女神官逆行   作:使途のモノ

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第十八話

「しゃあっ!」

 

 裂帛の気合いと共に刃引きした剣を黒曜等級の識別表を付けた剣士が振り下ろす。

 

 それを女騎士が同じように訓練所の備品の盾でいなす。

 

 盾捌きというモノは、戦い続ける上で大事なものだ、と女騎士は考える。

 

 なにせ、死んだら終いだ。

 

 相手の攻撃を捌き、体勢を崩し、攻撃を見舞う。

 

 それでも、相手は崩れない。

 

 良い剣士だ、と女騎士は素直に思う。

 

 また、良い頭目だ、とも思う。

 

 諦めず、戦意を滾らせ、食い下がる。

 

 さらにその戦意の陽炎の奥にこちらを虎視眈々と伺う冷静さがある。

 

 田舎育ちの粗野とここまでやってきた冒険心に向上心、そして頭目の責任感が戦い方を形成している。

 

 前衛の資質、一党の頭目の才覚、共にあるとなれば、死にさえしなければ良いところまで行くであろう。

 

 技は、突きが多い。

 

 閉所で痛い目を見た者の太刀筋だ。

 

 失敗を下地に鍛えた太刀筋だ。

 

 失敗を努力の起点にできる者だ。

 

 強くなる。

 

 畳み掛ける、あるいは重みのある一撃としての振り打ちは覚えておいて損は無いが、新米にそれは求めすぎか。

 

 それに、技の連続はともかく、それの終わった瞬間の居つきがまだまだ致命的だ。

 

 まだ、力の底が浅い。

 

「うわっ」

 

 盾で突き飛ばしながら、足を払う。

 

 冒険者の技は剣術の比べあいではない。

 

 殴りつけて投げたり、二系統の攻撃を相手に畳み掛けるのは基本だ。

 

「くっ」

 

 苦し紛れ、なれど破れかぶれでは無い意思のこもった投擲。

 

 今まで振るっていた剣を投げつけたのだ。

 

 投げつける先は膝。

 

 避けるにせよ、盾で払うにせよ、こちらはワンアクションを支払わされる。

 

 と、思うだろう。

 

「うえっ!?」

 

 飛んでくる剣に、盾を構えて突っ込む。

 

 剣を弾き、そのままはね飛ばしに行く。

 

 そこに、剣士が盾を合わせてきた。

 

 吹き飛ばされる動きのまま後ろに転がり、起き上がる。

 

 左手は盾を構え、右手には鞘を握っている。

 

 鞘をいざというときの打撃武器としてベルトから抜き取れるようにしてあったらしい。

 

 盾の防御に専念しての一撃狙いだ。

 

 飛んでいった剣を一瞬確認するも追わない割り切りもいい。

 

 確認しておけば、場合によっては拾って使うこともできるからだ。

 

 ーーなにより、盾を頼みにするとは、見所がある。

 

 個人的嗜好であるが、気に入る気に入らないなんてそんなもんだ。

 

 こんな前衛はしぶとい。

 

 倒れない頭目は、良い頭目だ。

 

 歯ごたえのある若手に、女騎士は獰猛に口角を上げ、舌なめずりした。

 

 

 

「うぉ……」

 

 その殺伐さすら感じる試合に鼻白むように赤毛の弟魔術士は息をのんだ。

 

 雑多で、活気のある、武器と冒険心を持った者どもの訓練所である。

 

 どの依頼に連れて行くにせよ、護衛対象でもない者が冒険者登録無しで連れ回して万が一の事態があってはよろしくない、とは相談をした受付嬢の弁だ。

 

 とりあえず、冒険者として本格的に活動するかは未来の話として、登録させる必要があった。

 

 そういうわけで形式的ではあるが弟魔術師は冒険者となり、首元には白磁の認識票が下げられることとなった。

 

 かつてはゴブリン憎し、という姿勢であったが今は姉の活躍兼職場見学、といった様子だ。

 

 かつての未来では東方から来た人狼の戦士や嫁の圃人の戦士などと冒険を繰り広げ、魔法老師と呼び慕われる時代を代表する大魔道士となるのだが、今はまだ眼球が下半身に振り回されている青少年だ。

