原は立小便を終えると社会の窓を閉め、ぶるっと震えたのちに車の前に回り込んだ
おもむろに腰を割り、前かがみになると目を閉じて一呼吸入れてから目を半眼にして確かに極道の、鉄火場の声を出した。
「おひけえなすって!」
一軸も部下も車の前で腰を割る原をみてぽかーんとしていた。
「早速のお控えありがとうござんす。手前、姓は原 名は益三ともうしやす。
10と5年のションベン刑を放免(バイ)になりやしたが、お国から頂戴しました物相飯の恩義も返(けえ)しておりやせん。
15年前(めえ)に拾った命でござんす。一宿一飯は博徒の義理。お国の銭で15年。
三度の飯を食わせてもらった身になれば、懲役ボケした若輩者でござんすが、万事万端、宜しくお願いいたしやす」
一軸は頬をかきながらどうしたものやらと思っていたが
「あー、原さん。まあ、乗っておくれよ。細かい話は鎮守府で俺がするよ」
「おう、頼むぜ。」
そういうと、原は颯爽と車に乗り込んだ
「しかし、チンジョフってのに行く前に飯を食わせろ。さすがに物相飯じゃねえのをくいてえ」
「なあに、あと10分もすれば鎮守府につく。そしたら飯でも食おう。軍人はいろいろあるが、飯だけはとびっきりだ。そんじょそこらの飯よりうまい。保証しよう」
「ああ、そうかい。一軸さんよ。天丼はあるかい?」
「ああ、天丼でも牛丼でもなんでもある。安心してくれ」
「ビールはつくかい?」
「そいつは今夜まで待ってくれ」
二人は妙にウマがあったのか、社内で大笑いをした。
車が鎮守府につくと、歩哨担当の艦娘が一軸に敬礼をした
原はそれを見ると頭を下げた。
車は正面の建屋の前に止まり、一軸はそこで原を降ろした。
「ようこそ鎮守府へ。まあ、まずは食事にしよう。ついてきてほしい」
「へえ」
原は周りをきょろきょろ見渡していると、一軸は颯爽と歩き出した。
原はそれを見て手と足を延ばした軍隊らしい歩き方でついていく。
「軍隊にいたのかね?」
一軸はそう聞くと
「懲役にいるとこういう歩き方じゃねえと運動場にもいけねえんだよ」
「なるほどね」
一軸はそのまま鎮守府を案内する形で腹を食堂まで連れて行った
中ではまだ食事をとっている艦娘が多数いた
「鳳翔さん、彼が原くんです。とびきり美味しい食事を振舞ってあげてください」
「はい。提督。原さん、鳳翔です。本日の炊事当番をしております。なんでも仰ってください。誠心誠意おつくりいたしますわ」
「原さん、彼女の料理はなかなかだぞ?」
鳳翔と呼ばれた女性は三日月のような優しい瞳で原をみつめると、原はおもわず見とれてしまう。
「あ、あ、あの。て、天丼をお願いできますかっ」
「はい。天丼ですね。お持ちしますのでお席でお待ちくださいね」
原と一軸は近くの空いてる席に座った
大きな薬缶には麦茶と書かれており、汗をかいたように水滴が浮き出ていて、麦茶の温度を想像させる。
「膳まで持ってきてくれるのかい。すげえね。」
「なあに、今日は特別だよ。明日からは自分で。軍隊だからね。すべては自分で行うのが基本さ」
一軸は湯呑に麦茶を注ぐと、グイッと飲み干した。
「冷えた麦茶か。うまいものだねえ」
椅子に座って背筋を伸ばした原と砕けた感じの一軸。
制服を着ていなければどちらが軍人だか分からないような姿勢だった。
「もっと楽にしていいんだけど?」
「そうは言ってもな、今朝まで号令とキヲツケとバンゴウで生きてたんだぞ。そうはいくかよ」
「そんなもんかね」
そんなこんなしていると、鳳翔が天丼を持って原に配膳をする。
一軸も膳を受け取ると鳳翔に礼を言った
「さあ、食べよう。細かい話は食事の後だ」
そういうと、一軸はいただきますといいながら天丼の蓋を取る。
野菜をベースにした天丼ではあるが、かき揚げには小さい貝柱や三つ葉などもあり、絡めたタレがあいまって鼻孔をくすぐる。
原の注文だが、当の本人は背筋を伸ばして蓋を取ると固まってブツブツ言い出す始末であった
「こいつぁ・・・かっちけねえ。。。かっちけねえ。。。」
原は天丼を前に涙を流していた。
鳳翔はその様子をみると泡をくってしまう。
「は、原さん・・?あの、何か不手際でもありましたか?」
おろおろする鳳翔と天丼を前にして涙を流すスジモノ。二人を前にして一軸は箸が途中になったまま口を開けてアホ面になっている。
やがて原は意を決したようにグイッと目をこすりあげると、「いただきますっ!」と言って食いだした。
一口頬張ったときに大きくため息をつき、あとはもう一心不乱。戦後の欠食児童もここまでじゃなかろうとばかりに天丼を食べた。
その勢いは食べるというより「食らう」というべきもので、原の言葉でいう「かっくらう」というべき勢いだった。
