似て非なるもの   作:裏方さん

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お久しぶりです。
また見に来ていただいてありがとうございます。
番外編追加できればと言いながらやっと・・・・・・
今話は稲村編。
本編76、77話の間のお話です。
稲村編ということで八幡とか主キャラはあまり
出てきませんです。

もしそれでもよろしければ、よろしくお願いします。


番外編
稲村純 最後の戦い


もうこれで終わらせよう。

そして俺は・・・・・・

 

「着火」

 

”ヒュルルルルル~~~、パーン”

 

「「おおー」」

 

 

ーーーー それはプロム開催の決まったあの日から ーーーー

 

 

”カチャ”

 

「お待ちどう様でした、当店自慢のケーキセットです。

 どうぞごゆっくり」

 

「うわ~、美味しそう。

 あ、そうだ。

 ね、稲村君、憶えてる?

 この店ってさ、二人が初めてのデートでよったとこだよ」

 

「いや、あれってデートっていうのか?

 卒業生を送る会の準備で買い出しに来ただけだろう?」

 

「いいの。

 初めて二人っきりでお出かけしたんだから」

 

「ま、まぁ、三ヶ木がそういうのならそれでいいけどな」

 

「へへ、それでいいのだ。

 それよりさ、はい、あ~ん」

 

「あ~ん」

 

”パク”

 

「稲村君、美味しい?」

 

「美味しい。

 じゃ三ヶ木も、はい、あ~ん」

 

”パク”

 

「うん、美味しい♡」

 

「な、なぁ三ヶ木」

 

「ん?」

 

「キ、キスしよう」

 

「えっ・・・・・・で、でもこんなところじゃ。

 他の人に見られるかも」

 

「大丈夫だ。

 ほらここはこの店の一番奥の席だろ。

 誰も見てない」

 

「・・・・・・う、うん」

 

「三ヶ木、ほら顔上げて」

 

”くぃ”

 

「稲村君♡」

 

「三ヶ木」

 

「稲・・・村・・・・・・せんぱ~い」

 

「・・・えっ?

 せ、先輩って三ヶ木?

 は、はぁー、蒔田!

 な、なんでお前が!」

 

「稲村先輩、ほらキス。

 もう焦らさないでください」

 

「や、やめろー!」

 

”ガバッ”

 

はぁ、はぁ、はぁ。

あれ教室、なんで俺ここに?

・・・あ、そ、そっか、入生田先生に大学合格の報告して、

そのあと教室で身の回りの片付けしてたんだっけ。

それで机の中にあった林間学校の写真、あの時生徒会のみんなで撮った写真を

みつけて眺めてたら、ついウトウトと。

・・・くそ、蒔田め!

あと少しで三ヶ木とキスだったのに。

・・・・・・・・・・・・・って、はは、俺まだふっ切れてないのか。

本当に女々しい奴。

・・・帰ろっか。

 

     ・

     ・

     ・

 

”トボトボトボ”

 

受験、終わるまでは今は勉強だろって、自分に言い訳を作って

誤魔化してきたけど、終わったとたんこれだもんな。

はは、幻滅だわ。

だけどさ、やっぱり俺辛くて・・・

 

「うんしょ」

 

ほ、ほら幻聴まで。

 

「うんしょ、うんしょ」

 

いや、も、もういいって!

いつまでもこのままじゃダメだってわかってるから。

が、頑張るから俺。

 

「はぁ~、やっぱ指いた~い。

 一度にこんだけのごみ袋は無理だったかなぁ。

 半分に分けて運べばよかった~」

 

み、三ヶ木!

幻聴じゃなかったのか。

 

”ダー”

 

「あ、そうだ。

 どっかグラウンドに穴掘って埋めちゃおう。

 へ、へへへへ、誰も見てないよね」

 

「おい」

 

「ひゃ、う、嘘です。

 そんなことしませ・・・って稲村君じゃんか。

 驚かすなって、え?」

 

”ひょい”

 

「ほらそっちのも一つ貸せ」

 

「あ、う、うん」

 

「なんだ一人でごみ捨てか?」

 

「うん。

 会長とかゆきのんとか、みんなプロムのリハーサルで

 忙しそうだったから」

 

「そっか」

 

「へへ、ありがと稲村君」

 

「おう」

 

     ・

     ・

     ・

 

”スタスタスタ”

 

「で、どうなんだプロム。

 すまなかったな手伝いできなくて」

 

「あ、うん、なんとかなりそうだよ。

 いろいろあったけどさ、なんとかうまくいった」

 

「・・・・・・おい。

 うまくいったって、お前またなんか無茶やったんじゃないだろうな!」

 

「・・・・・・」

 

「まったく。

 な、もう遅いかもしれないけど、俺にできることあったら言えよ。

 俺はお前のためなら 」

 

「ごめん、また心配かけちゃった。

 でもほんともう大丈夫、ちゃんと終わったから。

 ・・・・・・うん、終わった」

 

「そうか?

 だけど三ヶ木 」

 

「わかった。

 今度何かあったら必ず相談する」

 

「そうしてくれ」

 

「ありがとね稲村君、にこ♡」

 

うっ!

なんだろう、なぜか俺この笑顔が好きなんだ。

特別可愛いってわけじゃない。

でもこの笑顔見てると、なんかこう心が満たされていくような。

はぁ~、折角頑張ろって思ったのに。

 

「稲村君?」

 

「あ、い、いや何でもない。

 それより意外だな」

 

「え、なにが?」

 

「プロムだよプロム。

 お前なら絶対プロム反対すると思ってた。

 まさか協力するとはな」

 

「わたしは・・・・・・ほんとは反対だよ。

 プロム、生徒会が主催するべきイベントじゃないと思う。

 ほんとは有志とかでやるべきだと思うんだ。

 でも・・・・・・会長とかゆきのんとか、

 生徒会のみんなの想い大事にしたいから。

 それに・・・もうわたしは生徒会じゃないから」

 

「・・・そっか。

 まぁ、料理教室とかスキー合宿の時のことがあったからな。

 お前の言いたいことわかる。

 じゃ、お前はどうするんだプロム。

 参加しないのか?」

 

「参加しない。

 いろいろ迷ったけどさ、やっぱ参加しない。

 きっと会長達、がっかりするよね。

 散々手伝っておきながら当日は参加しないなんて。

 ・・・でも、それでも、やっぱりわたし 」

 

「でもさ、比企谷お前のこと誘うんじゃないのか?」

 

「・・・・・・」

 

「三ヶ木?」

 

「・・・・・・わたしは・・・・・・いけない」

 

「そっか」

 

”スタスタスタ”

 

な、なんて顔してんだ。

またあいつと何かあったのか?

三ヶ木がこんな顔する時ってそれしかないもんな。

・・・まったく!

お前らはなんでいつもいつも。

くそ、だから俺に期待を持たせるなよ。

また、まだ俺にもチャンスがあるって思ってしまうだろうが。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「なぁ、去年の卒業生を送る会のこと憶えてるか?」

 

「え、あ、うん、憶えてる」

 

「なんかさ、すげぇ大変だったけど、めっちゃ楽しかったな」

 

「そうだね。

 書記ち・・・藤沢ちゃんなんかすごく緊張してて、

 初めのうちはどうなるかと・・・思っ・・・・・・た。

 ・・・ば、馬鹿村ー!」

 

”ボゴ”

 

「ぐはぁ~

 な、なんだいきなり。

 ごみ袋で殴るなよ」

 

「スライド、鹿ムスメ、大爆笑!」

 

「げ、ま、まだ根に持ってたのか」

 

「あったりまえだ。

 卒業式の日、大変だったんだからね。

 すれ違う人すれ違う人、わたしの顔見てクスクス笑うし。

 もう最悪だったんだから

 ・・・それにあれトナカイだし」

 

「・・・でもさ、俺はめっちゃ可愛いと思ったけどな」

 

「は、はぁ!

 こ、この馬鹿!」

 

”ボゴボゴボゴ”

 

「や、やめろ、ごみ袋破けるって」

 

「もう、ほんと馬鹿」

 

「たははは。

 だけどさ、またああいうのやりたいな、みんなで」

 

「うん、そだね。

 はぁ~、あの頃に戻れたらなぁ~」

 

・・・そういって遠くを見つめる三ヶ木。

その横顔はやっぱりどこかさみしげで。

俺は三ヶ木のこの顔をほっとけなくて。

笑顔を取り戻してやりたいってそう思った。

だって彼女には笑顔が一番似合っているんだ、絶対!

だから・・・

でも、それは多分俺じゃできない。

きっとそれができるのはあいつなんだ。

・・・でも、それでも俺は。

 

     ・

     ・

     ・

 

”シャー”

 

さっぶー

やっぱりまだこの時期は自転車だとめっちゃ寒い。

 

『わたしは・・・・・・いけない』

 

三ヶ木、本当になにかあったのかな。

・・・そうだ!

