光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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今回の話は、京都編で起きてる時間帯の出来事です。


特別編「誰も知らない脇役は、今を以って主人公格となりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時だって何処にだって物語には、活躍を担うヒーローが存在する。

 強敵に立ち挑み、弱者を助ける、誰もが憧れるようなカッコいいヒーロー。

 悪業を積む輩を懲らしめる正義の味方や、己を顧みない自己犠牲の精神を持つ人、中には己の評価など見返らず信念に従うダークヒーロー的な輩も存在する。

 ヒーローにも定義が存在しており、人の数だけ多種多様なヒーローが存在する。

 他を助ける者、悪に挑む姿、誰かを守れる背中、そう言った要素がヒーローとしての懸念や憧れが生まれる原因であり、また同じくして恨みを買う悪も増え続ける要因にもなり兼ねないだろう。

 

 特に超人社会の今となってはヒーローという存在が職業として存在しており、何時しかヒーローという輝かしい存在は日常化するように珍しくもなく当たり前の世の中になってしまった。

 現代でヒーローに憧れる人間は幼い子供も含めてごまんといる。特に超常が現実となり、個性を生まれ持った者なら誰でも影響を受け、ヒーローになりたいと願う人間に対して、逆にヒーローになりたくないと心から思う人間の方が異常であろう。

 多数決が決まる世の中、超常になっても少数派が除外されるのは過去も今も変わらない辺り、人間性としては変化がないのだろう。

 

 物語には主人公が存在し、凡ゆる困難に打ち勝ち、逆境を乗り越える者こそ、誰もが憧れる現在は、誰もが同じ主人公になれる世界となっている。

 勿論、ヒーローという概念が職業という形に収まったとはいえど、道のりは険しく、一歩間違えれば犯罪者扱いとされる。

 公安直属のヒーローが敵に堕ちたという話は珍しいものではあるし、そう易々と起きる事でもないからこそ、印象が強いのもある。

 中にはヒーローに憧れた結果、敵に堕ちたということも聴く。そういう意味では、正義という存在が悪を生み出したと言われるのは、皮肉が効いてる。

 

 主人公やらヒーローが存在するからこそ、ライバルやら敵やらが存在するのも必然であり、それは物語に於ける『役』ならでは欠かせない要素だろう。

 

 

 だからこそ、そんな物語には脇役だって存在する。

 名前も明かされない、誰にも注目を浴びず、ただ平々凡々な日常を送る脇役が。

 其れは表の世界でも裏の世界でも、脇役というのは存在する。

 裏の世界といえば忍もそうだ。

 近年、神野区半壊後、平和の象徴オールマイトというトップヒーローが正体を明かし引退してから、益々世の中は困惑と犯罪率が上昇し、嘗て都市伝説扱いされてた影に住まう住民の『忍』は、公共に姿を現し、巨悪の根源である悪の象徴オール・フォー・ワンとも対立した。

 一説によれば忍の存在は妖魔という公共には出せない未知な危険生命体を処分する為だの、政治や国家の命令によって隠密行動に出てたなど、現実で報道されるような不思議な報道やら公に出せない現象などは忍が暗躍していたというケースが存在するが、国民やヒーローも半信半疑なのは言うまでもなく。

 またトップヒーローは別として、並みのヒーローでさえも知り得ないと言うのは、やはり上の人間が厳選をしているのだろう。

 

 そんな忍達にだって名前も知らず、ただただ死して華の如く命を散らす輩なども存在する。

 名前すら明かされず、誰にも見向きもされずに、ただ使命に従って朽ち果て行く命は、何とも虚しいことだろう。

 

 誰にも見向きもされず、物語にも登場すらしないモブのような空気と同じ、精々主要人物の立場を盛り上げるような脇役は必要なのだ。

 

 此れは本来ならこの物語にも登場すらしない脇役の存在が、名前も現れない少女が、ある平々凡々な日常から一変――この物語の新たな主人公になるお話。

 

 

 

「グギャアアァァァーーーッッ!!!」

 

 昼下がり、都会の公共の場で場違いな獣の咆哮が轟く。

 血に乾いた化け物の喉声は、獲物を求めて舌を舐めずり、混乱に陥り逃げ惑う人々に目を付ける。

 

「ダメだ!ヒーローでも倒せないなんて…!!」

「ねぇ、こっちに向かって来てるよ!?」

「誰か!他にヒーローはいないのか!?」

 

 次は我だと知れば、傍観してた人々も一瞬にして事態の重さに気付き、自分の命が脅かされると知れば否やと、悲鳴をあげれば広がるように集団の人間は面白いように化け物から離れるように引いていく。

