女神官逆行   作:使途のモノ

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幕間 冒険者になった日、冒険者になろうと思った日

 今日、冒険者(無職)になった。

 

 この街では生まれ育った地母神の孤児院から、私たちは四半年毎に外に出される。

 

 4月とか、9月とかに各孤児院が毎年まとめて一斉放出、となると人材の買いたたきにあう、という理由らしい。

 

 私としても超有能な先輩の方々と一緒に職の奪い合いからスタート、とかにならないだけこの制度は非常にありがたい。

 

 精々同月生まれの人間だけがライバルだ。

 

 そして、それぐらいならまだ、同期同士の生臭い職の奪い合いには今のところ発展していない。

 

 幸いなことに私は神の奇跡を行使する才能がいくばくかあった、一日一回、《聖光》か《小癒》ではあるが、ないよりはマシ。

 

 いやいや、大したものである、むしろ二回も三回もイケるのが天才児なのだ、一緒にされては困る。

 

 とまれ、私は冒険者になり……最初の冒険を探す前に、先輩の元を訪れることにした。

 

 どんな道であれ、先達のアドバイスというものは値千金、ツテがあるのであれば顔を出しておけば、損ということは殆どない。

 

 さてさて、と自分の先輩を探す。

 

 先日冒険者になる旨をそれとなく伝えていたら、何かわからないことがあったら何でも聞いてね、ということであったので、お言葉に甘えることにしたのだ。

 

「あ、いたいた……」

 

 居たには居た。

 

 横にいるのは上の森人であろうか、先輩も整った顔立ちであるが、本当にお話に聞く妖精のような顔だちで、首には銀の身分証がきらめいている。

 

 その向かいには鉱人だ、奇妙な衣に酒気を帯びた頬、ふっさふさの髭に、よくわからないものが詰まっている鞄がイスの背もたれに掛けられている。こちらも銀等級。

 

 さらに隣には蜥蜴人、奇妙な民族衣装を身にまとい、大きな口をあけて、バクリとチーズの塊をもっきゅもっきゅと咀嚼している。ちょっとカワイイ。こちらも銀等級。

 

 そして、最後には薄汚れた鎧姿の戦士、食事中だというのになぜか兜を被り、やたら器用に食事している。こちらも銀等級。

 

 誰もかれもがそれぞれ色んな意味で声をかけるのすらちょっとしり込みするお歴々に囲まれて自分の先輩が一緒にニコニコと食事をしている。先日ようやく黒曜等級になったらしい、おめでとうございます。

 

「あ、久しぶり、どうしたの?」

 

 こくり、と小首をかしげ、こちらを見つめる、そうすると他の面々もなんだなんだと自分へと視線があつまり、居心地が悪くなる。

 

「え、ええとですね、先輩、もし冒険者になったら一度顔を、と思いまして、それで今さっき登録がすみましたので」

 

 ああ、と得心いったようにポン、と手を叩き、おいでおいで、と手招きしてくる。

 

――ちょっとレベル高くないですか?

 

 そう思いながらも先輩の呼び出しにここからUターンする訳にもいかず、おっかなびっくりとお歴々の座るテーブルに近づいていく。

 

「あ、すみません、鉱人さん、ちょっと空けてもらえますか?」

 

「ほいよ、お、ちょっとその椅子借りていいかの?」

 

「おう、いいぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 鉱人が席をずらしながら近くの誰も座っていない椅子を拝借して先輩の隣に椅子を入れてくれる。

 

 座ってみれば、ずらり、と並ぶ銀等級の冒険者達、何かよくわからないけれど、皆すごそうだ、目の前の戦士の人はともかく。

 

 よく先輩と一緒にいる人だから、そんなに悪い人ではないのだろうけれど、だからと言って物凄い人に見えるかと言われれば、あんまり見えない。

 

 先輩と並んでいれば、正直なところ神官の旅のため護衛に雇われた人その一、ぐらいの感じだ。

 

「それで、冒険者になってまずどうすれば、みたいな感じでしょうか?」

 

「あ、はい、私、職の宛てがなくって」

 

 正直、何のプランもヴィジョンも無いところだ。

 

 とりあえず、ご飯に困らないように頑張りたい、ぐらいしか思うところがない。

 

 地母神の教えを広めて皆を救う!! とか目をキラキラさせて言うのも正直ピンとこない。

 

 私の祈りは、私の平穏な人生のために祈られているから、正直、世界やら民衆やらそういったことのために祈る、となると荷が重い。

 

「それで、ちょっと具体的な話になるけれど、あなた、今貯金どれぐらいあるの? もっと言えば装備に回せるお金、なのだけれど」

 

「ええっと、ひと月の宿代と食費と……となると残るとこれぐらいでしょうか」

 

