「ええ!?僕も相席するの!?」
「いいから付き合いなさいよ!それともアンタは可愛い彼女のお願いも聞けない、甲斐性無しっていうつもり!?」
「うぐっ・・・」
腐れ縁とか、悪友とか、悪い関係と言えなくもないが、傍から聞いてとても「男女の仲」と言える関係性ではなかった棚町 薫と橘 純一。
紆余曲折あったものの、互いに気持ちを伝え合う事により、恋人関係を結んでいた。
恋人同士となった彼らの最初の試練。棚町 薫の、新たな父親となる者との食事会である。
*
彼女は幼少時、父親を亡くしている。兄弟もおらず、女手一つで彼女を育ててくれた母親。
その母に負担は掛けまいと彼女は、家事手伝いの他、多くのアルバイトをこなし、弱音も吐かずに二人でコツコツとやってきた。
そんなある日、突如出てきた母親の再婚話。
彼女は酷く困惑した。
その時彼女は、亡き父親の存在を否定されているように感じられた。
父親の事が大好きだった彼女にとっては尚の事であった。
重ねて、母親へ負担を掛けない様にと努力を積んできた彼女にとってのそれは、彼女の頑張りが不十分だと、そう暗に伝えられているような錯覚に陥らせた。
「二人でずっとやってきたじゃない・・・」
「新しい父親なんていらない!」
親友の田中 恵子にも、それこそ腐れ縁と言わしめる程の純一にも、そんな弱い姿を見せた事がなかった。見せたくなかったし、見せられなかった。
母親に負担を掛けない為にも、彼女は強くあらねばならなかったから。
その反動からか、母親から裏切られた様に感じていた彼女は、酷く弱っていた。
そんな時、傍に居たのは、純一であった。
「泣く事は、弱さじゃないよ」
欲しい時に欲しい言葉をくれ、口にせずとも想いを理解してくれる彼に、彼女は友人としての想い以上に、異性としての好意を寄せるようになっていた。
素直にその感情を「好意」と認められず、色々と振り回してしまう事もあったが、彼はいつも付き合ってくれた。
そして彼への好意を明確に認識したとき、彼女は初めて気付く。
ああ、お母さんも、同じなんだ、と。
お母さんにも、好きな人が出来ただけなんだ、と。
亡き父親を忘れた訳ではなく、二人の生活が苦しくなった訳でもなく。
ただ一人の女性として、恋に落ちただけなのだ。
「お母さんと、ちゃんと話し合いなよ」
彼に優しく背中を押してもらい、彼女は母親と再び話し合いをする。
そうして、親子二人は和解をするに至るのであった。
…あったのだが……
「それとこれとは話が別よ!」
「そんな事言われても・・・」
新しい父親とのお食事会は明日の昼。
元旦を目前に控えた冬休み、彼らの気が休まることはなかった。
*
「それで来てくれるの!?相席してくれるの!?どっち!」
「それどっちも同じじゃないか!…仕方ないなぁ」
「ホントに!?来てくれるの?」
単純に気まずいという事もあるが、それ以上に不安だった。
お母さんが選んだ相手とはいえ、どんな男が来るのか、どう接すれば良いのか、
「お父さん」と呼ばないといけないのか。
少なくとも、今までの二人の生活が大きく変化する事に間違いはなかった。
「でも…ホント迷惑だったら、無理して来なくても…」
「いくよ」
即答だ。薫が不安を抱えている事は目に見えていた。
口では「仕方ない」なんて憎まれ口を叩きながらも、始めから断るつもりは無かった。
「全く、そんな顔でお願いされたら、断るに断れないじゃないか」
「え…そんな顔、してた?」
「バカ、何年一緒にいると思ってるんだよ」
「…ん、そだね」
純一が傍に居てくれる。自分の気持を分かってくれている。それだけで、こうも安心出来るものなのか。
先程まで抱えていた不安は、どこか遠くへ行ってしまったようだ。
「てんきゅね、純一」
「…気にするなって」
それにしても、薫を女性として意識するようになってから、本当に魅力的な表情を見せる様になったものだ。
「調子狂うよ、本当に…」
先程の心からの笑顔が鮮明に脳裏に焼き付き、顔に熱が篭るのを感じずにはいられなかった。
*
そして次の日、新しい父親との昼食会当日。
輝日東高校は既に冬休みに入っているのだが、薫と純一は高校の制服を身にまとっていた。
場所は薫のバイト先。ここで、件の会までの時間を過ごそうという腹積もりの二人である。
「どうしよう純一!何喋ればいいんだろう!?」
「落ち着け薫!とりあえず深呼吸だ!はいひっひっふー、ひっひっふー!」
「わ、分かった!ひっひっふ~…ひっひっふ~…って何やらせんのよ!」
ズビシッ!と薫の手刀が純一の側頭部をしばいた。二人の心内は、緊張感に占められていた。
純一が傍に居てくれるという想いから、不安な気持は大きく取り除かれはしたものの、気まずさや緊張までは霧散されなかった。
「全く、頼りにならないんだから~」
「無茶言うな!僕だって緊張してるんだから!」
「うそうそ、ジョーダンよ冗談。本当に感謝してるんだから」
「ホントかな…じゃあ感謝の気持を体で示してみろよ」
「いいわよ。美味し~い暖か~い珈琲を注いであ・げ・る♪」
「バイトの延長じゃないか!」
「あははっ」
ケタケタと楽しそうに笑っている薫を見て、昨日程の不安は無い様で安心した。
とはいえ自分も気を抜いてはいられないと、目前に控える昼食会に向けて一人、静かに気を引き締めるのであった。
*
