似て非なるもの   作:裏方さん

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今回も見に来て頂いてありがとうございます。
いつも最初になんて書こうかなと思うのですが、結局この言葉しか思い浮かばないです。
ほんとにありがとうございます。

とうとう今回でこの駄作も最終回。
ありがとうございました。

前話にて八幡は進学のため東京に。
一方のオリヒロは少しずつ恐怖症を克服して・・・・・・
さて、東京と千葉でそれぞれの道を歩き始めた二人の結末は。

では、よろしくお願いします。

※すみません。
 今回も2万6000字越え。
 お時間お掛けします、ご無理をなさらないでください。


似て非なるもの

”ワイワイ、ガヤガヤ”

 

「なんかさ、すごく懐かしい感じがするね。

 まだ卒業してから半年ぐらいしかたってないのにさ」

 

「あ、ああ、そうだな。

 もう何年も経ったようだ」

 

今日は文化祭二日目、例年通り一般の人にも開放されていて校内はすごく賑やかだ。

 

『文化祭、よかったら一緒に行かないかしら?』

 

そう、雪ノ下に誘われて久しぶりに訪れた我が母校。

自転車置き場、生徒玄関、体育館、教室・・・・・・そして特別棟。

何もかもがすごく懐かしい。

そういえば、卒業してからも屡々メールとか電話があるから気にしていなかったが、

雪ノ下に会うのは春休み以来だな。

由比ヶ浜は毎日連絡取り合ってるみたいだし、頻繁に会ってるみたいだが。

確かこの前もディステニー行ったって言ってたし。

卒業してからも相変わらず仲のいいことだ。

まぁ、俺はGWや夏休みもバイトが忙しくて、結局一度も千葉には帰れなかったからな。

だ、だって一人暮らしって結構かかるんだ、いろいろと。

小町の塾代がかかるからとかで仕送りも減らされたし、とにかくバイトして稼がないと。

だから俺には帰ってる暇がない。

 

・・・・・暇がない・・・か。

そうやって理由をこじつけ、俺は・・・・・・避けているのだろう。

もしどこかで彼女と出会ってしまったら、きっと何かが終わってしまうそんな予感がして。

俺はそれが怖くて、それに耐えられる自信がなくて。

きっとそれは時間が解決してくれるものだと、時間が経てば砂浜につくった砂のお城のように

跡形もなく消え去って、初めから何もなかったかのように忘れることができるものだと。

・・・そう信じたかったから。

だから俺は帰りたくなかった。

でも本当は・・・・・・・・・・・・心の片隅でずっとあの笑顔を抱きしめているのに。

矛盾・・・だな・・・・・・すげぇ矛盾だ。

 

「ね、ね、どこから見て廻ろっか?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・どうかしたヒッキー?」

 

「はっ、い、いやなんでもない。

 それより雪ノ下と合流することが先だろう。

 で、待ち合わせ場所はどこなんだ?」

 

「へ?」

 

「いやだから待ち合わせ場所だ、雪ノ下との。

 確か決めておくから任せておいてって言ってたはずだが」

 

「あっ、あ、あの~、あはははは」

 

「おい、笑ってごまかすな!

 お前、まさか決めてなかったんじゃ 」

 

”こく”

 

「・・・・・・おい」

 

「いや~なんかさ、ゆきのんとヒッキーの話してたら盛り上がっちゃってさ、つい」

 

「ほほう~、どういう話をしてたんだ。

 ちゃんと説明をしてもらおうか、納得のいくまで」

 

「あ、い、いや~、その・・・・・・じょ、女子の会話の内容を知りたがるって、

 ヒッキーキモい、キモいから!」

 

「おい!

 ちっ、まったく。

 それより、いいからさっさと雪ノ下に電話してみろ」

 

「あ、うん。

 でもそれがさ、さっきから何回も電話してるんだけど繋がらない」

 

「そっか。

 まぁ、雪ノ下のことだ、きっと何か理由あるんだろう。

 それならそこの模擬店のカフェにいるってラインしておいてくれ。

 この人混みの中を闇雲に探すよりはマシだろう。

 疲れるし、ちょっと喉乾いたし」

 

「う、うん」

 

「じゃ、俺先行ってるわ」

 

”スタスタスタ”

 

「あ、待っててよヒッキー」

 

     ・

 

「いらっしゃいませ。

 ご注文は?」

 

「えっとアイスコーヒーを」

 

「はい」

 

”パタパタ”

 

「もう、待っててくれてもいいじゃん。

 あ、あたしは何にしようかなぁ。

 んと、じゃあタピオカ入り抹茶ミルクお願いします」

 

「はい、少々お待ちください」

 

     ・

     ・

     ・

 

「ん~、まだ足りないな」

 

「へ、ヒッキー、まだシロップ入れるの?」

 

「ああ」

 

え、まだっていつもとそんなに変わらねえだろう。

えっと、一つ、二つ、三・・・・・・・・

え、いつの間に俺こんなに。

 

”ゴクゴク”

 

だけど・・・・・・・・・まだ甘くない。

もう一つ入れよっか。

 

「え、まだ入れるの?

 そんなに甘いのばっかり飲んで大丈夫かなぁ。

 あ、それよりさ」

 

「ん、なんだどうした?」

 

「ヒッキーさ、この場所憶えてる?」

 

「ん?」

 

「ほら、ここってさ、この待ち受けと同じ場所。

 へへ、去年の文化祭でのツーショット」

 

「げ、あのときの写真。

 お、お前まだそれ持ってたのか!

 いい加減消去しろ」

 

「だめだめ。

 ずっと待ち受けにしておくんだから」

 

「やめて下さい。

 後生ですからやめて下さい。

 お願いします、ガハマ大明神様」

 

「だからガハマ大明神ってなんだし!

 もう怒った、絶対消さない」

 

「お、おい!

 いいからスマホよこせ」

 

「だ~め」

 

「よこせ」

 

「べ~だ」

 

「あれ~、比企谷君とガハマちゃんじゃん。

 久しぶり」

 

「え、あっ」

 

「陽乃さん、やっはろーです」

 

「ひゃっはろーガハマちゃん。

 比企谷君もひゃっはろー」

 

「ども」

 

「ひゃっはろー」

 

「ども」

 

「もうノリが悪いな~」

 

”スタスタスタ”

 

なんでこの人がここに?

え、な、なに、なんで俺の横座るの?

いや、ち、近い。

そんなに椅子近づけなくても。

あの~、腕と腕が密着して。

 

”ズズン!”

 

おわっ、か、顔近い。

それになんかすごく見つめられてんだけど。

 

「ふ~ん」

 

「あ、あの~、なにか?」

 

「いや~、相変わらず仲良さそうだね君達。

 で、二人はどこまでいったのかなぁ~?」

 

「あ、あの~、どこまでって・・・」

 

「どこまでって大学までですよ」

 

「あははは、相変わらず面白ね君は」

 

”ベシベシ”

 

「いたたた」

 

いや、マジ痛いから背中叩くのやめて。

はっ、顔は笑ってるのに眼が笑ってない。

なんかすごく睨まれてるんですけど。

 

「で、本当のところどうなの?」

 

「俺達はそういう感じじゃないんで」

 

「そうなの?」

 

「・・・・・・ヒッキー」

 

「おやおや、ガハマちゃんはそうでもなさそうだけど」

 

な、なに上目遣いでこっち向いてんだ由比ヶ浜。

・・・微妙に頬が赤いんですけど。

は、も、もしかしてキスのことばらすつもりじゃ。

やばい、もし陽乃さんに知られたら大変なことに。

雪ノ下にもバレるだろうし、きっとそれをネタに陽乃さんに・・・・・・

 

「どうなのかな~比企谷君?」

 

「い、いや、あ、あの、お、お、俺達は 」

 

「あ、あの! あ、あ、あたしたちは 」

 

や、やめろ由比ヶ浜!

い、言うんじゃない、や、やめて~

 

”ブ~、ブ~”

 

「あ、ゆきのんから電話。

 ちょっとすみません」

 

”スタスタスタ”

 

た、助かった~

マジあいつ、いま喋る気だったろ。

危ない、ちょ~危ない。

後できつく叱っておかないと。

 

「・・・君は変わらないね」

 

「えっ? あ、いやそこはブレない男と言ってほしいですけど」

 

「で、そうやっていつまでこの関係を続けていきたいの」

 

「・・・・・・この関係って」

 

「君とガハマちゃん。

 この中途半端なぬるま湯の関係。

 付き合ってるわけでもなく、かといって友人ってわけでもない。

 そして君はこの中途半端な関係に安らいでいる、口ではなんだかんだ言いながら。

 ねっ、これが君の求めていたもの?」

 

「・・・・・・」

 

「だとしたら・・・・・・君は本当に女性の敵だね」

 

「・・・俺は 」

 

「君は知ってる?

 この君達の関係、まぁ雪乃ちゃんとの関係も含めてだけど。

 それが一体何の上に成り立ってるかって」

 

「何の上?

 なんのことですか陽乃さん」

 

「君は 」

 

「ヒッキー」

 

”スタスタ”

 

「ヒッキー、あのね、ゆきのん猫カフェにいるって。

 3年J組の・・・教室・だけ・・・ど。

 あ、あの~」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

俺達の関係? 何の上?

陽乃さんは何を言ってるんだ。

さっきからずっと俺を睨みつけるように見つめているこの瞳は、いったい何を

問いかけているんだ?

 

”くぃくぃ”

 

「ヒ、ヒッキー!

 あ、あの、ゆきのん、待って・・・る・・から」

 

「あ、ああ。

 ・・・陽乃さん、それじゃ俺達は 」

 

「え~、もうちょっと待ってよ。

 今迎えが来るんだけどさ、それまで相手してほしいなぁ。

 ね、いいでしょ、ガハマちゃん。

 雪乃ちゃんには、わたしから連絡するから」

 

”カシャカシャ”

 

「あ、雪乃ちゃん あのね 」

 

「あ、あの~」

 

「・・・・・・」

 

     ・

 

「へぇ~、同じサークル入ってるんだ」

 

「あ、はい」

 

「しかし比企谷君はまだしも、ガハマちゃんもアニメ愛好会とはね」

 

「まぁ、まぁ~いろいろと」

 

”ちらっ”

 

「ふ~ん。

 だって比企谷君」

 

”ムニムニ”

 

「・・・・・・」

 

いや、さっきから腕に陽乃さんの柔らかいものが押し付けられているんだけど。

なんか、すげ~柔らかくて弾力のあるものが、”ムニムニ”って。

この人、これって無意識なの?