明日、部屋見に行った帰りにララポ寄ってなにかプレゼント買ってやろう。

もうすぐ、誕生日だもんな三ヶ木。

何がいいかなぁ~

やっぱあれか、うんあれだよな。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

・・・け、結構するんだなフィギュア。

財布の中、やべ~

でも三ヶ木、本当に好きなんだよな、このイレギュラーヘッドってキャラ。

やっぱりこの目がいいのか?

なんかあいつに似ているような。

こんな感じかな、死んだ魚のような・・・

 

「あのご注文は?

 ひゃっ!」

 

「はっ、あ、す、すみません、なんでもないです。

 コ、コーヒーを一つ」

 

「・・・かしこまりました。

 あ、あと当店はチーズケーキが自慢ですが、ご一緒にいかがですか?」

 

「あ、あ、あのすみません、コーヒーだけで」

 

「チッ」

 

「え?」

 

「あ、わかりました。

 少々お待ちください」

 

”スタスタスタ”

 

すみません、今日はマジやばいのでって。

・・・いやコーヒーだけでもいいだろう!

くそ、何なんだあの店員。

 

”ブ~、ブ~”

 

ん、なんだライン?

蒔田からっか。

 

”カシャ、カシャ”

 

『稲村先輩、どちらがお好きですか?』

 

え?

はぁ! な、なんだこの写真。

ドレス・・・・・・ああ、今度のプロムのか。

ん? でも蒔田が何でドレス?

ま、いいけど。

 

”カシャ、カシャ”

 

げ! 何だこの青いドレス。

む、胸のところがガバッて開いてて、それにこれ谷間が・・・すごっ!

 

”ごく”

 

蒔田、こんなに胸あったのか。

 

”ブ~、ブ~”

 

「は、はい、稲村」

 

「い・な・む・ら先輩、写メ見てくれました?」

 

「あ、ああ」

 

「どうですか?

 どのドレスがお好みですか稲村先輩♡」

 

「・・・・・・お、おい、お前盛ってるだろう」

 

「は? はぁ!」

 

「この胸、絶対パットだろ!

 い、いや、きっといろんなお肉寄せてるだろう、脇とか背中とか、は、腹とか!」

 

「な、なに言ってるんですか!

 じゅ、純生です、純生100%。

 い、言ってるでしょ、わたし脱いだらすごいんですって。

 こ、これ、全部本物ですし、寄せてませんから!」

 

「じゅ、純ナマだと・・・こ、これが」

 

「・・・で、どっちが好みですか?

 緑のは地味過ぎてないとして、赤それとも・・・やっぱり青い方、青い方でしょ。

 稲村先輩のスケベ」

 

「ば、ばっか。

 青い方は胸露出しすぎだ。

 ドレスコードに引っかかるだろうが。

 それに生徒会だったらもっとおとなしめのやつにしろ。

 この緑の方にしておけ。

 このすげ~地味なやつ」

 

「ぶ~」

 

ん、これ、ここに写ってるのって。

この隅に見切ってるの。

 

「な、なぁ、三ヶ木もいるのか?」

 

「え? あ、いますよ。

 えっと、きっと比企谷先輩に誘われるからって、

 強引に連れてきちゃいました」

 

「強引にって蒔田・・・

 で、三ヶ木の様子どうだ?

 三ヶ木もドレス選んでるのか?

 三ヶ木、プロムに参加するのか?

 三ヶ木、な、何か言ってないか?

 三ヶ木は 」

 

「・・・・・・うっさい」

 

「ま、蒔田?」

 

「あ゛ー!

 もう本当にうっさいです!

 な、何なんですか、三ヶ木三ヶ木三ヶ木!

 そんなに気になるんなら、ご自分で聞けばいいでしょ、この唐変木!

 もう知らない!」

 

”プー、プー、プー”

 

「・・・・・・・」

 

怒らせた・・・か。

だ、だが気になるだろうが。

だって昨日は三ヶ木プロム行かないって言ってたんだ。

 

”ブ~、ブ~”

 

へ、また蒔田からライン?

 

”カシャ、カシャ”

 

『ドレス選んでくれたお礼です。

 ・・・馬鹿』

 

え、お礼?

 

”カシャ、カシャ”

 

写真、み、三ヶ木のドレス姿の写真。

白いドレス、すげ~似合ってる。

ちょっと派手目かと思うが、ウェデイングドレスみたいでなんかいい。

それにちょっとはにかんだこの笑顔。

すごく幸せそうだ。

 

『きっと比企谷先輩に誘われるからって』

 

そっか、まぁそういうことだよな。

 

”ガヤガヤ”

 

「マジか~」

 

「みたいだぜ」

 

ん、あ、あれ、あの席のやつらってうちの生徒じゃないか?

たしか見たことがある顔だ。

 

「それでお前どうすんだプロム。

 ペアでなくてもいいっていうんだろ。

 行くのか?」

 

「はぁ! あんなリア充の祭典行くわけないだろう」

 

「だよな~

 どうせまた、きゃ~葉山く~んとかだろう。

 やってらんねえって」

 

「そうそう。

 なんで俺達が引き立て役にならんといけないんだっていうの」

 

「あんなのリア充だけでやってろって言うんだ。

 まじ自由参加で良かったぜ」

 

「強制でも行かないって~の」

 

”ワイワイ”

 

・・・リア充の祭典っか。

確かにな。

プロムなんて本当に楽しめるのはリア充だけだからな。

それ以外の多くは、リア充のやつらが楽しく異性と踊ってるの

眺めてるだけだろうし。

それにドレスとか装飾品とか、男だったらタキシードだっけ?

レンタルでもそこそこするんだろ。

だったら参加しないやつ、結構いるんじゃないのか?

 

『本当は有志とかでやるべきだと思うんだ』

 

三ヶ木が反対って言うのはこういうところなんだろうな。

だからプロムには参加しないか。

だけどさっきの写真、めっちゃ嬉しそうだったじゃんか。

きっと本当は三ヶ木、あいつとプロムに・・・・・・

はぁー、しゃーない!

あいつと何があったのか知らないけど、明日プレゼント持っていった時に

あの頑固者の背中押してやるか。

はぁ~、まったく何やってんだ俺。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

”ピンポ~ン”

 

・・・えっと今日も誰もいないのか?

三ヶ木どうしたんだろう、ずっとラインも電話にもでないし。

あ、もしかしてプロムの準備で学校にいってるのか?

ちょっと聞いてみるか・・・って、蒔田怒らせてたんだ。

三ヶ木いるかなんて聞けないよな。

ど、どうすっかなぁ

 

     ・

     ・

     ・

 

「なぁ、一色ちょっといいか?」

 

「え、なに清川君?」

 

「ん、ああ、裏総武の書き込みチェックしてたんだがな。

 ほらこれ、結構プロム反対って意見あるんだ」

 

「はぁ?

 どれどれ。

 ・・・・・・ふ~ん、でもこんな意見ってひがみの類じゃないですか~

 そんなの相手にしてられないです」

 

「だけど、ほらこっちなんか在校生からの投稿だと思うけど、

 卒業生を送る会で先輩送りたかったっていうのもあるぞ」

 

「それは各部活とかでやってくれればいいじゃないですか。

 それにちゃんと部長会の協力も得てますし」

 

「そっか。

 まぁいいけどさ」

 

「えっと、それじゃわたし美佳先輩のところ行ってきますね。

 あとよろしくです」

 

「あ、一色、わたしも一緒に 」

 

「蒔田は音響スタッフと打ち合わせあるでしょ。

 それではです。

 あ、藤沢ちゃんにも伝えておいてね、蒔田」

 

     ・

     ・

     ・

 

「そっか、学校にも行ってないのか。

 わかった。

 ありがとう書記、いや藤沢さん」

 

どこいったんだ三ヶ木。

もう暗くなってきたし。

あ、もしかして麻緒さんのとこか?

麻緒さんの家、俺知らないしな。

三ヶ木、ラインでも電話でも出てくれればいいんだけど。

仕方ない、もうしばらくだけここで待つか。

 

”キキキー”

 

ん、えっとあれどっかで見た車。

 

”ガチャ”

 

あれって平塚先生じゃないか。

 

”ガチャ”

 

え、麻緒さん?

なんで麻緒さんと平塚先生が。

あと降りてきたのは・・・み、三ヶ木!

な、なんだ、どうしたんだ、なんで顔中絆創膏だらけなんだ

い、いったいなにが

 

”トン、トン、トン”

 

「美佳、階段、足下に気を付けてね。

 大丈夫?」

 

”コク”

 

「ほら家もうすぐだから」

 

「三ヶ木!」

 

「ヒャッ!」

 

”ブルブルブル”

 

「え? 三ヶ木どうし 」

 

「いやー!

