光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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そう言えばこの前の投稿82話の話、なぜ未来が最後にフィニッシュを決めたかと言うと、未来だけ蛇女の戦いで戦闘描写なかったからです。
本当は焔出そうかなと思いましたが、それだと彼女たちの努力が意味を成さないので…という意味です。


83話「暗雲の正体」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステインが路上で発見され、手練れのヒーロー達が駆けつけ逮捕された時間と同じく、焔と漆月は――

 

 

「――はぁ……ハァ………終わり…だな――」

 

「――ッ!そんな……ぅッ!?」

 

 

薄暗い廃工場、数十分間に渡る短い時間の中、激しい奮闘が続いていた。

そこらの床には、血や唾液…胃液に近いものがべちゃりと所々付いている。

 

二人は見るに耐えない傷を負い、二人はどちらも限界に達していたが、実力は焔が上だったか、或いは運が良かったのか、漆月は大の字に倒され、焔は漆月の体の上に乗り片方の三爪を漆月に向ける。

もう片方は床に散らばっている。

二人の荒々しい呼吸が、息遣いが、静まる空間に響きよく聞こえる。

 

血は見ればこれは二人のものだって見れば分かるだろう…

しかしこの胃液は何だろ?と疑問を浮かぶ人間は少なくはない…

この胃液は焔が吐いたものだ。

焔自身も迂闊だった、漆月の闇が予想外にも危険だとは…

 

闇に感染されるように、纏わりついたこの闇は、体に入り込むように黒く蝕み、その瞬間、耐えない激痛が、ダメージが、焔を襲ったのだ。

その闇の正体が一体何なのか、この忍法は、術は何なのか、当然知るはずも、分かるはずもなく、焔はその激痛のあまり症状を引き起こす。

 

めまい、頭痛、全身に走る激痛、吐き気、汗、首元や喉は氷のように冷たく、体は熱湯でも浴びてるのかという位にエラく熱い…

これが、漆月の忍術…

 

だが焔はそんな症状を抱えたまま、刃を振るい続けたのだ。

どんなに苦しくとも、辛くとも、心が折れそうになっても、相手を全力で倒す。

そう決めた焔は、紅蓮の炎で漆月の闇を振り払う。

その時の漆月は軽い衝撃を受けた。

闇に侵されまだ動けるという焔のタフネス。

その頑丈さ、今までの忍なら虫の息だったのに、焔は怯むことなく戦い続けるのだ…

 

こんな忍は、初めて…

 

 

 

そして今の現状に至った訳であり、焔も漆月も、どちらが勝っても可笑しくは無い激戦だった。

しかも激戦のあまり、廃工場そのものが軽い地震を起こした位なのだから。

漆月は紅蓮の焔の、覚醒を解く程の攻撃は叩き込んだものの、解除されても焔は延々と六爪を振るいつつ、最後まで諦めず戦い続けたのだ。

 

「漆月、お前は勿体無いな…実に勿体無い……お前のその力を、どうして人の為に使わない?どうして忍としてその力を使わなかった?」

 

「――ハァ?何…言ってんの……?それは、私が、忍が嫌いだから……それを知ってのセリフ?」

 

「では聞こう、どうしてお前は忍を嫌悪する?何が気に食わない?」

 

焔は、正々堂々と、真正面で彼女の目を見つめ、質問する。

忍の何が気に入らないのか、何が嫌いなのか、どうしてそうなったのか、何でお前はそうまでして否定するのか、焔には理解できなかったから。

本当にコイツを、漆月という抜忍を止めるなら、せめてその理由だけは聞きたかった…

そうすれば、自分は何か分かるかもしれないし、対処出来るかもしれない。

自分も何か学べるかもしれない、それを聞いて、何か言葉を投げかけることが出来るかもしれない…

そう思えたからだ。

 

 

「――全部」

 

 

漆月の放たれた言葉は、氷の機械にように酷く冷たく、冷酷なものだった。

鋭い言葉が、焔の胸の何処かに突き刺さる。

 

 

「善忍も憎い、悪忍も憎い、否定した人達の事も憎い、そこら中に何気なく何時ものように、生きてる人間でさえ殺したい――

 

――忍の全てが憎い、何もかも壊したいくらいに」

 

彼女はハッキリと分かるように、焔にそう言った。

 

 

「それだけでか?」

 

 

挑発ではない、本音であり問いである。

何故、漆月は忍を憎むのだ?

 

 

「ねえ、貴女には分からないでしょ?忍っていう理由だけで、その人の人生が全て変わってしまう苦しさを……

 

忍の所為で、その人の存在が苦しむ事も――」

 

「!?」

 

「分からないよね?そりゃそうだよね?アンタみたいな温室育ちが、普通に生きることさえ出来る貴女に、悪忍の貴女には、理解できないよね?