 

 たむろしている女性冒険者の胸やら腰やらにチラチラと目が行く。

 

 チラ見していると思っているのは男の勝手で、女からすればガン見である。

 

 さてさて、彼の嫁は、と見渡してみると、居た。

 

「一発撃ち込んだら二発目打ち込め、打ち込み時だ! 一撃で倒れてくれるなんて期待するな! 倒れるまで打て!」

 

「うすっ!」

 

「ひぃ、ひぃ、ひぃ」

 

「当てるときは拳を握り込め! 打ち込んだ瞬間、武器が暴れるっ! ねじ込まなきゃすっ飛ぶぞ!」

 

「はいっ!」

 

「ふっー、ふっー、んぐっ、りゃあっ!」

 

 ずしりと太く重い鶴橋の柄のような棍棒で重戦士と戦士と圃人戦士が人の胸元ぐらいにまで積まれた土塁相手に一列になってひたすらに叩いている。

 

 圧倒的質量差の相手を殴り殺しにかかる鍛錬だ。

 

 モンスター相手に自分と同じ体重に痩せてきてください、なんて言う者は居ない。

 

 ならば、この星で最も重いモノに全霊で打ち込む練習は、きっとどこかで活きる。

 

 体格と経験の差、それが一列に並んでいる。

 

 ドスンッ! ダンッ ドッ

 

 後を追うように打撃音が続く。

 

 土塁が打撃によって各自の前がえぐれていく。

 

 土塁の端には円匙と鍬があり、各人自分が使ったところを補修できるようになっている。

 

 視線を戻すと、剣士は盾捌きの巧妙さをもう何段階かあげた女騎士に攻撃を捌かれている。

 打点をずらして押し込む、そらす、引っかける、どっしりと受け止める。

 

 そこからの反撃も様々だ、盾の上下左右から巧みに攻撃を差し込んでいく。

 

 さまざまなバリエーションを惜しげも無く披露する。剣士を随分気に入ったようだ。

 

「ありがとうっ、ございましたっ!」

 

「うんっ! いいガッツだった、お疲れ様!」

 

 殺撃での鍔と刃の根元での足斬りと足払いの混合技で転がされて一区切りが着いたのか、お互い一礼をして飛んでいった剣を拾い、入れ替わりで順番待ちしていた他の組が円陣へ入っていく。

 

 重戦士三人組も一段落したのか後片付けをして近くで見学をしていた聖女とともにこちらへ向かってくる。

 

 こちらを認めて剣士がニカッと頼もしさのある笑みを浮かべ手を振る。

 

 こう、才覚が花開くことも、ありえたのだ。

 

 彼が頭目で、こうして幼なじみである女武道家と女魔術師と、私で。

 

 ゴブリン退治もすぐさま卒業して、盗賊退治だ、オーガだ、果てはドラゴンだ。

 

 そんなことも、あり得たのだろう。

 

 その笑顔が眩しくて、ふと視線をそらした。

 

 すると、やたら険のある目つきで弟魔術師が剣士を見ていた。

 

 睨んでいる、といっても良い。

 

「おつかれ」

 

「おつかれさま」

 

「ああ、でもやっぱり銀等級の人と打ち合うって勉強になるよ、あぁ、君が彼女の弟?」

 

「……初めまして」

 

「ああ、初めまして、俺が君の姉さん達の一党の頭目をさせてもらってる、まだまだ駆け出しだけどね、よろしく」

 

 差し出された手を、弟は取ろうとしない。

 

「なにしてんの! ほら挨拶なさい!」

 

「いでっ! やめてくれよ姉ちゃん!」

 

 すぐさま、ポンと姉の拳が弟の頭に降り注ぎ、渋々と弟は剣士の手を握る。

 

「そこの二人はもう紹介は済んでるかな? 地母神の神官の子は常時ウチの一党って訳じゃ無くって、正直久しぶりに組むんだけどね。いつもは銀等級の人達とかけ回ってる、同期じゃ一番の腕前だよ、あとは……おおいっ!」

 

「見えてるって、術師さんの弟さんだろ、俺は見て通りの戦士職、でもってコイツが」

 

