光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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???「ねぇ雲雀様ぁ、その眼いらないならさぁ…私に頂戴よ!!ねぇ雲雀様、遊ぼうよぉ!!
アンタが本当に次期当主の華眼使いならさぁ、アタシのことなんてサクッとやっつけちゃえるよねぇ!?」

なんか、作者のドストライクな子がいてびっくりした。
こりゃ強いわ←



219話「柳生と雲雀と、邪見心傷」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泥のように粘り付くような泥沼に少女が一人、その場に立ち尽くしていた。

 払っても拭っても消えることのない汚泥の塊の人形が、暗闇の中で罵声を浴びせてくる。

 

『亡くなった妹君のために強くなると豪語しておきながら、誰も守れず何も守れず…全く、とんだ失笑ものよ。妹君もこんな姉を持ってさぞあの世で嘆いてるだろうに』

 

 軈て黒の泥人形は次第に形を創り出し、汚い声で泥を付けるように、一人の少女、柳生を嘲り笑う。

 

「違う…黙れ!」

 

 そんな彼の言葉など聞かなくても良い、言葉で惑わそうとする下劣な男に、柳生は番傘で暗闇の泥人形を切り裂く。

 切り裂かれた人形は簡単に真っ二つになり、暗闇の泥沼に落ちたと思えば、ドロリと跡形もなく原型を残すこともなく崩れては消えてゆく。

 

『よっぽど雲雀という少女に過激な好意を見せてるようだが……そうまでして、妹の代わりが大事か』

 

 次に背後から、呆れるように人の形をした泥人形の言葉が、柳生の心を深く抉る。

 違う、そんなつもりじゃ、言葉が喉に引っかかるも、自分が自分で妙に反論できなくなってしまう。

 

『そうだよな。お前は結局悲しみと穴の空いた心を埋めるがために、雲雀くんという妹に似てるだけな理由で彼女を溺愛し、妹の代用とし、結果としてそれが傍迷惑なことさえ気が付かず、お前は欲望と身勝手な経緯で彼女を守ってるだけだもんな』

 

「黙れええぇぇぇええぇぇ!!!!」

 

 否定の言葉とは違う、拒絶を引き起こす絶叫に、喉を震わせながら、縦横無尽に汚泥の塊を叩きつけるように振り払う。

 違う、妹の代用品ではないという事実よりも、この男の言葉が鬱陶しく、耳にするだけで頭が張り裂けそうな程の声に、乱暴に、自分を打ちのめすように泥沼から生えてくる不気味な人形を斃して行く。

 

『雨の日に初めて妹に似た雲雀くんを見てどんな気分だった?蛇女や敵連合に拉致された時はさぞ自分の弱さに打ちのめされただろう?

 彼女と一緒に居れた幸せは妹を忘れる事が出来ただろう?』

 

 其れでも、現実逃避をしても、真実からは逃れられない。

 妹を亡くし、代わりに雲雀という望に似た彼女と出逢い、自然と惹かれてしまった自分は、何も反論できない。

 

 全て真実だから――何も言い返すことも、否定する資格もない。

 

 だってそうだろう?

 今まで望の為に忍になり、日々精進していた自分は、あの交通事故を境に心の半分が死んでしまったのだ。

 だからその悲しみを忘れない為に、眼帯をした。四季からは鬼ノ眼と呼ばれる瞳術を取得したが、そんな物の為ではないというのは、当の本人がよく理解している。

 

 それでも…目の前に、雲雀という望に似た少女が目の前に立っていた。

 

 あの時――入学式の雨の日に、雲雀という少女と出逢ってしまったから、いつの日か少しずつ笑うようになり、そして…雲雀と一緒にいることに、幸せを感じたのだ。

 

 それ以降からは、コイツの言う通りだ。

 

 雨の日に雲雀と出逢ったことで望に対する死の悲しみが薄れ行き、幸せを感じてきた。

 蛇女の春花の罠に転校され、敵連合にはMr.コンプレスに拉致され、二回も彼女を失った時は、怒りで我を忘れそうになった。でもそれは何よりも、自分が弱くて不甲斐なかったから。

 そして…いつも側で自分を慕ってくれた雲雀に、自分は幸せになってしまい、その心地良さに妹の死を忘れてしまったから。

 

「巫山戯るな!俺は望のことなんか1日たりとも忘れたことだって…!!」

 

 そして、憎いコイツを…邪見心傷を切り捨てた時――今度は鼻にツンとした鉄の匂いが上り詰め、同時に目を大きく見開く。

 

「は…っ?」

 

「酷いよ…お姉ちゃん……」

 

 それは確かに、邪見心傷ではなく…交通事故で亡くなった、妹の望だった。

 虚ろな目と口の端から血を零しながら、助けを求める手を伸ばしながら、地に伏せ泥沼に消えゆく妹に、柳生は嘘だと首を横に震わせながら、必死に手を伸ばすと、ベチャリと其れは泥となり、柳生の手が汚れてしまう。よく見ると、その黒い泥沼は、血の沼となり、べったりと柳生の手は真っ赤な血に染まる。

 

「あ、あぁ…」

 

