鍵で扉を開けると、地下へと続く階段が現れた。
灯りが無いから見えないが、その奥へと吸い込まれるような闇からは、間違いなく男性の悲鳴が聞こえ、三人の鼓膜を振動させる。
「酷い声だな…囚人達の悲鳴…で、間違い無いんだな?」
「……はぁ、随分と吐き気を催す物ですね。これは…矢張り二人だけに任せなくて正解でした。私も余りこういうのに耐性がないので、腹の底から怒りの溶岩がこう…沸騰するような……」
冷や汗を流す閃光に、囚人の悲鳴に胸糞悪く感じる閃光は、苦虫を噛み殺したような、苦痛の顔を浮かべる。
調べによると失踪者達はどれも戸籍不明、又は犯罪に手を染めた者、数々のトラブルを抱えた者が消失したと聞いている。恐らく縁の繋がりが薄い人間であれば、利用し易く誰にも負担を掛けずに済むと言う魂胆だろうが、そんなものはどうでも良い。
何より争いと醜い現実とは無縁だったお嬢様からすれば、こういう現実とは思えない地獄には憎悪と吐き気しか起きない。
「この先は妖魔との戦闘は免れません…二人は妖魔に関しては出来るだけ注意して下さい。無理はしず、従業員を優先して倒して下されば――」
「いや、私達も妖魔とは遭遇したこともあれば、今となっては妖魔にだって対抗は出来る。要らぬ心配は…」
「相手の戦力が解らない以上、妖魔であるなら下手に動くよりも囚人達の安全と組織内の人間を手っ取り早く始末するのが効率的です。私が
「ん…しかし――って、もう隠さないんだな…」
「失礼、今のは空耳だと思ってください。何でも御座いません♪」
「閃光、私達だって中等部とは言え本来なら受けるべき案件ではない依頼…其れを我々が助力するのですから、従いましょ?ラファエル様だってそれなりに考えもあってのことだろうし…」
「そうか…まあ、確かに一理ある…」
「納得してくれると助かります閃光さん。それと、助言ありがとう御座います月光さん。やはり愛し合う者同士、息があいますね♪」
「あ、愛!?そ、それは…///」
「これはもう運命…矢張りこの忍務を終えた後は月閃からユースティア女学園に入学の進路変更を致しましょう。この忍務を終えた暁こそ、私達の証明であり、愛を深める親睦を――」
「その…考えに浸ってる所、誠に申し訳ないが……同性愛を語るより、先にやるべきことがあるだろう?」
こんな、嵐の前触れだと言うのに、一切緊張する面を見せない三人のやり取り。乱れぬチームワークとは、これはまた立派な戦力としての証拠でもある。
どれだけ実力を備えても、目前の戦狂に慄き本領を発揮出来ないケースは誰にだって存在するものだ。ラファエルだけなら兎も角、月光閃光の二人は中学生――そんな二人が危険な任務に挑むのだから、普通は不安を募らせても可笑しくは無いのだが…というか、同性愛を語る時点で肝が据わってる。それもこの胸糞悪い現実を少しでも払拭させるためのメンタルケア。そして二人の緊張を予め解す為の会話なのかもしれない。
(……それにしても、従業員の戦闘力は大したことはない。となれば妖魔を使役する可能性は間違いなく高いでしょう。小山の大将気取りのクズが、妖魔を使役する知識と技術を知っていたとして……勝てないと分かれば月光さんと閃光さんも妖魔との戦闘は欠かせない……幾ら彼女達が妖魔との戦闘経験がある若手実力者の中等部とはいえど、カグラでさえも下級の妖魔相手に命を落とすこともありますし…)
月光と閃光は、留学先で修行を受けていた帰りの途中、運悪く妖魔に遭遇した所を雪不帰が救い出したのだ。命の危険に晒されてた二人を救い出した雪不帰に、尊敬と憧れを抱き、彼女の側近として忠誠を誓ったのだ。
