少し前にツイッター上で行いました「架空の著者が書いた架空の本の感想を呟く」という企画(参加者、一人)で出た「五分前と五分後のすれ違い」という架空の作品を、実際に形あるものにしました。といっても、本当に短いのお話ですが。
主人公の「僕」は五分先を見ることができる未来視の能力を持っております。
ヒロインの「彼女」は、全ての感情が五分後に襲ってくるという特異体質を持っております。
そんな二人のお話です。
原題では「すれ違い」とありますが、この話ではすれ違わないです。
告白って、どうすればいいのでしょうね
五分前の僕と五分後の君
突然ではあるが、僕は、今現在の時間の五分先を知ることができる能力を持っている。
正常に流れる時間から見れば、擬似的に五分後を生きることができるというものだ。あるいは、五分先の未来が本来の時間で、僕自身が常に五分前に生を置いている、とも考えられるだろうか。後者の場合は、能力を使用した時だけ、本来の時間に帰れるという。
まぁ、言っておいてなんだけど、正直、どっちだっていい。
未来視とも呼べるこれは、確かに強力な能力なのだけれど、お察しの通り、使い勝手があまりよくない。
見られる、または知れるのは五分先の未来だけだ。それ以前を知ることは出来ないし、それ以後を見ることも出来ない。五分後の未来を知ったところで、その未来を変えようとしても、猶予は五分。いや、それよりももっと短くなるのが現実だ。変えたければ、五分以内になんとかしないといけないので、結局は変えられない場合の方が多かった。急ぐのを好まない性格のせいで、変えようと思ったこともほとんどなかった。今までも――といっても、ここ数年の経験だけだが、この能力が特別役に立ったことなど、全く思い浮かべられないのが事実だ。
第三者の誰かが有効活用法を思い付くのでは、というのも考えたことはある。が、これを誰とも知らぬ馬の骨に言いふらす、なんてことは、正直怖くて出来なかった。
唐突に「五分先が分かるんだ」なんて、多感期なこの時期に口走れば、それはもう、悪い未来しかやってこないだろう。これは、未来視をしなくとも予想出来ることだ。
つまるところ、今まで、僕にとってこの力は、邪魔以外の何ものでもなかった。
……そう。
今までは。
僕の通う高校、その屋上の扉の前で、さっそく僕は、五分後の未来を見る。
目蓋を閉じると、まるで映画が上映されるかのように、映像が瞼の裏に浮かんだ。セピア色に、少しぼやけたそれは、古いフィルムを想起させる。これから起こる出来事なのに、どこか、懐かしい気分になった。実際、能力を使うのは、久しぶりだったりするのだが。
――学校の屋上で、僕と一人の少女が、向かい合って話している姿が見えた。
目蓋を開け、一先ず僕は胸を撫で下ろす。あの子をここに呼び出しておいて、無視されて帰ってしまった、となったのではどうしようもない。どうしようもないくらいに、格好が悪い。あと、久しぶりの能力使用が問題なくて、ほんのちょっとだけほっとする。
三分掛けて、気持ちを落ち着かせ、僕は屋上の扉を開いた。
夏特有の纏わりついてくる風が、うっすらと掻いていた僕の汗を冷やしに走る。放課後、それも既に日が傾く時間帯だというのに、気温はあまり下がっていないように思えた。それともこれは、今からしようとしていることに、僕が少なからず緊張しているせいなのだろうか。
オレンジ色の絵の具を水に溶かしたような空気が充満する屋上に、セーラー服姿の少女が一人。彼女は柵の向こう側を見詰めて佇んでいる。長い黒髪が、夏のそよ風に遊ばれて踊る。その背中は、どこか不安げだと、僕は感じた。
あまりにも絵になり過ぎる光景に目を奪われ、しばし見入る。我に返ってから僕は、その空間を味わいながら彼女に近付く。互いに手を伸ばし合っても届くか届かないか位の距離になって、彼女はようやくこちらを振り向いた。
たった今気が付いた、という風な表情を、彼女は浮かべていた。だがすぐに、申し訳なさをコップに並々と注いだ表情となる。彼女に悪いことなんて別にないのに。悪いのはむしろ、少し待たせてしまった僕の方だ。意識させてしまっただろうか。余計に罪悪感が増していく。
