光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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以前と同じく寝落ちしてしまいました。それと皆様、ハーメルン読んでる最中に何か変なこと起きませんでしたか?私はそれが起きて大変でした。


64話「THE・姉」

両奈は全力でこちらに向かって来る。春花は冷や汗を垂らし、呼吸を整え、チャンスを待つ。

 

落ち着け──

 

落ち着け私──

 

できる、出来る。やれば出来る──

 

改めて自覚すると、不安な気持ちになりどうしても心が揺さぶられてしまう。成功できるかどうかの不安、焦り、失敗してしまったらという恐怖、疑問。

蛇女にいた頃なら、選抜メンバーとしてこんなの無かったのに…何故だろう?

 

両奈と春花の距離は無くなっていく。そして…

 

「秘伝に──」

 

(来たッ!!)

 

「今!!」

 

春花の予想通り、両奈は秘伝忍法を仕掛けて来た。だがその前に春花は隠してた傀儡を使って両奈を素早く拘束し、秘伝忍法を止めた。チャンスが訪れ、両奈は驚愕と戸惑いの色を顔に染めるもお構いなく、傀儡は詠と闘ってる両備へとぶん投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大化した剣を中心に、竜巻は荒ぶり、両備と両奈に容赦なく襲いかかる。下敷きにでもされたかの如く、両備と両奈は回避する間も無く詠の絶・秘伝忍法を食らうハメになった。

 

「「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

二人の痛々しい悲鳴が、天を貫くように聞こえ、詠の大剣が大地を唸らせ轟かす。衝撃が強い余りか、地面には亀裂が生じ、竜巻は地面の砂を纏うように砂煙が吹き上げられ、災害が起きてるのではないか?と思うほど詠の絶・秘伝忍法は驚異的だった。

因みに彼女たち焔紅蓮隊は、半蔵学院と修行し手合わせしたことで、より強くなり絶・秘伝忍法を習得できたのだ。

だが、蛇女子学園はそうじゃない…それもそうだ。善と関わりを持たない彼女たちが、絶・秘伝忍法を習得出来るわけがないのだから……

 

倒れてる両備と両奈の体はとてもボロボロで傷だらけだった。竜巻に砂埃、そして詠の大剣…これを喰らえば選抜メンバーとはいえど無事では済ませられるわけがない。二人は痛々しい表情を浮かべながらも、体を震わせ何とか上半身だけ起き上がらせる。

闘争心はまだあるようだが、詠の最終奥義とも言える絶・秘伝忍法を食らったためダメージが相当大きいようで、思ったように動くことが出来ない。

 

だがしかし、それでもかと言わんばかりか、両備の目はまだ復讐色に染まったままだ。両奈は弱々しい瞳を揺らがせ、詠と春花二人を見つめる。

 

「くそッ……クソッ!!動け…動け!」

 

「両備…ちゃん……」

 

動きたいのに動けれない。自分の体の言うことが聞かない両備は、無理やり自分に言葉を投げかけ言い聞かせる。そんな両備に両奈は、ただただ見てるだけしか出来なかった。

もう力は残ってない…しかし、両備は諦めきれない。弱々しい体に力を入れ、立ち上がろうとしても、結果は同じことだった。

 

「認めるものか……認めるもんか……!雅緋は…雅緋は…!!お姉ちゃんを……!」

 

「両備さん…」

 

と、ここで今まで黙って見つめてた詠が口を開き、彼女の名前を思わず声に漏らす。詠はわかる、今両備がどれ程の憎しみに心を囚われ、苦しんでいるのか。どれ程辛い思いをして生きて来たのかを……

 

だって、自分もそうだったから。辛み恨みでお金持ちを恨んで生きて来たから──

 

 

 

「どうして……どうしてこうなっちゃったのよ……」

 

 

体を震わせながら、両備は大量の涙を流し、弱々しい声を振り絞った。

 

「お姉ちゃん……」

 

大切な人が消えてしまった悲しさは、同じ境遇に生きて来た人にしか分からない。だから、両備と両奈の悲しみは、誰にも癒せない。

 

