光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

205 / 253


タイトルが物騒





204話「化け物は死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「焔あぁぁぁ!!」

 

 

 落ちてく焔に、四人は必死に手を差し伸ばすも、虚空を切るように届かない。

 床が抜け落ちていく感覚を味わう焔は、この状況を打破するべく体に力を入れるものの――

 

(ッ!?何だこいつ…!!力が…!)

 

 腕に力を入れて、彼女の腕から脱しようと試みるも、その焔の筋力を封じるように、少女は彼女の脱出を許さない。

 つまり、この美怜という少女は焔を拘束できる程に力があるという事だ。

 見た目は細くて気弱な少女なのに、意外にもタフな体質に正直其方に驚きが優ってしまいそうだ。

 

「動かないで、それにしても意外と力があるのね…貴女」

 

「お前に言われたくない!!」

 

 動けば動く度、少女の腕に力が入りより締め付けられる。焔の必死な抵抗に、少女は冷笑を浮かべるのだから、本当に得体が知れなさすぎる。

 彼女の行動には突っ込みたいところはあるが、美怜としては単に自分の欲求に動いてるだけである。

 家から出て行って欲しいのも、話を聞いて知識や研究を行うのも、全部彼女が「そうしたいから」という欲望に従い動いてるまで。

 だから春花の言葉には反論はしなかったし、寧ろ自分達の家なのだから他人に言われる権利はないとさえ思っている。

 

 そうこうしてるのも束の間に、焔と美怜はそのまま地面に落ちていく。

 地面に直結していくも、痛みはない。寧ろ柔らかい感触が跳ね返り、衝撃を緩和してくれたようだ。

 

「…ここ、は…」

 

「薬品の匂いがするでしょう?一応、寝心地は良いのだけれどね」

 

 白いカーテン、木製のタンスには薬品らしき容器、そして自分達のクッション代わりとなってくれたベッド。周りを見渡す限り、ここは保健室だろう。

 他にも幾つかベッドがあるのを見た限り、間違いではなさそうだ。

 

「仲間たちは…」

 

「手は出してないわ、安心なさい……ま、ベルゼ兄さんと遭遇さえしなければの話だけど。仲間たちには悪いけれど、貴女とだけお話ししたいの。あの子たちも興味深い研究対象ではあるけど、指揮取る棟梁の貴女との対話が、一番効率が良いと思って敢えて一対一の状況に作り上げたの」

 

 仲間たちからの質問攻めも考えれば、相手にどの情報を与えて良いのか、メリットとデメリットを選別しなければならないし、また話が上手く進まなくなるという予想と仮説を立て、筆頭である焔とのワンツーマンの会話であれば、効率よく進めるからだ。

 そしてその予想は現実となり、実際に焔の仲間は個性的な一面もあり、美怜の求める質問にほど遠く、話が脱線してしまう可能性も極めて高い。そう考えると、美怜は出会って少ない短期間で相手を相当に観察し、考察してると断言できる。

 

「……さっきのもそうだが、今までの罠も…お前達の仕業か?」

 

「質問に対する答えの続きと行こうかしら。ええ、そうよ――私達…と言うより、私が罠を起動させたのだけれどね」

 

 やっぱりか…そう焔は心の中で愚痴を吐く。

 ベルゼや知能の低い妖魔が、こんな高密度な罠を起動させてるとは思えない。

 可能であるのならば、頭の回転も知性が高い美怜がするのは必然と当てはまるだろう。

 

「どうしてこんな事を……」

 

「初めから罠を起動するとしたら、私が家を回っても寛げないでしょう?だから貴女達が発見してほとぼりが冷めるまで罠を起動させて置こうと思ったのよ。その間に読書でもしようと思ってね……」

 

「違う、そう言う意味じゃない――何故、態々罠を作動させる必要があった?」

 

「分かり切ってる癖に…決まってるじゃない。貴女達のようなコソ泥さんを、侵入者を排除するためよ。対策は付き物でしょ?」

 

「お前のその罠が、人を殺したとしても良いと言うのか?」

 

「他人の死に、貴女達人間は何をそこまで情に熱くなるのかしらね。こうでもしないと侵入者は諦めずに進むでしょう?生半可な罠なんて、なくても変わらないもの。徹底的にするのなら、これくらいは鉄則よ」

 

 人を殺さずにと甘い言葉を垂れながら、罠と言いベルゼと言い、春花が先程話してた通り…人を殺すことに躊躇いというものがない。

 最初に殺さないのも…きっと…。

 

