漆月「争いのない、何一つ危険のない安全で豊かで、平和な世界。平凡な世界を、皆んなは望んでいます。そして私達を始めた人間は、社会からは異常扱いされています。
でも、争いのない、平和で平凡で、何もない異常のない世界――それこそ異常なのです。つまり、私達からすれば皆んなが異常であって、貴方達も異常者扱いされるのです」
切裂竜燐の個性は、〝人を傷つける〟個性だ。
そう、幼い頃から両親から周りの人間に、嫌という程現実を突きつけられた。
切裂の父親の個性が『竜』で、母親が『鱗』の個性。父が異形型なので、息子の彼が異形型の姿なのも頷けるだろう。
小さい頃は、誰だって夢を見るものだ。
個性があったら何をするか、何になりたいか、そこで幼児達はヒーローという職業に憧れを抱く。
そりゃそうだ、弱気を助け、強きを挫き、悪に立ち向かう勇姿は、見ていて気持ちが良いし、何より評判だって良い。だからその大人達を見ていれば、誰もがそうなりたいと、願ってしまうのは不自然ではない。
だから、俺は最初はヒーローに興味があった。
偶々、父親が俺のために借りてきたDVDの、ヒーロー特集ってものがあって、小難しいことは分からないけど、でも…彼ら彼女らが役立つ場面は、見てて魅かれるものがあった。
敵と立ち向かい、市民を救い出し、個性を駆使して困難を打ち破る姿は、カッコいいと思えたし、こう言うのを通して人は、夢や目標を持つのだろう。
それが自然であり普通である事を、幼少期の頃から植え付けられた。
でも現実ってのはそう上手くいかないもので、況してやヒーローになれるか否か、何者かになれるかは個性次第で決まる。
それこそ、生まれた時から勝ち組か負け組かが既に決定打されるように。
『痛いよぉ…!!切裂くんが個性で僕を虐めるよぉ…!!』
偶々、しつこくて煩い奴が俺にちょっかいを掛けて来たから、俺は腕を振っただけ。
暴力はしてないし、虐めてもない。オマケに個性は生まれた時からずっとそうで、故意でも悪意も無かったし発動さえしていない。それなのに、被害者面した子どもが喚けば、悪意も何もない普通の子である俺は、悪者にされてしまう。
『切裂くんがよっちゃんを虐めた〜』
『可哀想、切裂くん酷いことするよねぇ』
『お父さんとお母さんってどんな人なんだろうね?』
そして悪い評判が付け込まれ、風評被害に遭う俺は、そりゃあもう問題児扱いされてたさ。何も悪いことだってしてない、たまたまそういう個性だっただけで、良し悪しが決まる。
『切裂くん!どうしてそんな酷いことをするの?クラスの友達でしょ?』
知らねえよ。大事な生徒なら、俺のような人間は叱られて良いのかよ。何で『そんなことになってしまったの?』だなんて聞いてやくれない。
評価や印象ってのは、一度付け込まれれば深くなり、誰も見てはくれなくなってしまう。
『どうしてお前は人を傷付けたんだ!』
『先生やご両親から苦情が来たのよ!?なんて事をするの!!』
何でそんな事を言うの?
今までずっと、俺の側で支えてくれた親は、俺に罵詈雑言を浴びせてくる。なんで、俺の味方にはいてくれないの?
何か事情や理由があるのかって、心配して聞いてくれないの?
俺が何を言おうにも、〝言い訳〟だなんて言葉で全部片付けてしまう。
そう、両親は俺のことなんて何とも思っていない。
それは小学に続いても同じだ。
『先生ぇ〜!切裂くんが悪いんです、この子が僕達に虐めを強要しました』
『近寄らない方が良いぜ、アイツは触れたものを全部傷付けちまうんだ』
『先生!切裂くんが僕に暴力を振るってきましたぁ!僕は何もしてません!』
個性による差別はどんどん続く。
お前らは知らないだろうけど、こういう個性による虐めってのはリアルな話、割りとある方だ。中には〝個性障害者〟なんて、望んでもない輩もいる訳だしな。
人は何もしなくても、悪者扱いされるんだ。
ちょっとやそっとのキッカケで、人は大きく変わる。況してや俺みたいな人間が特にな。
『君のようなクズは、敵向きなんだよ』
『こりゃ進路に響くなぁ…親御さんと深く考えた方が良い…』
『どんな悪い事をしたって、全部アイツに責任転嫁すりゃ信じちまうよな!』
悪い人間に耳を傾ける人間など、誰もいない。
人は自分の私欲に眼が眩み、いざ非があれば、悪者に汚名を被せる。俺のような人間は、周りの人間から都合がよく、俺が何を言っても信じてくれやしない。
そりゃそうだ、悪者の弁護や言い訳など誰が聞く?