「こんなことなら……いっそのこと、忍になるなんて止めておけば良かったんだ……ううん、忍なんてこの世界に無ければ良かったんだ……!」

 

「忍…?お姉さんは忍だったのですか?」

 

と、ここで詠は初めて両備と両奈の姉が忍だったということを知る。

大好きなお姉ちゃんを殺したのは雅緋だと信じて此処までやってきた。なのに、妖魔という得体の知れない化け物が、お姉ちゃんを殺しただなんて、信じられないし、仮にそうだとしてももう後戻りは出来ないのだと……

だから、狂ってしまった心は、心の傷は、苦しみは、復讐を成し遂げて解放される。復讐が成功できてこそ、大好きなお姉ちゃんの無念も晴らせ、自分たちも心に悔いを残すことなく安心して死ねる。そう思っていた。

 

 

詠と春花二人は、両備と両奈の全てを知った。本当の敵は妖魔、でも両備と両奈は今まで雅緋が姉の仇とそう信じて生きてきた。それを曲げることが出来なかった…でもどうすることもできなかった。

色んなものが、二人を縛り、苦しめてるようで仕方がなかった。

 

「お姉ちゃんがいないと……両備は……寂しくて…寂しくて……」

 

強張ってた表情は次第に脆くなり、やがて崩れて、誰よりも弱々しい声で、幼少期の頃に戻ったのではないか?と思わせるその両備の泣き顔は、先ほどの憤っていた彼女から考えられないものだった。

詠は暫し目を瞑り、真っ直ぐ真剣な目で両備を見て──

 

 

 

──バチィン!!!

 

 

 

「「!?!」」

 

「……え?」

 

詠は、全力で両備の頬をはたいた。その場の空気が変わり、両奈と春花の二人は茫然と目を丸くし詠の行動に衝撃を受けつつ、両備もまたはたかれたことに、流してた涙が止まり、叩かれた頬が赤くなる。

 

 

「シャキッとしなさい!!!」

 

 

詠は数秒間を置いた後、憤る声で両備に怒鳴った。

今まで買い物上手の若奥さんのような優しい笑顔を浮かべてた詠が、ここで初めて両備に対して怒りを露わにし、厳しい声を投げかけた。彼女からは考えられないものだった……

両備はそんな詠に言葉を失い、茫然と見つめていた。詠のその目には、怒りと、悲しみと、苦しみが込められていた。しかしソレらは、両備の持つものとは違った。

 

詠の苦しみと悲しみは、この二人の姉妹が復讐に身を焦がし、身も心も狂い、苦しみ、悲しんでいたこと。

忍になった以上、死は覚悟の上…それでも大切な人が死ぬのは、失うのは当然悲しい。幼い頃の二人なら尚更だ。

姉のために、という気持ちは悪くない。姉のために、執念を捧げ、強くなり、何かの為に戦う。それはいい事だ。

復讐、「恨むな」なんてことは言わない。人の感情、仕方のないことだ。ましてや、前までの自分もそうだったから。

 

鳳凰財閥の斑鳩というお金持ちを憎み、恨み、全てをバネにして生きてきたから。

 

辛み恨みで生きてきた自分が一丁前に説教するなと言われても仕方ないかもしれない。自分も他人のことは言えない、だからこそ「恨むな」とは言わないし、それを否定する権利もない。

 

──だからこそ言わねばならないのだ。

 

「両備さん、それに両奈さんも…あなた達も忍なら、お姉さんの思いを引き継ぐことを考えなさい!!」

 

「「えっ?」」

 

詠の言葉に二人の姉妹は言葉を失い、驚きの声を漏らす。

今まで感がても無かったその言葉に、二人はただただ詠を見つめることしかできなかった。言葉を失い、口に出る言葉も、反論する言葉もない。

 

「忍の定めは死の定め……裏社会に生きる者として誰かが死ぬことは当然であり、仕方のないことです……その大切な存在が消えてしまった怒りや苦しみ、悲しみがあることは不自然ではありません……貴方達が復讐の道を突き進むことに、責め立てる権利もありません……

