女神官逆行   作:使途のモノ

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幕間 往って帰って来たお話

 蜥蜴人達の朝は早い。

 

 日が昇れば寝床から這い出て天と地を礼拝し、鍛錬に出る。

 

 蜥蜴戦士の鍛錬は狂気的である。

 

「シャアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 ひたすらに大地を四つん這いになって、吠えながら駆け抜ける。

 

 これにより四肢と尾は鍛え上げられる。

 

 強靭な肉体、前方へと一心不乱に駆け込む体と脳髄を作り上げる鍛錬である。

 

 これにより、指先は太く硬く一本一本が分厚い剣鉈の様になる。

 

 何よりも勇猛果敢、正々堂々とした戦を誉とする蜥蜴人達の気風はこの四肢疾駆によって養われるのである。

 

『チェストイケ! チェストイケ! きっさねこっすっな!(死に物狂いでいけ! 死に物狂いでいけ! 卑怯な真似をするな!)』

 

 卵から孵ってよりそう教えられるのが常である。

 

 一通り終われば次は水場に入り、潜れるだけ潜る、心肺を鍛え、また水場での戦闘に体を慣らすためでもある。

 

 この時に取った魚を一日の糧とする。

 

 無論、魚を取れぬ日もあるがその空腹と恥辱をもって次の日の鍛錬のための決意とする。

 

『やれい!!』

 

『おうっ!』

 

 その後は礫打たせである。

 

 里の若衆で川の水流に踏ん張る者に向けて一斉に礫を投げかける。

 

 礫打たせを行うものはこれをひたすらに受けねばならない。

 

 直立不動、守ってもならぬ。

 

 小動すれば惰弱である、やっせんぼ(腰抜け)と蔑まれ、里に居処がなくなる。

 

 姑息な飛び道具に負けぬ鱗、胆力。

 

 揺るがぬ粘り強く、当たり負けぬ足腰を作るための水流立ち。

 

 全てを鍛えることができる非常に理にかなった鍛錬法である。

 

『モノノケぞ!』

 

 そう聞きつければ男たちは遮二無二駆ける。モノノケはおおむね強敵であり、つまりは蜥蜴人達にとって何よりも待ち望んでいるものであるからだ。

 

 居たのは巨大な猿の魔物であった。

 

 一匹ではあるが、蜥蜴人よりも巨躯である。その毛皮は蜥蜴人の鱗の如き防御力をもつであろう。

 

『おいが』

 

『よか』

 

 全員でかかることは無い、一人だ。

 

 一人が攻めかかり、死ねば次の一人がいく、これが、相手が死ぬまで続く。

 

 強敵との戦いを邪魔してはならないのである。

 

 シャァッ、と息を吐き、飛び掛かる。

 

 あとはただ肉と骨と爪と牙の命じるままに暴れる、相手は死ぬ。

 

 これが蜥蜴人、野蛮にして強大なる種族である。

 

 

 

 

 

 

『おじゃったもんせぇ(ようこそおいでくだすった)』

 

 そう歓迎の言葉を述べたのは蜥蜴人の里の族長であった。

 

『忝い』

 

 そう奇妙な合掌で返すのは蜥蜴僧侶である。

 

 横ではゴブリンスレイヤーを除く女神官達が座っている。

 

 辺境の街の近くにある蜥蜴人の里に四人人はやって来た。

 

『南方の御坊とおみうけしもす』

 

『然り拙僧、南方にて出家したものにて、こちらは共に冒険する輩』

 

『あたやどしのぼんさあでぇ(私は友人の神官です)』

 

 そういって女神官はぺこりと頭を下げる。堂に入った蜥蜴人語であった。

 

 その後ろで妖精弓手と鉱人道士が「何言ってるかかわかる?」「鱗の言葉はさっぱりじゃ」と肩をすくめている。

 

『おぉ、てんがらもんなぁ(なんと、典雅な方だ)』

 

 ほう、と頷き、シャァと口を大きく広げて笑みを浮かべる。

 

『だいやめをすっど!(宴を開くぞ!)』

 

 と若手の蜥蜴人に宴の準備を呼びかけた。

 

 

 

 

 

「……それで蜥蜴僧侶さん、結局どういうことなんでしょうか?」

 

 どうか、一緒に来てほしい依頼がある、と一党の調停役である蜥蜴僧侶の頼みに頷き、同行した先は蜥蜴人の里であった。

 