「酷いよ柳生ちゃん…」

 

 次に放たれた言葉は、聞き覚えのある声だった。

 

「雲雀もそうやって、切り捨てるの?」

 

 其れは、最初に罵声を浴びせてきた邪見を切り捨てたはずだった泥沼が、雲雀の形をしていた。

 望と同じく口から血反吐を吐き、綺麗な華眼は真っ赤な血に染まり、軈て目は潰れるように真っ黒に染まり、穢れて行く。

 

「ち、違う俺は…!!!」

 

「違わないさ。そうやってお前は自分の気に入った人間を単なる代用品とし、傷付けられれば怒り荒ぶり、そして死んだ事に悲しみを持っては幸せを感じて哀しみを忘れての悪循環…お前は、幸せになっちゃいけない人種なのさ」

 

 そうして今度こそ、邪見と呼ばれる男が面白そうに笑いながら、柳生を蔑む。

 

「そんな自分がどうしようもなく嫌ならば、妹を忘れてしまった事に対し、償いたいのなら…お前の持つその武器で、自分の心目掛けて貫ければ楽になれるぞ」

 

 そうして男は、自分の手で胸を軽く叩く。

 それが心だと言わんばかりの動作は、心臓を目掛けて射貫けとジェスチャーで訴える。

 

「お前の人生なんて、氷のように冷たく、生きてたって良いことなんざ起きないさ。同時にお前はよく頑張ったよ…安心して楽になれば良い」

 

 何故かその男の言葉に、今度は拒否反応が起きなかった。

 其れこそ、望に対する償いだと思えば…自然と抵抗もなく楽に行えた。

 

 番傘を自分の心臓部分に当てた時――

 

 

「柳生ちゃん!助けに来たよ――!!」

 

 

 暗闇と血の汚泥の沼に囚われた少女に、一筋の希望の光が差し込んで行く。其れは救いでもあり、目のハイライトが消えていた柳生の瞳から生気が宿り、悪意を囁いていた邪見も、死骸となり少女の心を惑わしてた雲雀と望と思わしき泥沼の人形も、霧散して消えて行く。

 

 

 

 

 

「ひ、ばり?」

 

 心の傷…邪悪な眼に囚われてた柳生は、我に返り、助けに来てくれた雲雀に振り向く。

 どうして…?確か飛鳥達と一緒に奈楽とかぐらと呼ばれる少女を安全に隔離させるよう避難誘導をしていたはず…

 

「一緒に逃げろみたいなこと言われたけど、やって来ちゃった!」

 

 悪そびれた様子もなく元気いっぱいに声を張り上げる雲雀の笑顔には、先ほどの虚ろに塗れた顔とは比べ物にならない程に、輝いていた。

 

「どう、して…」

 

「其れはね、柳生ちゃんのことが心配で…」

 

「違う!どうして俺を助け…いや、俺は飛鳥達と一緒に逃げろと言ったはず…なのに…何よりも俺は雲雀を危険な目に遭わせたくないだけなのに…!!何で来たんだ…!?」

 

「柳生ちゃん…あのね、雲雀のことを大事にしてくれるのも、奈楽ちゃん達を安全に逃がすために、一人で食い止めようって言う気持ちは凄く嬉しいんだよ?でもね、雲雀はちゃんと闘えるし、何よりも柳生ちゃんが危険な目に遭ってたら放っておけないよ!だって、仲間でしょ?」

 

「そうじゃない…!オレなんかを…助けなくたって…」

 

 望の代用品にしてたという微かな気持ちが、その真実が、罪悪感として柳生の心を押しつぶすように圧を掛ける。

 そしてその言葉に初めて

 

「どうしてそんな事を言うの!?雲雀はただ純粋に、柳生ちゃんのことを心配してるだけなのに!!

 ううん、それだけじゃない。柳生ちゃんだって雲雀のことをいつも心配してるでしょ?それと同じように、雲雀も柳生ちゃんの事が大切なんだよ!?」

 

 怒りにも似た感情が、声として乗り、怒号を飛ばす。

 大事にしてくれるからこそ、それが嬉しくもあり彼女の優しさなんだと。

 自分だけが守られてばかりじゃなく、自分でも誰かを守れるような人間になるのだと。

 柳生は其れを、否定しようとしたのだ。

 何時迄も泣き虫で弱い雲雀ではない、蛇女や月閃との学炎祭に、神野区を通して雲雀の心は強くなる。

 

「雲雀だって…俺が強いことを信じてないから…信じれないから、来たんだろ…?俺一人、こんな奴を相手に…」

 

「柳生ちゃんが強いのは分かってるし、今も信じてるよ!!でも…相手は今まで雲雀達が戦って来たのは忍学生や敵連合の人達で、それ以上に外には危険な忍だっているんだよ?」

 

 雲雀の言葉は尤もだ。

 外の世界…つまり、忍学校を卒業、または上層部から処罰を受けても尚、生き延びてる抜忍も存在する世の中、決して学生レベルで上忍以上と渡り合うのは、忍学生による抗争の比ではない。

 抜忍狩の黒佐波もその一人であり、そして彼以上に危険な忍も存在する。

 