 

姉のために心の刃を振るう…それは、貴方たちがお姉さんのことが好きだから。愛してるから、姉のことを想って戦う……だから、お姉さんも、お姉さんを愛してくれてる姉妹が大好きだということも伝わります……

 

しかし、そんな自分の命を簡単に捨ててしまう復讐に、そんな貴方達姉妹の姿を見て、果たしてお姉さんは本当に喜ぶのでしょうか?」

 

「「!!」」

 

詠の一つ一つ重みのある言葉。二人のためにここまで想いを込めて説教するその姿は、お姉ちゃんとそっくりだった。

優しかった両姫お姉ちゃんは、時に厳しく叱ってくれた。自分が悪いことをした時、自分が酷いことをしてしまった時、二人よくして怒られていた。でも、最後はちゃんと反省して、仲直りして、頭を撫でてくれた。

 

暖かくて、嬉しい…幸せな時間……大好きなお姉ちゃんが、詠とそっくりだった。

 

両姫の面影が、詠と重なった。

 

 

 

 

 

「両備さん、私は貴方達と闘ってる際に、少しでも殺意を向けましたか?」

 

「え?…あっ…」

 

ここで両備は気づく、戦いのなか、詠は一度も両備に殺意を向けてなかったことを。その目には戦う闘志を燃やした決意。そして何よりも…下手すれば自分は殺されてたのかもしれないのに、詠は防御することなく、両備に近づいて来た。アレは驚きものだ、普通そんな考え誰も思いつかないだろう…

 

「無論、私は貴方達に一切殺意を向けてはいません。それは何故だか分かりますか?私たちを育ててくれた母校である蛇女子学園、そして伊佐奈の野望のために苦しめられ、支配されてる忍学生たち、そして……貴方たちを救うためです」

 

全てが狂ってしまった蛇女を、両備たちを助けるために、詠は刃を振るった。

何故なら、あの時の両備と昔の自分はそっくりだったから。先ほど言ってたように、自分は辛み恨みで生きてきた…だからこそ、救いたい。

昔の自分と同じ両備を、救いたくてしょうがなかった。

 

これ以上彼女を、昔の自分へと変えて欲しくなかった。

 

「……その前に、私に殺されてたらどうすんのよ……意味、無いじゃない…」

 

「それはご心配なく、両備さんは私を殺せませんでしたから」

 

「…どういう意味よそれ…」

 

「決まってますわ…だってそれは、両備さんがお姉さんを愛してるからです」

 

「──は?」

 

意味が分からない。両備は心の中で呟き、頭の中が真っ白になった。何故、ここで姉が出てくるのだろう…そう疑問に思ったからだ。だがその疑問も、すぐに分かることになる。

 

「両備さんは、私のことを『お姉ちゃんと似てる』と言ってましたね?大好きな姉を思い出させる私が憎い…と。だから絶対に私を殺すと決めていた……そこで、分かったんです。両備さんは、私を殺せないんだって確信できたんです」

 

両備と両奈は姉のことが大好き、その気持ちは心に染み渡るほど伝わった。復讐の道に進んでしまうほど、姉への想いが強い証拠、そこに善も悪も関係ない。詠はそう解釈する。

だから詠は確信することが出来た、両備は詠を殺せないと…

 

両備は詠を見てるとお姉ちゃんを思い出すと確かに言ってた。なら、両備は殺せないハズだ……何故ならソレは、大好きな姉を傷つけ、殺そうとする意味になるのだから。

 

両姫お姉ちゃんが大好きだからこそ、両備は詠を殺せない……詠はそう判断したのだ。

まあ、お姉ちゃんと見なければ話は別なのだが、復讐心に飲まれてた彼女が詠をどうしてもお姉ちゃんと見てしまうのは無理もない。何よりも詠のその優しさは、本当にそっくりで、同じだったから…

 

 

 

 

 

