それと閃乱カグラのアプリ早よ、すぐインストールするから!
黒霧「皆様!聞いて下さい、なんと『閃乱カグラ・NEW LINK』が公式アプリにて登場ですよ!」
漆月「なんだって!?私は出るの…?」
黒霧「更に現在事前登録もあり人気投票もあり、ペアで組めるそうです!」
死柄木「どーでも良い…人気が高いなら壊せば良い、その時まで待てば良い」
荼毘「つってどーせお前入れるんだろ」
トガ「ステ様は?ステ様は出るのでしょうか!?」
鎌倉「みーんな僕がまとめて消してあげる〜♪ふ、ふふ…ふふふ…!」
漆月「ねえ、私たちは…」
黒霧「それでは皆様、配信日まで楽しみにしながら待ちましょう!では!」
漆月「……」
――信念なき殺意に何の意義がある――
(見てみろよ、ヒーロー殺し――
お前の信念とやらは、お前が殺して来た人間のことなど、世間は何も気にしちゃいないぞ――)
真夏の日向の下、木椰区が賑やかな中、死柄木は太陽の日差しが鬱陶しいのか、空を睨んでいた。
寝ても覚めても、頭の中はヒーロー殺しのことばかり…
あの一件後、敵連合のニュースの記事は殆ど載っておらず、ヒーロー殺しによって人気も悪意も全て、ヤツによって食われた。
そう、問題なのがソコだ。
どうしてヤツが良くて、俺が良くないのか……
(大多数の人間は、対岸の火事と…いや、どこで誰が
どういう思いで人を殺そうが、コイツ等は、何ともないようにヘラヘラと笑って生きてるぞ――)
――人が殺されたと言うのに、皆んなは何事も無いように平然と生きている。
お前のやって来た事なんて、所詮こんなものだ…お前や俺たちが、気に入らないものを壊しても、コイツらは何も変わらない…
辺りを見渡す限り、何事も無いように、平和な世界で生きてる市民たち。
大人がベラベラとスマフォで談笑してる人。
歩きスマフォをしながら相手にぶつかるものの、気にもしないマナーのなって無い人。
女子高生がSNSを見て盛り上がってるペア。
夫婦に似た男女が楽しく会話しながら、買い物を終え帰る姿。
こんな普通の人間ですら、死柄木にとっては憎く思えてしまい、思わず飛び掛かって殺したくなるくらいだ。
しかしそんな事すれば当然捕まるわけで、馬鹿な真似はしないけど…
幸せに暮らす人達、しかし死柄木にとっては気に入らない人間の一つでもある。
――忍もヒーローと何ら変わらない…か。
学炎祭、帰って来た漆月から話は聞いた。
その話には自分も納得が行った。
ヒーローと忍は、お互い支えあって、成長しあって、真逆でありながら共通点が存在して…そうやって繋がりが成っている。
確かにそうだ。
光があれば当然、影だって存在する。
ヒーローが光なら、忍は影だ…表裏一体で出来てるからこそ、ヒーローと忍は社会を支ええ、今の世の中が出来ている。
でも、何だろう…気に入らない。
ただ単に忍が気に入らないんじゃない…何かこう、もっとクシャクシャした感じ…言葉では言い表せないような気持ち…
――忍。
お前らの事が理解できない…
忍ノ定めは死ノ定め、虫ケラのように儚い命、名もなき華の如く散る…
お前たちの守ってるものは、こんなものなのか?
お前らが影で、命を削り、死を迎えても、コイツ等はお前等のことなど気にもせず、ヘラヘラ笑っている…
それで本当に良いのか?
こんな守る価値も何もない無能な愚民…自分が本気で殺されるとでさえ思ってないこんなヤツ等を守る理由は?
そもそも、だ。
何故忍は社会を、人を、掟を守らなくちゃいけないんだ?
ヒーローがいる時代、お前たちの存在なんて、他の奴らからすれば何とも思ってない…
お前たちは、何がしたい?
命を懸けてまで、殺しあう理由は?
そもそも、忍なら命令さえ受ければ何をしても良いのか?
それじゃあ敵と同じだ…
敵だって理由がどうあれ人殺しをして良い理由にはならないし、力を振りまくことさえ禁じられてる…
それなのに、お前らは忍だからという立場的な理由だけで、全て丸く収めるのか?
じゃあ俺らの立場はどうなる?
何が忍だ。
余りにも不平等じゃないか、差別的社会だ。
しかも、善忍悪忍どうあれ、殺された忍のことなど、何も知らずコイツ等は笑って過ごしてる…
しかも在ろう事か上層部や社会的な人間までもが忍の存在を知りえながら、忍の死を世間に公表すらしない…
なんて残酷な世界だ。
忍とは言え、人間だ。
人権というものは無いのか。
忍を殺す人間が言うのも何だが、これはこれで不満を持っている。
死柄木はただ一人、石ころでも蹴るかのように、下を向いて歩いていると、何処からか不謹慎な声が聞こえる。
「なぁコレヒーロー殺しのコスプレ売ってるぜ!すごくね?」
小学生が数人、グループになってステインのコスプレらしき商品を指差す。
やれステインのマスクや、刀に似せたゴム質の玩具、他にも携帯ポーチにステインの顔がプリントされたTシャツ。
不謹慎…と言うより、捕まったとは言え人殺しがこんな商品化ブームになって良いのだろうか。
自分とステインを比べると、天と地の差のように幅広い。
そう、一方で良くも悪くもステインによるシンパが生まれている。
ヒーロー殺しに感化され、意思を継ごうとする荼毘。
ステインの凶暴性に魅入られ、自分もその人になりたいと願う、ヤンデレ感が半端ないトガヒミコ。
ヒーロー殺しの暴行に、自分も暴れたいと意見を主張する鎌倉。
何故、俺ではなくヒーロー殺しに向けられる?