「ラファエル様?どうかしましたか?」
「いえ、少し考え事を…直ぐに向かいましょう――」
考え事に浸っていると、二人はいつの間にか鯖付いた頑固な扉の前に立っていた。声で我に返った彼女は気を取り直し、早々と駆け足で二人の元へと急ぐ
そこからはただただ突っ走った。
扉を開け、迅速に従業員達を見つけ次第バッサバッサと雑魚を薙ぎ払うように倒していき、気が付けば囚人が捕まってる牢屋にまで辿り着いた。
「迅速なる対応、適切な判断、建物の構造や救出対象の方々への配慮…御見事です二人共――」
「おい、囚人の鍵を早く渡せ」
「は、はいいぃぃ!!こ、これですッ、これですからぁ!!ど、どうか命だけはッ!!」
閃光の威圧に弱気になる大人の従業員は、命乞いをするよう鍵を手渡し、頭を地面に擦り付ける。忍学生とはいえ、中学生相手にボコられギャン泣きして頭を下げる絵面は、中々に珍しい物だ。
組織の人間も有象無象な者達ばかりで、拍子抜けだ。
自分達が強かった…という点で捉えてもいいのだろうが、相手が弱かったとも捉えれるので、どの道ここまで進めたのならば問題はないし、此方としては好都合だ。
「まあ、一応忍の本部に連行させなきゃいけませんし…命だけはご安心を」
「それに聞きたいことも山程ある。取り敢えず月光は追っ手の見張りをしててくれ、何か怪しい動きや攻めに来たら迎撃を。不味いと思ったら私に報告してくれ」
「分かったわ。では、ラファエル様はどうなされるんです?」
「囚人達の解放を済み終えましたら、後は私が全て一人で負担いたします。ですが、囚人達がこれだけとは限らないはず…そこに転がってる生ゴ…従業員に聞いても、信憑性は薄そうですからね。根掘り葉掘り探し回るしかありません。それに小山の大将さえ潰せば無力化も同然――それまで月光さん…私とお供致して貰えますか?私一人とは言えど、何より無罪であるにも関わらず、奴隷として扱われてる者達の救出と安全が第一ですから。その為なら多少、私たちが犠牲を負うことは問題ありません」
そう言いながら錆び付いた牢屋の鍵を開け、次々と囚人達を解放していく。最初に流れた断末魔に似た金切声とは違い、今は歓喜と嬉々の言葉が飛び交う。絶望から希望に一転した人間たちは涙を流しながら、喜びの声を上げていく。
「有難う…ありがとうございます!!」
「俺たち…自由なのか?もう、道具にならずに済むのか?」
「よっしゃあああぁぁぁ!!俺たち、とうとう救われたんだ!!」
「おねーさん有難う!!」
「はぁ〜…有難や、有難や…」
老若男女問わず、次々と解放されていく囚人達の笑顔に、自然と頬が綻ぶ。
自分達は善忍であってヒーローでは無いのだが…こうして人助けをすると言うのは、悪くないものだ。
「…素晴らしい。これが笑顔、救われた者達の安堵と歓喜の声…これが、私達ユースティア女学園が齎す救いの手…嗚呼、神よ――どうか彼の者達に癒しを…」
胸糞悪いこの残酷なアジトでも、囚人達を救うことで得られる安心感。それは腹の底から怒りと胃液が込み上げてくる事に必死に耐えながら、ラファエルもまた囚人達の閉ざされた牢屋を破壊する。月光が鍵で囚人達を、閃光は敵を拘束し縄で簀巻きにしながら、他の囚人達を集めている。
「ふえぇぇぇん!お姉さん有難う…!!」
小さな女の子を解放し、優しい笑みを浮かばせる閃光。幼い子供を安心させる彼女の一面に、意外性を感じる柊はつい吊られて笑みを零してしまう。
「お嬢ちゃん…こんな若いのに……ひょっとしてヒーローか何かかい!?」
