光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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記憶を取り戻した少女は…ただ、虚しく――




148話「Re:雅緋」

 

 

 

 

 

 欠けてた記憶(パズル)のピースを取り戻した少女(とは言っても年齢では21歳なので、少女と呼んで良い物か定かではないが)、雅緋は光のない赤き血と闇深い心の中で、悔やむように顔を俯いていた。

 こう言うのをファンタジー世界では〝時の狭間〟だの〝精神世界〟と呼ぶのだろう。

 今雅緋が佇んでいるこの世界は、深淵血界によって影響を及ぼした、記憶の断片から生まれた世界。

 たった一つの小さな記憶は、全てのパズルを組み立てるのに無くてはならない存在であり、どうでも良い出来事など少なからずこの世には存在しない。

 

「すまない…両姫、私は…」

 

 記憶が戻り、全てを知った雅緋から口に出した最初の感想は、両姫への陳謝だった。

 幾ら血界突破による暴走が原因で記憶が飛んでしまったとは言え、自分にとっても両備や両奈に対して忘れてはならない記憶を、自分はさもどうでも良いと、蔑ろにし見向きをしなかった。それだけではない、忌夢に酷いことをした。

 今思い返せば、忌夢はずっと自分の為に影で支えては守って来たではないか。廃人と化しても世話を欠かさず面倒を観てくれた。全身の筋肉が衰え、ろくに歩けない自分に車椅子を押してもらい、外の景色を眺めさせてくれた。些細な事柄から全てに於いて、こんな自分の為に尽くしてくれる忌夢に、復帰した私は親友に謝罪の言葉を送ったか?

「これが普通だ」と、忌夢の性格と自分の都合の悪いことを正当化して、強さを求める反面何も気付かずただ彼女の優しさに甘えてたのではないか?

 

「忌夢も、私のために命を懸けて救ってくれたのに…私は、お前を…」

 

 記憶が戻っただけで人はこうも変わるものなのか…当初の自分から想像もつかない、信じ難い衝撃な心情だ。

 母のため、自分の為、蛇女の誇りのため…そんなことを公言するよりも、もっと大切な言葉を伝えるべきだっただろう?

 血界反転の忍術は知らないことも無かった。しかしだからと言って強さにしか興味を示せないつまらない人間である私は、血界突破をより効率よく成功に導く座学と、妖魔を殲滅するための修行に明け暮れていたので、まさか忌夢が血界反転を取得してたとは考えもしなかった。

 

 

「……謝らなければ、ならないな…」

 

 

 雅緋が罪悪感を込めた言葉に――

 

 

『はっははははは!何を謝る必要がある?』

 

 嘲笑う声が、返ってきた。

 

「ッ!?誰だ!」

 

 ここにもう一人、いや…誰かいるのか?

 そもそも、自分以外に誰かいるのだろうか?声主の方角に振り向いた雅緋は、背筋が凍った。

 

『誰だ、とは…酷いじゃないか私よ…5年ぶりだな、()()()()()()…』

 

 そこに立っていたのは、紛れもない自分自身だったからだ。

 

「もう一人の…私??」

 

 まるで鏡にでも語っているかのような…いや、自分と違う点が有るとすれば、其れは向こうの私の髪色が幼少期の黒い髪という点と、黄金ではなく彼岸花のような紅色に濡れた瞳と、頬には闇の紋章が染め上げられてる点、何よりも背には六枚とも鴉の翼が生えているのだ。黒く羽ばたく羽毛は、烏天狗に近いだろう。

 相手は深淵に染まった雅緋だ。

 

『はぁッ!そらぁ!!』

 

 瞬間――深淵の雅緋が拳を入れる。

 腹部と頬に炸裂した拳に、頭が鮮明に伝わり、苦痛の色を浮かべてしまう。

 

「なッ――」

 

 自分が自分を攻撃した。

 痛みが伝わり、驚嘆する。

 ここは現世とは違う、なのに痛みが残るというのは、どういう事なのだろうか?いや、そもそも自分はどういう状況下に置かれてるのか、不明な点が沢山有るだけで、考えると気が遠くなる。何よりも今一番疑問に思うのが…

 

 なぜ、もう一人の自分が存在するのか…だ。

 

