光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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お待たせいたしました、68話でございます。なんだかんだで結構早いなぁと思えてきます。
なぜ68話でこんなことを言い出すかって?深い意味はありません。ただ単にそう思っただけです。つまり、どうでも良いって意味になりますねハイ。


68話「紅蓮の焔」

「……なあ、ドアが何の為にあるか知ってるか?」

 

「ああ、知ってるさ…」

 

不機嫌な表情を露わにする伊佐奈に、悠然と、何処か余裕ぶったようなものを感じる。対して、焔はカツカツと足音を立て、苛立つ表情を浮かべ、伊佐奈に駆け寄る。

先ほど雅緋と戦ってた表情とは違い、伊佐奈を前にすると、血管が切れてしまいそうな位に憤った様子を見せる。

 

「気に入らねえな…おい、雅緋。あのバカ殺せ」

 

「!?」

 

突然命令を下されたことに、雅緋は驚き伊佐奈に振り向く。伊佐奈の表情は先ほどとは何の一変もない。

雅緋の傷を見る限り、もよや闘えることでないと、誰もが見れば分かるだろうに…

伊佐奈は何の躊躇も心配のカケラもなく雅緋に無謀な命令を下した。

 

「どけ雅緋。私は今、お前と戦う気はない」

 

焔は怒りを燃やしたその目で、伊佐奈を鋭く睨む。焔はこの時から既に分かっていた…

 

 

雅緋は伊佐奈に逆らえないこと───

 

 

雅緋は一人の悪忍とはいえ、忍学生だ。上層部や出資者と言った人間に逆らえばどうなるかなど、自分がよく知っている。

 

雅緋が伊佐奈を斬れば、間違いなく自分と同じく抜忍の身に堕ちるだろう...

道元を斬り捨て、抜忍になった自分が一番分かっている。多分言うまでもなく向こうも分かってるであろう…

 

 

だから焔は、雅緋に言わなければならなかったのだ。

 

 

本当に蛇女を救いたいのなら、伊佐奈を斬るしかないと────

 

 

 

例え抜忍になろうとも、本当の忍は己を顧みないものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……」

 

「早くしろよ」

 

────やらなければ、やられる。

 

弱々しい声を振り絞り、立ち上がる。自分がどうすればいいのか、どうすれば蛇女を救えるのかも分からなくなってしまった。

 

力があれば何もかも救えると思っていた。カグラとなり、妖魔を滅し、どんな忍にも負けない…

 

だからこそ、力が必要だった──

 

 

しかし、どれ程の力をつけようとも、決して刃向かうことが出来ない存在がいることもまた事実。

 

「はあああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

例え、勝ち目が無かったとしても──!!

 

 

 

 

 

雅緋が刀を振るおうとした瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

──ズバァン!!

 

 

 

 

 

「ガハッ───!!」

 

 

何の躊躇いもなく、焔は雅緋を斬った。ただしそれは、殺した訳ではなく、気絶させる程度に焔は雅緋を斬ったのだ。

 

雅緋は息を切らし、その場に倒れた。床には多少の血が流れ、床のカーペットが赤く染まる。

焔は倒れてる雅緋に振り向くことなく、何も言わず、伊佐奈を睨みつけていた。彼女は鋭い眼光を伊佐奈に放つ。

 

忍を自分の良いように利用し、忍としてでなく道具として扱い、簡単に命を粗末にするような彼の外道っぷりな行い、あの焔がキレないわけがない。

 

 

「ああ、片付けるのが大変だなぁ…」

 

「?」

 

伊佐奈は突然、焔から視線を外し、代わりに血に染まり倒れてる雅緋の方へと変える。

 

 

 

 

 

「所詮お前は道具か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に使えねえな」

 

 

「……」

 

「ッ…!」

 

倒れて伏してる雅緋は、起き上がる反応はないが、それでも伊佐奈の言葉に握り拳を強くし、歯軋りする。

黄金のような瞳を潤わせ、目から涙が溢れる。

 

