落ちこぼれ艦娘と、死神と呼ばれた提督   作:ふらみか

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 太陽は熱く、空気は湿気を多く含んでいた。

 かもめが遥か遠くを飛ぶ。彼からすれば、私が降り立ったこの絶海の孤島は、地獄だろうか。いや、食糧があれば、あるいは天国かもしれない。

 私を運んでくれた船は、既に遠くに行ってしまっている。水平線の彼方に消えようとする点が、そうだ。ここにはなるべく居たくない、とでも思っていたのか、撤収の早さには驚かされた。

「さて……鎮守府は……」

 私がここに訪れた理由は、とても単純で、この地にある鎮守府に異動となったからだった。

 今にも崩れてしまいそうな桟橋から、辺りを見回す。

 建物らしい建物は、残念ながら見当たらない。目の前には高い山が見えるだけだった。

「……本当にあるのか?」

 じっとしていても何も変わらないので、とりあえず動くことにする。

 しばらく歩いていると、いくつかの廃屋が目に入ってきた。

 発見した段階で「廃屋だ」と分かるほどの廃れた小屋だ。全て中を覗いて見たが、案の定何もなかった。

 ――と、廃屋集落の端に、目的の地の手掛かりとなる古びた看板を見つけた。

 ただの木の板に、炭で書かれた文字と矢印。かろうじて「鎮守府コチラ」と読める。そして、矢印の示す方向は。

「……山の中に鎮守府?」

 鬱蒼と茂る森だった。

 

 

 汗が止まらない。本当にここに鎮守府があるというのなら、着いた暁には水浴びでもしようか。いやしかし、着任当日に早速水浴びをする上官というのはいかがなものか。私は気にしないが、他の者も私と同じだとは限らない。そもそも、私は歓迎されるのだろうか。私の辞令が電文で届けられている以上、ここに異動となる理由も伝えられているだろう。果たして、こんな私を、受け入れてくれるだろうか。

 などと適当なことを考えながら山道を登っていると、人工物が突如現れた。

 開けた場所に建てられた小さな木造校舎のような……というよりも、木造校舎だ、これは。

 入り口と思しき扉の横には、「――島第一学舎」と書かれた木札がぶら下がっている。島の名前は掠れて読めないが、ここは確か「果ノ島」という島だった気がするので、その字が書かれていたのだろう。