 個性の変身能力や、分裂能力でも無い限り、こう言った現象はほぼ皆無に等しいだろう。これが夢であるにせよ、現実に存在するよう痛覚が働いてるのであれば、ここは夢や精神世界とも言い難いもの…いや、精神世界に痛みが無いとも言い切れないので、そういう自己解釈が間違ってるという可能性が大きいのだろう。

 

『弱い私よ…今までご苦労だったな。だが安心しろ、これからは私が雅緋として生きていく』

 

「何を言ってるんだお前は!お前が私として生きていく…?言ってる意味が解らんぞ!」

 

『そのまんまの意味だ…お前は弱いから消える。そして強い私が自我として蘇り、雅緋として生きていく…たったそれだけの簡単な話だが?』

 

「巫山戯るな!私の何処が弱いと言う?」

 

『何処がって?全てだろ――』

 

 自分と自分が口論し合う中、深淵の私が侮辱に似た眼差しで見下ろす。

 

『お前は忌夢を切り捨てれなかった、お前は紫を守れなかった、お前は両備と両奈の姉妹の心を察する事なく、都合の良い戦闘道具として利用してた。イザナギと死闘を繰り広げ、一矢報いた両姫に助力することも、妖魔を討つことも叶わない。

 

 そして、()()()()()――』

 

「わた…し……?違う、私は…」

 

『自分で自分を忘れたでは無いか。それに何が違うと言う?少なくともお前は私怨と欲望に目先を狂わされ両姉妹の復讐を察することが出来なかったじゃ無いか。

 また両姫が死に、イザナギに手も足も出なかった過去と同じことを繰り返そうとしてるんだぞ?それは、お前の弱さが招いた結果じゃ無いのか?』

 

 深淵の闇が、雅緋の心に囁いてくる。

 

『いや…違うな。そもそもお前は冷酷無慈悲の残虐非道、強さこそ全てに忠義を尽くす生粋の悪忍だ。

 仲間なんて存在は綺麗事でしか無い、己の圧倒たふ強さに勝るものなど存在しないと、自分に言い聞かせてたでは無いか。母上の復讐を果たすべく、骨が悲鳴を上げようと、拳の皮が捲れようと、ずっとそうやって生きてきたじゃないか』

 

 母上が死に、死に物狂いで修行に食いついた自分だからこそ、ここまで強くなれた。己の心に妖魔を殲滅する圧倒な強さを身につけるべく、毎日修行に時間を費やした。

 深淵の私が言ってることは、全て私がそう有り続けたものだった。

 

『最初にお前は言ったよな?弱者が未来を語るなと…今、強いか否か、違ったか?』

 

 蛇女子学園の選抜試験で忌夢に厳しめの言葉を浴びせた言葉だ。確かにあの時は忌夢と離れて欲しいと言う意味で言った言葉だが、半分は本音だ。弱者が想像を膨らませ、それを物語ろうと虚無に終わる。鍛錬に励まない弱者が、無駄に口を開こうと意味がない。そんなのただの時間の無駄でしかない。

 

『だから、強い私の方が良いに決まってる。甘ったれた感情に逃げたお前はここで消えて、血界突破で殻を破った私が雅緋として生きていく。そうすれば、アイツらを幸せにしてやることも出来るハズだ…それに、血界突破を自由に使いこなせる』

 

「………私は、お前ではない」

 

『おいおい、自分に対して否定の言葉を投げるのか?お前は、太陽に照らされ映し出される影にお前は私じゃないと言い張るのか?可笑しなヤツだな』

 

 

 深淵を否定する雅緋を、鼻で笑い飛ばすもう一人の自分は上から目線で物を言う。

 

 

『消えろ消えろ!弱い私なんて要らない!妖魔を殲滅する強さ、全てを圧倒する強さ!それこそ完璧を司る私なのだ!!』

 

 影の深淵は、拳と蹴りの乱打で光の雅緋を葬り去ろうと殺しにかかる。

 罵倒、誹謗、殺意の言葉が溢れかえるその台詞も全て、私自身の心から生まれた物なのか…自分で自分が信じられなくなってしまう。

 

「クッ……!」

 

『そもそもお前は仲間の何を知っている!?忍の世界では甘ったるい精神は命取り!それをバネに生きた貴様が、仲間のことを知るハズは無いもんなぁ!