 いや、いや、いやぁー」

 

”ぎゅ”

 

「大丈夫、大丈夫、ね、大丈夫だから美佳。

 落ち着いて」

 

”ブルブルブル”

 

「いや、いや、いや、いや、う、うううう」

 

麻緒さんの腕の中で震えながら、泣き叫ぶ三ヶ木。

な、なんだ、い、いったい何があったんだ?

なんでそんなに怯えた目で俺のことを見るんだ・・・三ヶ木。

 

「稲村君だっけ。

 ごめん、美佳怖がってるからちょっと待ってて」

 

"ガチャ"

 

「ほら美佳、家に入って」

 

「う、うううう」

 

「稲村君、そこで待っててね」

 

”バタン”

 

     ・

     ・

     ・

 

なんだったんだ三ヶ木のあの顔。

絆創膏や痣だけじゃない、すごく腫れ上がってて。

それにあの目、あんなに怯えた目をして。

・・・お、俺のこと怖がってた。

俺怖がられていた。

 

”ガチャ”

 

「ごめんね、大分待たせちゃったね。

 やっと美佳落ち着いて眠ったから」

 

「ど、どうしたんですか麻緒さん。

 いったい三ヶ木に何が」

 

「見られちゃったもんね。

 ・・・ね、誰にも言わないって約束してくれる?」

 

「・・・は、はい」

 

「昨日ね、路上で 」

 

     ・

     ・

     ・

 

「対人恐怖症!」

 

「そう、何度も何度も殴られたから。

 それでね人が、特に男の人が近寄る度、また殴られるって恐怖で怯えてね。

 さっきのような感じになるの」

 

「・・・・・・ま、麻緒さん、そいつはどんな奴でした」

 

「うん、今警察が防犯カメラをチェックしてるから、いずれわかると思うけど」

 

「・・・三ヶ木は何か言ってませんでした?

 そいつの特徴とか、なんでもいいです教えてください」

 

「・・・教えたら何をする気?」

 

「そんなの決まってるじゃないですか!!

 俺がそいつを探し出してぶん殴ってやる。

 三ヶ木がやられた何倍も、いや何十倍、何百倍も!」

 

「・・・・・・絶対に教えない」

 

「麻緒さん!」

 

「稲村君、そんなの美佳が望むと思う?

 あの子が元気になってそれを知った時、君が人を殴ったって知った時、

 どう思うと思う?

 きっとすごく後悔して自分を責め立てる。

 自分が殴られたから稲村君にそんなことをさせてしまったって。

 そして今以上に傷ついて・・・」

 

「・・・・・・」

 

「君は美佳を傷つけたい?」

 

「だ、だけど、お、俺は、み、三ヶ木が!」 

 

”ぎゅ”

 

「ま、麻緒さん?」

 

「ありがとう稲村君。

 その想いだけで十分だよ。

 だから落ち着いて。

 ねっ」

 

「・・・・・・」

 

「稲村君ありがとう。

 これからも美佳のことお願いね」

 

「・・・はい」

 

麻緒さんに強く抱き締められた俺は、もう何も言えなくて。

そうなんだ、俺なんかより麻緒さんの方がもっとつらいはずなのに。

それなのにそんな麻緒さんの気持ちも考えず喚き散らすなんて・・・ガキだ。

だ、だけどさ、ガキってわかってても!

三ヶ木のあの目が、怯えた目が頭から離れないんだ。

 

     ・

     ・

     ・

 

”トボトボトボ”

 

『いや、いや、いやー』

 

くそ。

・・・三ヶ木。

 

”ポン!”

 

「稲村先輩」

 

「あん!」

 

「ひゃっ」

 

「あ、ご、ごめん会長」

 

「あ~びっくりした。

 どうしたんですか、そんな怖い顔して」

 

「あ、いやちょっと。

 何でもないです」

 

「まぁいいですけど。

 で、美佳先輩どうでした?」

 

「へ?」

 

「あ、ほらこの先は美佳先輩の家でしょ。

 だから美佳先輩の家に行ったのかなぁって。

 で、美佳先輩に会えました?

 

「・・・あ、あの」

 

『誰にも言わないって約束してくれる?』

 

そ、そうだ。

今、会長に言うわけにはいかない。

今はまだ。

 

「三ヶ木には会えなかった」

 

「そうですか」

 

”スタ、スタスタ”

 

「会長。

 三ヶ木に用事があったんじゃ?」

 

「美佳先輩、いないんじゃご自宅に行っても仕方ないじゃないですか~

 明日、また来てみます。

 さ、帰りましょう」

 

「え、あ、ああ」

 

”スタスタスタ”

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・で、本当は何があったんですか?」

 

「い、いや何も」

 

「稲村先輩のあんな怖い顔、今まで見たことないですよ」

 

「・・・・・・今は・・・すみません」

 

「そうですか」

 

「・・・会長、プロムどんな感じですか?

 受験の後も引っ越しとかいろいろあって手伝えなくてすみません」

 

「大丈夫ですよ。

 準備ばっちりです。

 あ~、でもなんか一部の卒業生がボイコットするって、

 ネットで騒いでいるようですけど。

 稲村先輩はばっちり楽しんでくださいね。

 蒔田も真剣にドレス選んでましたよ」

 

「・・・俺は参加しない」

 

「え? は、はぁー!

 な、なんでですか」

 

「会長、だれもプロムに参加したいやつばっかりじゃないんですよ。

 なかにはああいうの嫌な奴だっている」

 

「な、なにを。

 稲村先輩も嫌なんですか?」

 

「喜んで参加する奴なんてリア充とか、何でもいいから騒ぎたい奴

 だけじゃないですか。

 卒業生、そんなのばっかりじゃないってことですよ」

 

「そ、それなら参加してくれる人だけでいいです。

 どうせボイコットっていったって、そんなの一部の人だけですから」

 

”イラ”

 

「だったらこんなの生徒会がやるべきじゃない」

 

「稲村先輩」

 

「俺も去年までやってたような卒業生を送る会のほうがいい」

 

「な、何言ってんですか!

 わたし、わたしはわたしらしく先輩たちをちゃんと送りだしたくて」

 

”イライラ”

 

「・・・そんなの間違ってる。

 だったら、だったらそんなのは有志でやればいいだろうが!」

 

「い、稲村先輩!」

 

「・・・・・・す、すみません。

 今、俺どうかしてます。

 頭の中がおかしくなってて。

 これ以上、冷静に話できそうにもないです。

 先帰ります」

 

”ペコ”

 

「・・・・・・」

 

”ダー”

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

くそ、どうしたんだ俺。

なんであんなこと言ったんだ。

会長にあたってどうする。

くそくそくそ。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

”カチャ、カチャ”

 

会長の言った通りだな。

ネットでは結構反対意見多いんだな。

一部の卒業生って言ってたけど、それ以外にも下級生からの意見も載ってる。

先輩たちの卒業をちゃんと祝いたい、今までの卒業生を送る会のほうがいいっか。

彼らにしてみたら卒業生を送る会は部活の先輩を送る会でもあったんだからな。

毎年、部活ごとの出し物も結構盛り上がってたし。

その場が無くなったわけだからっか。

部長会はプロム協力の方向だし、それに一年部員が強制的に駆り出されているって

噂もあるし。

でもこのままでだとどれくらいの生徒が参加するんだろう。

否定派たち、ボイコット呼び掛けてるしな。

5、6割ぐらいか?

でもそれでいいのか。

・・・・・・三ヶ木ならどう思う。

今の状況知ったらどう思う。

ネットで繰り広げられるプロム派とプロム否定派の争い。

そして否定派のボイコット運動。

生徒会が原因のこの状況を放っておくはずがない。

三ヶ木ならきっとなにかするはずだ、いつものように。

なら俺はどうすればいい、考えろ。

三ヶ木はきっとこんなの望んでいない。

 

     ・

     ・

     ・

 

くそ、何も考えつかない。

何をどうすればいいんだ。

はぁ~、何か飲んでくるかなぁ。

 

”ちら”

 

ん、あ、この前の林間学校の時の写真か。

はは、会長も三ヶ木も泥だらけで。

そうだ、あのときみんながキャンドルやってるところに、

二人して泥だらけになって山から出てきたんだよな。

手つないで一緒に。

・・・写真の中のみんな。

本牧、藤沢さん、会長、俺、そして三ヶ木。

みんな笑ってる。

楽しそうに、いや本当に楽しかったんだ。

みんな一緒だったから。

 

『生徒会のみんなといつまでも一緒にいられますように』

 

『生徒会が終わっても、高校を卒業してもみんなとのつながりを

 もっていられる関係でいたい』

 

みんな一緒っか。

・・・・・・そうだな、三ヶ木ならきっと。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「廃油キャンドルでギネスに挑戦?