「僕が呼び出したのに、待たせちゃってごめんね」
「ううん……わ、私、も……さっき、来た、ばっかり……だから……」
「そう? でも、待たせたのは事実だからさ……ホントごめん」
「ぅ、うん……」
眉尻を下げ、少しずつ、少しずつ、彼女は言葉を零していく。その小さな口から紡がれる言葉には、やはり自責の雰囲気が、幽かに纏わりついていた。何もそこまで意識しなくても、と僕は心の中で苦笑する。そこが可愛らしいのだけれど。
可愛い声が途切れたのを確認して、僕は目蓋を閉じ、五分後の未来を見る。
古いフィルム。新鮮で、どこか懐かしい空気。未来というショートムービーは、いつも第三者の視点で映し出される。
――夕日を一身に浴び、俯き黙る、彼女が見えた。
これは、まぁ、十中八九、僕の言葉のせいだろう。いよいよもって、僕が悪者になってきた。
「ぁ、あの、えっと……今、その、見てる……の?」
「うん。きちんと見てるよ。未来の君を見るのも、久しぶりだね。最近は待ってるばかりだった」
「……ごめん、なさい…………」
「君が謝ることはないよ。というか、僕の言い方が悪かったね。君を待つのは、僕がしたくてしてることなんだ」
今までは邪魔だ無能だと思っていた能力だが、彼女と出会ってからは、その有能性を認めざるを得なくなった。というよりも、上手い活用法を見つけた、と言った方がいいだろうか。
僕の目の前に居る女の子――いつも自信なさげで、現実全てから委縮しているような女の子には、ある特別な体質がある。
彼女は、目の前で起きる出来事から生み出される感動が、全て五分後にやってくる、という体質なのだ。
リアルタイムで反応出来ない。いつもワンテンポ遅れてしまう。自分が色々な感情や感動を抱く頃には、全てが手遅れになっている。
元より、そういう人間は五万といるだろう。世界は広く、人は溢れているのだから。しかし彼女のそれは、所謂「鈍間」とは違うようで。曰く、感動や感情が実際に動き出すのは五分後だけれど、「五分後にやってくるであろう感動や感情の動き」の予想は、現在進行形でできる、だそうだ。予想は出来ても、五分後に強制的に感情の波に襲われてしまい、結局は遅れて反応しているみたいになってしまう、とも言っていた。
彼女が持っている事情や悩みのあれこれを初めて聞いた時、僕は彼女に、強い親近感を覚えたのだった。
僕は五分後の未来を知ることができる。言い変えれば、普段から五分前の過去に生き、能力を使うたびに正しい時間が流れる世界を覗ける、というもの。
対して彼女は、その体質から、正しい時間より五分後を生きていると言っても過言ではない。
原因を見ても、過程を見ても、結果を見ても。どちらも全くの別物なのは明らかなのだが、それでも、僕が彼女に対して仲間意識を持つのは、ごく自然なことだった。
と、彼女と初めて会った時と、彼女自身の事情を教えてくれた時の事を思い返していると、五分が過ぎたようだ。
目の前の少女は、申し訳なさを十割増しにして、俯いていた。……これは、五分前に見た未来そのものだ。
いくら僕が口下手だからと言って、五分も黙っているのは不味かったかも知れない。彼女に、自分の感情が出てくるまで待たせてしまった、という勘違いをされても仕方がない。まぁ、待ったとしても、それは僕がしたくてしていることなのだが。ともかく僕は、慌ててそれを訂正する。
「あ、違うよ? 少し、思い返していたんだ。君と初めて会話した時のこととか」
「……そう、なの?」
「最初は、お互い探り探りだったよね」
「ぅ、うん。……で、でも……今、でも、私は……ちょっとだけ、探り探り……かな」
「それでいいんだよ。ゆっくりでいいんだ。君も僕も、急ぐ必要はないから」
「ぅ……ん」
少女と出会ってしばらくして。お互いが、お互いの持つ突飛な事情を話せるくらいの仲になって。彼女の口から、小さい花の茎の如く細く頼り無い声音で「感動とか、感情とか、反応とか……全部五分後にやってくる」と言われた時。僕は、それの意味を理解するのに、五分以上掛かったんだっけ。彼女には失礼だが、そう告げられ、理解した瞬間、「やった」と思った。仲間がいるんだと、その日眠る前に、柄にも無くはしゃいだんだった。