「それでも…いや、其れを含めて俺は……」

 

「ゴチャゴチャ煩ェぞテメェらああぁぁぁ!!!」

 

 雲雀を守る――そう言葉を告げようとした矢先、忌々しい声を荒げた邪見が、瓦礫から復活する。

 仮面から見える一つの覗き穴とも呼べる邪眼の目は、既に充血しており、柳生の鬼ノ眼に近い見た目をしていた。

 

「バカップルも大概にしろよ…!!なぁ?オイって!学生風情が随分と偉そうに邪魔してくれたな?!誰が誰を助けるって?俺らの商売カタギ、邪魔しやがってからによ…!!」

 

 苛立つ声色してから察するに、仮面越しからは只ならぬ憤慨に満ち溢れているであろう邪見は、拳を強く握りしめながら瓦礫を退かし、起き上がる。

 

「全く…とんだ厄日だ!なんだって一体、かぐらの捕獲をするが為にも奈楽が邪魔で鬱陶しければ、お前らのような何の因果関係もない餓鬼どもの忍ごっこに付き合わせなきゃいけねぇんだ?その挙げ句、仲間だの守るだの俺の前で駄弁りやがって…ここまで殺意が湧いたのは久しいよ!!」

 

 かぐらを捕獲しろと言われ、忍務に赴けばどうだ?

 奈楽が邪魔で捕獲はできない。

 半蔵学院に邪魔が入り更に追跡が難しくなり、

 その挙げ句邪魔者を消そうと思えば蛆のように湧いてくる。

 

 邪見は仕事に対してスマートに忍務をこなし、余計な事には挟みたくないのがモットーだ。

 それなのに、何の恨みも買ってないのにも関わらず、忍務を邪魔するかのように行く手を阻む。

 これに怒りを露わにせずして何になる?

 

「柳生ちゃん!傷は痛い?大丈夫?」

 

「俺は大丈夫だ…それより雲雀は下が…っ!」

 

 刹那――瞬間的に、瞬きする間もなく邪見から放たれた邪眼の拳に対応できず、諸に腹部に衝撃が走り、殴られた勢いにより吹き飛ばされる。

 

「がはっ!?」

 

「柳生ちゃん!?」

 

「やるなら二体一とか最初っからしろよ。というか俺を相手によく一人で戦えるだなんて啖呵切れるな、ええ?おい」

 

 怒りにより頭が沸騰してる邪見の苛立ちは収まらない。

 

「なぁ、そこのガキの言う通りだよ。お前らはたかが学生…そして俺や他の連中は修羅場を潜り抜けてきた同胞達は…テメェが思い描くようなチンピラじゃないんだよ。

 いつから俺らを前に守れるだとか、勝てるだとか錯覚してんだお前?」

 

「柳生ちゃんを虐めないで!これ以上は…」

 

「これ以上何だ?誰に向かって口を利いてるんだ?子供はまず大人に向かって謝罪すら吐けないか?

 そもそもだ、お前らは誰を相手にしてるのか本気で分かってるか?お前らの行動に、俺達の名が汚されることが喧嘩を売る行為ってのが分からんか?

 忍ごっこのちゃんばらで遊んできたテメェらが、本気で俺らを潰せるなんて妄想がどうして出てくるんだ?」

 

 威圧を含み、歩むたびに覇気を纏わせる邪見は、先ほどのように温厚と穏便な性格では済まなくなった。

 

 

「兄貴がいねぇからって調子に乗るなよ雌ガキ!!お前ら全員死ぬんだよ!一人残らずな!!」

 

 

 其れは組織としてのプライド

 自分達が格下に本気で舐められてるという自覚

 敵を前に守るだの助けるだの宣う仕打ち

 

 それが冷静な邪見という男に、怒りの炎を燃やしてしまった結果だと言う事。

 

「…っ!」

 

 雲雀は臆する事なく、何とか固唾を飲み込み、圧されない様に歯をくいしばる。

 柳生ちゃんにはいつも助けてばかりでいられる…蛇女が攻めてきた時だって、USJでの脳無との戦いや、林間合宿で鎌倉と対峙した時…いつでもどこでも柳生ちゃんが必ず助けてくれた。

 なら、今度は自分が守る番…!!

 

 華眼と邪眼が対峙したその時――予想外な事が起きた。

 

 

 プルルル!と、邪見の懐から端末の着信音が鳴る。

 

「えっ?」

 

「あぁ!?何だよ今度はよ!!次から次へと本当によく邪魔が入るなクソが!!…道楽からか…」

 

 仲間からの連絡に、邪見は悪態を吐きながら最大限に警戒態勢を維持し、雲雀と何とか態勢を戻そうとする柳生を凝視しながら連絡を取る。

 

「おいどうした綺語道楽…今は折り込み中だ。序でにクソ生意気なガキに鉢合わせて胸糞悪いってんのに…

 あ?一旦戻れだと?巫山戯てんのか!?まだかぐらは捕獲しちゃいねぇ!!