聞いたってどうしようも出来ないし、況してや人の命を救えは出来ても、心は救えないんだ。
俺は、ヒーローなんかとっくに諦めちまったんだわ。
人を傷付ける人間は、ヒーローなんかになれやしない。
手を差し伸べた人間の手を触れた所で、キズが付くだけ。
生まれた時から俺は、そうならざるを得ない運命だった。
バカげてる?ああ、そうかもな――でも、もしこんな個性がなければ俺は、どうなっていた?
もし、オールマイトのような個性だったら一目置かれるだろう。
エンデヴァーなんてNo.2がどうとかほざいてるが、あんなのでも充分に強い。
ただ漠然としてた夢は簡単に潰え、なんの目的もなくただただ世を徘徊する俺は、異常者なのだろうか?
精神的に疲労が蓄積されたのか、心の中で誰かにすがることも許されず、誰かに助けを求めれない俺は、とても小さな声でポツリとこう呟いた――
『個性なんて…なくなってしまえば良いのに……』
いつからか、たった小さな一言が、自分自身の心の中で大きく渦巻いていった。
そうだろう?
個性なんてものを持つから人は夢を見る。
個性なんてものがあるから争いは絶えない。
個性なんて不要物が、人の人生を決めつける。
そうだ、全部個性が悪い。
漫画やアニメで出てくる能力に、大きく憧れる人間なんて子どもだけ――実際にこんな迷惑なものを持っていると、人は後悔するのだ。
これが植え付けられたならまだしも、望んでもなく生まれ持っていれば尚更だ。
『なぁ、お前…俺の仲間にならないか?』
だから嬉しかった――俺に仲間ができたことが。
人生で初めて、仲間と呼べる御方に出逢えたことが、何よりも嬉しかった。
『お前は俺とよく似ている。他の連中とは違って、個性のことをよく理解出来てる。メンバーが足りないんだ、夢を遂行するにも計画と金が必要…よし、お前ウチに来い。今日からお前は俺の仲間だ、切裂…お前の力が必要だ』
若は、オーバーホールは、俺を受け入れた。
こんな俺を必要としてくれた。
初めて俺に仲間ができた。
俺はもう孤独にならない。
俺は生まれて初めて――希望を手に入れた。
オーバーホールの計画は、簡単に言えば個性のない世界だ。
個性なんて存在そのものが異常であって、病気の発生源だ。
個性に苦しみ、悩み、争いが絶え間無くなる。
小さな夢に心酔し、
己の病気に溺れ、
何者かになれるなどという戯けた夢を見る。
そんなこと、あってはならないのだ。
俺の中に渦巻いた思想は、実現化するように肥大化し、止められなかった。
若に手を差し伸べてくれた、あの日からもう俺は…
俺は――オーバーホールの駒となり、矛と盾になる。
あのお方は…若は、俺に『一緒に夢を叶えよう』と言ってくれた。俺の夢と若が叶えたい夢は、同じらしい。
仲間のみならず、同志というヤツだ。共感すべき理解者で、俺の救い手だ。
そうだ、俺は若頭の為に……!!!