何もかもが懐かしい。あれから、もうすぐで三ヶ月が経とうとしている。
時間の流れは、思いのほか早い。僕が感じる五分よりも、ずっと、ずっと。
「……時間も時間だし、そろそろ、言わなきゃね。何で、君を呼び出したのか」
「……うん」
「いざとなると、緊張するな……。えっとね、君に伝えたいことがあるんだ」
そこで一度、僕は落ち着くために、柵の向こう側、校庭に散らばる生徒を眺めた。放課後、グラウンドで活動する部活も、そろそろ帰宅するのだろう。用具を片付けていたり、グラウンドを整備したり、友人と肩を並べて帰路に就いたり。なるべく早く伝えないと、学校に取り残されそうだ。
思いつつ、目を閉じ、五分後の未来を少しだけ見る。未来の彼女の様子は、概ね変わり無かった。もしくは、驚き過ぎて変化が無いのかもしれない。
少し不安に思いつつも目蓋を開き、視線を戻して、僕は彼女を見つめる。
「いい加減、僕が我慢できなくなった。もっと早く言うべきだったのかもしれないし、もっと遅くの方が良かったかもしれない。それでも僕は、今、言いたくて仕方が無くなったんだ」
「ぅ、うん……」
「薄々勘付いていたかもしれないけれど……僕は、君のことが、本当に……本当に、好き、なんだ。……僕は、君の五分が、欲しい。どうか、下さい。お願いします」
「……」
僕は頭を下げる。彼女の返答はすぐにやってこなかったが、明らかに困惑しているように感じられた。
そりゃあ、告白されれば、誰だって困惑位するだろう。一応今まで気がある素振りを見せてはいたけれど、不十分だったかもしれない。彼女にだって心の準備は必要だ。例え断るとしても、優しい彼女のこと、僕を傷付けない言葉を一生懸命探して、繕って、時間を掛けて返事しそうである。
もっとロマンティックな言葉などを、ここ一ヶ月は必死になって考えていたものだ。それも緊張によって、全てが飛んでしまったわけだが。結局、ただ、自分の思いを伝えるだけとなってしまったが、後悔はない。むしろ、良かったように思える。
頭を下げる僕は、未来を見たくなる衝動に駆られた。一刻も早く、彼女の答えを確認したくなったのだ。もちろん、そういう無粋なことはしない。せっかくなので、ここは未来を見ずに、今の彼女の言葉を聞こうと思う。
「………………ぇ」
長い長い沈黙の後、彼女はか細い声で、僅かに驚いた。うっかりしていれば、聞き逃すほどの声量だった。おそらく彼女は、自身の中での最大限の驚愕を浮かべているのだろう。長い間体質に苦しめられ、「表情を浮かべることはほとんどなくなった」と言っていた彼女の、最大限の驚愕。僕は絶えず、頭を下げ続けているので、伺い知ることは出来ない。とても惜しいことをしているような気がして、少し残念な気持ちになった。やはり先程、未来を見ておくべきだったかもしれない。
「ぁ、ぅ……あ、あの、えっと、その……」
「……」
「……ぃ、いい、の? 私……こんな、体質、だよ?」
「うん。分かってる。体質とか、そういうのもあるだろうけど、僕はそれ抜きでも、君の事を好きになっていたと思うんだ」
言葉を繋げながら、誘惑に負けた僕は、ちらりと未来を覗く。懐かしい感覚が瞼の裏に広がり、セピア色のショートフィルムが流れる。
――顔を真っ赤にした彼女が、目をぎゅっと瞑って、全身を縮こまらせていた。
とても、愛おしい。とてもとても、綺麗な反応だ。これほどまでに真っ白な反応を、僕は知らない。
声に出してそれを言っても良かったが、彼女は、僕が今未来を見たことに気がづいていないはずだ。ならば、秘密にしても、いいだろう。頭を下げ続けながら、僕は更に五分が過ぎるのを待つ。
下校する生徒の声が、どこか嬉しそうに響いてくる。
ふと、彼らは別の世界に居るような気分に陥った。いや、この場合は、僕らが別世界にいることになるのだろうか。というより今この時だけは、この屋上という空間そのものが、現実とは異なる場所にあるという雰囲気を漂わせていた。
