光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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長かった…この日まで…
長かった、学炎祭…

学炎祭完結。
なんか半蔵&雄英よりも、蛇女の話が長かったような気がします。
次回からはヒーロー殺しステイン編に入ります。いよ、待ってました!
ではどうぞ


71話「学炎祭終了」

「グアアァァッ!!?」

 

急遽、キュレーターの頭部は紅蓮と爆炎の炎の海に飲み込まれ、焼きつかれる。

紅蓮のような紅き炎、爆破によるオレンジ色に近い炎、この二つの力が誰によるものなのか、今のこの状況で分かるはずがなかった。

 

「これ…は?」

 

「何や…これ…?」

 

「突然…炎が出たと思ったら、爆発した?」

 

「ねえ、ちょっともしかしてこれって…」

 

皆の表情は先ほどの不安や恐怖、焔を失った悲しみ、怒り、苦しみ、数々の負の感情から一転、段々と明るく、喜ばしい表情へと変わっていく。

 

まさかだとは思うが…この状況だからこそなのか、もしかしたら…もしかしたらこれは…

 

「皆んな、心配掛けて済まないな…!!」

 

「焔(さん)(ちゃん)!!!」

 

紅蓮隊のメンバーは、我らがリーダー、焔が死の淵からここに戻って来たことに歓喜を浮かべる。

 

「焔…?」

 

「これは…」

 

雅緋は、これが焔による仕業だということと、あの状況で死から舞い戻って来た彼女に、驚愕な表情を浮かべる。

目の前の光景に充分驚かされたが、それよりも焔の変化に驚いたのだ…

 

なんと、紅蓮に燃えゆる髪は、更に真紅の色に染まり、体からは異常なまでの熱…炎がまるで生きてるかのように揺らぎ、バチバチと小さな爆破の音を立てる。爆竹みたいな音を立てていた。

 

炎が唸りを上げる度に、爆破を起こし、彼女に近づこうものなら火傷なんて生易しいものではない…

爆炎に飲み込まれ、死さえ錯覚させてしまう。

 

一方鈴音は表情を曇らせていた。

あの炎が焔によるものだと知り、最初は「よくぞやった」と思っていた。

鈴音だって一流の忍でもあれば教師でもある。

誰かを見る目は確かにある。

 

しかし、焔のこの姿には、驚きを隠せなかった。

忍装束や見た目は変わっていないものの、その焔から湧き上がる闘志は、自分の実力をも超えて居る。

 

今のこの焔は、ここにいる誰よりも一番強い。

 

 

多分その気になれば、鈴音や大道寺二人が相手でも、今のこの焔には勝てないのかもしれない…

 

 

「焔ちゃん…それは一体…」

 

「詠…」

 

先ほどとは別人のように見える焔の異常な強さに、詠は声を震わせ彼女に声をかける。

そんな詠に焔は彼女の顔を見つめ、ニカッといつもの、頼り甲斐ある強い笑顔を見せた。

その笑顔に、詠は頬を僅かながらに朱く染め、焔から放たれる闘志が、詠にとってはとても心地よいものに感じたからだ。

 

まるで紅蓮の炎が、優しく包み込むように、太陽の光のように優しい暖かさが全身に行き渡るその感覚は、いつまでもこうしてここにいたい…彼女から離れたくないと、そう錯覚させていた。

 

 

 

 

 

「グァッ……アァァ…!!」

 

 

キュレーターの鼻や口、噴出孔から油っぽい液体が垂れ落ちていく。

これは脳油という鯨が持つ油のことだ。脳油を固めることが出来れば、液状化して水を噴出することが出来る。

 

キュレーターは脳油を固めて頭を強化し、隕石のような頭突きを何度も繰り返していたのだ。

しかし、焔によって内側から頭をやられた今、溢れ出んばかりに脳油が吹き出していたのだ。

 

その為、今のキュレーターは防御力0の状態…頭部の攻撃を喰らえば、例えトリガーで個性を強化してもひとたまりも無い。

 

(脳油が…!これは不味い!脳油を抜かれたら俺は……頭で攻撃することが出来ない!!)

 

ここで初めて見せる焦りの表情、キュレーターの弱点は頭部。

元々クジラやシャチといった魚は、メロンのような頭部にとても弱い…

また両備や雅緋、焔のように、爆破や炎といった攻撃は、肌を乾燥させるため、より一層弱い。

 

覚醒と呼べばいいのであろうか、焔は死の淵から舞い戻り、更なる力を習得した。

 

そして先ほどの爆破と炎の攻撃…頭部がやられた今、無事で済むはずがない。

 

「クソ!!バカな!?なんで…何故だ!?お前は死んだはずだ焔!なのに何故…お前は……俺の前に立っている!?」

 

目の前に立ち尽くす焔、その目は未だ死んでおらず、寧ろ忍の生を感じる。

 

生きたい、まだ死ぬわけにはいかない、生きて、強くなって、命を燃やし、生きていたい。

 

大切な仲間とともに、カグラを目指し、生きていく、強く生きていく。

 

 

忍が、生の心を芽生えた、新たな忍…カグラに最も近き、それ以上を超える可能性を秘めた、新たな世代の忍の誕生。

 

 

「二重の遁術…そんなのあり得ねえ……なんだこの馬鹿げた闘気は?この尋常ない威圧感は……

 

生伝忍法?そんなの……そんなの…

 

 

知らねえぞ!?!?」

 

あの伊佐奈ですら知らない未知なる力に萎縮してしまう。

秘伝忍法に、超秘伝忍法、絶秘伝忍法ならば話はまだ分かるものの、それすら超えるこの生伝忍法とは、聞いたことがない。

 

焔の眼光がキッ!とキュレーターを、篝火を轟々と強く焚き、怒りを燃え盛らせるその目に、キュレーターは更に後ずさりし冷や汗を垂れ流す。

 

「おい、伊佐奈」

 

「ッ!?」

 

焔の発する言葉に、名前を呼ばれただけで震え上がる。

あの海の王者たるクジラが、キュレーターが、悪の支配者が、恐れをなして驚愕している。

 