 がま口を開き、おずおずとテーブルに出したのは銀貨が数枚、孤児院暮らしの見習い侍祭の貯蓄では、正直こんなものだ、仕方ないとはいえ、ちょっと恥ずかしい。

 

「んーこれだといい靴買うだけで足が出ちゃうわね」

 

「冒険者セットにも……ちと足りませぬな」

 

「駆け出しの定番となりますと、ドブ浚いか巨大鼠退治……となると」

 

 そう先輩の面々も予算の中で何とかならぬかと頭をひねってくれる、みんないい人達だ。

 

「長靴にシャベルか」

 

 ぼそり、と戦士の人がそう言い、先輩も確かに、と頷く。

 

「ええ、私もそう思いました。じゃ、ちょっと見に行きましょうか、皆さん、失礼します」

 

 そう話をまとめると、先輩は私を連れてすたすたと工房の方へと歩いていく。

 

 おうよー、良いの見つかるといいわねー、という声にペコペコと頭を下げて食堂を去る。

 

「な、長靴にシャベル……ですか?」

 

 何というか、正直、冒険者! という感じのしないものだ、神殿の納屋にだってある。

 

「あら、長靴はドブ浚いの後の巨大鼠退治にだって使えるし、それ以外にもあって困るものではないのよ。シャベルもこれ一本で結構色々できるんです」

 

「うわ」

 

 種々雑多なものが置かれた工房で手に取るのは長柄の、ハンドルの無い、槍のような剣先シャベルだ。先がよく研がれているのか冴え冴えとした光が目に飛び込んで来た。

 

 何となく、その光に吸い寄せられるように渡されたシャベルを眺める。

 

 刃とそん色ない輝きのそれが、テラテラと光を反射する様を心ここにあらず、といった様子で眺める。

 

 うん、綺麗だ。

 

「あとはこれね、作りは頑丈だし、マメに洗えば長く使えるわ」

 

 そう言って渡されるのは重く堅そうだが、それゆえに丈夫そうな長靴だ、これもまたドブ浚いの強い味方になってくれそうだ。

 

「とりあえずこれでドブ浚いの依頼なら問題なく受けられると思います。それでちょっとずつ貯金して、その後はまた装備の相談に来てくれるといいと思うわ。先ずは焦らずに軍資金をためて、縁があったら誰かと一党を組んで、かしらね。あまり性急にモンスターと戦おうとか思わないようにね」

 

「はい、ゴハンが食べられれば、まずはいいです」

 

「もう、でも無茶しないのよ」

 

 ありがとうございました、と頭を下げて二つの道具を買うことにした。

 

 工房のおじいさんが少しまけてくれた、正直助かります、ありがとうございます。

 

 

 

「お疲れー!」

 

 いやー働いた働いた、と一緒の区域を受け持った同じ白磁等級の冒険者と盃を交わす。

 

 ドブ浚いの日々は、正直意外と快適だった。

 

 依頼を受けて現地集合、自分と同じような白磁等級がたむろして、時間が来れば地区の代表のような人が来てどこどこに何人、と言い渡して、じゃ、俺はあっち、私はこっち、とお仕事スタート、後は夕方までえっちらおっちらドブ浚いをすれば、仕事終わりには「お疲れさん、また頼むよ」という言葉と共にいくばくかの対価が支払われる、という寸法だ。

 

 汗を流した後の夕食と晩酌は旨い。

 

 夕食はパンに薄くて具の少ないスープだし、晩酌は小さなチーズと仲間同士で頼んで水で割ったワインを各自一杯、というさもしいありさまだが、ささやかなりに貯金も出来る。なんと素晴らしい生活であろうか。

 

 将来とか先行きとか考えると、このままではいけないと不安にもなるのだが、寝る前にシャベルの手入れをしていると、また明日も頑張ろうとその刃の輝きが心を温かくしてくれるのだ。

 

 後は体力がいくらか残っていれば《聖光》をそこいらの石にでもかけて渡せば、使い捨ての角灯として小銭稼ぎになる。

 

 貯金はドブ浚いを始めた当初に立てた目標に着実に近づきつつあった。

 

 だが、どういう冒険者になりたいか、まだどうしても思い描くことが出来なかった。

 

 

 

 今日は下水道のドブ浚いになった。

 

 作業場所の近くの壁に角灯を掛けて、作業を始める。

 

 ドブ浚いは、単純にドブを浚う清掃作業だけが実入りではない。

 

 ドブの中のゴミ、ここに意外と金属片等が混じっていることがままある。

 

 ドブを浚って、手袋でもってドブを漁れば時には銅貨なんかが出てくることもある。

 

 まぁ、そんな大当たりがあることはそうはないが、それ以外にも収穫はある。

 

 金属はまとめておいて後で鍛冶屋に持ち込めば、これまた小銭に化けてくれる。

 

 そう思えば、ドブは宝の山だ。

 

「~~♪」

 