何が違うんだ?
答えが分かってるような感覚があって見つからない…
このムズムズとした気持ち悪い感じ…それが一週間近くも続いてる…
「何で、アイツなんかが…」
同じことを何度も考え繰り返すも意味がなく、頭を悩ませていたその時、顔を見上げれば…
「――ッ!」
そこには、死柄木の視界に映る人物が二名、談笑しながら歩いている。
アイツ等は…
相手が誰なのかを理解したその途端、死柄木は表情を歪ませ、二人に近づき――
「あっ!雄英じゃん!おーい!」
殺気を隠し、偽物の笑みを浮かばせ、警戒心を抱かせることのないよう、二人にのしかかった。
「動くなよ?」
そして現在に至るわけだ。
死柄木は緊張感なく、さも当たり前のように悠然と語り出す。
「お前等は、旧知の友人のように振舞うべきだ。
決して騒ぐな、落ち着いて呼吸を整えろ。
俺はお前等と話がしたいだけなんだ、でもって少しでも変な挙動を起こしてみろ?
俺の五指が全て首に触れた瞬間、1分も経たずお前らは塵と化す」
やられた、死柄木の存在に気付けなかったなんて…
尤も、重要危険人物…ましてや組織のリーダーが木椰区ショッピングモールに来てる事など誰が予想するだろうか?
「特に飛鳥…お前は忍だからさ、何をしやらかすか分かったもんじゃ無いからな、少しでも下手な動きした、そう判断した途端に即殺すからな、例えお前がそうじゃなかったにしても、俺はお前を殺す――
まっ、忍ノ定めは死ノ定め…なんだろ?別に殺しても問題ないか…?」
「――ッ!」
死柄木の言葉に飛鳥は絶句する。
「や、やめろ…」
ここで弱々しく、死柄木に抗う声が隣が聞こえる。
緑谷は恐怖に怯え支配されながらも、死柄木を睨みつける。
「お前は…話が目的なんだろ?
仮に騒ぎを起こしたとしても…お前はタダじゃ済まないぞ…?
ここは、警察やヒーローも多い…そんなことしたら捕まる事くらい…分かるだろ?」
木椰区は当然人が良く集まる場所だ。
だからこそ、当然その中には凶暴な個性を持った犯罪者だって必ずは存在する。
死柄木弔のように――
「だろうなぁ!そん位、俺でも分かるさ…
でもさ、見てみろよコイツらを――」
しかしそんな事など怖れる事なく、死柄木は嘲笑いながら周りにいる市民たちに視線を送る。
「俺みたいに、いつ誰が何処で
何でコイツら、笑って群れている?
この中に忍だっているかもしれない…漆月みたいに他人を傷つける人間だって少なからずいるに違いない…
例え忍の存在が知らないとはいえ、自分の身は自分で守らなくちゃいけないだろ?
安全性の確保、細心の注意と警戒を払うのが鉄則だ、違うか?
法やルールってのはつまるところ、個々人のモラルが前提だ。
何が言いたいか分かるよな?
――つまり、コイツらはハナから「する訳ねえ」と思い込んでるのさ――
ヒーローが、その内ヒーローがいるから…事が騒いでからは遅いって、コイツら自身気付いてないんだよ、だって守られて生きてるんだから、全ての責任はヒーローと警察に押し付ける、それが
皮肉であって間違ってないようで…死柄木の正論に二人はぐぅの根も出ない。
でも、それは仕方ない事だ。
人間誰しも力がある訳じゃない、人は強くとも弱い生き物だ。
個性が強力な人間もいれば、弱小な人間もいる…
だからこそ、ヒーローは人を守らなければいけないのだ。
「んで、仮にお前等を殺したとして事件が起きたとしよう…俺が捕まるまでに…3、40人以上は壊せるなぁ…」
とても冗談とは思えない台詞。
一つ一つの言葉そのものが歪みを持ち、聞いてるだけで気味が悪く、何とも言えない殺害宣言をする。
「嫌だよな?お前等の身勝手な行動のせいで、コイツら殺されちゃうんだぜ?