 廃油キャンドルってあの林間学校でやったやつか?」

 

「はい、卒業の思い出に卒業生とかの参加者集って、グラウンドをライトアップ

 したいんです。

 それで許可をいただきたくて」

 

「ふむ。

 で、それはいつやるつもりなんだね」

 

「はい。

 ・・・・・・卒業式の日に」

 

「おい」

 

「卒業式の日の夕方にやります」

 

「君も知っているだろう。

 その日は卒業式の後にプロムがあるんだぞ」

 

「わかってます。

 でもやります」

 

「なぜその日なんだね。

 それにもうあと3日しかないぞ。

 準備も間に合わないだろう」

 

「でもやります」

 

「・・・・・・何かあったのかね」

 

「・・・・・・」

 

「稲村、それでは許可できないな。

 第一、急すぎる。

 その日にやらなければならない理由の説明がない以上、許可するわけにはいかない。

 今から申請の書類を提出して、職員で審査してそれから許可をもらう。

 そうだな、卒業式も控えてるんだ、申請の許可は早くても卒業式が終わって

 1週間後ぐらいだろう。

 だからできるのは春休み中ということになるな」

 

「それじゃダメなんです。

 ・・・プロムの時じゃないと」

 

「稲村、無理を言うな」

 

「駄目・・・なんです」

 

「許可できん」

 

「先生、先生も知ってると思いますが、卒業生の中にはブロムに否定的なものもいます。

 なかにはボイコットを呼びかけているものも。

 それでネットでブロム賛成派と言い争いも。

 こんな状態じゃダメなんです。

 だからブロムに参加しないものにもなにか卒業の思い出になることをしたいんです。

 それに春休みになったら、県外に出ていくやつもいるから今じゃないと。

 ・・・・・・きっと、きっと三ヶ木もそう思うはずなんだ」

 

「ん、三ヶ木?

 なんで三ヶ木なんだ?」

 

「・・・・・・」

 

「い、稲村、まさか君は」

 

”コク”

 

「そうか。

 知っていたのか」

 

「・・・今、三ヶ木は何もできない。

 多分卒業式にも出れない。

 このままじゃ三ヶ木にとって卒業式は辛い想い出しか残らない。

 だから俺は、少しでも俺は・・・」

 

「・・・そうか、それが君の本心か。

 稲村、キャンドルのこともうすこし詳しく説明してみたまえ。

 あ、いやちょっと待て」

 

”カシャ、カシャ”

 

「ああ、わたしだ。

 今すぐ職員室まで来い。

 なんでもいい!

 ごちゃごちゃ言わずに来い・・・・・・今度ゆっくり話聞いてやるから。

 パ、パーテーションの裏だ。

 わかってるな、すぐ来い」

 

”プー、プー”

 

「平塚先生?」

 

「広川も呼んだ。

 キャンドルの件、あいつに受け持ってもらう。

 火を使うからな、管理する大人が必要だ。

 それにあいつは今暇だろうし。

 なにしてる、早くその申請書貸したまえ」

 

「え、あ、はい」

 

「これはわたしが預かっていたことにする。

 まぁ、わたしも何かと忙しいのでな。

 いろいろ整理してたら紛れてしまってたってことにしておこう」

 

「そういえば先生、すごく机片付いてますね」

 

「ん、ああ、まあ年度末だからな。

 いろいろあるんだ大人の世界には。

 稲村、何も心配するな。

 君のやりたいようにやりたまえ。

 わたしは君のこと信用している。

 まぁそれに責任は大人がとるものってきまっているからな」

 

「先生」

 

「しっかりな」

 

「はい」

 

     ・

     ・

     ・

 

”スタスタスタ”

 

「稲村、さっきは聞き忘れたんだが目的はなんだ」

 

「はい、プロムに参加しない卒業生にも最後に何か想い出になるものをと。

 それに卒業生を送ってやりたいって思っている在校生の想いも」

 

「・・・そうか。

 まぁいい。

 材料の方は俺が準備しよう。

 今年の林間学校用に備蓄してたのがすこしあるからな。

 だがギネスに挑戦ってことになると足りない分をどうするかか」

 

「広川先生でもそれ使ったら今年の林間学校の分が」

 

「ん、そうだ稲村にはまだ行ってなかったな。

 俺も今年の4月で教師やめるんだ。

 だから全部使ってしまっても大丈夫だ」

 

「やめる?

 広川先生、教師やめるんですか?」

 

「ああ、俺もずっと思ってたやりたいことを始めたいと思ってな。

 だから俺もお前らと同じこの学校を卒業だ。

 あ、そういえば静ちゃ・・・ごほん、平塚先生も同じか。

 今度移動って言ってたからな」

 

「移動!

 平塚先生移動なんですか」

 

「あ、やば。

 すまんこの件は内緒な」

 

「はい」

 

「まぁ、いい想い出にしような」

 

「はい」

 

「そうだ、広告はどうするんだ?

 参加者、集めないといけないんだろう?」

 

「はい。

 早速、ネットの裏総武に投稿します。

 結構プロム否定派見てるみたいですから。

 あと新聞部にあたってみます。

 確か卒業式に合わせて学校新聞出すはずだから、それに載せてもらおうかと」

 

「そうか」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「なぁ蒔田。

 ちょっといいか?」

 

「なに清川」

 

「この画面ちょっと見てみろ」

 

「ん?」

 

「この稲村って先輩、お前の彼氏だろ?」

 

「はひゃ!

 か、か、彼氏。

 そ、そ、そうだけどなにか?」

 

「ほらここ見てみろ。

 その彼氏とやらがなんかやるみたいだぞプロムの時に」

 

「え?

 な、なにこれ」

 

「何も聞いてないのか?」

 

「う、うん。

 ね、これ一色は?」

 

「まだ気付いてないと思うけど」

 

「ちょっと行ってくる」

 

”ダー”

 

     ・

     ・

     ・

 

「無理ですって」

 

「いやそこを何とか」

 

「卒業式に間に合わせるために、もう今回の新聞は出来上がってるんですよ。

 いまさら載せられませんって」

 

「ほんの少しでいいんだ、ちょっとだけで。

 日程とあと一行、キャンドルやるぞってだけでいいから」

 

「絶対無理です」

 

     ・

 

”ガラガラ”

 

「はぁ~」

 

”トボトボトボ”

 

「ん、あれって」

 

”ガラガラ”

 

「よ、お疲れさん」

 

「あ、瀬谷先輩」

 

「なぁ、今の三年の稲村だろ。

 どうしたんだ、何かあったのか?」

 

「あ、あの 」

 

     ・

     ・

     ・

 

”トボトボトボ”

 

はぁ~、どうするかなぁ。

今からでもポスター作って張り出すか。

 

”ブ~、ブ~”

 

へ、蒔田?

なんだ?

 

”カシャ”、カシャ”

 

「どうした?」

 

「どうしたじゃないです。

 今どこにいるんですか!」

 

「え、あ、ああ、調理室に行くところだけど」

 

”ブー、ブー”

 

へ、なんだ?

 

     ・

 

”スタスタスタ”

 

「まったく、稲村先輩は何を考えているの?

 それに調理室で何してるの?」

 

「いいか稲村」

 

え、この声って広川先生?

どれどれ、ドアに耳つけてっと。

 

”ピタ”

 

何の話してるんだろう。

 

「まずこのクレヨンを細かく砕くんだ

 それをこの濾した廃油と混ぜてだな、そして所定の長さに切ったタコ糸と

 凝固剤を入れてっと。

 あとは固まるまで待つ」

 

「砕くってこ、このクレヨン全部ですか?」

 

「ギネスに挑戦するんだろう、だったらこれでもまだ足りないんだ。

 確かさっき調べたんだが」

 

”カシャ、カシャ”

 

「ほれギネス記録は34,685個ってことだからな。

 それにしてもなんでギネスに挑戦何て言ったんだ」

 

「あ、いや、やっぱりその方が興味引いて人集まるかなぁって」

 

「はぁ~今日は徹夜だなこれは。

 学校の方には俺から話しておく。

 お前も家の方に連絡しておけ。

 必要だったら電話代わるから」

 

「はい。

 広川先生、すみません」

 

「まぁいいや。

 俺暇らしいから。

 それで、どんな風にライトアップする気なんだ?」

 

「あ、はい。

 これでいこうと思います」

 

「ん、写真?

 これって林間学校の時の」

 

「はい。

 林間学校の時、キャンドルで作ったハートが横に2つ重なっているやつ。

 先生が友情のマークって言ってたやつでいきます。

 林間学校・・・俺の生徒会の一番の思い出なんです。

 本牧と夜通し馬鹿な話したことや、会長や書記、違った藤沢さんとカレー食べたり。

 オリエンテーリングの時に、逆切れした三ヶ木に追いかけられたり、

 そしてみんなで一緒にキャンドル見たり。

 まぁ三ヶ木は、その後すぐに広川先生に連れてかれましたけど、謹慎部屋に。

 この写真はその前にみんなで撮った写真です。

 全てが楽して、楽しくて・・・・・・

 それだけじゃない。

 帰りの広川先生の車の中で、生徒会やめなきゃいけないって三ヶ木泣き出して。

 そして泣きつかれた三ヶ木が俺の胸に顔うずめて眠って」

 

「そういえば、三ヶ木の家に着くまで、お前ずっと抱き締めてたよな」

 

「げ、憶えてました?

