艦隊はある程度のローテーションをもって運営されているらしい。
らしいというのは、話を聞いた原が詳細を理解していないからである。
朝から座学に挑む原は、開始15分で煙を吹きつつあるが、それも仕方ないことだろう。
15年の懲役の間は本当になにもすることがなく、ひたすら、ただひたすらに日が沈むのを待つだけの15年だったのだ。
日が沈めば、今度は眠くなるのを待ち、日が明けるのを待つしかないのである。雑居房の面子は2年程度のションベン刑の奴ならなんとでもなるが
15年の大ベテランともなれば、何があっても面白いことなどない。監獄などというのは、自己紹介という名の仁義を切り、どんなことを娑婆でしてきたを話せば
あとは新入りが昨今の事情を先輩に話すくらいである。
それも新人が入ってこないような房は本気で暇なのである。おもしろいことなぞなく、最後はなんとはなしに屁を放ったくらいで笑うしかない。
最後に待ち受けるのは完全なる思考停止。仏門に入れば解脱できるんじゃねえかというほど時間はあるがやることがない。当然のごとく全く脳みそなんぞ働かない。
いわゆるムショボケというやつである。
出所したばかりの原は、提督反応が確認され、刑期満了を前にマークしていた海軍が極道に戻る前に拉致してしまったのだ。
よほどの大金がからまなければヤクザだって人攫いはしない。目的のためならヤクザも浚ってくるあたり、ヤクザよりかも恐ろしい
まあ、軍隊であれ、極道であれ、親が白といえば鴉も白となる世界という意味では全く同じ。
三食が担保されて各種の保障がある分軍隊の方がマシに見えるが、ドンパチが日常となっている分、明日が知れない日常になっており、どっちもどっちというところか。
出所しており、更生が済んだ(という建前)カタギの人間に提督としての実地トレーニングを施すという建前で、原は一軸に身を寄せている。
原は執務準備室と書かれた部屋で連日、天龍と長門による基礎講座の座学と、鎮守府運営の基本と、一般常識と、軍隊の常識・・・
平たく言えば15年の収監を埋める情報を学習している最中であった。
本日の当番は一般教養なので天龍の担当である。
一般教養とは名ばかりで15年も入っていれば世間の常識が全く通用しないので、平たく言えば雑談である。
天龍は初期から鎮守府におり、遠征任務の大ベテランであった。すでに一軸は天龍を兵站の管理者として任せている。
遠征任務の草案作り、備蓄の目標とどの程度の使用量であれば大規模作戦に間に合うのかの計算など、鎮守府の台所を任されている。
まだ小娘のようではあるが、この敏捷い(はしっこい)艦娘は市中の詳細な地図や見取り図など、鎮守府だけではなく、エリア全体を俯瞰した情報を管理している。
まさしく艦隊の裏方。鎮守府の大蔵省。きちんとした軍事用語を使うなら主計将校であろう。
その天龍の使用している教科書は新聞と雑誌と「着任のしおり」と書いてある小冊子だけであった。
「このように、4日の常勤と2日の準備勤務と完全休日で一週間を回していてな。準備勤務の間は消灯時刻までに戻る条件で市中への買い物も許可されるんだぜ」
「へえ。なんとも大したもので。一軸の親分さんも休みの日に外出したりするんですかい?」
「提督もそのはずなんだけどよぉ、ウチの提督は外に出ることはあまりないねえ。頼めば同行してくれるとは思う」
「なら、一杯(いっぺえ)ゴチになろうかいね。まあ、こちとらだって左利きよ。なあ、天龍さんよ。このあたりで気の利いた店を教えておくんない」
「原さんさ、俺はこうみえても艦娘で、酒の店なんて敷居が高いよ。」
「ああ・・・そらごもっとも」
天龍は市街地の概要をつかんでいるとはいえ、外見はどうみても高校生。よもや飲み屋でクダまいていては店としても体面がよろしくない。
原は苦笑いをしながら頭をかいた。
「まあ、でも町にでれば中通は割と飲み屋とかも多いとおもうぜ。あと、中通は美味しいラーメン屋もあるからな!」
「ラーメンですかい。そりゃ結構ですな。醤油の香りがピンと立ったラーメンを、寒い日なんかに頂いた日には・・・
ああ、もうたまんねえな。天龍さんよ、飲みに行こうぜ」
「莫迦こいてるんじゃねえよ。まだ今日の講義は終わってないし、このあとにレポートも書いて提督に提出した後、兵站想定についての草案も纏めて提出だろお?」
「うへえ。軍隊ってのはめんどくせえばかりですなあ」
「会社だって書類はあるだろうが。さあ、講義を続けるぜ」
提督が着任する際に配布される着任のしおりを基にして、天龍の講義は続くのであった。
「モーダメダ。天龍さんよ、もう勘弁してくれ。俺ァいろんな書類を書いてきたつもりだが、計算するのはやっけえ極まりねえ。」
鉛筆なめなめ算盤をはじいて、天龍に三回のリテイクを食らった草案を前にして原は机に突っ伏した。
「厄介って言ったところで書類は減らねえよ。さあ、コーヒーでも飲んであと少し気張ろうぜ。俺は今日で休みだからな。定時で終わるように確り指導させてもらうぜ」
原のメニューはかろうじて定刻で消化できた。四度目のリテイクはさすがになかった。
何にも基礎知識がないところから4回で見るに堪える資料を作れるのは十分な才能かもしれない。
あとに残るのはこめかみから謎の煙を吹き続ける原の形をした残骸であった。もはや原は物を言うことすら不可能であった。
元から動かない脳みそをフル稼働させたせいもあり、普通の反応すら怪しい様相を呈している。
天龍は原が作成した草案の内容を確認して、今日の内容のレポートを確認すると成果物として一軸への提出を済ませた。
いかにも仕事をこなしました という面体で天龍はレポートを一軸へ提出した。
「ご苦労です。詳細は時間をかけなければなりませんが、指示した内容は未対していると判断します。下がってよし。」
一軸は微笑みながらいうと、天龍は敬礼をして執務室を出た。
口角があがる。
目じりが下がる。
非番である。
天龍の一週間ぶりになる休日が始まったのだった。
さあ、なにをしよう!!天龍の頭は週に一度の自由時間を満喫するプランを猛然と組み上げはじめていた