「成る程な…春花の言う通り、お前達は人を殺すことに躊躇いがない…と言うわけだな」

 

「ふふふ……躊躇いですって?貴女、面白い事を言うのね。躊躇だなんて人間的な感情を問うなんて…。

 ……警告をしたにも関わらず、コソ泥さん達がノコノコと土足で家を荒らすのなら、私達も手段を選ばないし、それで死んだとしても私達にどうしろと言うのかしら?尤も、こんな罠で殺される人間がいるのなら、ベルゼ兄さんに挑んでも勝ち目なんて無いと思うけれど」

 

 美怜にとって罠とベルゼ兄さんに比べたら、圧倒的にベルゼ兄さんの方が上なのだろう。いや、当然か…いくら一般人を簡単に殺し、忍でも傷を負わざるをえないような絡繰仕掛けの罠だったとして、この家の所有地であるこの兄妹が自分の罠で死に至るなど、考え難い。

 そういう点では、罠で殺されてしまう忍が、ベルゼという妖魔を倒すことなど不可能に近いだろう。

 

(美怜……やはりコイツ、厄介な相手だな……まるで日影のように、蛇や昆虫の如く心という概念がないような……今まで沢山の人間を見てきた中、こういう論理的な奴は初めて遭遇する…)

 

 感情や心がないという点では、彼女は忍としては才があると思う。人を殺す、或いは傷つけるというのはどの人間であれど、多少躊躇いや加減をしてしまうようになっている。

 非情になりきるという点や、焔を始めた悪忍は他者を傷つける事に何とも思わないものの、それはあくまで忍務に過ぎない。

 脅かす敵という存在だって、余程のイレギュラーを除けば慢心や躊躇、無意識にブレーキを掛けてしまうもの。美怜には其れが無い。

 論理と理屈、そして根拠を元に明確にしているからこそ、其れが成せる。

 彼女にとって、道徳など誰かが作ったモノでしかないのだから。

 

「ではなぜ、あの時侵入者と判断した途端に殺さなかった?お前はたしかに現実的で理屈が通じてる……だがお前は人を殺す癖に、見逃したりこうして私と会話して殺さない辺り……お前の考えが読めない」

 

「あら?殺されて欲しかったの?それなら首を吊るなり黙ってベルゼ兄さんに嬲り殺されるなりすれば良かったのにね」

 

「お前…!!」

 

「……冗談よ。私が人を殺さないというのは、貴女達に選択肢を与えてるだけ。幾ら悪気がなかったと言えど、黙って帰ってくれるなら態々殺さなくても良いし、それに知らずに迷い込んだ人間を殺してしまえば、怨みを買われて此方の巣を荒らされてしまう方が後味も悪いし、結果的に私たちに非がある事になる……争いを避けるためにも、このように無益な殺生は働かないこと。ベルゼ兄さんにもお願いしてるわ」

 

 一般人など、偶に不良と呼ばれる連中が好奇心や軽い気持ちで足を踏み入れてしまうケースは多少あり、そう言った敵意も何もない人間は自分達を見て化け物だと吠えるが、非力な人間にはベルゼに敵うはずもなく、妖魔の兄であるベルゼはそう言った人間を出口まで追い返しすのだ。暴力的ではなく、親切に。

 そう言った点では他の妖魔と比べて温厚ではあるし、其処に悪意もないと思う。

 

「それに…人を殺す事によってメリットやデメリットが生じる。これは尤も大事――例えば…私たちに何の利益もなく、ただ家を荒らし話も聞かずに殺そうとする人間には、到底メリットがない。対話すら望んでくれない人間にはどう足掻いても死ぬまで止まらない…なら、そう言った人間はベルゼ兄さんが勝手にやってくれる。

 逆に貴女達焔を含め、対話が可能で有益な情報が出に入るのであれば、殺すより生かした方が此方もメリットがある…自分から有益な事を潰すなんて、考えなしの人間がする愚行よ」

 

 人は死んでしまえば元には戻らない。

 戻らなければ口を開くこともなく、屍と化して二度と口は開かない。死人に口なしとはこの事。

 だがそのお陰で焔達は生かされてるし、美怜にとって外の情報を聞き出せたのは、これまでにないメリットだ。随分と皮肉が効いている。

 今までは捕まえた忍から言語を教えてもらったり、多少の知識を得た程度。尤も…忍が情報を売らない代わりに、美怜は違う情報を引き出しては、成長していったのはいうまでもなく。

