電が見た景色   作:ふらみか

3 / 3


 しばらく空母ヲ級さんに撫でられていると、入口のドアからこんこんという音が聞こえてきました。来客でしょうか?

「a――、帰ってるー?」

「来たわね」

「?」

「念のために言っておくけれど、驚かないでね? はーい! 今開けるわー! ちょっとここで待ってて」

 ヲ級さんはそういうと、声の元へと行きました。

「待ってたわ、o――」

 ドアを開けました。誰が来たのでしょうか。電のところからでは、机やヲ級さんでよく見えません。

「ほら、今日の夕飯持ってきてやったわ。待つくらいなら、自分で作れるように練習すればいいのに。料理位なら教えられるわよ?」

「あ、ううん、違うの。待ってたのはo――の方よ、夕飯じゃなくって。あ、夕飯も楽しみにしてたのよ? いつもo――の作るご飯は美味しいから」

「褒めても何も出ないわよ?」

 どちら様でしょうか。ヲ級さんと、なかなかに親しそうです。

「それより、あたしを待ってたって何? なんか用事でもあった?」

「そうそう。ちょっとこっちに来てくれるかしら?」

「はいはい。お邪魔しまーす」

 ヲ級さんたちがこちらにきます。訪れた方の足元が、電に近付いて……。

 ……電は知っているのです。深海棲艦の中で、黒い長ズボンを穿いているのが、一体どの種類の深海棲艦なのかを。よく見てきたのです。あまりいい思い出はありません……。

 電は、なるべく気付かれないように、視線を下げました。

 どうか、電だと気付きませんように。

 電の目の前で、彼女が止まりました。

「ちょ、ちょっと……。コメントに困るんだけど」

「そうよねぇ。でも事実なのよ。受け入れるしかないわ」

 電もコメントに困るのです。

「……色々聞きたいんだけど、いい?」

「ええ。なんでも聞いて。分かる範囲で答えるわ」

「まず、相手は?」

「んん? 相手って?」

「とぼけないでよ。このあたしを差し置いて、a――を誑かした輩はどこの誰?」

「ちょっとちょっと、何の話?」

「いや、だから。子供、生まれたんでしょ? その相手は誰かって聞いてるのよ」

「え? こ、子供?」

 それって、もしかしなくても、電の事でしょうか。さすがにこの大きさの子供って無理があるような……。ヲ級さんも、なんとなく若そうですし。

「この子よ、この子。a――の子なんでしょう? 誰が父親なの?」

「ちっ、違うわよっ! 私の年齢とこの子の大きさを良く見なさい!」

「え? あ、ああ、まぁそうだよね、うん。だと思ってた。冗談よ、冗談。本気にしないでよ」

 ……電の知ってる戦艦ル級から、だいぶ離れている雰囲気を感じます。もしかしたら、別の深海棲艦さんなのでしょうか。でも、黒い服を着ているのは戦艦ル級ですし……。

「じゃあ、この子は?」

「この子は、……えっと、落ちついて聞いてね?」

「何よ」

「この子は、艦娘。迷い込んできちゃったみたいなの」

 ああ、ヲ級さんが、ついに言ってしまいました。

「…………………………はぁ?」

「だから、この子は迷い込んでここに来ちゃった艦娘。ほら」

 ヲ級さんが私の被っている“アレ”を軽く持ちあげました。ううう、電の顔が丸見えです。そして、間違いなく彼女は戦艦ル級なのです……。

「……冗談でしょ?」

「冗談じゃないわよ?」

「……ちょっと、ちびっこいの」

「ひぃっ!」

 戦艦ル級が、語気を強めながら電を覗きこんできました。ル級の顔をこんなに近くに見るのは初めてです。電はすぐ目を逸らしました。が、戦艦ル級は両手を使って、無理やり電に正面を向かせました。首が、首が……!

