光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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179話「動く」

 

 

 

 

 

「いっくよおぉ〜〜!!」

 

 呑気な護武皮の放たれた言葉と共に、拳の嵐が二人を襲う。

 離れた遠方から発せられる拳は、常人では不可能であって、護武皮のみが可能な柔拳だ。

 伸びる腕、迅速な猛攻、強打の連打、乱波程とはいかないが、それでも充分に驚異的である。

 

「ゴム…!」

 

 人間業とは思えない伸び代、軽く数十メートル以上は伸びるだろう質の良い腕は、軟体動物の蛸や烏賊のように滑らかで、骨の関節がないように見える。

 

「た〜んじゅ〜んなパワーってさーぁ、王道だよ〜ねーー!!」

 

 マイペースな口調に似合わず、やってることは滅茶苦茶。縦横無尽に拳と腕の残像を埋め尽くし、至る方向から激しい攻撃が迫ってくる。

 まるでヨルムンガンド、はたまた部屋を埋め尽くす居合の鞭。

 

 護武皮柔増――個性『ゴム質』

 自身の体が質の良いゴムで出来ており、関節はバレリーナみたく柔らかい。骨は柔らかく、筋肉は強靭、衝撃は半分に流すことも可能で、ダメージを軽減しながら相手に打撃を与えれる。

 

「おいおい…邪魔だなコレ…!!こんな奴の攻撃を避けながら戦えってか!牛丸みてぇなやり方だな」

 

 伸びる腕をなぎ払い、元に戻しては攻撃の動作の繰り返し。サンイーターだけでなく、夕焼にも被害が出てしまうので、分が悪い点では厄介な強敵だ。

 

「取り敢えず…蛸で動きを止める!!」

 

「させませんよ!」

 

 右腕を蛸の触手に変換するサンイーターに、崎子は狙いを定める。地を足で蹴り、距離を縮ませる。振るわれた刀はそのまま蛸の触手へ吸い込まれる。

 

(ムダだ、俺の個性は複数再現可能…!蛸の足に蟹の甲羅を覆わせ…)

 

 だが――サンイーターもそれに対しては対策は万全。柔らかい蛸の足に、硬い甲羅を覆わせることで、斬られることを防ぐのだ。同じく二の轍を踏む気は更々ない。

 

 

「混成大夥――【キメラ・クラーケン】!!」

 

 

 蛸の触手、蟹の甲羅と先端部分の鋏を再現し、空間を支配する。無数の触手は、瞬く間に成長し、サイズを大きくする。正しく――海に住まう怪物を連想させる。

 

 天喰環――個性『再現』

 食した物を体の部位として再現する個性は、複数再現可能、サイズ調整可能。同時に発動する事も可能。同じ物を短期間で食す事で熟練度も上がり、性能もよりよく上がる。

 

 

 ――ザグン!

 

 だがしかし、クラーケンの足を崎子はいとも容易く簡単に斬り捨てる。

 

「何ッ…!?」

 

 蛸の触手を斬り捨てられたことで、肉の断面から痛覚が働き、思わずたじろいでしまう。再現した部分は、物理的なダメージにはならないし、致命傷には至らないが、痛覚が働いてしまうのが、個性のデメリット。

 しかし甲羅状で覆われた蛸の触手――クラーケンを前に出ても、豆腐のように捌いていくとは、想定外な結果だ。

 

「蛸は刃物による調理に限りますねェ!複数、生き物を再現する個性には少々驚きましたが…なんてことはありませんね!」

 

 素人とは思えない鍛えられた動作、達人の域に達する領域。凄まじい剣捌きは敵でありながら流石といった所か、無駄な動きがない。

 

「あのガキ…!舐めてた訳じゃねえが本当に子供かよ…忍みてえに動きやがって!!」

 

 斬口崎子――個性『裂き斬り』

 刃物を持つことでのみ発動が可能の条件付き個性。硬い物やコンクリート、斬れ味問わず万物を斬れる個性は、驚異的であり、全てを豆腐のように斬り捨てれる。

 

「どれだけ個性で対処しようと、多少はこれで防げる」

 