「お姉さんのことが好きなら、お姉さんを想ってるのなら、お姉さんの意思を引き継ぎなさい。そうすれば、貴女達の心の中で、お姉さんは生き続けます」

 

 

 

「お姉ちゃんが…」

 

「生きつづける…」

 

姉の想いがあれば、死んでしまったとしても、姉妹の心の中で両姫は安心して生きることができる。あの世で見守ることが出来る…

 

 

「だから、復讐して、死んでしまっても良いなんて馬鹿な考えはもうやめなさい。ちゃんと生きて、お姉ちゃんが大好き。ということを、あの世にいる姉に、証明しなさい。それが、貴女達がお姉さんにしてあげれることです」

 

 

命だけでなく心を救い出す詠のその姿は、遠い昔…とは言い過ぎか、ある人物とそっくりだった。

 

「生きて…お姉ちゃんを……」

 

「……お姉ちゃん……」

 

詠は伝えることを最後まで伝えたためか、口を閉じる。両備と両奈の二人は、目から涙を流した。その涙は、怒りや苦しみ、悲しみではなく…復讐でもなく……

 

姉のために涙を流した。

 

ああ、なんて馬鹿なことをしてたんだろう……姉が殺された憎しみのあまり、本当に大事なことを忘れていた…

 

簡単だったんだ。だけど簡単なことが目に見えていなかった。復讐心のあまり、憤る怒りで、大切な姉を失った悲しみで、心を縛られるように苦しめられた辛さで、一番身近で大切なことが、分からなかった。見えなかった、忘れていた。

 

憎悪に染まっていた両備と両奈の復讐心は、先ほどの負の感情と共に、次第と輝く光に浄化されていく。

 

 

本当にお姉ちゃんが望むものは、復讐じゃない、雅緋を殺すことじゃない。

二人が立派な、誰もが認める、一人前の忍だ。

 

 

────カグラ────

 

 

その称号こそ、全ての忍が目指すもの。それこそ世間の誰もが認める忍の、最強の称号。

 

そうだ、引き継ぐんだ…姉の想いを…

 

復讐が終わって死ぬ道なんて、お姉ちゃんは一切望んでいない。そんなことしたら、それこそお姉ちゃんは悲しんでしまう。

本当にお姉ちゃんが大好きなら、お姉ちゃんの為に想うなら、カグラにならなきゃ…

 

何よりも、姉が望んでいたものは、二人の幸せな笑顔──

 

大事なことを見つけ、大切なことを思い出し、本当の姉への想いが何なのか、復讐心が無くなった今、ハッキリと分かった姉妹は、次第に顔を赤くし、先ほどまで止まってた涙が再び零れ落ちるように頬に伝わった。そして…

 

「う、うぅ……うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーん!!!」

 

途端、両奈は我慢が出来ないと言わんばかりに、顔をくしゃくしゃにし、溢れ出んばかりの涙を腕で拭い、大声で泣き叫んだ。

両奈はこう見えて両備の姉であり、子供っぽいところはあるが、ドMの変態を除けば、立派な優しい両備の姉なのだ。

因みに両奈と両備は誕生日は同じの双子なのだが、どうやら両奈が姉らしい。見た目や性格的には両備の方がしっかりしてるので、よく間違えられることもある。

 

「うっ…お姉…ちゃん………ごめんなさい……ごめんなさい…!ごめんなさい…!!」

 

両備は謝るように嗚咽を垂らし、何度も何度も頭を詠の体に当てて、両奈と同じ、顔面が涙でくしゃくしゃになり、両手を詠の腕にしがみつく。

 

間違っても良い、その代わりやり直して、正しい道へ進めば良い。

目の前の残酷な真実に驚愕し、目を背け、受け入れなくたって良い。大切なことを理解して、そこから少しずつ、その真実に近づけば良い。

 

詠は何も言わず、ただ優しい瞳で二人を見つめ、両備の頭を、我が妹のように優しく撫でる。泣き止むまで……今は少しくらい良いじゃないか。時間が経てば増援がくる…でも、良いじゃないか。

 

 