時間潰しもそこそこに、薫と純一は昼食会会場へと向かっていた。会場といっても、薫の自宅なのだが。
先のバイト先での時間潰しが功を奏したか、薫と純一は程よい緊張感の中、しかしおおよそ普段通りの心持で歩を進めていた。
薫の家も目前というところで、何と無しに、
「そういえば薫、今日僕が来る事は、おばさんには伝えてあるんだよな?」
「……」
「おい…何か言ったらどうなんだ…?」
「…純一、頼りにしてるわよ!アンタならいけるわ!」
「お前ってやつは…」
どうやら、本日の会に自分が参加することを、おばさんに伝え忘れていたらしい。緊張していたとはいえ、そこまで忘れるだろうか…。
だがもうここまで来てしまえば、開き直りもする訳で。
「しかしおばさんに会うのも久しぶりだな」
「そうねぇ、丁度2年ぶりくらいじゃない?」
「そっか、あの日以来か…」
*
2年前の12月24日。橘純一は、クラスメイトの蒔原 美佳と待ち合わせをしていた。
待ち合わせの場所は丘の上公園。純一はそこで、蒔原美佳へ告白をしようという決意を胸に秘めていた。
しかし待人が来る事はなかった。
告白の言葉と、想いを乗せたクリスマスプレゼントは相手に渡る事無く、傍らのごみ箱の腹をほんの少し満たすだけで役目を終えた。
惨めな気持に苛まれながら純一は独り、トボトボと自転車を押しながら、丘の上公園を後にした。
帰宅途中、不意に後頭部を何者かにはたかれた。
「なーにしてんの」
「…薫」
「なんでこんな所に居るの?」
相変わらず能天気な薫だが、この時ばかりは薫を相手にする元気など、一欠片も残されてはいなかった。
「もしかして…誰かにすっぽかされちゃった?!」
「…違うよ」
何も違わなかった。これが親友の梅原 正吉であったなら、愚痴の一つや二つ零していたかもしれない。
だがこれでも薫は女の子。恰好悪い姿は見せたくないと、なけなしのプライドが、咄嗟に否定の言葉を吐いていた。
少しの間があった後、
「……ねぇ、送ってよ」
「え?」
そう言うと同時に、そういえば薫こそどうしてここに?と視線で問うた。
「クリスマスケーキを取りに行く所なんだ~」
そのまま薫は続ける。
「ウチはね、毎年お母さんと二人でクリスマスパーティやることになっててさぁ」
そういう薫の表情はとても明るく、「あっ」と良いことを思いついたようで、
「そうだ、良かったらウチに来ない?ケーキ、二人じゃ食べきれないから、残ったら食べさせてあげてもいいわよ~?」
「えぇ…」
悪戯っぽく薫はウインクを飛ばしてくる。しかし今は、すぐにでも自宅に帰り、押入れにでも引き篭りたい気分だった。
クリスマスイブに好きな女の子に約束をすっぽかされる。純情な少年の心に致命傷を与えるには、十分の出来事であった。
薫との邂逅で意識が逸れていたが、先の出来事に再度胸を締め付けられ、暗い気持に落ちかけていたその時、
「いいからケーキ屋さんまでは送ってよ!来るか来ないかは、その間に決めればいいでしょ?ほら、レッツゴー♪」
無遠慮な薫の声に意識を引かれる。薫は既に自転車の荷台に座っており、サドルをペシペシ叩いている。
「むぅ…」
人の気も知らないで、と文句の一つでも言おうと薫へ向き直ったが、薫の表情を見たその時、思わず口を噤んでしまった。
薫はほんの少し眉を顰め、口は柔らかに微笑んでおり、瞳は慈愛に満ち溢れていた。
その表情はまるで、泣きじゃくる弟を優しく守るような、口では「やれやれ」と言いながら、慈しむように抱擁する姉のような、そんな表情だった。
目が合うと、薫はいつもの勝気な表情でニッと笑い、
「ほら、いくよ」
「…わかったよ」
薫の表情を見て妙に気恥ずかしくなり、素直に従ってしまった。
何とも言えない面映ゆさを感じながら、先程までの落ちていた気持がずいぶんと軽くなっている事に、自身で気付いてはいなかった。
ケーキ屋までの移動中、薫はそれ以上、何も聞いてこなかった。
*
お互い無言のまま、駅前のケーキ屋さんまで辿り着く。
「ちょーっと待っててね、ケーキすぐ取ってくるから」
自転車の荷台から、ぴょんと薫が降りる。
「買うケーキはもう決まってるのか?」
「当然!クリスマスシーズンのケーキを予約しないなんてナンセンスよ!」
薫は右人差し指をピッと立てて、大仰に語る。
「店側もそりゃあ沢山用意するだろうけどさ、それでも残り物って嫌じゃない?先手を打っておくのが、良い物を手に入れるための鉄則ね!」
そのまま右手でグッとサムズアップする。本当に薫はそういった動きが良く似合う。
「へぇ、準備がいいんだな」
「年に1度のイベントだからね、後悔したくないじゃない?」
「後悔、ね…」
後悔しない為に、少ない勇気を振り絞っての告白を決意した。だがそれは、「そんな事しなければよかった」という後悔を残す結果となった。
本日何度目になるか分からない気落ち苛まれそうになった時、
「ほら、来るんでしょ?」
先程までの溌剌な態度とは打って変わり、薫は優しく諭す様な口調で語り掛けてきた。
「…うん、行くよ」
「よし、次はあたしの家にレッツゴー♪」
「調子の良いやつだな」
薫の、直接的には言って来ないその気遣いに、心はみるみる軽くなっていた。
恰好悪いところを見せない為に真実を隠し、しかし落ち込んでいる事を見透かされ、気遣われ励まされ、あまつさえクリスマスパーティに参加させて貰うという始末。
調子の良いやつは、他ならない自分自身であった。