 

 仲間、友情、絆…そんなものちゃんちゃら可笑しい。周りの人間が勝手に作った単なる綺麗事だろうが、お前には余りにも無縁で不必要な存在だ。妖魔を一匹残さず葬り去る為に身につけた力こそ正しい――時間が、世界が、人間がお前を弱くしたのなら、関わらなければ良いだけの話。それが、アイツらの幸せにもなるのだからな』

 

 忌夢と縁を切ることで、妖魔との抗争で命を落とさずに済む。

 紫と縁を切ることで、忌夢と一緒に側にいて幸せになることが出来るし、引きこもりの生活だって送れる。

 両備と両奈の姉妹二人と縁を切ることで、変態に悩まされなくても済めば、両姫の事柄に責任を負う必要だってないし、そもそもアイツらは復讐の為に転入してきた訳で、仲間と呼べるような関係ではない。

 

 深淵の言葉が、雅緋の心を蝕んでいく。

 それと同時に、光である雅緋が朽ち果てるよう、肉体が削れるようにダメージを負っていく。

 

『仲間という存在がお前を情弱させた!妖魔の殲滅のためには力が必要だ、違うか?なら、己を弱くする存在が仲間ということは、妖魔を殲滅させる道を遠のかせ、邪魔をしているようなもんだろ、私の言ってることは何も間違いではないハズだ』

 

「………」

 

 過去の自分と、復帰した私の存在がそう有っていた。だからこそ、図星を突かれて何も言えない。今は違うとしても、昔ね私は確かにそうだった。

 笑顔なんてくだらない。

 涙などとうに枯れている。

 仲間なんて必要ない。

 そう生きてきた私が、今を苦しめ誹謗する。全てを痛めつけんと言わんばかりに振るわれる暴力は、それと同時に哀しみも含まれていた。

 

『全ては母の仇、妖魔を滅する為、怪物に対抗するには、怪物並みの力量が必要だ。それが尤も他でもない、お前という人間だろ、雅緋。これは嘘ではない、私だからこそ知り得ること、私だからこそ言える立場――第一、アイツらだって現に妖魔に打ちのめされてるだろ?両姫なら兎も角、仲間という惰弱な存在は何れ足を引っ張り己の命取りになる。

 

 何を躊躇う必要がある?仲間と言えど自分ではない、所詮他人は他人…誰が死のうと関係ないだろうが、忍の定めなら尚更だ。他人が苦しみ死のうと、自分にとっては関係ない。仲間のために命を賭ける行為は、無駄に命を捨てにいくような自殺行為だぞ。

 そんなつまらないことで己の命を捨てるのなら、私のために死ねよ』

 

 何も答えられない雅緋は、心も体も満身創痍だ。

 ようやく、嵐のような猛攻を終えた深淵は、ゆっくりと雅緋に近寄り、指で顎を撫でる。

 

『安心しろよ、私。軟弱とは言えど、私であることには変わらない。だからこそ、お前まで無駄だったとは言わないし、お前は被害者だ。他人の甘ったるい感情に汚染され、強く有り続けた己が弱体化してしまった…

 だが、次の私はそうはならない。

 お前という確かな存在を糧として、責任を持ってお前の願望を叶えてやろう。それだけは絶対に約束してみせる』

 

 深淵の中に籠る確かな光は、まるで自分の幼き頃の髪色に似てる。黒く染まりきった髪には、白も交えていた。朦朧とした意識の中でそんな軽い記憶に浸りつく。

 

『では、さらばだ――』

 

 無慈悲に放たれた言葉に雅緋は

 

 

「なぁ、もういいか?」

 

 

 覇気のこもった声が、深淵を硬直させた。

 

 ドッ――と殴る鈍い音が鳴り、深淵の頬に拳が炸裂。衝撃によって微かに体のバランスが崩れてしまう。

 

『なッ――にぃ!?!』

 

 殴られた深淵は、一体何が起きたのか検討も付かず、突然殴られたことに動揺してしまう。

 

 