こうして、助けられた人間が、忍が目の前に、ここにいる。

 

 

──こうして、両備と両奈の復讐は、今日この日、完全に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「詠ちゃん、流石ね…」

 

詠と、両備と両奈の三人の場所から、遠くで見つめてた春花は思わず微笑んでしまう。その微笑みは、詠の優しさから来るものなのか、それとも両備と両奈が救われたことから来るのだろうか…或いは、感動的な光景に微笑んだのか……いや、全てだろう。

春花もその気になれば言えることは何個かあった。しかし、それは自分の役目じゃない、これは詠の役目だと、春花は見解し、三人の元から離れて様子を見守っていたのだ。空気を読むとは正にこのこと。

 

(まあ、でもこれで一件落着って感じかしら……

 

でも…これで全ての蛇女が救われたわけじゃない…)

 

その通り。両備と両奈は救けたとしても、今ここに在籍している 蛇女の全ての忍学生が救われた訳じゃない。まだ他にもこうして苦しんでる人達だって沢山いる。

 

(焔ちゃん…悪いけど……伊佐奈の所にはもう少し時間が掛かるかも……先に焔ちゃんや日影ちゃん、未来が着くかしら…?どの道私たちは遅い訳だし……後は頼んだわよ)

 

春花は見守ることにした、三人の時間を……

それを邪魔する者がいたらそれこそ台無しだ。影で仲間を支えることも、春花の役目だ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗雲が漂い、天を貫くかのよつに思わせる天守閣。

その最上階の部屋には、出資者の伊佐奈と、もう一人の謎の人物が会話、いいや…何かの交渉をしているように見受けられた。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ…ふむ、これでお金は頂きました。そして其方のお金は?」

 

「ああ、お前が出した金もちゃんとある……問題ない」

 

二人は大量の札束を指でめくり、数え終わると、伊佐奈は一先ず札束を机の上に置き、相手はサラリーマンのような黒い鞄に札束をいれる。

相手は帽子と顔がカラスのようなお面を被っているため、素顔が分からない。礼儀正しいそのスーツは、仮面さえ外せば何処かしらにいる、社会人と変わらないであろうものだ。

 

「お前が指定した妖魔は全て売ってやった…態々忙しい中ご苦労だったな…

 

()()()()()』…」

 

「とんでもない!お客様に対し無礼な返事は出来ませんし、仮に忙しかったとしても、お客様を無下に扱うことは出来ませんよ!」

 

魔門と呼ばれるこの男は、首を横に振り、敬語で紳士さを振る舞う。

 

忍商会・魔門。 雄英高校体育祭を観戦し、敵連合の黒霧と連絡をしていたと思われる人物。その為、敵連合と関わりがあるのではないか?という疑いが付けられている。しかし裏社会や忍の世界では彼の名は知らない。それどころか存在すらも認識されていないものだった。それが余程名誉が低い為なのか、それとも忍にすら隠れて生きてるのか…なんにせよ、彼は只者ではないということだけ理解できる。

 

「ふん、そうかよ。まあ良い……んで?これがお前がオススメの品か?なんだこれ、薬物か?」

 

伊佐奈は試験管や注射器に近い品物をジロジロと見つめている。これは一体…?

 

「ええ、これは最近ヴィランで流行りの品物ですよ!それが何とも素晴らしいものか、効果も絶大!伊佐奈様のみならず、他の方も喜べる商品ですよ!」

 

「喜べる?他の?」

 

「伊佐奈様は、此処、秘立蛇女子学園を自分の『()()()』として根城にし、悪忍を利用し自らの野望、いえ…懇願とも呼ぶべきか、革命を起こそうとしてますね?