 

 

 

忍の存在が人を狂わせる事なんて知らない癖に――」

 

漆月の顔は、もう焔の六爪が身体に突き刺さってる事など気にもせず、気迫のある目で、信念のある眼差しを向けて、語り出す。

 

 

「忍って確かに善悪問わずに、世の中支えて、世の中人の為に動くけどさ……

 

でもね、光と影が、善と悪が存在するように、忍の所為で救われる人間がいれば、救われなかった人間…それこそ、狂わされた人間がいるんだよ…

 

 

 

 

 

 

例えば、私とか――」

 

「漆――月―?」

 

焔の表情はいつの間にか、冷や汗が絶え間なく垂れ流れている。

漆月の放たれる言葉に、重みだけでなく殺意も孕んでいた。

悪寒、

畏怖、

嫌悪、

様々な感情が焔を蝕んでいく。

コイツの過去は、多分私や仲間たちが歩んできた過去とは…桁が違うかもしれない…

過去や苦しみに、差量は付けないが、焔は知ってしまった。

そこに、認めざるを得ないものがあることも…

 

 

忍の存在が人を狂わせる――

 

 

その事実に、考えもしなかった自分は、首を横に振らず、縦にも振らず、ただただ無言で見つめることしか出来なかった。

でもそうだ…言われてみればそうだ、私もそうだったから。

 

元の自分は正しき善忍の家系だった…

でも、小路という悪忍に、自分の人生は狂わされた。

それだけじゃない、自分を受け入れなかった家族、忍の一族も、自分を見捨てた――

散々な目にあった…忍の存在が、自分を狂わせた。

 

そんな経験をする者は、自分の知ってる中では一人、ただ自分だけだった…なら、お前もそうなのか?お前も……経験したことがあるのか――?

 

 

――忍に、皆んなに見捨てられ、受け入れられず、否定され、生きてきたのか――?

 

 

自分は悪忍に拾われた身…だからこそ命に代えても恩を返す義務があったし、蛇女には感謝している。

あの時拾われてなかったら、多分自分は本当の意味で死んでいたから。

 

正直、一人で生きていくのは辛いことだ。

寂しくもあり、虚しくもあり、孤独感が心を縛りつけるその痛みは、見捨てられ生きてきた自分が一番よく知っている。

 

 

だからこそ、漆月が歩んできた人生がどれ程辛く、辛み恨みで生きて来たことが分かる。

何故そうなったのか分からないし、理由も定かではないので何とも言えないが、それでも、共感できるものは確かに存在する。

 

 

――漆月は、悪にすら受け入れてくれなかった――

 

 

「ねえ…さっきから……忍、忍って……逆に聞くけど、忍のどこが良いの?

 

よく耳にするけどさ、忍の道に反する?抜忍は処罰?心の刃は忍の極意?想いの強さは力の強さ?

 

図々しいんだけど――そんなの私には要らない…貴女たちのような忍なんて大っ嫌いだ、お前も、飛鳥も、アイツらも…全部ぜんぶ…

 

 

 

――私はさ!!忍なんて消えちゃえば良いって、ずっとずっと思ってたよ!?

だから!忍の社会を、死柄木と一緒に滅茶苦茶に壊したいなぁって、今でもずっと思ってるよ!!!」

 

「――ッ」

 

焔の息が詰まる。

押し潰されそうな威圧感と鋭利な棘のある言葉…

残酷で残虐で、寒気を感じる破壊衝動に塗れた笑顔、

感じたこともない憎悪、

確かに表情は笑っているが、漆月の目には確かに、涙が流れていた。

焔は今呼吸をしてるのかでさえ疑わしく思えてしまう。

 

そこまでして彼女が忍を憎む理由も、検討もつかない…彼女の過去に一体にがあった?

自分も忍の存在に狂わされたことはある、悪の心も分かる…

詠、日影、未来、春花も辛い過去があり、受け入れてくれなかったからこそ、蛇女に入った。

そもそも蛇女にいる皆んなは、何かしらの理由があるのだ、焔はそれに対して責めることも、疑問に思うことも何もない…

悪でしか救えない人間だっているのだ…

 

だが、どうしたら漆月みたいな人間が出てくるのだ?

 

焔はここで、漆月を通し身を以て知った…

悪だけでは救えない人間もいる。

忍の全てが、必ずしも世に良い影響を与えてる訳ではない。

自分は、全てが正しいつもりでいたんだと、そう思ってしまった。

 

 

しかし恐れるなかれ焔。

――()()()()()はここからだ…

 

それもほんのひと時…それこそ瞬きの一瞬でしかないと思わせてしまう…それくらい、ほんの少しの短い時間が、恐怖が襲いかかる。

 

 

漆月の闇が溢れ出る。

その闇は焔に当たるも、蝕むことなく、漆月の周りをふよふよと不確定な動きで漂う。

その異変に気付いた焔は、その闇の周りを見渡す。

普通、この闇に触れれば激痛が襲いかかってくるのだが…しかし、異変は焔に起きたのではない…

 

 

「ァッ――!ガッ――!!ハァ…!!アァァアア――!」

 

 

「――ッ!漆月!?」

 

 

漆月は歪んだ表情を浮かべ、青筋を浮かばせ、血管がドクンドクンと大きく脈打ち、心臓の音に近い心拍音が聞こえる。

そして黒紫色の紋章に似た不確定な模様の線は、漆月の全身に巡り、蝕んでいく。

ミシミシと音を立てるその音は実に不愉快で、聞いてるこっちが気味が悪くなり嫌な気分に陥る。

そして、長かった水色の髪は、漆黒の色に染まる。

 

――知らないだろう…保須市にいる全ての皆んなは…

漆月が解放?や覚醒?に似た何かしらの力による影響で、保須市の空は、『闇の暗雲』に染まることなど…

暴走か、或いは覚醒か…たったそれだけで、天候を変えてしまう漆月の未知なる秘伝忍法による術。

焔も漆月も、保須市にいる外の人間も、当然それが漆月による影響だなんてことはいざ知らず、天は全てを蝕んでいく。

これが何の意味を表すのか…知る由もない……

 