「仲間を散々傷つけ、蛇女の皆を苦しめたんだ…それなりの覚悟は出来てるんだろうな?」

 

「お、おい…」

 

焔は、ゆらりゆらりと炎が燃え盛るように、ゆっくりと歩いて近づいてくる。

一歩足を踏み出す度に、地震でも起きてるかのような錯覚、近づいてくる度に彼女の威圧感がヒシヒシと伝わり、全身が痺れるような感覚を覚えた。

 

 

──これは、ダメだ。

 

 

勝てない。それは自分の思考回路から来た答えではなく、生物的本能が負けを認めたのだ。

 

それは動物系の個性による本能なのか、それとも人間によるものなのか、定かではないが、焔には勝てないということは分かっており、キュレーター自身、認めざるを得ない。

 

 

(…!ダメだ!コイツ…この、この生伝忍法とやらを持つコイツには…勝てない、ダメだ!!強すぎる!!)

 

「お前によって無念に殺された数々の忍たち、その中には旋風もいる……」

 

「お、おい止せ焔…」

 

近づく焔に恐縮し、身体を更に小刻みに震え、心の底から弱音を吐く。

 

だめだ、ダメだ、駄目だ。

ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ────

 

「お前は私が斬り捨てる」

 

「来るな…!!!」

 

ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!!!!

 

 

炎月花の刃先をキュレーターに突き立て、斬りかかる。

 

 

「やめろ!!!!」

 

 

キュレーターの、伊佐奈の初めて見せる、弱々しく、大きな悲鳴混じりの絶叫。

 

 

 

 

「生・秘伝忍法!【炎王紅蓮爆炎刃】!!」

 

 

 

背中にある六つの刃が宙に浮き、ジャグリングのように巧みに操り軽々しく使いこなす。

一つ一つの刀が、炎月花と同じ紅蓮の色に染まり、紅蓮の刃と化す。

その六つ刃が、一本ずつ、順番ずつキュレーターに襲いかかる。

 

一つ。

 

ボガアアァァン!!

 

「ガッ?!!」

 

たった一本だけでこの高威力。

雄英生の彼、爆豪勝己のコスチュームの両手に付いてある籠手の手榴弾の威力と変わらぬ大規模な爆炎。

触れた瞬間に大爆発を起こし、紅蓮の炎が海のように彼を包み燃やして行く。

 

二つ。

 

これも先ほどの一本と何も変わらない。

腕に突き刺し、大爆炎を起こしては右腕のダメージに耐えきれず、思わず右腕の体勢を崩し、体のバランスそのものを崩してしまう。

爆炎が彼を包み込み、黒い煙が濃く巻き起こり、姿が見えない。

 

三つ。

 

四つ。

 

五つ。

 

六つ。

 

爆紅炎を纏った刀は止むことなく次々に、彼に襲いかかる。

声を出す間も無く、キュレーターは激しい爆紅炎を浴び、身動きが取れない。

焔はこれが最後だと見なすと、七本目の刀、炎月花の柄を強く握りしめ、力を入れる。

ドクン…心臓の鼓動が脈打つように聞こえる。

 

炎月花は空間そのものを切り裂くかのように、風を切り、獲物を、標的を、伊佐奈を目掛けて突っ込んで行く。

 

炎と爆破の相性の良い連鎖、キュレーターの目の前に来ると、焔は勢いつけて刀を掲げる。

 

 

 

「これが!未来のカグラの力だああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

ボガアアアアアアアアァァン!!

 

 

「ッッッ!!!ガアアァァアァァァァァ!?!」

 

紅蓮と爆炎の最大火力。真っ直ぐ、縦一直線に斬られ、斬り刻まれたキュレーターの頭部から、赤い血が吹き出し、噴出した血が炎に飲み込まれ、蒸発していく。

断末魔を上げたキュレーターは、体全身火傷を覆い、ボロボロまみれの姿となり、渾身の斬撃を食らったキュレーターは、白目を剥いて、後ろへとゆっくりと、崩れていく。

ズズゥン!と鈍く重々しい音が、この空間に轟、大地が唸る。

 

 

目の前の光景を目に焼き尽くす彼女たちは、何も口に出すことが出来なければ、唾を飲み込み、目の前の出来事に動くことも、戦うことすらも忘れさせ、ただただ呆然と立ち尽くし、観てることしか出来ない者もいた。

 

また、雅緋も焔の歴然とした力の行使に驚きを隠せなかった。

カグラの可能性に最も近い実力を持った、焔に驚愕の色に表情を染めていた。

抜忍として命を狙っていた、そんな焔が、今まで自分より下だと思ってきた彼女が、自分以上の実力を発揮したのだ。

 

(この力は…一体……アレが、焔……)

 

カグラの片鱗を見せた焔を前に、憧れに近い眼差しを向けるその反面、どこか悔しい気持ちもあった…

それは、彼女の実力を認めざるを得ない訳ではなく、誰よりも必死に、死に物狂いで追い求めていたカグラの力を、称号を、彼女に先越されたようでままならないのだ。

 

一体、あの短時間で何があったと言うのだろうか?

 

馬鹿力…もあるかもしれないが、それだけであれ程、身震いするような力は発揮できないだろう…

それに生伝忍法なんて聞いたことがない…どの忍の歴史書や、教科書を読んで来た自分でも、それだけは分からなかった、きっと忌夢や両備も同じことを思ってるだろう……

 

それとも、単に自分たちに知らされてないだけなのか?