「確かに、うちらとは違うわね……本当に艦娘なの?」

「ひゃ、は、はい、なのれ、す……」

「生きてるの? 本物?」

「で、です」

「どれどれ……」

 今度は、電の両方のほっぺたをつねって引っ張り始めました。

「や、やへへふははい! ひはいほへふ!!」

「暖かいし、柔いし、それでいてこの弾力……ふむふむ。生きてるのね、ちびっこいの」

「はほへふ!」

「あははっ、面白いわね。ほれほれー」

「ちょっと、もう止めてあげて。辛そうよ」

「あ、ごめんごめん」

 やっと解放されました。ほっぺがじんじんします……。やっぱりこの方は戦艦ル級です。電は確信しました。

 

 

 

 

 

 戦艦ル級は、電のほっぺたから手を離した後、空母ヲ級さんの方を向いて、

「a――。これの報告は?」

 と、少し不穏な単語を呟きました。声音も、どこか真剣な空気が感じられます。

 それに対して、ヲ級さんの答えは、

「……てへっ?」

 だけでした。あの……ちょっと、可愛いです。

「はぁ……だと思った。a――、なんかそういうとこ抜けちゃってるもんねぇ。あたしがしとく?」

「それは、その……ここだけの秘密にしてもらえないかしら?」

「報告したら、a――もeliteに昇格できるかもよ? もしかしたら、flagshipになれるかもだし。いいの?」

「私はそういうの、興味ないから」

「まぁ、あたしもそうなんだけどね」

 不穏な空気を出したかと思えば……二人ともどこかのんきですね。電はさっきからドキドキが止まらないのです。もちろん、危機感的な意味なのです。

「あ、あの」

「ん?」

 先程から生きた心地がしなかったので、この際、聞いておこうと思いました。

「あなたは、こ、攻撃、しないのですか?」

 電がそう聞くと、戦艦ル級は止まりました。それこそ、時間が止まったかのように。

 たっぷりと間を置いてから、彼女は、

「……………………ぷっ、あっははははははは!」

 大声を出して、笑い始めました。

「えっ、あっ、あのっ、電、何かおかしいこと言いましたか?」

「あー、ごめんごめん。でも、だってさ。良く見なよ、ちびっこ。あたし、武器とか持ってるように見える?」

 よく見ると、彼女は武装していませんでした。ごつごつした兵器が無いと、かっこいい女性にしか見えませんね。くーるびゅーてぃーっていうのですっけ?

「あたしらはね、他の連中より攻撃意識が低いのよ。だからか分かんないけど、中央から追い出されちゃったのよねー」

 攻撃意識が低い……確かに、この戦艦ル級に危険な空気はありません。

「どうしてなのです?」

「うーん、何でだろ? ちょっと考えたことないわ」

「きっと、私達は生まれなかったからじゃないかしら?」

「ああ、なるほど」

 生まれ、なかった?

「んんん???」

「ちびっこいのは考えなくていいことよ」

「なのです?」

「なのですなのです」

 ル級さんは電の真似をしながら頷きました。似てないのです。

「で、ちびっこの後ろに見えてるのは、何?」

 それから、ル級さんは、電の後ろで倒れているリ級さんを指差して聞きました。もちろん、毛布が被せられているので、リ級さんの姿はシルエットでしかわかりません。

「落ちてきちゃったのよ、ここに。ほら、上見て」

「ん? うわー……a――もついてないわねー」

 そういって彼女は、電をよけ、毛布のところに行きました。電が横から見ている中、ル級さんは毛布を少しだけめくって、何かを呟いてから、また毛布を戻します。

「後で埋めるの手伝ってくれる?」

「りょーかい」

 すごいです。動じてません。大人だから、でしょうか。

「あたしを待ってたってのは、そういうことだったのね」

「あ、それもなんだけど、ちょっと頼まれて欲しいことがあるのよ」

「頼まれて欲しいこと? 何よ、改まって」

「あなた、flagshipの証、持ってたわよね?」

「ああ、あれね。持ってるっていうか、ちょびーっと借りてるだけよ? ちゃんと返すつもりだから」

 これは絶対返す気がありませんね。

「別に言ったりしないわ。じゃなくて、それでこの子に『アレ』してくれないかしら?」

 アレ? アレって、なんなのでしょうか?

「なんだそんなこと。いいわよ」

 だから、アレって何なのです?