 

悔しい──

 

 

何が悪の誇りだ───

 

 

敵に殺されることなく、こうして手も足も出ずやられ、今まで心を苦しめ主の為にと全力を尽くし、ここまで頑張ってきた。

 

 

 

なのに、使えないと判断した途端この対応。

 

 

 

所詮強くなろうとなかろうと関係なかった。自分の利益にならない奴なら迷わず切り捨てる。

忍など彼にとって消耗品、人間だなんて微塵も思ってもいないし感じてもいない。

出来て当たり前、結果が全て、彼はそういう人間なのだ。

自分の今までの苦労も、悩みも、努力も、苦しみも、抑え込んでた怒りも、全て伊佐奈に一蹴されたかのような感覚。

 

今すぐにでも斬り殺したいくらいだ。

 

 

 

 

対する焔は、表情は変わらなければ、伊佐奈の言葉に反応することもなく、歩みを止め、ただ平然と立ち尽くしていた。

 

 

 

「まあ使えない雑魚は置いといてだ…

焔、話し合おう。これ以上荒らされても無意味だしこっちが困る。

俺はお前の力を認めてるからこそ勧誘してるんだ、お互い悪を背負う者同士、大人しく話せないかなぁ…

 

前にも言ったが俺はお前と会えて嬉しいんだ。それにお前にはお礼を言わなくちゃな、お前が道元を斬ったお陰で、こうして俺は蛇女の出資者となりスムーズに計画を進めることが出来た。

その意味も兼ねて、俺はお前を誘ってるんだぞ?

悪だの何だのと、周りから嫌われ、安息の地を無くし、何かに隠れて生きる辛さ…

 

お前なら、それを経験したお前なら分かるよな?」

 

 

「黙れ」

 

 

伊佐奈の言葉を掻き消すような一言。その言葉に伊佐奈も思わず反応する。

 

同じ日陰者、嫌われ者、安息の地を無くした者、その言葉の全ては彼女に当てはまっていた。

 

両親に見捨てられ、行き着く場所もなく、ただ途方に暮れ、苦しい毎日を過ごしたあの日々は、片時も忘れない。

それを一年間過ごしてきた焔なら、誰よりも分かるはずだ。だからこそ焔は、そんな自分を拾ってくれた蛇女に感謝しているし、蛇女の、悪の寛容に命も心も救われた。

焔は、ここまで強くなることが出来た。

 

だが、今の蛇女はどうだ?伊佐奈によって支配された今の蛇女は蛇女と言えるだろうか?日陰者として生き、正義という日向に当たることが出来ず、安息の地がない、居場所のない忍学生たちが、今の蛇女に入り、果たして本当に救われてるのだろうか?

自分たちのように、蛇女の居場所が心地よく感じられるだろうか?

 

 

──否。そんなものあるわけがない。

 

 

今の蛇女は伊佐奈によって支配された、監獄…いや、地獄と呼んで良いだろう。

どれだけ数多くの忍学生がその場で苦しんだことか、どれだけの忍学生が犠牲となり死んでいったことか、今、どれほどの学生が縛られ、苦しんでることだろうか。

そんな彼女たちを、蛇女を救うために焔はやって来た。

 

 

悪は善よりも寛容だ。

 

 

 

 

だが、伊佐奈の所業は許せない。

 

 

 

 

 

 

「私はお前を、許せない」

 

 

 

 

 

 

はっきりと、そう言った。

 

 

 

 

 

「…理解出来ねえな?どうしてそこまでして拒む必要がある?何かに隠れ、苦しみながら生きるお前らに安息の地を与えてやろうと勧誘してるんだぞ?