例えばそうだな…あー、アイツら良いかもな」
死柄木が視線を向けた先には、夫婦と子連れの家族。
小さい子どもが健やかな笑顔で買ったばかりの新品な玩具を大事そうに持ちはしゃいでる、見てるだけで心が晴れやかになる幸せそうな家庭。
しかし、今のこの状況からしてみれば、恐怖と残酷でしかない。
自分たちが勝手に動けば、関係ない人達までもが巻き込まれる…つまり、あの人達の笑顔も、尊い命も壊すと言ってるのだから、たまったものじゃない…
「あー、アレも良いなぁ…」
次に視線を向けたのは、お腹の大きい女性がベビーカーを押し、赤ちゃんは幸せそうに寝息を立ててお昼寝して居る姿。
女性のお腹が大きいのは、きっと妊娠してるからだろうか…
女性も周りの視線からチラチラとお腹を見ては大事そうに、優しく撫でる。
人が目の前で殺されるのが尤も嫌な人間を余す事なく、死柄木は当て続ける。
「次は…」とまた視線を送らせるが――
「やめて!!」
飛鳥の叫びで死柄木は視線を戻した。
飛鳥は優しい…誰もが認めるほどに…でも優しいからこそ、死柄木の残酷な考えは見ていられない。
飛鳥に対して死柄木とは一番、相性が悪い――
死柄木の残酷的な性格は、悪忍と同格か、それ以上のもの…
だって死柄木の素顔は、笑ってるのだから。
まるで小さな子どもが、カエルの卵を何匹殺せるかな?なんて想像してるように見える。
その姿と子供らしさの性格が相容れず、死柄木自身そのものが、もはや歪みの塊でしかない。
あれだけ楽しかった空気が、その時が、死柄木の登場により一瞬にして崩壊し、殺気と恐怖に怯えることしかできなかった。
「分かった…何もしない…何もしないから……
私は別に良い…でも、他の人達には…巻き込まないで……」
飛鳥はやっとの力で声を必死に振り絞り、死柄木に噛み付くように鋭い目付きで睨みつける。
その眼差しに、死柄木は鼻で笑う。
「ハハッ、俺のこと気に入らないだろ?でもな、俺もお前が気に入らないんだぜ?お前だけじゃない…お前もな緑谷…」
人の嫌な所を突き付け、この場にいる大勢の人間を一瞬にして人質に取り、相手を考えさせる余地すら与えず、自分の思うがままに動き出す…
見ない間に彼も随分と成長したものだ、そう言った相手の心を踏み潰すかのような行為は、悪の象徴と呼ばれてた男のやり方に似ている。
「わ、分かった…僕も…手を出さないし……話なら…聞く……
そ、それに……許可なく個性を使っちゃいけないし…僕としてはどの道無理…だから…」
緑谷も諦念し、脈打つ心臓の鼓動を落ち着かせながら、呼吸を整える。
「話が分かるヤツらで良かったよ……」
死柄木は自分の思い通りに動けて、さぞ満足するかのようにニンマリとした笑顔を浮かべる。
「……ねぇ」
すると、隣の飛鳥は、鋭い声で死柄木に声をかける。
「貴方は…何でそこまでして…私たちを嫌うの…?
漆月ちゃんと同じ、何か理由があるんじゃない…の?」
「……何でそう思う?」
先ほどの笑みから、普通の顔に戻る死柄木は首を傾げる。
「だって…漆月ちゃんと話した時も…そんな感じだったし……
漆月ちゃんに何が起きたかは分からないし、理由は聞けなかった…でも、貴方も同じなら…貴方だけでも、理由は聞きたい……
そうすれば…貴方だって、きっと分かち合えるかもしれないじゃない…救うことだって…」
漆月との対談…いや、学炎祭を通して分かったんだ。
ステインの時にも言ったかもしれないけど、善と悪だからって理由だけで、必ず分かち合えない訳じゃない。
善も悪も何も変わらない…飛鳥は、困ってる人間がいたら救けるし、手を差し伸べる人間だ。
例え相手が悪党であろうと、焔であろうとステインであろうと…そうして来た。
刀と盾。
その意味が分かった時、相手が誰であろうと困ってる人間がいたら、救けを求める人間がいたら、救い出す…
その時から、飛鳥は刀と盾を、忍の道としての信念として突き進んで来た。
――しかし。
「ハッ、それだよ…そういう所だよクソ餓鬼」
――必ずしも、それを否定する輩だっている。
「お前みたいに、分かち合えるとか救けるとか…そう言う言葉を使うヤツが嫌いなんだよ。
何が救うだ笑わせるな、俺は困ってもないし手を差し伸べてる訳でもない、勘違いも程々にしろ。
俺はな…そう言う綺麗事垂れてるヤツが尤も嫌いなんだよ…丁度、お前の体を粉々にしちまう程になァ…」
指の力を入れる。
飛鳥の表情が僅かに歪む。
忍とは言え、飛鳥は善忍の鏡…と言っても過言ではないほど、心は正義感で満ち溢れてる。
それを否定され、嫌悪感を示されるのは、流石に心が痛む。
「まあ良いや…立ち話もなんだ、折角こうして感動の再会が出来たんだ、腰掛けてまったり話そうじゃないか…」
とても感動の再会なんて呼べないが、死柄木はどこか座れる場所はないかと周りを見渡すと、丁度ヤシの木が立つ場所に円形状のベンチがある。
彼処にしよう、と死柄木は勝手に歩を進める。
「いねぇ…」
「ああ、いないな…」
場所は変わり、ショッピングモールの休憩所、白いテーブルにベンチが数カ所配置されてるエリアで、二人の男性はべったりと頬をテーブルの上にくっつかせながら、ストローでオレンジジュースをチビチビと飲んでいた。
変態二人組、峰田と上鳴はつまんなさそうな目で家族連れや男性、リア充カップルが歩いている。
「くそッ!何でリア充が外で出歩いてるんだよ〜!!
