モッピー極限ボッチ化 作:飛沫仏子
――惨めな人生だった。
はっきり言ってしまおう。私は誰からも嫌われていた。同年代の子供たちに、近所の大人たちに。勿論のこと、家族にもだ。
別に恵まれない家族の下に産まれたわけじゃない。父は厳格で厳しくも曲がらぬ誠実さを秘めた人であったし、母も柔らかく慈愛に満ち微笑みが絶えない人だった。唯一、姉に関してはよく分からなかった。殆ど会話をしたことがないのだ。ただ一言言えることがあるとすれば、私の環境はとても恵まれていたのだと思う。
だと言うのに、嫌われたのだ。誰が悪いかと言えば、誰も悪くはない。強いて言うのであれば、何もかも私が悪かったのだ。
目を閉じれば浮かび上がる。ただの一度も賞賛されず、空虚な栄光しか手に入らなかった私の半生が。
私の家は大きな神社であり、かつ剣道の指南をしていた。剣道道具一式は勿論のこと、大きな剣道場まで私有地として持っていたと言うのだから凄まじい。そんなこともあって、私は物心付いた頃から竹刀をその手にしていた。
切っ掛けが何であったのかは既に覚えていない。もしかしたら決定的な何かがあったのかもしれないし、些細なことなのかもしれない。場の流れで何となく、と言うこともありえる。
そんな朧気な中でも、しかし私が剣を振り始めたと言うのは決定的な瞬間だった。剣を振り始めたこの瞬間にこそ、“私”と言う存在は真の意味で生まれ落ちたのだ。
それから私は剣を振った。只管に振り続けた。
朝起きて剣を振り、外に出て剣を振り、家に帰って剣を振った。
寝ぼけ目で朧気な意識の中でも、疲労が溜まり手足の感覚が薄れても、病や熱にうなされても剣を振った。
台風迫る豪雨の日も、日の光が照りつける猛暑の日も、極寒にほど近い氷点下の日も剣を振った。
何日、何週間、何ヶ月、何年と休むことなく剣を振り続けた。
努力する姿を、父は、母は快く思ったのだろうか。多分恐らくは思っていた筈だ。最初こそ、父も、母も、姉でさえ努力する私を褒めていた。霞む幼い記憶の中に、ぼんやりと残っている。そんな気がする。
だが、それ以上に関わり合いにならなかった記憶の方が、私の中に強くこびり付いているのだ。もしかすると、褒められた記憶も所詮は私の願望が生み出した紛い物かもしれない。
どれだけ努力を重ねても、父は顔を
誰も振り向いてくれない。それを、当時の幼い私はまだ努力が足りないのだと思った。だから、より一層気を振り絞って剣を振った。
両親は、私と関わることにより消極的になった。
幼い私は考える。どうして私に構ってくれないのか。
幾ら努力しても振り向いてはくれない。ならば原因は別にある。
そして私は剣道の大会があることを知った。小学生低学年の頃である。
幼い私は閃いた。幾ら努力をしても振り向いてくれなかった。確かに私の努力が足りなかったのもあるかもしれない。けれどそれ以上に、如何に努力したかを示すことが全く出来ていなかった。
つまり大会で優勝すれば良いのだ。そうすれば私の努力が示される。両親は私を見てくれる。そうに違いないと、私は思っていた。
そうして私は公式大会に顔を出すことに相成った。初めて出た大会は市区町村で開かれているもので、それなりの子供たちが顔を見せていた。
私は優勝した。手応えの程は全く持って覚えていないが、その事実が程度のほどを表していると思って良い。
だが、私の両親の反応は変わらなかった。
依然として父は顔を顰め、母はぎこちなく笑う。思い描いていたものとは真逆の反応、揺るがない現実がそこにはあった。
幼い私は精一杯考える。どうしてそのような顔をするのか。喜んでくれないのか。
己が答えに至るのは簡単だった。栄光が、名誉が足りない。大会優勝と言えど、所詮は大きくないものだ。
後は想像に難くない。ならばより大きな大会で優勝すれば良い。たったそれだけのことだ。