 

”ムニ”

 

・・・・・・柔らかい。

 

”ジー”

 

はっ! こ、この目、くそ、やっぱり故意、故意なのかー!

こ、この人は。

 

「ム゛ー!」

 

え、な、なに?

なんか今変なうめき声が。

あっ、ガ、ガハマさん、なんか俺を睨んでる?

い、いや仕方ないだろう、だって、う、腕に・・・・・・ムニって。

く、くそ! こ、ここは無視、無視だ。

陽乃さんは俺の反応を見て楽しんでいるんだ。

だからムシ!!

 

「え、えっと由比ヶ浜 」

 

”つんつん”

 

「ひゃ~」

 

「こっち向かないと、もっと”つんつん”しちゃうぞ~」

 

いや、脇腹突っつくのやめてください。

本当にそこ弱いから、勘弁してください。

 

”つん”

 

「うひゃ~」

 

くぅ~、だ、駄目だ。

こ、これ以上は。

 

「は、陽 」

 

「あ、いたー!

 陽乃さん、ちゃんと電話出てください。

 すごく探したんです・・・・・・よ」

 

え、え、こ、この声って。

ま、まさか。

いや、俺がこの声を聞き間違えることはない。

忘れよう、忘れようと思ってもけして忘れられなかったんだ。

そうなのか、今俺の後ろにいるのって。

 

”くる”

 

「三ヶ木!」

 

「・・・美佳っち」

 

「あ、あのー 

 比企谷さん、由比ヶ浜さん、ご無沙汰しております」

 

”ペコ”

 

「遅いよ三ヶ木ちゃん。

 えっと、紹介するね。

 わたしの私設秘書兼お手伝いの三ヶ木ちゃん」

 

いた、彼女はそこにいた。

避けて避けて・・・・・・それでも会いたくて。

その彼女が笑顔で俺の後ろに立っていた。

・・・だけど何だこの違和感。

ここにいるのは間違いなく三ヶ木だ。

だけどこの笑顔は何か違う。

俺の心の片隅で微笑んでいてくれた笑顔とは何か違う。

髪型や服装が変わったからそう思うのか?

・・・・・・え? 服装。

なんでこいつビジネススーツ?

はっ、さっき陽乃さんが何か・・・

 

「な~に比企谷君、三ヶ木ちゃんジーって見つめちゃって。

 もしかして三ヶ木ちゃんに見惚れてたのかなぁ?

 そうなんだよね、馬子にも衣裳じゃないけど結構似合ってるんだよねビジネススーツ。

 特にこのお尻のラインとかね」

 

”さわ~”

 

「ひゃ、は、陽乃さん!」

 

「ひゃははは、いいじゃん減るものじゃないんだし」

 

「良くないです!

 セ、セクハラです」

 

た、確かにお尻とかパンツのラインがスカートと違ってくっきりと。

三ヶ木、後ろ姿は自信あるって言ってたもんな。

た、確かにこ、これはすごく・・・・・・

 

”ゴクッ”

 

はっ! い、い、いや、そ、そんな場合じゃない!

 

「三ヶ木!

 お前大学はどうしたんだ。

 なんだ秘書って」

 

「あ、え、えっと、いろいろとよく考えまして。

 大学というのは思ったよりお金が掛かりますので、やはりわたしには無理かなって。

 あんまり父に負担掛けるのも。

 それに調べたところによると、保母さんってあまりお給料良くないし、

 クレーマーさんもたくさんいてすごく大変だとか。

 だったらやっぱりやめておこうかなぁって思いまして、それで陽乃さんのお世話に

 なっています」

 

「はぁ!

 な、なに言ってんだお前。

 あんなに保母さんになりたいって言ってたんじゃないのか!

 それで受験勉強も必死で頑張って」

 

「・・・・・・げ、現実は結構厳しいので。

 あ、それより陽乃さん、次の予定のお時間が。

 車、正門の方に回しますので、早く来てください」

 

「はいはい、ご苦労様」

 

「それでは比企谷さん、由比ヶ浜さん失礼します」

 

”ペコ”

 

「「・・・・・・」」

 

”タッタッタッ”

 

「はっ! み、美佳っち、ちょっと待って」

 

”ダー”

 

「三ヶ木、ま、待って 」

 

”にぎ”

 

「えっ。

 あ、あの、手を離してくれませんか陽乃さん」 

 

「追いかけてどうするの?」

 

「どうするって話を、俺は三ヶ木と話を」

 

「大学、何でいかなかったんだって責めたいの?

 ・・・あのさ、三ヶ木ちゃんは今お仕事中なんだけど。

 お仕事の邪魔してほしくないな~」

 

「責める、責めるわけじゃ。

 た、ただ俺は話を 」

 

「・・・君は何も知らない。

 そんな君が何を話しようとするの」

 

何も知らない?

まただ。

さっきから”何の上に”とか”何も知らない”とか、いったい何なんだ。

陽乃さんは何を言ってるんだ。

くそ、わからないことばかりじゃないか。

 

「何を、俺は何を知らないって言うんですか陽乃さん!」

 

「それはね・・・・・・・・・・・・教えない、教えてあげない。

 チッチッチッ!

 世の中そんなに甘くないよ」

 

「・・・・・・・」

 

「でもさ・・・・・・君は気付いてたんじゃない?

 あの時、本当は何かがおかしいって」

 

「・・・あの時って」

 

「あの時起きたこと、もしそれが一連のものだとしたら・・・

 おっと、暇つぶしに付き合ってくれたご褒美はここまで。

 じゃあね比企谷君」

 

「陽乃さん!」

 

     ・

 

”タッタッタッ”

 

「三ヶ木さん」

 

「あ、ゆきのん」

 

「どう、ちゃんとお話しできた?」

 

「あ、う、うん」

 

「そうよかった」

 

「あ、でもね、ほら手がすごく汗ばんじゃって。

 それに心臓もバクバクで。

 ・・・目、目も合わせることできなかった」

 

「そう」

 

「でも、ほんとありがと。

 おかげでわたし・・・・・・きっと」

 

「・・・・・・」

 

「あ、あれ結衣ちゃん!

 追っかけてきたんだ。

 ごめんね、あと 」

 

「ええ、大丈夫よ、任せておいて。

 それより早く行きなさい」

 

「うん。

 また後でね」

 

”タッタッタッ”

 

「ふぅ~、さて」

 

”キョロキョロ”

 

「う~ん、どこ行ったんだろ。

 正門のほうに行ったと思うけど。

 あ、ゆきのん!」

 

「あら由比ヶ浜さん。

 あなた達、カフェにいたんじゃなかったのかしら?

 あまり遅いから来てみたのだけど」

 

「あ、うん。

 あのね、美佳っちこっちに来なかった?」

 

「三ヶ木さん?

 いえ、見なかったわ」

 

「そっか。

 どこ行ったんだろ」

 

「三ヶ木さんがどうかしたの?」

 

「え、あ、うん。

 あのね美佳っちが 」

 

     ・

     ・

     ・

 

「うぃ~、沙希ちゃんもう一杯お代わり」

 

「三ヶ木、もうそれくらいでやめておきな」

 

「え~、もう一杯ちょ~だい、ひっく!」

 

「まったく。

 ジンジャエールで酔える人なんて初めて見た」

 

「へへ、ほっといて。

 なんあら、ムギ茶でも酔えるんだからねあたしゃ、うぃ~」

 

「・・・で、なにかあったの?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・三ヶ木」

 

「・・・・・・」

 

「三ヶ木、何かあったらちゃんとあたしに言うって約束したでしょ。

 あんた、あたしとの約束また破る気!」

 

「ご、ごめん。

 ・・・・・・あ、あのさ、今日ね総武高の文化祭行ったんだ。

 それでね、比企谷君と結衣ちゃんに会ったの」

 

「そうだったの」

 

「へへ、二人すごくお似合いだったよ。

 そんでね、とっても楽しそうだった」

 

「三ヶ木、あんた」

 

「あ、違うよ沙希ちゃん。

 わたし思ったんだ、これで良かったんだって。

 二人はやっぱりお似合いだもん。

 納得した。

 これでやっとわたしは次に踏み出せる」

 

「三ヶ木」

 

「へへ、だ・か・ら~、沙希ちゃんもう一杯お代わり」

 

「仕方ないね」

 

     ・

     ・

     ・

 

「あ、いたー。

 三ヶ木ごめん、ちょっとサークルが長引いちゃってさ。

 ・・・ん、三ヶ木?」

 

「いらっしゃい相模。

 さっきまで起きてたんだけどね。

 いろいろあってさ、泣きながら寝ちゃったみたい」

 

「なにかあったの?」

 

     ・

 

「そう、あいつに会ったんだ。

 珍しく三ヶ木のほうから誘ってきたと思ったらそんなことがねぇ」

 

”こつん”

 

「ば~か、また無理しちゃって」

 

「く~、く~」

 

「よく寝てる」

 

”ぷにょぷにょ”

 

「相模、寝かしておいてやんな」

 

「へへ、でもこのほっぺの感触がね」

 

「・・・う~ん、やめてよ・・・・・・比企谷君の馬鹿♡」

 

「「・・・・・・」」

 

「はぁ~、ほんとうに馬鹿」

 

”なでなで”

 

「本当にね」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「へぇ~、由比ヶ浜ちゃんと比企谷君って同じ高校なんだ」

 

「あ、そうなんです」

 

「ね、ね、由比ヶ浜さん、アド交換しない」

 

「え、あ、はい」

 

「あ~、俺も俺も」

 

”ワイワイ、ガヤガヤ”

 

由比ヶ浜、やっぱり人気あるんだよな。

入学式の時もすげえ騒がれていたし、

今や押しも押されぬ次期ミス早応大候補の一人だ。

現にこのアニメ愛好会も由比ヶ浜目当てのエセ会員多いからな。

あの由比ヶ浜の横に座っている奴なんか、プリキラーすら知らなかったからな。

 

『プリキラー?