 攻防に長けた個性は、使用者によって大分変わるものだと、改めて思う。攻撃特化に長けた彼女が、攻撃の使用によっては、相手の攻撃すら自分の刀で身を守れる。

 

「だったら守ってみやがれ!!秘伝忍法――【カムイ・ルヤンペ】!!」

 

 高速な剣技が売りの基礎たる秘伝忍法、カムイ・ルヤンペの威力で武器破壊を狙う。幾ら敵とはいえ、子どもは簡単に致命傷を受けてしまう。一桁の小さな女子に秘伝忍法を扱うのはどうかと思うが、先に自分が殺されてしまえば本末転倒。

 本人を狙わず、なるべく敵の武器を壊せば、少なくとも相手の戦力はガタ落ちだ。

 

「ふっ…!」

 

 しかし其れを、ギリギリの間合いで体の軸を捻らせ、回避を試みた。青い髪が激しく揺れ、体を数回転しながら着地。夕焼は舌打ち混じりで追撃をかます。

 

「今の避けんのか…益々、忍臭えな」

 

「若様から体術に関する教授を受けたので、問題はありません。少なくとも、サンイーターと名乗るヒーローよりも貴女が厄介だ」

 

 食した物を再現するサンイーターにとって、崎子の個性とは相性が良い。斬撃だけの個性なら、貝、蛸、蟹、等で拘束と防御を高めて翻弄することは可能でも、耐久度と硬質を無条件で斬ることが出来るのは、サンイーターからすれば不利がある。

 一方で夕焼は遠野の選抜メンバー筆頭の実力もあってか、身体能力は高い一面もあり、二刀の剣技に関しては飛鳥と同等かそれ以上。

 それでも七歳の幼女が夕焼と渡り合えるのは、ある種としての異常事態だろう。

 

 

 

「どおぉ〜〜〜した〜のぉおぉ〜〜ーーー!!!サン・イーターーーーー!!!!」

 

「ッ…!ッッ……!!!」

 

 夕焼とは一方で、ゴムのように伸びた腕を鞭のように巧みに扱い、強打を食らわせる護武皮と、防戦一方で強いられてるサンイーター。戦況は護武皮の方が有利な状況下に置かれている。

 破裂の音、ヒビが入る音、痛ましい効果音が鼓膜を揺さぶり、思わず挫折をしてしまいたくなる。

 

(貝の殻、蟹の甲羅を混ぜた衣も…次から次に粉砕していく…!そしてこの予測不可能な攻撃を蛸の足で衝撃を緩和してもダメージが…!!攻撃をしようにもさせてくれない…!)

 

 護武皮のゴムと拳術を組み合わせたコンボは、サンイーターの想像を遥かに上回り、攻撃手段に移ろうにも中々隙が見受けられない。

 今まで三下やチンピラを相手にしてたからか、経験は学生よりも上だったにしろ、この場ではそれすら無意味。

 文字通り手も足も出ず、このまま身を守ることだけが精一杯。ビック3と名付けられながら、こんな三下のような安っぽいチンピラ風情にやられている。

 

(折角、ミリオや他の皆んなが託してくれたのに…!!こんな奴らに足を引っ張って…!時間稼ぎ要因にあしらわれ…!!)

 

 焦燥が、メンタルの弱い環の心を蝕む。

 一つ一つの打撃は乱波に比べれば軽い方だが、それでも充分にインパクトはある。ゴムの特性を活かした柔軟な対応と猛攻の嵐、予測不可能な動作に対処できない部分を突かれてしまう。

 

(どうするんだ…!考えろ……考えなきゃ…!)

 

 サン・イーターの個性は下手すれば本当に頂点を狙えるに近い強個性。生き物の部位を再現し、その特性を活かす個性は、異形型と言った動物系の個性よりも何倍も有意義に役立つものだ。

 その特性や能力を敢えて活かせないのは、能力者による使い方だろう。理解してるにせよ、いざという時になればヘマをこいたり失敗してしまうのは、中学時代からしょっちゅう、天喰環の欠点だ。

 

 ――下級生の大衆の前では碌に声も出せない。転校して来た時だって最初のスタートラインから躓いて、個性のテストだって良い結果も出せなくて…

 