そうして県大会に出場することになる。前回の大会とは違い、周りの子供たちの意気込みが違って見えた。緊張と興奮が渦巻いているようだった。
私は優勝した。事実こそ覚えているが、この大会も苦戦した記憶は全くない。
だがしかし、依然として両親の反応は変わらなかった。今思えば、寧ろ悪化したような気さえした。
幼く愚かな私は考える。まだ足りないのだと。県程度の大会で満足げに駆け寄った私を、両親とも快く思っていないのだと。
ならば後は転がり落ちるだけだ。地方大会で優勝し、全国大会でも優勝する。そうすれば、ようやく私は認められる。構ってもらえる。
決意を新たにして暫く。家族に亀裂が走った。
後から知ったのだが、どうやら姉が色々やらかしていたようだったのだ。重要人物保護プログラムなるもので、以降私は幾度も氏名を変え、各地を転々とさせられた――無論、単身で。早い話が、私達家族は散り散りになったのだ。
しかし当時の幼い私は、そんなこと理解出来なかった。父、母共に
捨てられた。その結論に至るのに、時間は掛からなかった。
私は両親の期待に答えられなかった。だから、こうなって当然だった。私は大間抜けだ。初めて預けられた養護施設で新たな“姓と名”を押し付けられたとき、そう思わずにはいられなかった。
今までの私は消え去った。ただ両親の期待を果たす為、剣にのみ寄り添い、剣にのみ生きた私だ。誰も私のことなど覚えている筈もなく、今までの私はたった一体の亡霊と成り果てた。
なればこそ、私はこの時、新しく生まれ変わったとも言える。周りで遊んでいる子達が、ちょっぴり――いや、とてもとても羨ましく思えていた。だから私も、周りの子達と一緒に遊んで暮らしていけばよかった。
けれども、私はそれをしなかった。否、しなかったのではなく、出来なかった。
どうやって接すればいいのか分からなかった。どうやって輪に入って行けばいいのか分からなかった。私は剣しか知らなかった。
いや、そうじゃない。私には剣がある。私は剣を知っている。
ならばやることは一つしかない。大会。全国大会で優勝するのだ。名誉を、栄光を掴み取るのだ。そうすれば皆私を認めてくれる。私も輪の中に入って行ける。
そうして、私は新たな人生を再び剣と共に生きた。まるで亡霊の執念に取り憑かれるが如く。剣を振り、剣を振って、剣を振る。只管にその繰り返し。亡霊が目指した空虚な光を求め、我武者羅に足掻き続けた。
私は全国大会で優勝していた。誰も近寄らない。
私は都度全国大会で優勝した。けれど誰も近寄らない。
気付けば同じことを五度繰り返していた。私は五年の歳月を経て、五回頂に上り詰めた。学校が、先生達が、私を形式的に祝福してくれた。
それでも私は一人だった。学校の朝会で褒められても、私に直接言葉を掛けてくれる人など遂にいなかった。
もう私には何が何だか分からなくなってしまっていた。名誉を、栄光を手にし、誉れ高き頂に座して尚孤独。それでも私には剣を振ることしか出来ない。それしか知らない。
五度目の優勝を果たし、そんな中で剣を振る某日のこと。偶然、本当に偶然に、私は後輩であろう二人の会話を聞いてしまった。
「――けど、先輩ってなんだか不気味って言うか……怖い、よね……?」
「それ、分かるかもしれない……全国で優勝してるのに、にこりとも笑わないんだもん……」
「――――――」
「――――――」
私は後頭部を思いっきり殴られたような、強い衝撃を覚えた。
恐れられていた。怖がられていた。私が見た栄光の果てには、尊敬もなく、友愛もなく。ただの恐怖しかなかった。
そうして私は全てを悟った。父の顰め面の意味も、母のぎこちない破顔の意味も。周りの子達が、私に近寄らない意味も。
私は気持ち悪がられていた。嫌われていた。何故なら、私は化物だから。化物に成り果ててしまったから。
そして気付いた頃にはもう遅かった。亡霊に取り憑かれた化物など、救いようがない。化物が人間の輪に入れる道理などない。