 そこでなぜかそのまま宴会となり、その次の朝になってようやく事情を聴く時間ができた。

 

「いやぁ、失敬失敬、もろもろ抜けてしまいましたなぁ」

 

 飄々と、久方ぶりの同族との宴にいつになく気が高ぶったのか、そう言う蜥蜴僧侶は珍しく浮かれている。

 

 いや、そういえばチーズを前にすれば結構浮かれているから、あまり珍しいものではないのかもしれない。

 

「すこし、女神官殿と術師殿の手管と知見をお借りしたく」

 

「はぁ」

 

「ほうか」

 

 としか言いようがない。現在の所、他には何の情報もないのだ。

 

 とはいえ、前回には頼まれなかったことであるから、おそらく魔術に関する何かであろうか、と当たりをつけている。

 

 神官僧侶の技であれば、それこそ蜥蜴僧侶の腕前も人並み以上のものであるからだ。

 

「どうにも、あの里の近くを流れる川に病がまかれたようでしてなぁ」

 

「病、ですか」

 

 しかり、と苦みを滲ませながら蜥蜴僧侶は顎を撫でる。

 

「これが何やらの魔獣の仕業、となれば戦士を差し向けて、討滅、というのが蜥蜴人の作法ではあるのですが……」

 

「何もなかった、しかし、水の手ぐらいしか感染経路は考えられん。勘も働かんとなれば、ちっくら近場の同族の坊主に来てもらおう、と」

 

 そういうことですなぁ、と蜥蜴僧侶も頷く。

 

「先ずは」

 

「病に臥せっている者の治療ですね」

 

 そうつぶやきながら女神官は頷いた。

 

 

 

 

 

 

『……こげな、まこてげんねか(……このようなありさまで、本当に恥ずかしい)』

 

 病人を集めた小屋で、常であれば一角の勇士であろう蜥蜴戦士が弱り切った様子でそうつぶやく。

 

『そげな……きばいもんそ(そのようなことを……頑張ってください)』

 

『あいがと……あいがとさげもす……(あ、ありがとう……)』

 

 女神官もそう励ましながら奇跡を行使して雄も雌も区別なく癒していく。

 

 やることのない妖精弓手と鉱人道士は斥候として問題の水場を探索している。

 

「ふぅ……」

 

「一休みしましょうぞ」

 

 そういいながら、女神官へ水の入った盃を渡し、室外での一服を勧める。

 

「どう、見ますかな」

 

「人為的な病かと」

 

「その心は?」

 

「ああも頑健な体のままなれる病状ではありません」

 

「某も、そう思います」

 

 深く頷く蜥蜴僧侶に、とはいえ、対症療法的にあたるしか現状ではやりようはありませんが、とつなげる。

 

 緊急性の高い者から治療しているため、治療は追いつかないのが実情である。

 

「となると、お二人の調査待ちと」

 

「そうなりますねぇ」

 

 首をコキリと一鳴らし、本人たちは暇で出た、ぐらいの気持ちなのだろうが、こちらとしては一縷の望みである。

 

 

 

 

 

 

「まぁ地を見て水を見るなら鉱人と森人よな」

 

「私ら治療ってもやることないしねぇ、薬草取ってくるぐらい?」

 

「せやな」

 

 そう肩をすくめながら偵察に出ていた二人も小休止を取っていた。

 

 水筒の水を一あおり、旅糧を一かじり。

 

「しっかし、森人は木の上におらにゃ気が済まんのか?」

 

「いいでしょ別に、こっちの方が少ない人数なら見つかりにくいし、森人の英知ってやつよ」

 

「そんなもんかね」

 

 言葉の通り、二人は樹上に居た。妖精弓手が容易く巧みに作った樹上の場は二人で休憩をとるには十分快適であった。

 

「……」

 

 妖精弓手が耳をくるりと一ゆらし、それで鉱人もスリングに石をつがえる。森人のハンドサインならぬ耳サインだ。

 

 現れたのはフード姿のいかにも人目を気にしている様子の男たちであった。

 

 あたりを見回しながらおっかなびっくりと森の奥へと消えていくのを見送り、すとりと降り立つ。

 

「いくか」

 

「ええ」

 

 追えるか、などと今更聞く必要もない。森は森人の領域だ。

 

 

 

 

 

「ちゅーわけで、まぁ邪教団が邪教団らしくなんかやらかしているようじゃな」

 

