「卓上演習?」
ゴブリンスレイヤーは反芻するように呟いた。
「おう、監督官の嬢ちゃんがやってたらしくてな、懐かしいなー、やったやった」
そうテーブルに道具を広げていくのは槍使いだ。
ほうほう、と小さく頷くのは重戦士だ、やったことがないらしい。
同じように蜥蜴僧侶や鉱人道士も興味深げに種々の道具を眺めている。
ギルドの監督官の少女が、少し前に女同士で卓上演習をしたらしい。
それを何とはなしに聞いた槍使いが、そう言えば駆け出しのころに少し触れたような……などと言い
でしたら久しぶりにどうですか、と監督官の勧めにより道具一式が槍使いの手に渡った。
まぁ、気になる人と同じ話題が共有できれば、なんていう打算も、なくはなかったのだが。
ギルドの備品であるが、それはそれ、銀等級の信頼を考えれば少し貸すぐらい何も問題は無い。
「経験者は俺だけか? じゃあ、とりあえず
たまにゃ、こんな酒のつまみもいいだろ
そういいながら、どかりと連中の中心に座る。
幾つもの登場人物の小さな人形があり、それを選ぶらしい。
神事として、卓上演習を行う神殿もあったりするらしい。
神々に扮した司祭達が、サイコロを投じ、神々に冒険を奉納する、コマとサイコロを使った神楽舞いのようなものだ。
「竜退治か、ちょっとした先取りと思えばいいか」
そういいながら重戦士は女の神官戦士を手に取る。
まるでいつかは竜の首級をあげるのが当然だ、とも言わんばかりだ。
「森人ですか?」
「おうよ、いっちょ鉱人の手並みみせちゃるわい」
そういいながら鉱人道士は森人の魔術師に手を伸ばす。
「しかれば某は……ほ、これにしますぞ」
どん、と大きな弩を携えた狩人の少女をその爪でつまみ上げる。
「ふむ……」
癒し手が居ないな、そう考えぐるりと、卓上を見回し、聖印を握った老人と錫杖を握った少女が目に入る。
ふと、一瞬手が止まり、そして錫杖を握った少女を手に取る。
女ばっかじゃねぇか、と槍使いが苦笑する。
かくして、冒険者が出揃った。
凛々しい神官戦士、怪しげな森人の魔女、快活な狩人の少女に、清廉な聖女。
銀等級の男どもが、そろいもそろって駆け出しの少女となって、
この一党が世界を救うべく、巨大な竜へと立ち向かうのだ。
「さあて、酒もサイコロもいきわたったな、《託宣》を受けた神官戦士とその一党、って体でいいな?」
「おう、俺はいいが」
「かまわんよ」
「某も異論無く」
「ああ」
槍使いの申し出に重戦士が仲間を見回し、同意が出揃う。
「それじゃ始めるぞ、お前らは冒険者だ、いずれ来る竜を討つために……」
そうして、冒険が始まった。
山があり、谷があった
ゴブリンを一蹴し、迷宮に巣食う吸血鬼を滅した、峻険なる山脈に住まう巨人から竜殺しの魔剣を受け取り、偏屈な鉱人の鍛冶屋がその刃をさらに鋭いものとした。
そうして挑んだ竜は、やはり竜であった。
空を飛ぶのは厄介で、爪は鋭く、吐息は熱い。
狩人の少女が射落として、魔女の呪文が吐息を凌ぐ、奇跡に守られた神官戦士に、重ね掛けだ、と守りの奇跡が後方から飛ぶ。
誰もが満身創痍で、しかし、相手の息も荒い。
もう一息、というところで、神官戦士に
「ぐわっ、っちゃー死んだ、剣が使えるのは……最後の力を振り絞ったってことで大司教に魔剣を投げていいか?」
「おう、いいぞ」
かくして、ちょこん、と追加の聖帽を乗せて初々しい聖女から大司教にまで上り詰めた少女に世界の命運は握られた。
頼んだぞ、と一抜けした重戦士はつまみをばりばりと頬張り、エールをあおる。
鉱人も蜥蜴僧侶も槍使いも、こちらを見る。
盤面を見る。
竜を見据える少女の目は、いつも通りの彼女の目だ。
一つ頷いて、サイコロを投じた。
かくして竜は討ち果たされ、世界に平和が戻った。
「神官戦士は竜の血を浴びていただろう、《蘇生》を試していいか?」
というゴブリンスレイヤーの提案で振った重戦士とゴブリンスレイヤーのサイコロで
「しかしこいつら婚期は遠そうだな」
「確かに」
身もふたもないことを言って笑いあう。
酒を飲んで、サイコロ振って、明日は自分たちが冒険へと出るだろう。
その冒険が、彼女たちのごとく、全員で帰ってくるようにあろう。
ゴブリンスレイヤーはそう思って、エールをあおった。