 

 …なに?!妄語の兄貴が…?そうか、立て直しも大事だな。解った、すまんな怒鳴ったりして、俺の怒りは忘れてくれ」

 

 憤りだった邪見の声色も、次第に弱まりつつ端末の着信を切る。

 端末を乱暴に懐に潜らせ、邪見は喰い殺すかのような目付きで柳生と雲雀を睨みつける。

 

「…命拾いしたなクソガキども。もう神楽の行方が追えない以上、貴様らに割く時間はない――一度体制を立て直し、また挽回する。その後、自由に殺してやるよ」

 

「待て…!クッ…」

 

「柳生ちゃん!一旦ここは引こう?雲雀達も皆んなと合流しなきゃ!それに、今の状態じゃ返り討ちどころか…下手すれば…」

 

 殺される。

 先ほど垣間見た邪見の実力に、柳生も雲雀も対応できなかった。幾ら雲雀が不意を突き邪見を吹き飛ばしたとしても、それは本当の偶然で運良く攻撃を与えれただけ。

 それもほんの一撃。致命的な傷を負わせれない辺り、忍としの実力も折り紙付きなのだろう。オマケに向こうは何故か自分達の情報に対して偉く詳しかった。

 筒抜けの状態の一方、此方側としては戦力も数も能力も全てが未知数…解りきってることが雲雀と同じく瞳術使いであり、何らかの特殊な能力を持っていること。

 

 そして雲雀の判断は適切な対応である。

 此方の目的はあくまでかぐらと奈楽と呼ばれる身柄不明の少女二人を守ることであり、勝負に勝つ事ではない。

 忍には負け戦を強いられる時、時間を稼ぐといった戦術的なやり取りが必要な時もある。

 ヒーローも同じ事――市民を守る為に敵と交戦することはあるものの、法律や上層部がその職業に対して個性の使用権利を与えてるだけであり、倒す為にあるものではない。

 それでも客観的に見て犯罪者を倒してるように見えるのは、鎮静としての役目…何よりそうまでもしないと止められない相手だからである。

 死穢八斎會を考えて頂ければ、直ぐに理解を示せるだろう。

 

 故に、冷静でありながら仲間のことを考え、状況的にも順応な対応が出来る雲雀は、ある種としてリーダーに向いてるとも言えるし、母親の言ってた「次期として忍家系を継ぐ当主になって」という願いも、割かしら遠くないのも事実。

 

 だからこそ、邪見も初めて雲雀を見て悟ったのだ。

 コイツは軟弱に見せかけた曲者であり、弱者の仮面を付けてる大物であると。自分と同じく、穏やかな性格と仮面で装い、素性を見せないやり方で人を殺してるからこそ見抜ける青年の業。

 もう一つ、邪見は出来れば雲雀と戦うことは、不利な状況を産むことも考えていた。

 何しろ華眼を一番よく知る邪見は、彼女の忍家系が戦国時代から何枝も別れて家系が連なってることを知っている。

 彼女は知らないだろうが、遠い親戚がウチの忍商会の幹部…邪淫の前任者が『華無し』に殺された。

 そんな彼女に傷を負わせば、黙ってられない連中が増えるのもそうであれば、恨みを買われ佐門含めた自分らのメンバーに迷惑をかけることを躊躇ったから。

 

 だが――かぐら捕獲の際に、柳生という邪魔者の始末を阻止され、挙句に助けに来たともなれば、もうそんな理屈などどうだっていい。

 

 だからこそ邪見は雲雀がどんな人物であろうと、柳生諸共殺すことを決め、躊躇という概念を断ち切った。

 雲雀もまた、相手が得体の知れない何かだからこそ、警戒を高めて身を引くことを優先に考える。

 これが当初、ドジで訓練によく失敗してた泣き虫とは考えれないほどに、神野区の一件を通して比にならない程に精神面が強く成長した。

 

 だがそんな現状に納得しないのが柳生である。

 雲雀の言ってることは正論であり、本来ならば相澤先生にも教えてもらった「応戦を呼ぶのも重要な仕事だ」と言う言葉通りに動くことが大事だろう…。

 

 それでも我のプライドが許さないのだろう。

 何より今の柳生は冷静でいられない…だがそれもまた邪見の狙い通りであることは、誰も知る由もない。

 

「お前達無事か!?」

 

「あれは…霧夜先生!!」

 

「チッ…次から次に本当によく邪魔が入るな…オカルトめいたことは信じないタイプだが、こりゃ運勢が最悪だ」

 

 更に騒動に感知し駆け付けに来た担任の忍教師である霧夜を始め、斑鳩に柳生もとなれば、邪見の待遇も大分変わる。

 此処は深追いせず撤退するのが最善であり安全なる手――

 

「俺が憎いなら殺してみろ、無論俺はお前らを殺す――この屈辱と舐めきった根性、滅多打ちに潰してスクラップにしてやるよ」

 

「待て!!クソ…待ってろ、俺は必ずお前を倒す…この受けた傷は、次に何倍にしても返してやる…!!」

 

 お互いが憎み睨み合い、啀み合う。

 犬猿というよりも比較的に絶望なまでに相性が悪すぎる。

 人の心に傷を負わせ、地雷を敢えて踏む邪見はどの相手でも悪いのだろうし当然なのだが、柳生のように深い穴の傷を所有する者の怒りの幅は底知れない。

 