 対する化け物からすれば、ご馳走の塊が蠢いてるだけなのだろう、嫌がり命乞いをする人間の悲鳴など雑音でしかなく、涎を垂らす9個の血眼を輝かす狼は、品定めをしながら人々へと近づいて行く。

 

「あっ!」

 

 此処で逃げ遅れた男性の小さな子供は、押し寄せる一塊の集団による行動で転んでしまったのだろう。

 幸いにも踏みつけられなかっただけマシではあるが、結果として人の集団から外れるようになり、化け物の狙いは一番近くにいた少年に眼をつける。

 

「グルルルル…」

 

「ひっ…!や、やだ…こないで…!!」

 

 毛深い漆黒の毛皮に身を包まれ、背中から何本もの異形で骨のような腕を生やし、長い舌を地面に垂らしてる化け物の名は妖魔。

 そして妖魔とは想いの強さによって具現化され、生命体として現界に留まり生永らえている。

 狼の神話や逸話、エピソードなど幾らでもあるだろうが、怨念やら殺意やらが漂うのを見た限り、忍の憎しみによって血塗られて生まれた妖魔だと言うのは、此処に妖魔について知識が深い紅蓮隊とやらの新人がいれば安易に想像が付けるだろう。

 

「グルルオォオアァアァアァーーーーッッ!!!」

 

 そして威嚇するように咆哮し、大きな口を開き獲物を喰い殺そうとしたその刹那――

 

 

 ボボゥ!と化け物の顔は激しい炎に燃え上がる。

 

「グギャッ!?」

 

 突然の発火、予備動作もなく何の予兆もなく、突然妖魔の顔が発火したことにより、幸いながらも少年の命は何とか助かった。

 勿論、此処で死ぬと涙と嗚咽を漏らしてた少年も眼を疑った。

 

「えんで、ゔぁー?」

 

 炎という現象に、ピンチな時に駆けつけてくれる存在であれば誰もがそう思うだろう。現に少年の抱いてるぬいぐるみは、現在No. 1ヒーローのエンデヴァーである。

 然し其の妄想は一瞬にして砕かれ、現実とは程違うことを知らされる。

 

 目の前には少年を守るように、そして集団の人々を守るように一人悠々と妖魔の前に立ち塞がる。

 年の頃なら十代前半。燃える炎の色をした赤い髪をなびかせ、その手になぜかマッチ棒を持った、少年ほど幼くはないが、小柄な少女がヒーローのように立ち尽くしていた。

 

「何時迄も転んでたら危ないぜ、逃げな坊や」

 

 冴えた声色に、クールな男口調で此方を見つめる少女の顔は、こんな恐ろしい出来事だと言うのに、まるで窮地の危機から人々を救うヒーローだった。

 

「う、うん…!有難うお姉ちゃん!!」

 

 涙を流しながら礼をする少年に、逃げてた老若男女の集団は釘付けになるように唖然とその光景を目に焼き尽くしていた。

 助けに来たのがエンデヴァーではないにせよ、この場で誰もが助けを呼ぶ中、その場に殉じて現れる姿は、ヒーローと呼ばれても過言ではないだろう。

 

「グギャアアァァァ!!!ギィイイィ!!」

 

 火傷を負いながらも自身に攻撃を浴びせ、獲物が逃げた事に対する怒りが、妖魔の思考を埋め尽くした。

 …だが、妖魔の顔は火傷だけを負いその場で妖魔特有の治癒効果が発現しないことに、怒りながら多少違和感を感じてる。

 

「あ、危ない!」

 

 尽かさず妖魔は全速力で少女を切り裂こうと腕を降ろすも、少女は何とか避けようと試みる。

 然し動作が分かったとしても身体が対応して付いて来なければ意味もなく、体を掠めた少女の抉られた傷口から鮮血が迸るように噴き上がる……かと思いきや、少女の体は蒸発した。

 

「ガルッ…?!」

 

 人々も、そして流石の妖魔も驚嘆の声を漏らす。

 今確かに手応えはあった…にも関わらず、少女は遺体を残す事も血を流す事もなく、ドロンと煙と化して消えた。

 忍の扱うような転移?いや違う…これは一体?