 因みに勝手にやってくれるというのは、ベルゼ兄さん本人の意思であり、妹を危険な目に遭わさない為に自ら体を張って侵入者を排除している。なので、美怜の意思は関係ない。

 そう言った意味では、ベルゼという妖魔はかなり異端だ。家族愛が強く、妹をとても大切にしているのだと直に分かる。

 

「……お前は、ちゃんとしてるんだな」

 

「生きる為にはこれくらい当然でしょう…。その中で尤も貴重なのは情報よ――この世に生きる人間の殆どは情報という知識によって生かされてる。他愛ない情報や文化、言語や作法、文字や絵など全ては、情報によって具現化されたもの。其れを如何にどう上手く利用し、身を守り、駆使して生きるか……でなければ、淘汰されるのは知恵を持たない弱者の方。生きるには、知識を搾取するのよ」

 

 どれだけ力があろうと、知恵がなければ宝の持ち腐れ。自身の力をどう使えば良いのか知らない人間は、持っていたとして価値が見出せない。

 生と死の間における判断、生きる為に何が必要か、何から何まで知識というものが自分達の味方になってくれる。美怜はそれを痛感するほど知っている。

 知的な少女だからこそなのか、凡ゆる侵入者を前に殺されず、生き延びれた訳だ。

 焔自身、ここまで倫理的な相手は生まれて初めて見る。焔もそれなりに生きるという美徳は心得ているが、ここまで対話したのは初めてかもしれない。その美怜の言葉に、自身も何処か納得できる部分もあれば、共感できるのもある。

 だからこそ、焔は何も言わないし、否定する気は毛頭ない。

 

「まぁ、それに…貴女達は私を見ても危害を加えようとしなかったし……」

 

「?何か言ったか?」

 

「何でもないわ、気にしないで」

 

 小さな声が聞き取れない焔を、美怜は流す。

 

「…そういえば聞きそびれてたが、お前…情報を引き出すとかどうの言ってたな?それも、お前達が殺した忍からか?」

 

「ええ、試しに捕虜として捕まえて情報を引き出そうとしたの。けど…忍という侵入者は直ぐに暴れるし危険だからってベルゼ兄さんが元々この家にあった檻に入れて、拷問させてたわね」

 

「拷問…ッ!」

 

 

 

「ああ、勘違いしないで。ベルゼ兄さんとて無害になったりいう事を聞けば逃してあげるとも約束した。でも…皆んなせっかちなのかしらね、それともプライドが高いのかしら?私を見ても殆ど殺そうとする輩が多くてね、ベルゼ兄さんの力加減も難しいし、簡単に始末されたわ。

 ………兄さん曰く人間は昔妖魔を作る際に、こういうことをしてたって言ってたわ。その風習が遺伝子に刻まれてるのか、或いは知識があったのか、本能によって従ってるのか、何故かそうするようにしてる。私は拷問なんて趣味はないし、聞いてても耳障りだったからやめてと言ったんだけどね」

 

 慈悲的な意味ではなく、単に迷惑だからという辺りが冷血だなと思った。

 拷問とは言っても痛めつけるのを趣味としてではなく、美怜の質問に答えるか否か…元々自分達を傷付けようとした人間を殺そうとしてたのを、美怜がせめて知識だけでもと縋る結果、ベルゼと美怜の考えが混ざり合い、こう言った形になったそうだ。

 拷問にしても、道具で痛めつける訳ではなくベルゼ自身が執行するそうで、拷問にかけられる人間の大半が元々ベルゼが殺そうとした忍だったので、まだ殺されず情報さえ吐いていれば、無害であれば、いくらでも生還できたという事。

 一見拷問という悪趣味なワードで騙されがちだが、これは同時に救い…チャンスを与えられていたという訳だ。

 

「……妖魔を作る、か。ベルゼはそうやって拷問した忍の血を集めて妖魔を生み出してるのか?」

 

「研究資料ではそう書かれてたけど、間違いではなさそうね。別にそんなことしなくても妖魔を生み出すことは出来るけど…」

 

「…何?」

 

「あら、もしかして知らないのかしら?外の世界で妖魔は敵だ殺せと言ってるくせに?ふふ…あのね、妖魔は自分達で同類を増やせれるわよ?」

 

「…ッ!?」

 

 何…だと?