 あの時、広川先生から三ヶ木の昔の話を聞かせてもらいましたよね。

 ・・・・・・いじめられてたことや、家でも学校でもずっと一人ぼっちだったこと、

 そして交通事故のこと。

 交通事故でお母さんや妹さんを失くして、ずっと自分のせいだって責めていること。

 三ヶ木の家に着くまでいろいろと。

 先生の話を聞いて俺わかったんですよ、三ヶ木がいつもなんであんな馬鹿な

 ことするのかって。

 きっと三ヶ木は大切なもの守りたい、もうこれ以上大事なもの何も失いたくない

 んだって。

 俺それがわかって、それで腕の中の三ヶ木の泣き顔見て思ったんです。

 三ヶ木がすごく愛しいって、こいつをずっと守ってやりたいって。

 ・・・・・・三ヶ木美佳って女の子のことが本気で好きだってこと」

 

”ドサ”

 

「・・・敵わない。

 こんなの敵うわけないじゃん。

 稲村先輩の馬鹿!」

 

”スクッ、スタスタスタ、ダー”

 

「だのに俺は・・・・・・守れなかった。

 だからせめてあいつの想いだけでも守りたい」

 

「なぁ稲村、三ヶ木何かあったのか?」

 

「えっ?」

 

「い、いやなんかお前の言ってること聞いてると、三ヶ木がどうかしたのかって

 思ってな。

 さっき守れなかったって言ってたし」

 

「・・・あ、あの」

 

「ん?」

 

「いえ、な、何でもないです。

 三ヶ木、か、風邪ひいたって言ってました。

 それで卒業式も。

 だ、だからこんな大事な時にウィルスからあいつを守れなくて」

 

「無理だろうそんなの」

 

     ・

 

”ダー”

 

「なんなのさ。

 ばっかじゃないの。

 どうせ、どうせ、稲村先輩なんか比企谷先輩に勝てないのに。

 ・・・・・・でも・・・それでも・・・好きなんだ。

 ・・・わたしと・・・同じ」

 

”ドン! ズデン”

 

「あいたー」

 

「つっ、いたー。

 ご、ごめんなさい」

 

「ピ、ピンク。

 しかもリボン付き」

 

「あ、瀬谷部長。

 え、ピンク? リボン?

 は、あ゛ー!

 な、な、何見てるんですかこのスケベ!」

 

「い、いや、ぐ、偶然だ。

 ぶつかって倒れたら偶然目の前にピンクが」

 

「う゛~」

 

「あ、それともう部長じゃないぞ。

 前部長だ。

 それより、ちょうどよかった蒔田と稲村に用事があったんだ」

 

「わたしと稲村先輩に?

 用事ってなんですか?」

 

「さっきな稲村が新聞部に来てな、キャンドルの件を学校新聞に載せてくれって」

 

「なんでそれとわたしが?

 稲村先輩が勝手にやってることじゃないですか!

 わたしには関係ありません」

 

「え、お前ら付き合ってたんじゃなかったっけ?」

 

「付き合ってなんかいません。

 あ、あんな人大嫌いです」

 

「そうなのか。

 ふ~ん」

 

「・・・あ、あの、それで載せていただけるんですか?」

 

「・・・・・・ふむ。

 いや、学校新聞の発行は明日だからな。

 もう刷り上がってるから無理なんだ」

 

「そうなんですか」

 

「それでな、でも号外って感じでよかったら卒業式の日に出せると思ってな」

 

「本当!」

 

「ああ、だけどな号外出す代わりに、蒔田に新聞部に戻ってきてほしい。

 蒔田が生徒会やめて戻ってきてくれるのなら号外出そうと思うがどうだ?」

 

「そ、そんな」

 

「・・・・・・どうする?」

 

「・・・わ、わかりました。

 わたし、生徒会やめます。

 だからお願いします」

 

「ははは、冗談だ冗談。

 な~んだやっぱりお前ら付き合ってんだろ」

 

「・・・・・・つ、付き合ってません」

 

「あのな、蒔田の部活紹介コーナー無くなってから学校新聞の関心が薄くなってな。

 配るそばからごみ箱行きだ。

 やっぱりあれ目玉コーナーだったんだよな。

 いや~まいった、まいた、蒔田」

 

「・・・・・・瀬谷先輩、そんなキャラでしたっけ?」

 

「・・・ご、ごほん。

 それで新学期からの学校新聞手伝ってくれないか?

 頼む」

 

”ペコ”

 

「し、仕方ないです。

 わたしも新聞部やめたつもりはないので」

 

「そうか、よかった~」

 

「そのかわり号外頼みますね」

 

”ブ~、ブ~”

 

「へ、あ、やば、一色!」

 

”カシャ、カシャ”

 

「は、はい、蒔田」

 

「みんなリハ待ってんですけど、蒔田が来るの」

 

「あ、ご、ごめん、今いく」

 

”ブー、ブー”

 

「すみません。

 じゃわたし行きます。

 稲村先輩ならこの先の調理室にいますので」

 

「ああ、わかった」

 

「あ、それと部活紹介コーナーの件、稲村先輩には絶対に内緒でお願いしますね」

 

「ん、なぜだ?」

 

「いいですから。

 も、もし喋ったらパンツ見たこと言いふらしますからね」

 

「わ、わかった」

 

「では失礼します」

 

”ダー”

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

「う~、さむ~い。

 さすがにこれだけ早い時間だとまだ誰も登校していない。

 この学校にいる生徒はといったら・・・きっとあの人だけ」

 

”タッタッタッ”

 

「ほら、照明ついてる。

 やっぱり昨日帰らなかったんだ」

 

”ガラガラ”

 

「どれどれ、あ、寝てる。

 でも暖房効いてるみたいであったか~い。

 よかった、これなら大丈夫。

 えっと、それじゃあ」

 

     ・

     ・

     ・

 

”ブ~、ブ~、ブ~”

 

ん、目覚まし・・・・・・げ、しまった寝ちゃったのか。

やべ、まだこんなにあるのに。

はぁ~

あ、そうだ今日は卒業式の予行あるんだよな。

なんか寝ちゃいそうだ。

えっと、そういえば広川先生は?

 

”キョロキョロ”

 

げ、広川先生も寝てるんだ。

まじやべえな、広川先生の分もまだまだある。

これ間に合うかな。

まだ少し時間あるし、少しでも

 

”ぎゅるるる”

 

そ、その前に腹減った。

家に帰ってる時間はなさそうだしな。

なんか食べ物買ってくるか。

 

”ガラガラ”

 

ふぁ~あ、ねむ。

 

”ドン”

 

え、なんでこんなところに机出してあるんだって・・・

サンドウィッチとティーポット?

ん、それとメモ?

 

『あんまり無理しないでくださいね。

               舞♡』

 

蒔田?

あいつ来たのか?

これ、あいつが?

ふむ、見た目は美味そうだな。

どれ味はどうだ?

 

”パク”

 

う、美味い。

この卵サンド、結構いけるぞ。

ん、こっちはハムサンドか。

 

”パクパク”

 

美味!

・・・ありがとう蒔田。

 

「いっただきま~す」

 

”パクパク、もぐもぐ”

 

「んー!」

 

”どんどん”

 

の、飲み物!

え、えっとこのティーポット、何がはいってるんだ?

 

”トクトクトク”

 

紅茶っか。

 

”ゴクゴク”

 

「ぐぇー、に、にげー!」

 

な、何だこの紅茶すごく苦い。

苦過ぎだろう、薬かこれ。

 

「・・・・・・」

 

はぁ~、まったく。

 

”パクパク、もぐもぐ、ゴク、ゴクゴク、ゴクゴクゴク”

 

「ぷはぁ~、ご馳走様でした」

 

ふぅ~、目が覚めた。

 

     ・

     ・

     ・

 

「起立、礼」

 

お、終わったー。

キ、キツかったけど、何とか寝ずに過ごしたぞ。

これもあの紅茶のおかげか。

うへぇ~、まだあの苦さが口に残ってる。

さ、さて、そんなことより急いで準備に取り掛からないと。

だけど今のままだとマジ準備間に合わないぞ。

どうする。

 

”トボトボトボ”

 

ん、あ、本牧!