 

数々に湧き上がる疑問に、雅緋は色々と悩まされながらも、ゆっくりと立ち上がり、彼女に近づく。

 

「焔…お前……」

 

「雅緋…」

 

雅緋の声に反応し、気絶し倒れていたキュレーターから、雅緋へと視線を変える焔。

雅緋は声を掛けたのは良いが、なんて口に出せば良いのか分からなかった…

思わず声を掛けてしまったものの、言いたい事がありすぎて、何から先に話せば良いのか分からない…

 

そんな戸惑う表情を見せる雅緋に、焔はクスッと微かな笑みを浮かべた。

 

「何をそんなに戸惑ってるんだ雅緋?言いたいことがあるなら、言ってみろ」

 

彼女のその健やかな笑顔は、とても優しく、暖かく、家族の温もりでさえ感じ取れるほどの、とても居心地の良い感情だった。

この気配は、この暖かさは一体…

 

先ほどまでの焔とは全くの別人みたいだ…だが目の前にいるのは事実、本物の焔だ。見間違えるわけがない。

 

雅緋は少し頬を桜色の、純粋なピンク色に染めてもじもじと恥じらう。

 

 

そうだ、言わなくては…感謝の言葉を──

 

「ほ、焔……えっと、その……

 

あ、あり……ありが──」

 

「――殺す!!」

 

「!?」

 

突如背中から凍てつく殺気の声が聞こえた。聞き覚えのある、嫌な声…こんな声などもう二度と聞きたくないと、心の底から願ってしまうこの弱々しい声に、皆はその声の主へと視線を変え、注目する。

 

「ゴフッ!ガッ……アッ!アァァ………はぁ、ハァ………」

 

この声の主は最早言うまでもなかろう…伊佐奈だ。

キュレーターの名前を隠し、鯨の化物へと姿を変えた、伊佐奈だった。

あの焔の生伝忍法の技をくらい、まだ意識があることに、それこそ驚愕する。

いや、驚愕どころか軽く恐怖を抱くくらいだ。

 

「クソ…がぁ!!焔……焔あぁ!!テメェだけは、何があっても…許せねえ……ゴフッ!

 

俺は…自分の計画のためとは言え…テメェらが存在維持できる蛇女を、悪忍育成機関養成学校に名を轟かせ、デカくしたんだぞ!!

 

それなのに…なんで…何で俺に逆らう……道具どもが俺に……こんな、はず…じゃあ!こんなはずじゃあ無かったんだ!!

 

焔がここへやって来て……俺は全て狂わされた…!計画も全て水の泡となった……気に入らねえ…気に入らねえよアイツ!!」

 

 

意識はない。気絶している。

不思議なことに、彼の姿は鯨のまま、少しずつ縮んでいき、小さくなっていく。

にも関わらず、彼は怒り深い怨みによる執念で、意識も理性もなくしたまま、喋っているのだ。

よっぽど焔への憎悪が強い為か、気に入らないらしい…

当の本人は、目の前の伊佐奈に呆れて、何も言わない。

言う気もない、言う気力すら失せてしまう…憐れんだ目で伊佐奈をただジッと見つめていた。

 

「雅緋!命令だ!!コイツら全員殺せ!焔を!あのクソ生意気なガキをブッ殺せ!

 

妖魔を解放しろ!俺の造った妖魔全部使って…あの野郎を地獄の淵に叩き落としてやる!

 

俺のために働け雅緋!がはっ…!げほっ……!俺のために、ヤツを殺せ!あの女を…今すぐ殺せ!

 

殺せ!殺せ!殺せえぇ!!」

 

「これが…私たちが従ってた、蛇女の支配者…哀れな強者か…」

 

頭ではもう喋ってないのか、裏切られたことなど当に忘れ、雅緋に命令を下している。

しかしそれも伊佐奈の言葉は全て虚しく消えてしまう。

黙々と見つめる雅緋は、焔と同じく憐れんだ目を細め、やがて人並みサイズまで縮んだ彼をジッと見つめる。

 

「おい!何をしてる!雅緋!早くころ――」

 

「もう黙れ」

 

――ザグッ!!

 

「!?」

 

途端、雅緋は先ほどいた場所から瞬時に、目にも留まらぬ素早さで、伊佐奈を斬る。

ザシュッ!とした人を斬る音が豪快に聞こえた。

血が吹き出し、伊佐奈は喋っていた口をようやく閉じた。

 

「安心しろ、殺しはしない。お前は数多くの忍学生を利用し、己の野望のために命を奪って来たんだからな。

 

そう簡単に殺しては意味がない…

忍学生(私たち)を見下して来たコイツには、キッチリと反省してもらわなければならない。コイツにはその義務がある」

 

「雅緋…」

 

焔だけでなく、他の四人も思わず声を漏らす。

雅緋のその表情は、怒りに染まった顔ではなく、いつもの厳しめな表情だった。

 

「それにコイツはもう倒したも同然だ。コイツは(ヴィラン)なんだろ?なら処分するのは私たちじゃなくても良いだろう…

それに私怨で殺すのは忍として反している…気に入らないから殺すじゃ、コイツと同じだ。私たちはコイツのような外道にはならん…

 

まあ最も、コイツには監獄がお似合いだろう。焔が、お前たち紅蓮隊のお陰で私達は変わることが出来た。なのにコイツは変わるどころか、此処までしても変わらんバカだ。

 

だから、己の罪と弱さを悔い改めさせ、変えさせる。それが私のやり方だ」

 

雅緋は頭部に突き刺した刀を抜き、血が付着した刀を軽く振り払い、血飛沫が飛ぶ。

 

「そして、焔。ありがとう…お前や、仲間たちのお陰で、私たちは変わることが出来た。救かった――心から礼を言うぞ焔」

 

雅緋は、恥じらいを捨て、素直に真っ直ぐ、彼女の瞳を見つめ、心の底から感謝の礼を言う。

雅緋に礼を言われ、最初はキョトンと面食らっていたが、直ぐに穏やかな表情に戻り「そうか、それは良かった」と呟いた。

 

さっきまで敵同士だった筈なのに、死ノ美を交わし、共闘したことで、友となった。

不思議なことだ…タダでさえ命を懸けた危険な戦いをしていたのに、今ではもうそんなことさえ気にならない…

 

焔たちが、半蔵学院と仲が良いのも、飛鳥の言ってたことも、なんとなくわかる気がした。

 

 

ポゥ…

 

ふと焔の体は光に包み込まれる。光の粒子が少しずつ、彼女から消えていくように…

 

「!?」

 

「こ、これは…?」

 

突然焔の体が光り出し、その光の粒子が消えていくのに、周りの皆んなだけでなく、自分自身驚かずにはいられなかった。

焔の身に一体何が…?