「ふふ…私達はそんな大それた者ではありませんよ。ただ…そうですね。この世には天使が存在しており、神は貴方達を見捨てなかった…そう解釈してくれれば問題ありません♪」
「よし…他は…」
ガチャンと、次に閉ざされた牢屋を開ける。
中には羆のような外見をした大柄な大人と、ピーチ色のふさふさした髪型の可愛い女の子が収監されていた。
「はい、これでもう大丈夫ですよ♪」
「わーッ!やったぁ!有難う!!」
「…………」
活気良く元気に振る舞う少女、優良は頭を下げて礼を言い、羆の志久万は少女達を深く目視する。
「いえいえ、ご無事で何よりですよ。助けに来たからにはもう大丈夫です!私達が全力を持って救出致しますので、どうかまだ辛抱を――」
月光は頭を下げ、明るく信頼ある言葉を二人の心に届ける。志久万の模索するような視線など気にすることなく、月光は隣の牢に立ち止まり鍵を使って扉を開ける。
「二人とも大丈夫ですか?私たちが助けに来ましたよ――」
そこは、守と勇希が収監されていた部屋だった。
「第二、三フロア突破されました!!独房フロアにて侵入者が囚人達を解放しています!!」
一人の従業員のけたたましい叫び声が、アジト内の各フロアに響き渡る。多くの従業員は武器を持ち、また在る者は組織内の妖魔を呼び寄せ、一つのフロアで固まっている独房フロアへと足を運ばせる。
まさか…何の兆しも無く突然奴等が攻めに来るとは――いずれ此処の拠点がバレてしまう危険性も配慮していなかった訳ではないが、学生らしき人物が三名、ここまで進むとは想定外だ。
カグラの称号を持つ人間なら意図的に消していない限り、気配で察知出来るものを…
「ったく、ふざけんなよ!!こんなの、この様子じゃあデー門さんに俺たち焼殺されちまう…
んっと、商品用の妖魔も…出しとくか!!」
もう一つの独房部屋は厳重なセキュリティーで設置されてる為、妖魔がいつ暴走しても壊れないような細工になっている。
暗証番号を手早く入力し終えると、中から凶暴な妖魔がウヨウヨと、吐き気のする匂いを撒き散らしながら部屋から現れる。まるで蛆虫のように湧き上がるその黄味悪さは、身の毛のよだつ光景だ。
「侵入者を殺せッ――!!早くするんだ!」
たった一人の人間の言葉を理解した妖魔達は、餌の時間だと言わんばかりに奇声を上げながら、この監獄を徘徊する。
なんとか囚人全員を牢屋から出し終えた三人は、一息吐いて安心する。
最初の目的である囚人の安全の確保は出来たので、上出来ではあるだろう。しかしこうも簡単に捕まった人間達を解放できた後だと、返って逆に不安が募っていく。
「よし、これで全員だな…」
そんな不安を誤魔化すかのように、汗を拭う閃光。
「守!良かった…私たち、なんとか脱獄、出来たみたいね…」
「うん……本当に、夢みたいだよ……」
「あー!勇希ちゃんと守くんも無事だったんだ!良かったねー!」
「ホォ、ガキんチョも無事だったんだなぁ…俺より先に入ってる先輩だから当然か、ハハッ」
「志久万さん…守は不死身じゃないの……貴方より先に入ってるからと言って無事だと保証を取るのは止めて貰えないかしら…?」
「声怖ッ!!!」
志久万のさりげない言葉に、勇希は冷酷な眼圧を飛ばす。血の通わない声は、いつ聞いてもゾッとしてしまうものだ。少なくとも守の事に関して小馬鹿にすると逆鱗を触れてしまうのは確かなようで、これで従業員と揉め事になりそうになったのを志久万さんが止めてくれたのだ。その頃から初めて大人の人間に心を開いたのである。
「まあまあ、志久万さんはこれでも僕たちにこうして気を使ってる訳だし…良いんじゃないか?」
「うっ…そ、そうね…御免なさい志久万さん。つい…」