「悪いな、私は消えたくないんだ。そもそも、私は一言だって喋ってないし、消えたいとも言ってない。仲間の存在が惰弱だとも、今私の口からは何も言ってないぞ」

 

 満身創痍…とは呼べない雅緋の容姿は、以前と比べてとても強く逞しく見える。そこにはより眩しさを募らせる瞳に、諦めの文字がない勇気が膨大に溢れていた。

 

 

『お前、話を聞いていたのか?全てはお前の本音、お前の口から発した言葉だろうが!!それを――……』

 

「ああ、確かに言ってた。とても、昔と今とでは違うようにも見えるし、別人にさえ思えてくるよ」

 

『だったら――……』

 

「ただ、それだけであって、ソレがどうした?」

 

『――ッ!?』

 

 

 さっきまでの雅緋とは違い、威勢のある彼女は怖気ない。代わりに、深淵が面食らった顔で、驚愕している。

 

「過去の私がそうで、成長したのが私だろ?そもそも記憶がなかったとは言え、あのまま進んでも伊奈佐(あのバカ)に良いように利用されてるだけの、絶望の未来しか待ってなかったしな。お前は惰弱と言っていたが、仲間のおかげでこうして成長もしてるんだぞ?

 

 そう言う面では、妖魔を殲滅する手助けとなり、進む道に背中を押してくれる、無くてはならない大切な存在じゃないか」

 

『ふざけるな!そんなもの都合の良い解釈だろうが!お前の綺麗に飾った言葉巧みでしかない、逃げてるだけだ!そんなもの本当の強さとは呼ばない!

 全ての絆を断ちきり、圧倒たる力を身につけてこそ本当の強さだろうが!!何を今更お前は――』

 

「否定はしない。お前の言う通り、全て事実だし言ったことは本当だ。言葉を撤回しろと言われたらそうしたい気持ちも無いわけではないし、廃人から復帰した私がそうだったからな…

 

 ただ、それだけが全てじゃないだろう?」

 

『えっ――?』

 

 深淵の荒げた声が、途切れる。

 

 

「焔のお陰で、私達は救かったことも事実だし、旋風が命を賭してまで蛇女の誇りを取り戻そうとしたことによって、己の愚かさと弱さに気付いたことも、事実。

 それもまた私なんだよ、お前は妖魔を怨み、血界突破の衝動で生まれた影の私…だから、お前は私の全てを知っている。そうだろ?」

 

『…………』

 

「仲間の存在が私を強くしてくれた。忌夢のお陰で命は救われたし、紫だって外の世界に連れてこれる良い機会じゃないか。閉じこもった空間にばかりいれば、体の調子も悪くなるしな。

 両備と両奈も確かに、復讐の為に私を殺すが為に転校してきた訳だ…だけど別に恨んではない。そもそも蛇女の中では常に選抜の座を狙われてるし、別の意味で女子たちからも狙われてるしな。明日に命の保証がない上に、周りに気を配るのも当然と言うか、慣れてるからな。別に苦ではない」

 

 違う意味とは、雅緋親衛隊のことを指しており、雅緋ファンクラブのメンバー達のことだ。

 そういった面でもしつこく狙われてるし、間違いではないだろう。

 

『だから何だ…結局自分が弱くなる事実は変わらないだろ…いずれ足を引っ張る存在にだって…』

 

「何を言ってるんだよお前は、そうならない為に皆んな、必死に頑張ってるんだろ?だから、毎日欠かさず辛い修行を送り、己の限界を超えるべく鍛錬に励んでいる。最低限の力を身につける為とはいえ、基礎を疎かにしては強大な力があっても命取りになるだけだし、一人の力では成せることに限りはあるしな。

 仲間がいればよりスムーズに強く進める上に、助け合うことだって出来る。ホラ…仲間は無駄じゃない。鈴音先生の言いたかったことって、これなんじゃないか?」

 

『バカバカしい…漫画じゃあるまいし…』

 

「それはどうしようもないが、そもそも個性なんて能力がある世界だからなぁ…漫画だのどうこう言われても、今となっては曖昧さがあると言うか…第一妖魔だってそうじゃないか?」

 

『…………』

 

 何も言えずじまいになる深淵は、唇を噛みしめる。拳を強く握りしめ、歯軋りを立てる。

 