そ、そっだあいつに協力してもらって。

 

”ダー”

 

「お、お~い、もと」

 

「お待たせ沙和子」

 

「牧人君。

 うううん、わたしも今来たところ」

 

はっ、藤沢さん。

やっぱ、やめておくか。

きっと本牧も藤沢さんとプロムに。

・・・さ、はやく準備しないと。

 

”トボトボトボ”

 

     ・

     ・

     ・

 

「ね、牧人君、何か話があったんじゃない?」

 

「あ、明日のプロムだが、そ、その~」

 

「プロム?」

 

「・・・・・・あ、あの」

 

「・・・・・・・いいよ」

 

「えっ?」

 

「いってらっしゃい。

 稲村先輩、大変なんでしょ」

 

「すまない。

 だ、だけどプロム 」

 

”こつん”

 

「沙和子?」

 

「牧人君、わたしも前生徒会の仲間だぞ~

 わたしはね、いろはちゃんをおいていけない。

 だからわたしの分もお願い、稲村先輩助けてあげて。

 そうじゃないと、もう一発~」

 

「あ、ありがとう。

 沙和子、行ってくる」

 

「うん。

 牧人君、ガンバ」

 

”ダー

 

「行ってらっしゃい、牧人君」

 

「行ってらっしゃい、牧人君♡」

 

「え? ま、蒔田さん!」

 

「へぇ~、下の名前で呼び合ってんだ。

 いいなぁ~」

 

「あ、あの、こ、これは・・・

 そ、それより蒔田さん三ヶ木先輩のところに行ったんじゃ」

 

「ん、あ、今から行くところ。

 それじゃ・・・・・・

 沙和子、行ってくる♡」

 

「蒔田さん!」

 

     ・

     ・

     ・

 

「スー、スー」

 

”ピタ!”

 

「あっちいいー!」

 

「目覚めたか?

 ほらコーヒー」

 

「も、本牧!」

 

「まったく、何やってんだ」

 

「ほっとけ」

 

”キョロキョロ”

 

「な、一人か?」

 

「ん、ああ、広川先生、緊急の職員会議でちょっと遅くなるから」

 

「ふ~ん。

 で、なんで俺に相談しなかった」

 

「い、いやお前プロムに参加するだろう。

 だったら藤沢さんに悪いから」

 

「まったく、変な気を使うな。

 ほら、何すればいいんだ」

 

「いいのか?」

 

「ああ」

 

「すまない」

 

「気にするな」

 

     ・

     ・

     ・

 

”ウトウト”

 

「はっ、わ、わりぃ。

 ちょっと顔洗ってくる」

 

「ああ」

 

 

”ガラガラ”

 

ん、比企谷?

あんなところで何やってんだ?

隠れてる・・・のか?

 

「比企谷、何やってるんだ?」

 

「しー、静かにしろ稲村。

 一色に気付かれるだろうが」

 

「会長?」

 

”パタパタ”

 

「げ、き、来たー」

 

「あ、会長、やばー!」

 

”ガタン”

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「せ、狭い」

 

「我慢しろ。

 掃除道具入れしか隠れるところなかったんだから」

 

「いや、でもなんで稲村まで」

 

「この前ちょっと会長とな。

 今は顔合わせ辛い」

 

「・・・キャンドルの件でか?

 まぁ、ネット見たけど」

 

「ああ」

 

「稲村、お前もプロム反対なのか?」

 

「・・・・・・ああ。

 それよりてっきり比企谷も反対だと思ったけどなこんな感じなの」

 

「・・・ま、まぁ、いろいろとあってな」

 

「三ヶ木、誘ったのか?」

 

「い、いや、誘っていない。

 ・・・・・・そんな資格ないから」

 

「資格?」

 

「そうだ、稲村お前が誘ってやってくれ。

 お前なら三ヶ木もきっとプロムに 」

 

”ぐぃ”

 

「おい、もう一回行ってみろ!」

 

「い、稲村、な、何するんだ」

 

「ちっ!

 くそ、この馬鹿が!」

 

”ガタン”

 

「お、おい稲村、いま出たらまだ一色に 」

 

「比企谷ー!

 こんなところで何してるんだー!」

 

「ば、馬鹿、そんな大声で」

 

「あー、先輩!」

 

「やべ、見つかった」

 

”ダー”

 

     ・

     ・

     ・

 

”スらスタスタ”

 

あのくそ馬鹿野郎!

人の気も知らないで。

誘えるものなら誘ってる。

多分、俺なんかじゃ無理だろうけど。

やっぱりお前じゃないと・・・・・・

ちっ。

 

”ガラガラ”

 

「遅かったな」

 

「すまない、待たせた。

 さて!!

 やるぞ本牧!

 絶対ギネス更新してやる!」

 

「ん?

 お、おう」

 

     ・

     ・

     ・

 

「それでは今日はこれぐらいにしましょう。

 明日はいよいよ本番です。

 みなさん、よろしくです♡」

 

”ガヤガヤ”

 

「疲れた~」

 

「なぁ、マック寄って帰らない?」

 

「それあり!」

 

”ワイワイ”

 

「ね、蒔田、美佳先輩どうだった?

 結局、先輩取り逃がしちゃって。

 あの人のステレス機能って本当凄すぎ」

 

「そうなんだ。

 あ、あのさ、三ヶ木先輩には会えなかったんだけど、

 麻緒さんに聞いたら、ただの風邪じゃなくておたふく風邪だって」

 

「そうなんだ。

 それじゃ明日来れないのかなぁ~

 ・・・・・・はぁ~、帰ろっか」

 

「ごめん一色。

 あ、あのさ、わたしこれからちょっと寄るところあるから」

 

「え、あ、そう」

 

「ごめん、じゃあ」

 

「あ、蒔田」

 

「ん?」

 

「稲村先輩にあんまり無理させないでね」

 

「・・・うん、わかった。

 ありがとう」

 

     ・

     ・

     ・

 

”ガラガラ”

 

「げ、な、何ですかこのどんよりと重たい空間!」

 

「・・・蒔田よく来たな。

 さ、いいからここ座れ」

 

「・・・蒔田さん遠慮せず」

 

「い、いや、広川先生も本牧先輩も目が死んでるんですけど、

 ゾンビィみたいに。

 なんかわたし、身の危険感じるんですが」

 

”ゴリゴリ”

 

「あっ」

 

”スタスタスタ”

 

「稲村先輩」

 

「ん、あ、蒔田。

 わりぃ、気が付かなかった。

 サンドウィッチと紅茶、ありがとうな」

 

「あ、は、はい。

 えっと、どんな感じですか?」

 

「ん? あ、ああ。

 何とか半分できたって感じだな」

 

「半分!

 も、もう何時だと思ってるんですか?」

 

「わ、わかってる。

 何とか徹夜してでも」

 

「今日もですか」

 

「・・・・・・あ、ああ」

 

「身体壊しちゃいますよ。

 もう!」

 

”どさ”

 

「お、おい」

 

「で、何をすればいいんですか?」

 

「手伝ってくれるのか?」

 

「仕方ないじゃないですか」

 

「・・・すまない」

 

「えっと、このクレヨンを砕いていけばいいんですね。

 あ、でも」

 

「ん、でも?」

 

”くんくん”

 

「・・・稲村先輩、やっぱりなんかすごくすっぱいです」

 

「・・・・・・」

 

     ・

     ・

     ・

 

”ゴリゴリ”

 

「あ~ん、もう終わらない、終わる気がしな~い。

 あとどれだけだけあるんですか稲村先輩?」

 

「あと1/3ぐらい」

 

「む~、終わらな~い」

 

「終わらないな」

 

「終わらないですね先生」

 

「・・・す、すみません」

 

「仕方ない、やるだけだ。

 文句ばっか言ってないで、ほらさっさとクレヨン砕け蒔田」

 

「む~

 ・・・もうこれ1個の量、半分にしちゃえばいいのに」

 

「「えっ」」

 

「あ、ごめんなさい。

 変なこと言っちゃいました?

 なんか1個の量少なくすればもう砕くの終わってるなぁって思って。

 どうせ火が着けばいいだけだから」

 

「「蒔田!」」

 

「ごめんなさーい」

 

     ・

     ・

     ・

 

「ごほん!

 ほら帰りますよ」

 

「「はい」」

 

「まったく大の男が三人にもいて。

 そんなことも気が付かないなんて信じられない」

 

「「・・・・・・」」

 

「それじゃわたしこっちですので、また明日です。

 あ、稲村先輩、今日はちゃんとお風呂入ってくださいね。

 それではです」

 

”ペコ”

 

「おう、気をつけて帰れよ」

 

「気を付けてね蒔田さん」

 

”スタスタスタ”

 

「ま、蒔田ー!」

 

”テッテッテッ”

 

「稲村先輩?」

 

「あ、あのさ・・・送ってく」

 

「えっ?