さっきまであれだけしんみりとしたムードになっていたのだから、彼女がこう言うのに関して敏感なのは咎められないだろう。
「まあ別にいい…それより、何だコイツら……」
三人に向ける面とは一転、志久万は救助隊の三人を注意深く観察するに対し、光里は「どうしたの?」と小首を傾げている。
「あのガキ共、とてもヒーロー面してるようには見えねぇんだわ。いや…そもそもガキんチョだからこそか、こんな命を落としても可笑しくはねえ危険な場所に来ること自体が不思議でしょうがねえ」
「あー!クマさんまたそうやって…」
「いや、今回は真面目だ。この組織は厳重なセキュリティーを設置されてるかは不明だが…見たところ三人だけが救助として赴いた…
普通は大人のプロヒーローが登場ってのがお約束。大人の付添いってのにも見えねえしな。見たところ、勇希と守と同学年じゃねーのか?」
自分を助けに来てくれた人間が大人ならまだしも、こんな中学生か高校生かも分からない子供なのだ。自分が元々敵としての人生を送ってきたので、こういうのに関してはかなり警戒心が強いのだろう。
「ええ、私と守の歳は変わらなさそうね…でも、助けてくれたんだし、その行為に裏があるとも思えないの。
それでも、学生がたったの三人だけと言うのも些か不満な点も在るけど…あの人達に聞いてみたら?」
「やなこった、相手がヒーロー関連なら俺ぁまたお箱入りになっちまう。これ以上窮屈で労働と不味い飯の毎日が続くのは御免だぜ」
「皆さん!!注目、聞いてください!!」
雑談の声で埋もれてる中、全員を纏めるよう清々しい声が支配する。純情可憐を一言で具体化したであろう月光が、手をパンパンと叩きながら大きな声で纏める。
「今から全員供、無事に外までお連れします!騒ぐ事なく、且つ速やかに、私達の指示に従って行動して下さい!!必ずや皆さんの安全を保証すべく、尽力致しますので!!」
月光の言葉に一同は大きな賛美の声を上げ、部屋は一瞬で希望と歓喜に変わる。
「取り敢えず負傷者や歩けない者はいますか?問題なければ閃光さんと一緒に出口まで。月光さんは引き続き私と奥深くを探りましょう。尤も、この先が出てくるのは鬼が出るか蛇が出るか…ですが、どの道私の仕事はここの組織壊滅…貴女達二人は救出を主に――」
「承知した」
「畏まりました」
どうやら解ってくれたようだ。多分、これで陣形や守備は安定として…非常な事態に臨機応変できるよう尽力するまで。一旦囚人達を安全な場所まで移動した後は、組織のボスを仕留める。この方が一般人が被害を受けずに済む。
これが自分達に出来る最善の手段だ。
「……ねえ、貴方って」
ふと、聞き慣れた声が月光の耳に届く。振り向くと、先ほど牢屋に入っていたボロボロの少女が、鋭い目付きで従業員を睨んでいる。
「あの子は確か…」
閃光が従業員を拘束用の鎖で簀巻きにしてる間、勇希と対話してる従業員との様子に首をかしげる。
「な、なんだよ……」
「知ってるわ貴方…確か、私達を収監させて毎日道具のようにコキ使ってた大人でしょ」
弱腰になってる大人は、勇希に少し怖気付きながら距離が縮まっていく。何やら揉め事が起きそうな予感がビンビンに達している。聞こえた話によると、あの大人は守と勇希を良いように利用してた、所謂奴隷強調役の監視担当人だろう。
そんな大人が弱体化かつ無力化、況してや囚人達が脱獄した以上、下手に気を遣わなくても済むのだから、こうして怒りを露わにするのは無理もないだろう。
「……よくもまあ、私達を散々道具のように虐待してくれたわね…守をあんな傷物にしたのは、貴方でしょ…?」