 

「漆月……お前?」

 

焔は、頬に血を流している。

焔は動かない、いや、動けない…

動けば、()()()()()()()から…

 

 

焔の目に映る光景は、信じられない物であり、今起きてるこの状況が本当かどうかさえ疑ってしまう。

 

 

漆月の目は黒い水晶玉のような、光が灯ってない光のない闇に近い虚の目。

意識があるのかさえ問いたくなるその目は、見てるだけで嫌な気分にさせてしまう。

そして一番驚愕する部分は、『右手』だった――

 

――右手はドス黒い異形な手に変わり、怪物や悪魔、竜を連想させる禍々しい手が焔の頬を霞んでいる。

闇で作ったものなのか、常闇の個性『黒影(ダークシャドウ)』とは全く異なる能力だ。

 

何が起きたのか、何でそうなったのか、何がどうなってるのか、焔の頭の中はパニックを起こし、混乱のあまり考える余裕もなく、ただ呆然とソレを見つめることしか出来なかった。

 

漆月の表情は、苦しみ歪んではいるが、その虚の目がどうにも…無感情に見える。

その手の次は、顔らしきものが出てくる。

その顔は、漆月の顔が変わった訳ではなく、漆月の背後にゆらりと現れるかのように、その異形な顔をした化け物は焔を睨みつける。

その化け物がどのような顔をしているのか、これが、この存在が何なのか知るわけがないが、何となく竜に似た形をした異形な顔が、此方へ近づいてくる。

 

長年戦場で生き抜いてきた焔だからこそ分かる。

 

 

――コイツはヤバイ…多分自分や紅蓮隊の皆んなが戦っても勝てない…

いや、それどころか半蔵の飛鳥達と協力しても、きっと敵わないだろう…

 

 

――私はここで死ぬのか?

 

 

死の恐怖よりも、この異形な化け物の方が余程恐ろしい――

この異形な化け物は、竜のような形をした顔は、口をグパァと開く。

口の中には何もなく、ただ闇が広がっていた。

まるで夜空や宇宙のように、それこそブラックホールのように…その闇には一切の光がない――

 

 

 

その瞬間、焔の脳裏に僅かな恐怖が映し出される。

 

 

その異形な化け物が、焔の顔面を喰らい尽くし、果実のように溢れ噴き出す血の噴水。

右手は焔の身体を掴んでグシャリと握り潰すかのように肉片を飛び散らせ、身体の内部が破裂したかのように原型が保てなくなっている。

 

 

 

自分の死の光景――

 

 

「――ッッアァッ!?」

 

 

ようやく身体を動かすことが出来た焔は、やっとその恐怖の縛りに脱出出来たのか、滝のように流れる汗を垂らしながら、瞬時に退がる。

思わず尻もちをついてしまい、手を地につける。

呼吸は先ほどよりも荒く、心拍数が上がっている。

心臓の鼓動さえ聞こえてしまう。

手は小刻みに震えている。

自分は今何が起きたのか、脳裏に浮かんだ光景が何なのか、それさえ分からず、自分の身に何が起きたのかさえ、分からずに慄然としている。

 

恐怖なんて言葉では表せない…今の気持ちを何て言えば良い?

 

 

ただ、これだけハッキリと分かる。あの時、もし…もしあのままだったら…

 

 

 

 

――完全に殺されていた。

 

 

 

予知…に近い何か…死のイメージが影響を与えたのか?

あるいは、生物的本能がそう告げたのか?

何がともあれ、あのままだったら無事では済まなかった…

自分がここまで怖気付くなど、妖魔の怨楼血の時や伊佐奈以来だ…

 

 

妖魔やソレすらも超える、不気味な存在――

 

 

そんなものが存在するのか?

妖魔よりも恐ろしいものなど、忍の世界ではありえない…

あのオールマイトや半蔵もを凌いでしまうではないかと、そう言った疑問を抱いても不思議ではない。

 

 

漆月はムクリとゆっくり起き上がる。

焔を見逃さず、ただしっと見つめている。

此方の様子を伺っている。

まるで、野生の獣が獲物の様子を観察するかのように、肉食獣が獲物を捕食する機会を伺うように、ジッと見つめている。

 

焔も正直驚いている。

自分がここまで驚愕してることに、自分の弱さを突きつけられる。

あの時、伊佐奈の時に見せたあの生伝忍法さえあれば、きっと太刀打ち出来るかもしれない…たが、あの時以来使うことも、扱うことも出来なくなってしまった。

それはきっと、借り物の力だったからかもしれない…

 

漆月の異形な手が、焔に矛先を見せたその途端…

 

 

 

「漆月――お迎えにあがりました――」

 

「「!?」」

 

突然、漆月の背後から聞こえた紳士的な声に、その声の主に視線を向ける。

その時か、漆月の闇は次第に消え、瞳に光がこもる。

どうやら意識が元に戻ったらしい。

漆月が振り向くと、そこにはワープゲートの黒霧が立っていた。

漆月の不思議そうな目で見つめていることに、黒霧も首を傾げる。

 

「――黒…霧?」

 

