女神官逆行   作:使途のモノ

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第十二話 彼が頑張って選ぶ話

 

 

 

「おまっ、バカッ、いや、おま、お前なぁ……」

 

 思わず口を突いて出た、という様子の重戦士。

 

 その視線は愚行を通り越して、奇行をみる領域だ。

 

 誕生日プレゼントに金を渡そうとしていることを、ゴブリンスレイヤーが打ち明けた瞬間の出来事である。

 

 仮に、世話になっている、幼馴染の女の子へのプレゼントが金貨をボン渡しであった時の、自分に降りかかる惨状を想像したのだろう。

 

 槍使いと重戦士の表情のうすら寒そうな表情は当然のモノであろう。

 

「分かってねぇな、ほんと」

 

 あぁ、やだやだ、と槍使いが肩をすくめる。

 

「……むぅ」

 

「誕生日プレゼントだぞ? 冒険(デート)どころか、最終決戦(クライマックスフェイズ)じゃねぇか」

 

 そしてガブリと火の酒をあおり。

 

「竜の心臓を討つのに魔剣がいるように、女の子の心臓(ハート)を取るにゃ、花束とプレゼントってのが相場だろ」

 

 その言葉を聞いて、いい例えを思いついた、と重戦士が言葉をつなげる。

 

「お前の感覚でいえば、ゴブリンの巣穴に装備も買わず、金だけ持ってノコノコ入ってくようなもんだ、持ち込むもんは、丹念に選ぶだろ、手抜かりなんてあっちゃいかんだろう?」

 

 その例えになるほど、と頷く。

 

 確かに、その例えに則れば、自分の選択は正気の沙汰ではない。

 

 それに不誠実だ、というのもよくわかる。

 

 しゃん、と真横で音が鳴る。

 

 横を向く。

 

 とても、晴れやかな笑顔をした女神官がいた。

 

 そして、視線を戻す。

 

 槍使いと重戦士は消えていた。

 

「詳しく聞かせて下さい」

 

 

 

 

 

「と、いうわけで、ただお金を渡せばいい、というものではないのです、いいですね?」

 

「……」

 

 酒場の床に正座したゴブリンスレイヤーは目の前でこちらをビシリと指さす女神官にコクコクと頷くしかなかった。

 

 膝の前には何とか用立てた金貨の詰まった袋が一つ、ちょん、と有る。

 

 周りには露骨に盾をスイングする女騎士やら、これ見よがしに弓をつま弾く妖精弓手やら、まるで短剣のように万年筆を構えた笑顔の受付嬢やら、逃げ場はどうやらないらしい。

 

 ごく自然な流れで彼は囲まれていた。

 

 幼馴染の女の子への誕生日プレゼントを、金貨の詰まった革袋を渡す、それで済まそうなど、ただで済まされるわけもない。

 

「では、どうすればいい?」

 

「それを考えるのも、プレゼントです」

 

 ぴしゃり、と切って捨てられた。

 

 うんうん、と頷く周り。

 

 さらにその外側にいる男衆は、処刑される友人や、出荷される仔牛を眺めるような目でこちらを見ている。

 

 無論、助けの手が差し伸べられることは無い。

 

 自分だって、逆の立場ならそうだろう。

 

 

 

 

 

 すごすごと金貨袋をもって、背を丸めてギルドから出てきた。

 

 どうすればいいのだろう。

 

 途方に、くれる。

 

 あてどなく宵の口の街を歩く。

 

 そして、街の雑貨屋の前に差し掛かったところで、店から出てきた伯父さんとばったりであった。

 

「!………君か……あぁ……うん」

 

 手には何か包みが抱えられている。

 

 いくらかの逡巡のあと、時間はあるかい、と声をかけられた。

 

 はい、と頷き、共に歩く。

 

「あの子には、今日は会合があって、遅くなる、と言ってある」

 

「はい」

 

 今の子の流行りというのは、よく分からない。とひとりごちる男の言葉を待つ。

 

「君は、もう何か買ってあるのか」

 

 何が、と問い返す必要のない言葉である。

 

「途方に暮れていました」

 

 だから、正直に答えた。

 

「私もだ、まぁ、もう決めてしまったが」

 

 苦笑いし、そう言って、包み紙を掲げる。

 

「こんな時ぐらい、自分から、あれがほしい、これがほしい、言ってくれた方が、楽なんだが」

 

 そういう子ではないしな、という言葉に頷く。

 

「軽く一杯やってから帰る……頑張りなさい」

 

 そう肩を叩かれ、別れた。

 

「…………」

 

 これで、まさか、金貨を持ち帰るわけにはいかない。

 

 自分が悪いのだが、いよいよもってして、逃げ道が断たれた気分だ。

 

 輝き始めた星空を見上げ、ひとつ息を吐いた。

 

 

 

 

 

 雑貨屋、小物屋をうろつく。

 

 日が暮れると、露天商の数はぐっと減っていく。

 

 選択肢がどんどん狭まっていく。

 

 おろおろと行くべき場所がわからず迷子のように途方に暮れる様子はまさに彷徨う鎧(リビングメイル)だ。

 

 彼女が好きなもの、好きだったもの

 

 何か、あったろうか。

 

 彼女と屈託なく遊んだ日々は、はるか昔だ。

 

 彼女の笑顔を思う。

 

 帰る場所、と言われれば、最初に思い浮かぶのが彼女だ。

 

 自分が、鎧を脱いで一息ついている時、横にいるのは彼女だ。

 

 今になって思えば、周りにもさんざいわれた後であれだが、いいプレゼントが思いつかないから、金を渡そう、というのは非常に不味い気もしてきた。

 

「あ、いたいた」

 

 そう声をかけてくるのは新米戦士と見習い聖女だ。

 

 多分まだ迷ってるだろうな、ってこいつが言ってさ、という新米戦士の耳を、相方の少女が余計な事言わない! とつねりあげる。

 

「棍棒のお礼」

 

 ……って言っていいのかわかんないけど、と頭をぼりぼりと搔く。

 

「私も、そんなに知っているって訳じゃないですけど、牧場の人に、ですよね?」

 

 思わぬ援軍に、ふと、何もないのに左右を見回す。

 

 そして、二人に視線を戻し、頷く。

 

「ああ、そうだ、助かる」

 

 たった二人の援軍だ。

 

 だが、万の援軍よりも頼もしい、という言葉はこういう時に使うものなのだろう、とゴブリンスレイヤーは思った。

 

 

 

 

 

 いつもの扉だ。

 

 それを前に、これほどにためらいを覚えたのは初めてかもしれない。

 

 花束に、包みを一つ。

 

 戦士と聖女は根気よく付き合ってくれた。

 

 洒落た水晶の髪飾りが一つ。

 

 竜退治ではないけれど。

 

 それが、扉の向こうの決戦へ携えていく魔剣である。

 

 きっと、まず花束で彼女は目を丸くするだろう。

 

 何かお祭りかお祝いでもあったっけ? とか素で言ったりするだろう、ということがありありと想像できた。

 

 冒険であれば、なんとか準備万端にまでいきつけたところだろう。

 

 あとは踏み出すだけだ。

 

 そう思いながら、だが、扉の前に立つだけである。

 

 不意に、ガギャリ、と扉が開く。

 

 ほっとする、甘やかな料理の匂い。

 

 帰って来た、と心が勝手に和みだす。

 

 きょとんとした、彼女の顔は、花束を視界に収めて、さらに不思議そうな顔になる。

 

 さて、何といって渡したものだろうか。

 

 サイコロは振られている。


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