栄光の道と信じたそれは、化物への片道切符。頂の椅子は一人掛けで、周りに人などいる筈もなく。
私は底無しの暗闇に沈んで行った。とても苦しい。言いようのない寂しさが私を襲う。
それでも亡霊は許してくれない。失意の底に落ち尚剣を振る。周りはそんな私を恐がり、気味悪がり、そして距離を取る。良くも悪くも現状は変わらない。
どれだけ苦しくても。どれだけ寂しくても。私は何も分からない。剣を振ることしか分からない。
――世界は私を拒んだ
そんな折のことだった。呆然自失のままに剣を振る私は、進路決定を切っ掛けに更なる輝きを知る。
IS、インフィニット・ストラトスの存在だ。
姉が創り出したというパワードスーツ。そして表面上において、家族の溝に止めを刺した代物。
重要人物保護プログラムとやらの一貫で、私はそれを専門に扱うIS学園への進学を強制されていた。細かい理由は正直知らないし、あまり知る気にもならない。そんなことなど気にも止まらぬ事実がそこにはあったのだ。
千冬さん、織斑千冬。モンドグロッソ初代優勝者、通名はブリュンヒルデ。そして私にとっては、最初で最後の目標となった人物。
千冬さんの人気は凄まじい。ISを用いた決闘において、彼女の右に出る者が一人としていなかったのだ。空を駆る姿は豪快に見えて繊細、剣一つで敵を蹴散らす様は百戦錬磨の体現。まるで化物――そう、彼女は化物だ。私と同じ、化物だった。
だと言うのに、まるで稀代の英傑が如き喝采を受けている。私なんかとは大違いの、絶対的な人気だ。それだけISの大会は大きいのだ。それだけその大会で優勝することは、筆舌に尽くし難いほどに名誉なことなのだ。映えあるなんて言葉すら陳腐なくらい、栄光あるものなのだ。
私には、もうISしかない。身に有り余る栄誉だけが、私を救ってくれる。それさえあれば、私は孤独にならずに済む。そうだ、私には、それしかなかった。
――だから私は剣と生きていく
栄誉なき半生は閉じた瞳の中に、栄誉への決意は心の中に。モンドグロッソ優勝を己に言い聞かせ、ゆっくりと目を開けた。
私は今、IS学園にいる。
初めての教室集合、出来上がって行く人間関係。周りの女子達は新たな出会いに微笑み合い、とても楽しそうに会話を弾ませていた。
当然のことだが、私に話し掛ける酔狂な者はいない。何故なら私は化物だ。人のカタチをした化物なんぞが、人間ごっこをするなど普通は許されない。私はそれを知っている。
教室の扉が開き、一人の女性教師が入ってくる。嘗ての憧れにして今や同類、初代ブリュンヒルデこと織斑千冬その人だ。男子生徒と幾ばくかの寸劇を繰り広げ、教室は笑いに包まれた。
けれどその輪の中に私は含まれない。化物の私には、まだその資格がなかったから。
「一組諸君、私が織斑千冬だ」
だから私は普通じゃなくならなければならない。溢れんばかりの栄光を、その手にしなければならない。
「素人であるお前たちを一端の乗り手にするのが私の仕事だ。進級までに私の教えた事を漏れなく習得してみせろ」
さもなくば、私は孤独のまま。孤独は嫌だ。このままは嫌だ。
「無理難題は何一つ言わん。だから出来ることを出来るようにしろ」
けれど、希望があるなら我慢出来る。だからこれは、ほんの少しの我慢の時間なんだ。
「以上だ」
結局今まで通り。やることは何一つ変わらない。
それでも決定的に違うことが一つある。いわば成功者、千冬さんの存在。それは今までのどんなものより明らかな
「次、篠ノ之」
「はい」
溺れる程の名誉が欲しい。気が狂う程の栄光が欲しい。
例えそれが仮初だろうと泡沫だろうと、ましてや偽物だろうと一向に構わない。
「篠ノ之箒、特技は剣術。将来モンドグロッソで優勝する為にここへ来た。織斑講師の様に私はなりたい」
それが私を救ってくれる。そうでなければ、私はいつ救われるのだろうか。
「以上だ」
皆の視線は、私になど向いてはいなかった。