だって、そうでなければ、あまりにも綺麗過ぎる。
景色、存在、空気感。どれもが、現実とは遠い場所にあるような気がした。もちろん、ここも現実なのだから、僕は現実というものを見直さなければならないのだが。
こうして彼女の言葉を待っていたが、五分待っても彼女は口を閉ざしたままだ。僕の言葉を吟味しているのだろうか。あるいは、五分後に襲われる感情の波に怯え続けているのだろうか。僕は彼女ではないから、知る由もない。
彼女の口から再び言葉が零れたのは、それから更に、五分が流れた後だった。僕にとっては有意義な五分なので、いくらだって流れていい。
頭を下げながら、彼女の言葉を聞く。
「ゎ、わた、し……だよ?」
「うん、君だ」
「遅れ、ちゃうん、だよ? ……その、五分、も」
「待ってる時間も、僕は好きなんだ。それがもどかしかったら、未来を見ればいい。まぁ、君が嫌なら、しない。絶対に、しない」
「……」
再びの沈黙。
僕らの間を通るぬるい風は橙色で、夕焼けに照らされた地面に落ちる影の、その間を通り抜けていく。彼女の髪の影を弄び、花の香りを振り撒いていくそれは、僕が中学生の頃に諦めた「青春」そのもののような気がした。
不意に、彼女の表情が見たくて、顔を上げる。……僕の判断が間違っていなければ、だが、まんざらでもないように見える。少し緊張が解れた。現在の彼女を見るのは、未来の彼女を見るよりも、ずっとずっと、いい。
「だめ……かな?」
「……ぅ、ううん。その、ぁ、あの、えっと……」
彼女の頬が一気に赤くなったのは、さっきの僕が言った言葉のせいだろう。そういったところも含め、もっと愛でたい。
「ぅ……ぁ……」
「……好きだ」
「ゃ、やめ、今……だめ……っ」
「好きなんだ、君が」
「っ……ま、待っ……て……変、に、なる……から」
きっと、今言った言葉から湧き出るであろう感情を予想して、それが、五分前に言った言葉で湧き出た感情と一致しているのだろう。リアルタイムで、自分自身が聞いて感じ取っているわけではないけれど、擬似的に「今」を体感するのは、彼女にとっては不思議な感覚のはずだ。今までだって彼女は僕に、今を生きることなんて出来なかったと繰り返してきた程なのだから。
愛おしい彼女の反応を見た僕は、つい、魔が差してしまった。
「大好きだ」
「ぁ、ぅ……」
「君の五分が、欲しいんだ」
「ぅぅ……」
五分前が、紅が差した頬を小さく持ち上げるようにして、彼女の口角を上げさせる。戸惑いからか、彼女の目尻には、夕日を取り込んだ水珠が輝いていた。多分、おそらく、きっと、間違いが無ければ、嫌がられているわけでは、ない。……と思う。
こういう場合の未来は、見なくとも、なんとなく分かる。
が、二度味わうことができるのも、この力の利点なのだ。それに気が付いたのはつい最近で、その時僕はこの力と向き合っていなかったことを酷く痛感したのだが……今は、そのことはいい。
あえて未来を覗く。……セピア色の懐かしいそれを見て、危なくニヤけてしまいそうになった。
その五分後が訪れるまで、僕は気を引き締める。楽しみでしょうがない心を、努めて冷静に保った。
「くれない、のかな?」
「ぁ、ううん、違くて……えっと、ょ、よろしく……で、いい、のかな……? 私、こういうの、分からなくって……」
「そう、だよね。だったら……僕の気持ちを受け入れてくれるなら」
僕は未来で見た通り、右手を差し出す。オレンジ色の空気を掻き分けて、彼女の前に持っていく。手汗が気になったけれど、幸い、あまり掻いていなかった。
「どうか、この手を、握って下さい」
僕の顔と手を交互に見た後、彼女はたどたどしくこちらに近付いてきた。
「私……ぁ、あなたに、出会う、まで……だ、誰かに待って貰える、なんて、思ってなくって……。あなたが、初めて私を待ってくれた時……ぁ、あの、ね? ……変、かもしれないんだけど、ね? とっても、とっても……幸せで……でも、同時に、私なんかが、幸せになって、いいのかなって……。今も、その、おかしくなりそうな位、幸せ、で……で、でも、ね? 言ってくれた時も、今も……嬉しくて……あの、その……」