漆月はどうやら意識を失っていたらしい。いや…記憶が薄っすらと残っている。

確かあの時…殺意が爆発して…()()を呼んじゃって……そこから焔を殺そうとした…その事だけは覚えている。

でもそれは、自分の意思ではなく、何者かの意思によるもの…

 

しかし、今来たばかりの黒霧には、ここで一体何があったのかもいざ知らず。

黒霧は不思議そうに見つめてる彼女に「帰りましょう…」と口を開く。

 

「あ、待って黒霧!私まだ焔を殺してない――!」

 

「我々の目的はあくまで死柄木弔、彼の目的を成し遂げること…しかしそれももう失敗に終わった――」

 

「――どういうこと?」

 

 

 

 

「……ヒーロー殺しがやられた――」

 

 

 

 

「ッ!――ハァ!?」

 

「ヒーロー殺し…だと?」

 

ヒーロー殺しがやられた。

その事実に漆月だけでなく、焔も動揺する。

 

焔もヒーロー殺しのことは知っている。

何せ上忍以上の悪忍をたった一人で相手にし再起不能にした程の実力者…

蛇女にいた頃の自分達も、その事件について調査していたし、鈴音先生からも捕縛、或いは処分対処としての命令を下された事もあった。

漆月と関わりが高いと、上層部からも言われてる程の実力者…

当時ヒーロー殺しについては興味を注がれていた。

ヒーローだけでなく、忍を殺せる実力者…もし鉢合せをすれば殺し合いは確定、考えただけでもゾクッとした位だ。

何よりソイツの記事を読んでた時など、何故かヤツの活躍が嬉しくて仕方なかった…

どの強者を殺し、次はどんな奴を殺すのか…

当時は悪忍が殺されようと、仲間が死のうと特に気にはしなかった。

それ程の実力を持つ敵など、早々無いだろう…そもそもどうやって忍の存在を知ったのか、それさえ気に掛かるものだった。

 

しかし、今なら分かる…

ヒーロー殺しが如何に凶悪で、忍の存在としてどれ程驚異的なものなのか――

そんなヒーロー殺しの名前が、黒霧の口から出て来た、恐らくコイツらは…ヒーロー殺しと関わりがある…

思考を巡らすと、漆月が忍の存在を犯罪者に言い渡してたのは、ヒーロー殺しステインと見なして間違いない。

 

黒霧が此方にやって来たのは、ヒーロー殺しがやられたから、此方も帰りましょうという形で、漆月を迎えに来たのだろう。

漆月の様子は衝撃を受けた顔の反面、信じられないという類に近い顔だった。

 

 

あのヒーロー殺しが?一体誰に?

 

 

「何より漆月、貴女は見る限り傷だらけです…直ちにドクターに手当を――」

 

「――分かった」

 

漆月は静かにこくりと頷くと、焔に振り向く事なく、黒いワープゲートに入り込み、消えていった。

焔が「待て!」と声を掛けても、その言葉は虚しく消え、漆月は戻ってこなかった。

 

「そういえば焔――蛇女の一件ではどうも漆月がお世話になりました。

 

まさか雄英生達が居たのはとんだ誤算でしたが、それでも充分、良い成果を得ることが出来ました。その事に関しては礼を言います」

 

「……何が言いたい?」

 

黒霧の言葉に焔は怪訝そうな視線を浴びせる。

こう言った冷静なヤツは何を考えてるか分かったものではない。

こういう敵こそ凶暴性を備えてるもの…いつ何処からか攻撃を仕掛けてくるか分からないし、油断させて隙を狙うなんてヤツは死ぬほど見て来た。

 

「いえ、別に…特に何も――ただ、一応お礼を言っておかねばと思いまして――。

本当に感謝してるのですよ?なんたって、そのお陰で我々は有意義に計画を進める事が出来るのですから――」

 

「言ってる事が分からん…お前らの利益になるような事があったか?」

 

「知って貰わなくて結構、私はあくまで感謝の言葉を述べただけ…そこに表も裏も関係ありませんよ……

 

 

 

それに、貴女では…漆月を止めることは出来ません……彼女は、貴女達のような忍とは、もう生きてる世界が違うのだから」

 

黒霧は目つきをニヤリとする。

顔の表情がどうなっているのか、分かったものではないが、それでも目だけはハッキリと見えるので、きっとこれは笑ってるに違いないと直ぐに見解できる。

 

ただ、そんな嫌な顔立ちをしている黒霧とな裏腹に、引っかかる部分がある。

 

 

――生きてる世界が違う。

 

 

つまり、自分たちと漆月は相容れない人間であり、分かち合えない人間関係だ。

そう言ってるのだろう――

確かに、善と悪そのものが相入れるはずがなく、ヒーローと敵が分かち合えるなど、あるわけが無いだろう…

当たり前だ、犯罪者と警察やヒーローが、仲良くできると言ってるようなものなのだから…

そう、当然のことなんだ――

当然のことなのに、何故こうも引っかかるのだろうか…

まるで、自分たちは何か肝心な事に気付いていないような…

何か間違ってるような…そんな気がしてならない。

 

 

「では、これで失礼します――」

 

 

黒霧は丁寧なお辞儀で一礼すると、自身がワープゲートとなり、その場から何も残さずに消えた――

 

 

 