 

拒む必要も要素も何処にもねえハズだ、仮にそうだとしても…それは一体なんだ?何がお前を動かしてる?」

 

理解出来ない。

幾ら憎き相手とはいえ、これからこの先抜忍として過ごしていけば、抜忍狩として上層部から派遣された上忍たちに始末されることなど、自分たちがよく知ってるハズだ。

仮に始末されなかったとしても、彼女たちならいつか飢え死になることも目に見えている。

 

そんなことよりも、死ぬよりも、自分の存在が汚れてまでも安息の地で生きた方がずっと良いはずだ。

伊佐奈もそうだったから。

 

 

「確かに勧誘は嬉しい…が、お前とあらば話は別だ。忍学生を自分の道具のように利用し、妖魔を造るなど、正気の沙汰じゃない!」

 

「何言ってやがる?妖魔を倒す存在こそ忍だろ?俺が妖魔を造る、そして世界中の忍たちが妖魔を倒す…

妖魔を倒すことこそ、忍が存続する真の理由なんだろ?だったら俺のやってる行為はなんら間違ってないハズだ。

 

それにホラ、言うじゃないか?悪は善よりも寛容だって」

 

「──ッ!!」

 

伊佐奈の言葉を耳にした途端、焔の堪忍袋が、逆鱗が、悪の誇りが、全部傷つけられた。

 

 

「きっ…様あああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

悪は善よりも寛容。

悪の心広き優しさに、焔はどれだけ救われたことか。

 

悪は善よりも寛容だ──

伊達に相手を助けるためや、そのような生易しい信条ではない、受け入れるには、それなりの証明が必要だ。

 

 

力で示し、自分はここにいて良いのだと言う、自分は悪として生きても良いと言う…資格、証明、それらがあってこそ、その言葉が成り立つ。

 

 

 

それを伊佐奈は、自分の都合の良いように言ってるだけなのだ。

 

 

 

 

誇も、堪忍袋も、逆鱗も、何もかも傷つけられ憤る焔は、つかさず刀を抜き取り、伊佐奈目掛けて突っ込んでいく。

刀が再び炎を纏い、刀に熱を通し、手には炎の熱さが伝わってくる。焔自身炎使いであるため、熱や炎といった激しい熱さには慣れっこだ。

そのためか、炎を使う度に肌は焼け、日焼けをした褐色の肌になっているのだ。

焔が攻めてくる中、伊佐奈は──

 

「撥ねろ」

 

「!?」

 

コートの丈を強靭で頑丈な、逞しい尻尾に変換し、鋭利な尾びれを焔に向けて襲いかかる。

大きさは先ほど紅連隊に見せたものの大きさとは程遠く違い、比べると割と小さめだ。雅緋に攻撃をした時と同じ位の大きさである。

だが焔は地面を蹴り、ジャンプして伊佐奈の尻尾を難なく躱す。

 

「ハッ!当たらないんだよ!」

 

「バァカ、下を見ろ」

 

 

伊佐奈の攻撃にハッ!と鼻で笑う焔に、伊佐奈はなんの表情も変えずに、ただ冷静に標的を見つめる。

 

「!?」

 

バキィ!っとした嫌な音が部屋に鳴り響き、焔は先ほど躱した尻尾の追撃を受けてしまう。

外した…と思わせてからの思わぬ攻撃に、焔は素早い動きをする尻尾に対応することができず、攻撃を食らってしまったのだ。

焔は天井…いや、天井なき空へと吹っ飛んでいく。

 

(焔…)

 

雅緋は何とか体に力を入れて、這い蹲りながらも、焔と伊佐奈の戦いの場から離れる(とは言っても、此処でも充分危険だが)。息を切らし、意識が朦朧としてながらも、雅緋は焔と伊佐奈の戦いを、見守ることにした。

 

 

「ったく、修繕費用も馬鹿にならないんだ。出来れば部下にしたいんだが……大人しくしててくれ」

 

「だああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「!」

 