「私は至高神に仕えています、コイツとは同郷の幼なじみ」

 

 さくさくとした紹介とともに、ふと申し訳なさが首をもたげた。

 

 前回とは違い、自分たちは全員が何事も無く生還した。

 

 そして、帰還して、私は勝手に一党から彼の元へと転がり込んだのだ。

 

 神官が抜け、大変な時期もあったはずだ。

 

 それを恨み言一つ言わずに居てくれる。

 

 今更、謝ってどうこうなる話では無い。

 

 だから、行動で返そう。

 

 そう思い直し、ギュゥと錫杖を決意も新たに握った。

 

 

 

 トロル付きのゴブリン退治を受けて、冒険者ギルドから訓練場周辺の再調査の依頼がいくつか張り出されることとなった。

 

 無論、訓練場建設が認可されるに至り、それなりの調査はされた。

 

 とはいえ、今まさにゴブリンどもが居たわけで、まだまだ建築作業などは続く。

 

 よって、再調査の必要がある、とされたわけだ。

 

 あくまで、再調査であり、モンスター等見つけ次第始末、ではない。

 

 ただ、事前調査で発見できなかった遺跡などがあった場合は、可能な限り情報を収集することも依頼内容に含まれていた。

 

 トロル付きの群れが居た場所が陵墓であったように、ここはおそらく辺境の街やその前身である古代都市の外郭の更に外にあたる場所であったのだろう。似たような形式の陵墓が点在していた。

 

 都市のど真ん中に大型の陵墓はなかなか作りづらい。

 

 逆に、このあたりにそのような陵墓があるという以上、このあたりの地域は陵墓群である可能性はそれなりに高い。

 

 石材の輸送等の都合上、作りやすい物は作りやすい場所にまとまるからだ。

 

 通路に玄室、よくある形式の陵墓と聞いた、と彼は言った。

 

 つまりそれを教えた人間、あるいはその周囲の知識人からすれば、その形式の陵墓はこのあたりでよくある、物珍しいものでない、と言うことだ。

 

 再調査用にもらった地図は、確かに数カ所の陵墓が記載されている。

 

 場合によっては、更にあることであろう。

 

 そういえば、自分のお墓はどうなっただろう。

 

 多分あの死に方だと遺体は十全に残っているから普通に埋葬されたはずだ。

 

 先日の陵墓のように荒廃し、何かのモンスターやゴロツキの巣窟には……なっていないといいなぁ、と思いながらも八人の大所帯で歩く。

 

 圃人の少女も暇していたらしく、小遣い稼ぎ兼勉強に着いてくることになった。

 

 友人たる妖精宰相が国に居る間はそうそう粗略に扱われるような事は無いであろうが、五百年から先は分からないし、そもそもあの国が五百年保つかもまた分からないところだ。

 

 もとよりゴブリンを殺し尽くすために手に入れた人類だ、目的を果たした以上、用は無いといえば、無い。

 

 とはいえ、ゴブリンを滅ぼして、ゴブリンが滅んでいない方がマシな乱世にしてしまっては元も子もない。

 

 だって、きっとそうなったら彼は悲しむ。

 

 手は尽くしたし、平和な国がそれなりに長持ちしてくれるといいのだが、とは思う。

 

 どもこもならんようなら、ウチらで金床はかくまっちゃる、と大族長たる鉱人や竜となった僧侶が誓ってくれたから、故郷なりどこへなりと行っているかも知れない。

 

 まぁ、なるようになるのだろう。

 

 気を取り直して周囲を見回す。

 

 基本陵墓群というものは大規模な一つ、その時の大王なり皇帝なりが入っている、の周りに小規模な物がいくつもある、というのが基本的な配置だ。

 

 稀に遠隔地にポツンと一つだけあることもあるが、今回の場合はいくつもあるようなので、逆に大きな陵墓がどこかにある可能性が無くは無い。

 

 訓練場近くの池等の湖沼、その他流れる川からざっくりとした過去の川の形を仮定して、現在分かっている陵墓の配置とその中心になるエリアの辺りを大型陵墓のありそうな位置か、と目星を付ける。

 

 先遣隊として牧羊犬を走らせてみて、さらにエリアを狭め。

 