「本当? ありがとう、o――。うふふ、良かったわね。これで帰れるわよ」

 アレって一体何なのです! 何がなにやらですが、どうやら電は帰れるようです。不安なところもありますが、とりあえずは一安心……なのでしょうか。

 

 

 

 

 

 ル級さんは必要な物を取りに、自分のお家に戻りました。彼女が戻ってくるまで、ヲ級さんはリ級さんを、被せていた毛布で包み始めます。電も少しだけ手伝いました。

 包み終え、電は、毛布で包まれたリ級さんに手を合わせます。それから少しして、手にスコップの様な道具を持ってル級さんが戻ってきました。

「さっさと済ませましょ」

 道具をヲ級さんに渡し、ル級さんはリ級さんを持ち上げます。お姫様だっこ、というのでしょう。電も憧れますが、ここはリ級さんに譲っておきます。

 埋める場所は街の外れのはずれにあるということで、電はヲ級さんと手を繋いで歩くことになりました。ル級さんは電たちより少し前を歩きます。

 ヲ級さんの家に来る時に歩いた道は歩きませんでした。家のすぐ裏手から、どんどんと暗闇の方へ向かって行きます。

 目的地に、明かりは全くありませんでした。あの青白い街灯も、ここにはありません。ヲ級さんの杖が無ければ、真っ暗で何も見えないような場所です。照らされた周りには、少し大きめの石が点々転がっているだけで、何もありません。

「この石、規則正しく並んでいるように見えるのですが、自然にできたものなのでしょうか?」

 だとしたら不思議な光景です、と言おうとすると、前を歩くル級さんが電の問いに答えました。

「これはお墓よ、お墓」

 お墓。電でも知っています。もっともっと小さい頃から知っているのです。

「これ、全部が……ですか?」

「そ。毎日落ちてくるからね。っていっても、ここら辺はまだいい方よ。激戦区の真下は、地面が足りないって聞く位だし」

「……、」

 言葉が出ませんでした。

 電たちはいつも、誰ひとり沈むことなく、鎮守府に帰ります。それが当たり前です。

 ですが、彼女たち深海棲艦は違うのです。生きて戻ってくることは、当たり前ではないのです。

 先程、ル級さんがリ級さんを見ても動じてなかったのは、大人だからとかではなく、ただただ慣れていたから、なのですね……。

「ちびっこいの」

「……、」

「難しく考えな方がいいわよ。こういう面倒なのは、大人に任せなさい」

「そうよ? あなたは今、帰ることを考えていればいいの」

 それで……いいのでしょうか。

「……複雑な気持ちです」

「ちびっこいのがそう思ってくれるだけで、少し救われるわ。お前はあたしらのイメージする艦娘とは違うのね」

「この子は優しいのよ、ね?」

 そう言われても、自分では良く分からないのです。

「さてと。じゃあここら辺にしますか」

 どれくらい歩いたでしょうか。

 石すらないようなまっ平らなところで、ル級さんは立ち止まりました。抱えていたリ級さんを、静かに下ろし、横にさせます。

「んじゃ、a――は石を探して持ってきてもらえる?」

「分かったわ。それじゃあ……o――の作業、結構大変だから、あなたはここでo――の手伝いをしてて?」

「分かりました」

 ヲ級さんは、杖を持って遠くに行きました。

 辺りは一時真っ暗になりましたが。

「よっと。これで大丈夫ね」

 ル級さんが、何らかの方法で光を灯しました。……よ、よくみなくても、ここ、これは「ひとだま」なのです……。

「お? 大丈夫大丈夫。怖くないから。見た目はアレだけど、便利なのよ、これ。ほら、浮いてくれるし、照らして欲しいところを飛んでてくれるし」

 完全にひとだまなのです……!

 

 

 

 

 

 ――――――。

 ――――。

 ――。

 ……リ級さんが埋められました。最後に、ヲ級さんが持ってきた石を置いて、これで終わりです。ふぅ、とル級さんが息を一つ吐き、目を閉じて手を合わせます。ヲ級さんも、目を閉じて手を合わせています。電も、皆にならって目を閉じて、手を合わせました。

「……ふっ」

 目蓋を開くと、ル級さんが電を見て笑っていました。

「? なんですか? 何かおかしいです?」

「いや、なんていうか、ちびっこいのは本当に優しい奴なんだなぁって」

「??」

「あー気にしないで。なんか嬉しくなっちゃっただけよ」

「???」

 良く分かりませんが、嬉しそうなので、電も笑っておきます。今は、上手く笑えてますね。大丈夫なのです。

「じゃあ、次はあなたの番ね」

 ヲ級さんが、電の手を取りました。彼女の手は今でも冷たいです。ひんやりとしています。ですが、居心地の悪さはありません。というか、今すぐですか?! ちょ、ちょっと、さすがに、心の準備が、はわわわ……!