 どういう事だ――今の言葉で思考がフリーズする。

 妖魔とは、忍の血が集まることによって生まれる膿のような存在。そう鈴音先生から聞いたし、カグラの多くもそれで犠牲となっている。

 なのに、妖魔が妖魔を生み出してる?繁殖か?いや、そんな事聞いたこともないし、出来るとするのなら鈴音先生も最初にそう言ってるだろう。

 

「妖魔達だって、人間がいなくても互いに態と血を流させて溜まった血から妖魔を生み出してるの。この目でちゃんと見たし、生まれた妖魔は凶暴でもなく純粋だったわよ?

 だから私、考えたの――貴女達の言う害を与える妖魔とは、人間の血によって生まれた妖魔の個体か、妖魔同士によって生まれた妖魔か…環境や状況、生まれた経緯によって原因があるのかとね…あくまで仮説だから立証も難しければ根拠も弱いし、実際にそうだとは言わないけれど、可能性はある。貴女がそれを知らない限りだと、人間の血によって生まれた妖魔がベースではなくて?

 貴女がさっき言ってた通り、心当たりはあるのでしょう?」

 

 これはとんでもない情報を掴まえた。

 美怜は情報は命とも言うべき程に世に必要と言ってたが、正にその通り――妖魔が妖魔を生むというのであれば、どんどん被害が広がるばかり。

 それに人口妖魔を作り出した伊佐奈とも面識がある。伊佐奈だけでなく、道元も怨楼血を始めた妖魔を作り出し、政府や軍に売り払おうとしていた野望もあったのだから。

 尤も、その道元のせいで自分は抜忍となり、伊佐奈のせいで旋風を始めた若き忍の芽を摘まれ、雅緋達を苦しめた。

 

「……ねぇ、今度は私が質問して良い?さっき貴女達は壁画を見つめていたけど、何か知っているの?」

 

 今度は美怜が質問を尋ねてきた。

 彼女の口調からして、壁画を見つめていた焔達に疑問と興味を抱いたのだろう、彼女が態々質問するのは何かしら理由があるのだろうか、答えることにする。

 

「いや……私も初めてあの絵を見た。但し…怨楼血は知っている。あの絵に描かれた怨楼血……最初はただの歴史的な絵画かと思った。だけど、怨楼血という妖魔を見て見解した――これは普通の歴史ではないと」

 

「おろち…?怨楼血、そう…日本神話に纏わる妖怪…大蛇のことね。そこまで怨楼血という妖魔に執着する辺り、何か訳ありなのかしら?」

 

「訳も何も――怨楼血には散々な目にあった!!道元によって超秘伝忍法書を悪用されては召喚され、危うく仲間達や蛇女も崩壊されるところだった!!お陰で私達は抜忍になったわけだしな」

 

 焔の異様な圧の声に、美怜は不思議そうに目を丸くする。

 カッとなった焔の心境は無理はないにせよ、流石に美怜には強く当たれない。

 

「……貴女、とても感情的になりやすいのね」

 

「悪いか…いや、済まない。流石にお前にキツく言っても変わらないしな…熱くなりすぎた」

 

「いいえ、人間らしくて素敵だわ。それが貴女であって、想いに熱意と情熱を携わる貴女は、私にはないものを持っている。それだけ感情的になるという事は……因縁があるのね。成る程、それなら貴女が妖魔を敵視するのも、少しは理解出来たわ」

 

「少しか…いや、まぁ良い。私は怨楼血という事しか知らんし、それ以外は本当に何も知らん。お前は何か知ってるのか?」

 

「流石の私もこればかりはどうにも…生まれた時からあったものだけど、何を意味表すのか…ただ、ベルゼ兄さん曰く特に8枚の大きな絵は、神魔を意味表すと言っていたわ。

 他にも神魔という絵は複数あって、それらは全て自分たちよりも遥か上…とも言ってたけど」

 

 神魔?

 聞いたこともない…やはり、此処は自分たちの知らない情報が溢れているようだ。

 神魔についても気になる…何というか、此処にきてから疑問ばかり抱いてる気がする。

 考えるよりも体で動くタイプの焔にしては、もう此処のところ頭が働きっぱなしである。いや、美怜が余りにもストイックに物事を進めたり知的で話すのも多かったりと、兎に角情報を頭に殴るように叩き込まれてるのだ。

 

「…っと、今回のことを踏まえた上で貴女の疑問はある程度答えたつもりだけど、他には用はあるかしら?私も特に聞きたいことはないし…」

 

「ああ、最後に一つだけ…お前は本当に妖魔なのか?ベルゼとお前からは匂いが違う。私は鼻が人とは少し違い特化しててな、気配や強さには敏感なんだ」

 

「……貴女がそこまで拘るのなら、やはりそうなのね」

 

「…?」

 