 

そう思った後、包み込まれてた光は弱々しく、散るように儚く消え、焔の髪は元の黒髪に戻っていた。

特に焔自身、見た目的には何の変化もないため、問題ないように見える…が、実はこれには大きな変化があった。

 

「お前…紅蓮を解いたからなのか?気配がまた変わったぞ?それも…前と同じ…」

 

前と同じ。雅緋が言ってるのは、あの生伝忍法を習得する前のことだろう…

自分も何故かと弱くなった気がする、力が失われたような、喪失感が感じられる。

 

そうか、あの力は借り物だからなのか?

 

焔は自分が本当の意味で死にそうになった時、生と死を彷徨ってた時に、あの世の境目で見知らぬ死忍?と会ったことをふと思い出した。

あの光り輝く宝玉のような、ファンタジーとかでいう光の玉みたいな、暖かく、優しく、何時迄もこの温もりに浸っていたいと、心の底からそう思ってしまう、不思議な感覚…未だ忘れられないあの感情…

 

それが光の粒子と共に無くなった。

きっと力を出し切ったからなのか…あるいは時間制限によるものなのか。

そういえば彼女は、『ほんの少しのお礼』と言っていた。

もしやそれが、これなのではないか?

アレの正体が一体何だったのか、未だ分からない…

どれだけ考えても、答えは見つからない。

でもただ一つ、言えることは――

 

 

あの力は無くなった。

 

 

「…いや、気にするな。ちょっと、ある人から借りただけだ」

 

 

あの人が一体誰なのかは知らない、一体何者なのかも、正体も、初めて会ったあの女性のことは何も知らない、全て謎に包まれた存在。

 

それでも、あの人には感謝している。

 

あの人から貰った太陽のような暖かき感情も、温もりも、全て…絶対に忘れないであろう…

 

焔は小声で呟いたが、彼女の声を聞いたものは誰一人としていなかった。

 

(せめて、あの人の名前位は聞きたかったな……

 

あの人が一体どのような意図で私を助けたのかは知らないが…)

 

 

「でもまあ、焔が無事で良かったよ…!本当にもう…!」

 

未来は子猫のようにふるふると震えながら涙目になっており、今でも涙が頬に伝わり大量に流れそうな勢いだった。

 

「焔ちゃん、毎度毎度無茶するけど…今回のは本当に驚いたわ…しかも生伝忍法だなんて聞いたことないし…」

 

春花は体中についてある傷痕を見て、無茶ばかりする焔にため息をつきながらも、最後は生きてたことに心の底から安堵の息を吐く。

 

「でもまあ、そこが焔さんの良いところなのかもなあ」

 

相変わらずマイペースで無感情のような日影の言葉。

だが今回の焔には日影も流石に驚かされたのか、感心している。

 

「兎に角、焔さんが戻ってきて、生きてて…本当に良かったですわ♪」

 

詠も僅かに涙を零すが、それでも笑顔は絶やさなかった。

四人の、仲間の笑顔を見つめた焔も、思わず涙が出そうになった。

 

――コイツらは本当に、しょうがない奴らだ。

 

嬉し涙で、焔は思わず笑顔を零す。五人で揃って笑っていられるのも、飛鳥や繋がってきた皆んなのお陰だろう…

 

絆の想いは影として支え、皆んなを繋ぐ。

 

大好きだぞお前たち。

大事な仲間たちが、私について来てくれるから、私は一人じゃない。もう一人じゃなくなったんだ。

ありがとうお前たち。

お前たちに出会えて本当に幸せだ、お前たちのお陰で大切なものを知り、色んなことを学ぶことができた、成長することが出来た。

 

良いものだな、仲間だというのは――

 

前までの自分なら、蛇女にいた頃の自分たちなら、絶対にこのような感情はなかった。

詠は永遠と金持ちを憎み怨み続け、日影は感情という大切なものを知ることすら出来ず、未来は復讐に身を焦がし、大切なものを見落とし、春花は自分が人形だという考えに本当に大切なものを見つけることすら出来なかっただろう。

 

 

自分はきっと、仲間たちを失い、本当に一人になっていただろう。

 

 

だからこそ、今の自分に感謝をするんだ。今の自分と、仲間たちと…

 

 

 

「焔!」

 

背中に鋭い声がかけられ振り向くと、鈴音先生が立っていた。

その表情は先ほどの疑問と表情を暗雲に曇らせていた時と違い、今は穏やかに微笑んでいる。

 

「お前たちのお陰で、伊佐奈を倒し、蛇女が救われた。元・担任である先生として、心の底から礼を言うぞ」

 

「鈴音先生…感謝します」

 

「何をいう、感謝するのは私たちの方だ、お前が感謝してどうする」

 

鈴音の思わぬ感謝の言葉に焔はつい、元にいた蛇女の癖で彼女に謝ってしまう。

どれだけ時間が過ぎ去ったとしても、癖というのは簡単に直るものではない。

 

「しかし、今の蛇女は救われたものの、校舎が…」

 

キュレーターと名乗る伊佐奈との戦いで、部屋中はほぼ壊滅し、各フロアや天守閣そのものがかなりボロボロになっている。天井は破壊され、あるのは夕焼け色に染まった空がよく見える。

 

「壊れた校舎は、また造り直せば良い話だ」

 

鈴音は焔の肩を軽くポンと手を置き叩いた。その優しさに思わず「ありがとうございます」と礼を言いそうになったが、また先ほど同じことを言われるので辞めることにした。

 

「焔…」

 

「雅緋」

 

雅緋が突然、二人の間に入り込むように声をかけ、焔はそれに反応した。

雅緋は鈴音を見つめ、鈴音も雅緋に視線を合わせると、コクリと頷いた。

 

何があるんだろう?と焔は首を傾げながら、近づいてくる雅緋を見つめる。

 

「焔、もし良ければ…

 

蛇女に来ないか?」

 

「!?」

 

