鳳翔から夕飯を配膳してもらい、席につくと原は膳を前にして両手を合わせた。
鯖の塩焼きと茄子の揚げびたし、隠元の白和えに大根と人参の味噌汁という純和風な献立である。
一軸は同席しておらず、代わりに長門が同席している。外出の支度をしていたので、どこかで対外的な会議に参加するのであろう、
長門と原は食事を前に手を合わせ「いただきますっ!」と言うが早いか一気に食べ始めた。
そもそも懲役15年の間には絶対に見ることができなかった光り輝く飯。間違いなく美味い。見るだけで唾液がこぼれそうになる。
これに塩か味噌だけで十分食えそうなところに、純和風なおかずが控えめながらも立派に自己主張をしているのである。
茄子の揚げひたしは針しょうがが気持ちよく乗り、ぷるんぷるんの食感と共に秋茄子の旨みが押し寄せることが約束され、口の中は飯を寄越せとシュプレヒコールをあげるのが必定。
そしてアツアツのごはんを放り込めば、旨みと飯が乱痴気騒ぎを起こすのだが、隠元の白和えがゴマの香りが鼻孔を抜けるとキュッとした歯ごたえで乱痴気騒ぎに間の手を入れる。
こんな食事が毎日なのであるからして、原にとっては毎日がクリスマスと正月が神輿を担いで神楽と一緒にハロウィンパーティーのようなものである。
口が福になるような口福を毎日味わうたびに、原は涙をこぼしながら「うめえ、うめえ」と飯を食う。
それでもきっちり2分30秒で食い切る。
まことすべてが時間で管理されている刑務所の生活が染みついたものであった。
刑務所での欠食生活15年。それは、さっさと飯を食うことを強制し、きっちりとした生活パターンとなってしまっている。
食うことにためらった瞬間、刑務所では他人の手が伸びてくるので、悠長なことをしていればもっと短い時間で飯が終わるのが刑務所である。
「ゴチんなりやした」
きっちり食い切ると再び手を合わせる。呆れる量を呆れる速度で食っても原の体には余計な肉がついていない。
同席した長門も量を食べる方だが、彼女は戦艦であり、戦闘面でのあれこれを司り、時には実地で訓練を施すので、肉体と脳みそがカロリーを消費しきる。
原は体を動かすわけではない。しかし食った分が身にならない。すべてクソとなって出ていく。
当人としてはまことに便利だが、新婚の嫁がいうところの「食わせ甲斐のないやつ」に該当するのがこのタイプであった。
原と長門は食後のお茶をあたっているのであった。
原などはまだ先ほどの食事の美味さに感激したように瞼を閉じ、涙をにじませる次第である。
「原さん。天龍は何をしているんだ?」
「あ?」
まったく呆けた返答であった。美味い食事の後の美味いお茶の至福タイム。原の脳内はドーパミンが未だにどっぱどっぱ出ているのである。
そんな最中に何かを聞かれてまともに答えられるはずがない。まして元々が出来のよくない頭を抱えているのであるからして、食後の至福を堪能している状態でもまともな回答は怪しいものであった。
「原さん、私が気付いてないと思っているのか。天龍はここ数日、定時になるとそそくさと出ていく。そして今も食事の時間にいない。
6時の定時の後に7時の食事が常だが最近は30分遅らせて出てくる。1日なら用事だろうとは思うが、ここ数日は連日だ。何かあると考える方が妥当だろう」
原は湯呑をゆすりながら揺れる表面を眺めて答える。
「確かに。しかし食事の時間は全員が定刻に頂くのが義務ではねえでしょうがね」
「それは確かにそうではあるが。」
納得いかなそうに眉をひそめる長門を前に、原は興味もなさそうに茶をすする。
自分でお茶のおかわりを注ぐと、長門に向き直り長門を下から見上げるようにしていたように見える。
しかし長門の耳には届いていた。闇から染み出たような声色が。
他の誰にも聞こえない、長門にだけ届かせるような声音で唇は全く動かないが確かに原は長門に語りかけた。
「詮索する人は嫌われますぜ。なんにせよ、ここ数日で決着する話なんで。長門さんには申し訳ねえが、ここは見て見ぬふりってやつでひとつ。」
頭を下げているようには見えるが、どうみても「黙って気付かぬふりをしていろ」という言外の意味を長門に強いた。
無言の圧力に長門は虎の目で応じるが、やがて同じく渋茶をすすりながら
「今週いっぱい。間宮の羊羹2本」
そういうと黙って茶のおかわりを湯呑に注ぐのであった。