 それらの情報、考え方を、牧羊犬周りは伏せつつこっそり女魔術師に渡す。

 

 流石ねぇ……というため息を吐いていたが、そんなことをおくびにも出さずに剣士達に地図を広げて説明をする。

 

 弟魔術師も姉の推理にご満悦である。

 

 本人は素っ気ない振りをしたがっているが「姉ちゃんやっぱすげぇや!」という瞳の輝きは隠せていない。

 

「まぁ必ずあるとは限らないけどね」

 

 と前置きしつつ、その辺りへ向かうこととなった。

 

「私はあっちのほうを探してみますね、反対側はよろしくお願いします」

 

 その頃には牧羊犬が入り口を見つけていてくれたので帰ってもらいつつ、さりげなく女武道家に水を向けて見つけてもらう。

 

「わっ、あった! あったわよー入り口!」

 

 そう歓喜の声を上げるのは日頃斥候の練習をして、それが報われたからだろう。

 

 以前潜った陵墓と似た様式の物だ。

 

 牧羊犬がゴブリンの臭いをはじめ特段モンスターの臭いを嗅いでいないので少なくとも体臭があるタイプのモンスターは居ないであろう。

 

 もし居るとすれば、ゴーレムやガーゴイルのような魔法生物が考えられなくも無い。

 

 陵墓の入り口に八人で集う。

 

「新規の遺跡かー、こう昂ぶるよな」

 

「そうね」

 

 戦士と聖女もうきうきと顔を見合わせる。

 

 新しい遺跡、そこに初めて踏み込む自分たち、気分が高揚するのは当然だ。

 

 どんな謎や罠、モンスターがいるのか、未知への冒険にみな浮き足立つ。

 

「とはいえ、とりあえずさわりだけ調査してみよう。ゴブリンとかが巣くっているかもしれないし、見てみないと分からないけど、かなり深くて本格的にここに潜るなら装備を整えてからにしよう」

 

 頭目として、水を差すのは剣士の役目だ。

 

 それに、ムッとした様子を隠さないのは弟魔術師だ。

 

 なんだよゴブリンぐらい、と顔に書いてある。

 

 折角自分の姉が見つけたのに、いけるだけいけばいいじゃないか、といった様子だ。

 

「了解」

 

「そういやここ地図上じゃどの辺りになるのかな?」

 

「んー山からの距離とかからすると……まぁ、この辺りかな」

 

 一党の面子はおとなしく従う、一番の冒険好きが誰か知っているからだ。

 

「それじゃ、これ、役目ね」

 

 そう言いながら女魔術師が松明を弟に押しつける。

 

「……わかった」

 

 ちら、と視線が女神官や聖女に向く。

 

 あいつらでいいじゃないか、といった視線だ。

 

 微笑ましい過信に、微笑を向けると不機嫌そうに視線を切る。

 

「むう、なーんか偉そうよね」

 

「まぁまぁ、自分の役目に自負があるのは良いことですし」

 

 やや腹立たしげな聖女を取りなしつつ、圃人の少女に目を向ける。

 

「ほらほら、隊列決めをしますよ」

 

「わっとと、はい」

 

 そういって、やや孤立気味の少女の後ろに回り集団へと押しやる。

 

 ちょっと意識的に、不機嫌そうな弟魔術師の横に彼女を立てて、自分も並ぶ。

 

「それじゃ、俺とコイツが先頭、間に術士組を、そんで殿は戦士と女神官と圃人の子」

 

 ナチュラルに神官戦士扱いだが、付き合いの長いもので異を唱える者は居ない。

 

「殿頑張りましょうね」

 

「はいっ」

 

 そう声を掛けて遺跡に潜る。

 

 石造りの、通路と玄室のシンプルな構造だ。

 

 古くに語られる牛人の迷宮のような脱出困難なモノではないだろう。

 

「あなたは何で冒険者になったの?」

 

 そう、くりり、と白磁級同士話しやすいと思ったのか弟魔術師へ圃人の少女が話しかける。

 他の面々はタイミングは多少のズレこそあれ今や黒曜等級だ。

 

「え!? え、ええっと……」

 

 お姉ちゃんの職場見学で……とは口が裂けても言えない。

 