「……道を間違えたか?」

 さすがにこれが鎮守府だ、と納得することはできない。これは、かつては人がいたであろう「学校」だ。人の気配は、島全体からすでに失われているが……。

 仮に、人の気配があったとしても、ここを活用している人間ではないだろう。窓ガラスが割れたままのところもある。とても生活できる状態ではない。

「あの看板はどこか別の場所にあったものなんだろうな……。こんなところにいてもしょうがない。さっきの所まで引き返すか」

 と零した所で。

「こんなところでごめんなさい、です」

 後ろから、誰かの声が聞こえた。言葉的に、返事をしてくれたのだろう。

 有難い。この地にいる人なら、鎮守府への手掛かりが掴めるかもしれない。どこか無人島ではという疑念が、これで晴れたのも嬉しい。

 嬉々として振り返ると、そこには、柔和な笑みを浮かべる少女がいた。

 短く切られた髪が丸っこくて、少女を幼く感じさせる。彼女はセーラー制服を着ていて、いかにもこの場に関係があるというような雰囲気を感じた。

「ちょうど良かった。すまないが、一つ聞きたいことがある。鎮守府がどこにあるか分かるだろうか?」

 すると少女は、私の方を指差した。

「……あまり人を指差さない方がいいと思うが」

「違います違います! 貴方を指差したんじゃなくて、貴方の後ろを指差したのです!」

 一瞬、なぜ彼女がそんなことをしたのか分からなかったが、すぐに思い当たる。……思い当たりたくない、というのが、本音ではある。

「いや、まさか……冗談、だよな?」

「冗談じゃないのです。この建物が、この島の鎮守府なのです!」

 なんてことだ。これが鎮守府なのか、という疑問以前に、これが機能しているのか、という疑問が浮かぶ。

 いや、そういえば。

 彼女の着るセーラー服は、どこか見覚えがあった。かつて私がいた場所にも、彼女と同じセーラー服を着る者がいたではないか。

「もしかして、君は艦娘か?」

「あ、ようやく分かりました?」

 確かあの制服は、睦月型艦娘に支給される物で……。

「睦月型一番艦! 睦月です!」

「そうそう、睦月だ。挨拶が遅れてすまない。電文が届いていると思うが、本日付でここの鎮守府の司令官を任されることになった者だ。以後、よろしく頼む」

「あー、届いてますよ届いてますよー! あれ、でも、正午に着任ってあったような……?」

「普通は早めに来るものだが?」

「ふぇ? あ、あれ? そうなんですか? 全然準備出来てないのです……」

「いや、特別な事はしなくていい。後で全員に集まって貰って、そこで一言挨拶できればいい」

「そう、ですか?」

「ああ。早速だが、睦月。執務室まで案内してもらえるか? とりあえずこの荷物を置きたい」

 あまり多いとは言えないが、一先ず落ちつきたい。

「了解なのです! それでは、張り切ってまいりましょー!」

 この子は元気だな……。この暑い中、良く張り切れる。子供は風の子と……おっと、これは冬に言うべき言葉だったな。

「およ? 提督、こっちですよ? 早く早くー!」

 ……睦月の賑やかさは、暑さにやられた体には、少々度が過ぎるかもしれない。彼女を見ていると、自分が少し、年老いた気になってしまう。まだ若いつもりなのだがな。

 

 

 

 

 

 まず、私は考えを改めなくてはいけなかった。

 この鎮守府という名の木造校舎の廃墟、予想以上に廃墟だった。先程見付けた廃屋の方が、まだマシかもしれない。

「じゃじゃーん! ここが提督の執務室なのです!」

「……」

 古びた教室に、少し大きめの木製の机が一つ――おそらく、かつては教師が使っていた机を椅子に合わせて足を切ったのだろう――が中心に置かれている。正直、見ていて不気味だ。ホコリは見当たらないが、窓ガラスが割れているのか、段ボールで塞がれている。電気は来ているようだが……かなり薄暗い。

「睦月が一生懸命作りました! どうですかどうですか?」

「作った? 君一人でこれを……? あの窓もか?」

「はい、なのですー!」

 この子一人でやったのか……。窓の修復も、恐らく掃除も。他の者は何をやっているのだろう。

 ともかく、この子一人でやったのでは、考えを再び改めなくてはいけない。

「……そうか、よくやったぞ、睦月。素晴らしいな。良い執務室だ。仕事が捗りそうだ」

「にゃはは、睦月、褒められちゃったのです!」

 無垢な笑顔が眩しい。

 微笑ましいが、悲しいかな、まともに仕事が出来そうな部屋ではない。

 これは最初から随分大変だぞ、と自分に言い聞かせ、私は荷物を机に置いた。

「ところで睦月、ここには何人の艦娘がいるんだ?」

「睦月を入れて、えーっと……四、五……六人なのです!」

「……たったの、六人?」

 それでは、あまりにも少ない。

 確かに、深海棲艦との戦いは終わった。海に平和は戻り、艦娘は海の英雄と呼ばれた。が、それと同時に、非武装平和主義の世界の流れで、彼女たちは兵器としての力を失った。

 本部は艦娘を、海路を安全に行き来するための誘導手などで活用する一方で、ある提案を出した。

 艦娘が主役のスポーツ競技の完成と、鎮守府同士で競い合う「リーグ」の発足。

 今まで、演習と言う形で鎮守府同士が合同訓練を行うことはあったので、これはすぐに受け入れられたのだが、問題はそこではなかった。

 そのリーグでの実績がある程度なければ、鎮守府そのものを縮小させられる、という点だ。

 対戦データは本部に送られ、それによって実績のない鎮守府は、本部から縮小の命を受けることになっている。……らしい。

 正直、私も直に体感したわけではないので、何とも言えない。

 それが今の鎮守府と艦娘のあり方だと、ここに来る前に教えられただけだ。

 もちろん、それだけでなく、鎮守府縮小の動きはあるようだが……それにしてもその人数は少な過ぎる。現在では一鎮守府につき、最大でも数十が限度で、十人前後の鎮守府もざらにあるが……六人は、艦隊編成最低人数ではないか? ……僻地だから、仕方のないことなのだろうか。

「……ではその六人を、ここに集めてくれないか? 時間は三十分後。私はそれまで他の部署の方に顔を出してくる」

「おりょ? 他の部署とか、そういうのはありませんよ?」

 何? 他の部署はない、だと?