 

「それは俺の陽炎だ。どうだ?幻想を見れた気分は、最っっ高に最悪な気分だろ?」

 

 いつのまにか声は背中から聞こえ、少女は妖魔の背中に攻撃する事なく、ポンポンとあやすように背中を叩く。

 その一連の動作と、いつのまにか意識が範疇の外にいたことに、妖魔は反撃するよりも驚きと警戒に後退りする。

 何より切り裂いたはずなのに、少女の体に傷も血もないのわを見た限り、幻覚系統の個性か忍術だろう。マジ警戒ってやつだろう。

 

「グルル…」

 

 高圧的で攻撃的な獰猛さが印象的だった妖魔も、今では彼女をすっかりと強敵と認識し、命のやり合いにただならぬ緊迫感を漂わせていた。

 逃げてた人々はいつしか傍観者となり、妖魔は今となってはRPG物語の敵となり、そして少女が主人公のように盛り上がっている。

 

「ふっふっふ、俺の能力『魔術師の火遊び(リアルフレイム・マジシャン)』はな、マッチが燃えてる間だけ好きな幻覚が見れるんだぜ?お前がヤったと想い込んでたのは、俺が作り出した幻だったって訳さ」

 

 因みに補足するが、こんな名も得体も知れない少女、実は幻覚系統の能力だと全国各地の中でも一番の高密度な能力である。

 月閃中等部の姉妹に当たる呪術を得意とする美少女や、士傑高校の生徒と比べて他の追随を許さない程である。

 それほど高密度で、それこそ幻想を現実に映すこの少女は、妖魔からすれば完全なる脅威だろう。

 

「降参するなら今だぜ?俺は勇者のように優しいからな。何なら俺のパーティーメンバーに加えて、俺の僕になるなら許してやるぜ?」

 

 その言葉にピキリと妖魔の逆鱗に触れる。

 完全に舐められてる挙げ句、情けをかけられただけでなく、奴の言いなりになるなど奴隷になりたい訳ではない。

 野生の妖魔とはいえ、コケにされてると知れば否や、警戒と共に敵対心を高めて、全力で襲いかかる。

 

「力の差も解らないか、哀れな化け物め…ならば、灰にしてやるぜ!!」

 

 すると少女はマッチ棒を何本か取り出せば指に挟み、着火すると共に妖魔に投げつける。

 

「さぁ、激しく燃え上がれ――『神魔炎獄陣』!!」

 

 すると妖魔の地面から、不気味なコードが記された魔法円陣の紋章が浮かび上がる。

 瞬く間に、大炎柱が妖魔を埋め尽くし、地獄の業火すら生緩いと連想させるほどに高圧な炎を前に、妖魔は抵抗することも虚しく、なす術なく、抗えることさえ叶わず、ただただ悲鳴ばかりを叫ぶだけ。

 

「ほら、最高にキメられる一本だぜ?」

 

 ピンと指を弾くように、更に着火したマッチを一本投げつければ、後は終焉だ。

 仕上げと言わんばかりに、大炎柱に炎を投げつければ、火力に油を注ぐように、大爆発を起こす。

 奇跡的にも、誰にも被害に遭わなかったことは幸運とも言えるべきだろう。

 誰もが盛大な拍手を送り、傍観者による一斉な感謝の喝采、そして助けられた少年の「お姉ちゃんありがとう!」という言葉。

 居心地の良い状況に、どこか嬉しい気持ちを隠すように冷静でクールに振る舞う少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そこで、マッチの火が、消えた。

 

「あー……消えちまった……」

 

 都会の一角。人通りの少ない路地の隅に、少女は燃え尽きたマッチ棒を投げ捨てた。

 名残惜しそうに燃えかすを見つめながら、だんだんとその口元がニヤけていく。

 

(それにしても、今回の妄想は今までとは違って我ながらクオリティ高かったな……「神魔炎獄陣!」って、あーやべぇ、かっこよすぎだろ俺!!こんなのヒーローなんかよりよっぽどスゲェだろ!!)

 

 我ながら上手く行った!と心の中でガッツポーズを決めながらも、ネーミングセンスが厨二病な辺り、ダーク系統やファンタジー要素に大いなる憧れと願望が強いと見受けられる。

 

(実はこの後、密かに溜め込んだソウルを女に話して奇跡やら魔術やらに振り込んで…)

 

 そこまで行ったらもうフロムゲームの世界観なのだ少女よ。

 今までの出来事は全て彼女が見てた妄想を願う幻覚であり、それをみて満足そうにしては愉悦に浸っていただけである。

 この通り妖魔という化け物も、街への被害もなく、況してやエンデヴァーの人形を抱きかかえた少年が母と一緒に手を繋いで歩いてる平和的な現実が陽射しと共に照らされる。

 

(次はハーレム物が良いな……男性は俺にトキメキ、女性は俺にイチャラブ…あーやべ、いっそのこと現実になれば良いのに)

 

 注意、一つ警告しておこう。

 この人物は少女であり、男性ではありません。

 そしてだらしなくニヤケ顔を晒しては、涎が垂れそうな勢いで盛大に幻想に浸かろうとしてる少女は、ある種脇役と言うよりも変人や変態の部類に入る方だろう。

 こんなだらしそうな顔をしながらボーッと突っ立ってる少女など、誰も気にも止めなければ誰も見てくれやしない。

 

