女神官逆行   作:使途のモノ

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幕間 家路を創る

 

「お疲れ様でした」

 

 受付嬢のねぎらいの言葉を受けて、報酬を受け取る。

 

 一仕事を終えた男は陰気な晩酌にありついていた。

 

 死地に目覚めた己の健脚は、手紙の運搬という冒険者仕事で食いつなぐには不可欠なものであった。

 

 だが、だから何になるというのだ。

 

 故郷は魔女の手によって廃墟となり、長い時を過ごした隣人たちはすでに土の下だ。

 

 運搬役を率先して引き受けるのは、どこかでばったりと魔物にでも出会って死んでしまえないか、というやや投げやりな気持ちもあるのだ。

 

 とはいえ、飢えればひもじく、寒いままであればみじめで、金を稼いでそれらを避けたくなるのも人情だ。

 

 結局、仕事終わりの晩酌だけが彼の癒し、いや、何の癒しにもなっていない、だが、そう思わなければあまりにも虚しかった。

 

 故郷はもうないのだ、妻も、子も、もういないのだ。

 

 ただただ、過ごす日々以上を、求めようという気力が沸くことは無い。

 

 だから、悪魔と旅路の中で遭遇した時、ようやく死ぬときか、とすら思っていた。

 

 だから、恐怖に震えながらも歯を食いしばって棍棒を両手に握りしめて殴りかかった冒険者の雄姿に、永らく渇き止まっていた心が内側から勇気という光と、悲しいかな死なずに済んだという安堵により揺り動かされた。

 

 だが、だからといって、何ができるというのだ。

 

 疲れた体に、酒を流し込む、それぐらいしか、自分にはもうないのだ。

 

「あぁ、いたいた、お久しぶりです」

 

 そう飄々と近づいてきたのは鳥頭人躯の異形、つまり、医者である。

 

「あなたは……」

 

 かつて会った記憶は、わずかなものである。全貌を理解している、というわけではない。

 

 だが、おぼろげではあるが、彼が故郷の仇を討ってくれたというのは分かる。

 

 医者はするり、と席に着き、いくつか注文をする。

 

「えっと……」

 

「偶然では……ないんですよ、ちょっと用がありまして、まぁ、そちらにとっても悪い話ではないと思いますよ?」

 

 にこやかにマスクを脱ぎながら、男は語りだした。

 

 

 

 

 

 開拓村、と言われても男としては完全に他人事のような気持でその言葉を聞いた。

 

 俺に何をしろというのだ、という怪訝な視線を医者に向けた。

 

 医者はその声色と同じような飄々とした笑顔を張り付けたまま、ぼそりと手元のグラスに注ぎこむように言葉を紡ぐ。

 

「その場所は、貴方の故郷です」

 

「な!?」

 

 しかし、その場所が自分の故郷と聞いては目の色を変えざるを得ない。

 

「開拓村を何処に作るか、どう決められるかご存知ですか?」

 

 農村で暮らし、糊口をしのぐために冒険者をしている男に分かるわけもなく、素直にいや、と答える。

 

「そんなに、難しい話ではないんですよ」

 

 つい、と指を出す、先ず一つ。

 

「先ず、既存の村からそれなりに離れていて、それでいてそこまで離れていないこと。つまりはちょうどいい距離に村を構築できる地形があること。無闇に近くに作るのでは、既存の村や町を拡張した方が早いですし、中途半端に近いのではお互いの勢力がダダかぶりしてしまいます、そうなると水争いやら木材資源の取り合いやら、まぁもめ事が起こりやすいので、国としてはそれなりに離れていてほしいのです、あとは、離れすぎると今度は継続的な流通に支障が出る、というのがあります」

 

「お、おう」

 

 正直、わかりやすく言ってくれているのは分かるが、男の頭ではかなり難しい話だ。

 

 ただ、運搬の仕事をしているから、実感として言いたいことは何となく分かる程度だ。

 

 もう一つ、指が出される、二つ。

 

「次に、実績です。あまりに危険な地域にむざむざ人間や資源を投じるのは避けたい、無為に死地に送り続けるのは避けたい、となると比較的安全が見て取ることのできる場所、となります」

 

 それも、分かる。ドブに金を捨て続けるのは愚かというより狂人の行為だ。

 

 しかし、それなら疑問に浮かぶことが当然ある。

 

「だが、ウチの村は魔女に……」

 

 その言葉に、皆まで言うな、と医者は頷く。

 

「ええ、確かにあなたの故郷は魔女に滅ぼされた、これは確率の話になってしまいますが……正直、また同じような悲劇が起こる確率は、本当に少ないのですよ、それこそある一人の人間が何度も雷に打たれるようなものです」

 

 これが、ゴブリンに襲われやすいとか、竜の狩場、とかなると候補から外れるわけですよ、と言いながらもう一本の指が出される。

 

 三つ。揃えられた指先は男を指さしていた。

 

 まるで切っ先を向けるようなそれと、真摯な瞳がある。

 

「その土地をよく知る人間、やる気のある人材が居る事、開拓は難事です。折れぬ心をもって臨む者が居ればこしたことはない……無論、平坦な道ではないです、失敗に終わる可能性も、もちろん高いです」

 

 ですが、と手を下ろしてグラスを両手で包む。

 

 その瞳は、様々なものを湛えていた。空虚、無力感、残骸のような希望、長い人生が静かに煮詰まったような瞳だ。

 

 医者がグラスの水面に何を見たのか、男にはわからない。

 

「ゼロでは、ありません」

 

 顔を上げ、そう言いながら男を見つめる医者の瞳には誠実な、真摯な心があった。

 

「……帰れるのか」

 

 ぽつり、と漏れる、勇気に、無力感に、希望に、全てに震えた心に入った亀裂から、零れ落ちるような呟きであった。

 

「確実には、ではないですが……それに、開拓に名乗り出るような面子です、それなりに事情持ちの人間も多くいるでしょう」

 

「そんなもん、なんだ」

 

 あそこに帰ることができる。

 

 生まれ育った故郷に、人々の生活の火がまた灯る。

 

 誰かが生まれ、泣き笑い、死んでいく。

 

 それが、ずっと続いていく。

 

 その光景を見ることが出来る。

 

 それだけで、それ以外の全ては捨ておく理由になる。

 

 俺が、俺の家路を創る。

 

 そのためであれば

 

「何だって、してやる」

 

 必ず、故郷へ帰る。


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