 何か新しい殺虫剤?

 え、アニメ?

 あ、俺そういうのいいんで』

 

『・・・・・・』

 

はぁ~、それにこの飲み会も知らない顔のほうが多いんだが。

あいつらアニメ愛好会にいたっけ?

 

「ね、由比ヶ浜ちゃん。

 同じ高校ってさ、もしかして二人って付き合ってたりするの?」

 

は、はぁー!

あ、あの男何言いだすんだ。

 

「・・・・・・あ、あの~」

 

みろ、由比ヶ浜困ってるじゃねえか。

・・・・・・ん、なんだ、そういえばこんな感じ以前どこかで。

えっと、確か同じようなことが。

 

『・・・・・・いいなぁー、青春したいなー』

 

『・・・・・・。

 あはは! 何その水泳大会みたいな言い方!

 こっちだって全然そういうんじゃないよ~』

 

そっか、あの時か。

あの時、俺は俺と由比ヶ浜のカーストの違いを改めて認識させられて。

由比ヶ浜が相模達に嘲笑されるのが嫌で、マジ住む世界が違ったらと思った。

そうか、そうなんだ。

忘れていたが、俺と由比ヶ浜では・・・

だったら由比ヶ浜が嘲笑されないように俺は、

 

「いや、俺と 」

 

「はい!

 あたし達、付き合ってます」

 

はっ? はぁー!!

な、何、何言いだすんだ由比ヶ浜!

お、おおおおおい!

 

「比企谷!

 貴様、我らの由比ヶ浜ちゃんと付き合っているだと!

 貴様、貴様」

 

「あ、い、いや、あの 」

 

「会長、そんなこと去年の早応祭の時にわかっていたでしょう。

 ほらほら絡まない。

 あっ、あっちで呼んでますよ」

 

「う、ううううう、くそ~!」

 

”スタスタスタ”

 

「すまなかったな比企谷」 

 

「あ、いえ、副会長すみません」

 

”ざわざわ”

 

なんだ、一斉にみんなから見られてんだけど。

げ、な、なんだすごい殺気感じんだけど男どもから。

あ、あの女子達、何こっち見て笑ってんだ。

あいつらの顔、あの時の相模の顔とそっくりだ。

くそ、このままここにいたら由比ヶ浜が。

 

「すみません副会長。

 俺先帰ります」

 

「えっ。

 ・・・・・・あ、そうだね。

 うんわかった、ごめんね嫌な思いさせちゃって」

 

「あ、いえ。

 まぁ、なんかちょっと考えたいことがあったんで」

 

「そう?

 じゃ、また明日」

 

「うっす」

 

     ・

     ・

     ・

 

『君は何も知らない』

 

『でもさ・・・・・・君は気付いてたんじゃない?

 あの時、本当は何かがおかしいって』

 

俺は何を知らない?

俺は何かを見逃してたのか?

確かにあの時、あのプロムの時、俺は何か気になっていたんだ。

それなのに俺は見過ごした。

思い出せ、俺は何を見過ごした。

あの時、何かあったはずなんだ、何か変だと思ったことが。

なんだ、なんだ、なんだ。

う~

 

”ガシガシ”

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ! 雪ノ下の母親。

あの時、なぜ雪ノ下の母親がプロムを認めてくれて、それで雪ノ下の話を聞くって

ことになったんだ。

それまで反対していたのに、なんで急に?

ダミープロムや、俺の交通事故なんかで雪ノ下の母親が結論を変えるはずがない。

きっと俺に知らないところで何かがあったはずなんだ。

だが、それはどうすれば知ることができる?

おそらく知っているのは陽乃さんと雪ノ下の母親。

だとしたら俺に知る方法はないんじゃないか?

くそ、詰んでるだろう、これ。

・・・・・・いや待て陽乃さんは一連のものって言ってた。

それなら他にもなにか。

そうなんだ、他にもなんかあったはずなんだ変だと思ったことが。

 

”コンコン”

 

ん、誰だこんな時間?

某放送局の集金か?

 

”ガチャ”

 

「ヒッキー」

 

「由比ヶ浜!

 どうしたんだこんな時間に?」

 

「へへ、ちょっとね」

 

”フラフラ”

 

「お、お前、酔っぱらってるのか?」

 

「あのあとさ、ちょっと飲んじゃって」

 

”フラッ”

 

「あ、あぶねぇ。

 ちょっとじゃないだろう。

 足元フラフラじゃねえか。

 いいか由比ヶ浜、俺たちは未成年だから・・・」

 

「えへへ」

 

こいつ、聞いてない。

本当にどんだけ飲んだんだ。

こんな状態でよくここまでこれたな。

 

「ち、くそ。

 ほら、こんなとこじゃなんだから中に入れ」

 

「うん、失礼します」

 

”スタスタ”

 

「ちょっとここで待ってろ、いま水持ってくるから」

 

”だき”

 

「ゆ、由比ヶ浜?」

 

「・・・ヒッキーごめんね。

 さっきは勝手に付き合ってるって言っちゃって。

 それで怒って先に帰ったの?」

 

「い、いや、そんなんじゃない。

 それより離れ 」

 

「あたしじゃダメ?

 ・・・あたしヒッキーが望むなら 」

 

”ガバッ”

 

「そんなことは酔っぱらって言うもんじゃない。

 ほら、水だ」

 

「あ、う、うん。

 で、でもヒッキー、あたし、あたしは 」

 

”ガチャ”

 

「え、ヒッキー?」

 

「すまん。

 俺、材木座と徹ゲーする約束してたんだわ。

 ちょっと行ってくるけど、お前は酔いが醒めるまで休んでいけ。

 そんなフラフラじゃ危ないからな。

 布団とか勝手に使えばいいし、何なら泊って行ってもいいぞ。

 それと部屋のカギはここに置いておくから、帰る時に大家さんにでも預けて

 おいてくれ。

 大家さん、お前知ってるよな」

 

「あ、・・・・・・うん。

 何度か会ったことあるから」

 

「じゃあな」

 

”スタスタスタ”

 

「・・・・・・ヒッキー

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿」

 

”ブ~、ブ~”

 

「え、あ、スマホ、ヒッキースマホ忘れて。

 どこだろう、どこで鳴ってるのかなぁ」

 

”ブ~・・・・・”

 

「あ、切れちゃった

 えっと~、確かこの辺で音が。

 もうヒッキー散らかしてるから。

 昔はさ、こんなんじゃなかったのに。

 あ、あった。

 へへ、ヒッキーのスマホゲット!

 えっと~」

 

”カチ、カシャ”

 

「あっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっか、やっぱりヒッキーはずっと。

 でも、あたし、あたしだってずっと・・・・・・・」

 

     ・

     ・

     ・

 

”トボトボトボ”

 

参ったなぁ。

どこ行こうかな、今から泊まれる所っていうと。

・・・やっぱり材木座か。

仕方ねえ、電話するか。

ん、あれ?

えっと~スマホ、スマホ。

げ、ない。

あ、そっか、アパートに置いてきたんだ。

やべ、どうすっかな。

 

「ハックション!」

 

マジやばいな。

風呂あがったとこだったし、このままじゃ風邪ひいて・・・・・・・

・・・・・・風邪・・・風邪・・・風邪か。

そ、そっか!

そうなんだ、あのウィルスなんだ。

母親の件もそうなんだけど、それよりもっとなにか腑に落ちなかったことがあったんだ。

あの俺達の公式サイトを消去したウィルス、あれ三ヶ木はどうやって手に入れたんだ。

三ヶ木が自分で作れるはずがない。

だとしたら、どうやってウィルスを手に入れられた?

どうやって。

もし雪ノ下の母親の件と、公式サイトを消した件が一連のものだとしたら、

そこから何かが・・・・・・

 

「ブェックション!」

 

うぇ~さむ~

マジどうしょう、このままじゃ確実に風邪ひくよな。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「はい、もしもし」

 

「あ、お、俺だが」

 

「俺じゃわかりませんよ

 それとも詐欺かなんかですか先輩」

 

「わかってんじゃねえか」

 

「・・・で、どうしたんですか?

 は、もしかしてこの前の文化祭で久しぶりに会ったわたしのことが忘れられなくて、

 俺の女になれってことですか。

 すみません、そういうことはちゃんと会いに来て告ってください。

 電話ではだめです、ごめんなさい」

 

「い、いや違うんだが、厳密に」

 

「厳密って!・・・・・・もうなんですか」

 

「あ、あのな 」

 

三ヶ木がウィルスを手に入れる方法。

そのことをずっと考えてた。

その行き着いた答えはこれしかない。

三ヶ木とウィルスの唯一の接点。

それは、

 

「ふ~ん、何かと思えば。

 そうですよ、先輩の言う通りあの時のウィルスに感染したパソコンは

 すぐに凍結しました。

 隔離して誰も触らないようにしましたよ。

 それで新しいパソコンを購入したんです。

 そしたらDVDついてなくて」

 

「で、そのパソコンは今でも凍結したままなのか?

 誰もそれから触っていないのか」

 

「え、いや、張本人が除去するからって言ったので除去させましたけど」

 

「張本人って清川が?」

 

「ええ」

 

「それはいつだ、いつのことだ?」

 

「確か卒業式の前ぐらいだと」

 

「・・・・・・そ、そっかわかった。

 すまない、助かった」

 

これですべて繋がった。

そうなんだ、三ヶ木があのパソコンに触れたとしても、

ウィルスを他のパソコンに感染する方法を知ってるとは思われない。

それと昨日材木座から聞いたんだが、消されていたプロム以外の遊戯部の

ファイルがいつの間にか復活されていたらしい。

 

「んで、どうしたんですか?

 よかったらわたしから清川君に」

 

「いや、な、なんでもない、大丈夫だ。

 昼休み時間にすまなかった」

 

「そうですか?

 じゃ、また連絡くださいね。

 あ、それと今度はちゃんと会いに来て告ってく 」

 

“プー、プー”

 

そっか、清川か。

そういえばあいつ、生徒会選挙の時も三ヶ木とつるんでいたよな。

 

”ブ~、ブ~”

 

ん?

 

”カシャカシャ”

 

「何でいきなり切るんですか!