「強い個性もってたらさーーぁ、出させねーよぉーに、すりゃー良くねー??」

 

 残像すら見える速度で伸びた腕は、空間を埋め尽くし、もう何処から何処へ来るか分からない。体力の消費は激しく、燃費も悪い。

 このまま防戦を続けていけば間違いなくジリ貧になって嬲り殺される。そして距離も遠く、間合いに入ることすら敵は許してくれない。

 

 サン・イーターの状況は、確実に詰みともいえよう。

 

 

 

 ――いつもこうだ、俺は…俺は……

 

 

 己の弱さが情けない。

 ビック3の称号なんて、所詮は聞こえのいい飾り。いや…本人からすれば緊張感を昂らせる蔑称なのだろう。

 それでも、環が今日まで此処へ来れたのは……

 

 

(環、お前の方がスゲーよ。俺は周りの皆んなから遅れてるから、人の何十倍も頑張れば良いって訳。でも、環の個性は俺よりもスゲーからさ)

 

 そうだ、ミリオ――お前が…

 

 

(俺、知ってるんだぜ。お前は才能があってさ、皆んなを楽しませる明るくて優しい奴なんだって!)

 

 

「んん…?」

 

 

 ――お前が、いてくれたからなんだよな。

 

 

 俺の憧れは、お前だけだよミリオ。

 オールマイトや他のプロヒーローよりも、どんな凄いヒーローよりも、俺にとって一番輝かしい…それこそ太陽が霞むほどに。

 

 サン・イーターの蛸の触手部分が膨れ上がり、触手の数が増して行く。

 

 

「なん……っだああぁぁああぁーーーーーそれぇェ!!!!」

 

 

 触手に何度も殴打を繰り出し、破裂音の鳴るパンチが響く。痛覚は働くものの、こんなの何ともない。

 

 今、皆んなが戦ってる痛みに比べれば――

 

「拘束――【海の暴君――蛸蟹地獄】!」

 

 蟹の鋏で護武皮の拳を相殺。威力と硬度を極限に高め、可能な限りで行動を広げる。

 

「さっきよ〜り〜もぉ〜〜固ええぇぇーー!!!」

 

「護武皮…!お前の個性は確かに強い!!でもな、俺はお前よりも、誰よりも強いヒーローから、俺を褒めてくれる友人がいた!!!」

 

 ドォン!!と、鈍い痛みが頭部に走る。

 蟹の鋏を利用し、護武皮の体を挟み、蛸の触手は腕を封じるように絡みつく。蛸の吸盤を利用し、身動きをしても簡単には剥がれない。勿論、普通なら此処で崎子が蛸の触手を切り捨てるのだが…

 

 

 

 ギィン!ギギィン!!

 

 火花散る刀の打ち合いが、BGMを奏でている。

 崎子と夕焼が、互いに斬り合っている。とは言っても、崎子も夕焼も跡を引けない形で、粘っているようだ。崎子を、夕焼が妨害している。

 

「護武皮…!」

 

「邪魔、させねぇよ!!」

 

 先ずは、一人を倒すこと。

 ファットガムに教えてもらった事は、先ず敵の戦意を喪失させることだ。相手が単体に限らず複数ならば、片方を落とすことで連携を崩すことができる。特に二人ならば尚更、話が早い。

 立場を如何にどう自分達の有利な方向へ傾けれるかが、勝利の鍵だ。

 

「テメェにも矜持ッつーもんがあるんだろ?!ホラホラ、治崎のクソ野郎の恩を返すんだろ!?」

 

「……!!」

 

 焦燥、憤怒、私怨、夕焼は妨害を駆使しながら敢えて煽り口調で崎子の心を煽ぐ。確かにステータスも含め、テクニックや体術はお手の物だ。とても七歳の小学生が会得できるものではない。

 しかし、精神面ではまだまだ浅い――自分が思い通りにならないと深く調子が狂ってしまう辺り、まだまだ幼い部分が抜け切れていない。

 頭では理解してても、本人にとっては理解してるつもりでいる。

 余計な事に突っかからないと解っていながらも、いざ自分を拾ってくれた恩人に対して侮辱を受けると憤る辺りは、実に人間らしい。

 

 

 

 

 