 遠方で霧夜が攻撃を仕掛ける前に、邪眼を飛ばし、長く伸びた目をロープ代わりにしてこの戦場から身を引くようにして遠くへと姿を絡ませた。

 

 

(………然し、華眼を持つ忍に神楽か…900年前の歴史が、再び稼働してんのか?これは偶然か、はたまた必然なのか?何がともあれ、早急に邪魔者を駆除しながら神楽を捕獲しなきゃな…)

 

 

 邪見は知っている。

 華眼の歴史のみならず、雲雀の家系に神楽が関係していることを。

 そして…

 

(…よくよく考えれば、殺すのは不味いか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよな、アレ)

 

 移動をしながら家屋の屋根を飛び回りながら思考回路を巡らせた結果

 

 

「まあ、神楽さえ手に入ればもう関係ねえよな。亜門も魔門も、敵連合も…陽花でさえも石ころ同然になるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柳生!傷は…」

 

 駆け付けに来た霧夜と共に、斑鳩と葛城も血相を変えては柳生の容態に顔を曇らせる。

 

「出血が…手酷くやられた様ですね。急ごしらえですが、少し傷口に火を炙りますね、ハンカチで咥えてて。葛城さんは直ぐにでも飛鳥さん達を追って下さい!救護は私達がやります!」

 

「すまねぇ!柳生、お前もよく頑張ったな!んじゃアタイは飛鳥達を追いかけるよ」

 

 学生とはいえど、上級者を相手に生きてるだけでも大したものだ。学校で訓練を積んだ忍が上層部に派遣し、外の世界へ出た忍は善悪と抜忍問わずに強豪ばかりだ。

 大人の忍社会新入でも、外の厳しさに順応できずに殉職した、或いは辞職したと言う話は珍しくもない。そしてそんな忍達を食い物として糧となり、強さを身につけてるのが世を乱し、秩序を壊し、自由を謳歌する抜忍達。

 僅かな間とは会え、重傷でも生きてるだけで有難いものだ。

 

「柳生、アイツは誰だった?」

 

「……邪見、と名乗ってた…気にくわない奴だが…手強かった…」

 

「邪見だと…?悪口は?」

 

「悪口…?何のこと?」

 

「まさか、雲雀も柳生も…相手は本当に一人だったのか?」

 

 霧夜は神妙そうな顔立ちで雲雀と柳生を見つめている。どうやら邪見と呼ばれる男を知ってる様な口振りだ。

 

「どういうことですか…?霧夜先生…?」

 

「邪見心傷にもう一人、ペアの銃中悪口という抜忍がいる。常に忍務では二人ペアとして一緒に行動してるはずなんだが…」

 

「詳しいんだな、霧夜先生」

 

「アイツらは上層部からも敵連合と同じく全国指名手配犯だぞ?そんなゴロツキは世界中を探せば幾らでもいる。

 何よりも…あの二人は殺し屋の中でも有名でな――単騎のみならず、双方が相手であれば手が付けられない…となれば、飛鳥の方角か?」

 

「となれば今度は飛鳥ちゃん達が…!!」

 

「これは…次から次に事件が鳴り止まないですね…!」

 

 妙な胸騒ぎがする半蔵側は、刻一刻と次々に事件の嵐がやって来る。

 どうやら彼女達は、思いもよらない出来事に首を突っ込んでしまってるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 避難をする様に全速力で走り渡る飛鳥を筆頭とし、続いて風魔に土方、菖蒲、眠たげな清明、そして多少傷が見られる奈楽に今も眠りながら抱きかかえられてるかぐら。

 

「はぁ……はぁ…此処まで来れば大丈夫なんじゃないかな…」

 

「情けないぞお前達。もうこんなので虫の息か?今の忍は随分と脆弱なんだな」

 

「だから!!助けられてるってのにどうして感謝のかの字も出ないんですか!?てか、今でも息苦しそうにしてる飛鳥先輩を目の前にしてよくそんなこと言えますね!?なに、この人ひょっとして人の心無い?前世では鬼か悪魔だったの?」

 

「で、でも…私達の、忍の存在を知ってたり…傷があるのに一切の疲れも見せてないって、相当、だよね……」

 

 相も変わらずな奈楽の失礼極まりない発言に食いつく土方は今にでも胸ぐらを掴みそうな勢いだ。

 一方で、飛鳥の言うことも尤もである。

 1日中走り続けておきながら、一切の疲弊を見せない彼女は得体が知れない。忍商会と呼ばれる組織に狙われたり、かぐらと呼ばれるか弱い少女を守ったり、自分のことを護神の民と名乗る彼女は、謎が多すぎる。

 

「それにしても柳生ちゃん…大丈夫かな…雲雀ちゃんも付いて行っちゃったし……」

 

「あの雑魚なら死んだだろう。腐っても邪見は殺し屋の中ではかなりの凄腕と聞く…学生程度でやられる程ヤワな相手じゃないはずだろうしな」

 

「ちょっと!幾ら何でも柳生ちゃんの悪口を言いだすのは許さないですよ?!」

 