先ほどまでここは奮闘していた。

生きるか死ぬかの、生死を彷徨う闘い…

そんな血に塗れた闘いも、今は何も無い…何も残っていない…

さっきまでの出来事が虚無と化す。

 

この場所にいるのは、もう焔ただ一人――

ここにいてももう何も手がかりが掴めないし、漆月を逃してしまった…

相手がワープゲートとはいえ、何たる失態…

 

「くそッ!この私とした事が――!」

 

漆月の歪んだ殺意に怖気付き、黒霧にまんまと逃げられた…

今日はこれまでに無い厄日だ。

考えただけで後々とイライラする…しかし幾ら腹が立っても、もうその相手は今ここにはいないし、無駄に怒っても意味がない――

 

 

「取り敢えずどうする…か。

というか、ここは何処なんだ?どこまで飛ばされた?範囲は決まってるのか…?まさかだとは思うが、仲間たちと大分離れた…なんてことは無いよな?」

 

焔は苛立ちを抑えつけ、冷静さを取り戻す。

漆月の闘いで頭の中から抜けていたが、まずここが何処なのか知る必要がある。

黒霧と呼ばれる男の個性は、移動系と見なしてワープゲート…つまり、場所移動は何でも有りの個性…

ただ気になるのが実態部分があるか、或いは範囲は限られてるのかが問題だ。

まさかあんな個性があるとは…

超人社会なら、個性は何でも有りだがああ言った個性は滅多に見ない…

成る程、裏の人間として適してると言う訳か…

それなら忍達が敵連合の詮索をしても、手掛かりな情報が掴めないのに納得がいく。

 

「困ったもんだな…敵も、抜忍も…」

 

焔は床に散らばってた刀を取り、六爪を竜の翼のように広げると、コンクリートの壁を斬り捨てる。

壁には四角形の穴が空き、外の景色が見える。

暗雲に染まってた空が消えていき、再び夕焼け色の光が差し込み焔を照らす。

 

「ここは…知ってる。思ったより飛ばされてなかったようだな…

 

――漆月達を追いたいものだが…アイツらもずっと彼処に居続ける程バカじゃ無いはず…

仲間達が心配だな…合流しに行くか…」

 

焔は高い廃工場から飛び降り、仲間達の詮索をしに向かう。

漆月も限界だった筈…しかしあの時あの場で、ヤツ自身自覚してないのか、秘められた力があった…その力が何なのか…考えるだけで無駄だ、分からない…

でも、二度と誰にも負けないように、もっと強くならねばならない……

今日は偶々運が良かったかもしれない…しかし、もし次に同じ事が起きれば…?

先ほどのような出来事にはならないだろう…きっと救からない…

 

「強すぎる力は……こうも人を悩まさせるものなのだな……恐れ入るよ漆月……

 

だが、次こそは絶対負けん…アイツがどんな思いを背負おうと、私はお前を斬り捨てる…それだけだ――」

 

次はあんなヘマはしない…

アイツの言葉につい同情してしまう部分があった為、殺すことを一瞬躊躇ってしまった。

それが命取り…忍としての常識を再び叩き込み、自覚する。

もしあの時、アイツの言葉を聞かずに斬り捨てていれば、未来の結末は変わっていたかもしれないのに…

 

 

複雑な想いを、拭いきれない不穏な感覚を胸に抱きながら、鼻と勘を頼りにし、仲間達の元へ駆け走る―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌日。

保須市総合病院に搬送され、入院した緑谷、轟、飯田はおぼつかない顔を立てていた。

緑谷や轟は、体に包帯を巻いてるだけで済んではいるが、飯田は負傷した腕を固定されている。

この中で一番重傷なのは飯田だ。

何せあの場で一番最初に会敵し、一番傷を負ったのは飯田なのだから、逆に殺されなかっただけでも運が良い、それこそ奇跡だ。

 

「無茶な事が、連続で起きてるけどさ、昨日のは比にならないほど、凄いことしちゃったよね、僕ら…」

 

「ああ、そうだな…」

 

「………」

 

「と、特に最後のアレ…見せられて、生きてるのが奇跡に思えるよね…本当……」

 

気不味い空気の中、緑谷は口を開き苦笑しながらも語り出す。

轟は天然なので状況や空気を読めないのか、至極普通に反応する。

対して飯田は無言だ――

ヒーロー殺しの最後のアレを見せられ喋らないのか、或いはこの場の二人や飛鳥たちに傷を負わせたことに罪悪感を持ってるのか、一言も喋らない。

 

「そ、そうだ皆んな!今日飛鳥さん達退院なんだって!こっちのお見舞いに行くって言ってたよ!」

 

「いや、昨日入院したばっかなんだろ?今日は流石に無いんじゃないか?」

 

「ううん、それが忍専門医だから、なんか直ぐに治療出来るらしくって…傷が治り次第直ぐに退院しても良い決まりなんだって飛鳥さん言ってた!僕らも特に傷はそこそこ治って来てるけど…様子見もあるし…忍と違ってこっちはアレだから…」

 

「なんだその病院…普通に考えて一般病院じゃなくて、その忍専門医の方がよっぽどマシだろ」

 

「そ、それもそうだけど…飛鳥さん達忍だから、回復力強いんじゃ無いかな?柳生さんの時も入院しても一日で退院してたし(しかも二回)…

聞いた話だと、特に致命的な傷は負ってないから、大丈夫だって――」

 

「――皆んな!お見舞いに来たよ〜!」

 

「――ッ!?飛鳥さん早ッ!」

 

なんて長々と説明をしてると、湿布や絆創膏が貼られてる飛鳥や雪泉が入ってくる。

飛鳥の元気な声が病院の室内に響き、緑谷は人差し指を立てて静かにと注意をする。

そんな緑谷を見てか、飛鳥は「あっ、ゴメンなさい〜…」と手を合わせて謝る。

そんなやり取りに、隣にいた雪泉は呆れながらも苦笑する。

 

「お見舞いの品持ってきたよ!皆んなで仲良く食べてね?」

 

食品だろうか、箱を取り出す。

中には何が入ってるんだろうか?