 斬口崎子は、両親に捨てられた。

 理由としては個性の原因でもあるが、其れは単なる補助に過ぎない。根本的な部分は両親がキッカケだ。

 

 気に入らないことがあると直ぐに暴力を振るい、泣いたり笑ったりすると取り敢えず水浴に顔を突っ込ませる。

 虐待、世間でいうDV――癪に触ったりすると蹴飛ばされ、泣きじゃくったり些細なことで笑顔になると母は髪を引っ張り何度も床に叩きつけ、挙句に風呂場の水浴に顔を沈めさせられ、人形のようにボロボロにされていた。

 

『何で言われたこともやれない』『ヘラヘラ笑うな』『何を泣いてるんだお前は』『なんでこんな子供に生まれたんだ』『口応えするな』

 

 父や母からは罵詈雑言を吐けられ、味方になってくれる人はいなかったし、教育は勿論、一度たりとも外へすら出させて貰えなかった崎子にとって、家族とはこの世の地獄だろう。

 だからか、もう泣いたり笑ったりする事が、出来なくなってしまった。

 

 そんな子供が四歳になった頃――相も変わらず父から暴力を受けてた頃だった。

 手が滑って食器を割ってしまったので、父はえらく機嫌が悪くなり、それを察した自分は護身用にと包丁を手にしてしまった。

 前に一度、母から殺さない加減で背中を包丁で刺された事があったので、父にも同じことをされない為に台所のを取って身を守るように向けたことがある。

 それが父親の逆鱗に触ったのか、鬼のように怒り出し、髪を掴もうとしたのを、崎子は一心不乱に手に持ってた包丁を振り下ろした。

 

 

 ――そして、父親の腕を切り落としたのだ。

 

 

 溢れる大出血、落とされた片腕、激痛にもがき苦しむ憎き父。初めて、親が苦しんだのを見た崎子は、頭が真っ白になった。

 何が起きたのだろう?どうして、包丁を振り下ろしただけで簡単に…それこそ、水を切るように何の力もなく…

 

 後に、それが私の個性だと知るのに時間はかからなかった。

 

 

 個性による詳細は当時は不明だったものの、不気味だ、危険だと解った両親は遠く離れた貧民街へと捨てて行った。

 自分の命を脅かす事となると、人間は攻撃的になるのではなく、排除しようとする。自分達では手が付けられないからだ。

 下手すれば私が逆上して殺されると見解したのだろう、親に捨てられるのでさえ何も感じなくなってしまった。

 

 未知なる外の世界は、余りにも汚れていて酷い臭い。

 腐ったバナナの香りが充満し、泥水が溜まってたし、見知らぬ老人や汚れた少年が泥遊びをしてる光景は、何とも…

 

 初めて外に出た瞬間が、親に捨てられた刹那――私は糸が切れるように、何をすれば良いのか、考えるのをやめてしまった。

 

 自分はこれから何をどうすれば良い?

 何を主に生きていけば良いのだろう?

 子どもが親の世話なく生きて行けるだろうか?

 

 

 個性云々の問題ではなく、両親がああなってる時点で、私の人生は詰んでるようなものだ。

 

 

 捨てられてから三ヶ月になると、私の体は汚れていた。

 全身が酷い臭い、髪はボサボサ、泥で全身が汚れていて服もボロボロ、誰も助けは来ないし、このまま何もせず何の意思もなく生きている。でもそれは生きてるのではなく、腐敗したまま生きながら死んでいるのだ。

 

 誰かに声を掛けられることもなく、ただしゃがみこんだまま座ってたり、何をどうすれば良いのかも分からず、無教養な自分がやれる事などたかが知れてる。

 

 

 

 

 

「ほら、あ〜ん。なさって?」

 

 優しい声に従いながら、言葉の赴くままに口を開けると、冷たい野菜が口の中に広がる。

 入れられたものを咀嚼すると、何ともまあ良い食感だろうか。

 

「ふふ、もやしは美味しいですか?」

 

 女性がそう問うと、私は何も動じないまま首を傾げる。美味しい、という意味が解らず、そもそもこれが美味しいのかどうかさえ解らない私を、綺麗な女性は「えっと…」と考える仕草を取る。