「真実だ。弱者は自分の力量を見誤り、そして己の弱さに気付かなければ認めない。アイツほど弱者という言葉が似合う女は初めてだ」

 

「アンタさ…本当にいい加減にしないと……」

 

「おーい!お前らー!!」

 

 柳生の罵倒に心中お怒りの風魔が拳を強く握りしめ、奈楽に殴りかけようとした刹那、姉貴分の頼りになる葛城の声が聞こえた。

 葛城は元気よく手を振りながら、此方が無事であることを確認すると安堵の息を零したようだ。

 

「葛姐!?」

 

「いやー、飛鳥達に追いつくのにメッチャ疲れたよアタイは…霧夜先生がよ、取り敢えず集まれって言われたからさ。其処の奈楽にかぐらって子もできればご同行願いたいんだが…」

 

「待って、柳生ちゃんは!?柳生ちゃんは無事なの…?」

 

「ああ!アイツなら雲雀と斑鳩に霧夜先生が付いてる!今委員長が傷の手当てしてるし、心配無用だぜ」

 

 ホッと安堵の表情を浮かべながら、胸をなで下ろす飛鳥を他所に、風魔はニタニタしながら奈楽を見つめる。

 

「あっれれぇ〜?柳生先輩は死んだとかほざいてましたけど、弱者は力量を見誤るって言ってましたけどぉ…見誤ってません?」

 

「いいや、見誤ってなどいないさ。単なるまぐれだろう」

 

 そう、正に本当にまぐれである。

 奈楽の判断は間違ってないとも言えるし、運も実力のうちと言うのであれば間違いではあるものの、限りなく柳生一人では勝機はゼロに近いとも呼べるものだった。

 奈楽は実力などを見抜ける目を持っており、瞳術ではないが彼女ほどになれば力の差や力量など見分けるのは造作もない事なのだろう。

 

「それと同行についてだが、断る。自分は忍と共にはいられないし、貴様らを信用に値はしない」

 

「じゃあどうして私たちの避難を信じてくれたのですか?」

 

「思い上がるなよ貴様、お前達は都合の良い駒…そして奴らの肉壁となるが為の時間稼ぎ要員として利用しただけのこと…神楽様の為ならば、如何なる犠牲は致し方ないからな」

 

 今度こそ風魔がキレそうになるも、奈楽は此方の返事を聞くことさえ待つことなく一人で幼女を抱きかかえたまま何処かへと飛び立った。

 

「ムッキーー!!本当にあの子何なんですかね!?自分はうちは一族だー!とか何とか言ってさ!」

 

「風魔ちゃん…護神の民って言ってたよ…それにしても、奈楽ちゃんって子がどうして忍商会に狙われてるんですかね?」

 

「その上、デカブツからはアタイらがアイツらのことを知ったら喉から手が出るほど欲しがるそうだしな…そう考えると、あの奈楽ってやつの周りが全員敵のように見えるのも、無理ねえよ…」

 

 他人を信用できずに孤独であり続ける奈楽を、飛鳥は最強の友達である焔を思い出す。

 確か蛇女にいた頃の焔は、仲間や絆などに吐き気を催し、綺麗事にはとことん親の仇のように敏感に敵意を示す彼女と、奈楽が重なってならない。

 そう言った意味では、今の焔は大分変わったといえよう。

 

「……取り敢えず、霧夜先生のところに戻ろう…」

 

 その言葉に、全員とも首を縦に頷くしかなかったのである――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へくちっ!」

 

 ――などと、飛鳥が考え事をしてる一方で、同じく京都に来ている焔は思わずくしゃみをする。

 

「焔ちゃん、大丈夫ですか?」

 

「ああ…風邪という訳ではないのだが……誰かが噂をしてるのか?急にくしゃみが出てしまってな…」

 

「ほな、噂してると言ったら誰なんやろな。雅緋さんとか?」

 

「あ〜、それはあり得そうね。何たって焔ちゃんのこと認めてるみたいだし。訓練の誘いでも話してるんじゃないかしら?」

 

「一応、抜忍って設定なのに加えて悪忍や善忍も抜忍は処罰するみたいな話だったから、中々難しいと思うよー?」

 

 焔紅蓮隊はと言うと、半蔵学院が忍商会との衝突事件のことなど知らぬのも無理はなく、どこ吹く風かすっかりと商店街を歩きながら光山と呼ばれる観光ガイド案内人の後ろを歩み進んでいる。

 合流した後、なるべく事件発生地から距離を置きながら宿泊施設を目指している。

 昼食も何とか済ませ、そろそろ夕方になる頃合いだ。宿泊亭に一旦荷物等を置いたり、宿の手続きなど済まさなければならないので、早いとも言えばこの時間帯が普通なのだろう。

 

「皆さん、もう少しで宿に着くんで!疲れてると思いやすが、もう少し頑張りやしょう!」

 

「私たちは大丈夫だけど…美怜はしんどい?全然身体動かしてないからキツイでしょ?」

 

「いいえ、私は何処かの誰かさんと違って無駄な体力を消費したくないだけだから」

 

「ほう、その何処かの誰かさんの前でろくに体を動かしてないやつはよっぽど運動嫌いなんだろうな」

 