『後悔することになるぞ…?私に取り込まれていれば、弱さを切り捨てれば、死ぬことなど無かったって…』

 

「自分の道に後悔なんてないさ。有るのは全部、感謝の気持ちで一杯だ――こんな私に、ここまで背中を押して、そして側に付いてきてくれる仲間たちに、私の支えと強さの成長を促した皆んなに」

 

 忌夢、紫、両備、両奈、焔紅蓮隊、旋風、鈴音先生、父上、そして両姫…皆んなの想いが糸のように紡ぎ、私を強く奮い立たせてくれる。昔の私からは想像もつかないが、それでも私という存在は成長しての私の姿だ。

 

 

 ――有難う、皆んな。私は…己の欲望だけじゃない、今度は皆んなの恩義に応えるべく、私は強くなって、悪の誇りを掲げてみせよう。

 世のため人の為…そして、仲間のためになるのならば、私は…いや、私達は喜んで汚れ役だって買うさ。

 

 

『ふざけるなあ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁあああッ!!!!』

 

 

 唐突に狂い叫ぶ深淵は、憤りと怨みに含まれた絶叫を喉から発した。

 

『ふざけるなフザケルナ巫山戯るなぁぁ!!何で私がダメなんだ!今までの記憶は何だったんだ!お前が復活する前に欠けてた私の記憶は何なんだ!!私の存在が無かったことにされるのか!?弱さを切り捨てようとしてた私の努力はどうなるんだ!

 

 お前は知らないだろ!どれだけ私がお前を呼んだと思っている!記憶を取り戻して忌夢に謝罪する気持ちも!両備と両奈に真実を告げたかった気持ちも何も知らないクセにィ!!その上お前は強さを固執し取り残された私を見向きもしなかった!興味も示さなかった!ずっとずっと独りぼっちで残された私の心情など知らず!お前は過去の私を消そうとした!無かったことにしようとした!それなのにぃ、何でお前が皆んなにぃッッ!!!』

 

 深淵から初めて、人情と心情を知った。

 先程の自分とは思えないほどに、でもって何処か子供らしい一面を残し、泣き叫ぶ。

 瞳からは透き通った涙の雫が溢れていく。

 

『いやだ…あの時の私が無かったことにされるなんて嫌だ……消えたくない…消えたくない!!』

 

 前述した仲間との繋がりを断ち切ろうなんて吐いてた彼女とはお前ないほど、その言葉には優しさと温もり、そして…

 

 欠けてた記憶の私が含まれていた。

 

「大丈夫だ、お前は消えやしない」

 

『…えっ?』

 

 私は、一歩前に出て、手を差し伸べる。

 

 

「何故なら、私がお前を受け入れるからだ」

 

『何…?』

 

「ここは私の心の中の世界…記憶と精神が合わさった、特殊な世界空間だ…なら、お前が私を消そうとしたように、私もお前を受け入れることが出来るのではと思ってだな…」

 

『……私は、お前という存在を消そうとしたんだぞ?』

 

「嗚呼、確かにそうだな。普通の考えでは殺しに掛かる人間を引き取ろうなんて考えない。

 だが、命のやり取りする戦いなんて幾らでも存在する。焔達とだってそうだ。私達はアイツらを殺そうとしたのに、何も言わずに救ってくれたじゃないか。そもそも私たちの受ける修行だって命懸けだ。今更…という点がある。

 

 それに、お前は私だ。私が自分を消してどうする?お前も私も、目的は妖魔の殲滅。ならば、一緒になって戦おう。第一私は蛇女子学園の生徒、忘れたか?