 首を傾げる焔に、美怜は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて口を開いて断言した。

 

 

 

 

 

「この私…美怜は、貴女達と同じ忍である可能性が極めて高い――」

 

 

 

 

「なっ――」

 

 美怜の単刀直入に言う淡々とした真実に、絶句する。

 先ほどまで自分を妖魔だと謳ってた少女は、突如忍だという可能性を示唆する。

 

「焔、貴女がなぜ嗅覚という五感に特化してるのかは不明だけど…ベルゼ兄さんと私の匂いが違うと言い、人間の形や容姿をした私と異形な姿をした兄さん。似つかない上に知能も違う辺り、薄々と勘付いてはいたけど、やはり私とベルゼ兄さんは違う種…妹である私は忍で、ベルゼ兄さんは妖魔に当たるのね」

 

 彼女が何を根拠に、何を想い、忍であると言い出したかは分からない。

 薄々と勘付いてたと言う辺り、美怜は前々からベルゼとは違う存在である事を察していたのだろう。知的で利口な彼女なら、あり得なくはない。

 ただ少なくとも、認めたくなかったのか…或いは根拠が足らなかったのか…何にせよ、美怜が只の人間ではなく忍であると言うことは、大きな情報だ。

 ……不思議なものだ。

 忍とは妖魔と敵対する存在であり、況してや忍は妖魔を滅ぼす為に存在している。一方で妖魔は忍の天敵であり、唯一抗える存在。

 その相反する分かち合えない存在が、兄妹として生きており、妖魔にも懐かれてると言うのは、洗脳でもない限り荒唐無稽にも思えるような内容だ。

 

「……始めに聞いたときは妖魔だと答えたのにか?」

 

「貴女達が忍でありベルゼ兄さんに対抗できた。それなりに身体能力も高く、更には特殊能力…例えば貴女みたいに火を扱ったりね、そう言った人間を見て自分に近いと思ったのよ。いいえ、寧ろ確信にまで至ったわ。

 そして忍が使う特殊能力を、忍術と言うのでしょう?」

 

「なら…お前はどうする?忍なら、お前は…」

 

「……私は、兄さんと一緒に暮らすわ。ここは、私とベルゼ兄さんの棲家――立場や種が違えど、家族であることは変わらない。変わろうと思わない…」

 

 お前は、私たちと此処を出るか?

 そう言いかけた言葉を喉に引き止めながら、美怜の言葉を真に受ける。

 

「外の世界はとても魅力的で、追求しようとも思うけれど…あいにく、兄さんとの約束でね。外は危険だから出るなって言われてるの」

 

 外の世界は危険だと言う認識を植え付けられた美怜は、兄の言う通りにして家に留まっている。

 現に忍という輩が自分たちを傷つけ殺そうとしてるのだから、危険なのは当たり前だ。其れに、此処は侵入者さえいなければ平穏に暮らせるし、穏やかに過ごせる以上に越したことはない。

 だから、美怜は外の世界に出れないのは残念ではあるが、それはそれで仕方がないと割り切っている。

 何より兄妹の言うことや約束は守るように心掛けてるのだ。これもまた、ベルゼと美怜の兄妹の絆を表してるのだろう。

 

「しかし……」

 

「これで要件は済んだかしら?私はそろそろ引き下がるとして…貴女も引き下がりなさい。お帰りは彼方――仲間と一緒に棲家に帰って平和に暮らしなさいな」

 

「引き下がれるわけないだろ――」

 

 美怜のクスッと微笑んだ微笑に、焔は彼女の言葉を斬り捨てる。

 此処まで来て、仲間たちと団結したのに引き返せ?冗談じゃない…此処まで来て引き下がれる訳がない。

 

「……はぁ、まだこの家に用があるの?」

 

「…悪いが仕事なんだ」

 

「コソ泥さんは口を揃えて皆んなよく言うわね、仕事だから仕方ない…って。家を荒らして殺すのを仕事なんだと言うんだもの、本当に殺されることに憤慨を持たれるのが不思議な程に。因みに言っておくけど最終警告よ、仲間たちに伝えなさい…このまま先に進んだら今度こそ絶対に殺すわよって」

 

 美怜から放たれた殺害宣告。

 出逢って間もないが、彼女の性格と言動から察して冗談ではない…本気だろう。

 これ以上先に進めば何かあるのか?