男子達の受ける拷問は、基本は監視員の人間が袋叩きにするよう虐待紛いの拷問を受けさせ、血を流し、悲鳴を叫ばせるのが奴等の仕事だった。つまり、この大人は何年間も守に酷い仕打ちをしたという事になる。
「だったらなん……ぐぅッ!?」
「守に謝れ!!!どれだけ守が辛い目苦しい目に遭ったか分かってるの!?いいえ、解らないでしょうね、だから貴方達は平気で他人を傷つけることが出来るんだから!例え如何なる理由でも、私は貴方達を絶対にゼッタイに許さないわ!!」
「勇希…」
これまで少年に見せたことない激情を露わにし、大人の胸ぐらを掴んで怒号を飛ばす。
正直、小学校に入って直ぐに友達になった守本人も、彼女の一面は見たことが無いらしく、こんな激しい怒りを他人にぶつけるのは今日で初めて見た。
「お、おい…ちょっと落ち着け…」
「聞いてるの!?!!守は私の全て!!!私の生きる意味そのもの!!!!彼はいつも私を助けてくれた…他人が面白半分で私をハメようとした時、守がボロボロな身体でいつも身を呈して私を庇ってくれた!そんな彼を痛振って面白がってた貴方達にどれだけ殺意が湧いたか…!!」
閃光の制止の言葉も馬の耳に念仏。
何の意味もなく、彼女の激昂は止まることを知らず、息を切らしながら大人を噛み殺すような瞳を差し向けている。
流石の従業員もこんなにブチ切れられるとは想定外だったのか、口を開けたまま放心状態になっている。彼女は拳を強く握りしめ、殴ろうと取り掛かるが…
「はい、もうそこまでです。少し落ち着きましょ?」
「ハッ…!?」
彼女の掲げてる腕を掴んで止めたのは月光。優しい笑みを浮かべながら言葉をかける彼女に我に返った勇希は、心を落ち着かせ、平常心を保つ。
「ご、御免なさいその…私、つい…カッとなっちゃって……」
「いえいえ、貴女が怒るのも無理は有りませんし、それだけの事をこの人達がして来たというのが、行動を見てより実感しました。
ただ、その気持ちは貴女だけではありません。きっと、他の方々も憤慨に満ち溢れてるハズ…だから、一先ず落ち着いてここから脱出しましょう?」
彼女の柔らかな笑みに、つい頷いてしまう勇希。今思えば自分もここまで誰かに怒りをぶつけたのが初めてなので、自分自身でも驚きを隠せないでいる。
「流石は月光だな。誰かを宥めたり他人に気配りが出来るのが彼女の長所と言うか…」
この手や他人を抑制することに長けてる彼女は、こう言うのには慣れてるのだろう。これは乱れたチームワークを大切に、かつ纏めるのに適したエキスパートであるのだ。
(それにしても、あの勇希という女性…一見冷静で物静かな子に見えて、実はこんなに……いや、だからこそ、それ程にあの守ッて言う子を大切にしてる証拠なんだろうな)
誰かに対する怒りは、時に何かへの愛や優しさが含まれている。彼女はとっても根が優しくて、芯の強い勇敢な女性なのだろう。そこまでして守の事を大切に想う彼女は、それ程に強い繋がりがあると言うことだ。
「こんな腑抜けた三下相手に、抵抗できず無闇に傷付けられれば、誰だって腹が立つだろうが…今はお前達の救出が最優先だ。コイツらを含めたことは我々がなんとかする。だから何とか耐えて辛抱してくれないか?」
「ええ…お願い、します…それと、迷惑かけて御免なさい。こんな一大事な時だと言うのに私…」
「いや、良い。怒るなとは言ってない…だが、其れは後からでも遅くはない。な?流石にやり過ぎるのは良くないにしろ、怒る気持ちは分からんでもないからな…」