「o――、お願いできるから?」

「ん? その状態で? a――もかかっちゃうけど、いいの?」

「ええ。ここら辺は潮の流れが複雑だから送って行こうと思って」

「そ。まいいけど。んじゃあ……――――、――、――――――!」

 ル級さんが、電の聞きとれない言葉で何かを呟くと、とたんに辺りが明るくなりました。

「わっ。……きゃっ!?」

 良く見ると、辺りが明るくなったわけではありませんでした。電とヲ級さんの体が光っているようです。

「怖くないわよ、大丈夫」

 光は、街灯や先程ル級さんが出したひとだまの様な色で……ということは、おそらくそういうことなのでしょう。もう驚いたり怖がったりしません。電は、大人にならなくてはいけないのです。

「すぐ向こうが“端”になってるから、そっちに向かいましょう」

「な、なのです」

 ヲ級さんは電の手を引きます。

「いってらっしゃい、a――。じゃあね、ちびっこ」

「あ、あの!」

 無理やり、電は止まりました。ヲ級さんもそれに合わせて立ち止まってくれました。

「いろいろとありがとうございました!」

 電は、ル級さんにお礼を言って、頭を下げます。ル級さんの表情は分かりませんが、

「もう迷い込んだりしないようにしなさいよ」

 彼女の声が明るかったので、きっと悪い感情はなかったのでしょう。良かったのです。

 電が頭を上げると、もうル級さんは背中を向けて遠ざかっていました。

「さ、行きましょう。時間制限という程じゃないけれど、念のため、急いだ方がいいわ」

「なのです!」

 いよいよ、ここから帰る時がやって来ました。

 

 

 

 

 

 この青白い光のおかげなのか分かりませんが、電は水中の中でも呼吸ができていました。とても不思議な感覚です。お魚さんは、普段からこんな感じなのでしょうか。

「こっちよ」

 ヲ級さんは、電の手を握ったまま泳いでくれています。

 だんだんと、明るくなってきました。太陽の光です。黒かった水の中が、青色を取り戻していきます。その青が、水色に変わり、そして。

「――ぷはっ! こ、ここは……!」

 電とヲ級さんは、海面に顔を出しました。

 ついに電は戻ってこれたのです!

「思ったよりも、日が傾いてるわ。よかったわね、暗くなる前に戻ってこれて」

 ヲ級さんは、電に笑いかけます。明るいところで見るヲ級さんは、とても素敵でした。やっぱり、赤城さんに似ていますが、改めていう必要はありませんね。

「本当にありがとうございます! 本当に……!」

 電はヲ級さんに抱きつきます。ヲ級さんは抱き返してくれました。

「うふふ、良かったわね」

 ヲ級さんは、とても温かいのです。

「泳ぎ疲れたでしょう? 一先ず、落ちつける場所に行きましょうか。この近くに秘密の場所があるのよ。運が良くないと、消えてる場所なんだけど」

 電を引っ張りながら、ヲ級さんは秘密の場所とやらに向かい始めます。

 電たちが泳いでいる内に、日が落ちてきました。暗くなる直前だったようです。良かったのです、真っ暗な中出て来なくて。

 空が全部オレンジ色になるころ、ヲ級さんの言う秘密の場所に着きました。

 そこは、小さな小さな島でした。干潮の時だけしか現れないような、本当に小さな島です。広さは、畳四畳くらいでしょうか。ですので、島というよりは、潮が引くと陸地になる浅瀬、といった方がいいかもしれません。