 

 悪は善よりも寛容だ――どんな物でも受け入れる」

 

『…そのせいで、伊佐奈が来てから狂ったこともあるだろう…』

 

「それもそうだな…まあ今は小尾斗教官がいるしな。口ではああは言ってるが、退院間際に医者の先生から聞いたところ、私の体に異常が来してないか、忙しい中毎日病院に通って私の安否を確認してたそうだ。そもそも、そんな不埒な輩に利用されないことも含めて、強くなれば良い。その努力も惜しまないつもりだ」

 

『……やはり、自分で自分は否定できないな…』

 

 深淵は観念したように目を閉じて、ソッと差し伸べられた手を優しく握る。自分で自分と仲直り…なんて、現実的に考えてあり得なければ想像し難いが、悪くないものだ。自分と向き合うというのは…

 

 

「これからも、宜しく頼むぞ、もう一つの私」

 

 

 そんな私は、自分にありったけの笑顔を見せた。

 深淵も私だ、一つになることは当然だ。深淵の私はどうなっても知らんぞと物語るような顔を浮かばせるも、その中には微かな笑みも含まれていた。

 

 深淵が光に爆ぜ、雅緋の中に取り込まれていく。

 

 

「これが、欠けてたもう一つの私…感じるぞ、私の記憶…もう一つの力……」

 

 

 暖かい感情が包み込まれ、心地よい感覚が溢れてくる。その眩しい粒子の光の中に、複数の人影が此方を見つめている。血流が上昇する感覚、光に包まれる私を見つめる、複数の人影。

 

「誰…だ?」

 

 

 

 次第に明らかになる姿、見慣れない上に体が透けている。これは…一体?目を丸くしてる私に、二人の人影が駆け寄り口を開く。

 

「良かったね、これで…血界突破、深淵血界の力を自分のものできたんだね」

 

「よく頑張ったな、これで…また犠牲が出ずに済んだのだな」

 

 これは…

 

「私は暁。血界突破を成功できておめでとう。でも、気を付けて…ここからが本番…」

「俺は白夜、君のことを知れば、天竜衆が黙っていられない。その時は全力で消しに来るはずだ…」

 

 天竜衆?

 血界突破の影響か、死後の人間と微かな会話が出来るらしい。それと同時に血の細胞の如く流れ出るのは、知らない先人達の記憶。

 そして、大人や子供、信じられないことに幼少期の子供達までも見える。

 

「わたしたちねー、むりやりけっかいとっぱ、されたのー」

「じっけんとかどうとかってね、てんりゅーしゅーにさらわれて、ひどいことされた!」

「お父さんとお母さんを殺されて、憎しみを植え付けられて、無理矢理血界突破をされて、死んでしまった…」

「僕は妖魔になっちゃった…沢山の人を殺してしまったよ……嫌だよ、殺したくなかったよ……僕も、地獄に行って、罪を償いますね……」

「天竜衆に殺されるのが怖くて、やらされた…でも、そんなの言い訳に、ならない、よね…」

 

 

「貴方たちは…一体……」

 

 聞くほどに悲しくなる、悲痛と悔恨に塗れたその魂は、少しずつ消えていく。信じられるだろうか?二歳や三歳の子供が血界突破をしたなんて、常人では考えられないことだ。

 様々な人間が、雅緋にサヨナラを告げるよう消えていく。

 

 

 そして――世界は眩い光に照らされて、飲み込まれていく。

 

 

 

 

 

 瞼を開けると、そこには映し出されたのは…禍魂の忌夢に満身創痍の両備と両奈。

 忌夢は獣のように酷く歪んだ表情で此方を警戒し苦しんでる様子で、両備と両奈は此方を見つめて驚いてるようだ。

 

「まるで、世界が一変したようだな…これが、私か――」

 

 一息空気を吸い、外の懐かしさを堪能する。

 現実ではほんの1秒そこらにも満たないのだろうが…記憶を取り入れてからはその比ではならない程の時間を費やしたような感覚だ。

 

 

「アンタ、その姿…」

「雅緋ちゃん…」

 

 二人の驚嘆な声に、雅緋は振り向き笑みを浮かばせる。

 

「両姫の妹、両備、両奈…ただいま戻ったぞ」

 

 

 今の私と嘗ての私が一つとなった存在。

 雅緋()と、深淵が一つとなった姿。

 

 これぞ深淵の雅緋。そして頬には月神ノ紋章ではなく…これは、日神ノ紋章。太陽の如く日輪に似せた模様は、清々しく神々しい。

 

 

 

 己を取り戻した雅緋は、今を生き、仲間供に妖魔殲滅への道を歩む――

 




文字数が8888になりました。パイパイぱいぱい、オッパイですよ。すみません、寝てなくて徹夜して変なテンションになっちゃってますね。

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