それでもコイツに何か言ってやらねばと言う、心残りに似た物が強かったのだろう。そう考えると彼女の行動も咎めることは出来ないし、皆んなも同じ気持ちだ。
「オイ守、アイツあんな風に怒るヤツだったのか?意外だな」
「いや、僕も初めて…だよ…」
近くにいた志久万は、肘で突きながら、守に声をかけるも、守本人も動揺を隠せないでいる。彼女に失望したとかそう言う訳ではなく、こんな弱っちい自分の為に怒ってくれるのが、妙に口では言い表せない物で、歯痒い気持ちになってしまう。
「ね、ねえ…ちょっと良いかしら?」
「ん、はい??」
一部揉め事を終え、囚人達全員が何とか纏めあげ、救出するべく月光を呼びかけようとした途端、不意に勇希から声をかけられ意識と供に自然と声主に振り向く。
「貴女はさっきの…」
「あの、助けてくれて有難う御座います…それでその聞きたいことがあるんですけど…」
「質問ですか、何でしょう?」
清楚に振る舞うお嬢様は、勇希に明るみの笑顔を浮かばせる。災難や敵によって心が衰弱してる人間には、笑顔が一番だと聞いたことがある。癒しこそ心を救うと信じた彼女は、心理学に関しては一応微かな知識があったので、心細く、弱り切ってる人間には出来るだけ活気的な笑顔を見せている。
「他に増援や救助隊は…いないんですか?」
自分達が少数で動いてるのに違和感を抱いたのだろう。こう言う質問をして来るのは考えてなかった訳ではないのだが、説得するのに時間が費やしてしまうので、出来れば安全な場所で話したいのだが…
「ええ、少々ご事情がありまして…私達三人だけというのは、とても心細いかもしれませんがご安心を――どうか私達のことを信じて下さい。詳細は後ほど話しますので、一先ずは安全な場所へ避難する様に閃光さんと一緒に……」
「ラファエル様!!」
説明をしてる途中、月光の気迫の入った声が彼女の言葉を途切らす。
「前方から妖魔の群れが来ました――至急、戦闘態勢に入った方が…」
「おや、どうやら飛んで火に入る何とやらが…それも想定内です」
恐らく囚人達を確保した所、守りを優先して固めてる自分達を攻めることで陣形を崩して囚人諸共、血祭りにする狙いなのだろう。
そう考えると、自分達が釈放してる間に誰も攻めに来なかった道理が頷ける。
「うわぁぁあああ!化け物だぁぁああ!!」
「妖魔…俺たち、食い殺されるのか!?」
「来るな、来るなあぁぁぁあ!!」
希望から一転、有頂天から叩き落とされたかのように、大人達は絶望の悲鳴を叫ぶ。
巨大な肉食蝿、
アナコンダの化け物、
不気味な血の肉体で覆われた蠍と人間の融合体、
全身から人間の手足が生えたピラルクー、
四足歩行の鮫、
様々な奇形をした人工妖魔が、餌だ食事だと言わんばかりに一心不乱に襲って来る。こうなった以上、戦闘は避けられない。
「皆さん!危険ですから下がって下さい!私たちが対処致しますので!!」
月光は混乱する人達に聞こえるように叫びながら大声を張る。ラファエルは囚人達よりも前に立ち、迎撃に持ち込む。皆んなの安全を確保するには被害が及ばない距離を維持し続けなければならない。
ただならぬ恐怖で錯乱状態に陥る囚人達を纏めるのは難しいが、それでも月光は声を張り上げるのを止めない。
「挨拶は省略で――そして礼儀を以て光の祝矢を――」
妖魔達の群れに臆することもなく、冷静さを装いながら彼女は黄金の弓を翳し、掌から発する光を大きくする。其れは眩く、小さな光を弦に当て、弓矢を引くように腕を引く。
「秘伝忍法――『裁きの光矢・黎明』
ザシュシュッ――と、無限の光の矢が、妖魔達の脳を、心臓を、胴体を、全てを貫き、眩い光が破裂。