全てを物も言わずに平らげて、味噌汁とお新香を食べ終わると「ごちンなりました」と丁寧に頭を下げた。
あまりにも動物的で、あまりにも一心不乱に、あまりにも旨そうに食べるその姿を見て鳳翔は驚いたような表情で「お粗末様でした」と返すのが精いっぱいであった。
飯を食うことに一生懸命だった原が麦茶を最後にグイッと飲む。
「本当にかっちけねえ。こんなに美味い天丼を食ったのは初めてだ。俺ァ元々大したものを食って来なかったが、この天丼は一生わすれねえよ」
「あら、お上手ですのね。」
「いや、本当だ。『人の飯』ってのはこんなにも美味いものだったんだな・・・」
「ふふふ。こんなので宜しければいつでもお作りいたしますよ」
鳳翔はそういうと膳を下げるのであった
「あんな別嬪さんも軍人なんだな」
「彼女も艦娘だよ」
「飯をつくる艦娘かい?ばかいっちゃいけねえよ。あれが武器なもんかよ」
「そう思うかい?彼女はれっきとした艦娘。最初の空母であり、空母の母ともいえる。」
「なら、あの天丼は母の味だってか?与太も大概(てえげえ)にしてもらおうか。あんな小娘に戦争させていいもんかよ」
「だから言ったろう。『提督の言うことは聞く』と。」
一軸は苦々しい表情で言い切った。
「一軸さんよ」
一服つけながら原は一軸に切り出す。
「ご存じねえと思うがね、今朝までいた刑務所ってのは飯も足元から出てくる。したっけ、こいつは犬や猫とおんなし(同じ)だ」
原は煙草を短くしながら俯き加減で不思議な声色で話し出す。
「配膳のときはあったけえ飯でも全部に配るころにはさめちまう。おみをつけだって、たまに実が入(へえ)ってりゃめっけもんだ。そんでも味噌汁は味噌汁よ。ありがたく頂くもんだと思ってた
したっけ、あんたは艦娘ってのは兵器だという。あの別嬪さんは俺のために飯をこさえてくれた。
兵器が人のために飯をつくるのかよ。俺ぁ、どうしたってそんなの了見いかねえよ。あの飯はあったかかったんだぜ?あんたも食ってわかったろうがよ」
「原さん、後できちんと話すが、彼女たちは自己がある。一人の娘であることは正しい。しかし彼女たちは人ではないのも事実なんだ」
「どっからどう見ても人間に見えるがね。それとも何か?立派な准将さんの理屈じゃ敵を討つのはみんな武器か?
どっこい、こちとら中学だって碌に行ってねえ盆暗の頭じゃ、人の命は地球の重さよ。」
面白くもなさそうに原はごちる
「そうでなけりゃあ、俺ァ15年も物相飯をくってた理由がつかねえや」
一軸は申し訳なさそうに短くなる煙草を見ながら原に言葉をかける。
「彼女たちは純然たる人ではない。海軍では彼女たちは兵器としての役割を期待せざるを得ないんだ。
しかし原さん。あんたの感覚は正しい。海軍は面倒なところだが、今の気持ちを忘れないでくれ。」
一軸は原にこの通りだと頭をさげる。
「おう、やめてくれ。なんだい、これじゃ俺が悪者みてえじゃねえか・・・」
原はこまったような顔をして頭をかいて、話を続けた
「ならよ、失礼ついでにもう一つきくぜ。
俺ぁ、やくざもんだ。極道だ。お世辞にもまっとうな人間じゃあねえ。世間的に言えば反社会的集団の一人よ」
「そうだな」
一軸は原をみてこともなげにそう答えた。
「軍隊は、お役所はそんな極道モンとは交ったらマズいんじゃねえかい?」
「そらそうよ」
「ならなんで」
「原さん。日本はそんだけ切羽詰ってるんだよ。このままでもジリ貧。下手打てば一気に持って行かれる。
なんとかシーレーンを保持しちゃいるが、安全性なんて保障もされない。他に比べればマシ程度の物だ。
それでもこれは日本の命綱だ。これが切れたらそれが日本の命日だ。輸送もなにもあったもんじゃない。明日のおまんまも二進も三進もいかなくなる。
俺は軍人だ。日本を守るのが俺の仕事だ。そのためならヤクザだろうが、バケモノだろうが提督素養があれば誰でも起用する。」
一軸は真剣な眼で原を見る。その瞳には決意を決めた者が持つ覚悟が備わっていた。
原は一軸の真剣な瞳をまっすぐに睨み返す
「俺があんたを裏切らないとでも?」
「その時は俺が殺す。人を殺すのは軍人の十八番だ。」
お互いの視線が交差する。空気が冷える。
にぃっと口の端をまげて原は一軸に語りかけた。
「おもしれえ。下足(ゲソ)を預けるには十分おもしれえお人だ。
提督殿よ。しばらく下足は預けるぜ。この原益三。とくと使っておくんなまし」
原は立ち上がると敬礼をした。
「原さんよ、海軍の敬礼ってのは脇を締めるんだ」
苦笑いをしながら一軸がいうと、原は不恰好な敬礼をつくろうとしていた。
極道が提督になる一歩であった