 もう信じられないです」

 

「い、いやすまん。

 ちょっとな」

 

「いいです、わたしは心が広いですから。

 でも先輩、先輩は・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・先輩、今度こそちゃんと始めてくださいね。

 もう間違ったらだめですよ」

 

「い、一色」

 

「それではです」

 

「ああ。

 ・・・・・・すまない」

 

     ・

     ・

     ・

 

「ね、あれ」

 

「えっ、あ、目を合わせたらだめよ」

 

”ヒソヒソヒソ”

 

え、えっと~。

やっぱりここ目立つかな。

だけど清川の連絡先知らないしな。

やっぱりここで待っているしかない。

あのパンツ事件以来、小町は口聞いてくれないし。

 

”ザワザワザワ”

 

でもなんかすごく騒がしくなってきたんだが。

はぁ~、仕方ない。

もう一回、一色に電話してみるか。

 

「あんた何してんだ。

 生徒会に校門に変な人がいるって、苦情がきたから見に来たけど」

 

「き、清川。

 よかった、お前に用事があるんだ」

 

「俺に?

 俺はお前なんかに何の用事もない。

 じゃあな、さっさと帰れ」

 

「少しでいいんだ」

 

「断る!

 言っておく、俺はお前が嫌いだ、死ぬほどにな」

 

くそ、相変わらずこいつとは合わないんだよな。

でもこいつ俺のこと嫌い過ぎない?

ウ、ウィルスのくせして生意気な。

俺のほうが上位なのに。

だ、だが今日は・・・・・・

 

「すまん、本当に少しでいいんだ。

 三ヶ木のことで話がしたい」

 

「・・・・・・知らん」

 

「清川」

 

こいつしかいない。

あの時、何があったのか、こいつはきっと何か知っているはずなんだ。

だったら、なんでもしてやる。

 

”ドサッ”

 

「頼む。

 プロムの時、あいつは、三ヶ木はいったい何をしたんだ?

 俺の知らないところで何があったんだ?

 この通りだ、俺に教えてくれ」

 

”ペコ”

 

「・・・・・・は、はん、土下座はお前の百八の特技の一つだっていうじゃねえか。

 あの人に聞いたことがある。

 俺には通用しない。

 さっさと帰れ」

 

”スタスタスタ”

 

「頼む、この通りだ」

 

「あんたこの前の文化祭の時、由比ヶ浜って女と一緒だったろう。

 なんかいい感じだったじゃねぇか。

 だったらもうこれ以上あの人に関わるな!

 今度、あの人を苦しめたら俺が許さない」

 

「・・・・・・・」

 

俺が三ヶ木を苦しめた。

公式サイトを消したのは、やっぱり俺が三ヶ木のこと気にしてやれてなかったからなのか?

だとしたら、陽乃さんの言ってた一連のものとは関係ないのか?

だったら俺の知らないことってなんだ。

くそ、わからない。

 

     ・

 

”スタスタ”

 

「清川先輩!」

 

「おわっ、びっくりした。

 なんだ鈴、もしかしてお前見てたのか?」

 

「うん。

 清川先輩が生徒会室から出ていくところが見えたから」

 

「・・・・・・ほら、戻るぞ。

 今日は役員会あるだろう」

 

「清川先輩、先輩は何か知ってるんですね。

 だったら、なんであの人に話してあげないんですか?」

 

「お前には関係ない」

 

「わたし、わかるんです」

 

「なにがだ」

 

「中学校の時、清川先輩わたしを庇ってくれたじゃないですか。

 部活の先輩の万引き事件の時、みんながわたしが先生にチクっただろって言って。

 でもあの時、先輩が自分がチクったって。

 わたし何も知らなくて、本当に先輩がチクったんだって信じて。

 みんなと一緒に先輩のこと・・・・・・・

 後から嘘だってわかって、先輩はわたしを庇ってくれたんだって知った時、

 わたし自分がすごく嫌になって。

 ・・・すごく、すごく後悔したんです!

 あの人も、あの時のわたしと同じだと思うんです。

 何も知らなくて、でも何かがあったことがわかって。

 ・・・それってすごく苦しんです。

 清川先輩、きっとあの人は何があったのか知りたがってる、苦しんでる。

 だから先輩 」

 

「い・や・だ!」

 

「清川先輩の馬鹿!

 う、ううううう」

 

「な、なんでお前が泣くんだ」

 

「だ、だって、だって~、うううううう」

 

「ちっ、鈴!

 お前、ガキの頃からそうやって泣けば、いつも俺がお前の言うこと聞くって

 思ってんだろ!」

 

「うん」

 

「うんってお前・・・・・・」

 

「先輩、うううううう。

 ・・・バレンタイン、チョコあげたのに」

 

「わー!

 わかった。

 今度だけだからな、絶対に今度だけだからな!

 まったくお前は。

 ・・・チョコって中学の時の話じゃねえか。

 それと! なんでお前は俺と二人だけの時はあがらないんだ。

 いつもは、すげーあがり症のくせに!

 ちっ、鈴、一色にちょっと遅れるって言っておけ」

 

「はい」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

陽乃さん、まだ帰っていないのか。

雪ノ下もまだ大学だっていうし。

仕方ない、ここでしばらく待つか。

・・・あの後、清川から全てを聞いた。

清川は、ウィルスのことだけじゃなく全てを知っていた。

協力する代わりに聞いたらしい。

なぜ、三ヶ木がダミープロムを潰そうとしたのか。

なぜ、雪ノ下の母親がプロムを認めるように変わったのか。

あいつが、三ヶ木が何を守ろうとしてたのか。

陽乃さんの言う通り、俺は、いや俺達は何も知らなかった。

だから俺はあいつに、三ヶ木に会わないといけない。

だが、会って・・・・・・・会ってどうする。

わからない。

だけど、俺は三ヶ木に会いたい。

 

「よ、比企谷君じゃん。

 どうしたのわざわざマンションまで。

 なにかあったのかなぁ~」

 

「陽乃さん、あの時、何があったのかわかった。

 三ヶ木がやったこと、守りたかったもの。

 そして俺達の今の関係が何の上に成り立っていたのかも」

 

「ふ~ん。

 っで?」

 

「三ヶ木に合わせてほしい。

 三ヶ木の家に行ったら、ここに住み込みで働いているって聞いた。

 会って話をさせてほしい。

 俺はあいつと、三ヶ木とちゃんと話をしないといけない。

 お願いします」

 

”ぺこ”

 

「比企谷君。

 ・・・・・・お・こ・と・わ・り」

 

「陽乃さん」

 

「君に、今の君に三ヶ木ちゃんは会わせない」

 

「な、なんで」

 

「君は今の状態で三ヶ木ちゃんに会ってどうしたいの?

 また三ヶ木ちゃんを辛い目にあわせるの?」

 

「・・・」

 

「あのさ、君は気が付かなかったかもしれないけど。

 三ヶ木ちゃんやっとあの状態にまで回復したんだよ」

 

「回復?」

 

「そ、君はガハマちゃんとキスしてたんだって?

 それを目撃して自爆自棄になった三ヶ木ちゃんは、道で肩がぶつかった男に散々殴られた。

 何発も何発も顔がぼこぼこに腫れ上がるまで。

 それで三ヶ木ちゃんは対人恐怖症になった」

 

「そ、そんなことが」

 

「それから大変だったんだよ。

 そんな状態じゃ大学にも行けないし。

 それでも川崎さんや相模さん、一色ちゃん達、それに後からは雪乃ちゃんも。

 彼女達のやさしさで、すごく時間かかったけどなんとか立ち直って。

 それから徐々に恐怖心を取り除いていって、やっと人混みの中でも出られる

ようになった。

 そして最終試験がこの前の文化祭での君達との対面」

 

「・・・・・・・」

 

「今の君には三ヶ木ちゃんを苦しめることしかできない」

 

「お、俺は・・・・・・」

 

「今の君を三ヶ木ちゃんに合わせるわけにはいかない」

 

「俺はどうすれば三ヶ木に」

 

「・・・・・・わかってるはずだよ君は」

 

     ・

     ・

     ・

 

”スタスタスタ”

 

陽乃さんの言う通りだ。

あの日、あの後にそんなことがあったなんて。

俺がちゃんと三ヶ木を追いかけていれば。

俺の所為だ。

それなのに今さらどの面下げて三ヶ木に会うって言うんだ。

三ヶ木が一番苦しいときに、俺は何もしてやれなかった。

苦しんでいることすら気が付くこともできなかった。

・・・だからやはり会うべきじゃない。

それに、それだけじゃない。

もう一つ解決しないといけないことがある。

それは

 

「あら比企谷君」

 

「え、あ、おう」

 

「こんなところで珍しいわね。

 どうしたの?」

 

「・・・・・・い、いや、なんでもない」

 

「そう」

 

「じゃあな」

 

「・・・姉さんには会えたの?」

 

「えっ」

 

「この方向から歩いてきたってことは、マンションに行ったんでしょ」

 

「・・・・・・な、なぁ、雪ノ下。

 お前、三ヶ木のこと知っていたんだよな」

 

「えっ・・・・・・

 そう、姉さんに聞いたのね。

 ええ、春休みに姉さんから知らされたわ。

 それで何度もあなたに伝えようと思ったの。

 でも言い出せなかった」

 

そうだったのか。 

雪ノ下がメールや電話で頻繁に連絡してくるのが不思議だったんだ。

そんなキャラじゃなかったからな。

それにたまに何の用事だったのかわからない時もあった。

ずっと黙り込んでたり。

そうか、そういうことだったのか。

 

「あなたはどうする気なの?」

 

「・・・・・・・・・・・・・俺は」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・俺は、俺は」

 

「・・・・・・比企谷君、ちょっといいかしら」

 

「え? あ、ああ」

 

     ・

     ・

     ・

 

”キャ、キャ”

 

「ほらほらほら、列からはみ出したらダメだよ。

 車危ないからね。

 ちゃんと隣の子と手を繋いでね」

 

「は~い」

 

え、あれって向こうから来るの三ヶ木じゃねえか。

な、なにやってるんだ。

散歩?

子供達とどこか行ってたのか?