 あ、はい!」

 

”ぎゅっ”

 

「い、いや、腕に抱き着くな」

 

「だって~、ほら道くらいじゃないですか~

 だ・か・ら」

 

”ぎゅ、ぎゅ~”

 

「げっ!」

 

「な、なんですか。

 そんなに嫌なんですか?」

 

「いや。

 ・・・・・・お前、本当に胸でかいんだな」

 

「はぁー!

 ・・・・・・そ、そうですよ、じゅ、純生って言ったでしょあの写メ」

 

「・・・・・・そうだな」

 

”むにゅ”

 

「・・・・・・う」

 

「えへ♡」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

”シャー”

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

やっぱり、ここまでだと自転車ではちょっときつい。

それにすこし早かったかなぁ。

でもこれ、どうしても三ヶ木に渡しておきたい。

それに今日のことも。

 

”キキキー”

 

麻緒さんかお父さん、起きてるといいんだが。

 

”トントントン”

 

いつ来ても思うんだけどこの階段、急で危ないんだよな。

だれか落ちなければいいんだけど。

さてっと。

 

「スー、ハー、スー、ハー」

 

よ、よし、それじゃ呼び鈴を。

 

”ガチャ”

 

へ?

 

「それでは失礼します」

 

「ありがとう、相模ちゃん。

 階段、気をつけてね」

 

「はいそれじゃ、えっ、稲村君!」

 

「あ、ど、どうも」

 

「なんであなたがここに?

 ちょ、ちょっとあっちに」

 

「あ、いいの相模ちゃん。

 稲村君は美佳のこと知ってるから」

 

「そ、そうですか」

 

「で、どうしたの稲村君?」

 

「あ、あの麻緒さん。

 これ、この封筒、三ヶ木に渡してほしいと思って」

 

「封筒?」

 

「はい。

 それと、今日の夕方、学校のグラウンドでキャンドルやります。

 できれば三ヶ木に、三ヶ木に見に来てもらいたくて」

 

「はぁー! 何言ってるの稲村君」

 

「相模さん」

 

「あんた、三ヶ木の状態知ってるんでしょ。

 学校なんて、こんなのなんて行けるわけないじゃん。

 連れて行って症状がもっと悪くなったらどうするの。

 馬鹿じゃないの」

 

「わかってる。

 だけど俺が三ヶ木にできることってこれぐらいだから。

 三ヶ木、このままじゃ。

 きっと、来てくれたら 」

 

「あのね、いい加減に 」

 

「待って相模ちゃん」

 

「麻緒さん。

 で、でも」

 

「いいの。

 ありがとう稲村君。

 行けるかどうかわからないけど、美佳と話してみるね」

 

「はい」

 

     ・

     ・

     ・

 

「 それでは最後になりますが。

 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございました。

                  在校生代表 一色いろは」

 

卒業式は滞りなく終わった。

だが、やっぱり三ヶ木の姿はここにはなかった。

この後、卒業生は体育館を出て一度それぞれの教室に戻る。

教室で卒業証書と記念品をもらって卒業。

その後はいよいよ本番だ。

 

「卒業生退場」

 

”スタスタスタ”

 

後は夕方までに完成したキャンドルを所定の位置に並べ、参加者用のキャンドルの

材料を用意しておくだけ。

幸いネットでの受けもよく、それに瀬谷たちの号外のおかげもあって

評判は上々らしい。

さて頑張らないとな。

 

”ザー”

 

「え? え? えー!」

 

体育館を出た俺の目に映っていたのは、

・・・・・・雨の降りしきるグラウンドだった。

う、嘘だろ。

 

”へなへなへな”

 

「お、おい、どうした稲村」

 

     ・

     ・

     ・

 

卒業式の時から降り続けていた雨は、夕方になってようやく止み始めた。

そして体育館では盛大に音楽が流れ始めた。

どうやらプロムが始まったようだ。

キャンドル今から準備しても・・・・・・

な、なに考えてんだ、やるしかないだろうが。

まずはキャンドルを置く位置決めから。

 

”スタスタスタ”

 

「ね、蒔田さん、あれ」

 

「ん、なに藤沢さん?

 え、あれ」

 

     ・

 

”キョロキョロ”

 

「あ、いた。

 ね、清川、あんた広報担当だったから今わりと暇でしょう。

 ちょっとお願いがあるんだ」

 

「断る!

 どうせまたなんか嫌なことだろう。

 お、俺は忙しいんだ」

 

「忙しいって、一色の写真撮ってるだけじゃん」

 

「ち、違う。

 これはプロムの記録を 」

 

”ペコ”

 

「お願い、お願い、お願い、お願い・・・・・・お願い」

 

「な、なんだどうしたんだ。

 や、やめろって。

 ほら、みんな変な顔して見てるから。

 ちっ、わかった、わかったから。

 で、何をすればいいんだ?」

 

「あのさ、ネットで流してほしい。

 キャンドルやるぞって。

 今、稲村先輩が一人で準備してるんだ。

 だから中止じゃないって流して。

 それでみんな学校に来てって」

 

「・・・・・今からじゃ人来るかわからないぞ。

 まぁやるだけやるけどその代わり、一色の生写真5枚だ。

 それで手を打つ」

 

「清川!」

 

     ・

     ・

     ・

 

はぁ~、もうこんな時間か。

やっぱり俺には三ヶ木や比企谷と違って、こんなことは無理だったんだ。

広川先生や本牧・・・それに蒔田にまで迷惑かけちゃって。

悪かったなぁ。

 

”バシッ”

 

「い、いったぁー」

 

「何やってんですか稲村先輩。

 手が止まってますよ」

 

「ま、蒔田。

 ・・・いやなにをって、もうこんな時間だし。

 そ、それよりお前の方こそプロムは?

 なんで制服?

 ド、ドレスどうしたんだ、あの地味なやつ?」

 

「どうでもいいです!

 ほらさっさと準備しますよ」

 

「で、でも時間が 」

 

「いいからほら」

 

「あ、ああ」

 

     ・

     ・

     ・

 

「よいしょっと。

 稲村先輩、キャンドルの材料ここに置いておきますね。

 あとはっと」

 

”スタタタタ”

 

だめだ。

こんなの二人でやってても、どうしょうもない。

さっきから頑張ってくれてる蒔田には悪いが、もうこれぐらいで・・・

 

「すまない!

 雨やむの待ってたら、ついウトウトって。

 やばかったー」

 

「本牧!」

 

「遅くなって悪い。

 で、キャンドル並べていけばいいんだな。

 ほらさっさと置く位置、決めていってくれ」

 

「すまない、本牧」

 

”ガヤガヤ”

 

「おい、やっぱりやってるぜ」

 

「マジ?

 あ、本当だ。

 俺てっきり雨で中止かと思ってた」

 

「他のやつらにも伝えておいてやろうぜ」

 

”ゾロゾロ”

 

「稲村」

 

「あ、ああ。

 でもなんで?」

 

「チース。

 ネットでキャンドルやってるってやってたから来てみたけど、

 本当だったんだ。

 で、何すればいいんだ?」

 

「あ、ありがとう。

 あの、今から俺がキャンドル置く位置に印をつけていくので、

 そこに置いていって下さい」

 

「了解」

 

「あ、それとこっちにキャンドルの材料置いてあるんで 」

 

「わたしが作り方説明しますので、何人かこっち来てください」

 

「あ、蒔田さん!」

 

「舞ちゃんじゃん。

 俺こっちにするわ」

 

「あ、お前! お、俺も俺も」

 

「ズリィ!

 俺も舞ちゃんのほうにしようっと」

 

「あ、あのー、俺の方にも誰か・・・・・・来て」

 

     ・

     ・

     ・

 

「本牧、蒔田」

 

「ああ、準備完了だ稲村」

 

「稲村先輩、始めましょう」

 

「二人とも本当にありがとう」

 

”ペコ”

 

「みなさん、ご苦労さんでした。

 それじゃ、花火の合図とともに一斉にキャンドルへの点火お願いします」

 

「「おおっ」」 

 

「・・・蒔田、一緒に花火に火つけてくれないか?」

 

「え?

 ・・・あ、はい」

 

チャッカマンを持っている俺の手に重なる彼女の手。

すごく温かい。

・・・・・・そっか、そうだよな。

もうこれで終わらせよう。

そして俺は・・・・・・

 

「着火」

 

”ヒュルルルルル~~~、パーン”

 

「「おおー」」

 

「きれい」

 

「すげー」

 

打ち上げ花火の合図とともに一斉に点火された灯。

一本、一本のそれは小さくて弱そうだけど。

4万本もの灯はこの広いグラウンドを幻想的な情景で包み込んでいった。

三ヶ木、お前もどこかで見ていてくれてるのか。

これな、憶えてると思うけど林間学校の時のマーク、友情のマークだぞ。

お前言ってたよな。

いつまでもみんなとつながりを持っていたいって。

俺は・・・俺たちはずっといつまでもお前と一緒だぞ。

・・・三ヶ木。

 

「稲村先輩の想い、きっと三ヶ木先輩に届いてますよ」

 

「げっ、あ、あの蒔田さん、何か聞こえてました?」

 

「いいえ。

 でも稲村先輩の考えてることなんて、なんとなくわかりますよ。

 だって・・・・・・ずっと見つめてきたんですから」

 

「ま、蒔田」

 

「へへ、稲村先輩♡」

 

「・・・・・・蒔田」

 

「い、稲村先輩♡」

 

「こわっ!」

 

「はぁー!

