パイモンに負けた私達が目を覚ましたのは、一切の穢れがない、理想郷だった。恐らくここが、おとぎ話などによく出てくる、神の住まう天界だろうと思う。
私の予想は今回見事に的中したが、べリアルと名乗る悪魔に、ラティスが昏睡状態だと聞いて愕然とした。その後、すぐにラティスの居場所を聞き、皆とその部屋へ急ぐ。
……
ラティスは良くも悪くも素直であった。私にはとても悪魔とは思えなかったが、神からラティスの事情を聞いた時、自分の予想が当たっていた事を思わず呪った。
急いでラティスのいる部屋向かうと、既に神とその傍らに天使が三人控えており、私とティア、暁、影葉のそれぞれを呼ぶ。
そして神は、ラティスの今の状況を、簡潔に、しかし厳しく告げる。
「ラティスの身体は、私が完璧に癒しました。けれど今、彼が目覚めないのは、心の問題。自身の過去だけしか見ずにそれを悲嘆して、逃げているからに他ならない」
そこまで言うと、神は一度呼吸を整える。
「過去に向き合えない者に寄り添うのが、今の君達に出来る事。彼の耳は聞こえているはずですから、そろそろ君達自身の過去を語っても、良い頃合いでしょう」
そう言って、神と三人の天使は去っていく。この部屋へには、私達四人と、未だ眠っているラティスだけとなった。
「あ~……誰から話したもんかね……?」
こういう話題をあまり好かない暁が、自ら話を切り出そうとする。私も話そうとは思うが、どうしてもすぐに決断出来ない。私の欠点だ。
「……私から話そう」
先程の失敗を踏まえて、思い切って声を上げる。
「……じ、じゃあ、次は私が……」
私が話を始めようとすると、ティアが私の後に話をするという。そういえば順番も決め忘れていた。今日はやけに自分の欠点を自覚する日だ……ラティスに何も出来なかった罰かもしれない。
「じゃあ、後は追々考える事にするかね……」
暁はそう言うと、私に話を始めるように促す。
一つ、大きく深呼吸をし、私は、自分の過去の話を始める準備を整える。私の中の消えぬ、暗い思い、憎しみの始まりを。
――私は植物の精霊。ドリアードと言えば、分かりやすいだろうか。本来、私達にはそれぞれの本体である古木が必ずある。
しかし、幼い私を生み出した古木は、最早枯れる寸前で、私はその時に幼いながらに、自らの生を諦めようとした。
同じ幼いドリアードの者達と遊びたい気持ちも勿論あった。けれど、もしその楽しさを知ってしまえば決心が揺らぐかもしれない。
そのために私はいつも一人、親とも呼べる古木の枝の上で、自らが生まれ、そしてすぐに消える事になる、このどこまでも広がっていそうな巨大な森を眺め、自らの消滅を待っていた。
しかし、私の運命はある日大きく狂わされてしまう。何度も、この時に消えていたら良かったと思って止まない出来事が。
その日も森は平和そのもの。自らの親であり、本体である木から離れないように、私と同じ位の子供達が遊んでいた。
もうすぐ消える私と違い、この子達は立派な巨木となって、この森は続いていくだろうとそう思う。しかし、この日だけは違った。朝から私の頭には、嫌な予感がこびりついていた。
そしてそれは的中した。その日の夜にはこの森は存在しなかった。森を
私達の親である巨木を一撃で焼き払う程の、巨大な落雷が森を
皆、必死に逃げた。しかし私達は、自分の木から遠く離れると消えてしまう。その私達が逃げ切れるはずもなく、すぐに捕まった。
この時、私は思い知った。自分がどんなに恐ろしい場所に向かおうとしていたか。ただ自分は平和ボケして、感覚が鈍っていただけ。果てしない孤独が、死の恐怖が私を襲う。
私の他にも十数人のドリアードが固まり、皆泣いていた。そして、人間達の前に立って先導していた男が、私を見て嗤う。
その男はほとんど白に近い黄色の髪で、目の色は黒く、全身を他の人間達と同じく、黒いマントで覆っていた。
「ふは、ははははは!!! 何と脆い種。木を燃やすだけで消えていくとはな……何と楽な作業。我輩が出るまでもなかったな」
後ろの人間達も奴に同調して、嗤い声を出す。後ろの人間達だけならば、私達だけで倒せる。武器しか持たぬ人間など、本来私達の敵ではない。
しかし、どう足掻いても、目の前の男には勝てない。一人で森を焼き尽くすような奴に、木と同じ存在の私達が勝てるはずがない。
男ひとしきり嗤い終わると、背中から生えている焼け