「けど、夢は夢…現実は現実ってな……」

 

 街角から出れば繁盛してる人波に、赤髪の少女は自虐めいた薄ら笑いを浮かべながら、歩いていく。

 ただ歩いてるだけなのに、まるで世界から隔離されたように、沢山の人が行き来してるのに、まるで一人で道を歩いてるみたいだ。

 

(そう、現実の俺は…いつだって非力なもんさ)

 

 陽炎も使えない。

 神魔炎獄陣も使えない。

 妖魔も倒せない。

 

「イテッ…!」

「うわっ!?」

 

 ボケーっと考え事をしていたからか、ガタイの良い男性とつい思わずぶつかってしまう。

 前方を見て注意すれば気付けただろうし、向こうの男性も同じく気を付けていれば回避していれただろう。

 

「あっ、あの…す、すすすすすみません…ごめんなさい!!そ、そのつい気付かずにぶつかってしまったというかですね、ハイ…その、決して意図的にやったとかそういうチンピラ紛いなことはしてなくてですね……」

 

「お、おう……何だコイツ…いきなり喋り捲るじゃねえか…」

 

 ガタイの良いチンピラ男は普通ならここで「何しとんじゃあ!!」とか、骨折したフリして慰謝料請求して脅したりするのだろうが、会って早々にいきなり早口で謝ったり喋ったり、萎縮して怖がる様子を見せられれば、興が冷めたというか怒る気にもなれやしない。

 というかその半分、ちゃんと前を向いていた男性は「というか、全然気付かなかったわ…」と愚痴をこぼしながら何処かへ消えてゆく。

 注意を払っていたにも関わらず、突然目の前に幽霊が現れたかのようにぶつかった少女に、驚いていたという気持ちの大部分が大きかった。

 対する赤髪の少女は…

 

「けっ!何だよぶつかっておいて気味悪がりやがってあのオッさん…!!絶対に童貞だろ、謝りもしねーで…肉団子の腐臭油塊野郎が…」

 

 これをもし先程の男性が聞いていたのなら、血相を変えて血眼に変えて半殺しにかかりに行ってただろう。

 命を救われたという奇跡的な思いがありながら、歩いていく。

 

 それ見たことか。

 少女の口調は普段なら俺口調が激しい男勝りではあるものの、いざ人を前にすると対人恐怖症なのか人見知りのシャイなのか、口調が別人のように変わり怯えた口調でしか話せなくなる。

 

 人ともマトモに話せない。

 ヒーローなんて勇気などない。

 陰キャで陰口多い臆病者。

 

 其れが自分だ。

 先ほどの妄想も、自分がこうなりたいと願う妄想に過ぎず、本来の自分はあんな感じではない。

 そしてどういう原理か、この少女はまるで空気のように存在が薄く、認識さえしてくれない。

 あのチンピラだって、今横に通り過ぎたサラリーマンだって、今は横へと回避したが自転車だって、全くと言っていいほどに誰も見てくれない。

 其れこそこの少女を現実とは違う孤独という世界に隔離するように、少女は孤立する。

 だがそんなのは今に始まった事でもなく、寧ろ其れが日常と化したし、それに対する疑念など持ち合わせてない。

 生まれてこのかた、誰も少女なんて見てくれないのだから。そして、それに対して哀れみや悲しもない。

 あるのは自分が如何に楽できるか、現実逃避して夢に浸れるか、それすらが優先事項であり、自分の生き様となっている。

 正に脇役と呼ぶに相応しいものである。

 

「さーってと、次は何処を漁ろうかなぁ………偶には山に入って満喫するのも悪かねーか」

 

 そう言えば最近山に入ってないな、と思いながら気分転換にと目に入った景色にある山を目標にして足を運び出す。

 どうして山を登るのか?そこに山があるからさ!と登山家はよく言ったものだ。

 山は大好きだ。

 自然に囲まれ、邪魔するもの誰もいず、穏やかに安心して暮らすことができる。

 好きなだけ妄想をすれば良いし、静かな空間は正に孤独を愛する彼女にはうってつけだろう。

 

(唯、虫が鬱陶しいんだけどな。でもマッチで振っても下手すれば火災放火招かないし、煙を出しても近辺の人に不審がられるのも嫌だし…いや、捕まりはしねーけど)

 

 警察が来たとしても存在が薄すぎる自分を見つけるなど、例えるなら透明人間を相手にしてるようなものだ。

 だが流石に命を脅かすような悪業や、責任の取れない迷惑行為を働くつもりはないので、気晴らしに探索として行くことにした。

 因みに普段の拠点は何とか集めたお金を払ってネカフェで寝泊まりしている。

 彼処は天国だ…最早もう自分の根城だ。そして妄想で呟いてた厨二的なネーミング技は、借りた漫画などが影響を受けている。

 