あ、ここって・・・保育所か。

 

「お、おい、雪ノ下」

 

「ここは外に歩いて出られるようになった三ヶ木さんが、最初に連れて行って

 ほしいって言ったとこよ。

 彼女と彼女の妹さんが通った保育所。

 ・・・・・・彼女が最初に保母さんになりたいって思ったとこ」

 

「そうなのか」

 

「これは姉さんも知らない秘密なのだけれど。

 三ヶ木さん、一人で外に出られるようになってから、いつも時間ができると

 ここに来てるのよ。

 初めは眺めていただけだけだった。

 でも今はああやってお手伝いさせてもらってるの。

 ほらあの笑顔、すごく楽しそう。

 もしかしたら、あの子供達が三ヶ木さんの心を癒してくれたのかもしれない」

 

「・・・・・・・」

 

「・・・それで、あなたどうするの?

 姉さんと話をしたのなら、何があったのか全てわかったのでしょう?」

 

「お、俺は・・・・・・

 でもあいつは保母さんにはならないって。

 給料も良くないし、クレーマーさんもいるからって。

 だ、大学もお金がかかるからって。

 だとした、それは個人的な理由であって、他人の俺ができることは何もなくて・・・」

 

「保母さんにならない。

 それは彼女の本心なのかしら?

 ・・・・・・あの笑顔を見て、あなたそれが本心だと思える?」

 

”ワイワイ、キャキャ”

 

「ね、ね、お姉ちゃん、お歌、唄って~

 いつもお昼寝の時に歌ってくれるの」

 

「うんいいよ。

 じゃあさ、一緒に唄おうね」

 

”スタスタスタ”

 

三ヶ木、きっと園児達とどこか近くの公園にでも行ったのだろう。

他の保育士さん達と周りの安全を注意しながら、子供達と手を繋いで歩いてくる。

その顔にすごく幸せそうな満面の笑みを浮かべながら。

なんだよ、その笑顔。

そんな笑顔見せられて、保母さんになるのをやめるなんて信じられるわけないだろう。

きっと本当は保母さんになりたいはずなんだ。

だけど、俺の所為で三ヶ木は大学に行けなくなって。

・・・・・・俺が、俺が三ヶ木の夢を潰した。

だから

 

「俺には・・・・・・何もできない」

 

「・・・・・・比企谷君」

 

「・・・・・・すまない」

 

「ふぅ~。

 そうね、あなたが動くにはいつも何か理由が必要だったわね。

 ・・・・・・ね、比企谷君、奉仕部での勝負の約束のこと憶えてる?

 勝者であるわたしの言うことを何でも聞いてもらうという」

 

「ああ。

 だ、だがそれはもう時効 」

 

「時効はないわ、無期限。

 あなたはこれからも一生、ず~とわたしから何を言われるのかビクビクして

 過ごしなさい」

 

「お、おい」

 

「ふふ。

 いやかしら?

 だったら今、ここで解放してあげる。

 あなたは本当はわかっているはずよ、何をしたいのか、何をしないといけないのか。

 ・・・比企谷君、由比ヶ浜さんをお願い。

 彼女も本当は気付いている、それでも彼女はあなたのことが・・・・・・

 だから彼女を救ってほしい。

 それと三ヶ木さん。

 彼女は今、偽りの世界で生きていこうとしている。

 お願い、そこから連れ出してほしい。

 そんなの間違ってる。

 あなたにならできるはずよ。

 うううん、あなたにしかできない」

 

「・・・・・・」

 

「比企谷君」

 

「断る」

 

「え?」

 

「雪ノ下、俺がお前の言うことを聞くのは一つだけのはずだ。

 だから・・・それでは受けられない」

 

「まったくあなたは。

 だったら言い直すわ。

 比企谷君、わたしの親友達を救ってほしい」

 

「わかった。

 ・・・・・・すまない雪ノ下。

 ありがとう」

 

     ・

     ・

     ・

 

”スタスタスタ”

 

ふぅ~。

そうだな、まずは明日もう一回、陽乃さんと話してみよう。

やっぱり一度、三ヶ木と話がしたい。

そうだ、まずはそこからだ。

ん? あれ、なんで俺の部屋に明かりが。

いや、確かに照明は消したはずだが。

 

”ガチャ”

 

へ、カギも開いてる?

なんで?

カギもちゃんと掛けたはずなんだが。

 

「あ、ヒッキーお帰り」

 

「何してんだ由比ヶ浜。

 どうやってこの部屋に?」

 

「あ、あのさ、この前部屋に泊めてくれたじゃん。

 だからそのお礼に晩御飯でもって。

 ほらよく言うじゃん、一宿一パンの恩って。

 あ、カギは大家さんにお願いしたんだ。

 そしたらね、大家さんに彼女さんって言われちゃって、えへへへ。

 あ、もうすぐできるからちょっと待っててね」

 

「断る!

 それはお礼じゃない、罰だ。

 それにパンじゃない、飯だ、ご飯!

 一宿一飯!」

 

「いいじゃん、に、似てるから!

 それに罰ってひど!

 これでもさ、一人暮らししてちゃんと自炊してるんだからね。

 もう、いつまでも昔のあたしじゃないんだから。

 ほらほら、どこかに座って待ってて、ねっ♡」

 

「・・・・・・お、おう」

 

”トントントントン”

 

「ルンルンルン♬」

 

・・・・・・由比ヶ浜。

彼女はやさしくて、明るくて、とっても素敵な女の子だ。

俺はこのやさしさに何度も救われてきた。

そして今もきっと。

 

『・・・・・・さようなら!』

 

あの時、俺が失くしてしまったパズルのピース。

その穴埋めをしたくて、俺は違うものだと気付いていながらそれを由比ヶ浜に求めた。

そして無理やりパズルの空間に当てはめた。

それは失くしてしまったピースにとてもよく似ていたから。

でも、やっぱりそのピースは違っていて、一見、すごく似ているようでも

やっぱり微妙に違っていて。

だから完成したパズルは、初めから歪を抱えていた。

その歪は次第に大きな歪となっていって、そしてあの時に何があったのか全てを知った今、

このパズルは・・・・・・・破綻しようとしている。

全ては俺が悪い。

似て非なるものとわかっていながら、俺は目を逸らし、許容し、安堵した。

それはすごく暖かくやさしいものだったから。

だけど・・・

 

『彼女を救ってほしい』

 

そうなんだ。

こんな偽りの関係をいつまでも続けてはいけない。

レプリカのパズルはいらないんだ。

終わらせないといけない。

そしてそれは・・・・・・今なんだ。

 

「由比ヶ浜、少し話を聞いてくれないか」

 

「えっ? 

 あっ、っぅ!」

 

「ど、どうした?」

 

「う、うん、あ、あの、なんでもない」

 

「ば、ばっか、何でもないって血が出てるじゃないか。

 すまん、今声かけたから 」

 

「大げさだよ、こんなのなんでもないよヒッキー」

 

「いいから見せてみろ」

 

”ぐぃ”

 

「よかった深くない、表面切ったぐらいだ。

 ちょっと待ってろ。

 確かこの引き出しに」

 

”ガサガサ”

 

「あ、ヒ、ヒッキー、本当に大丈夫だから」

 

「あった。

 ほら絆創膏貼るから、指」

 

「えっ、あ、う、うん」

 

”ちゅ”

 

「えっ!  ヒ、ヒッキー?」

 

”ぺっ”

 

「ん、なんだ?」

 

「あ、ゆ、指・・・うううん、なんでもない」

 

「ん?

 で、次は傷口を水で良く洗ってっと」

 

”ジャー”

 

「あとは、こうやってガーゼで傷口を抑えてだな。

 はい、ばんざ~い」

 

「ばんざ~い」

 

やば、ついバンザイって。

確かに傷口は心臓より高くってことだったが。

・・・でもなんかバンザイしている由比ヶ浜、めっちゃ可愛いんだけど。

それに向き合ってこの姿勢って、顔が近くて。

 

「えへへ♡」

 

あ、い、いや、そ、そんな目をして微笑まないで。

この距離でそれは反則すぎる。

そうだ目、目をそらさないと。

・・・・・・って、何だ由比ヶ浜の指って絆創膏だらけじゃないか。

 

「な、お前これって」

 

「あ、あの、へへ、お料理作っててさ、なんかいつもよそ見しちゃって」

 

「それ危ないぞ。

 包丁を使う時は集中しろ」

 

「うん。

 ・・・・・・・・・・・・・でもさ、つい横に置てあるヒッキーの写真見ちゃうから」

 

「ば、ばっか。

 よ、よ、よし、血は止まったみたいだな。

 それじゃ絆創膏をっと。

 よしこれでいい」

 

「ヒッキー、ありがとう、ニコ♡」

 

「お、おう」

 

「でさ、話って?」

 

「あ、い、いや、ま、またあとでな」

 

「うん。

 じゃあ、もうすぐできるからもうちょっとだけ待っててね」

 

「・・・・・・ああ」

 

     ・

     ・

     ・

 

「ヒッキー、お待たせ」

 

「ま、まじか、これ全部お前が作ったのか」

 

「へへ、少しは見直したヒッキー」

 

「いや、まだだ。

 味を確かめてからだ

 お前の場合、何か変なもの入れてる可能性があるからな。

 体育祭の時とかも、お前おにぎりにチョコ入れてたろ。

 どれ、例えばこのコロッケ」

 

”パク”

 

・・・うまい。

ころもはカリカリしてて、なかはホクホクして、それでじゃが芋の

美味しさが。

さては!

 

「これ、どこで買ってきた?」

 

「ひど! ちゃんと作ったんだから。

 ヒッキーも見てたじゃん」

 

マジか。

いや、コロッケはたまたまかも。

このチキンはどうだ?

 

”パク”

 

うそ!

 

”もぐもぐ”

 

う、うめ~

このチキン、すげぇ~うまい。

皮はパリパリで、中はジューシー。

塩コショウ、ん、あとニンニクがちょうどいい加減で。

 

”ジロッ”

 

「へっ、な、なにヒッキー?

 もしかして美味しくなかった?」

 

「どこで買った?

 怒らないから正直に言え」

 

「ムー!

 だからこれもさっき作ってたじゃん!」

 

「マジか!

 すごく美味い」

 

「え、本当? 