僕の周りの全てが、彼女のおかげで心地よくなる。彼女の存在、彼女の香り、彼女の声、彼女の言葉、彼女の感情。そのどれもが、純粋で、透明で、綺麗で、尊くて、愛おしい。
そして。
「こ、こんな私、で、いいなら……わ、私の五分、を、あなたに……ぁ、あげ、ます」
彼女の柔らかい両手が、僕の右手を優しく包み込んだ。祈りを捧げるように、彼女の手と手によって、挟まれる。彼女が力を込めていない分、くすぐったくて、気持ちがいい。握られたまま、僕はこそばゆさからではない笑いを浮かべた。
「……えっと、握手してくれれば、良かったんだけど」
「あっ、あの……ごめん、なさい……」
「ううん、君は悪くないよ。なんか恥ずかしくて……握られるよりも嬉しいから、かな。大事にされてるみたいで」
「大事にしてる、よ?」
さも当たり前のことをどうして今聞いているんだ、といった風に、彼女は首を傾げた。当然のことだっただろうか。大事にされているようだ、彼女は僕の事を。これによって生まれる不思議そうな表情は、きっと五分後に見られる。
「でも、良かった……本当によかった。信じてたけど、どこかでダメなんじゃないかって思ってたみたいで、今すごくほっとしてる」
「うん……私も、よかった……」
無表情に近い彼女の手を、握ってみる。意識して、今更気が付いたことがあった。感動の遅れる彼女ではあるが、身体は違うようなのだ。春の陽だまりを思い出させる体温が、彼女の手から伝わってくる。少し早目の脈動も、ちょっとだけ感じ取れた。少し汗ばんでいるのは、今の時期が夏だからかもしれない。
こうして堪能していたいが、さすがにこれ以上屋上に長居するわけにもいかない。
最後に、ちょっとだけ意地悪なことをして、僕は彼女の手を引いて屋上を後にする。
五分後が楽しみで仕方が無かった。
***
学校に閉じ込められる前に、僕たちは下校する。
昇降口の辺りで、僕の手を握る彼女の力が、少しだけ増した。そちらに目をやると、屋上で見た夕日よりも、何倍も頬を赤くした女の子がそこに居て。彼女はぷるぷると、何かを耐えているように見える。
ああ、これはおそらく。
五分前の出来事――屋上を出る直前、僕が彼女にした「ちょっとだけ意地悪なこと」から生み出された感情が、今になって彼女を襲っているのだろう。
僕は、彼女のこういう表情が見たくて、悪いと思いつつも「それ」を実行したのだ。まぁ、僕は五分前に見た未来で、一度味わったのだけど。
彼女のことだったら、何度だって繰り返していい。互いの、決して交わることのない五分を、百回だろうと千回だろうと、繰り返して構わない。
それほどまでに、僕にとっての彼女は「幸せ」そのものなんだ。
これは、五分経っても変わらない事実で。五分後の、更に五分先も、全く同じ。その更に五分先も、更に更に五分先だって、変化はしない。確信できることなのだ。
願わくば、彼女の五分後の幸せに、僕が含まれていますように。
僕は心の中で欲張りを祈り、「幸せ」と手を繋いで、夕焼け色に染まった通学路を歩く。別に欲張らなくとも、幸せを手にしている時点で、十分だ。それでも祈ったのは、彼女と同じ気持ちを持ちたいと思ったからだった。
とはいえ、お互い好き同士なら、もうそれで同じ気持ちを持っているとも言えるんだけど。
と、考えを巡らせながら、五分が流れる。彼女の手が、熱を持って何か訴え始めた。
「な、なんか……幸せ、だね……ぁ、ちが……ぃ、今までも、そう、だったんだけど……ちょっと、違う感じがして……」
五分前の僕の我儘な祈りを読み取ったかのような言葉に、少し唖然とする。それでもすぐに、その祈りが通じたのが嬉しくて、僕は笑顔を浮かべた。
彼女の五分後の幸せに、僕が居る。
それだけで僕は、永遠に交わることのない五分が大切なものに思えてくる。
他の誰かでは、絶対に得ることの出来ない五分。
それを僕らは今、確かに過ごしているのだった。