 なんとこの少女、ホームレスなのだ。

 

 お金もない

 家もない

 食料もない

 家族もいない

 友人もいない

 

 文字通りこの少女は本当に孤独でありながら一匹狼であり、自由奔放で、ある種として誰にも縛られない存在。

 世の中にはある役割を持つ人物が存在する。

 例えば物語には主人公やライバル、ヒロインに悪役など存在し、そしてこの世にはヒーローと敵、善忍に悪忍、抜忍、そして妖魔が存在する。しかし、この少女は忍でもなければヒーローでも敵でもない。

 

 もう何者ですらないのだ。

 

 然し人間というものはしぶとい上に信念やら想いやら、自分の想いはある程度現実になるようで、生きようと思えば本当に何でも出来た。

 存在感が非常に薄いというのは些か、デメリットがあるように見えるもののこれのお陰で犯罪絡みの遭遇は0回であり、動物でさえも自分の事に気付かない者もいる。

 なんと、コンビニのセンサーでさえもだ。

 ここまで来たら霊体化できると言った方がまだ説得力もある。然し少女にそんな特殊能力は存在しない。

 

 そうこうしてる内に、山を登ると深く生い茂った森林が、陽射しを守るように木々が天を覆いかぶさる。

 此処なら丁度鬱陶しくて眩しい太陽に邪魔されなくて済むし、鳥の囀りが気持ちよく、人気のない場所は理想の居場所だった。

 

(あー…後はよ、食料とかあればなぁ……流石にマッチで幻想を見ても腹れる訳じゃねーし……というか、別に具現化できない事でもないけどな)

 

 今更っとトンデモナイことを心の中で呟いたのは気のせいかもしれない。

 涼しい場所に虫さえも存在しないこの場所は、きちんと火の不始末さえ出来れば問題ないと知り、暫くは此処に留まることに決めた。

 そう思った途端に少女は周囲を見渡すとある物を目撃する。

 

「ん?何だこれ?」

 

 寝床を確保しようと、森を探索して30分が経った頃。

 少女は広場のような何もないスペースの茂みに、ポツリと、一つの花束と墓が見えた。

 

「これ知ってるぞ、墓だよな?え、え?何、花束?嘘だろ?死人がいるのか、此処?」

 

 安全だった場所が実は死人が出た事故物件的な場所だと知れば、背中に冷たいものが唆る気分に陥る。

 

(いやいやいや…!!けど花が添えられてるって事はやっぱり…こんな所で寝られるわけねーだろ!!)

 

 例えるなら墓場を寝床にする馬鹿は居ないだろう。

 それと同じ理屈であり、幾ら所有物ではない土地だからとは言え、勝手に入って自分の寝床にしようとは言えど、そんな場所で寝ようとは誰も思わないだろう。

 

(けど折角良い場所見つけたのに勿体ねーな…しゃーね、またふらりと旅をしながら拠点を何処かに置くか…)

 

 そう思いながらも立ち去ろうとする少女の足が、ふと突然止まり出した。

 

「………」

 

 少女は墓を凝視する。

 よく見れば墓は一つだけで、花束が添えられてるだけ…こうして見ると此処で誰かが亡くなったのは目に見えるし安易に想像が付く。

 少女は自分が馬鹿であることは自覚してるし、いざ虐げられても何も思わないくらいには。

 然しふと少女は考えてしまう。

 

 

「こんな静かな場所で、一人でずっと眠ってんのかな」

 

 

 こんな柄でもないのに、人とも碌に話せたこともないのに、他人に気遣いなんてしたことが無いのに、此処に来て初めて興味を惹かれるように、その墓の前に座り込む。

 

「俺は全然、墓とか知らねーけど…見た感じだと沢山石碑が置かれてるよな。それなのにこんな所で一つだけポツリと置かれて…まぁ供養してくれるだけマシな方かも知んないけどさ」

 

 もし自分が死んだら墓さえ立ててくれず、誰に供養されずに寂しく死んでるんだろうなと考えると、確かにこの亡くなった者はまだマシなのだろうが、自分と比較してはいけない。

 

「……ってことは、家族が居たんだよな?てか居るんだよな?ここで亡くなった人がどんな人かは知らねーけど…流石にこう、深く考えちまうと無視していくのも後味悪いよなぁ…」

 

