女神官逆行   作:使途のモノ

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第十話 彼らと彼らが出会うお話

 初の冒険を終え、しばらく。

 

「うーん、実際どうしよ」

 

「神官無しだとやっぱり受けられる依頼が限られるよなぁ」

 

「そうよねぇ……」

 

 酒場の片隅で額を突き合わせる三人、剣士達一党である。

 

 ゴブリン退治を終え、しばし。

 

 自分たちの受けられる依頼の少なさに歯噛みをする日々が続いていた。

 

 掲示板にはいくつものゴブリン退治の依頼が張り出されているが、あのゴブリン退治を経験した今、神官がいずともゴブリン退治"程度"、俺達ならやってやれる、と息をまく気にはなれない。

 

 自然、下水道での巨大鼠狩りの日々だ。

 

 おっかなびっくり、一進一退、青色吐息。

 

 一歩間違えれば、自分は農奴、幼馴染と魔術師の彼女は娼婦として春を鬻ぐ日々へと堕ちて行ってしまうのだ。

 

 もう、彼女たちに会うことは無く。

 

 もし、会うことがあるとすれば、なけなしの小銭を握りしめて彼女たちのいる店へ足を運ぶ時だけ。

 

 彼女たちははした金で開き慣れた体を、客として来た己の間に、けだるげに、諦めと共に、投げやりにさらけ出し……ちなみに、なぜかその妄想には女神官までも登場していたりする。

 

 まぁ男の妄想というものは、そういうものだ。

 

 ……正直、その辺りを妄想して少々興奮した。

 

 ゴホン、ともあれ、現状は危ういのだ。

 

 一日金貨一枚のための綱渡り。

 

 なんとか、じりじりとではあるが、着実に貯金はできている。

 

 だが、その緩慢な積み上げに、焦りを感じるのもまた人の常だ。

 

 なんとか抜け出したい、だが、装備も、人手も、まるで足りていない。

 

 だからと言って、どぶさらいでは三人では横ばいな日々で精一杯だ。

 

「現実的に、前衛一人と、神官、あとは斥候……でもって前衛が飛び道具ある程度使えればもっと良くて……」

 

 無鉄砲では、後先知らず。

 

 頭目はそれじゃいけない。

 

 でも、無い無い尽くしだ。

 

 だが、冒険者のみならず、無いからやれぬでは明日が無い。

 

 嗚呼、兎角世の中世知辛い。

 

 何とかならぬか、なるといいな。

 

 そう思いながら、疲れた体を横たえる。

 

 彼らはそうして、日々を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 息を整えて、水を飲んで、また一仕事。

 

 薄暗い下水道の中で、延々と巨大鼠を殺して回る。

 

 ときたまの、ちょっと贅沢な食事だけが日々の癒しだ。

 

 ひどい匂いの服をごしごし洗ったりして、はぁ、と息を吐く。

 

「あ、ども」

 

「お疲れさん、ちょっと待って」

 

 同じような臭い、抽象的な話ではなく、至極物質的な話である、を纏った新米戦士が服を持って水場に来た。

 

 水桶をがらがらと井戸の底に落とす。横着して自然落下させ、万一にでも桶が壊れたら、井戸が使えない。周囲から袋叩きの上に修理代も出さねばならない。

 

 水面に着いたのを確認したら、ロープをぐわんぐわんと躍らせ、桶に水を呼び込む。

 

 これをしないと、驚くほどに少ない量の水しか引き上げることができない。

 

 とはいえ、もうそろそろ夏で、雨が少なくなれば、井戸の中の水位も下がっていく。

 

 そうなれば、今のように服を洗う水にも事欠く。

 

 知ったことかとガンガン水を汲んで使えば、今度は自分勝手な奴、ということでギルドでの立場が危うくなる。

 

 そうならないためには、街の外の川まで行くか、本格的な夏が来る前にはぼちぼち巨大鼠退治からの卒業を目指さねばならない。

 

 できれば、後者がいいなぁ、と思いつつ、ふと新米戦士を見る。

 

 そういえば、たしか、いつも一緒にいるのは至高神の聖女だった気がする。

 

「……」

 

「何か顔についてるか?」

 

 そう頬を撫でる戦士の手をがしり、と握る。

 

「俺達と、一緒に組まないか」

 

 それは物語に語られるような、劇的(ドラマチック)な出会いなんかではない、切実な勧誘(スカウト)であった。

 

 

 

 

 

 言うなれば運命共同体。

 

 互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う。

 

 一人が五人の為に、五人が一人の為に。

 

 だからこそ冒険で生きられる。

 

 一党は兄弟姉妹、一党は家族。

 

 五人で注意し、五人で休む。

 

 五人で創意工夫し、五人で試行錯誤する。

 

 負担は五分の一、報酬は今までより多い。

 

 着実に増え方を増した貯蓄は、嘘ではない。

 

「棍棒に紐を?」

 

「ああ」

 

「剣でも使えそうだな」

 

「ありじゃないかな」

 

 これぞ我が愛棒つぶし丸、ならばこっちは愛剣ぶんぶん丸、などと言ってふざけ合う。

 

 ばかやってるわねぇ、と男たちを見る呆れ顔は三人分だ。

 

 今の目標は鍛冶屋の親方謹製の鉄鉢兜と手甲、それだって、手に届くのは近い未来だ。

 

 同じものを、戦士も欲しいらしい。

 

 振り返ってみれば、冒険者の一党の浮沈は、どうやら意外と腕っぷし以外が占める部分が大きいらしい。

 

 こうして、現状が上向いたのも、勧誘が成功したからだ。

 

 明日もまた自分たちは下水道に潜るのだろう。

 

 でも、その明日は、今日頑張った分だけ、ずっと良い明日だ。

 

 まだまだ、駆け出しの、はしっくれでしかないけれど。

 

 その速度は、そんなに早くないのかもしれないけれど。

 

 それでも、自分たちは前へと駆け抜けているのだ。


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