「それで、何見てたのよオルクボルグ」
何気ない一日であった。
ゴブリンロードとの野戦も数日前のこととなり、冒険者達はまためいめいに冒険へと出かけている。
妖精弓手と女神官、女二人で街中をぶらぶらと、店々を冷やかして回っていたところで、食料品店の前で立ち尽くすゴブリンスレイヤーと出会った。
粗末と言え、完全武装の鎧姿の男が店の前に立っているので、店員はどこか気味悪げな視線を向けてくる。
さすがにこのままでは居心地がわるい、とゴブリンスレイヤーを連れて冒険者ギルドへと移動する。
「牧羊犬の報酬を考えていた」
鉱人道士と蜥蜴僧侶を加えた一党総出で彼を囲む。
そうしてゴブリンスレイヤーの言葉に、あぁ、と納得の声を漏らす。
「確かにまぁ、犬が金貨をもらってもしゃあないわな」
「俺の報酬ではないからな」
「それで、何を買ったものか、と」
ふうむ、と蜥蜴僧侶が顎を撫でる。
金貨四枚、これは結構な額だ。上等な餌でも年の単位でもつ。
「まぁ、エサはいいもん食わしてやりゃよかろう、あの働きぶりじゃったら世界中の牧場持ちの貴族が、喉から手が出るほどほしがるぞ」
牧場防衛戦でその戦ぶりを見知っている鉱人道士の言葉に他の二名も頷く。
「上等な肉でしょうかな」
「魚も食べるって聞いたわよ」
銀等級の冒険者が頭を突き合わせて悩んでいることが、犬へのプレゼントである。女神官は苦笑しながらその様子をみていた。
ともあれ、自分(使徒)へのプレゼントで彼があれこれ悩んでくれているというのは、正直いい気分である。
そして、鉱人道士がそうそう、とポン、と手をたたいて言った。
「お、そうじゃ、エサの内訳は置いておいて、首輪を買ってやったらどうじゃろうか、あれを野良犬と間違えた近所の人間がつっついたら、ちょっとした刃傷沙汰になるぞ」
――天啓だった
そんな表情を浮かべてガタッ、と突然立ち上がった女神官に一党がきょとんとした表情を向ける。
神官は正真正銘の《託宣》を受けてもおかしくないので、このような行動はそこまで奇矯な行動ではないのだ。
だが、その後が奇矯であった。
「ゴブリンスレイヤーさん!!」
「……なんだ」
「首輪! 首輪がいいです! 首輪! 首輪で行きましょう!」
若干のけぞりぎみに返事をするゴブリンスレイヤーにがしり、と肩をつかみ爛々と瞳を輝かせて熱く説き伏せる。
取り残された三人も「お前飲ませたか?」、「いや、これお茶よ?」、「珍しいことですなぁ」と妖精弓手が女神官の飲んでいたティーカップに口をつけては顔を見合わせた。
革細工、それもペット用のもの、となると冒険者ギルドの工房では作るわけにはいかないらしい。住み分けというやつだ。
せっかくだし、とふらふらと一党連れだっての大所帯である。
うち三名は間違いなくいつになく高揚している女神官見たさであろう。
店の壁にずらりと並んだ首輪の数々に目を輝かせる女神官は、確かに滅多にみることのできないものである。
自分の意見を言わないわけではないが、ゴブリンにかかわらない話であれば、基本は非常におとなしく、率先して前に出るということのある娘ではない。
「わぁ……、あっ、これも……」
あれこれと目移りしている姿は、年相応の少女であり、とりあえずゴブリンゴブリン言いながら、時として眉一つ動かさずにオーガを消し炭にするような高位の呪文遣いには全く見えない。
何ともほほえましい、気のせいか女神官へ向けるゴブリンスレイヤーの瞳も、優しげである。
「しかし本当只人って不思議なところに凝るわねー」
馬具の鐙やら轡ならともかく、森人からすれば理解しがたいことなのであろう。店内を奇妙な目で見まわす。
「ま、拙僧もあまり理解はしがたいが、あれほどの忠勇の士、只の野良と間違われて弓矢を射かけられてはなりますまい」
どうやら、お気に召したものがあったらしい。とてとてとゴブリンスレイヤーの元に笑顔で駆け寄ってくる様子は妹か、娘か、
「どうでしょう! 似合いますか?」
飼い犬であった。
ニコニコと自分の首に首輪をはめてコメントを求める姿に、全員が唖然としていた。
「お、お買い上げで……?」
「まて、いや、まて」
今年一番の勇者を見てしまった、そういう目でゴブリンスレイヤーに確認を取る店員は、職務に忠実であったのだろう。
それに対するゴブリンスレイヤーの言葉も、真に迫ったものである。なんというか、切実であった。
残る一党も、「やっぱり酒かの?」、「なんかの《託宣》とか?」、「……気のせいか、今女神官殿に犬の耳が……」とやや現実を受け入れがたそうな様子である。
「……っ!?」
三、四拍遅れて自分の奇行に気付いたのか、女神官の顔が真っ赤に染まる。
慌てて首輪をはずし、それでも几帳面に元あった場所に戻して「失礼します!!」と脱兎のごとく逃げ出していった。
「……あれに、する?」
ちらり、と妖精弓手が揺れる首輪を指さす。
「店を変えよう」
決断的な声であった。
一日も終わり納屋に戻り、やれやれ、と息を吐く。
なんというか、どっと疲れた。
やや投げやり気に兜を脱いで寝る用意をしていると、やたらおずおずと牧羊犬が寄ってきた。
いつもは牧場に戻れば一目散に駆け寄ってくるのに、珍しい話である。
「……来い」
手招きをすれば、牧羊犬はそろそろと近づいてきた。
ごぞごそと雑嚢から取り出したのは、銀の金具の黒革の首輪であった。
首輪にはこの牧場の名前と牧羊犬、という文字だけが刻まれていた。
頭を一撫でして、その首輪をはめる。
金の毛並みに、黒の首輪はよく映えた。
「後は……これはリードか」
牧羊犬と顔を見合わせる。
「いらんか」
賢い犬だ、それにただの愛玩犬でもない。そう思って棚の奥底に投げ込もうとしたところで切なげな鳴き声が聞こえる。
「……いるのか?」
喜色満面の鳴き声、それを聞いてしぶしぶとリードを机の上に置く。
「朝の散歩ぐらいなら、つかう」
今日は、振り回されてばかりだ。