 少女は犯罪絡みには遭ったことは無いが、敵による事件に巻き込まれた現場を見たことがある。

 最後に見たのはヘドロ事件だった。

 爆破を発する少年が悶えながら抗う様は流石に息を詰まらせた。自分は他人にこそそこまで頓着や執念めいたものが湧き出る訳ではないが、かと言って苦しんでる人間を前に何も思わない人間など、それこそ頭が狂ってるとしか言えないか、鮮明に覚えている。

 その時、ヒーローの警告など無視して我武者羅に突っ込んだ少年の姿は今でも忘れない。

 

「ああいう奴こそ主人公として輝けるんだろうけどさ」

 

 名も知らない主人公の想像に、嘗て助けを求める顔をしてたと泣きじゃくりながら人を救える人間こそが、リア充というか世の中を回していくんだろうなと勝手に想像しながらも、マッチを一本取り出す。

 

「コイツがどんな人かは分からないし、多分…愛されて生きてたんだろうな。俺にはそう言うのよく分かんねーけど…だけどなぁ」

 

 此処で一人寂しく死んでしまって、誰にも見向きもされないと考えると、何処か自分と重なってしまうようで、無視することもできなかった。

 

「…あーもー!しゃらくせえ!俺はこんなウジウジと考え込むような性格じゃねーだろーが!!

 まぁやった試しはないけどさ…これも何かの縁だ。偶には俺の行いも、誰かの役に立つのかな」

 

 独り言を呟きながら、少女はマッチを更に9本出して、合計10本マッチの炎を燃やして、花束の方へと投げつける。

 瞬間、ボボゥ!と炎が燃え盛り、少女は口にする。

 

「無念に散り、今を漂う思念よ――人と共に今こそ甦れ。それが俺の願いだ」

 

 一歩間違えれば放火魔であり、罰当たりな行動だろう。

 然し少女は無表情に似た冷静な顔色で呟き、炎が燃え盛る中をただただ見つめてるだけ。

 

「あれ?ひょっとして寿命足りねえのか?それなら、もう10本入れれば足りるかもな」

 

 そう言いながら少女は更に10本のマッチを燃え盛る火に投げつける。

 後先考えずに実行するバカとはこの事で、今この少女は蘇生を行なっている。

 死者の復活――普通こんな事はあり得ない上に、それこそ陽花に並ぶに近いほどの実力者でなければ叶うことなどあり得ないだろう。

 

 されど、現実は小説より奇なり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲を見渡しても、暗闇が広がるばかり…

 声を叫んでも誰もおらず、誰も答えてくれず、どこまで行っても誰もいない…。

 そんな孤独に見舞われた寂しい闇の世界で、ずっと夢を見ていた。

 生前の記憶なのだろう、どれも覚えてる夢だった。

 

 其れは自分が終わりを告げる最後の晩餐を後にした出来事。

 

『お姉ちゃん!忍務頑張ってね!!』

 

『気をつけてね、姉さん…』

 

『カグラに実る前に摘まさせて貰ったわ、この雑草供が…陽花と言う阿呆に憧れた鬱陶しい蝿よ…』

 

『両姫は最後まで!諦めなかったぞ!!戦場で背を向けず、投げ出したりしなかった!!命尽きるまでもお前に一矢報いた!最後まで己の意思を…ぐっ…!貫いた両姫が強い!!

 そして…意思も情念も何もない、貴様は…!両姫に負けたんだぁ!!!』

 

 これが最後の出来事…あの日の悲惨な出来事を後に、また新たな夢が現れる。

 其れは自分が死んでしまった後の、愛する可愛い妹達の夢…。

 

 訃報を知らされた二人は式場でぐっと涙を堪えていた。死んだことを知らされてからわんわん泣いたあの二人が、泣かずに姉の跡を継ぐよう立派な忍になることを誓った妹達には、何処かホッと胸をなでおろした。

 だけどそれはあくまで表面上、二人は式が終わっても再び泣き続け、家でもずっと一晩中泣き続けていたのだから。

 声も枯れ、目は赤く腫れあがりながらも、声が出ないにも関わらず泣き続けた二人に、自分も思わず泣き崩れてしまってた。

 そして二人は後々と雅緋という悪忍が両姫を殺したという誤情報を捕まされ、復讐する為に蛇女に転校をすることを決めたのだ。

 それをあの世で見守ってた彼女は、思わず口を閉ざして口を抑える。

 

 なんという事だろう、あの時…イザナギを退けた雅緋ちゃんを…しかも、姉の為に命を捨ててまでも復讐しようと決めてしまってる。

 その時は、兎に角嘆き泣きじゃくるしかなかった。

 大切な妹達が、自分の死の為に自ら危険を冒してまで間違った方向へ行こうとしている。

 その現実がどれだけ辛い事だろうか、何度も「辞めて!」「それは違うよ!」と訴えても、死者の声なんて聞こえない。

 忍として命を賭してまで闘おうとしても、間違った道に進ませるのは違う。

 