雅緋の言葉にその場にいる紅蓮隊の皆んなは驚いた。

 

「なに、勿論紅蓮隊のメンバー全員もだ。お前たちのお陰で、我々蛇女は救われ、伊佐奈の野望も阻止することが出来、こうしてお互い生きてるんだ。

 

死ノ美も交わしたお前たちとなら、本当に新たな悪の誇りが取り戻せそうだ。どうだ?悪くない話なんだが…」

 

雅緋の誘いに一同は戸惑う。

コレが伊佐奈なら100パーセント断ってはいるが、今は違う。

こうして伊佐奈を倒し、蛇女は救われ、雅緋は心の底から、本心に言ってるのだろう。

 

皆が迷っていると、焔は微笑み口を開いた。

 

 

「お誘いは嬉しい限りだが…悪いな、お前たちの誘いには乗れない」

 

「!?」

 

「焔?」

 

仲間たちは唖然と驚き、雅緋は怪訝そうに眉をひそめる。

 

「私は抜忍の身になって、お前たちの元に戻りたい…蛇女に帰りたいと願ったことも屡々あったが、抜忍になったお陰で、その道でしか見つけることが出来なかったものもあった。

蛇女にいた頃なら、カグラの存在だって知らなかった…

 

だから私は、抜忍として生きる道を選んだ。蛇女には戻らない…悪いな」

 

「そうか…お前も、カグラになるんだったな。となれば、いずれまた逢えるという訳か」

 

焔の決意に雅緋は「フッ…」と微かに笑い、軽く頷く。

焔のカグラへの執念に、喜ばしい気持ちになったからだ。そして焔の後ろにいる他の四人も同じく頷いた。

 

なるほど、皆それぞれ想いは同じということか。それもまた一興…悪くない。

 

「分かった、ならば焔。強く生きろ!そして私は、お前を超えてみせよう!」

 

「ふっ、勿論だ雅緋!まあ最もこの私を超えることなど絶対ありえんがな!」

 

リーダー同士の会話、二人は不敵な笑みを浮かべ、見つめ合う。

何とも頼もしい限りだ、二人がまるで一流の忍に見えるくらいだ、きっとカグラになるのも、そう遠くはないのかもしれない。

 

 

そして、これが焔たちの新たなスタートの第一歩であり、焔のあの力が、衝撃な真実へ近づいたことなど、誰も知らない、知る由も無い。

 

これからこの先彼女たちに待ち受ける、驚愕なる真実、そして圧倒的なる絶望。

だがそれもきっと、彼女たちは乗り越えていくであろう。

 

 

 

 

「行ったな、焔たち」

 

傷だらけで、ボロボロに塗れた雅緋はポツリと独り言を呟いた。伊佐奈は他の忍学生たちが彼を捕縛し、連行されている姿が印象的に見受けられる。

他は、傷ついた下忍たちを医療室に運んだりなどしている。

 

「ねえ、雅緋…」

 

後ろから声が聞こえたので振り返ると、そこには両備と両奈の二人が、申し訳なさそうな顔で雅緋をジッと見つめていた。

二人の様子に雅緋は首をかしげる。

 

「あのさ…その……えっと……」

 

「……………」

 

両備はモジモジと羞恥心に身を染め、恥じらう乙女のようにモヤモヤした感じに、声がはっきりとしておらず、両奈は無言だ。

 

「どうした?お前たち、私に何か言いたいことがあるようだな…

 

何、正直に言え。私は決して怒らずに話を聞いてやる」

 

そう言うと、二人は「で、では…」とお言葉に甘えるように、二人の姉妹はお互い顔を見合わせ頷き、話し出した。

 

 

雅緋への復讐と、両姫が雅緋を殺したと言う勘違い。

 

 

二人の話を聞き、完全に理解した雅緋。

二人は「ああ、このパターンは怒られる」とよくある話に思わず目を瞑り、怒られる覚悟を決めていた。

 

しかし、そんな心配は無用。

雅緋はフックールで涼しい笑みを浮かべると、二人の頭を優しく撫でた。

 

「えっ?」

 

ふぁさ…とした髪を撫でられた感触が伝わり、二人は今何が起きてるのか理解すること出来ず、ただこの場で頭を撫で続けられる一方だ。

 

「そうか、私の所為でお前たちはそんな苦しい思いをさせてしまってたのだな…

 

本当にすまなかったお前たち……私は、知らずしらずにお前たちの心を、傷つけてたんだな…気づかなければならないことに、私はお前たちを見ようともしなかった…謝るのは私の方だ…改めて心の底から、本当にすまなかった…」

 

「い、良いって!元はと言えば妖魔が悪いんだし、勘違いした私達にだって非があるわ!自分ばっかり責めないで!」

 

「両奈ちゃんも!両奈ちゃんたちが悪かったの!雅緋ちゃんは何も悪くないのに…両奈ちゃんたちは…それを知らずに…雅緋ちゃんを殺そうとしたんだもん…怒られるのは気持ちいいけど、この場合においては話は別だから…」

 

「お前たち…」

 

雅緋はグッと湧き上がる涙を堪えた。

嬉し涙など、今まで流したことなど一度もない。仲間と一緒に過ごせると言うのが、どれ程幸せな事なのだろうか…

雅緋は涙を堪え、代わりに目一杯笑ってみせた。

 

 

これが、本当の仲間。

 

笑いあって

 

泣きあって

 

喧嘩して

 

青春のような、忍らしくないようで学生らしい人生。

前までの自分なら、仲間など要らなかった…そう思ってたのに、今となっては仲間の存在に感謝の言葉でしか湧き上がらない。

 

「ありがとう…」

 

そして雅緋は、両備と両奈の二人を優しく抱きしめた。

二人の顔色は、朱い色に染まゆ。二人を御構い無しに雅緋は、最後まで流さなかった涙が、頬に伝わった。

 

 

ありがとう、みんな。私について来てくれて…

 

 

今まで自分と一緒に側にいて、妖魔との戦いで廃人となった自分を、支えてくれた幼馴染の忌夢。

 