「事務は?」

「ないのです」

「酒保は?」

「当然、ありません」

「整備」

「自分でしてます!」

「……食堂」

「ありますけど、お料理は各自で作って食べてるのです!」

「……まさか、艦娘しかいない、とか言うなよ?」

「え、あ、す、すみません! ここには、艦娘しかいないのです……」

 本当に、ここは、鎮守府なのだろうか?

「えーっと……睦月、皆を呼んできます!」

 肩を落とした私を見かねてか、睦月が出ていった。

 一人残された私は、とんでもないところに飛ばされたのだと、改めて実感していた。

 

 

 三十分後。

 艦娘五人が、私の座る机の前に並んでいた。

「……睦月、聞いていた人数と違うのだが、まさか、本当は五人だったのか?」

「あの、違う、んですけどぉ……」

「気にしない方がいいですよ」

 睦月がごもごもしていると、着物を着た女性が喋りだした。その語気に棘があるような、気もしない、でもない。

「摩耶さんはこういうの、苦手ですから。後で私が伝えておきます」

 苦手だからと言って、上司命令を背くか、普通。

「いや、いい。私が直接顔を出しに行く。えーっと、睦月、後で案内してくれ」

 まぁ、彼女の棘は、気のせいだろう。今はそう思うことにして、まずは挨拶だ。

 私は立ち上がり、皆の前で敬礼する。

「もう知っている者もいるだろうが、改て自己紹介をしよう。果ノ島鎮守府に、司令官として本日付けで着任した。『提督』なり『司令官』なり、何でもいい。呼びやすいように呼んでくれ。では、私から見て左から自己紹介を頼む」

「睦月からですね!」

 睦月が敬礼して、笑顔を浮かべた。

「先ほども言いましたが、睦月型駆逐艦、一番艦の睦月です!」

 先ほども述べたが、癖っ気のある短い髪と、いつでも元気なことが目印の様な少女だ。白いセーラー服と、タイツで覆われた細い足がコントラストとなっていて、眩しい。

「睦月、改めてよろしく頼む」

「はい、提督!」

 次に隣の、先程からじっとこちらを睨み付けている子が、敬礼をした。

「初春型駆逐艦三番艦、若葉だ」

 睦月とは違い、彼女はブレザーを着ていた。ネクタイをして大人びているが、背丈は睦月よりもやや低い。栗色の髪が綺麗だ。睨むような目つきは、どこか雄々しさを感じる。

「よろしく、若葉」

「うむ」

 次は、誰だろうか。川内型の制服を来ているようだが……。

「せ、川内型軽巡洋艦、三番艦……那珂、です……。よ、よろしく、お願いします……」

 今にも消えそうな声で挨拶した那珂は、オレンジ色の、まるでステージ衣装のような服とは対照的な雰囲気を出していた。髪はボサボサで、だいぶ長い。前髪が鼻より下まで伸びている。私の記憶が確かならば、前にいた鎮守府での那珂は、もっとこう……賑やかな性格だと思ったのだが……。しかし、怯えているのだろうか。伸びた前髪の隙間から見える目は、ずっと下を向いている。怖がられたか?

「怖がらなくてもいい。まぁ、私は器用な方では無いが……よろしく頼む、那珂」

「は、はい……」

「次は私ですね。鳳翔型軽空母一番艦の鳳翔です。先に言っておきますが、過度な期待は寄せないでください。よろしくお願いします」

 鳳翔か。前にいた鎮守府での鳳翔とは違うのだろう。が、そこは「鳳翔」だろう。その名を冠するのならば、適性上、頼れる存在だと思われる。「鳳翔」が頼りになる、というのは、士官学校でも習うことだ。最後の過度な期待は寄せるなと言う言葉も、棘のある語気も気になるが、「鳳翔」には変わりない。

「そうは言ってもな。なにぶん、ここは初めてなんだ。私が困った時は、助けてくれるとありがたいよ、鳳翔」

「……そういうのが迷惑なんです」

「なにか言ったか?」

「いえ、別に」

 彼女は、前にいたところとはまた少し違った風貌だった。同じ艦娘名でも見た目が違うのは経験としてあったが(先の那珂もそうだ)、私のイメージの「鳳翔」は長い黒髪を一つに束ねているのが常であったから、短い髪の彼女は少し新鮮でもある。

 しかし随分と棘のあるような、突き放してくる雰囲気のある「鳳翔」だ。気のせいだと思うようにしたが、気のせいではない。何か、私の発言に、気に食わない事があったのだろう。気をつけなくてはならないな。