 それでも二人の復讐は歯車の如く止まらなかった。

 

 こうして二人は、誰にも止められる事なく、止まること知らず、月閃から蛇女子学園へと転校するのは時間の問題だけだった。

 

 

 次に見た夢は、妹の二人…両備ちゃんと両奈ちゃんが、私が妖魔に殺されたことを知ったこと。

 紅蓮隊と呼ばれる抜忍に、妹達の復讐が無くなったこと、伊佐奈に立ち向かう勇敢な妹達の姿。

 焔紅蓮隊の皆さんのお陰で、雅緋ちゃん達のお陰で、妹達が健やかに、今も立派な忍になることを目指していること。

 

 軌道修正した二人の姿に、姉は思わず心の底から安堵の息を漏らした。

 それなら、見守りながらゆっくりと眠りに就こう…そうしたその時、今度は複数の夢を見ることになった。

 

「これは…?」

 

 幾つかの夢…というより、見たことのないその光景は、後に起きる未来の出来事であり、其れは未来を指し示す未来予知。

 

 

 

 

其れは遠い未来に巻き起こる、世界の終焉。

最悪の神魔、憑黄泉神威を始めた、脅威たる神秘の災害。

外の世界から迫り来る、7つの神魔がこの世界を発見し、多くの命が犠牲になろうとしていた。

歩く厄災…ただ存在するだけで、歩くだけで、その場にいるだけで、私達の世界を破滅へと導く、非現実的な未来は、確かに存在しているのだから。

 

 

『理解した――この物語は誰かが創造するのではない。全ては作流的に必然と起こりうる創作であり、我々の意志など虚無に等しい存在なのだと。お前達の物語は幕を閉じ、アカデミアはたった今終焉を迎えた。英雄と魔術師の積み上げた奇跡は滅び、我々も消滅の末路を辿り、残されるは星の骸だろう。

この世界のルールによって、お前達は生徒であり、教師であり、英雄であり、魔術師で有り、神楽であった――』

 

 

次に写されたのは、息を飲む奇妙で恐怖に心臓を掴まれた光景だった。

外の色は紫に覆われ、崩壊された外の光景、そして…雄英高校の教室には、忍学生の生徒達五人と、ヒーロー学生…教師、そして…正体不明の歪なナニカ。

考古学者の古いコートを羽織り、身体は全て漆色に支配され、首が存在しない。代わりに両手に掲げながら、子供達に訴えるように話してるのは、遺影の額縁に収まっている絵画。映るのは真っ赤な血のインクで染まった、鳥と骨の悪魔。閲覧するだけで不快感と精神的な嫌悪感を示す其れは、かの有名な芸術作家が記した作品の一種とも呼べるほどに、恐怖と審美が繕っていた。

 

『お前達の誰もが幸せに夢見るアカデミア、そういう物語だった。その咲き乱れる奇跡の閃きたる痕跡も、全て無に介される。評価、感情、理想、構成、作品、ジャンル、意思、全ては破壊され、虚無に還らん。忘れるが良い、然してこれこそが始まりなのだ。終末への物語、未来に待ち構えるのは崩壊と理不尽な不条理と絶望、果てしない色褪せた物語。どう足掻いても、お前達の存在価値は地に落ち、無に等しく、終えた物語の未来は永遠の虚無。続くことも、始まることも、終わりもない、全てが朽ちた――』

 

 

『其れは違うよ!!』

 

 

ただ、その場で叫んだのは…半蔵学院の忍学生の筆頭者だった。

 

 

『どんなに苦しくて、残酷で、言葉に出てこない物語になったとしても…!誰かが作った破壊を辿る物語だったとしても…無くならない!皆んなが築き上げてきた絆も、想い出も、全部無意味になんてならない…!!例え、そうなったとしても、私達がどんな評価だなんて、関係ない――私達は私達だもん…。『アタナシウス』――傍観者である貴方だからこそ、本当は分かってるんじゃ、ないのかな?』

 

『雲雀達が居なかったら、救われない未来もあったかもしれない…でも、無意味じゃない。忘れることもない!!雲雀は皆んなが大好きで、この気持ちだけは絶対に消えることなんてないんだもん!!雲雀達が今まで過ごしてきた苦楽は、そんな布告された世界にも、未来にも、そして…自分にも屈しない!!』

 

『俺たちが生きてる世界が、誰かが作った破局だと言うのなら…そんなの願い下げだな。足掻いても良いと言うのなら、とことん暴れてやる。オレは…オレ達は諦めが悪いからなっ』

 

 

 