やや引っ込み思案で、それでも彼女には姉への好意、そして誰かに対する優しさを持つ紫。

 

勘違いとはいえ復讐に身を染めながらも、二人は姉の仇である自分と一緒に戦場で戦い、背を合わせ、共に生き抜いて来た両備と両奈。

 

 

こうして今の蛇女があるのは、焔たちだけでなく、彼女たち仲間のお陰でもあるのだ。

 

 

 

凄いものだな、絆の想いは。

 

 

 

雅緋は心の中で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして焔たちは、伊佐奈によって支配から解放された蛇女から去り、蛇女の忍学生たちに別れを告げると、皆は日が沈む夕焼けに向かって、帰って行った。

 

因みに余談だが、伊佐奈は特例中の特例により、雅緋の願いもあってか、彼は上層部から通し、裁判を受けることなく、刑の確定を待たず、今まで全国指名手配犯としてヒーローや警察に追われていた彼は、『ワイルドヴィランズ』のキュレーターとして逮捕されたと、世間に広まった。

 

これでもう二度と彼が蛇女を支配することはないだろう。

 

表も裏も、彼が居なくなったことに安堵の息を吐き、人々の安心が蘇る。

まだまだ事情調査することは山ほどあるらしいため、彼からすれば地獄なのかもしれないが、自分を悔い改めさせる良い機会なのかもしれない。

 

 

こうして、少女たちによる学炎祭は、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん!!」

 

「ちょっと天哉!気持ちは分かるけど落ち着きなさい!ここは病院!大きな音立てないで!」

 

焔たちが伊佐奈を倒し、蛇女と別れたと同時刻、学炎祭が終わり、直ぐに兄のいる病院へと駆けつけに来た飯田天哉と、彼の母親。

母の話によると飯田天晴はヒーロー殺しにやられ、重傷を負い、生死を彷徨ってるとのこと。

それを一目散に病院まで駆けつけここにやって来たのだ。

 

手術が終了した為、病院の扉を開くと、何とその光景は――

 

「………兄さん?」

 

足は白い包帯で巻かれ、頭も白い包帯で覆われ、チューブやら血管やらで所々の体に液体を入れ、治療を受けている、変わり果てた飯田の兄の姿。

 

その光景を、受け入れられない悲惨な兄の姿を、ボロボロで今でも死にそうな、大好きな兄を見て、母は軽く気絶しその場に倒れこみ、いつも真面目でブレない飯田が、ここで初めて表情を歪ませた。

 

「天哉……御免な……お前、あん時頑張ってたのに……なのに俺…

 

兄ちゃん……負けちまったよ……」

 

「兄…さん!!!」

 

ヒーローは、人を救けるのが仕事だ。しかしそれはあくまで至極単直的な答えの出し方。

本当のヒーローの仕事は、プロはいつだって命懸け。

 

飯田の兄は、あと数分遅ければ完全に死んでいたという。

それ程に、飯田の兄は、酷い傷を負い、二度とヒーロー活動が出来なくなってしまった。

 

憧れのヒーロー()が、傷つき無残な姿には耐えられなかった飯田は、瞳を激しく揺るがせ、大粒の涙が頬に流れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕焼け色に染まった空、数羽のカラスが羽を広げ、日が沈む夕焼けへと真っ直ぐ向かっていくかのように、カラスは鳴き声を叫びながら、少しずつ小さくなっていき、やがて見えなくなっていく。

 

「おじい様…」

 

辺りの雑草が生えてたり、石像やらが立っており、死塾月閃女学館の筆頭、雪泉は仲間と一緒に、ある一つの墓の前で合掌をする。

墓は先ほど美野里と四季が綺麗にし、叢と夜桜は墓の周りにある雑草を抜き取り掃除をしていた。

墓の前に置かれてるのは、おじい様の好物であるいちご大福。

前は半蔵の所為でいちご大福を全部食べられてしまったのだ。

 

そういえば、アレから飛鳥に勝ったというのに、半蔵は一向に姿を現さなかった。

『孫に勝ったら勝負してやる』と言っていたのに、まあ自分も忘れてたので偉そうなことは言えないが……

 

しかし、今はなんだかもうどうでもよくなって来た、前までは半蔵に恨みはあったが、今はそんな怨みも、学炎祭を通してとうに消えていた。

 

雪泉たち月閃は、学炎祭が終わってから黒影様に今回の学炎祭を報告しにいく為、自分たちが学炎祭を通して成長したこと、そして新たな信念、正義の道が出来たこと、そのために墓参りに来たのだ。

 

「私たちは、今回の学炎祭を通して、また一歩精進致しました」

 

やっと、このことを伝えることができた。

前までの自分は、本当に自分たちのやってる事がおじい様の意に反してないか、拭いきれない不安があり、心配で顔を出すことすら出来なかったのだ。

でもその心配も無用、不安もない、飛鳥たちと戦い、雄英生たちと通じ、自分たちは変わる事ができた。

 

 

悪への憎しみ。

悪への拒絶。

悪への怨み。

 

 

今思うと、自分たちが悪ではないのか?と軽く思えてしまう。

悪は確かに許されるべき存在ではない。

お互い分かち合える悪もいれば、飛鳥の言ってた焔という少女も、きっと、いつか、分かち合えるだろう。

 

 

分かち合えようともせず、悪だからという肩書きだけで殺そうとするのは、些か度が過ぎる。

何よりそれは、殺戮兵器と何ら変わらない…自分たちには意志がある。

自分たちは忍だ、これからこの先、何が待ち受け、何が起こるか分からない。

 

しかしそれでも、人間は、私たち忍は、強く生きなければならないのだ。

 

影、人々の影を支えるために―――

 

 

「――立派に成長したネ!雪泉たち!これなら黒影も喜んでくれるね!」

 

「ッ――!この声は王牌先生?!」

 

突然後ろからよく聞き慣れた声が聞こえたので、後ろを振り向くと、そこには立派な髭を垂らした王牌先生…ではなく。

 

「ガッハッハ!よっ、お主ら」

 

半蔵だった。

 

「は、半蔵!?ど、どうして此処に…?」

 