伊佐奈の攻撃を食らいながらも、雄叫びを上げ空中からやって来る焔。

見るからに丸っ切り分かるであろう、刀を六爪にして此方にやって来る彼女の姿。

 

伊佐奈はそんな彼女を一撃で仕留めるかのように、少し尻尾を大きくし、鋭いノコギリや刃物などを超える鋭利な尻尾の尾びれを焔目掛けて襲いかかる。

 

当然尻尾の尾びれを喰らえばひとたまりも無いし、下手すれば真っ二つにされるだろう…

ここで片手の三爪(三本の刀)で反撃するも良いが、受け流しきれない、あるいは弾かれてしまう危険性が十分に高いため、焔は軽い身のこなしで、足を尾びれの先端部分、その上に足をつけると、瞬時に回転ジャンプし伊佐奈の攻撃を回避する。

 

(伊佐奈の攻撃を瞬時に見極めて…!)

 

見極めるにしても、この短時間、ましてや伊佐奈に出会って間もない焔は、相手の攻撃を瞬時に見抜くことができた。

 

一見何も考えそうにもない、単純で一直線、単細胞で、力任せの彼女は当然頭を使うようなタチでもなければ、策を講じるような人でもない。

そんな焔が伊佐奈の攻撃を瞬時に見抜き、躱すことが出来たのは、獣のような野生の勘…に近い類のものか、戦闘経験から来るものなのか…

 

どちらにせよ、焔が強いことは充分に伝わって来る。いや、この現状を見る前から、焔と刀を交えた時から、雅緋には分かっていた。

 

尾のスピードについてきてる焔は、尻尾を伝わって伊佐奈に向かって来る。

巨大な尻尾な為、足を滑らすことが無ければ、落ちる心配も無用。

 

「良い加減にしろよガキ」

 

イラっとした表情を露わにした伊佐奈は、巨大な尻尾を、小蝿を腕で払うように軽々と振り払い、焔は壁に吹き飛ばされる。

 

焔は壁にあった本棚に直撃したため、資料やら本やらがドサドサと落ちていく。本に埋もれたため、焔の姿がハッキリ見えない。

 

一方で伊佐奈は余裕の表情こそ崩さないが、尻尾は少しずつ大きくなっていることが分かる。

尻尾には僅かながら血管が浮かび上がっている。きっと尻尾による筋肉が強張ったためなのだろう…つまり、伊佐奈も少しずつ力を解き放っている訳だ。

 

「でりゃあ!!」

 

静かになった部屋にまたしても焔の荒い声が部屋に響き、刀を振るう。

どれだけ攻撃しても、いつまで振り払っても、負けを認めず諦めず、攻めて来る彼女に、伊佐奈は益々煩わしそうな顔をする。

 

「イラつくな」

 

とうとう口に出し、先ほどの攻撃と同じく、尾びれの先端部分を使って焔目掛けて襲いかかる。

図体に似合わず凄まじいスピードを誇る尻尾に、戸惑いを隠せないにも関わらず、焔は達人のように、それをうまく紙一重で躱した。

 

 

着実に伊佐奈に対応している。

 

 

「しつけえな」

 

 

だが圧倒的な力は焔を許さない。

 

 

巨大な尻尾を横に振るい、流石の焔もこれには避けれないか、攻撃を食らう。

圧倒的なる尻尾の存在に、焔は軽々と壁にぶつかる。

 

(着実に、少しずつ、的確に避け、僅かならがに距離を詰めてきてるな…どんな潜在能力を秘めてやがるんだこのガキは…)

 

しかし、焔の実力は伊佐奈も正直に認めざるを得ない。

此方はまだ無傷とはいえ、向こうは傷だらけ…ましてや雅緋と死闘を繰り広げたのだから。

それを踏まえて伊佐奈とここまで互角に渡り合える焔の実力は、言うまでもない。

 

「しかしまあ、随分とダメージは溜まったろ?」

 