そして革命が起こった後、貴方様は名のあるヴィランを誘い、引き入れる……そんなヴィランをもっと効率よく強くさせるためには此方のアイテムが必須なのですよ」

 

そして魔門は鞄から白い紙を一枚、文字がビッシリと書かれているものを取り出し伊佐奈に渡す。伊佐奈は受け取り見てみると『取扱説明書』と書いてあった。

 

「詳細の説明は此方に書いてありますので、使う前にはちゃんと読んでおいた方が良いかと……」

 

「なるほど…先を見据えてコレをか……お前はあの選抜メンバー(道具共)よりかはずっと使えるな……お前が此方に入れば、事が進むんだが…」

 

「ホホッ!とんでもない!私は前までは確かに凄腕の()()でしたよ?しかし、それはあくまで現役時代の話…今はしがないただの商売人です。戦力になるはずもなく、貴方様の言う道具としては使えれないのですよ」

 

奇人、怪人、奇妙とも呼べる彼の言葉に、伊佐奈は眉をひそめるも、彼の言葉が冗談にしか聞こえず、また謙遜してるように見えた。

 

「いや、使えれねえことはないだろ、これだけの商品を売ってるんだ…それにお前からは異常な気配を感じる……

俺が莫大な金を投資して研究所やら何やら作ってやる、だからお前も良ければ俺の部下にならないか?そうすりゃあ()()()世の中何かの存在に追われることなく楽して生きていけるぞ?」

 

「お気持ちは誠に嬉しい限りです。しかし私は一人の商売人…貴方様だけを特別扱いすることも出来ないのですよ。これもビジネス、私はより多くの方が商品を手につけてくれれば、私はそれだけで幸せです」

 

魔門は伊佐奈の誘いを丁寧に、紳士を振る舞い断る。伊佐奈は先ほど、焔にも断られたことを思い出し少し腹立たしい気持ちにはなったものの、魔門の性格上、そして何よりも彼の言葉に納得をせざるをえなかった。

自分と同じように、何かを、商品を必要とする存在がいる。計画、私利私欲、快楽、様々な『客』を悦ばせるために、魔門は忍商会として商品を売ってるのだ。

 

「チッ……まあ良い……それにお前だって俺の妖魔がなけりゃあ出品できねえだろ?」

 

「ええ正にその通りで御座います!貴方様が妖魔を造ってくれるのは誠に光栄でありますよ、何にせよ、()はアレだけ妖魔が大量に売れたというのに、邪魔をされてしまいましてねぇ…」

 

「邪魔?オイそれは一体誰のことだ?あの妖魔を消せるやつがいるのか?」

 

「おおっと!シット!私としたことが!何でもありません……今の言葉は忘れて下さい、私の個人的な意見も兼ねてそれは例え関係者でも口に出すことは出来ません……仮に口に出したとしても、もう意味はありませんが…」

 

「何だよ、結局言っても問題ねえじゃねえか」

 

「本当にご勘弁を、()()()()()()忍を引退したのですよ??そしてこうして今()()として危険に晒されそうになりながらも生活してるのです、貴方様にそれを言えばそれこそ、トラウマが蘇ってしまう…過去のことは思い返さない主義でして…」

 

「チッ…食えねえヤツだ……まあ良い…お前には感謝してるからな……金もこうしてたんまり稼いだ……これで5ヶ月分の忍学生(道具)は買えるな」

 

魔門は「ホッ、素敵な買い物ですこと」と薄笑いする。しかし仮面を付けてるため、どんな顔をしているのか伊佐奈には分かるはずがない。

 

「ところで、その妖魔…一体誰が買うんだ?『ヴィラン予備軍』や『ボルケーノ盗賊団』か?」

 

「ヤクザやあのボルケーノ盗賊団も確かに良いのですが、先客がいましてね、あの『戦姫衆』という組織から莫大な金を用意されてるのです、これ程の幸せはありませんよ」

 

「おいおい、まさか彼処に目をつけられてるのか?金は俺よりも上だろうな……なにせ()()()()がいるんだから」

 

伊佐奈は不快の表れた表情を浮かべ、思わず舌打ちをしてしまう。そのことに魔門は苦笑の声を漏らす。表情は分からないから本当に苦笑してるのかは分からないが…

 

「まあまあ、おおっと!こうしてる内に時間が、私も長い間此処にいるのもアレですし、伊佐奈様にまで被害が出るのもアレでしょうし、私はこれにて去りますね」

 