王牌先生の声がしたので振り返ってみれば半蔵がいた。

余りにも声が似ていたので皆んな驚いてしまった。

半蔵は豪快に笑いながら、両手で寿司の木箱を持っていた。

雪泉は一度半蔵から視線を外すと、辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「王牌先生は何処へ?」

 

「何処へ…というと、ここじゃよ。まあハッキリ言えば、儂が王牌先生だったという事じゃな」

 

「ええっ!?」

 

衝撃的なる真実を目の前にして、雪泉は思わず大きな叫び声を上げる。

皆んなも流石にこれは驚かされた。多分この衝撃はテレビとかでやってるドッキリ大成功!を遥かに超えているだろう、思わず心臓が飛び出そうになった。

だが確かに王牌先生と半蔵を比べると似てなくもない。

何より立派に垂れている自慢のヒゲがそう物語っている。

 

しかし、なぜ半蔵が王牌先生の姿をしていたのだろう?

 

「黒影がな、言っておったのじゃよ。もしもの事があれば、雪泉たちを頼んだとな、袂を分かった男でさえ、アイツはプライドなど関係なく、お主らの為なら頭を下げる。

 

それが、アイツじゃ」

 

なんと、あの黒影おじい様が?と皆んな心の中でそう呟いたことだろう。

しかし、よくよく考えてみれば、黒影おじい様はいつも私たちの為に修行を付けてくれれば、いつも自分たちと遊んでくれていた。

何よりもおじい様は、私たちの笑顔が大好きだったから。

 

「しかし、いちご大福で挑発し、オールマイトと戦わせ、学炎祭に挑ませた意図が分かりませぬ」

 

夜桜は不満げそうに口を開き、それを聞いた半蔵は又しても豪快に笑う。

 

「それもお主らの為じゃよ。ああいう方法でならば自然的に学炎祭に持ち込めるじゃろ?それに一つ言っておくが、オールマイトの件は儂は本当は止めたんじゃぞ?反対もした…」

 

「え?」

 

半蔵はオールマイトのことにため息をつき、雪泉達を見つめた。

雪泉自身も、あの半蔵がオールマイトを反対した…その事実に少し驚かされる。一体なぜ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぬ?オールマイト、お主本気で言ってるのか?』

 

『半蔵くん!私は何度も言うが嘘はつかない男だ!隠し事は多いけどね…』

 

敵連合襲撃についての会議の後、オールマイトは半蔵と話し合っていたのだ。

雪泉たちの正義の道について――

オールマイトは自分が敵になりきり、雪泉たちの前に立ち、対峙する。

そして頃合いだと判断すれば正体を明かす。と言ったドッキリ番組でも企画してるのかと問いたくなることを考えていたのだ。

 

『お主の言い分も分からなくもないが…儂は反対じゃぞ?』

 

『な!何故です!?』

 

『お主は敵連合の戦いでかなり体力を使ってしまい、今や制限時間も超えておる…お主は緑谷と一緒に精進し、飛鳥にお主のことを伝えるべきだ。

 

幾らお前が平和の象徴と謳われ、()()()の弟子だからと言い、雪泉たちについては何があっても反対じゃ。

お主の所為で、学炎祭が出来なくなってしまっては元も子もない、それに悪への憎しみを持ってる以上、奴らはまたトラウマやら悪への憎しみが増える一方になる、ここは安静をするんじゃ』

 

『それじゃダメなんだ!確かに私はあの襲撃で制限時間は短くなった…

緑谷少年の側にいることも大切だし、飛鳥くんにだけ本当の、この私の本当の姿をバラしても問題ないと思う…君の孫だからね…

 

しかし!彼女たちは悪の憎しみに囚われている!あのままでは黒影さんと同じ道に進んでしまう!彼女たちが、雪泉くんたちを救うのは良い!私はその手伝いをしたいだけなんだ!

 

もしこのまま進んでしまえば…『()()』、死んだあいつの思惑通りになってしまう!!それこそ、私は耐えられない!私も手伝ってあげたいんだ!

 

陽花くんも言ってたじゃないか!彼女と約束したんだよ!あの時のことを!!』

 

『ッ!』

 

『もしこのまま進めば…彼女たちは社会の本当の真実を知り、悪に染まってしまう…

私はそれが許せない…困ってる人間を助けないで、何が平和の象徴!!

 

だから、あの子達に分からせたいんだ、正義とは何なのか、悪とは何なのか…

 

強大なる悪意を持つ者を前に、悪という存在を、乗り越えて欲しいんだ。

 

その為なら、私だって全力を尽くす。知ってるかい半蔵、余計なお節介ってのはな、ヒーローの本質なんだぜ…!』

 

『……陽花のこともある、分かった。じゃがなるべくやり過ぎないようにの?

度が過ぎたと判断したら即止めるからの』

 

 

こうして半蔵は何とかこの件に納得し、雪泉たちを改善させるのを手伝わせたのだ。

 

 

 

 

真実を知った雪泉は、あのオールマイトがそこまで自分たちを心配してくれたことに、全てを受け入れきれることができず、動揺してしまう。

だってあの世界の誰もが認め、自分もその光に照らされ憧れたNo.1ヒーローにそこまで心配されていたのだ。

幾ら黒影の知り合いとはいえ、弟子であり、孫である自分たちを救おうとしてくれた事には、大きく感謝している。

だからこそ、スケールが大き過ぎて、逆に受け入れることが難しいのだ。

 

「わしらのこと、気遣って…」

 

あの人が、平和の象徴と謳われているのが、分かる気がする。

 

「まあ、ようやく儂もこれにて()()()終えたわい…」

 

半蔵は疲労が溜まってたのか、背筋を伸ばしながら、眠たそうに欠伸をする。

この一仕事というのは、前に敵連合が蛇女に襲撃して来たあの事件での会議、半蔵は確かに言ってた。

 

『ワシはまだやるべきことがあるからのう』

 

アレは、そういう意味だったのだ。

 

 

 

 