森は最早、そこにあったという形跡も見えない程に焼き尽くされ、沢山の仲間が死んだ。私はすぐに自分の親である古木に、生き残った仲間を置いて走る。
私の親の古木は燃えていた。自分の消滅を恐怖に震えながら覚悟する。
しかし、私の身体は消滅しなかった。幸福なのか、呪いなのかは分からないが、自分の木が燃え尽きても、私は生き延びた。恐らく、こんな体験をしたのは自分一人だけだろう。私は自由を手に入れた。
数十年後、この森の再生を諦めた他のドリアード達は、再び自分達が根付く事の出来る大きな森を探して、ゆっくりと自分の木の根を操り、移動を始めた。
しかし、私は移動よりも復讐を求めた。他の仲間は皆、自分が燃えなければ良いと思う者ばかりで、誰も残る事はなかった。やはり自分は変わっているのだと、この時漸く分かった。
それから私は、手に入れた自由を最大限に活用し、奴に関する記載がないかと、人間の書物を読み漁った。
悔しいが、私達には書物を作る者などいなかったため、何も過去を探る物がない。その点、人間は多くの事を次の世代に伝えるために、書物を残す。
あの焼け爛れた羽根から考えるに、奴は堕天使。悪魔と同じ存在。私はそう目星をつけて、その記載がありそうな書物を徹底的に調べた。
調べに調べて、正体を突き止めるのに、何十年も時間を要した。この時、私は五百年は生きた所だった。そして、集めた書物の中で最後に漸く、奴に関する記載を見つけた。
幻影と、神の
その男の名はレミエル。漸く突き止めた、我が種族最大の仇。
しかしそれを突き止めたは良いが、奴を倒す手段がないのは変わらない。それをいくら探しても見つからず、私は、やっと自らの力を磨く事にした。
そうして修行も兼ねて、三百年をかけてあの森を作り上げ、その森に逃げ込んで来た者達の監視をして、始末したり、世話をしてやったりしていた。
そうした時に、森を訪れたのがティアだ。私は最初は警戒していたが、ティアはこちらが警戒するのが馬鹿らしくなる程に、私に怯えていた。
ゆっくりと時間をかけ、ティアの心を開いた。おかげて私は、人間を殺さなくても良くなった。ティアが森に結界を張ってくれたためだ。
これで、余程の事がない限り、この森は安泰だ。奴を殺すために力を蓄え始めた。
それからティアもこの森に住み着き、共に過ごしながら百年が過ぎた。ティアが召喚士なのは、その頃にやっと聞けた。
あの森を作ってから四百年と少し。ラティスと碧愛がやって来た。初めはいつも通りに追い返そうとした。しかし、ラティスはすぐに私の事を突き止め、私を制圧してしまった。
この強さならあいつを倒せるかもしれない……そう思った。だからティアがラティスを一緒に行くと言った時、心の中で嬉しかった。
ラティスに付いていけば、自ずと力を使う事が多くなり、戦えるようになる。いずれ魔界に行けば、あいつもいる――そんな打算があった。
「……そう思ってここまで付いてきてしまった。何も言わなかったのは、すまないと思っているが、何より、私も本音を言えば、自分の過去に向き合いたくなかった。
向き合えば、憎しみしか見えなくなるから。それが怖かったんだ……」
私は皆の目を見つめる。皆、私から距離をとるような事もせず、ただただ、優しく見つめ返してくれた。
そして私は、皆に最後に一つ、どうしてもと言って頼みを告げる。
「私の過去の傷は例え奴を殺せても癒えないだろう。けれど……再び奴を見た時、確実に憎しみに囚われる。その時はどうか、私を止めてくれないだろうか……」
再び皆を見ると、皆は何故か溜息を吐いていた。疑問に思っていると、ティアが珍しく、大きな声を出して私に言った。
「当たり前だよ!!! 何があっても、私が止める! エルだけに憎しみは背負わせない!」
皆もそれに頷く。ああ……どうやら私は素晴らしい仲間を持てたようだ。
私の頬を涙が伝う。そして、そんな私にティアが近付き、ハンカチを差し出す。
私がそれを受け取り、涙を拭き始めると、ティアは初めてしっかりと皆に向き合い、
「次は私の番ですね……」
そう言って話を始めた……
本当に自分が駄目過ぎて、言葉も出ないです……ネタを思い付かなかったり何だりを言い訳に、この作品を三ヶ月もの間サボってしまいました。
一周年も過ぎたので、これからは終わりの近いこの作品を優先します。