「よかったわ。今日は運がいいみたい」

 電とヲ級さんは、その島で少し休むことにしました。

 島に上陸します。不思議なことに、髪も肌も服も濡れていませんでした。ル級さんがしてくれた「アレ」のおかげでしょうか。泳いだことでの疲れはありますけれど。

「ここがどの辺りか、あなたは分かるかしら?」

「ええっと……すみません、近くの島の形とかを見ても、見覚えはないのです」

「そう……」

「あ、でも、お日様がこっちに沈んでいるので、向こうの方が電の住む鎮守府だと思います」

「なら大丈夫ね」

「なのです」

 本当に良かったのです。電は、帰れるのです。

「帰る時は、帽子とマント、返してね?」

「これって帽子だったのですか!?」

「なんだと思ったの?」

「てっきり軽母ヌ級か何かかと……」

「軽空母の子とは、ちょっと違うのよ?」

 先程までは被っていることを忘れるくらいでしたが、意識し始めると重さを感じます……首が痛くなる程ではありませんが。

「そうだったのですね……確かに動かないですし」

「動くわよ?」

「え」

「ちょっと動いてみて」

 ヲ級さんが指示を出すと、ぷらぷら垂れさがっていた管のようなものが、くねくねと動き出しました。……ちょっと、これは……いえ、なんでもないです。

「ね?」

「わ、分かったのです。分かったので、その、あ、ありがとうございました」

「ですって」

 くねくねは止まりました。思い起こせば、ヲ級さんの言葉聞き取れるようになった時も、帽子を被せられてから耳がくすぐられたのでした。この帽子が何か出したのでしょう。深くは考えないことにしました。

 

 

 

 

 

 ヲ級さんと話していると、いつの間にか、夕日が色濃くなっていました。太陽が沈みそうです。

 こんな夕日を見ると赤城さんと話した日を思い出します。コーンポタージュが美味しかった、あの日です。

「……、」

「どうしたの? そんなに難しい顔をして」

 あの日はあの日で答えを出したはずなのです。とりあえずだとしても、出たはずなのです。

 ですが。

 先程のあの景色を思い出して、電の考えはぐちゃぐちゃになってしまいました。

「……あの」

「ん?」

「……いえ、なんでもないのです」

 どうして戦っているのかとか、なんで止められないのかとか、そういうことを聞こうと思って、やめました。

 きっと、ここで答えが出ることはないのです。ヲ級さんを困らせるだけなのです。

 だから電は、嘘をつきました。

「ちょっとだけ、お腹が空きました」

「あら。それじゃあ、そろそろ帰りましょうか?」

 ヲ級さんは、電に微笑みかけます。電は、幸せな気持ちになりました。この気持ちをもっと大きくして、もっともっと続いていくようになればいいと、電は願います。

「それの調子はどう? 動く?」

 電は兵装の調子を少し確認します。

 ……大丈夫そうですね。あれだけ水の中にいたというのに、問題ないというのは本当に不思議です。ル級さんのおかげですね、きっと。感謝してもしきれないのです。

 大丈夫だということを伝えて、電とヲ級さんは立ち上がります。

「あなたのお家は、向こうの方――」

 ヲ級さんが電の手を握ってくれた直後のことでした。

 電たちの後方から、声がしたのです。

 声は遠くから聞こえてきて、何をしゃべっているのかは分かりませんでした。ただ、怒るような、焦っているような、そんな声だということだけは分かりました。

 電とヲ級さんが、振り向きます。

 そこに居たのは。

「今すぐその子から離れなさい!!」

 弓を構えた赤城さんと鳳翔さんと、水面から睨みつけているのは伊168さんと伊19さんでしょうか。天龍さんと龍田さんも怖い表情でこちらを見てきます。

 正直、怖いです。すごく、怖いです。悲鳴を上げるとか、そんな余裕はありません。動いたらダメだと、そう思わせる怖さです。

 電は、皆さんを見て、すぐに思いました。

 深海棲艦さんたちは、この景色をいつも見ているのだと。

 電は、声も出せず、動けずにいます。

 ヲ級さんは、いつの間にか電の手を離していました。いつ離したのか、電には分かりませんでした。気付いた時には、ヲ級さんは電の真後ろに立っていたのです。

 そして。

 次の瞬間。

 電は――。

 

 

 

 

 