 でへへへ、うれしい♡。

 じゃあさ、こっちのかぼちゃのスープも飲んでみて。

 あ、それとこの海老ドリアも」

 

「お、おお」

 

     ・

 

”もぐもぐ”

 

「でさ、みんながね、また早応祭のイベントでプリキラーのコス着て出てくれって。

 ヒッキーはどう思う?」

 

「お前、すげー似合ってたからな。

 お前が嫌じゃなかったらいいんじゃないのか。

 ・・・・・・実際、可愛かったし」

 

「本当?

 でへへへ、可愛いい? そ、そうかなぁ~

 ヒ、ヒッキーがさ、そう言うのならあたし出ようかなぁ。

 あ、でもさ、最近またちょっと・・・・・・

 去年のコスって結構パツパツだったから。

 今年はどうかなぁ」

 

君そこって、今見つめてるそこって・・・・・・

え、また大きくなったの?

そう言われれば何となく大きくなったような。

いつもチラ見しているから気が付かなかったが、こうやってよく見ると。

 

”ジー”

 

「はっ、ヒ、ヒッキー、どこ見てるし!」

 

「い、いや、な、なにも見てない、見てないぞ、断じて見てない」

 

「ヒッキー」

 

「・・・・・・少しだけ見てました、ごめんなさい」

 

「やっぱり見てたんだ。

 ・・・・・・ヒッキーのエッチ♡」

 

     ・

     ・

     ・

 

「し、信じられない。

 すげーうまくて気が付かないうちに全部完食してしまった」

 

「よかった、頑張った甲斐があった。

 へへ、一生懸命練習したんだ」

 

「そっか。

 努力したんだなお前」

 

「あ、あのさ・・・・・・・

 美佳っちに教えてもらったんだ。

 お料理するときにね、食べてくれる人のこと思って、それでその人に喜んで

 もらおうって思いながら作ってたら、きっと美味しくなるって。

 だからね、ずっとヒッキーのこと思いながら作ったんだ」

 

「・・・・・・・」

 

「あ、あはは。

 何言ってんだあたし。

 ・・・・・・・さ、さてっと、洗い物洗い物」

 

「あ、洗い物、俺するから」

 

「本当、ありがとう」

 

「おう、任せろ」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・・ね、ヒッキー、話しがあったんだよね」

 

「あ、いや・・・」

 

 

だ、駄目だ。

言えない、俺には言えない。

由比ヶ浜の指に貼られた絆創膏。

一つや二つじゃない、きっと今日のあの美味しかった料理を作るため

一生懸命練習したのだろう。

そんな想いのこもった料理を食べた後で、その想いを拒絶するようなことを

とても言えない。

どうすればいいんだ。

どうすれば、考えろ、考えるんだ。

きっと何か解があるはずなんだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くそ、何も浮かばない!

 

「・・・大丈夫だよ」

 

「えっ?」

 

「ね、あたしもさ、話あるんだ。

 先にいい?」

 

「あ、ああ」

 

「あのさ、ヒッキー・・・・・・あたし大丈夫だよ」

 

「・・・・・・」

 

「ヒッキーはやさしいから、きっとあたしを傷つけない方法を考えてるんだよね。

 でもさ、そんな方法なんてないんだ。

 あたしはヒッキーのことが大好き。

 これは誰にも譲れないあたしの本物。

 でもね、本物っていうのは人それぞれにあってさ、それは世界に唯一ひとつじゃない。

 きっと相容れないものもあるんだ。

 それでも、それでも自分の本物を手に入れたいってことはさ、きっと他の人を傷つける

 ことを覚悟しないといけない。

 そしてね、それと同じく自分も傷つく覚悟をしないといけない。

 あたしはずっと前から覚悟してた。

 それでもなんとか本物が欲しくて足掻いてた。

 もしかしたら、もしかしたらもっと頑張ればって思ったけど駄目だった。

 いくら頑張ってもヒッキーの心の中にはずっと彼女がいたんだよね。

 いつもあたしは見てもらえてなかった。

 話をしてても、心はいつもそこにはなかった。

 そんなのわかるよ」

 

「・・・由比ヶ浜」

 

「それにね、あたしヒッキーのスマホの待ち受け・・・・・・・・・見ちゃったんだ。

 やっぱりずっと想ってたんだね。

 だからさ・・・・・・今日は激励会。

 ヒッキーと・・・・・・・・・・・・あたしの。

 あのね、お料理いっぱい食べてもらえて、美味しいって言ってくれて。

 それにお喋りもいっぱいできて、あたしとっても楽しかった。

 ・・・・・・ありがとうヒッキー。

 もうあたしは大丈夫だよ。

 だから、ヒッキーは、ヒッキーは、う、ううううううう」

 

「・・・・・・由比ヶ浜」

 

「ううう、ぐす。

 は、はぁ~しっかりしないと。

 あ、あのね、ヒッキーは頑張って失くしたもの取り戻して」

 

「・・・・・・」

 

”だき”

 

「ヒ、ヒッキー」

 

「由比ヶ浜、すまない」

 

「駄目だよヒッキー。

 抱きしめられたら、あ、あたし、あたし。

 うううう、うぐ、うぐ」

 

「すまない。

 本当にすまない由比ヶ浜」

 

「ううううう、う、う、うわーん、うわーん」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

”タッタッタッ”

 

はぁ、はぁ、はぁ。

俺は取り戻さないといけない。

俺の失くしたものと、そして彼女達が失くしたものを。

それが、俺の彼女達への責任の取り方なんだ。

 

『ごめんねヒッキー。

 泣かないって決めてたのに。

 も、もう大丈夫だよ。

 ・・・あのね、あたしもダミープロムのことずっと考えてたんだ。

 だって美佳っちがあんなことするはずないもん。

 例えやきもち妬いたとしても。

 それでね、この前の文化祭で美佳っちに会って、顔見て、

 少しだけだけど話聞いて確信した。

 やっぱり美佳っち何か隠してるって』

 

『・・・・・・・そっかお前も』

 

『うん、だってわかるよ。

 これでもさ、あたしは美佳っちの親友だったんだよ。

 だから 』

 

『由比ヶ浜、お前は間違っている』

 

『え?』

 

『三ヶ木美佳にとってお前は、由比ヶ浜結衣は今でも大切な親友だ。

 けして、”だった”じゃない』

 

『ヒッキー』

 

『・・・今から全て話す。

 あの時、三ヶ木が何をしたのか、何を守ろうと思ったのか』

 

     ・

     ・

     ・

 

『・・・うそ』

 

『嘘じゃない。

 三ヶ木は俺の、俺達の大切にしていたものを守るためにまた馬鹿をした。

 そして、俺とお前の・・・・・・・キ、キスをみて自爆自棄になって』

 

『ヒッキー!

 あたし、美佳っちに会いたい。

 お願い、会いたい。

 会って、会って言ってやりたい・・・・・・・・・馬鹿って』

 

『・・・わかった、任せろ。

 だが、少しだけ時間が欲しい。

 きっと何とかする』

 

『うん』

 

そうなんだ。

きっとあの二人は元に戻れる、やり直せるんだ。

だから俺はあの人を、今日こそ陽乃さんを説得して・・・三ヶ木に会う!

会って・・・・・・会って・・・だけど・・俺、俺は。

 

「比企谷君」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、すまん雪ノ下。

 今、いるんだな」

 

「ええ」

 

「頼む」

 

「行きましょう」

 

     ・

 

「お待たせ。

 また来たの比企谷君。

 はは~ん、もしかしてお姉さんにも気があるのかなぁ~」

 

「それはないです、絶対に」

 

「ひど~い。

 ・・・・・・で、何の用?」

 

「陽乃さん、ちゃんと話してきました」

 

「へぇ~

 君はまた女の子を一人泣かしてきたんだ」

 

「・・・・・・」

 

「いや~本当、君って女子の天敵だね」

 

「頼む、陽乃さん。

 三ヶ木に合わせてほしい」

 

「・・・だめ」

 

「は、陽乃さん」

 

「っていうか、今ここに三ヶ木ちゃんいないの。

 ちょっと大事な用があってね。

 実はさ、うちの会社が大事なお得意様を怒らせちゃってね。

 三ヶ木ちゃん、その会長さんの自宅に謝罪に行ってるの」

 

「はぁ! いや、なんで三ヶ木が?

 三ヶ木はあんたの私設秘書だろう。

 だったら会社のことなんて三ヶ木には関係のないはずだ」

 

「いや~先方の会長さんがね、すごく三ヶ木ちゃんのこと気にいっててね。

 ものすごく怒ってらっしゃったから、ここは彼女に行ってもらうしかなかったんだよ。

 ちょうど以前から三ヶ木ちゃんお食事に誘われていたからね。

 ・・・でも食事だけですめばいいんだけど。

 あの会長さん、いつも三ヶ木ちゃんをなかなか離してくれなくて。

 もしかしてそのあと・・・

 三ヶ木ちゃん、今日は帰ってこれないかもね」

 

「あ、あ、あんた何言ってんだ」

 

「比企谷君、三ヶ木ちゃんはそういうことになるかもしれないってこと承知で行ったんだよ。

 今日は帰れないかもしれないってこと」

 

「なんで、なんで三ヶ木は」

 

「恩返しがしたいんだって。

 こんなわたしで役に立てるなら喜んでって」

 

「あんた、それでも止めるべきだろう!」

 

「三ヶ木ちゃん、言い出したら聞かないから。

 君も知ってるでしょ」

 

「・・・お、教えてください陽乃さん」

 

「なにを」

 

「三ヶ木どこに行ったんですか

 場所、教えてください」

 

「教えたらどうするのかなぁ」

 

「こんなやり方間違ってる。

 俺は、俺はこんなやり方認めない。

 三ヶ木を連れ戻す」

 

「そんなこと聞いてわたしが教えると思うの?」

 

「頼む、頼む陽乃さん。

 教えてくれ、いや教えてください。

 その代わり、俺はあんたの言うことなんでも聞く。

 だからこの通りお願いします」

 

”ペコ”

 

「姉さん、わたしからもお願いするわ。

 教えてあげて」

 

「ふ~ん。

 でもさぁ比企谷君、今から行ってももう間に合わないと思うけど。

 それでも君は行くの?