 鼻歌交じりにドブをぐるぐるとかき混ぜていると、大きな塊が引っ掛かった。

 

「おっ何かな、んっ、よっしょ! ……うえ……」

 

 見つかったのは冒険者の身分証だ。白磁のソレは久しぶりの光にさめざめと光を返した。

 

 身分証は見つけ次第ギルドに届けるのが冒険者の義務だ、届け出れば少しではあるが報奨金もでる。遺留品なんかも添えれば、その報奨金はさらに上がっていくらしい。

 

 つまりは、金になるものではある。

 

 だが神官の端くれとして、死者の遺品とご対面するのはうれしいことではないし、大っぴらに喜べることでもない。

 

 自分が見つけたから、正式に死亡認定されることであろう誰かに略式であるが祈りをささげ、気を取り直してドブ浚いを再開する、お仕事はお仕事だ。

 

 さーてはて、とざぶざぶとドブを漁って、中身をさらって、を続けて時間が過ぎる。

 

 角灯の残りの油の減り具合からそろそろ今日の仕事も終わりだ、と道具をまとめに入る。居残って仕事しても別段実入りが増えるわけではない。手早い仕事上がりは大事だ。

 

 そろそろ集合の笛か鐘でもなるか、とぶらぶらしているところで何やら騒がしくなった。

 

「行ったぞ!!」

 

「蹴れ! 蹴れ!」

 

「ちょっと!! こっち来ないでよ!!」

 

 なんだろ、と騒がしくなったところでギュ、とスコップを握る。

 

「!」

 

 正体はすぐに表れた。

 

 巨大鼠だ、中型犬ほどもある巨体の、興奮した様子の獣が自分の前に躍り出てきた。

 

「RAAAAT!!」

 

「ひっうあっ!?」

 

 一鳴きした巨大鼠が飛び掛かってくる。

 

 巨大鼠、その危険性は何よりその歯にある。げっ歯類の歯は不潔で、よく抉る。

 

 下手に噛まれれば出血多量、運が悪ければそのまま病気になって衰弱死だ。

 

 その病魔の歯牙が迫る。身がすくみ、そのため少し上がった右足が少し上がり、そこに巨大鼠がくらいつく。

 

「あ、い、…あ、長靴」

 

―長靴はドブ浚いの後の巨大鼠退治にだって使える―

 

 覚悟した痛みは、使い慣れた長靴が遮っていた。

 

「ふっ!!」

 

 憎々しげにくらいつくその巨大鼠のどてっぱらをスコップで殴る。

 

 担ぎ上げるような恰好からの、スイング

 

 

 

 よく手入れされたスコップの刃先は巨大鼠の毛皮を破り、背骨をへし折り、その胴体を裂いて真っ二つにしながら、駆け抜けた。

 

 命を奪い去る一太刀。

 

 それは己の体に電光が駆け抜けるような一打であった。

 

 美しく舞い散る血しぶき、くるくると臓物をまき散らしながら飛ぶ胴体。

 

 そして、血に塗れた切っ先。

 

 全部が世界が塗り替わって見えるほどきれいだ。

 

「……あぁ」

 

 危機が去った安堵すらなく、私は自分に下った天啓を見つめていた。

 

 

 

「おらよ、注文の品だ」

 

「ありがとうございます!! 親方最高!!」

 

 キャーキャーと歓声を上げて鍛冶屋の親方に抱き付く。

 

 いいから離れろ、と押しのけられて渡されるのは剣だ。

 

 鞘から抜き放たれたそれは長く厚い、剣鉈をそのまま長大にしたような代物であった。

 

 ぶつり、としたような切りごたえを味わうにはどうすればいいか、と考えた結論がこれである。

 

 さめざめとした光は命を奪う光だ。それを見れば自然と頬は緩む。

 

 鋼は、刃は、本当に美しい。

 

 大っぴらに言えないけれど、その鉱物の芸術が命を奪う姿は思わず見とれるほどだ。

 

 この刃でどんなものを斬れるだろう、そう考えるだけで心は浮き立ち、いそいそと刀身を鞘に納め一党の元に向かう。

 

 巨大鼠をスコップで退治して、その度胸を気に入って話しかけてきてくれた人たちが今の私の一党である。

 

 私が剣を欲しいと先輩に相談したら、先輩はやっぱりそうなのね、とばかりにやや呆れた様子で相談に乗ってくれた、もしかして昔からこんな気質があったのだろうか。

 

 今、別に私は将来への展望が開けた、というわけではない。

 

 でも、刃を振って、それで楽しい。

 

 それだけで、ただ食いつなげればいいや、平穏でいいや、という投げやりな私とはもう別物だ。

 

 どうなるかは、わからない、でも、前のままでは、いたくない。

 

 だからこの日々をずっと続けていくために、私は冒険者になろう。

 

 そう決意して、私は歩き出した。


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