「アレがそうね!」

 電捜索のために飛ばしていた偵察機から連絡を受け、赤城たちはすぐさま現場に向かった。

 干潮の時のみ現れるような砂浜だけの小さな島に、影が二つ浮かんでいる。

 シルエットからして、片方は空母ヲ級のようだが、大きさは小さい。もう一つは大きさと形からして戦艦系だろうか。ただし、武装は見当たらない。

「もう少し近くで確認しましょう! 陣を崩さないで!」

 彼女らが近づく度にシルエットの黒は薄くなり、それぞれの色が浮かび始める。

 空母ヲ級の被りものをしている影は、見覚えの髪色と髪形で、探していた人物のようであった。

 もう一方は、被りものを外した空母ヲ級のように見える。

「敵影確認! 片方は電ちゃんね……無理やり被せられたのかしら……とにかく、何としてでも救出するわよ! 皆、準備は良い?」

「「はい!」」

 接近しながら、全員が攻撃態勢に入る。

「艦載機、発艦準備!」

 赤城と鳳翔が弓を構えた。

 だが。

「ッ! ……まだ発艦してはダメですよ、鳳翔さん……!」

「分かっています!」

(二人の距離が近過ぎて発艦できない……! このままじゃあ電ちゃんにも当たっちゃう……ようやくここまで来たっていうのに……!)

 こちらから手を出すことはできなかった。かと言って、熟考しているような暇は無い。敵の空母ヲ級が攻撃してきた場合に備えなくてはいけないのだ。

 慢心は死を意味する。

 嫌というほどに知っていることだからこそ、今何か特別な変化が見受けられなくとも、赤城は攻撃姿勢を崩せずにいた。もちろん、他の艦娘たちも同様である。

 今できることを考えた赤城は、目標にぎりぎりまで近付いたところで。

「今すぐその子から離れなさい!」

 大声で叫んだ。

 これは、空母ヲ級を牽制して隙を作り、電が自ら脱出する事に賭けた結果の行動だった。

 直後、二人がこちらを向く。確かに、片方は空母ヲ級の被りものをした電で、もう片方は被りものを外した空母ヲ級だった。

(これで予定通りに――)

 事が運ばれればよかったのだが。

 残念ながら、赤城の予定は狂ってしまう。

 電は驚いて動きを止めてしまった。

 空母ヲ級は電の後ろへと移動してしまった。

 結果としては、あまり良くない。これではどんな方法を使っても、電に攻撃が当たってしまう。一先ず牽制は続けるが、こちらから状況をいい方向に進展させることは難しくなってしまった。

(不味い……)

 弓を引きながら、赤城はヲ級を睨む。ぎちぎちと、弓を引く音がさらに増して――。

 突如、状況が動いた。

 空母ヲ級が、電に被せていたものを取った。瞬間、電が崩れるように倒れる。

「なっ……!」

 急な出来事に、赤城は矢を放ってしまいそうになるが、それを無理やり押さえる。

「赤城さん!」

 見た目も完全に空母ヲ級となった彼女は、鳳翔の言葉を聞いて動きを止めた。それも、異物に引っかかったロボットのように、不自然な止まり方だった。

「a、――……? ――、a――……、a――……」

 彼女は繰り返し繰り返し、口を動かしている。

「まだですか!?」

「待って! 様子が変ですね……」

 しきりに空母ヲ級が何かを呟いてる。が、赤城たちには理解できない言葉だった。

「……――。――――――……」

「何を言って……」

「――」

 気になった赤城は空母ヲ級の顔を良く見る。

 直後の出来事だった。

 激しい轟音と共に、赤城たちの前に水柱が立ち上がる。

「きゃっ!」

 一同攻撃態勢を解き、降り注ぐ海水から身を守ろうと防御の姿勢を取り始める。

「皆、大丈夫!?」

「なんとか大丈夫なの!」

「一体何だってんだ!」

 幸いにも、被害は出ていない。そのことを確認した赤城が急いで攻撃態勢に戻るも、

「くっ……!」

 静けさが戻った時にはもう、空母ヲ級は居なくなっていた。

 辺りを注意しつつ、一行は電へと向かう。電は……気を失うように眠っているだけだった。

 赤城は電を救出したことと、彼女の現状を提督に通信する。

『そうか、よくや――ちょっと、見つかったって本当なの!? 電は無事? それ本当? 怪我とかしてないの? ねぇ聞こえて――うるせぇ、落ち着け! とにかく、電の健康状態も気になるから速やかに帰ってこい! 以上!』

 提督の声の向こう側から、電の姉達の声が聞こえた。捜索に来られなかった彼女たちの相手を提督がしているようだ。その声から、疲労の色も垣間見えた。

「さて、目的も達成したし、帰りましょう」

 赤城たちは、空母ヲ級のマントを纏った電を抱えて、鎮守府へと帰る。結局赤城は、攻撃してこなかった空母ヲ級がいたことを、提督に報告することはなかった。

 

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……んぅ……起きました。

 目を開けて……ここはどこなのでしょう。天井が見えます。知らない天井ではないのです。ここは……鎮守府の救護室?