「次は……」

「……扶桑型戦艦二番艦の山城です」

 鳳翔が実用的な和服を着ているのならば、山城は、神事に用いる和服を着ている、と言ったところか。所謂巫女装束の彼女は、鳳翔よりも少し長めの黒髪で、きらびやかな髪飾りが目に入る。背丈は、この中で一番高いようだ。それも相俟って、私よりも威厳があるように見えてしまう。

 しかし、彼女からは怒気を感じる。鳳翔よりもかなり棘々しいというか、もはや怒りさえ感じる。その口調は、私が何かしたからなのか。少なくともまだ、何もしていないはずだが。

「よろしく頼む、山城」

「ふんッ……」

 そっぽを向かれてしまった。気に触ることをしてしまったのだろう。これは着任そうそう嫌われてしまったようだ。

「皆の名前が分かった所で一つ聞きたいんだが、前任の司令か提督が残した引き継ぎ書などはどこにあるんだろうか。先程から探しているのだが、見当たらないんだ。何か聞かされてないか?」

 聞くと睦月がポカンした顔で固まってしまった。おかしいことを聞いたか? と思っていると、若葉が口を開く。

「前任などいない」

「……は? いや、さすがにそれは……」

 冗談は間に合っていると言おうとして、真面目な表情のままの彼女に、私は言葉を失った。

「あなた、ここがまともな場所に見えるんですか? だとしたら、おめでたい頭をしていますね?」

「若葉が知る限りでは、ここに来た司令官は、貴方が初めてだ。と言っても、若葉もそこまで長くいるわけではないが……」

「初提督初提督ー♪ いひひっ!」

 私はどこまでも考えを改めねばならないのだろうか。

 本日何度目かの溜め息を心の中で吐き、額を抑える。

 明日にはもう、司令官という肩書きを捨てているかも知れない。

 

 

 挨拶も終わったところで今日は解散し、私は睦月に案内してもらって、摩耶の部屋の前に来ていた。

「ここが摩耶さんのお部屋なのです!」

 部屋というか、これは……。

「教室だぞ? ここにいる皆は、教室で寝泊まりしているのか?」

「はい!」

 ……まあ、執務室も教室だったんだから、そうだろうな。

「案内ありがとう、睦月。助かった」

「睦月をもっともっと褒めるがよいぞ! 褒めて伸びるタイプにゃしぃ!」

「あぁ。本当に助かったよ」

「撫でてくれてもいいのですよ??」

「あ、ああ……こうか?」

 この子は勢いがスゴイ。少し心配してしまうくらいの明るさがある。見た目は子供、とはいえ、一応は元兵器の艦娘なのだから、一人前として見るべきなのだが、彼女は“らしすぎる”。