 

「この先に何かあるのか?」

 

「罠だけが待ってるわ。でもね、その罠を突破されて仕舞えば、もう貴女達を殺すトラップは意味を成さなくなる。だから、この先に進めばもう侵入者を逃さないし、排除するって言ってるの」

 

「お前……」

 

「……前にね、此処の仕掛けを突破した忍がいたの。全ての罠を掻い潜り、傷だらけの血塗れで、仲間を失って…ベルゼ兄さんがそんな忍を殺そうとした時にね、言ったの。

『もう許してくれ』『仲間も失い傷も深くて戦えない』『命だけは助けて下さい』って、泣きながら命乞いをして、土下座までしてきたわ。当時の私はね――その人の言葉を信じたの。

 

 今まで誰かを信用したことがなくて、信じることによって結果は変わったり、無益な敵対関係をしなくても済むのでは…ってね。

 実際に行方不明者が出てるというから、その情報も手に入ったことだし、だから私は許したわ。その忍を――それで、結果どうなったと思う?」

 

「……ん、待てよ?生還者か…?そう言えば一人の忍が重傷を負ってそこから……まさか――」

 

 鈴音先生が言うには上層部はその妖魔の巣について、たった一人の忍の生還者により妖魔と少女が手を繋いでると言う情報が手に入った。

 そして其処からの話では確か、大勢の忍が派遣され…

 

「今度はね、大勢の仲間を引き連れて来たのよ。一度看破された罠は難なく攻略されて傷を付けることかなわず、何も意味を成さず、ベルゼ兄さんが迎える前に直ぐに来てしまったわ…。

 然も皆んな優先的に私を狙って殺そうとするの。私の容姿が人間なのと弱そうに見えたのかしらね、泣いて命乞いしてた忍は、勝ち誇った笑みで、皆んなこう言ってたわ…

 

 

『化け物は死ね』『化け物は死ね!』『化け物は死ね!!』皆んな口を揃えて武器を降りかかって来たわ。それが兄さんの逆鱗に触れることを知らずにね……誰一人骨も残らず死んだわ」

 

 その真実に、焔は心臓が突き刺さるほどに痛感する。

 信じた人に裏切られ、殺される――その経験を通した焔と美怜が重なると、他人事とは思えなくなり、過去の自分を沸騰とさせてしまう。

 

『もしかして君…僕に恋をしたりして?』

 

 小路というたった一人の下衆な悪忍によって、信じてた人に裏切られ人生を狂わされた焔。

 命乞いをする忍に何とか信じて許した結果、裏切られて殺されかけた美怜。

 

 ……少女は、感情表現や心情に疎いものの、きっと美怜も大きな憤慨を煮えたぎらせただろう。

 ベルゼが多少忍に嫌悪するのも、何となく理解した。

 

 …どんな気持ちだったのだろう、裏切られてしまった少女は。

 美怜はきっと、根は悪いやつではないんだ。

 同じく…自分や詠、日影、未来、春花と同じように、陽に当てれずに日陰でしか生きることが出来なくなってしまったのか。

 そう考えると、本当に何方が悪なのか…分からなくなってしまう。

 

「それでも焔、貴女は他の連中とは違うわ。

 此処まで会話が出来たのも、有意義な時間を過ごせれたのも…これだって一応感謝してるもの。

 私の言葉を踏まえた上で、もう一度深く考えなさい――後悔のない自分の正しいと思う選択を。

 それを終えて、何方に転がると言うのなら、運命に従うまで…。私は帰るから、貴女もそろそろ仲間たちと遭遇したら?あっちの出口から行けば仲間たちと合流できるはず」

 

 美怜は人差し指を向けて焔に丁寧に説明しながら、焔の返事も待たず「じゃあね」と言い闇夜へと消えて行く。

 

 

 

「……信じた結果、裏切られた…か。はは、まるで昔の私だな」

 

 一度は小路、二度目は道元。

 此処まで他者に利用され、裏切られた焔からすれば、美怜のことも他人事のように聞こえなくなる。

 

「焔ぁー!いたら返事してよー!」

「焔さーん!」

 

 何処からともなく、仲間が自分の名前を叫んでるのが聞こえて来た。距離的や声の反響的に考えて近いだろう。そう判断した焔は、一先ず仲間と合流することを先決する。

 幸い、ベルゼ妖魔に遭遇しなくて良かった…もし四人があの妖魔に遭遇してたら、生存率は急激に下がるだろう。

 

 仲間の無事に安堵の息を吐きながら、焔は駆け足で仲間たちの元へ合流を果たす。

 

 

 

 

 

 信じた結果、裏切られた二人の運命はや如何に…??

 

 

 

 

 

 

 






  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。