爆発しろ!つーか手繋いでキャッキャウフフって……クソが!!俺らの視界に映るな鬱陶しい!」
「なぁ峰田…もうかれこれ一時間過ぎてんだけど?流石にもう飽きて来たっつーか、女性一人なんてこんな人混みの中で早々見つかるわけが――」
「諦めるのかお前は!?
ここまで来たのに…もしかしたら美女が歩いてるかもしれねーだろ?!
ここは超有名なスポットだ、客が利用するのにうってつけな場所なんだ、それをテメェ…ここに来て飽きて来たって、それでも男か貴様は!」
「いや男だけどさ…現状こうしてナンパ出来ずに男二人でずっと居るわけじゃん?そらぁ飽きてくるって…」
「煩えクソ鳴!オイラだって好きでテメェと連んでるんじゃねえぞ!」
そう、この性欲に植えた二人組みが此処へやって来た目的は、ショッピングを楽しむ訳でもない(必要なものを買うためとしては理に適ってるが)…
――ナンパ
そう、ナンパなのだ。
葉隠がこの場所を提案したその時から、峰田と上鳴にとって、ここは狩場と化したのだ。
そして峰田と上鳴は
やれ女性が通れば目が食いつくものの、スタイルもまあまあ、顔はちょっと…という感じで中々決まらない。
峰田と上鳴のターゲットは、スタイル抜群、顔も抜群、そして気優しい女性なのだ。
でも、流石にそんな美少女がいる訳が――
「ん?」
そろそろ終盤に近い頃か…と、上鳴の気が限界に達していたその時、ある女性に目が食いついた。
そしてその少女の全身を確認できた途端、気怠けな顔から、一瞬で一転した。
「おい、峰田…峰田!」
「アン?なんだよオイラ今ちょいと苛立ってんだよ…美少女見つかんねーしはリア充いるわで…」
「ちげーって!見てみろよアレ!」
「あっ…?」
渋々と上鳴が指さす方向に視線を向けると、そこには一瞬見れば分かるだろう、美少女が人混みの中でオドオドとしていた。
気が優しい…というより、ああ言う慣れてない新鮮さが逆に男子の心をくすぐらせる。
そしてスタイルも良く、ストレートなロングヘアーで顔もかなり良い。
ターゲットがついに姿を現した。
「おおおぉぉ!?こりゃ大目玉じゃねえか!しかも爆乳たぁ、オイラたちツいてる!なっ?言ったろ上鳴、諦めたら試合終了なんだ、けど諦めなかったからこそ、俺たちの視界に女神が降臨したんだろォ!」
峰田は溢れ出んばかりのヨダレを腕で拭きつつ、上鳴は突然のことでテンパっている。
しかし、こんな美女はそうそういないだろう…なんて声をかけるか戸惑っている。
「シャキッとしろよ上鳴!お前の方がオイラよりかは1ナノメートルだけカッコいいんだから、頼りにしてるぞ!」
「ッ!そ、そう言われちゃあ、な!」
「因みに1ナノメートルって、ミリより小さい単位だかんな」
「細けえことは良いんだよ、俺が声をかけるから、お前は…」
「あ、ああ…!」
こうして性欲に飢えた狩人達は、一匹のウサギよりも可愛らしい美女を狩るべく立ち上がる。
ああ、どうしよう…迷っちゃったよ…
ここは、人混みが多いから……戻るのも大変だし…動くだけで疲れるのに…
――やっぱり、外に出るんじゃ…なかった。
秘立蛇女子学園の紫は、美しい長髪を揺らしながら、オドオドと周りを見渡す。
タダでさえ人前に出るのが嫌なのに、こんな場所に来て『忍商会』を探すなんて…
そもそも、そんな組織と鉢合わせになったとしても、戦闘はどうするの?
こんなにも人が多いと、気付かれちゃうし…それらしき人物が見つからないよ…
仮に戦闘が出来たとしても、私じゃ…無理だよ……私一人じゃ無理…
お姉ちゃんや雅緋さんがいてくれると心強いんだけど…
「や、やあー、あの〜…」
「?」
紫は声をかけられ振り向くと、二人組みの男性がニコニコとぎこちない笑顔を立てていた。
一応匂いを嗅いでみよう…
――クンクン
うわぁ、二人とも邪な匂いがする…
特に背の小さい紫色のポコポコした人、すっごい嫌な臭いが立っている…
「ねえ君一人?よかったら俺らと遊ばね?いやぁ男子と一緒にいるのつまんなくてさ〜、あっ!なんか食う?昼飯食わね?俺奢るよ〜」
「い、いえ…結構です……私もう、帰りますので……」
タダでさえ男性に声をかけられるなんて、小学校でも早々無かったし…
男性恐怖症というか…これがラプンツェルに出てくる素敵な王子様ならウェルカムなのに…なんでよりによって下心丸出しの男子二人と…
ああ、これだから外は嫌なんだ…絶対にこうなるんだ…
紫は心底絶望したかのように、深いため息をついた。
しかし紫の考えなど二人には分かるはずがなく、鼻息を荒くナンパしてる。
「大丈夫だいじょうぶ、オイラ達ただ単に遊ぶだけだから、怖がることないよ〜…
うわっ、手柔らかいでちゅね〜!プニプニしてまちゅね〜」
そして紫の手を取る峰田は、彼女の手の柔らかさに堪能し、指で触る。
普通に見れば完全にセクハラであり、警察が見たら捕まるだろう光景。
紫は「ひっ!?」と軽い悲鳴をあげ、蔑んだ視線を送る。
しかし当の本人は気にすることなく頬で手の甲をスベスベと摩る。
上鳴が「んじゃっ、行こっか!」と肩を掴んだその瞬間。
「お前らタコどもは何やってんだ…よ!」
「グェッ!?」「アベッは!?」
「!?」
