誰が何を言おうと堂々たる休みである。
天下に冠たる、週に一度は保障され、誰にはばかることはなく、どのように怠惰な形ですごしていてもいいのが休暇である。
この日ばかりは鎮守府の財布の中身より、自分の財布の心配をすべきであり、
計画を練った挙句、計画を無視した散財をしてもよく、むしろ意味の分からない散財をした方が存外楽しい。
特に艦娘の稼いだ給料は命を対価にしたものである。どのみち明日もしれない命なのであれば宵越し銭など全く持つ必要はない。
兵器であるが、人としての楽しみも満たせるのが艦娘ではある。まして年頃の女子である。遊びに行くには小奇麗な格好の方がいい。
シャワーを浴び、ブローも済ませ、さっぱりしてから鎮守府標準の服装に着替えた天龍は、財布の中に遊び銭とも言うべき給料を忍ばせて外出の準備を完全に済ませた。
頭の中身はとっくに街中。鎮守府正面玄関で非番外出の手続きをすませると、いそいそと街中へ消えていくのであった。
鎮守府を出るにあたっては、服装規定があるので規定に則った服装で出るが、そのまま街中で遊ぶには、いささか野暮ったい。
かくして軽巡一同で借りている衣裳部屋という名のワンルームで着替えを済ませることになる。
紺をベースにしたパンツとタイト目なTシャツにオレンジのパーカーという中性的な服装に着替えた天龍はボディバッグを片手に町へ繰り出した。
複数の店をウインドウショッピングで楽しみ、映画を見てから陸奥に聞いた洒落たランチを出す店で食事をすませ、本屋を出るころには軽く夕方になっていた。
秋の日は釣瓶落としのごとし。気が付けば周辺は昏くなっていた。
夕飯を鎮守府で食べるか、食べてから戻ろうか。そんなことを考えつつ、ぼんやりとこの街のメインストリートである中通を歩く天龍であった。
裏通りにあるが明るい雰囲気のピザを出す店が最近のお気に入りである。ピザだけではなく、ジェラートも美味であり、姉妹である龍田にもまだ教えていないとっておきである。
昏くなっては北が、まだまだ人通りの多い時間であり、そこまで心配するほどではないが、今日は様子が違った。
店から20メートルほど先にあるスナックの前に気弱そうな少年が愚連隊に絡まれている。
「ツいてねえな・・・」
瞬間的に天龍は思った。このまま店に入ってもいいのだが、間違いなく気になってしまい、チーズが焼けて泡立つカリカリのピッツァを楽しめないことは確実である。
かといって愚連隊は3人がかりで少年を囲んでいる。突っ込んで行って暴れてもいいのだが、それでは結局ピッツァはお流れであるし、なにより警察沙汰である。
天龍はそのまま店の前にある自販機で缶コーヒーを買うと、何食わぬ顔でスナックの通り過ぎてから次の辻を曲がって隠れた。
ちょうど愚連隊がいるスナックからは身が隠れ、2Fの雀荘は丸見えになる。
そこにむけて思い切り缶コーヒーを投げつける。
盛大にガラスが砕け、愚連隊は突然の破壊音の方を、口を広げた莫迦面でそれを見上げている。
一瞬にして割れた窓から怒声と共に血圧が人生最大級にあがっているであろう顔面が姿を見せると共に、中からスズメバチの巣を突いたようにサングラスをした強面の人間が出てくる。
その様子をみると天龍は辻から姿を現し、少年のところまで何気なく歩くと「あれ?なにやってるの!?」と親しげに少年に声をかけた。
「おまえのところのお母さん、心配してから帰ろうぜ!」
何がなんだか分からない顔をした少年の手を取ると天龍は歩き出した。
「あっ、まて!」
「てめえ、どこいきやがる!!!」
2,3歩離れると天龍は小声で「走れ!」と言った。
後ろでは怒声が響いている。愚連隊の物か、強面の雀荘の親父の声かは分からないが全力で走り出す天龍には関係のない話であった。
「おゥおゥ。喧嘩慣れしてやがんな。」
天龍が走っていく方向をみると、愚連隊のむなぐらを掴んでいるサングラスがボソッとつぶやいた。
胸元から覗く丹頂鶴の入れ墨を見て縮み上がる愚連隊を2,3発殴りつけるとサングラスをしたヤクザ者は雀荘に戻っていった。