 焔の眼が笑ってない辺り、確かに自覚があるようだ。

 

「まあまぁ…あ、そういえば宿泊亭に露天風呂の温泉があるそうですよ!」

 

「久し振りの熱々風呂ねー!しかも外の景色を眺めながらの温泉とか最高ねー!」

 

「それに食事も豪華だと聞くし…改めて無理して京都に行った甲斐があったわねぇ」

 

 未来は温泉が楽しみなのか、いつもよりかなり元気そうに明るい顔ではしゃいでるのが見受けられる。虐め連中の件で引きずることなく、こうして明るくなったり美怜との口論でそこまで喧嘩沙汰にならないのも、彼女が居たからこそのだろう。

 

「…ねえ、光山。聴きたいことがあるんだけど、貴方さっき彼処の街で爆発の騒動が起きた時に敵による犯罪絡みと言ってたけど、どんな事が起きてたの?」

 

「はえっ?」

 

 突然、京都の旅行やら温泉やらのイベントで盛り上がってた会話を、何の関係性もない話題を吹っかけられて驚いてしまう。そもそもどうしてそんな事を今聞くのだろうか?

 

「ヒーローや警察が彼処で駆けつけてる以上、犯人が捕まえてようが逃亡してようが、事件位は知ってても損は無いと思って聞いてみたのだけど…知ってる?」

 

「そりゃわかる訳ねえですぜぇ!?何たって今の今に至るまでずっと一緒に居た上に、ニュースを確認する憩いの時間なんざ無かったんで分からねえッスよ…?」

 

「何かしら知る術を持つ手段はないの?」

 

「あいやそれはー…てか、知ってどうすんですかえ?」

 

「知っちゃダメだった?京都で事故や犯罪が起きたのなら誰でも情報くらいは知りたがると思うけど。自分の身を守る為にも、そういう護衛の術は必要ではないかしら」

 

 美怜はヤケに食いつくように言葉を語り掛ける。彼女の言ってる事はごもっともだが、幾ら正論でも現状出来ないのであれば仕方ないのが現実である。

 

「美怜ちゃん、困ってるでしょう?幾ら外が危険でも、私達がいるし大丈夫よ」

 

「危機感もその程度で済まされる貴女達の思考回路が実に羨ましいわ…案外、ちょろいとか思われてない?」

 

「ちょっ、美怜ちゃん!?」

 

 春花に対しても毒舌を吐く美怜の言葉遣いに、流石の春花も驚嘆の声をあげる。

 未来に対してなら口喧嘩もよくある事なので分からなくもないが…何が気に入らないのだろうか。

 

「…美怜?」

 

 彼女の異変にいち早く勘付いた焔は、彼女が何かしら思う節があることを気付き始める。

 美怜はよく人を見る眼がある――奈楽の様に力量による差の見極めとは違い、観察眼も長けてる美怜は何かしら気になる部分があるのだろう。

 それとも元々興味を持つものに対しては知るまで、又は納得するまで聞いてるだけなのかもしれない。

 

「もういいわ、春花の言う通り迷惑を掛けてしまうのは良くないものね…聞くのはやめておくわ」

 

「最初っからそうすれば…と言うか、美怜ちゃんが気になることに対して納得するまで知りたがるのは分かるけれど…」

 

「私は気になる物、興味あるものは研究対象として知り尽くすまで徹底にするけれど、流石に迷惑だと思われるほどなら程々にするわよ。これでもまだ抑えてる方なんだし…」

 

 美怜も少しずつ常識が付いてきたのだろうか、相手を思い遣る事が出来たそうだ。

 

「あっへへ、そう言ってもらえると助かります…あ、もう着きましたよ!此処ですぜ宿泊亭の温泉旅館は!」

 

 大きな木材建築の建物が聳え立ち、如何にも旅館らしい宿泊施設が立派に建っている。

 何十分も歩かされ疲弊した自分達にとって、正に理想郷其の物といっても過言ではない。

 

「やっとだー!!ねね、明日からまた自由に京都の街を満喫しても良いんだよね?」

 

「そうッスね。今日は長旅とご足労掛けてまでお越しして下さった事ですし…今日はゆっくりと体を休めて明日からまた自由に京都の街を楽しみましょう!」

 

 光山の優しい笑顔に、未来は嬉しそうにはしゃいでる。

 京都の旅行では殆ど楽しめなかった反動も大きいのだろう、光山が案内をし、受付係の人と軽い手続きをしてるのを他所に、焔は美怜に声をかける。

 

「美怜、ちょっと良いか?」

 

「どうしたの焔?」

 

「ちょっと気になる事があってだな…お前、ヤケに探ってたじゃないか」

 

「…気のせいよ」

 

 その言い方にも何かしら引っかかる節がある上に、小声なのも妙だが…いや、辞めておこう。

 これ以上下手に動くのは美怜からしても不都合でしかないのだろう。彼女は、既に何かしらの違和感に勘付き始めていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪淫乱闘、両舌部露、邪見心傷、この三名の忍商会の幹部と交戦を終えてから、既に1時間が経過していた。