 ・・・三ヶ木ちゃんの顔、ちゃんと見てあげられるの?」

 

「お、俺は 」

 

     ・

 

「姉さん、比企谷君大丈夫かしら」

 

「さぁね。

 でもこれでダメになるんだったら、それまでだったってこと。

 その時は仕方ないじゃん」

 

「・・・」

 

”カシャカシャ”

 

「あ、わたし。

 ね、今ちょっといい?」

 

     ・

     ・

     ・

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

こ、ここでいいんだよな。

しかしなんてでかい家なんだ。

ここに三ヶ木がいるのか。

・・・三ヶ木。

陽乃さんの言う通り、もしかしたら三ヶ木はもう・・・

それでも俺は三ヶ木に会えるのか。

三ヶ木のこと、ちゃんと見てやれるのか、声かけてやれるのか。

どんな顔して会えばいいんだ。

もしかしてもっと傷つけてしまうんじゃないのか。

だったらやっぱり・・・・・・

くそ、ここまで来て何言ってるんだ俺!

ほら、さっさと行くぞ。

 

”スタスタスタ”

 

さてどこから入れるかだが、正面から行っても追い返されるだけか。

それなら裏門に廻ってみるか。

 

     ・

 

な、なんだ、こぇ~

あれって、あの裏門のとこに立ってる人、あっち関係の人じゃないのか?

すげ、ガラ悪い。

それにああやって立っていられると、中に入れない。

くそ、どうする、いなくなるまで待つか。

いやそんな時間はない。

そうだ、スマホを材木座と通話中にしておいて、いざっていう時は

警察に通報するって脅して家の中に。

あいつらも警察沙汰になるような騒ぎはおこしたくないはずだ。

よ、よし!

 

「比企谷?」

 

「え? は、葉山」

 

「どうしたんだ、こんなところで」

 

「え、あ、い、いや」

 

「さっきからあの家を見てるけど、どうかしたのか?」

 

葉山、なぜこんなところに?

いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。

これはチャンスだ。

葉山に頼んでおけば。

外の仲間がいつでも通報するぞって。

 

「葉山、すまん頼みがある」

 

「ん?」

 

「俺は今からあの家に行く。

 どうしても行かないといけない用事がある。

 すまん、もし何時間たっても俺が出てこなかったら警察に電話してほしい」

 

「警察?

 話がよくわからないんだが」

 

「今、詳しく話している時間がない。

 後で必ずちゃんと説明するから。

 頼む時間がないんだ」

 

「ふむ、わかった。

 君が出てこなかったら警察に電話すればいいんだな」

 

「ああ。

 頼む、じゃあ」

 

「あ、ちょっと待ってくれ

 君のスマホ貸してくれないか?」

 

「え?」

 

「すまない、俺のスマホは今バッテリーが切れててな」

 

「そ、そっか、わかった。

 それじゃすまないがこのスマホで頼む」

 

「ああ。

 気をつけてな」

 

ん!

しめたあのガラの悪い奴、どこか行きやがった。

今なら家の中に。

 

”ダー”

 

ふぅ、気付かれなかったよな。

しかし本当にでかい家だ、三ヶ木どこにいるのか見当がつかない。

どこから家の中に入れば。

 

”キョロキョロ”

 

よ、よし、あの勝手口から。

 

「おい、お前なにしてるんだ!」

 

「え、あっ」

 

「おい、ちょっとこい!」

 

     ・

     ・

     ・

 

「あれから1時間か。

 もうそろそろ 」

 

「お待たせ」

 

「これ比企谷のスマホです。

 でも本当にこれって」

 

「ご苦労様。

 もう帰っていいよ」

 

「・・・・・・それじゃ」

 

     ・

     ・

     ・

 

”ボカ”

 

”バシッ”

 

”ドコッ”

 

「おい、もういいだろう。

 とっとと外へ捨ててこい」

 

「へい」

 

”がし”

 

「み、三ヶ木を返せ」

 

「ああん。

 この野郎足を離せ、オラッ!」

 

”ボカ”

 

「さっきから何言ってんだこいつ」

 

「み、三ヶ木を」

 

「しつけえんだよ!」

 

”ドコ、ドコ”

 

「ぐは、ごほ、ごほ。

 こ、こ、ここにいるんだろ、し、知ってるんだぞ」

 

”ぐぃ”

 

「だからさ、お前何言ってるんだ」

 

「三ヶ木、お前らの会長のとこに来てるだろうが!」

 

「会長のところ?

 ああ、雪ノ下建設の女か。

 なんだ、それがどうかしたのか」

 

「お前ら、三ヶ木に、三ヶ木に何かしてみろ。

 ただじゃおかないからな」

 

「あにき、あの女って確か今頃、会長とお楽しみ中でしたね。

 あっちをモミモミ、こっちをモミモミって。

 ぐへへへ、うらやましい」

 

「ああ、そうだ」

 

「お、お前ら!」

 

「うるせー!」

 

”ボカ”

 

     ・

 

「それでは失礼します」

 

”スタスタスタ”

 

「ふぅ~。

 結構遅くなっちゃったなぁ。

 でも明日はお休みもらったし。

 へへ、また保育所行こうっと」

 

”ガタン! ドカドカ”

 

「ん、なんか騒がしい?

 なんだろう、こっちのほうから物音が・・・

 へっ、あ、ひ、ひき」

 

”ぐっ”

 

「う、う、う~」

 

”ドタバタドタバタ”

 

「おとなしくしてなさい」

 

「う~、う~」

 

”ボカッ”

 

「ぐはぁ」

 

「さっきから三ヶ木三ヶ木って、なんだあの女、お前の女なのか?」

 

「ほら、兄貴が聞いてんださっさと答えろ」

 

”ボコ”

 

「がはっ」

 

い、いてぇ。

さっきからもう何発も殴られて蹴られてもう動けない。

そっか、三ヶ木もきっとこうだったんだよな。

きっとすげぇ怖かったよな、こんなの。

あの時、俺が追いかけていれば、三ヶ木はこんな目に合わなくて。

俺はそんなこと何も知らないで。

ごめんな三ヶ木。

 

「おい、もういい、あきた。

 ほら、これで楽にしてやれ」

 

”ガシャ”

 

「へい。

 ほら起きろよ。

 今、楽にしてやるからな。

 あとは東京湾で静かにお寝んねしてろ」

 

”ギラ”

 

ナ、ナイフ、いやあれドスっていうんだっけ。

ははは、駄目だ、逃げたくても身体動かないし。

そっか、俺もう死ぬんだあれで刺されて。

最後に、最後にもうひと目だけ会いたかった。

さよなら、三ヶ木。

 

「ん゛ー、ん゛ー」

 

”ガブ!”

 

「いたー!」

 

「ひ、比企谷君、逃げて!」

 

へ、こ、この声って。

空耳か?

な、なんであいつの声が。

え、あっ、あれって。

 

「比企谷君!」

 

「み、三ヶ木」

 

「ほらどこ見てんだよ。

 死ねや!」

 

「や、やめてー!

 比企谷君、逃げて!」

 

三ヶ木・・・・・・最後に一目会えてよかった。

ごめん、無理なんだもう身体が。

逃げようにもあっちこっち痛くて、今にも気を失いそうなんだ。

悪い、すまないってちゃんと謝れなかった。

それと、それとな・・・・・・

三ヶ木、俺は、俺はお前のことが・・・

 

「じゃあな」

 

”グサッ!”

 

「ぐはぁー」

 

「い、いやー!

 比企谷君!!

 は、離せ、このぉー!」

 

”べし!”

 

「い、いたっ」

 

”ダー”

 

「比企谷君、比企谷君、比企谷君、し、死んじゃやだー!

 死なないで、死なないで、死なないで」

 

”ゆさゆさ”

 

「ね、ね、比企谷君、お願い目を開けて。

 お願い・・・やだー!

 起きて、起きてよー」

 

「・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・うそ。

 なんで目を開けてくれないの」

 

”キッ!”

 

「ぐ、ろ゛、い゛、わ゛!!

 な、なんで比企谷君を!」

 

「・・・」

 

「ゆ、ゆ、ゆるさない!」

 

”ダー”

 

「お前、それよこせ!」

 

”バシッ”

 

「お、おい、このアマ何を」

 

「許さない、許さない、許さない!!

 絶対に許さない-!!」

 

”ダー”

 

「死ねー!」

 

”グサッ”

 

「ぐはっ」

 

”ドタ”

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

「三ヶ木ちゃん」

 

「・・・・・・」

 

「三ヶ木ちゃん!」

 

「・・・死んじゃった」

 

「ほら三ヶ木ちゃんしっかりして」

 

「・・・は、陽乃さん、ひ、比企谷君が死んじゃった。

 わ、わたしも人を、黒岩さんを殺しちゃった。

 殺しちゃった!

 うう、ううう、うわ~ん、うわ~ん」

 

「・・・・・・・ふぅ~」

 

”ポンポン”

 

「黒岩さん、いつまでやってるんですか」

 

「あ、すみません、つい」

 

”すく”

 

「へ? え゛ー!!

 な、なんで、あ、あ、あれ?」

 

「まったく、黒岩さんのり過ぎ」

 

「すみません雪ノ下さん。

 つい三ヶ木さんの迫力に」

 

「あ、あの、な、なにが?

 え、えっと~」

 

「それと」

 

”スタスタスタ”

 

「ひ・き・が・や・君

 なに死んだふりしてるのかなぁ~」

 

”ペシペシ”

 

「あ、い、いえ、その~」

 

”すく”

 

「ひ、比企谷君!」

 

”ダー”

 

「比企谷君、比企谷君、比企谷君!

 よかった、よかった、よかった、死んでない。

 比企谷君死んでない!」

 

”だき”

 

「三ヶ木」

 

「よかったよ。

 ・・・・・・・・え、でも、なんで?」

 

「三ヶ木ちゃん、ほらこのナイフ」

 

”グニャ”

 

「えっ!」

 

「そう、歯はゴム製なのこのナイフ。

 それでね、ほらここに赤インクが入っててね、ギュって押すと」

 

”プシュー”

 

「って、刃先から赤インクが出るの。

 ね、よく出来てるでしょ」

 

「え、じゃ」

 

「すまん、刺されたとき一瞬気を失って。

 気が付いたら俺死んでないし、おかしいなと思ったんだけど。

 お前なんか大変なことになってるし」

 

「馬鹿!」

 

”ベシベシベシ”

 

「馬鹿馬鹿馬鹿、ほんとに心配したんだからね!

