転生したら滝本ひふみの彼氏になった件について 作:飛び方を忘れてるカラス
『結婚、の事なんだけど…』
「……!」
上司の葉月さんから発せられたその言言葉。俺は息が少し荒くなった。
『高校の時からなのだろう?もういい加減いいんじゃないか?』
「……どう、なんでしょうかね」
『なんだい、その抽象的かつ曖昧な返しは』
「わかんないんですよ。距離の取り方が」
そう、わからないのだ。
付き合って10年近くなるが、未だにわからないのだ。
俺も彼女も、あまり推しが強いわけではない。
そうなると、必然的に進展はなくそのままの関係に。
『この関係を、このまま続ける気はあるのかい?』
「…ありませんよ、当たり前じゃないですか。ただ…いや、そっか」
言い訳をしようと口を開きかけたが、直前で思いとどまった。
そうだ、これは俺が悪いのだ。
いつまでも一歩を踏み出せず、現状を満足していた俺が。
『普段の君を見ていて思ったのだが、何度か言おうとは思っていたね?』
「…バレてたか。流石っすね」
『部下のことはちゃんと見ておかないと、ね』
「…何かアドバイスみたいのってありますか?」
『そうだね…』
葉月さんは深く考えているのだろう。
「んー…」と考え込んでる時の声を出している。
そして出てきた答えは、とてもシンプルで直撃的だった。
『ま、とにかく後退かないで突っ込め』
「ですよね」
その答えについては、もうなんとなく想像ついていた。
このことについては俺もわかっている。押しが弱いと。
『私から見るに、滝本くんは君のことを相変わらず好きでいてくれている。断られる確率は低いよ』
「断言できますか?」
『できない。ただ…滝本くんの気持ちのことは、君の方が理解しているんじゃないかな?』
その言葉に、俺の心は決心がついた。
「…ありがとうございます」
『いやいや、なんのなんの。部下の悩みに対して答えを出すのが上司の役目ってやつだろう?』
「なら普段ももうちょい上司っぽく振舞ってくださいよ」
『ははは、善処するよ。それじゃあ』
通話が切れた。
俺は星が輝く夜空を見上げ、深呼吸をする。
決意を固めた俺は、店の中へ入ろうと引き戸を開ける。
その時に、まだ少し冷える風が、俺の背中を押したかのように吹いた。
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そして今。
風が俺とひふみの間を吹き抜ける。
まるでスポットライトのように月光が俺たち2人に降り注ぐ。
「その…あれだ。俺たち、もうこの関係になって長いだろ?だから、さ…」
歯切れ悪く言葉を繋がる。
正直、心意気だけを決めて行動に移したのだ。
はっきり言って、セリフ的な何かは頭に浮かんでない。
「…うん、私も考えてた…」
だろうよな。
お互い…いやまあ、男である俺が引き気味だったのが原因なのだが…まあ、ウジウジしすぎたな。
「まあ…だから…」
ヤベぇ、言葉が本当に出ない。
鼓動が早い、顔も多分すごく赤いのだろう、変な汗もかいてきた。
…だが、言うしかないだろう。
俺が言わなくて誰が言う。腹くくれ立花戒!
「結婚しよう…」
静かに、伝えることだけを伝えた。
その言葉にひふみはコクリと頷き
「………はい」
受け取ってくれた。
彼女の声を聞くと、急に足の力がなくなり膝から崩れ落ちかけた。
「………っはー…よかったー」
「…ごめん、私からも、少し早く言えば…」
「いや、今回の件は俺の責任だよ。これは男の俺がもっと早く言うべきだったんだよ」
思い返すと、改めて酷い男だと思う。
「…んで、これは俺からの提案…」
「…うん、そうだね。まずは市役所に… 」
「…はい?」
俺からの提案など聞いていないかのようにブツブツと独り言を呟き始めるひふみ。
「子供は何人がいいかな…やっぱり1人は寂しいだろうから、2人以上は…」
「いや、あの、ひふみさーん?」
なんか1人で固有結界作って引きこもってるんですけど。
「家は、どうしよう…私の家よりも、戒くんの家の方が広いし…」
「あのー…本当に大丈夫ですかー?」
俺からの応答に応じず、ずっとブツブツと独り言を呟き続ける。その姿ははっきり言ってちょいと不気味だ。
しかも心なしか、顔も徐々に赤くなっている。
「えっと、それでそれからそれがあれでこれで…」
「マジで大丈夫ですかー!?主語を言って主語を!」
ちょっと止まらないんだけど!アンストッパブルなんだけど!映画スピードのバス並みに止まらないんだけどこの子!
肩を掴むと、やった意識が現実に戻ってきたのか、なんとか俺の顔を見るようになった。
「あ…戒くん…」
「えーっと、俺からの提案なんだけど…」
改めて俺からの提案を説明する。
「同棲を始めようかと思うんだよ。俺ら何気に今までしてなかったし」
本当に距離の縮め方がおかしいカップルだと思う。
「え…」
「まあまあ、この後すぐに市役所に行っても俺は構わないよ?でもまだ同じ屋根の下で一緒に寝たことのないやつと早速結婚は倫理的にヤバいというか何というか…」
要は俺がビビってるのだ。
情けないやつだな…。
「…あ、うん。…私も、ちょっと1人で考え過ぎてた…」
「わかってくれたらいいんだ。それで同棲の件なんだけど…」
どちらの家にするか、だ。
「それなら、私の親戚の子が、これから東京で暫く過ごすらしいの。私の家をその子に貸せば、戒くんの家に…」
「なるほどな。ちなみにその子が東京に来るのは?」
「1ヶ月後、だった気がする」
「…わかった。ならその事はそちらで会議してくれ。決まり次第、俺の家に荷物纏めて来ればいい」
「うん、わかった」
よし、なんとなく、本当になんとなくだが決まった。
さて、夜も冷えてきた。
時刻的にもそろそろ就寝時間だ。
「じゃ、今日はこの辺にするか」
「…うん、じゃあ」
「っと、送ってくよ。もう夜も遅いし」
「あ、ありがとう」
こうしてひふみを家まで送ることにした。
そしてひふみの家。
「それじゃ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
玄関前でひふみは手を振って持っているバックの中身を探す。
…1分後、何故かずっと手を突っ込んだまま固まっていた。
「…どした?」
「……ない」
「え?」
「鍵が…ない」
「…えぇぇ!?」
どうやら、夜が明けるのはもう少し先になるらしい。
家の鍵をなくすと大変なことになりますよ。現に私は鍵をなくして2晩、公園で過ごしました。