚ました忌夢は、霞む視界の中、雅緋を捉える。

 訳分からずに何を言ってるかもわからず、ただ妖魔のように破壊だけを目的として暴れ狂う雅緋に、危険なものを感じ取った忌夢の表情は、段々と険しくなる。

 

「だ、ダメだ…このままじゃ…雅緋が……」

 

 死んでしまう。

 血界突破は精神を崩壊させる危険性は充分に有る。最悪死ぬケースが高いと言われてるだけで、妖魔化になる恐れは、一切古文書には記されていなかった。それなのに、妖魔化になるこれは一体…

 

 

「…そうだ、血界突破を発動した者に、対抗できる禁術があるんだ…確か……」

 

 その名も、血界反転。

 空間内に染み付いた血を、全て抜き取ることが可能なこの術は、一見救済目的を持つ忍術に見えるが、実はこれも危険なリスクを伴うのだ。

 これを成し遂げた者の生還率はほぼ皆無に近い。カグラでもやっとな思いで成功する忍術が、果たして忌夢にも可能なのだろうか?

 

 

「雅緋…待っててくれ、直ぐに…助けるから…!!」

 

 

 

 




全ては、愛しき友の為に――何処までも。


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