お見舞いといえば、リンゴとか桃とか、そう言った栄養価の高いフルーツだろう…

しかし、皆んなの予想は飛鳥が箱の蓋を開けると同時に砕け散る。

 

 

「はい!太巻き!」

 

 

うん…飛鳥さん……流石だね――

 

 

その顔は喜ぶ表情でもなく、残念そうな表情でもない、呆れてもない…

 

無。

そう、ただただ無表情だった――

いや、こんな青春でありがちでこんな滅多にない体つきをした美少女が、お見舞いの品として太巻きだなんて誰が予想つく?

予知能力を持たない限り、こんな予想などあり得ないだろう…

いや、世界でも飛鳥しかいないだろう…流石は太巻き大好き少女だ。

流石すぎて最早芸としか思えない。

 

「あ、あ、ありがとね…?」

 

「お前が作ってくれたのか?サンキューな」

 

「轟くんも、動じない所が流石というか何というか…」

 

轟は天然だ。

多分、「好きです!付き合って下さい!」と相手に言われても、後ろの人に振り向いて「だとさ」とかいう天然っぷりを発揮しそうだ。

いや、まあ流石にそこまで天然ではないと思うが、轟ならなりかねない…こともある。

 

「あの皆さん、お怪我は…」

 

ここで黙ってた雪泉が心配そうに口を開く。

緑谷や轟は特に問題ない…が、ある一人…飯田は別であった。

どのような重傷を負ったのかは言ってはくれないが、無理に詮索することは良くないと想い、敢えて何も言わなかった。

 

「――そうです…か。

しかし見た所、緑谷さんと轟さんは直ぐに退院出来る…と言った感じですか?」

 

「ああ、まあな…」

 

「うん…その事なんだけどさ……」

 

緑谷は俯く。

視線を包帯で巻かれてる足に変える。

足は斬られたが、特に動けない訳ではなく、ただ少し皮膚を斬られた…

例えで言えば、包丁で軽く指を斬ってしまったといった所だろう。

 

でも、ヒーロー殺しの実力なら、その気になれば足など簡単に斬り捨て、使い物にならない体にされていたに違いない…

足は動けず、いや…最悪殺されてたかもしれない…

だって、実力のある忍学生二人に、ワンフォーオールを持つ緑谷、そしてクラスで実力の一、二位を争う程の実力者、スピード特化に優れてる飯田…どれもこれもの粒揃い。

そんな五人を相手に、ヒーロー殺しは臆することもなく、立ち向かったのだ。

しかも個性もそこまで強力ではなく、多対一の戦闘では不向きのハズなのに、ステインの方が立場は圧倒的に上だった…

五人全員でやっと倒したのだ。

つまり、もしこれが一対一の勝負であれば、確実に殺られていたケースが充分に高いと言える。

 

「俺たちは、生かされた……それも、ヒーロー殺しなんて殺人鬼に…考えられねえ事だが……」

 

「……悪に生かされる……なんという屈辱でしょう……」

 

轟も同じく腕を見つめる。

腕の傷は、特にナイフによる殺傷が酷かった。

何本もナイフを刺されたのだ、それも外す事なく的確に…

雪泉の表情は氷のように冷たく冷静でいるが、瞳には忿怒を宿していた。

そして、己の未熟な弱さにも――

 

 

なんたる恥を掻いたことか…

敵を目の前に、震え怖気ついてしまった。

昔の自分ならあまりの怒りに暴走してたに違いない…

確かに敵を止める…という心はあった。

しかし、ステインの最後のアレを目の前にし、自分は屈してしまった。

悪を憎む心は無いし、悪の所業を許すわけでは無い。

それすら許してしまったら、悪を裁く人間がこの世にいなくなってしまうから…

正義の月は、闇を討つ…そんな正義が、悪に屈されて良いものなのか……

良いわけがない…だからこそ、屈辱で、悔しくて、惨めで仕方がない……

雪泉の心には余裕が保てなくなり、何処かそう言った元気のない表情を時々見せてしまう。

雪泉にとって、アレ以上の屈辱的な事はないだろう…

 

「落ち込んでるところ悪いが、見舞いはこれで全員か?」

 

「あ、え〜とね、実はもう一人いるんだけど…」

 

「――邪魔するぞ小僧ども!」

 

轟の問いかけに答える飛鳥の言葉は、病室の扉が豪快に開くと共に掻き消される。

見てみれば、そこにはグラントリノ、マニュアル、そしてガッチリと黒いスーツを着こなし、犬面の大人の男性が立っている。

 

「グラントリノ!と確かあのヒーロー…ノーマルヒーロー・マニュアルじゃ…!