因みに余談だが、王牌という名前は、おうはいとも読むことが出来て、おうはいはおっぱいに似てるからという何とも煩悩から出来た名前だろうか、ここまで来ると聞いて呆れて、逆に笑ってしまう。

 

「さてや、黒影…お前はまだ儂の寿司を一度も食べたことがないじゃろ」

 

半蔵は寿司を取り出し墓の前に置いて、お供えする。

あの伝説の忍が、黒影の墓の前で合掌し、目を瞑る。

伝説の忍というだけのことはあるのか、背中を見つめてると、百戦錬磨を潜り抜けたような、とても逞しく、頑丈で、本物の盾にも引けを取らない程、そう思ってしまう程に、とても強い背中だった。

 

「お主らの分もちゃんと用意しておる。ほれ、新たな未来ある忍。カグラへの懇願を祈り、お祝いじゃあ!」

 

寿司箱を開けると、寿司の酢の匂いが一気に漂う。

夕方のこの時間になるといつもお腹が空く頃だ、匂いを嗅いで、美野里はお腹を鳴らしら可愛らしい笑顔を浮かべ、てへへと笑う。

 

寿司のネタはどれもこれも新鮮で、とても美味しそうだ。

皆は一斉にして寿司を手に取る、雪泉は大トロを口に運ぶ、すると口内で大トロを噛むたびに溶け込むような優しい食感に包まれる。冗談抜きでほっぺたが落っこちそうな程、とても美味だった。

他のみんなも、美味しそうに食べている。そんな皆んなの笑顔に半蔵までも笑顔を零す。

 

黒影、お主にもあったな……光だけの、善だけの世界が―――

 

半蔵は空を見上げ心の中で呟くと、あの世の、天国にいる黒影が僅かながらに笑ったような気がしたのだ。

 

黒影は言っていた。

『俺は善だけの世界を作る』。

確かに今、半蔵の目の前に存在している、笑い合い、輝かしい笑顔を浮かべている、彼女たち、光だけの世界が。

 

黒影は、間違ってなかったのだ。

 

雪泉たちの存在こそ光だ。両親や行き場の無くした彼女たちを、黒影が引き取らなければ、黒影がいなければ、きっと彼女たちに光は訪れなかったであろう。

今こうして笑いあってる彼女たちに、半蔵は嬉しくて、幸せなのだ。

 

 

「王牌先せ… いえ、半蔵様」

 

ふと考え事をしていると、雪泉の声が聞こえた。

雪泉は真剣な眼差しを向けて、此方をジッと見つめている。

あの半蔵でさえも少し驚いたような顔を浮かべる。

 

「今まで、ご指導して頂き、誠にありがとうございました」

 

雪泉だけでなく、他の四人も、きちんとした礼儀を込めて、頭を深々と下げる。

五人の姿に、半蔵はふと嬉しくなる。あの子たちは、もうこんなに大きくなって、立派に成長したんだな…と。

 

これで半蔵は教師から離れることになる。理由は、黒影は半蔵に頼んでいたのだ。

雪泉たちを、あの子たちの悪に対する憎しみへの執念を、どうか断ち切ってあげて欲しい…その願いを叶うべく、半蔵は黒影と約束したのだ。

その間だけ、月閃の教師を務めると。

 

しかし、雪泉たちの心は救われた。

それに彼女たちは学炎祭を通して、以前よりも強くなった。

もう教えることも、教師でいることも、もう何もない。

 

「お主らの成長は、きっと黒影も喜んでくれておる」

 

「しかし、儂らはもう教師がいません…儂らは、自由に修行でもするのでしょうか…?」

 

「ん?あれ?夜桜たち、お主ら2年と1年は何も聞いておらんのか?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

まさか、こんな日が来るとは予想もしなかった…

 

 

いや、学炎祭があってそれどころでは無かったのだ。報告が来なかった方がない仕方がない……

 

「いやあ、本当に困りましたね…これは儂予想外でしたよ?」

 

「てかてか、飛鳥ちんたちもOKなんだから、こっちもとりま、一応OKなんじゃね?」

 

「難しいことよく分かんないけど、でも楽しそう!早く友達出来ないかな〜♪」

 

夜桜と四季は、唐突すぎるこの事実に顔を背けたいくらいに混乱、或いは動揺しており、僅かながらに羞恥心というものが心に芽生えている。それに比べて美野里は通常運転だ。

きっと彼女のような人間なら、どんな困難でも「わ〜♪」みたいな軽いノリで乗り越えそうだ。

 

「よし!お前ら!入って良いぞ!」

 

大きな扉越しから、ドスの効いた張りのある大声が聞こえ、廊下にまで響いた。

扉を開け、教室に一歩足を踏み出し入っていく――

 

 

「聞けお前たち!校長から話は聞いたと思うが、この三人が新しい転入生だ!月閃という忍学科だ、訳あって此処にいることになったが、お前たち仲良くしろよ!B()()のみんな!」

 

そう、ここは雄英高校。

そして月閃の2年生である夜桜は、飛鳥と同じく一年生扱いとして、一緒に過ごすことになるのだ。今日この日、1年B組に転校するなんて、思いもしなかった。




いやぁ、長かった!!学炎祭ものすごく長かった!これ三、四ヶ月間以上やってたよ!?(投稿がやれ遅れ気味や、やれ長引いたため)
それ以前にもしこれがジャンプ方式(つまり一週間に一話)だったら、もっと長くなってた…うん。
はい、そしてヒーロー殺しステイン編の前にちょいとこれ!月閃がB組に転校という話ですね、これには凄い訳があります。
一見普通に、唐突なこと思いついたなぁとか思ってるかもしれませんが、全然唐突ではありません。
ちゃんと事前に報告しましたよ?分からない方は、『雄英体育祭編』の43話「緑谷出久VS轟焦凍」の話しを読み返してみましょう。ここからもう既に伏線を張ってあったんですよね。
まあB組と月閃との話のアレは、お気に入り100人突破記念としての、アレです。この前言ってたヤツです。
一応記念ストーリーとしては良いかなと思いました。まあそんなに長くはならないので大丈夫です。

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