「『夢   作:ふらみか

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』が醒めた、その後」

 カラハ・シャールを撫でるように、精霊が風を運ぶ。楽しそうな笑い声が聞こえそうなそよ風が、涙を流した目を冷やす。寝起き、もとい、泣き止んだ後には少し優し過ぎる風に、私は目を細めた。

 むしろ、砂埃を運ぶ位の風が吹けば、いざという時のいい訳を作りやすい。ゴミが入ったとかで誤魔化せるのだから。

「大丈夫か、レイア」

「ルドガー……。うん、私は大丈夫だよ。平気平気!」

「……ごめんな」

「な、なんでルドガーが謝るの? アレは分史世界なんだし、あの子は時歪の因子だったし、仕方ないことだよ」

 気にしないでと続けた私の言葉を聞いて、しばし思案したルドガーは、何かに気が付いたのか目を伏せる。

「……無理やり納得しろ、とは言わない。時間を掛けろとも言わない。納得できないことも、認めたくないことも、きっと俺が思うよりも、世の中にはあるんだろうからさ」

 見透かしているみたいだった。目蓋を閉じながら、ルドガーは確かに私を見て、言葉を投げる。私の中の中まで見て、言葉を紡ぐ。

「仕方ない、なんて言って、自分に嘘を吐かないでくれ」

「ル、ドガー……?」

「素直でいることも、大事だぞ?」

 彼は目蓋を開け、優しい眼差しで言う。……ずるい。これでは……甘えたくなる。甘えちゃいけないのに。もう甘えないと決めたのに。彼は私よりももっともっと辛いはずなのに、我慢してるはずなのに。

 せっかく栓をした泉が、私の言葉と共に、再び溢れ出した。

「……嫌、だったよ……アグリアと、また、お別れなんて……嫌だった……!」

「……」

「守りたかった……あの時、手を離しちゃったのだって、私が悪いのに……どうして、アグリアが、居なくならないと、いけないの……どうして……!!」

 彼は黙って聞いてくれている。私の、言わば過去の出来事への文句を、彼は何も言わずに聞いてくれている。彼は優しいから、聞いてくれている。その優しさにすがった私も私だが、とても心地いいのは事実だった。

 たぶん、困った顔もしているだろう。私は泣き顔を晒すつもりはないから、彼の表情までは確認できないが。

 優しい彼なら、それでも笑顔を浮かべようとするんだろうな。

 その光景をしっかりと思い浮かべられてしまうのだから、彼に甘えたくなってしまうんだ。

 とはいえ、私を解したのは彼なのだから、少しくらいはその責任を取って貰おう。

 私は彼の胸を借り、周りのことも気にせずに、文句を言いながら大声で泣いたのだった。

 

  ###

 

「ありがとね、ルドガー。その……」

「ああ」

 涙も止まり、淀んでいた言葉も全部出しただけあって、私は非常にすっきりとしていた。彼の胸元は……私がちょっと恥ずかしくなるくらいに、濡れている。洗濯した方が良さそうなくらいに、濡れている。あるいは弁償か、別な服を贈るくらいした方が良さそうである。後で買ってあげるか。今のところ、お金はなんとかなってるし。

 彼の服の弁償を決意した私は、同時に浮かんだ私の気持ちを、彼にぶつけることにした。

「ね、ルドガー」

「ん?」

「この世の中、上手くいかないことだらけだし、取り返しのつかないことだらけだけどさ。だからって、『夢』に逃げちゃうのは、ダメだよね。『夢』はいつか醒めちゃうもの。昔のことを忘れないために時々思い返すことはあっても、ずっとはしない。しちゃいけない。私、きちんと、今と向き合おうと思う」

「……」

 清々しい笑顔を浮かべて、ルドガーの目を見て、私は言う。

「過去は、取り返せないもんね」

「ああ……」

 いい笑顔を見せられただろうか。いや、たっぷり泣いた後だから、多分、ちょっと酷い顔な気がする。こういう時は、化粧をしていなくて良かった、と素直に思えた。

「私、今を生きるよ。今を生きて、しっかり見て、それをきちんと皆に伝えられるようになりたい」

「……そっか」

 物事を簡単に割り切れる性格だったのなら、もっと楽に生きられたはずだ。けれど私は、迷いに迷い、悩みに悩み、甘えに甘えてきた自分の過去を、決していらなかったものだとは思えなかった。あの自分がした失敗も、恥ずかしいことも、全部が今に繋がっているわけで。それらを否定すれば、今の私を否定してしまう気がした。いや、絶対にそういうことになる。「アグリアのことを後悔する自分」まで否定するのは、やってはいけないことなのだ。自分のためにも、アグリアのためにも。

 この後悔だけは、なんとしても、息絶えるまで絶対に持ち続けないと。そうだ。次のお休みの日は、アグリアに報告しにでも行こう。いろいろと、お話したくなった。今まで見てきたことを、私の言葉で、アグリアに伝えたくなった。例えそれが一方通行でも、私がしたくなった。

 カラハ・シャールに住まう精霊は、私の決意を聞き、ゆっくりと大風車を回した。いつだって風は、どんな形であれ、私の隣に吹いているのだと教えるかのように。ゆっくりと、ゆっくりと。

 重々しい音が私をしっかりと支えているみたいで、私は自然と頬を緩ませる。うん。あなただけじゃないよね。支えてくれているのは、皆も一緒だよね。きちんと見て、ちゃんと皆に伝えるよ。

 風の精霊とルドガーに見られながら、私は再び自らの頬を叩く。その私を見て、彼らは笑ってくれた。

「おーい! レイアー! ルドガー!」

 共に歩く仲間が向こうから駆けてくる。タイミングからして、もしかしたら見られていたかもしれない。だとしたら大問題……でもないか。恥ずかしいは恥ずかしいけれど、私がこういう性格なの、皆知ってるしなぁ。

 なら、皆が持つ私のイメージに応えるのもまた、私らしいかもしれない。……カッコよくいったけれど、結局は恥ずかしがるのも面倒に感じるほど、色々と疲れたのだ。開き直るのが一番楽に思えたのも、ある。恥ずかしいから、そういうことにしておいて欲しい。

 私は、手を振りながら皆と合流する。ルドガーはゆっくりとした足取りで合流した。

 夢はもう、醒めたのだ。

 これからは、目を瞑りたくなるような現実をちゃんと見て、歩んでいかねば。

 甘えずに歩んで、知らない人にきちんと伝えないといけない。もちろん私の言葉で。

 彼ほどのものではないけれど、それが私に課された使命だと思うから。


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