伊佐奈の言葉もまた事実。

雅緋と死闘を繰り広げ、今こうして伊佐奈と対峙し、かなりの痛手を食らった焔がダメージを蓄積しているのも当然のこと。

 

「……しかしまあよくこんだけの実力を持つものだ。これ程の実力を備えてるのなら、是非ともウチの部下として欲しいんだが…

 

ここで一つ聞く、仮に俺を倒したとしてだ。お前はこれからどうするんだ?」

 

一旦攻撃を止め、伊佐奈は悠長に傷だらけの焔に話しかける。

焔も殺意、敵視する目は変わらないが、攻撃を向ける敵意の目はなくなり、口を開く。

 

「決まってる…私は、いいや…

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちはカグラになる!!」

 

「あ?カグラだと?」

 

揺るぎなき信念を抱く心、真っ直ぐ、純粋で何の迷いもない、真に迫る言葉に、伊佐奈は訝しげな顔で焔を睨みつける。

嘘は言っていない、本気でカグラになろうとしてる。

 

伊佐奈も勿論カグラのことは知っている。伊佐奈は上忍に肩を並べ…それ以上の実力を備わっている。

当然カグラについて知る権利はあるし、カグラが一体どのような存在なのかも理解している。

 

理解してるからこそ、カグラへの道が険しいことも当然諒解している。

 

「ハッ、お前がカグラにか?寝言は寝て言え、お前如きの人間がカグラになれるわけがないだろ?」

 

焔の信念を小馬鹿にし、一蹴し、否定するかのような台詞。

カグラになろうと思ったことは今まで無いが、それでもカグラという存在がどれ程の意味を表すのかは知っていた。

 

「カグラは並の忍やそこらの人間がなれるものじゃ無い…少なからずお前はないな。仮にカグラになるにしても計画はあるのか?実力は?戦力は?ねえだろ?抜忍でありながらカグラは無理だな…そもそ「黙れ」…なに?」

 

伊佐奈の言葉を焔は搔き消すように遮った。その言葉は、ただ単に伊佐奈の言葉が鬱陶しい、聞きたくない、耳障りだ…という意味ではない。伊佐奈がカグラを語って欲しくないという想いは確かにあるが、焔が第一印象気に入らなかったのは…

 

 

 

相手の信念を見下し馬鹿にすることだ。

 

 

 

それを聞き流してしまえば、反論もしなければ、自分のプライドを、傷つき否定されてしまう。そんな気がしたから。

 

「お前みたいなヤツが、カグラを語るな。出来ないだと?ならカグラになるまで強くなれば良い、違うか?

 

カグラになれない?やりもしないのに決めつけるヤツは三流だ…

 

計画?実力?戦力?そんなもの、カグラになるのに小難しいことなど必要ない…違うか?

 

 

お前こそ、カグラについてなにも知らないんじゃないのか?伊佐奈」

 

「……随分と、饒舌になったじゃないか焔……」

 

 

伊佐奈は何の表情をとることなく、少しずつ、少しずつと足を動かし焔に近づいてくる。

何の平素もない声に、その表情は先ほどと同じ余裕の顔立ちだ。

伊佐奈の尻尾が再びゆっくりと動き出したことに、焔は次の攻撃が来ると先を読み、瞬時に警戒態勢に入った。

 

その途端。

 

「なっ!?これ…は?」

 

体が動かなくなった。体に力を入れるにしても、全く動く気配は微塵もない。

特に体に異常は無いし、何もされてはいないのだが…

傷を負ってしまったとはいえ、急に体が動かなくなるのもおかしい…そんな現象あり得ない。

 

しかし焔にはこの現象を一度経験したことがある。

体に力を入れても、自由が効かず、その場に倒れ伏したことを…鮮明と記憶が蘇ってくる。

 

 

そして、伊佐奈は僅かながらに、敵意…いや、悪意溢れる闇を覆った不敵な笑みを浮かべる。

 

(!!そうか、これはあの時の…!)