その為の犠牲なら惜しまない、どれだけ汚名を被ろうが慣れっこだ。
エリさんの体をどう扱おうが、今まで拾ってきた駒をどう扱おうが、全てが若頭の思うがまま。
それを邪魔する輩を、排除するのが、俺の役目、課せられた使命。
俺は音本とクロノ以外の、あんな使い捨て供とは違う。若頭の野望を果たすことを許され、共に歩むことを赦された。
凡ゆる犠牲を出し、大極な理想を遂げる為に、あれやこれやと根回しをしてようやく、その宿願が実り、果たす時が来たのだ。それを邪魔するということは、俺たちの生き方を、やり方を、願いを、阻むということだ。
困ってる人間を救えず、目先の利益でしか動かない連中が、今になって都合が悪くなると動き出しやがって。
そんな身勝手で、私欲に溺れてるお前らと、最初っから現実と大極な理想を叶える俺たちとでは、格が違う。
もう誰にも止められない。
この計画は絶対なのだ。
失敗は許されない。
此処で俺たちが止まれば、失敗してしまえば、もうどうすれば良いのか解らない。
だからこそ、命を賭けることだって容易い。
鉄砲玉とは違えど、自分の命すら賭せない人間が、大極な理想を成せるなど出来るわけがない。
もう、治崎の為なら俺は――
「グオオオォォオォォーーーーーッッ!!!!」
獣に勝り劣らずの咆哮は、凶暴化した竜のようだ。
大地を轟かせる雄叫びは、全身を痺れさせ、圧倒的な恐怖を植え付ける。
こんなのまるで化物だ。幾ら個性を活性化させるとはいえ、此処までの脅威を発揮させるとなれば大したもので、薬漬けでこうにもなるなど、現実的な思考では考え難いだろう。
「トリガーによる摂取は危険性、中毒性が高いと聞きますが…此処までとは……」
人間という皮を脱ぎ捨て、立派な化物に成り果てた切裂の瞳は、ドス黒くて、怨念が宿っている。誰かを切り裂き、肉を抉る快感を欲するような獰猛な目玉は、見ているだけで背筋がゾクリとする。
「んなろぉ!!負けねえぞォォ!!!」
安無嶺禍武瑠の状態を維持したまま、真正面から突っ走る切島は、とても真っ直ぐだ。小細工が出来ず、単純な事柄に大きく長け得意分野とする彼は、猪突猛進する。
そんな切島に、切裂は野生の肉食動物のように、飛びかかる。
「うおォッ!?!」
「グァアルルルウゥ…!!」
体を片手で抑えつけ、そのまま鋭利な爪を剥き出し、切島に爪の斬撃を食らわす。激しい金属音が鳴りながら、安無嶺禍武瑠の切島に、血を流させた。
「グァアっ…?!」
「切島さん!!」
このままでは野生動物に襲われた一般人のように殺されてしまう。そう見解した彼女は、レーザーブレードを伸ばし、切島に夢中の獰猛化した切裂に刃を振るう。
更に硬質化された鱗の前で、簡単に押し通せるとは微塵にも思っていない。だが、動かずにはいられない。
「秘伝忍法――【ZDグラデーション】!!」
鮮やかで、見惚れるような美しき剣捌きは、黄金の軌跡を描き、星型のように残す。ゾディアック聖導会の勲章を映し出したように、綺麗な紋章は、無数の斬撃で鱗を削ぎ落とす。
中には砕け、破片が散らばり、削ぎ落とされていく鱗に、切裂は意識を切島から麗王に変える。
生憎、自我が残ってないからか、それとも意識を保つことに精一杯だからか、冷静な判断は取れていないそうで、簡単に此方に振り向いた。
「グォアアアアァアァアァァァッ!!!」
猛烈な雄叫びを上げながら、四足歩行で突進し、食らいつくさんとばかり襲ってくる。
「秘伝忍法の効果が辛うじて通じたようで良かったです…ですが、此処からが本番……」
此方に突っかかってくる敵をどうにかせねば、折角注意を向けさせた意味がなくなってしまう。この先をどうするか…凡ゆる攻撃を防ぎ、喰らえば致命傷は免れないであろう、個性が活発した敵をどう対処するかが重要な問題だ。
飛び掛かり、一直線に向かう切裂を前に、麗王は軽くステップでも踏むかのように、最小限の動作で躱す。
(冷静な判断が出来てないのが、トリガーによる代償ですか…)
この世界の殆どは、メリットと同時にデメリットが存在する。
例えば入中常衣の使用したトリガーは、自分の個性を活性化させるものの、活動時間が短いもの、中には粗悪品で良好な物ではないものすら存在している。
今回の切裂竜燐が使用したトリガーは、個性が活発になる分、思考力の低下だ。冷静な判断は愚か、正常な思考さえ利かない。
単純な動きはともかく、でもとてつもなく厄介。コイツをこの場で倒せというのは、中々に無理がある。
「せぁッ!!」
渾身の連撃を何度も叩き込む麗王は、1秒に数回の剣戟を叩きつけるも、歯が立たない。鱗は硬く、まるで鎧を装着した獣のようだ。追撃を構そうにしろ、反撃してくる竜の右爪に、咄嗟に攻撃の手を止めバク転して避ける。金髪にしなる長髪を掠め、微かに切られた髪は、宙を舞う。
「切島さんの回復には少々時間がかかるはず…後はこのまま私が時間を稼げば…」
そうすれば、まだ打開するチャンスはある。
そう錯覚した麗王は、思わず全身に違和感を覚える。
「痛ッ…!?これは――…」
金箔に輝く粒が、彼女の体に所々付着している。いや…正確には小さな鱗が、麗王の体を突き刺しているのだ。よく見れば、忍装束が血に染まっていく。
「なっ…!!」
バカな――鱗は投げられていないはずだ。
それらしき動作も見当たらなければ、ただ突っ走り食らいつくだけだった…なのにどうして…?一体いつから?