「お……」

 頭を撫でた直後、反応が無くなってしまったため、とっさに手を引く。心配になるくらい元気な子だが、その元気がなくなるのは、本当に心臓に悪い。

「す、すまない。睦月、もう行っていいぞ。悪いな、付き合わせてしまって」

 さて、心を落ち着かせて。

 木製の引戸に向き合い、軽く二回、叩く。

「今日付けでここの司令官に着任した者だ。入っていいか?」

 暫く待っていたが、返事が無い。

 もう一度、同じ事をする。

「摩耶、いるか? 着任の挨拶にきたんだが……堅苦しいものじゃなく、顔合わせみたいなものだ。……いるのか? 開けるぞ?」

 開けて確かめようと手を伸ばしたところで。

「うぉっ」

「人の部屋、勝手に覗こうとすんなよ。あと、うるさい」

 戸が開き、鋭く睨まれ、怒られてしまった。

「あ、ああ。すまない。君が摩耶か?」

「そうだけど」

 摩耶は、私の知る姿ではなく、ラフなジャージ姿だった。鳳翔や那珂のような、髪形の変化はない。そういう意味では、私のイメージに近い摩耶である。

「私は今日付けで着任し」

「聞こえてた」

「……よろしく頼む」

 握手をしようと、私は手を差し伸べた。

 しかし。

「セクハラしてくんな、帰れ」

 勢い良く扉を閉められる。

 ……手は空を掴んだ。虚しい。というか、握手もセクハラになるのか。これからは気を付けなくてはいけない。

 なにはともあれ、これで挨拶は済んだ……ことにしておこう。

 どうやらここには艦娘しかいないらしいので、私の初日の仕事は終わったわけだ。

 摩耶に半ば心を折られかけた私は、案外落ち着ける執務室に戻ることにした。

 踵を返そうとすると。

「終わりましたか?」

「おっと。睦月、待っててくれたのか」

「にひひ。偉いでしょ偉いでしょ?」

「ああ。今は心が折れかけてたからな。睦月の存在がとてもありがたいよ」

「もっともっと、もーっと褒めていいのですよ?」

「睦月は、本当に偉いな」

 今日はもう、自分の荷物の整理だけにしておこうと決め、執務室へと戻る。

 その間も、睦月は私の隣を歩き続け、褒めろ褒めろとせがんできたのだった。

 そういえば、先程の撫でる行為も、セクハラになりそうだな……睦月を見ていると、小さい子を見ているようで、つい撫でたくなる。褒めろとせがむ様子も相俟って、だ。この子の扱いには、気を付けねばならない。私は静かに、心にそう刻んだのだった。

 

 

 

 

 

 翌日五時。起床予定時刻の三十分前に、私は起きる。

 昨日一日中荷物整理していたことと、床で寝ていたことにより、体中が痛い。

「早いとこ床で寝るのに慣れないとな」

 ベットなどはもちろんなく、睦月が用意してくれた毛布一枚をかけて一晩を明かした。贅沢は言わないが、せめてもう一枚、敷く分の毛布が欲しかった。

 とりあえず、寝ぼけ眼を覚ましに行く。昨日の夜、睦月に教わったのだが、校舎(この際鎮守府ではなく、校舎と呼ぶことにする)裏の手洗い場を、水浴びが出来るように簡易的に改造してあるのだ。と言っても、蛇口にホースを取り付け、それを壁に貼り付けただけの簡易シャワーだが。風呂に行くのが億劫な時は、便利な場所だと思う。

 とはいえ、手洗い場全てをそれにしているわけではないので、顔を洗うのも、そこに行けば済む話だったりするわけで。

 タオルを片手に、まだ気温の上がりきらない校舎を歩き、外の手洗い場へ。

 そこに、先客がいた。

「おはよう若葉。随分早いな」

 若葉は顔を洗っていたのか、既にタオルで水滴を拭っている最中だった。

「おはよう司令官。若葉にはこれが普通だが?」

「いや、素直に関心するよ。まだ早い時間だ」

 昨夜はここで汗を流したわけだが……改めて観ると、簡易的すぎるな。

 ……ここの風呂がこれだという話はされていないので、きっと風呂場は別にあるんだろう。あとで、風呂場の教えてもらおう。絶対に、何があっても。

 蛇口を捻り、だいぶぬるい水を出す。

 不思議、と言えば不思議なのだが、ここ、電気と水道はきちんと整備されているようなのだ。本部がまだ面倒を見る気があるということなのか、かつての名残なのか。ガスが無いのが残念だが、贅沢は言えない。

「そういえば、食堂が何処か分からないんだ。若葉、食べに行く時、教えてくれるか? 昨日はずっと執務室で自分の荷物とにらめっこだったから、この校舎のこと、何一つ分かってないんだ」

 ちなみに昨日の夕ご飯は、睦月が持ってきてくれたおにぎり二つである。そのまま執務室でいただいた。……あれ、鳳翔よりも「鳳翔」らしいな、睦月……。

「構わないが……ここでの食事は、各自で、だぞ?」

 ぬるい水でも、心地良いものだ。最後に一度、水を掬って顔にぶつける。

「……それはどんな制度なんだ? 聞いたことがないぞ。せっかく人がいるのだから、皆で食べればいいだろ?」

「……」

 無言で返されてもなぁ。基本的に、無言は肯定と捉えることにしているが、これは肯定なのだろうか。

「どうせ、遅くても六時には全員が起きるだろうし……六時半には食堂に集まるように伝えておくか」

「……多分、それは難しいな」

「ん? どうしてだ?」

「ここには明確な起床時間がない。皆起きるのはばらばらだ。山城さんと鳳翔さんは起きるだろうけど、それでも七時だな。だいたい全員が起きるのは、十時過ぎだ」

 ……。

「では、若葉はこれで」

「……待て」

「まだ何かあるのか?」

「起こせ」

「……む?」

「六時になったら、全員起こせ。六時半に、食堂に集まるよう、伝えろ」

「わ、若葉が、か?」

「俺も手伝うから、そう嫌そうな顔するな。だが、起こせ。皆に話がある。今、話すことができた」

 もはや、水滴をぬぐおうとも思えない。もう、何も考えないことにする。

 

 