 ヒーローやら警察が調査した結果としても、何者かの敵か忍が襲撃をしたと述べていた事から、忍商会の存在は知らされる事なく今後とも警備体制を強化するとの結論で時間場は収束した。

 勿論、忍商会に関しては霧夜が後に上層部に掛け合い報告するとの事ではある為、更には忍が何十名か派遣される事もあるだろうが…それでも不安が拭えるわけではない。

 

「お前達、先程の闘いではよく生き延び、耐え忍んでくれた」

 

「あっはは…何だかそう言われると照れるものがありますね…」

 

「飛鳥、オメーは何も戦ってはないだろ」

 

「うっ…すみません……」

 

「いいえ、それでも飛鳥さんは奈楽さんやかぐらさんを指示通り避難してくれてましたし…勿論、風魔さん達もよく頑張りましたし」

 

「ついで見たいッスね…まぁ私らはともかく、こんな眠たい中よく頑張ったと思いますよ晴明さんの場合に至っては」

 

「すぅ…すぴ……」

 

 飛鳥と選抜補欠は特に戦闘を交えた訳でもなく、結果的に銃中悪口とやらと出くわす事も無かったため、心配してたのも杞憂に終われたものの、油断は禁物だ。

 そんな中でも清明は未だに立ちながら眠りについているのは、大物とでしか呼べない。

 

「さて、お前たちを京都の宿泊亭に連れてから私はこれから上層部の所まで行き報告をしてくる――もしまた何かしら騒動や問題が起きれば連絡してくれ」

 

「わ、分かりました…」

 

 折角の修学旅行だというのに、全く満喫出来た心地がしないのは気のせいではないだろう。

 現に葛城と斑鳩は無傷…これと言った外傷は見受けられないが、あの天才児である柳生が手酷くやられたとなると、あの邪見心傷と言うのはそれを遥かに超えてると言う事。然もあの男を前に手も足も出なかったという真実が、余計に心にくるものがある。

 

「柳生ちゃん…」

 

 心配そうに見つめる雲雀に、柳生は無口のまま巻かれた包帯を見つめる。

 未だに消えない傷跡は、まるで戒めと言わんばかりに残されており、今でも邪見の声が脳内にこびり付く。

 あの忌々しい罵声と汚い言葉は、よほど柳生の心を抉ったとも言えよう。

 

「柳生ちゃん!元気だそうよ、雲雀はもうさっきの事気にしてないよ?ほら、柳生ちゃんもいつもの柳生ちゃんに戻ってさ、また旅館でいっぱい楽しもうよ」

 

「雲雀…あ、ああ…済まないな……」

 

 いつもなら側に支えて雲雀の愚痴を聞いたり、訓練で失敗した時の悩みを聞いたり、同僚になってから変態葡萄頭の峰田の性的煩悩の手から守り続けてきた柳生だが、今回は邪見の一件もあってか、逆の立場になっている。

 

「…そ、それにほら、温泉もあるし!」

 

「温…泉…?」

 

 雲雀のピンポイントな言葉に、柳生はハッと我にかえる。

 そう言えば温泉旅館にこれから泊まるのだから、露天風呂があるのは当然と言えば当然だし、寧ろ柳生にとって修学旅行の楽しみの中に温泉が入っているのは

 

「ひ、雲雀の裸体…!背中流し…!!」

 

 雲雀と一緒にお風呂に入れる事だろう。

 どんな時でも、いや…今の状態は多少気持ち的に雲雀にベタベタくっ付く感じではなかったが、お風呂というイベントも忘れていたのも兼ねて、彼女の欲情が煽られる。

 

「そ、そうだな…!疲れを癒し流すためにも、温泉は丁度良いだろうしな…!!」

 

 何とか気持ちを取り戻した柳生に、雲雀は内心ホッとする。今まで慰めてもらってた雲雀が、今度は慰める側になると考えると、何とも不思議な気分だ。

 

 それでも、各々がこうして無事に生きてるだけでも充分だ。まだ己の実力が上の世界に通用しないと言う落胆は大きいものの、それは自分達の成長に必ず通じる。

 現に、飛鳥に柳生、雲雀は雄英で既に何度もプロが相手にする仕事の経験を積んでいる。

 

 今思い返せばUSJの脳無、蛇女との超秘伝忍法奪還戦での焔や怨楼血、学炎祭での雪泉や、ヒーロー殺し、期末試験の大道寺との激戦や、林間合宿で死闘を繰り広げた黒佐波、特にこの中でたった一年間の中でここまで濃い修羅場を潜り抜けてるのは、断トツで飛鳥だろう。

 そう言った意味では、彼女が皆の筆頭とした選抜メンバー筆頭なのも頷ける。

 

 だが後に起こる京都での戦場は、それすらも覆す戦争となるだろう。

 言い忘れていたが、この闘いは結果がどうであろうと、大災害を招くことになる。

 それは神威の目醒めとなりて、超人と忍社会の破滅の歯車が動き出す。今はその予兆に過ぎないのである。

 

 

 

 

 







柳生ちゃんめっちゃ違う違う言ってるけど思ったよりボギャブラリー少なかったんや…許しておくれヤス。



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