だが、その考えも束の間――麗王は切裂に体を掴まれてしまう。
「ぐッ――?!しまッ…」
「ガァルルルァァア!!」
大きな体で、両手で麗王を捕まえた切裂は、そのまま体を握り潰そうと、力を込める。ぎゅううぅと締め付ける嫌な音が鮮明に聞こえ、表情を歪ませる麗王は、歯をくいしばる。
このままでは非常にマズイ…体に付着した鱗が押し込まれるように、血肉の中に入っていく裂傷な痛みを味わう。
「ゴルァアァ!!ガアァァァァ!!!」
このままでは意識ごと持っていかれそうになる。
味わったことのない痛みに、肉が、血が、骨が、体の全てが悲鳴を上げる。
(マズイ…!このま、ま……では……)
思わず、体の筋肉が言うことを聞かなくなる。
このまま…押し潰されてしまう……
――私は……
『ねぇねぇ、お姉様!一緒にお花のかんむりを作りましょ?』
『初めまして麗王様!今日から私がボディーガードとして、一族から派遣された銀嶺です、妹様も、宜しく御願いします!』
『お姉様!大丈夫?立てる?転んじゃったの…?痛い?』
『私は、ずっと麗王様の味方ですから。もし、危険とあれば必ずや貴女様を守ります』
『お姉様!一緒に立派な忍になろうね!!』
『妹のことを思って自分を責められる君は、ヒーローにも負けない、立派な忍だ。もう大丈夫、私がいるよ――』
彼女の脳裏に浮かぶのは、愛おしかった記憶。
一つ一つが、かけがえのないページで、忘れられない思い出。
姉の自分とは違い、何もかもが優秀で才能に満ち溢れた妹。
忍家系にして、代々麗王財閥家を守り続けた一族の末裔である親友の銀嶺。
そして、私と銀と、妹と3人で遊ぶ光景は、とても穏やかで幸せで…何もかもが満ち足りていたあの頃。あのままずっと平穏に暮らせたなら、どれだけ幸せで、どれだけ悲しまなかったか。
――どれだけ、あのままでいて欲しいと切実に願ったことか。
でも、そんな平和は続くはずがない。
平和のない世界など存在しないように、形あるものが必ず壊れるように、人が変わるように、あの日常は簡単に、呆気なく、血みどろにして壊れたのだから。
妹が、私のお父様とお母様を殺さなければ、永遠に幸せな平和が続いていたのに。剰え、銀嶺の父と母にすら手を掛けた彼女は、もう私の妹ではないだろう。
それなのに…もう、大切な妹でも何でもないのに……なんで、こんな時に限って……
走馬灯。
己の死を突き付けられた時に、人は数少ない確率で走馬灯、パノラマ記憶を体験する。
基本的に17〜21歳未満で起こる現象である。
唐突な死…とまでは行かないが、今見えたと言うことは、無意識に無自覚に、自分の死を直前に認めてしまったのだろう。脳や自分の意識内では違っても、本能が告げてるらしい。
私は…なんの、為に……!!