 それで、わたし人を殺しちゃうとこだったんだからね!

 わかってんの、この大馬鹿!」

 

「いててて、そこいたい。

 殴られたの本当だから。」

 

「あ、ごめん。

 でも、陽乃さんなんでこんなことしたんですか?

 比企谷君、殴られて痣だらけじゃないですか。

 お芝居でもやり過ぎです!」

 

「・・・これでよかったんだよね。

 これで大丈夫だよね、比企谷君」

 

「え、大丈夫?

 ・・・・・・・・・・・・はっ!」

 

そ、そっか。

陽乃さんがこんなことしたのって。

もしかしてこの人最初から・・・

やっぱ敵わねえわ、この人には。

全て見透かされてるのかよ。

 

「陽乃さん、ありがとうございました」

 

「そっか。

 やっぱり君はわかってくれたみたいだね。

 はい、スマホ。

 じゃ、比企谷君、家まで送るから」

 

「いや、いいです。

 お、俺、自分で帰れます」

 

”スタスタ、フラッ”

 

「あ、比企谷君危ない」

 

”ぎゅ”

 

「ほら危ないよ、つかまって。

 一緒に帰ろ、比企谷君」

 

「ああ」

 

”スタ、スタ、スタ”

 

「あ、そうだ三ヶ木ちゃん、もう明日から来なくていいから。

 荷物もアパートに送っておくから」

 

「え?」

 

「君はクビ。

 さっきわたしのこと殴ったよね、それに手をガブッて噛んだし。

 あっ、痕ついてる。

 雇い主に暴力をふるうような秘書はクビ」

 

「ごめんなさい。

 謝ります、すみません。

 だから、これからも陽乃さんの秘書で」

 

「だめ。

 ・・・・・・あのね君は明日から大学に行くの」

 

「えっ、大学?」

 

「さっき、東地大の理事長さん、ここの会長さんだけど。

 三ヶ木ちゃんの大学復学のお願いしておいたから。

 だから、明日から大学に行って、いろいろこれからのこと相談してきなさい」

 

「陽乃さん。

 復学って、わ、わたし 」

 

「そ、君は今日まで休学中にしてもらってたの。

 あのね、三ヶ木ちゃん、めっちゃ出遅れてこれからいろいろ大変だけど頑張りなさい」

 

「陽乃さん」

 

     ・

     ・

     ・

 

”スタ、スタ、スタ”

 

「つぅ」

 

「比企谷君、大丈夫?

 ね、でも何があったの?」

 

「え、あ、いや・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・な、なぁ三ヶ木、お前本当に何もされなかったんだよな」

 

「え、何もって?」

 

「あ、いや、ここの会長がお前のことすごく気にいってるって陽乃さんから聞いたから。

 そ、それで今日はお前帰らないかもって。

 だ、だからもしかしたら食事以外にも、あ、あんなこととか」

 

「あんなこと?」

 

「そ、その会長と・・・エ、エッチ」

 

「はっー!! 

 ば、馬鹿ー!」

 

”べし”

 

「い、いてぇー」

 

「あ、ご、ごめん。

 はぁ~、もう陽乃さんは。

 あのね、会長さんって刈宿君のおばぁちゃんだよ」

 

「へ?

 じゃ、じゃあこの家って刈宿の」

 

「うん。

 めっちゃでかいよね

 あのさ、おばぁちゃんとは2年の文化祭の時からの知り合いでさ。

 初めは刈宿君のおばぁちゃんって知らなかったけど。

 なんか、わたしのこと気にいってくれちゃっててね。

 今日はお食事の約束してたの。

 それでその後にお礼にマッサージしてあげたらすごく喜んでくれて。

 だから、本当はもっと早く帰れたんだけど、つい長居しちゃった」

 

「そ、そっか。

 いてててて。

 なんか安心したら急にあっちこっちが」

 

「大丈夫?

 もう、黒岩さんたら何もこんなに殴らなくても。

 ・・・でも、さっきさ、これでよかったって言ってたけどなんで?」

 

「ああ。

 ・・・・・・あのな陽乃さんから聞いた。

 お前、あの後・・・俺と由比ヶ浜がキスした後、道でぶつかった男に

 すげぇ殴られたんだってな。

 すまなかった。

 俺が、お前を追いかけていれば、そんなことに。

 あの時、本当はお前を追いかけたかった。

 追いかけて、お前に話聞いてもらって、俺はお前をプロムに誘いたかった。

 でも、ちょうどサブレが亡くなったって連絡があってな。

 俺は泣きじゃくる由比ヶ浜を一人にできなかった。

 もしお前を追いかけていたら、きっとお前は殴られずにすんだはずなんだ。

 それにその後、お前が恐怖症になって辛い時も俺は何も知らずに。

 だから、正直あのままお前に会えてもちゃんと話せる自信がなかった。

 でも、殴られてる時お前のことが頭に浮かんで、こんな怖い思いしてたんだって。

 お前の辛い思いを少しでもわかることができたような気がして・・・」

 

「・・・・・・比企谷君。

 もう馬鹿だよ、こんなになっちゃって。

 でも・・・・・・でもさ」

 

”だき”

 

「ほんと馬鹿だよ」

 

「だが俺のせいで、俺が追いかけなかったからお前が」

 

「うううん、そんなことがあって、もしそんな状態の結衣ちゃんを置いて追いかけてきたら、

 わたし・・・・・・」

 

「三ヶ木」

 

「わたしが思いっきり比企谷君をぶん殴ってた。

 うん、それでこそわたしの比企谷八幡だ。

 ・・・・・・・・・・・・で、でもさ、比企谷君は結衣ちゃんとキスを。

 ぶちゅ~ってさ」

 

「俺はあの時、ちゃんと由比ヶ浜と話をしようと思ったんだ。

 俺は三ヶ木をプロムに誘いたいって。

 だけど、ああなっちまって。

 すまん」

 

「うううん。

 そ、そっか、わたしをプロムに・・・えへ♡

 ね、早く帰ろ。

 絆創膏とか手当てしなくちゃ。

 あ、消毒も!

 ぐふふふ、消毒、消毒、消毒♬」

 

「い、いや消毒は自分でするから、厳密に!」

 

「え゛ー!」

 

「え゛ーじゃねえ、このS子め」

 

「ブー」

 

”スタ、スタ、スタ”

 

「るんるんるん♬」

 

「・・・あのな三ヶ木、プロムの件、清川から聞いた。

 お前がなぜダミープロムを潰そうとしたのか、なぜ急に雪ノ下の母親が

 雪ノ下と話をするってことになったのか全てわかった。

 ・・・三ヶ木」

 

”ペコ”

 

「すまなかった。

 そしてありがとう。

 俺はまたお前に」

 

「そ、そっか、清川君話しちゃったんだ。

 比企谷君、頭上げてよ。

 わたしは、わたしはね、わたしのやりたいことをやった。

 だから、比企谷君に謝られる理由はない。

 もう、だから頭上げて。

 ほらほら、うんしょっと」

 

”ちゅ”

 

「・・・・・・は、はぁー!

 お、お、お、お、お前、今いきなり何にやったんだ。

 い、い、いま、わ、わたしの、フ、ファ、ファーストキスを!

 いいかファーストだぞ、ファースト!

 わかるか、ファーストって最初ってことだぞ!」

 

「・・・俺は、俺も俺のやりたいことをやっただけだ」

 

「は、はぁー!

 いや、いや、いや。

 それとこれとは違うから、なんか絶対違うから」

 

”ぐぃ”

 

「え、な、なに?

 あ、あの、比企谷君?

 えっと~顔離して」

 

”ちゅ~”

 

「ん・・・・・・・・ん?・・・・・・ん~、ん~・・・んー」

 

”ジタバタジタバタ”

 

「ん゛ー!」

 

”ちゅぱっ”

 

「ぷはぁー!

 だから何を!

 それに長いわ!

 あやうく窒息するところだったじゃん、もう!」

 

”だき”

 

「え、比企谷君?」

 

「三ヶ木、ずっとそば・・・・・・・・・・・・違う。

 あ、あ、あ、愛してる」

 

”ぎゅ~”

 

「ひ、比企谷君。

 ・・・・・・あのね、わたしも愛してる」

 

「お前が・・・・・・・俺の本物なんだ」

 

「比企谷君♡」

 

「三ヶ木」

 

”ちゅ~”

 

「ん~・・・・・・んん・・・・・・・ん~、ん~・・・ん゛ー!」

 

”ちゅぱぁ~”

 

「ぷはぁ!

 はぁ、はぁ、はぁ。

 だ、だから長いって!

 もう・・・・・・馬鹿♡」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

”カタカタカタ”

 

「よしっと、へへできた。

 うん、我ながら上出来上出来」

 

「ふぁ~あ。

 っぅ! いてててて。

 はぁ~、やっぱりまだ昨日の殴られたところが」

 

「あ、あ、あの~」

 

”もじもじ”

 

「ひ、比企・・・・・・は、八幡、おはよ♡」

 

”ぽっ”

 

「ん? なんでお前が、それに顔赤らめて・・・・・・あ゛ー!!

 ま、まぁ、その・・・・・・・・・・・おはよう・・・美佳」




最後まで、ほんとに最後までありがとうございました。
この駄作も今話で完結です。

最初に第一話を投稿してからほぼ三年。
ヒーさんさんやTriadさん、ぶーちゃん☆さん、ポテカルゴさん、
Na7shiさん、伊05さん、MISARAさん、プリエスさん、
ご感想ありがとうございました。
また、お気に入りに登録していただいた皆様、ありがとうございました。
そして、見に来て頂きました皆様、ありがとうございました。

振り返ってみると、ほんと全てがうれしくて励みになりました。
最後のほうがどんどん投稿が遅くなって、それでも完結までもってこれたのも
皆様のおかげです。
こころから感謝です。

これからは誤字訂正を含め、もう少し読みやすくなるように見直しと、
地の文を付け足していけたらと思います。

・・・・・・あ、それとこの駄作で回収できてないフラグ、
不定期になりますが回収できればと。

それでは、原作での三人の幸せな完結を願いながら、
失礼いたします。
本当に、本当にありがとうございました。 m(._.)m

ではでは。

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