二人の後ろの女性が、イヤホンジャックらしきもので、二人の後ろ首を挿し、爆音を送り上鳴と峰田は白目を向いて失神する。
二人の奇声に紫は驚きつつも、自分を救けてくれた人物に視線を送る。
やれオカッパの髪型に、スタイルは程よく(胸を除いて)、シャンとしてそうな女性が、心底呆れた顔で倒れた二人を見下ろしていた。
耳郎響香。
真面目でありマトモな彼女は、何かしらそこそこと人気がある。
耳たぶがイヤホンジャックになってるのが印象的だ。
――クンクン
この人からは、良い香りがする。
香水を使ってるのかな?それ以前に心が清らかだ…怒ってるけど、多分それはこの変質者二人が問題だし…
それに自分を救けてくれたんだし、悪い人じゃなさそう…
見た感じ怖い人じゃないし…
「大丈夫?ゴメンね、ウチのクラスの生徒なんだけど…こいつらちょっと問題児でさ、特にこのチビッ子なんかがね〜…
何か変なことされてた気がするけど…後でキツくしておくから、本当ゴメン!」
「い、いえ…別にそんな……大丈夫…です、ありがとう……ござい…ます」
ぎこちない返事を送る。
正直頭の中が少し熱くなって禍魂の力を使いそうになったけど…
よかった、この人が来てくれなかったら一時はどうなってたか…
人にはあまり感謝したことないけど、こう言う人が増えることは、とても嬉しいな……
「ったく、コイツら絶対にセクハラ容疑で逮捕されるぞ…
まあ、逮捕されても良いんだけど」
変態は死ね。
という視線を送る耳郎は、二人の首を掴みズルズルと引きずりながら、人混みの中に紛れて姿を消した。
あっ、そう言えば…名前聞いてなかった――
「何でも気に入らないんだけどさ、今一番気に入らないのはヒーロー殺しなんだよなぁ…」
一方。
飛鳥・緑谷の身動きを止めてる死柄木は、ヤシの木が目立つベンチに腰掛け、何気なく口を開く。
――ヒーロー殺しが?
何で、ヒーロー殺しが気に入らないのだろうか?
敵連合との接触があると疑いを持ち、脳無四体からの関連性と、漆月の接触でその疑惑は大きく立てられてる。
世間一般なニュースでは、敵連合の脳無とステインが同じ保須市で騒動を引き起こした事から、関連性が高いとなってる為、それが漆月と関わってる疑惑は、忍にしか分からない。
「ヒーロー殺しとお前らは…仲間じゃ…ない…のか?」
不思議でならなかったからこそ、緑谷はやっとの声で振り絞りながらも、質問する。
余計なことさえしなければ殺すことはないと頭の中で分かっていながらも、話したいだけだと言われても、やはり隣に極悪犯がいると考えると、どうしても安定な態度は取れないし、落ち着かない。
これをどう落ち着けと言うのだ?ましてや自分の命だけでなく、この場にいる大勢の人間だって人質にされてるのだ、安心出来る筈がない。
仮にそれが出来たとすれば大したものだ。
「別に?仲間じゃねえよあんな奴、寧ろ要らねえし死んで欲しいのが本望だね、俺に刃向きやがって…
世間じゃそうなってるが、俺自身は認めてる訳じゃない…アイツと繋がったのは、お互い目的が同じだから…ただそんだけだ…
――んでだ、問題はそこだ。
雄英襲撃も、保須市で放った脳無も…全部奴に食われたんだよ……
皆んな俺を見ようとしない…何でだ?」
自分たちに存在を知らしめることで、世間に恐怖を与える。
それが成功し、世間に注目が集まった。
しかし保須市でのヒーロー殺しの一件後、人気は下がる一方、皆んな口を開けばヤツの話題で持ちきり…ステインに株が上がった。
気に入らないものは壊したいが、アイツが捕まった以上壊せない…
しかも俺たちのやって来たことが全て水の泡になるよう、敵連合の存在はオマケ扱い。
この仕打ちはなんだ?
アイツの何が良い?なんでアイツが人気者になれて、俺は見ない?そこが分からなかった…
「アイツがどれだけ能書き垂れようが、所詮アイツは人殺しに過ぎない…
結局奴も、気に入らないもの壊してただけだろ?違うか?」
死柄木の言い分は尤もだ。
自分とステインは同じように気に入らないものを壊して来たと言うのに、なぜステインに注目が偏るのか…
彼には理解出来ないのだ。
どれだけ頭を使っても、先生に答えを求めようとも、黒霧や漆月に話しても、答えは導き出せなかった。
解消されることのない悩みとストレス…それらが死柄木の精神を追い込ませていた。
何がヒーロー殺しステインだ、忍殺しステインだ。
アイツが今に生きるヒーローを贋物と呼ぼうと、決めつけようと、敵を殺そうが、悪を処分しようと、所詮は気に入らないものを壊してたに過ぎないのだから。
「なぁ、教えてくれよ飛鳥、緑谷ぁ…
俺とアイツ…何が違うんだ?」
死柄木は緑谷と飛鳥に問いただす。
飛鳥と緑谷は、保須市であの場所で、ヒーロー殺しと対峙していた。
いない筈のあの場所に、二人がいた。
なら、あの時最後までヒーロー殺しの近くにいたお前達なら、何か知ってる筈だ…
人それぞれ価値観や考え方が違うから、自分ではなく、自分とは真逆で違う性格の二人からなら、意見を聞くことができる。
弔はそれを考察した上での発言だ。
二人は暫し黙り込む。
此方の気が緩んだ隙を見計らってるのだろうか?