 

伊佐奈の気味の悪い笑顔を見た瞬間、これが伊佐奈による特殊な術によるものだと見解した。

 

これは、まだ選抜メンバーと戦う前のこと、焔達紅蓮隊の五人が、伊佐奈に吹き飛ばされる前に、一度この経験を直接味わったことがあった。

 

エコーロケーションによる超音波の一種。

 

ま さ か──

 

 

「気付いたか?お前が悠長に話してる隙に、超音波を仕掛けておいたのさ、お前が幾ら強かろうと、生物の持つ能力の前では無力なんだよお前は…今まさにこの現状が物語ってる」

 

しまった──

焔は伊佐奈の策略にはまったことに、顔を青ざめる。

これが狙いだったんだ伊佐奈は、相手の動きを止める、そうすれば幾ら強かろうと関係ない、力を入れても動けない自分の体を恨んでしまう。

 

焔の表情を見て、さぞ愉快そうな顔立ちをする伊佐奈は、尻尾にキラリと光る尾びれを、焔の顔面に狙いを定める。

 

「確かカグラが…なんだっけ?」

 

悠然と立ち尽くす絶対的支配者、伊佐奈──

焔を見下す悪の支配者が、人の道をはずした、最早悪魔と呼ぶに等しい彼は、嘲り笑い、尻尾を強く、デカくする。

 

(まずい…焔が…!!)

 

あのままでは焔が死んでしまう。遠くで見守っていた彼女は、そう確信を得た雅緋は、力を入れて立ち上がろうとするも、ダメージの蓄積により、全身に激痛が走り、痛みで表情を歪ませる。

 

「クッ…!まだキズが……」

 

雅緋は壁にもたれかかり、息を切らし、動ける力も残っておらず、ただその場を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

(クソッ!まさか…こんなところで…!)

 

焔は、目の前の惨状に、自分が殺されてしまうかもしれないという立場に、言葉を失い絶句していた。

蛇女を救いに来たのに、伊佐奈を倒しに来たのに、伊佐奈に対して手も足も出ない焔は、自分の情けなさに、己の未熟の弱さに歯軋りする。

 

(私はまだ、カグラになっていないのに……いや、まだ飛鳥との決着だって付いていない…!!仲間達だっているのに…!なのに私は…私は…!!!)

 

無理だと分かっていながらも、なんども何度も体に力を入れ、焔は体を動かそうと全力で抗っている。

 

 

死ぬわけにはいかない、

 

 

 

仲間のためにも、

 

 

蛇女のためにも、

 

 

自分だけじゃない、飛鳥のためにも。

 

 

 

今ここで、死ぬわけにはいかないんだ…!!

 

 

「あばよ」

 

伊佐奈がサヨナラの言葉を言い放ち、焔は目の前の尻尾に目を瞑る。

 

 

 

これで、終わってしまうのか──

 

 

 

ドシュッ!

 

「クッ?!」

 

 

刹那──

 

何やら物を刺したような、嫌な音が、伊佐奈の悲痛の言葉が、焔と雅緋の耳に届いたのだ。

いつまで経っても襲いかかってこないので、おそる恐ると閉じてた目を開けると…目の前には…

信じられなかった、その人物が今こうして自分の前にいることが。

 

「無事か!?焔!」

 

「なっ…お、お前は──」

 

どうしようもなく衝撃的で、思わず息を呑む。壁に背を合わせてる雅緋も、「お前は…?」という、疑問を抱いた眼差しをその人物に向け、対する伊佐奈は、『頭』にクナイを刺され、血が流れ出てる彼は「誰だてメェは…?」という、怒りと殺意を含めた目で睨みつける。

 

「む、無茶だ…!お前が勝てる相手ではない…!!すぐに退け!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『旋風』!!」

 

 