煌めく光矢の破壊は、妖魔の絶命による証明――遠距離からによる武力は物を言い、一切の侵入を許さない。黎明差し込む光に貫かれる邪な者は、根源となる光の粒子が集まり、肥大化し、爆発を引き起こす。それを光の小さな球体から、何百本も再生し、弓矢を飛ばすことが出来る。
「ギャァアッ!」
「ミギャアァア゙ァ゙!!?」
「紅茶を飲んでる御淑やかなお嬢様ではないことをお忘れ無く……伊達に忍などやっておりません。然し弱小個体とはいえ、油断は禁物ですね。閃光さん!早く囚人達を!」
一斉に有象無象の妖魔達から血が噴水の様に吹き溢れ、一瞬にして倒れ行く死体の妖魔達。血の海となり、なす術なく、手も足も出ずに凶暴な妖魔達は跡形もなく消え去ってゆく。
一撃でも喰らえば重傷を免れないこの妖魔の暴行…食う必要はない。ラファエル…『光凪楓』という少女に並大抵の妖魔は太刀打ちできない。
戦い慣れたセンスに、油断も隙も有らず、無駄な動きなく妖魔を倒していく姿は、正しく悪魔や魔物と戦う天使を連想させる。
「ギニャアぁぁあア゛あ゛あ゛ア゛ぁぁぁぁーーーーッッ!!」
蜘蛛のような目を持つ化け物の猫は、獰猛な雄叫びをあげながら、脚力を使ってラファエルと妖魔の群れを飛び越える。
中々に大きなサイズなので、押し潰されれば命の保証は無いだろう。
「守!!」
こんな人波押せる混雑とした人間の塊の中で、守と距離を離してしまった勇希は、必死に声を叫んで少年の名を呼ぶ。
微かに声が反応するものの、全員が恐怖で声を叫び続けてるので、聞き取りにくければ、どの方向にいるかも解り辛い。
「おい!危ねえぞ!!」
志久万の叫びにようやく気付いた勇希は、自身を覆い被る影に上を見やる。
大人を丸呑みできるであろう大柄なサイズの猫の妖魔が、唾液を撒き散らしながら口を大きく開けて、勇希達を食い殺そうとする。
「あっ――」
直視して死を錯覚した少女は、硬直してしまう。
まるで、蛇に睨まらた蛙の如く、彼女は死の寸前まで身体を動かせなかった。
周りの嗚咽や悲鳴など意に介さず、少女はただ呆然と――
「誰の断りを得て私の後ろに立ってるんですか?」
怒りが顕となった天使の冷静と怒気を孕んだ声と共に、無数の光の矢が化け猫の身体を、縦横無尽に貫いていく。妖魔は断末魔を上げることなく、白目を剥いて絶命。
然し巨大な身体が頭上から降ってくる…。このままでは押しつぶされてしまう。その刹那――ポン、と軽く押されただけだったが、少女にとっては少し触れたださでバランスが崩れたように後ろへ倒れていき、代わりに目前には、銀髪の少女が立っていた。
「失せろ」
その言葉を妖魔に投げた少女は、軽く拳を握り、殴打の嵐を起こす。
パァン!と、風船が破裂したような鼓膜を揺らがす音が、鮮明に聞こえ、それが間を空けずに繰り返される。
「――ッ…」
容姿に似合わず、目にも留まらぬ速度で繰り出される拳の嵐を前に、身体の原型を保てない妖魔は、完全にノックアウト。
最後の決め手として、蹴りで大柄な妖魔を、牢へと吹き飛ばし、手足も出せなかった妖魔は意識を途絶え、息を引き取った。
閃光は手を軽く払い、独り言を呟いた後、勇希に振り返る。
「すまない押し倒して。大丈夫か、怪我はないか?」
先ほど妖魔に向けた敵意とは裏腹に、優しい笑みをこぼす彼女に驚くも「あ、有難う…」と、少し頬を赤らめ差し伸べられた手を掴み、起き上がる。
閃光は月光とは違い、冷徹且つクールに振る舞う少女は、女の子らしさとはかけ離れており、どちらかと言えば男性に少し近いイケメンの面を持つ。
(ま、守以外に…初めて、救われた…)