何がともあれ油断は禁物だ、指の力加減を緩めず、狼のように獲物を離さない。
そして、先ず最初に飛鳥がようやく口を開く。
「……刀と…盾だよ…」
「…あ?」
刀と盾――
気に入らない物を壊すことしか出来ない弔は、その言葉の意味が分かる筈がなく、眉間にしわを寄せ、不快な表情を立てながらギラついた獣のような目で鋭く睨みつける。
「ステインは…最後……緑谷くんを救けた……
本当に気に入らないものを壊すだけなら、あの時あの場で、自分が逃げれば良いにも関わらず…あの人は……救けたんだ…守ったんだよ…緑谷くんを……」
飛鳥は知っている。
あの時ステインは、信念の下で、善意で緑谷出久を救けたことを――
確かに彼は多くのヒーローや忍を殺害して来た。
しかしそれは死柄木の思ってるものとは違う訳で、人を傷つける刀しか携えてなかった彼には、人を救ける盾も存在していた。
飛鳥は、しかとその目で見たのだ――
その姿はあまりにも禍々しく、歪なものだが、相手がどうであれ、刀と盾が存在した。
人は、戦う力と守る力があってこそ、強くなれる。
しかし、飛鳥からして見れば、死柄木はただの刀だ。
忌々しく、禍々しく、殺気溢れんばかりの、異形で歪な、邪悪な刀…
触れたものを粉々に壊してしまう、それはそれは末恐ろしい刀だ…
気に入らないものしか壊すことの出来ない彼では、盾の存在定義など有る訳がなく、人を守る力など彼には存在しない。
当然のことだ、彼のような人間に盾などあるはずがない、何故なら彼は奪い、壊し、支配する人間なのだから、そこに盾という概念は死柄木の中には無い。
「貴方は知らないだろうけど…ステインは…本当はただ、ヒーローを愛してただけ……
本当のヒーローを…見たかっただけなんだよ…」
普通に考えれば、あれ程ヒーローに対する熱意は早々ない。
寧ろそれは誇っても良いと思う。
ヒーローがどれだけ素晴らしいのか、ヒーローの定義を、正義を、信念を、本当はただ皆んなに教えたかっただけであり、間違いを正したかったんだ――
ただそれが、人殺しという道に進み、彼は道を間違えたことで歪んでしまったのだ。
「だから、貴方と違うのは…刀と盾があるかどうか…
それを、理解できるかどうか…なんだと思う…よ」
「……」
死柄木は珍しい物でも見るかのように、こちらの視線を向ける飛鳥の目をジッと見つめていた。
そして数秒後、死柄木は緑谷に視線を変えて「お前は?」と問いかけるように見つめてくる。
死柄木の意図を読み取った緑谷も、口を開く。
「ぼ、僕は飛鳥さんの言う通り…確かに救けられた……
悔しいことに、人殺しをして来たアイツに、僕は救われた……
アイツのやってることも、犯した罪も、許せないし、やってることは納得できなかったけど……
でも、理解は出来た…」
――ヒーロー殺しは、理想に生きたかったんだ――
「僕もアイツも、始まりは、オールマイトだから……
それにアイツは何でも、気に入らないものを壊してたんじゃないと思うよ……
アイツは、お前みたいに、何でも物事を徒らに投げ出したりもしなかった――
ステインは、最後まで信念を捨てず、敵に立ち向かった。
一方死柄木は、雄英襲撃時、自分の都合が悪くなると、部下を置いて帰っていった。
「だから…お前とアイツは違うし…飛鳥さんの言ってた通り…刀と盾があるかないか…だと、僕はそう思う…よ?」
「………」
――――フッ。
その途端、死柄木は二人の顔を見ることなく、ただ真下を向いて…
微笑を浮かべていた。
しかしその時に放った殺気が、余りにも異常で、二人は軽く身震いをしてしまう。
その殺気は、あのヒーロー殺しをも超えてしまうほどに…
市民は気づかない…そりゃそうだ、死柄木弔という男がここにいることすら知らない人間は、飛鳥と緑谷にすら意識にない人間には、殺気に鈍感な人間が、気づけるはずもない…
「あーあ…スッキリしたぁ……
ああ、うん…そっか、そっかそっか…そう言うことなんだな…
点が線になった気がする…悩みが吹き飛んだ…
――何でヒーロー殺しが気に入らないか…何で緑谷、お前が鬱陶しいのか…
飛鳥、何で俺がお前を殺したくなるのか…何で漆月が忍を殺したいのか…全部、分かった――」