「邪教団ですか……はぁ、世に尽きぬものではありますが、人々の不安をあおり、刃や毒薬にぎらせて……尽きてほしいものですねぇ」

 

 そうため息をつき、攻め込むこととなった。

 

 無論、前回で自分の率いる武装集団が己が玉座に座って何か国か併呑するまでは邪教団とかカルト扱いされていたことは一切合切心の中の棚に上げての発言である。

 

 邪教団だろうが世界を統べて人心に安らぎを与えれば聖なりし、と扱われるのだ。その結果ゴブリンはじめ敵対種族は絶滅したじゃないか? 結構なことではないか。

 

 まぁ自分はそんなに非道なことをしていない。

 

 せいぜいが、そろそろゴブリンも絶滅目前ですし、ゴブリン絶滅最優先よりも世界国家基盤の拡充を……と言い出した部下に「そういえばお孫さんも成人でしたね……ところで話は変わりますが、成人前の女性がゴブリンと檻の中で暮らすとどうなると思いますか? まだゴブリンはこの世に居るので試せますよね? ともあれ、ゴブリンは滅ぶべきであると考える次第である」と優しく諭すぐらいだ。

 

 歴史書にはきちんと「不確定要素を捨ておいては後顧の憂いとなろう(公式意訳)」と残して部下の自宅も彼らが外出した際に偶然火事にあって、日記の類が焼失してしまったから資料の不一致もなく後世の研究者としても安心だ。

 

 ちなみに彼は終生の忠誠を貫いてくれた。蒙昧を晴らすのも聖職者の役目である。

 

 だが、残念なことに、私のようなソフトで穏健な教団経営者ばかりでないのが世の辛い所である。

 ともあれ、邪教団は殲滅すべきであることも確かだ。やつらはよくよくゴブリンの如く地下に潜る者だから、見つけ次第根切にするのが人類社会のマナーだ。

 

 どうしようもない愚者悪人を救済するために賢者善人が浪費されるぐらいなら、もういっそ根切にして産めよ増やせよしたほうが人々の不公平感やストレスもなく世の中よく回るのである。

 

 敵味方を1ずつ救うぐらいなら味方を2救った方がいい、簡単な話だ。

 

 抜いた山刀の刃を爪の上を走らせて研ぎ具合を確認する。道具の準備確認はもう半分無意識の領域だ。

 

 邪教団の存在を説明すれば自分たちも行きたい、と蜥蜴人達は言い出すだろうが、使い潰すならともかく、戦意に満ちた病み上がりの死兵とは足並みを揃え難い。

 

 そのため、何も告げずに行くことにした。

 

「では、行きましょうか」

 

 

 

 

 

 虎の子の疫病のデーモンは森人の矢にさんざん射抜かれ、蜥蜴人の爪牙にかかった。

 

 鉱人の術によって同志達は次々と倒れ、かく乱され、今は何とか逃げているのは自分だけだ。

 

「ひぎっ!」

 

 風切り音が一つ、足に矢が突き立つ。

 

 刃を抜いた女神官が近づいてくる。

 

 特に語ることは無い、さっさとやるか。

 

 そういった淡々とした瞳だ。

 

 その目のまま、淡々と死ぬまで刺され続けるであろう。

 

 ガタガタと歯の根が合わず、股間があたたくなる。

 

 恐怖で気絶できたことは、男の救いであった。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず首級と心臓を並べての事情説明で、話はついた。

 

 己の力で解決できなかったことを蜥蜴の戦士たちは悔しがったが、回復を待っては取り逃がす可能性が大きかった、と納得してもらった。

 

 真実を語る口で生きている者はもういない。

 

 病を治した蜥蜴人たちにぜひまた来てくれ、恩は忘れぬと言われ里を後にする。

 

「いや、よき戦でござった」

 

 ご満悦な蜥蜴僧侶は尻尾を機嫌よさげにゆらす。

 

 その様子に三人は苦笑しながらも帰途につく。

 

 辺境の街が見え、大門に至る。

 

 そうすれば、冒険者ギルドはもう目と鼻の先だ。

 

 ぎぃ、と自在扉を開けばだれもかれもが思い思いに騒いでいる。

 

「おまっ、バカッ、いや、おま、お前なぁ……」

 

 彼が呆れた様子で何か言われている。

 

 妖精弓手と顔を見合わせ、かるく耳を傾ける。

 

 さて、彼が何をやらかしたやら。

 

 


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