 どうしてここに居るのか、記憶を遡ります。

 たしか、ヲ級さんと休んでいて、皆が来て、それで……。

 ……なんで電はここにいるのでしょうか。

 良く覚えてないのです。

 身体を起こします。

 兵装は外されていますね。着ている服もパジャマです。横にあるハンガーラックに、制服がかかっていました。その下に、兵装も一式あります。

 なんだか……これじゃあまるで……。

「全部、夢、だったのでしょうか……?」

 あまりにも穏やか過ぎて、全てが夢のような気がします。

 もしかしたら、電は何かの拍子に頭でも打って、夢を見ていたのかもしれません。

 あんなに優しい深海棲艦さんたちが、いるわけがないのです。

 ……。

 何ででしょう。鎮守府に帰って来たというのに、寂しいのです。

「あら……? 電ちゃん、目が覚めたのね!」

 電が肩を落としていると、赤城さんが入ってきました。とても嬉しそうに抱きついてきます。赤城さんの匂いがふわりと漂ってきます。

「良かったわ、さっそく皆にも知らせないと!」

「あの、赤城さん」

「ん? 何かしら?」

「電は、どうしてここにいるのでしょうか……。良く覚えてなくって……」

「おかしいわね……身体に異常は無いはずだけど……本当に覚えてないの?」

「なのです」

 赤城さんは、近くにあった椅子に座って、今までの経緯を話してくれました。

「空母ヲ級と電ちゃんが一緒にいた時は、びっくりしたわ。……ふふふ、こうして話していると、昔のことみたい。ほんの二日ほど前のことなのに」

 どうやら、皆が来たという記憶は間違ってないようです。そのあと、電は二日間も眠っていたのですね……。寝ている間に身体検査もしたらしいのですが、異常はなかったそうです。そこは安心ですね。

「でも、どうして電ちゃんが沈んじゃったのかしら?」

「あ、えっと、それなんですけれど、どうも靴に穴が空いていたようなのです」

 言うのは恥ずかしいけれど、新しいものにしないと危ないですし、仕方ありません。ここは正直に言った方がいいのです。

「それもおかしいわね……健康状態のチェックもしたけれど、一緒に兵装のチェックもしたのよ? 問題はなかったって聞いたけれど……」

「え」

「まぁ、なにはともあれ、ね。皆のところに報告して来るから、待っててね」

 そういうと、赤城さんは行ってしまいました。

 赤城さんが行ってから、電は靴を見ました。ヲ級さんが修理してくれた痕もありません。穴ももちろん、開いていませんでした。

 ……電は本当に沈んだのでしょうか。沈んだという、夢だったのでしょうか。深海棲艦さんたちが住む街があるというのも夢だったのでしょうか。優しいヲ級さんたちがいたことも、夢だったのでしょうか……。

「信じたく……ないの、です……」

 いつの間にか、涙を流していました。いろんな気持ちが混ざっていて、涙の理由ははっきりとしていません。

 ……ですが、夢だというのなら仕方ありません。

 電も大人にならないといけないのです。

 あ、そういえば、赤城さんは皆に報告してくるといいました。だとすると、ここに皆さんが来るかもしれませんね。

 涙を拭いておかないと。泣き虫だって言われるのは嫌なのです。

「……あれ?」

 ティッシュの置かれた小さいテーブルの下に、籠を見つけました。そこには。

「あ、これ……!」

 綺麗にたたまれたヲ級さんのマントがありました。

「やっぱり……夢じゃなかったのです!」

 肌触りのいい、黒いマントです。

 電は、嬉しくなって、マントを抱きしめました。

 もう、ヲ級さんの香りは残っていないはずなのに、思い出が匂いを引き出します。赤城さんが抱きついてきた時の香りと、一緒の匂いです。

 とても温かくて、ほっとするような香りを、電は絶対に忘れないと決意しました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。