 

 ふんわりとしたクリームの柔らかな金髪、お嬢様のような口調、黒いセーラー服を着こなす清楚で綺麗な女性は、よく貧民街でもやしの配給を行なっている。

 どういう理由かは存じないが、何でもこの貧民街ではよく寄付をしてるんだとか。

 お金がなく、小さな子どもや大人、お年寄りにまで何の利益も求めずに食料を配るのは、正直凄いと思う。私の両親でさえも口を開けば「金、金、金」のワードしか口に出さないのに…

 

 何も出来ない、何も動かない私を見た彼女は、そこからか他の皆んなとは別に私だけよく話しかけに来てくれた。

 

「美味しいっていうのは、ご飯を食べた時にやってくる幸せですわ…♪特に好きなものを指しまして…」

 

「………」

 

「…お嬢さんは、何も感じないのですか?」

 

「わたし、ね。何も考えられないの」

 

 思わず声を振り絞ったわたしの言葉を、女性は聴いてくれた。

 

「笑ったりね、泣いたりするとね、お父さんとお母さん怒るの。何をどうしたら怒らないのか、考えてね、頑張ってもね、もうだめなの。結局すてられるの…もう何をして良いのか、何をすれば良いのかわからなくてね」

 

「………」

 

「だからね、考えたり泣いたり、笑ったりするのやめたの。また蹴飛ばされちゃう、殴られる、また水浴に顔を突っ込まれたりしちゃって死んじゃうのだけが怖いの」

 

 また殺されかけちゃう。

 心が全く動かなくても、何故か暴力を振るわれるのだけが怖くてどうしようもなかった。

 トラウマを植え込まれた人間が拒絶反応を起こしてしまうのは、自然の摂理とも呼べよう。

 

 それを、女性がぎゅっと抱きしめてくれたのは、今でも覚えている。

 

 

「大丈夫ですよ、もう何も心配なんて要りませんからね…大丈夫、大丈夫だから…」

 

 あの時だけだったな、初めて心が暖まったのは。

 優しく包み込むように抱擁し、頭を撫でてくれたのは。ボサボサで汚れた髪を、優しく撫でてくれる感触は、生まれて初めて味わう。

 

「明日もまた、私が腕をかけたもやし料理を配りますので、楽しみに待ってて下さいね」

 

 彼女はそういうと、駆け足で何処かへ去っていった。

 それだけが大きく脳の中で記憶に残り、ただただ彼女の言うがままに待っていた。

 

 だけど、私は彼女と会うこともなかった。

 

 

 夕暮れ刻――何事もなく平然と呆けていた時だった。

 

 

「おい、お前一人か?」

 

 突然、何の突拍子もなく声を投げられ、振り返ってみれば青年が一人、黒いマスクを装着して訪ねてきた。

 私は言葉を発することもなく、ただただ頷いた。

 

「親はどうした、こんな汚いところで何してる?」

 

「お父さん、お母さん、知らない。わたし、捨てられたの。お前の個性は人を殺すから、不気味で危険だからって」

 

 個性――『斬り裂き』は、万物を全て条理を無視して斬り捨てる、一歩間違えれば完全に危険視される個性は、親に捨てられたと聞けば大体は納得できるだろう。

 

「そう、か……」

 

 青年は考える仕草を取り、数秒の間が空く。

 此方をジッと真っ直ぐに見据える瞳を、彼女は何も動じず目を逸らさず、ただ見つめ続けていた。

 

 

「よし、解った。お前、俺の組に入れ――俺がお前を再利用してやる」

 

 

 丈夫な手袋をつけた手を差し伸べ、彼女の手を求める。唐突な勧誘に、思わず首を傾げる少女は、何が何やらと理解が出来てない様子だ。

 

「簡単な話、お前を拾ってやるってことだ。俺も昔は組長(親父)に拾われた身でな……親がいなくて寄り辺が無いんだろう?だったら俺の組に来い。名前は?」

 

「き、斬口崎子……」

 

 そして、私は汚れたボロボロで非力な腕を動かして、手を掴む。それを優しくぎっしりと、掴み返す男――治崎は私を拾ってくれた。

 

 