旋風だ。

実力はまだまだ未熟な新入生、兄の仇である焔に復讐しようと、幾度となく挑んで来た、あの旋風だった。

旋風は「焔は私の獲物だ!」と伊佐奈に叫ぶ。

 

「テメェ……下忍か…俺に逆らいやがって…!!」

 

伊佐奈は、自分よりも下の存在…ましてや自分の道具である忍に、下忍に、弱者に傷つけられたことに、自分の誇りも、逆鱗も傷つけられ、頭に血がのぼる。

血走ったその目は「道具が、殺す…!」とハッキリとそう言ってるように聞こえる。

旋風は忍者刀を手に取り、伊佐奈を睨みつける。

 

「よせ!やめろ旋風!!お前が、お前が勝てる相手じゃないんだぞ!?早くここを──」

 

「焔…」

 

必死に言い聞かせるようにと忠告する焔に、旋風は焔を見つめ、小さく笑った。それは覚悟を決めたような表情だった。

 

「うおおおおぉぉっっ!!」

 

覇気を孕んだ声、魂の叫び、気合を入れた刀を手に持ち、伊佐奈目掛けて振るう。焔は旋風の行動に言葉が出ず、そのまま見てるだけしかできなかった。

 

「雑魚が、壊れた道具がどうなるのか、ちょいと見せてやるか」

 

「伊佐奈!!やめろ!!!」

 

伊佐奈は焔の言葉など聞く耳持たず、視線を変えず、巨大な尻尾を強く振るい、旋風はそれを直接食らってしまう。

 

ドガァン!!と物騒な音が部屋に轟く。

壁に打ち付けられ、旋風は口から血を吐き、背骨は嫌な音を立て、音もなく、糸が切れたように倒れこんだ。

それを見た焔は、全身血の気が引き、雅緋は目の前の出来事に言葉を失う。

 

 

「旋風!!!」

 

 

焔はようやく伊佐奈の超音波による影響が解け、彼女に駆け寄り体を引き寄せ声をかける。

全身打撲、全身の骨はほぼ粉砕され、衝撃によるショックにより、内臓もやられてしまっただろう…

呼吸を震わせ、旋風は朦朧としてる意識の中、焔の手をしっかりと掴む。

 

「ほ……むら……」

 

「しっかりしろ!旋風!!」

 

「ハハ……弱いなぁ……私……」

 

旋風は蚊の鳴くような声で言った。旋風の目には薄っすらと涙が溜まっており、一筋の涙が流れ落ちる。

 

「でも、焔は……こんな私に、ダメな私に……忍の才能のない私に……お前は……真正面から向き合ってくれた……」

 

「……バカ…!そんなの…当たり前だろ……」

 

焔の目に大量の涙が浮かび上がり、頬に伝わりこぼれ落ちる。その涙がポタポタと、旋風の手に、顔に滴り落ちる。

 

「焔……兄さんのことなんか関係なく、アンタと会いたかった……そして、お前みたいに……強くて……頼れるような……そんなお前になりたかった………

 

でも…お前のお陰で、私は勇気を出して……伊佐奈に……立ち向かうことが出来た……」

 

あの時、焔はこう言った。

 

 

 

『お前の力が必要なんだ。本当に蛇女を語るなら、想うなら、一人の生徒なら……な』

 

 

 

 

確かにあの時はそういった。今でも覚えている。

旋風は確かに下忍で、弱くて、忍の世界からして言えば一番の下っ端で、褒められた成績など毛頭ない。

 

しかし、どんなに弱くても、忍として、生徒として、蛇女を想う心はどうだろうか?