息を詰まらせる。
自分が今呼吸をしてるのかさえ忘れてしまい、分からなくなってしまい、冷や汗が滝のように流れる。
目の集点が合わず、瞳が激しく揺らぐ。
飛鳥の目からは自然と涙がたまっていた。
――怖い、この男が怖い…
殺されてしまう、今すぐにでも、私は死んでしまうのではないか…
一言で言えば、妖魔すら身震いを起こして、逃げてしまいそうな、気迫ある殺気。
心臓を握られてるような、吐き気のする感覚。
そして、死柄木が顔を上げたその時、この世とは思えぬ恐怖が二人に襲いかかる。
「全部――オールマイトだ」
笑っていた。
嘲笑うのではなく、人間誰もが幸せそうな笑顔を浮かべる、誰もが当たり前のように健やかに笑う、輝かしい笑顔、しかし死柄木のその笑顔は、とてもこの世のものとは思えぬ残酷さゆえ、もはや歪を通り越したかのような邪悪な笑顔――
漆月の笑顔が可愛く思えてしまうほどだ。
二人は、死柄木の笑顔を見てようやく我に返った。
その狂気とも呼べる笑顔が、死を錯覚させてしまうようでならなかった――
「そうかぁ…結局そこに辿り着くんだなぁ…
何を悶々と考えてたんだろうなぁ俺は!なんで、なんでこんな当たり前で、大事なことを…俺は忘れてたんだろう…」
原点も、終焉も…全てはオールマイト。
存在そのものが当たり前だからこそ、頭の中で筒抜けていた。
ただオールマイトを殺すことしか頭に入ってなかった。
だから、見えてなかったんだ…その原点を…
ヒーローと忍が、手を取り合ったその原因の種を――
「あの
周囲に訴えるかのように、声を発する。
全て、オールマイトが悪いんだ――
「忍が死ぬのは掟や上層部だけじゃない…
あの
見て見ぬ振り…手を差し伸べてくれない、死んで当然、死ノ定、運命――
死柄木の脳裏には、幼い頃の自分の体が、手が、血塗れになり、腕だけが地面に落ち、辺り目の前が血の海と化す。
残酷で、トラウマで、思い出すだけで頭がはち切れそうになる光景。
そして二人の首に力を増し、より強く入れる。
二人の表情が痛みと共に歪み、死柄木は嘲笑うように表情をより酷く歪ませる。
「誰も救えなかった人間なんていなかったかのように――ヘラヘラと笑ってるからだよなぁ!!」
――飛鳥、忍のお前が一番気に入らない理由が分かった。
それは、オールマイトと似てるからだ――
正義感溢れる笑顔で人を救けようとする勇姿、どんな人間でも分かち合えると本気で思ってる忍、善も悪も救いだそうとする志、それが気に入らない…オールマイトみたいだ。
オールマイト以上に不愉快でしかない、
「
もはや抑えきれない怒り、憎悪、殺意、悦び、歓喜、様々な感情が爆発的に暴走した事で、今の自分が抑えられない。
救えない人間なんていない、本気でそう思ってる。
だから、他の忍なんかよりも…無性に殺意が湧いてくるんだ。
それは、死柄木の逆鱗に触れる事になるのだから。
「ああ…話せてよかった…良い、これで良いんだ!
ありがとう緑谷、飛鳥…これでようやく俺は一歩、前進出来る!!」
―――俺はなんら曲がることはない!!
「皮肉なもんだぜヒーロー殺しぃ!
それに忍のお前たちも哀れだなぁ!死ぬことが定めで、怖がることはないって?怖くないって?
お前らこそ一番イカれちまってるんじゃないか!?
お前たちの行いも、やって来たことも、忍の道も、何もかも無意味なんだってことがまだ分からないんだよなあお前達はよぉ!!!」
――ヒーロー殺し、対極にある俺を生かしたおまえの理想、信念、全部俺の踏み台となる。
そして、俺の成長の糧となる――
「あっ、あァっ…!や、め…て…!!」
飛鳥は苦しみ悲しみ表情を歪ませながらも、声を振りだし、涙目になっても死柄木の視線を逸らさない。
死柄木は残酷な笑みを絶やすことなく飛鳥に向ける。
その時――
「アレ?デクくん、飛鳥ちゃん?」
聞き慣れたこの天真爛漫な天使の声、ゆるふわであって、それでもって心が落ち着くような感覚に包まれる女性の声は――
緑谷と飛鳥だけでなく、死柄木もその女性の声がした方向に振り向く。
「その人、知り合い…じゃ、ないよね?」
――麗日(さん)(ちゃん)!?