 こうして私は貧民街から抜けた八斎會邸で衣食住を与えられ、ある程度必要最低限の施しを受け、私は八斎會の構成員の一員となった。

 そこから死に物狂いの鍛錬、彼の方に仕える為に何度も血反吐を流し、私はただただ自分を拾った方の恩を返すが為に――

 

 

「邪魔を――するな!!!」

 

 

 憤慨を露わにする幼女は黒刀を大きく振りかざす。

 泣かない、笑わない、そんなもの必要ない――でも、怒りはある。小さい頃から、抑圧的に怒りを出さなかった彼女ではあるものの、やはり刺激を受けると反発してしまう辺りが、実に子供らしい。

 

「お互い様だろう――オレも、お前も。立場の違いってやつだ」

 

「…!貴女、目が…」

 

 よく見れば、夕焼の瞳は紅桜色に染まっている。

 見ていると美しくも、魅了的で、何処か危うさを感じる其れは、本能が危険を知らせていた。

 

「ガキ相手には申し訳ねえが…直ぐに終わらさなきゃダメなんだよな。サン・イーターも時期に終わる。

 

 オレが直ぐにこの戦いを終わらせてやるからよ」

 

 巨躯な鴉の化身が、翼を広げ、此方を眺めている。

 夜叉の如く獣の牙を剥き、威圧感が増す。

 二刀の刀は獲物を仕留める爪そのものだ。

 

 

「秘伝忍法――【イペルスイ・パシクル】!!」

 

「……ぐっ!?」

 

 

 バキィン――!!と、破壊音が崎子の耳をつんざく。

 咄嗟の構えも無意味、防御も攻撃も、体術さえもこの女には通用しない。

 

(こいつ…さっきよりも動きが数段に上がって…?!)

 

 内心隠せない動揺は、心を震わせる。

 もう考えることなど出来ないと、殺戮兵器に変貌したであろう彼女は、冷や汗を垂らしながら焦燥を浮かべる。

 

 

「忠告聞いときゃあ良かったんだよ――よぉく覚えとけ、オレの名は夕焼、遠野天狗ノ忍衆だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、突入直後――地下

 

「騒がしいな…ちゃんと役に立ってるのかアイツらは…」

 

 暗い通路を歩む治崎は、不機嫌そうに眉をひそめている。自分が今日日この日の為に仕上げた鉄砲玉と四天王。その恩を今返してもらわないと困ると言わんばかりの対応に、側近のクロノは口ごもる。

 

「あんま言いたか無いですが、八斎會は終わりですかね」

 

「組長と俺さえいれば八斎會は死なない、何度でも復活できる。これさえあれば、計画は完遂する」

 

 懐に忍び込ませていたケースを取り出しながら、確認を取る治崎は、眉をひそめる。

 

「完成品と、血清さえあれば、極道を再び返り咲かせることが出来るんだ。今回の件も好事家にとっちゃ良い話のネタになるし、ヒーローと忍が恐れる薬は、奴らの好む響きだ。喜んで出資してくれるし、巷で噂になってる忍商会との協力の形で丸め込み、市場だって独占、戦力確保も夢じゃ無い」

 

 

 聞こえの良い道具、壊理の異能破壊弾は全国を震わせ、国家転覆を狙える素晴らしい品物だ。

 それこそ、今までの兵器が役に立たなくなる位に――

 

 

「という訳で、少しは働け出向組」

 

 

 通路を過ぎると、四人の影が重なり合う。

 何処かで見たことのある影は、次第に明らかになってくる。

 

「はーい♡」

 

 緊張感のない可愛げのある女子中卒者、トガヒミコ。

 

「僕らに任せなよ、全員殺せば良いんでしょー?」

 

 二つの大鎌を背中に収めながら、血に酔う少女、鎌倉。

 

「………」

 

 壁に背中をくっつけながら、治崎を睨み、沈黙を通す龍姫。

 

「任せな!オーバーホール」

 

 声色が良く、気分は爽快、口調は真逆のトゥワイス。

 

 

 出向組――敵連合のメンバーが、牙を剥く。






敵連合久しぶり…!
そして崎子と護武皮のプロフィールは一人一人で次回…(時間が足りなかった)

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