そうだ、何の為に忍になったんだ。
あの時言ってもらったじゃないか…オールマイトに。自分が殻に閉じこもり、塞ぎ込んで、引きこもりになって、現実から目を背き、心に余裕がなくなった私に、優しくしてくれたじゃないか。
神ノ区の時だって、一体どれ程の苦痛を浴びせられようと、それでも他が為に拳を突き上げて来たじゃないか。
平和の象徴として、立ち続け、勝ち続け、守り続け、皆を笑顔にさせてくれた。
そんなオールマイトがいなくなった、穴を埋める。
心を助けてくれた彼の気持ちにも、あの時の恩を返す為にも、仲間や皆んなの為にも――今此処で負けてはいけないのだ。
「離しやがれえええぇぇええぇ――!!!」
竜にも負けない、熱のこもった雄叫びが、意識を呼び覚ます。力を入れてた腕が緩んだのか、激痛が軽くなり、切裂は麗王から切島の方角へと意識を向ける。
烈怒頼雄斗の体力が戻ったのか、再び安無嶺禍武瑠の状態に戻し、猪突猛進の如く突っ込んでいく。
さっきと同じなのに…それでも、切島は諦めない。
足に力を入れると、地面に亀裂が生じる。そのまま踏ん張った脚力を利用し、高く飛びかかる。
硬い拳を握りしめ、そのまま拳を翳して
「何でなんだよぉ!!!」
真っ直ぐそのまま
「そんなに強え個性が、俺よりもずっと強い個性もってんならさぁ!!なんで――」
熱い魂の底から叫びながら
「ヒーローにならなかったんだよ!!!」
拳を突き出し、顔面を殴打する。
硬化したとはいえ、安無嶺禍武瑠という最骨頂の硬化に高めても、皮膚が切られ、肉が露わになり、骨に痛みが伝わる。
ズキズキと血が流れると共に発症する痛みは、何度味わっても慣れないもので、硬化してなお痛みを味わうというのは、大阪での敵対時だけだろう。
もし、切裂竜燐が誰かに声をかけられたら。
もし、治崎ではない誰かが救いの手を差し伸べたら。
もし、ヒーローや周りの人間が彼に気付いてあげたら。
もし、切島のように懐の広い、心が優しい少年だったら。
もし、そんな孤独な彼を別の誰かが理解してくれたら。
凡ゆる〝もしも〟の可能性が湧いてくる。
その〝もしも〟が叶えていれば、彼も八斎會の一員にならずに済んだのに。彼の心だって、存在だって救われたのに。
個性という概念そのものが、超人社会が、彼を苦しめた。
「ガゥッ――ハ…!!」
どれだけ皮膚が割れようと、痛みが走ろうと、その拳を止めない限り、諦めない限り、折れることはない。
強くてカッコよくて、理想とするヒーロー像は、決して折れない人間だ。
切島の拳に応えたのか、彼の漢気溢れる魂の叫びに心が折れたのか、ドス黒くて獰猛化した瞳に、小さな白い光が生じた。
もし、治崎ではなく切島鋭児郎のような人間と出会ってたら、きっと……
掴んでた麗王の手を離してしまい、切島の勢いを乗せた拳が炸裂し、体のバランスが不安定になり、蹌踉めく。
「感謝します――切島さん…いいえ、烈怒頼雄斗!!」
麗王は彼に一目見やり、短く感謝を告げると
秘伝忍法――【ライトニングブレード】!!
光輝くレーザーブレードを強く握り締め、自身の持てる力全てを振り絞るように、巨大な白く光り輝く剣が、振り下ろされた。
前書きにて一章に一回は必ず、漆月の愚痴的なものを呟きます。
漆月「私の出番無さすぎ〜。これでもこの作品が成り立ってんの私なんですけど〜?だって私が原因で忍供が動いたんだよ?
えっ?たかが敵に存在を言いふらしただけでこうにもなるかって?分かってないね、私は敵に存在こそ吹き込みはしたけど、それだけで大事になる訳ないっしょ!上層部の言葉って便利でしょ?心にも思ってない言葉を並べるだけで、お前らのような能無しは簡単に騙されるんだからさ♪あっ…すみません……汚い言葉を並べてしまって…グスッ……そうですよね……そもそも最初っからそうやって始まったと認識さえしてしまえば…皆は疑いがなくなってしまいますもんね……怖いですね…言葉って…地位も名誉もある、上という存在の発言は、無意識に説得してしまうのですから……」