 六時半。

 私と若葉の頑張りにより、六人中五人が食堂に集合できた。いないのは、摩耶だ。

 起こす際、全員の部屋の位置を知ったが、なんでこんなにばらばらになっているのだろうか。伝令が伝えにくいというか、いろいろと不便だ。が、もう何も考えないと決めたのだ。彼女らを理解しよう。

「うー……提督、睦月を呼ぶのもいいけど、もうちょっと寝かせて欲しかったー……」

 睦月は睡かけをし、山城と若葉と鳳翔は、意識だけははっきりしているようだった。那珂は、顔色が悪い。生気が感じられない。

「那珂、大丈夫か? 体調が悪いなら、無理しなくていいぞ?」

「私は、……平気、です……」

「辛かったら遠慮せずに言えよ?」

「じゃあ……お言葉に甘えて、睦月、眠りますー……すや」

「眠いだけのやつは少し我慢しろ。すぐに終わらせる。まず……この鎮守府の状態について、聞きたい」

「鎮守府の、状態ですかぁ? ふぁ……」

「食事は各自、と聞いたが、時間が決められている訳じゃないのか?」

 誰も答えないからか、睦月が目を擦りながら、答える。

「決められた時間なんてないのですぅ。ここは自由の島なのでしぃ……」

「……練習等はどうしているんだ?」

 練習とは、砲雷撃戦の練習のことではない。

 いや、ある種砲雷撃戦の練習だが、スポーツ競技としての砲雷撃戦の練習だ。

「やってないのです……ふぁ……」

 これは、このままでは鎮守府解体もあり得るな……。

「ならば、心して聞いて欲しい。明日からは、行動する時間を決めさせてもらう。決められた時間に起き、決められた時間に活動し、決められた時間に眠る。その繰り返しだ。分かったな?」

「えーっ?!」

 ここで睦月が、ようやく起きた。

「ちょ、ちょっと待って下さい! 正気ですか?!」

 驚いたのは、鳳翔から不満の声が上がったことだ。鳳翔らしからぬ威勢に若干たじろぐが、もう決めたのだ。

「問題があるか?」

「明日から急にと言われましても……今日一日で合わせろと言うのは、かなり無茶な気がします。皆さんの生活のリズムもありますし」

「何を言ってる。起床時間が適用されるのは明日からだが、それ以外は今日からやるぞ」

「なっ……!?」

「では、そろそろ朝食にしよう。米とおかずは用意してある。食べたら艤装をもって、向こうの砂浜に集合だ」

 絶海の孤島ということで、そういった面も不安だったが、一応は鎮守府なので、本部も面倒を見ているらしく、定期的に物資が送られてくるようだ。皆を起こす前に、若葉に教わった。ただ、これも哀想が尽きれば、止められるだろう。鎮守府解体前に、餓死するかもしれない。

「……本気、なのですか?」

「早く取らないとなくなるぞ? 一応大目に用意したつもりだが、大食いがいれば一瞬で無くなる量だ。言っておくが、食べないと身体に悪いからな。食べた方がいい」

「ねぇねぇ提督。悪い事は言わないから、やめといた方がいいですよぅ。睦月達、そんなことしなくてもいいでしょ、ね?」

「そうはいかない。鎮守府を維持させる為、自分達の居場所を保つために、ある程度実績を残さないといけない。昨日今日で、正直、危ないと感じた。君らを残すためにも、少しは動かないとな。なに、今日は皆の練度を確認するだけだ。辛い練習にはならないと、約束しよう」

 その言葉で観念したのか、全員が黙る。とはいっても、最後まで騒いでいたのは、主に睦月だけだったのだが。

「さて、それじゃあご飯だ。皆、いいか? 合わせるんだぞ?」

 配膳を終え、それぞれの席に着く。無理やり椅子を六人分だけ残して固めておいて、正解だったかもしれない。彼女たちなら、バラバラに座りかねなかった。やはりコミュニケーションは大事だと思う。

「いただきます」

 睦月と若葉と鳳翔の元気のない声と、かろうじて聞き取れる那珂と山城の声が合わさって、私のここでの初めての朝食が始まった。

 皆、終始無言ということは、不満もあるだろうが、こうして食べるのも滅多にないのだろうな。これから、少しずついい朝食風景にしていけばいいのだから、焦る必要はないが……。

 食事でこれだと、この後もかなり不安だが……決意したのだから、仕方ない。

 もう二度と、彼女たちから、艦娘という居場所を奪ってはいけないのだ。

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