「何してる…の?手、離して…?!」
二人の首を絞めてると知ったお茶子は、驚愕と恐怖の表情に歪ませる。
とてもじゃないが、この人は友達や知り合い…と言った縁のある人には見えない。
死柄木の指が緩くなり、手を離す。
しかし、それは決してお茶子の言葉通りになった訳ではなく、それは新たな標的を壊すために、離した訳であって――
皆まで言わなくとも、状況的に理解した二人は、訴えかけるように息を荒くする。
「――お茶子ちゃん逃げて!!」
「ダメだよ麗日さん!ソイツは――!」
二人の声が重なるものの、お茶子はなぜ、二人がこんなにも慌ててるのかも分からず、立ち上がる人物を見つめる。
そして…
「いやぁ、ごめんゴメン!友達…いたんだな、気付かなかったよ、時間取らせて悪いな!」
意外にも、アッサリとした普通の笑顔を浮かべ、手をパーにして「大丈夫だよ〜」と手を振る。
しかしこの笑顔が作り物であることに間違いないのだが、こんな笑顔を作れるとは夢にも思ってもいなく、呆然とする。
今でも殺されてそうだった空気が、嘘のように消えていく。
「あっ、そろそろ時間かな…
んじゃ俺行くわ〜…じゃな。
――お前ら追ってきたら分かるよな?」
悠然と、それこそ友人のように最後まで振舞う死柄木は、小声で最後の言葉を残して背中を向ける。
飛鳥は止まらない心臓の動脈を手で抑え、呼吸を整える。
忍でもここまで恐怖を感じたことは早々無い。死にたく無いと思えたのは、死柄木と初めて会ったその時からだ、それ以上の殺気を、死柄木は今まで培っていたのだ。
首にまだ痛みが残ってるのか、手で抑えて咳き込みながらも、お茶子に背中を摩られながらも、死柄木の行方を晦ませまいと、目で追う。
「ゴホッ!ゲッホ…!アァッ!!
――ハッ、ハァ…ハァ……ま、待てよ死柄木…弔!
オール・フォー・ワン、神威は何がしたいんだよ…?」
「…は?え?デクく…死柄木って…!!」
死柄木弔の名を耳にしたお茶子は、青ざめた表情で先ほどの人物を見つめる。
まさかあの男が、敵連合のリーダーであるなどと当然知るわけがない。
彼は今までずっと、掌のマスクを付けていたのだから。
素顔までは見たことがなかったのだ。
「……知らないな、でも気をつけろよ…
次会った時は、お前ら…いいや、お前たちも、忍も、全部ぜーんぶ殺すって決めた時だからさ…」
死柄木は別れ際にそう言うと、大勢の人混みに紛れて、姿を消した。
お茶子は直ぐに携帯を取り出し、警察とヒーローに連絡を取る。
飛鳥は、とても悲しそうな表情で、死柄木の背中を見ていた。
どうして?どうしてそこまでして、忍を否定するの?
どうして貴方達はそうなってしまったの?
何がいけないの?何がそんなに…
しかし、答えが見つからない以前に、何がどうこう出来る訳でもなく、ただ飛鳥の心には死柄木の言葉が突き刺さっていた。
――救えない人間なんていないと本気でそう思ってる。
死柄木弔、貴方の過去に一体、何があったの?
とてもじゃないが、雪泉や焔のような憎悪とはもう次元が違う。
そんなレベルじゃない、彼女達の苦しみを軽視する訳じゃないが、ただ死柄木という圧倒的な存在に気圧されたのだ。
緑谷もまた、姿が消えたにも関わらず、死柄木のいた方向をずっと、執念深く睨んでいた。
「………」
――刀と、盾だよ。
「……」
――本当は理想に生きたかったんだと思う…よ。
頭の中で、飛鳥と緑谷の声が、脳内再生され離れない。
そして――
――信念なき殺意に何の意義がある。
ヒーロー殺しのことも。
――ヒーロー殺し、信念も理想も最初っから俺にはあったよ。
ただ、それが気付けなかった…そうだよ、俺には見えていなかった…自分のことしか何も見えちゃいなかったんだ。
けど、何も変わらない!
しかしこれからの行動は、全てそこへと繋がる――!
『オールマイトのいない世界を創り、正義とやらがどれだけ脆弱かを暴いてやろう――』
――そして、俺の下には忍が集まって来る。
抜忍漆月を始め、忍の社会に不満を持つ者、暴れたい者、思想に感化された者、様々な想いを抱く忍が、敵連合の名の下に集まることで、俺に初めて、忍の力を手にすることが出来る。
そして俺に、新たな信念が芽生えた――
忍を殺すことで、お前達の信念も、忍の道も、定めも、全て否定し、お前達の言う忍が如何に脆く惰弱なのかを暴いてやる。
『忍のいない世界を創り、お前達が間違ってたことを証明し、俺が正しかったことを世間に知らしめる――』
今日からそれを、信念と呼ぼう。
そして、二つの信念を一つにしよう…
それが飛鳥の言う、俺の刀と盾だ――
新たな信念を手に入れるだけでなく、歪な刀と盾を手にした死柄木は以前よりも成長した。
あの時のように、癇癪を起こす幼稚的な彼ではない。
これから次々と成長していく、死柄木だけでなく、組織そのものも、忍と関わる事により新たに成長する。
ヒーローや忍だけが成長する訳ではない、力を培い、準備が整ったその時、お前らに目に物を見せてやろう…
俺は、ヒーローと忍、社会を崩壊する、そしてその頂点となる。
全部、オールマイトだ――
忍との繋がりも、何もかも……
――全部オールマイトだ。
善と悪は、隣い会い、語り合い、成長する。
弟子と弟子との遭遇。
そして、敵には無いはずの彼には、信念と、刀と盾を手にすることが出来た。
死柄木は、もう単に気に入らないからオールマイトも忍も殺す、じゃない。
己の信念を見つけ出し、オールマイトを殺す、忍を殺す、それが死柄木なりの刀と盾になったんですよね。
形は歪だが、彼にとっては見間違えるほどの成長過程にふさわしいもの。
忍を消せば、社会は己の間違いに気づくのではないか?それが、社会を壊す唯一のキッカケになるのじゃないか?
死柄木はそう考え見抜いてたんですよね。