「ん?ああ、もうこんな時間か…時間が経つのは早えな、なんて誰もが口に出す言葉だけどよ……気づかなかった…」

 

伊佐奈は自慢の腕時計を見ながらそう呟くと、魔門は「では…本日も誠に有難うございました」と、軽く一礼し、伊佐奈に背を向け去ろうとする。伊佐奈はそんな彼に口を開き、言葉を掛けた。

 

 

「……なあ、お前は何で商売人の道を選んだんだ?」

 

 

すると、魔門はゆっくりと、伊佐奈の方角に振り向いた。伊佐奈のその目から感じ取れるは、純粋な疑問をいだく瞳だった。どうしてコイツは商売人の道に進もうとしたんだろう?という、子供がスポーツ選手を見て、なぜ貴方はこの道を選んだの?というような疑問を宿らせ、魔門を見つめていた。

 

「ホホォ…これは、今までにない質問ですねぇ……特に深い意味はありません……仮にそれがあったとしても、貴方様の期待するものや、役に立つようなものはありませんよ。なぜなら、私は見たいのですから……これからこの先社会全体が、この世界がどうなっていくのかを…」

 

魔門は薄気味悪い笑い声を上げながらも、仮面に隠されてるその表情は、きっとそこらの悪忍や(ヴィラン)とは比べ物にならないほどに、残酷で、歪みを持った顔立ちであろうことが容易に想像できる。

 

自分の商品を手にした悪意たちが、どのように使い、どの様な結果で、どのような答えを出してくれるのか、魔門は楽しみでしょうがないのだ。

 

「人は善悪問わず、必ずしも快楽を求めます。私だってそうです、他人から見れば『イカれ野郎』などと言葉を投げられても仕方がありませんし充分承知の上です。しかしそれでも何かの刺激を、衝動を、解放する悪意を、狂った暴走を、私はその目でしかと見て見たい。そして思うんです。

 

ああ、人は自由だ…忍の掟や超常社会のルールに縛られず、今こうしてやりたいことをやっている。それを見てるだけで幸せなのですよ、至極普通に…ね?その喜びに決して深い意味はございませんから…

 

そこで私思ったのです。それが私の幸せなら、作れば良いと。商品を売り、それを手にしたお客様は快楽を得るため商品を使い、暴れ狂う…お客様も喜び、それを見た私も喜び幸せになる。所謂一石二鳥というヤツです。商品とは、お客様の役に立つ為にあるのですから……」

 

だからこそ、商売人になった。危険なアイテムを手にし、それを使い自由気ままに暴れる者、それこそ魔門が望んでいた幸せだ。

悪の手に染まり、危険なアイテムを買い、それを使う。魔門の売り込み根性は底が知れず、それ以前に本当にイかれてしまっていた。その言葉でしか言い表せないほどに……

 

「貴方様もそうでしょう…?元・(ヴィラン)組織『ワイルドヴィランズ』リーダー…

 

『キュレーター』」

 

伊佐奈の名前はあくまで自分の素性を隠すための名前…忍名であり、本当のネームドはキュレーター。過去に幾多もの犯罪を犯してきた大物ヴィランであった。

 

伊佐奈は自分の机に向かい、椅子に座り先ほど魔門の商品から買った、薬品入りの注射器を見つめている。

 

 

「今は『伊佐奈』で通せ──」

 

 

その言葉を耳にした魔門は「失礼しました…」と軽く一礼し、扉が閉まったと共に彼の姿は何処にも見え当たらなかった。

 

 

伊佐奈──彼の過去の話など、とうの昔…今の彼は、蛇女を支配する悪の支配だ。




詠がますますヒーローっぽい…そして、学炎祭編がまさか予想以上に長くなるとは…
そしてあの忍商会の魔門と呼ばれる者、まさか体育祭で見てたあの謎の仮面男が、ここで登場するのは誰もが予想付かなかったでしょうに。忍商会を作った理由は複雑ですが、こう言う組織?みたいなのも必要なのだと思いました。

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