旋風は、例え自分が弱くても、相手が逆らえない上層部だとしても、動かずにはいられなかった。

 

 

焔のあの言葉を聞いて、自分も一人の忍として、刃を振るわなければならないと、そう決心したのだ。

 

だから、旋風は例え相手に勝てなかったとしても、命を賭してまで、立ち向かったのだ。

 

 

「兄さんのことなど関係なく…お前に会いたかった………そうしたら……私は……きっ…と………」

 

 

そう言うと、旋風は静かに目を瞑り、息絶えた。

 

「旋風……」

 

焔の顔は、今まで誰にも見せたことがないくらい、涙で顔がくしゃくしゃになっていた。

今まで忍との戦いに於いて、生きるか死ぬかの生死を分けた戦いに不満を持つこともなければ、悲しむこともなかった。

忍の定めは死の定め。

戦争で人が死ぬのが当然のように、忍同士の争いで死ぬのは当然だし、仕方のないことだとは思っていた。

 

 

しかし、焔は旋風の死を目の前にして初めて、他の人が死ぬと言う悲しみを、苦しみを、辛さを、その身に、一生忘れないであろうと、身に染みた。

 

人が死ぬと言うのが、ここまで残酷なものなのか…

 

 

目の前の旋風の死に、焔は絶句した。今まで自分を殺そうと己を磨き、暗殺しようとあらゆる策や手を出して向かってきた彼女に、どこか家族に似た温かいものを感じた。

彼女もきっとそうなのだろう…その存在が、彼女が、目の前で殺され、死んでしまったのだ────

 

 

「使える使えねえ以前に、道具が俺には向かい簡単にくたばりやがって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んで当然だな、ゴミが」

 

 

 

 

プツン──

 

 

「──おい」

 

焔の中に、何かが切れる音がした。ドスの利いたその声に、伊佐奈だけでなく、今まで呆然とただ眺めることしか出来なかった雅緋でさえも感づいた。

 

「今…なんて…言った?」

 

焔は旋風を抱きかかえ、ゆっくりと立ち上がった。そして目を覚ますことのない旋風を、焔は部屋の端に置く。

 

「はあ?何にキレてんだテメェは?役に立たん道具は唯のゴミだろ?殺して何が悪い?」

 

「何がおかしいんだ?」と本気で言ってるのか、と疑問を抱く伊佐奈の言葉…アイツの声を聞けば聞くほど、焔の心は紅蓮の炎で満ちていく。

 

 

焔は七本目の刀を手に持ち、静かに抜き取った。

 

 

シュン──

 

 

次の瞬間、焔は姿を消した。

 

「「!?」」

 

伊佐奈と雅緋の二人は、突然焔の姿が消えたことに動揺し、目の前で起きた光景に驚愕する。

まるで瞬間移動でもしたのか?と思わせるそのスピードは、先ほどまで戦ってたものとは訳が違った。

 

 

そして──

 

 

「はあああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

突如目の前に、紅蓮の炎に染まった、七本目の刀『炎月下』一本のみ手に持ち、魂の叫びと共に、強烈なる一撃を伊佐奈の顔に斬りつける。

 

グワッシャァン!!

 

「!?!」

 

訳もわからず、顔を斬られ、一閃の傷痕を残した伊佐奈。

ヘルメットの部分も形を保てず、一閃描かれた傷が印象的によく見える。

 

紅い一閃により、伊佐奈は声を上げる暇もなく、焔の炎月下の斬撃をくらい、体をよろめく。斬られた一閃の傷口からは、血が流れてくる。

 

「伊佐奈…お前は私が絶対に倒す。お前と言う存在だけは…絶対に許さんぞ!!!」

 

「もういいや…お前。話にならねえ…」

 

お互い怒り昂り、互いに怒りを燃やした瞳が揺らぐ。

 

 

 

旋風の死と怒り、炎月下による紅蓮の炎となった彼女の名は…

 

 

 

 

 

──『紅蓮の焔』

 

 

 

 

 

紅蓮の炎は、伊佐奈を許さない。




旋風を失った焔は、色んな大切なことがあることを知った。だからこそ、それを一蹴し、バカにし嘲り笑う伊佐奈だけは、命を簡単に粗末にする伊佐奈だけは、許せない。

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