 な、な、なんでですか!!」

 

 

 

 

ーーーー同じころ校舎の屋上でーーーー

 

 

 

 

”ブルブルブル”

 

「三ヶ木、大丈夫?

 ごめんね、屋上だったら誰もこないから大丈夫かと思ったんだけど。

 ね、やっぱりもう帰ろうか?」

 

「・・・・・・」

 

”ヒュルルルルル~ン、パーン”

 

「え、なに? 花火?

 あっ!

 ね、ね、三ヶ木、ほらグラウンド見てみて。

 ハートのマークの灯が。

 ・・・きれい」

 

「・・・・・・」

 

「本当にきれいだね」

 

「う、うううううう」

 

「三ヶ木、泣いてるの?」

 

「うううううう」

 

「・・・あ、そうだ。

 これ、この封筒さ、稲村君から預かってたの三ヶ木にって。

 ね、中、見てあげて」

 

”ぱさっ”

 

「・・・しゃ、写真?

 ・・・・・・!」

 

「三ヶ木?」

 

「う、ううう、ううううう、うわ~ん、うわ~ん」

 

「ど、どうしたの三ヶ木?

 もしかしてなんか嫌なことでも?

 い、稲村!

 ちょっと見せてその写真」

 

”サッ”

 

「え、これ前の生徒会の写真?」

 

「・・・り、林間学校の時の写真。

 みんなと一緒の、ううう」

 

「三ヶ木」

 

「・・・み、みんなに会いたい!

 会いたい、会いたい、会いたい!

 ううううううう」

 

「大丈夫、大丈夫だよ三ヶ木。

 きっとまたみんなに会えるようになる」 

 

「う、うん」

 

     ・

     ・

     ・

 

「ね、いろはちゃん、話があるの」

 

「わかってる藤沢ちゃん」

 

”カチッ”

 

「柄沢君、清川君、聞こえてる?」

 

「聞こえてるよ一色さん」

 

「こっちも」

 

「了解、では始めます」

 

「え、えっといろはちゃん?」

 

「え~、卒業生の皆さん、今日は本当におめでとうございます。

 あ、それとプロムを手伝ってくれたみんなもありがとう。

 本当は今の曲でプロム終わりだったんですけど、ここでサプライズです。

 柄沢君、清川君」

 

「「了解」」

 

”パチッ”

 

「げ、くらー」

 

「なんで照明を?」

 

「なんにも見えな~い」

 

”ガラガラ”

 

「お、おい、体育館の扉、なんで開けるんだ」

 

「さむ~」

 

「あ!」

 

「え? 

 あ、きれい」

 

「グラウンドでこんなことしてたんだ」

 

「みなさ~ん、一緒にキャンドル楽しみましょう!」

 

”ワイワイ、ガヤガヤ”

 

「ん、なんだ?」

 

「あ、稲村先輩あれ。

 ほら体育館のところ、ブロムの人達がゾロゾロと」

 

     ・

     ・

     ・

 

グラウンドに映し出された灯。

その灯で映し出される人の影、プロムの参加者も否定派もみんなが

その灯を見ていた。

 

「遠く 私は 今 旅立ちます♬ 

 まぶた~ ♬」

 

ふと、どこからか小さな歌声が聞こえてきた。

この歌、どっかで聞いたことがある。

なんだったけ、曲名は忘れてしまったけど、いい歌だったから歌詞は憶えてる。

 

「命の美しさ」

 

「そして儚さと」

 

「人々のやさしさ」

 

「ありがとう」

 

その歌声はやがて広く広がり、いつの間にかグラウンド全体に大きく

響き渡っていた。

きっとその歌声には去り行くもの、送り出すもの、みんなの想いが

込められているに違いない。

俺の脳裏にもあの楽しかった、苦しかった生徒会の想い出が蘇って。

そしてそこにはいつも彼女がいて。

笑った顔、怒った顔・・・そして泣き顔。

俺は、俺は 

 

「「 涙輝く あの日々を忘れない♬ 」」

 

「う、ううう」

 

「稲村先輩?」

 

「あ、す、すまない。

 ちょっとな」

 

「はいハンカチ、使ってください」

 

「ありがとう。

 ・・・・・・蒔田」

 

「はい?

 なんですか?」

 

「あ、い、いやなんでもない」

 

「「さよなら、みんな

  大切なDiary♬」」

 

「「先輩、ご卒業おめでとうございます」」

 

「「ありがとう」」

 

「「また会おうね」」

 

グラウンドで繰り広げられる卒業生同士の握手、先輩と後輩達の抱擁

あれは体育会系か?

胴上げまで始まりやがった。

 

「稲村先輩」

 

「あ、ああ。

 やってよかった。

 本当にありがとうな」

 

「な、何言ってるんですか。

 わ、わ、わたしは・・・自分のやりたいことをやっただけです」

 

「蒔田」

 

「稲村先輩♡」

 

「・・・パクリだな」

 

「へっ、な、なんですかもう!」

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「なぁ、蒔田、お前プロムの方の片付けいいのか?」

 

「へへへ、あの~、なんか一色めっちゃ怒ってるみたいで。

 だから今は一時避難です」

 

「あ、昨日のことでな。

 すまない、結局お前プロムに戻らなかったもんな。

 担当とかあったんだろ、大丈夫だったのか?」

 

「ま、まぁ、それは・・・・・・

 そんなことより、ちゃっちゃっと片付けちゃいましょう」

 

「ああ。

 ・・・・・・なぁ」

 

「はい?」

 

「・・・少しだけ時間貰えないか?」

 

「時間?」

 

「俺、ちゃんと卒業するから」

 

「げっ! 稲村先輩留年したんですか!

 ま、まぁ、蒔田的には同級生になれてうれしいですけど」

 

「ち、ちがう!

 ちゃんと昨日卒業したから」

 

「蒔田ー!」

 

「げ、一色!

 みつかったー!

 す、すみません、ちょっと一色の機嫌とってきます。

 あ、すぐに戻ってきますからね」

 

「あ、ああ」

 

”スタスタ、スタ”

 

「・・・・・・稲村先輩!」

 

「ん?」

 

「わたしはどこにもいきませんから。

 ちゃんと稲村先輩のこと待ってますから」

 

「蒔田」

 

「蒔田ー!」

 

「い、今行く!」

 

”ダー”

 

ふぅ~

溜息とともに見上げた空は雲一つない晴天だった。

昨日の雨がまるで嘘のように。

この青空のように、俺はいつか何も曇りのない心で

彼女に向かい会えるのだろうか。

 

「蒔田!」

 

「ごめんっていってるじゃん一色」

 

さてっと片付けるか。

 

「あー、やっぱり学校に来てたんだ」

 

「え、あ、相模さん」

 

「よかった。

 学校にいなかったらどうしようかと思った。

 ほら、うち稲村君のアド知らないから」

 

「えっと相模さん、何か用?」

 

「あ、うん。

 はい、これ」

 

「え、これってもしかしてラブレター」

 

「はぁー、マジキモいんだけど」

 

「・・・・・・」

 

「って冗談。

 あのねこれ三ヶ木から稲村君に渡してって」

 

「三ヶ木から?」

 

「昨日、ごめんね。

 朝、いろいろ嫌なこと言って」

 

「あ、いや、なにも気にしてない。

 相模さんも三ヶ木のこと心配して言ってくれたんだし」

 

「そう、よかった。

 それと昨日はご苦労様でした。

 ちゃんと三ヶ木見てたから。

 稲村君の想い、三ヶ木に届いたと思う」

 

「あ、ありがとう」

 

「うん、じゃあね」

 

”スタスタスタ”

 

そっか三ヶ木来てくれてたんだ。

キャンドル、見てくれたんだ。

・・・よかった。

そうだ手紙。

 

”ぱさっ”

 

『ありがと、稲村君。

 また会いたい・・・・・・みんなと』

 

・・・三ヶ木。

・・・・・・そっか。

そうだな三ヶ木。

きっとまた会おうな・・・・・・みんなで。




最後までありがとうございました。

やっと番外編1話。
本編の見直しもまだまだですが、また追加できればと。
ただ最近、月に1話が限界。
いきおいで別の連載もやってしまって不定期となりますが、
また次話でお会い出来たらありがたいです。

ではでは。

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