っと、もう一人のこの人は…?」

 

「小僧…本当はスゲェぐちぐち言ってやりてぇことあるし、文句垂れ流してたい所だし、更に何回かゲロ吐かせてぇが…

珍しい来客だ――」

 

「待って!最後なんか怖いこと言いませんでしたか!?」

 

緑谷とグラントリノの会話に構わず、犬面の刑事は前に出る。

飛鳥と雪泉は、自分たちはお邪魔ではないかと思い、二人の思考は一致しコクリと軽く頷き病室を出ようとするが…

 

「ああそうそう、お前らは此処にいても構わねえよ。

何せ雄英と関わり持ってんだ、いや寧ろ飛鳥たちはここに居ろ」

 

「あ、そうなんですか…

 

――って!おじさん何で私のこと知ってるんですか!?」

 

当然グラントリノが飛鳥のことを知ってることなど知るはずがなく、初対面のオジさんに「おお、飛鳥や」なんて言われてドン引きしてしまうのも無理はない。

見知らぬ人に話しかけられ、名前を知ってるなんてのは軽い恐怖を覚えるものだ。

 

「腰掛けたままで構わないんだワン、何、詳しい事情は聞いている。

申し遅れた、私は保須市警察署署長、面構犬嗣だ」

 

顔が嫌にリアルだ…しかも顔だけ…

警察に犬は付きものか、子供のイメージとは大分違うものの、様子を見た限り、根は優しいだろう。

後、飛鳥や雪泉のように、忍のことについては知っているし、其処に関しては問題無いそうだ。

しかしここで皆んなの心の言葉が一致する。

 

何故、態々警察署長がここに?

それも保須市と来たものだ…塚内刑事なら忍のことも重々知ってるし、敵連合について調査をしてるので、納得いくのだが…

しかし自ずとその疑問も晴れることになり、大体の予想が付く。

保須市と言えば――

 

「――ヒーロー殺し……調査故、彼の身元を調べる際に医者に診せて貰ったんだが……

酷いものだ…一言で言えば重傷。

肺には折れた肋骨が突き刺さり、酷い火傷を負っている…更には横腹付近に刃物による傷……

今は治療中だワン――」

 

肋骨、飯田の蹴り。

火傷、轟の熱による炎。

刃物による傷、飛鳥の秘伝忍法。

 

轟は兎も角、飛鳥や飯田は俯く。

警察が調べを上げて、態々此方に告知したとなると…

 

 

「――超常黎明期。

警察は統率と規格を重要視し個性を武に用いない事とし、代わりとして『英雄』という穴を埋めるべく、ヒーローという役職を作り上げたんだワン。

有名で名高い雄英生達ならもう既にご存知だと思うが、個性には安易に人を殺める力を持つ人間が必ず存在するんだワン。

良かれ悪かれ、その事実に変わりはないし、その力が公に認められ、糾弾されていないのは先人たちがモラルやルールをしっかりと遵守してきたからだワンね。

 

さて――此処まで言えばもう分かるかね?」

 

間違いない…

いや、法に厳しい現代社会なら、そうなる帰結だ。

 

「個性資格未取得者が、保護管理者の指示なく行動し、危害を加えた。

例え相手がヒーロー殺しだったとしても、これは立派な規則違反に変わりないんだワン

 

よって、この場にいる少女二名を除き…

エンデヴァー、グラントリノ、マニュアル。プロヒーロー三人含め、個性を無許可で使用した君ら、合計六名には厳正な処罰が下されるワン」

 

先ほどまで賑やかだった空気は、一気に凍りつく。

気不味い沈黙が、嫌に長い感覚に囚われ、その事実が鈍器で頭を叩きつけられるかのように、嫌に響く。

因みに飛鳥と雪泉は、上層部からの命令、又任務…修行の為当然罪には問われないし、処罰もない。

しかし、彼女たち二人の表情が晴れる事はなかった。

 

「――ちょっと待ってくださいよ」

 

ここでベットに腰掛けてた轟が、不機嫌そうな顔で声を上げる。

 

「飯田が動かなきゃ、あのネイティヴさんって人、もしかしたら殺されてたかも知れないんすよ?

んでもって緑谷が動かなかったら、あの二人は確実に殺られてた…

そりゃ危険な事だってのは分かる…けど、あの場で誰もヒーロー殺しの出現に気がついてなかった…

 

 

――規則を守って人を見殺しにしろってか!?

人の命よりも、アンタらは法を重んじるのか?!もしもの事が起きた時点でもう遅いんだぞ!?!」

 

病室に轟の怒号が響き渡る。

緑谷はそんな彼を落ち着かせるが、意味がない。

轟の言葉に飛鳥も雪泉も立ち上がる。

 

「私たちの事知ってるなら…多分忍だってこと、分かってると思いますけど…

私は確かにヒーローじゃ無いです、私や雪泉ちゃん…それに仲間たちも…

 

でも!ヒーローも忍も、何も変わらないって、皆んなと一緒に過ごして分かったんです!!

だから、人を救けるのに、法律も社会も関係ないと私はそう思います!!」

 

「私も同意見です…

自分の正義や道を、大人が勝手に決めつけるのはどうかと…

 

確かに許可無く個性を使ったことに対し、叱られる事も無理ないです…

でも、守るべきものが目の前にあって、それを見捨てて自分が救かるだなんて…本当にそれは正義と呼べるのでしょうか?」

 

バカ真面目で正直な飛鳥。

本当の正義を志す雪泉。

 

幾ら忍とは言え、こんなこと言ってしまうのは良くないと思う…

それは自分たちが一番よく知っている。

でも、言わずにはいられない。

 

「人救けるのがヒーローの仕事だろ!!