『そう、だから…私達の物語は、私達で切り開くんだ――仮にその選択肢しか無かったとしても、私達の物語が終わりに近付いて来たとしても、新しい物語を私達で創り上げて、破局を乗り越える未来を創る為に、闘えば良いんだよ。其れがきっと私達の願いであり、想いであって、残酷な未来を作り変えるんだ――』

 

 

それは、言葉が喉に詰まる程に魂に響き渡り、世界の滅亡が近付いても尚、立ち向かうその勇姿は、正に…いや、正しく物語の主人公だろう。雄英の生徒達も口を揃えて、其々が意見を出している。だけどもう色彩と空気を伝う音が段々と掻き消えていく。

すると、アタナシウスと呼ばれる不気味で、正体不明のナニカは、悪魔のようで真っ赤なインクに染まった恐怖の概念が、健やかな笑顔を見せて、何かを語り、消えていった。

 

 

 夢を見終わった後、彼女の身体は途端に燃え上がる。

 足先から少しずつ、体に登り、やがて全身に回る。

 困惑しながらも、不思議と熱さは感じられなかった。

 

 そんな時だった――彼女の足元に、摩訶不思議な魔法陣による紋章が浮かび上がったのは。

 そして、目の前に炎と共に現れるのは、妖魔を超えた気配…これは…

 

『儚くも尊き少女よ、たった今…我の器が貴公の復活を欲として叶えた――有無は聞かん。強欲の神魔の名の下に、黄泉から現世へと引きずろう…二度目の人生、しかと噛み締めよ』

 

 烏をモチーフにしたペストマスクの顔をした魔術師のような妖魔は、手を伸ばし、彼女を眩い光へと連れて行く。

 燃え盛る炎に灰になりながら、あの世から常世へと連れ去られる。

 

 

 

 

 

 

 

 草原と燃え盛る炎と墓に、次第に女性の体が現れる。

 

「お、おぉ…?!」

 

 見たことのない光景に唖然としながらも、次第に炎が治りつつも、女性の体は原型を蘇らせて行く。

 白いワンピースの服に、大きな帽子、露出された白肌に、頭の上には天使の輪っかが浮いている。

 軈て目を瞑ってた彼女の目は、少しずつ開けていき、息を吐くと共に珍しそうにこちらを見つめている。

 どうやら蘇生の議は成功したようだが…こんなとんでもない美少女を前に正直驚いている。

 

「此処は…」

 

 彼女は辺りを見渡しながら声を零す。

 確か忍務で抜忍狩りの黒佐波――『禍風空吾』と闘った場所だ。そして雅緋ちゃんと忌夢ちゃんと出逢って…そして、イザナギに殺された場所…。

 そして目の前には、自分の命を蘇らせ、一人暗闇の黄泉の世界から、常世の世界へと灯火で導いてくれた一人の少女が珍しそうにこちらを見ている。

 

「…蘇らせてくれたのは、貴女?」

 

「…へっ!?え、えぇっ!?あ、はははい…!そ、そうです私ですよ…?ていうか、幽霊か?俺のこと見えるのか…?」

 

 慎重に尋ねる彼女の問いに、何故かテンパる少女。幽霊でもないのに何故ここまで、此方に気付いてることに驚いてるのか、此方が不思議だ。

 

「貴女…名前は?」

 

「あ、え…えっと……あ、杏奈…です、はい…」

 

「そう、杏奈ちゃんね…こんな事、なんて感謝の言葉を伝えれば良いのかしら…」

 

 彼女は自分の手を握ったり開いたり、生への実感を感じると、にこやかな満面な笑顔でこう言った。

 

 

 

「お姉ちゃん…生き返っちゃいました…♪」

 

 

 どうやら、両姫は二度目の人生を歩むようだ。

 そしてこの時点で、何者でもなかった脇役の、何の変哲も無い物語にさえも登場しなかった少女は主人公となったこと――そして両姫もまた、新たな主人公として杏奈と共に生きていく事になるのは、今になって始まった物語である。

 

 

 

 





杏奈ちゃん、下手すれば両備ちゃんと両奈ちゃんが号泣するほど役に立ってました。
イザナギさんも「!?お前、俺が殺したよな!?」と動揺隠せないレベル。
実は緑谷くんと爆豪くんにさえも会っていた事実。

今の忍メンバーの現状。

半蔵学院(飛鳥、斑鳩、葛城、柳生、雲雀)
焔紅蓮隊(焔、詠、日影、未来、春花、美怜)
死塾月閃女学館(雪泉、叢、夜桜、四季、美野里)
蛇女子学園(雅緋、忌夢、紫、両備、両奈)
巫神楽三姉妹(蓮華、華毘、華風流)

が結成されました。
そして特別編なのに続き、あります。今回の話前半と後半になりそうです。

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