勇希にとって他人とは敵であり、一切心を開かなかった訳だが、お嬢様に続き閃光と言い、自分の命を助けてくれた彼女達に、嬉しくてつい頬を赤らめてしまう。
「感謝致します閃光さん!さぁ、この調子で囚人達の守備を固めながら脱獄を――」
「分かってる…!」
殲滅の光の矢が雨の如く降り注ぎ、次々と押し寄せてくる妖魔達は断末魔を叫びながら、消滅を辿っていく。少しずつ歩幅を歩み進んでいく。予想外なことに出くわしても、誰かが補っては挽回してくれる。
少なくとも、人工妖魔という有象無象が幾ら出てこようとも、この陣形を潰すのは難しい。このまま上手く行けば、トントン拍子だ。
アジト内で抗争が広がり、妖魔と忍が血を流し争う出来事が起こっている真中、暗闇の廊下を歩く足音が三つ鳴る。
「姫、どうやら私達以外に潜入者達が現れたみたい。公安の人か、表の人間かも…早く目的を回収しよう」
「ひえぇぇ!ひょっとして、私たちのこと、バレちゃったんでしょうか?幾ら私達が『Dースクワッド』の選抜メンバーだからって…わ、私たちの存在って、滅んだことになってるんじゃなかったんでしょうか……」
「…………」
ザッ、ザッ、と彷徨うかの如く、足音を立てながら徘徊するのは、月光と閃光、ラファエル以外の何者か。
肩には髑髏のマークに、Dという文字が刺繍された、軍隊の様な制服を着た子供達。
一人は長い白髪をたなびかせ、一人先頭に立って歩く武装した少女、後方からはフードで頭を覆い、顔をガスマスクで隠している少女。桜色の髪がパーカーのフードから相見え、無言で頷く。
もう一人は怯え口調であわあわ動揺しながらも、大きい荷物を背負って歩いている。青いキャップ付きの帽子はボロボロで、水色のポニーテールを揺らしながら、根暗そうに呟いている。
「目的は囚人達の確保……デー門は必要ないから殺せって。上からの命令…取り敢えず、第四支部の筆頭は率先して潰そう」
「お、大人って怖いですねやっぱり……で、でもでも、気が引けますね…ターゲットを殺すならまだしも、子供達を攫って軍人としての教育…うわあぁぁん!私、昔のことを思い出して泣いちゃいますよおぉぉ!!」
「………」
突然泣き叫ぶ青髪の子に、姫と呼ばれる少女は人差し指を彼女の唇に当てて、シーッ…という合図を送る。喧騒とした彼女は「あぅぅ…ずみ゙ま゙せん…」と、涙を拭きながら渋々と頷く。
「…一応、囚人達は捕まえられなくても、大将さえ殺せば半殺しで済む…もし何かあったら罰は私が受けるから、心配しなくて良いよ」
「…ッ!」
武装した白髪の言葉に、姫は首を横に振る。
どうやらこの少女は、囚人達を人殺しの軍人として攫うこの任務に酷く反対しているようで、姫はそれを否定する。
その否定とは決して任務の失敗に対することではなく、罰を受けることだ。一人で全てを背負わすことに、納得のいかない彼女は否定する。喋らない当たり、喋ってはいけない何かがあるのだろう。
「有難う…でも、私は大人の人達から嫌われてるから…汚れ役はなるべく一人で背負った方が良い――行くよ」
彼女達はDースクワッド。
暗殺、破壊、暗躍を生業とした国家テロリストによる犯罪組織。
歴史では滅びたという事になっているが、それはあくまで100年以上前の話…。
滅びた組織と自治区を拾った、Dースクワッドの『先生』が復権させ、秘密裏に暗躍を進ませていた。
彼女達はその中でも選ばれたエリート達。
特攻部隊にして、人を殺す事に特化した優秀な犯罪者達――だけど、三人とも瞳には希望なんてカケラもなく、あるのは穢れ汚れ、濁った、ハイライトなんてない、絶望の瞳をしていた。
裏ストーリー修正有。