――人救けして何が悪いんだ!!」

 

轟のあからさまな正論。

緑谷はふと脳裏にオールマイトの言葉が浮かび上がる。

それは、合格通知の時だった。

 

 

『綺麗事?上等さ!

ヒーローが人救けして何が悪いってんだ!そんな人救けを受け入れずに何がヒーローだ!

 

来いよ、緑谷少年――』

 

 

今思い返せば、身に染みるその言葉が緑谷の背中を押してくれた。

そうだ、社会や法律なんて今は関係ない…

そりゃヒーロー殺しのように、社会や法なんて関係ないって力を振る舞う人と同じ土俵に立つことになる…

でも、そんなの関係ない。

 

 

「僕も…個性使ってて、グラントリノさんに待てって言われてて、なんですが…

こんな生意気なこと言うのも…なんですが…

 

僕からも…お願いします…」

 

――どうか処罰は…という願いと想いを込めて…

勝手かも知れない、これがヒーローらしいと言えば嘘になるかも知れない…

でも、頭を下げられずにはいられなかった。

 

 

 

「――いいや、ダメだ。法律上、処罰は免れないんだワン」

 

 

しかし、そんな少年少女の願いを、魂を、言葉を、想いを、全て一蹴するかのようなセリフ。

轟は表情を歪ませ、怒りを露わにする。

 

「この犬――!!」

 

「――待て轟!落ち着け!」

 

轟が後一歩出れば、手を出してしまいそうな勢いに、グラントリノが制す。

 

「これだから若いもんは…話は最後まで聞くもんだ…」

 

最後まで――?

 

 

「――っと、普通なら処罰が下されるハズなんだワン…

これは先に述べた警察としての意見。

更に言えば世間にこれを公表してしまった場合の話…

公表すれば、君らは世論は君らを褒め称えるが、我々警察は規則違反として取り締まり、処罰を与えなければならない。

 

――が、しかし。汚い話になってしまうが、もしこれな公表しなければ、ステインの傷、火傷の跡から察してエンデヴァーを功労者として擁立させる事が可能なんだワン。

幸い目撃情報は限られ、少ない。居たのは精々エンデヴァーの相棒…

つまり、今回の違法はここで握りつぶす事が出来るんだワン」

 

違法を握りつぶす…ということは…

このことを世間に公表しなければ、学生たちは処罰までは下されないという話だ。

しかし、その後警察は調査及び、注意をすることになるが、この際仕方ない。

 

「どうする!?公表して君らは世に褒め称えられるか、君らの公表を伏せ、処罰が下されないで済むか!」

 

当然答えは皆んな決まってた。

いや、そもそもメディアだのなんだのと、目立ちたいとかそういうのは彼らには無い。

そんなもの要らない。

 

「違法を握りつぶす…確かに汚い話となりますが……それで皆さんが無事で居られるのなら…例え世間が偽りの正義と言われようと、私は人を救うことに繋がるのなら、それで良いと思います」

 

雪泉の言葉に、飛鳥は頬を緩ませ「ほっ」と一息つく。

 

「まあその分、監督の監視不行届で俺たちはどの道処罰下されちまうが…

 

まあ、前途ある未来の子達の為だし、俺も飯田くんのことちゃんと観てなかったことになるからな…

お互い反省だ…!」

 

マニュアルは飯田の頭に手刀を入れる。

飯田も思わず涙を出そうになるが、堪えている。

ここで飯田がようやか一言…「すみませんでした…!」と謝罪する。

 

「よし!もう分かったな?今後からちゃんと気を付けろよ!

立場とか、ちゃんと自覚もってさ」

 

「……はい!!」

 

そんなこんなで、公表しないことを告げる。

それを聞いた面構は頭を下げる。

 

「――我々大人のズルのせいで、本来君等が受けていたであろう賞賛の声は、誰にも知れ渡る事なく消えて無くなってしまうが…せめて共に平和を守る人間として、これだけは言わせて欲しい……

 

心の底から、有難う――!!」

 

深々と頭を下げる。

よってヒーロー学生たち三名の、緑谷、轟、飯田は警察から注意こそ受けたが、罪には問われず、よって処罰は下されなかったとのこと…

また一方で、グラントリノ、エンデヴァー、マニュアルの三名は処罰こそ受けたが、減給及びヒーロー資格に関わる事だけなので、他の二人はともかく、グラントリノは特に問題ない。

 

「…そういう事なら、もっと早く言って下さいよ……」

 

轟は不貞腐れながらも、先ほどの怒りに罪悪感を覚え、軽く頭を下げる。

その後、お互いなんやかんやで笑い合った。

無事で良かったという、安息から来るもの…

 

 

 

これにて、ヒーロー殺しステインの事件は、幕を閉じた――

ただその事件は、本当の影の意味で…僕らや飛鳥さんたちに知れ渡る事なく、蝕んでいた。




よし、これでヒーロー殺し編は幕を閉じ――ませんよ?
多分後一話で終わりだと思います…多分ですがね。
多分この話、一番疲れたと思う…
15000文字超えて……

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