 たとえ未熟で新米未満といえ、男の子だからだ。

 

 姉に似た聡明な頭脳を本人なりにフル回転させたのだろう。

 

 つまり、盛大に空転していた。

 

「りゅ、竜を倒す」

 

 女魔術師が顔に手を当てた。

 

 弟からは見えていないだろうが、その顔を振り返ってみた女武道家の顔を見れば姉の顔が真っ赤になっているのは容易に想像できた。

 

「ドラゴン! そっかそっか、うん! 倒せるといいね! よっ、未来の大魔道士様!」

 

 そうあけすけに声援を送られ、そのまぶしさに視線をそらす。

 

「そ、そっちはなんでなんだよ」

 

「私? 私は目指せ稀代の大戦士! 体格がなんだ! 私の一撃は竜だってコテンパンなんだ! いつかね!」

 

 スタートラインに立ったばかりの、まっすぐに上だけを見た言葉。

 

 それは一年とはいえ現実を駆け抜けてきた彼ら達にはまぶしさを感じるものであった。

 

 

 

 探索自体は非常に何事無く、順調であった。

 

 一室ずつの丁寧な探索も、もともとの依頼であるため弟も不満を漏らさない。

 

「罠の察知が苦手だって思うならあまり壁に不用意に近づくなよ、俺らが聞いた話じゃ隠し戸棚から落ちてきた水薬で……」

 

 そう戦士が忠告がてらもったいをつけて言葉を切り。

 

「み、水薬で……?」

 

「性別が反転する」

 

「なにそれ、何が怖いの?」

 

「そうだよ、ヒキガエルになっちまったとかじゃないんだろ?」

 

 拍子抜けした、という二人の様子に男二人が、無言で意味ありげに目をそらした。

 

 それはそれは、おそろしい話なのだ。

 

「はいはい、無駄口たたかない、さて、そろそろ奥ね」

 

 そう緩んだ空気を女魔術師が諫め、どうする、と視線を剣士へ向ける。

 

「そうだな、交戦も無し、術の消耗も無いし、中を覗いてみよう」

 

 最後まで行ってみよう、とは言わない。

 

 扉の向こうは、いつだって未知だからだ。

 

 下手に使命感を持たせては仲間達はずるずる引けなくなる。

 

 それは危険だ。

 

 感覚的にではあるが、剣士は頭目としての振る舞いを身につけつつあった。

 

 

 

 

 ギィ、と扉が開かれる。

 

 ひやりとした空気が、不気味だ。

 

 広々とした最奥の一室であった。

 

「まずは探索、いや、警戒。こいつと女神官の二人で見回ってもらう、他は何があっても二人を連れて逃げに入れるように」

 

 それは、言葉にするにはあやふやな圧迫であった。

 

 だが、無視するわけには行かない冷たさを感じた。

 

 故に、探索に関する技能を持った女武道家と女神官以外をまとめることにした。

 

 これは、どこで感じたか。

 

 あれは確か、銀等級の二人と遺跡の最奥に挑んだ時、

 

 頭上には天上一面といっていいような悪魔。

 

 

 上

 

 

「上にいます」

 

 そう静かに女神官の言葉に被せるように指示を打つ。

 

「二人とも引いて! 上に《聖壁》!」

 

 女神官が影が滑るように、女武道家が猫の跳ねるように、戻り、奇跡が一党の上を覆う。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》」

 

 果たして、居たのは二体のガーゴイルであった。

 

 手には三つ叉の槍がまがまがしい。

 

 急降下しての一突きは、鳥人の戦士の一撃のごとくその身を矢とした一撃だ。

 

 巨獣すら一撃で大地に縫い止めるほどの威力がある。

 

 しかしそれは、女神官の賜った奇跡を抜けるものでは無い。

 

「せえっ! やたっ、当たった!」

 

 投石紐を用いた投擲、聖女の習いたてのソレは拙いなりに出目が良かったのであろう。

 

 ガーゴイルの翼に当たり、飛翔の力を奪う事に成功する。

 

「よし! 落ちたのから仕留める! 《聖壁》は?」

 

「大丈夫です、まだ保ちます」

 

 簡潔な問いに、簡潔に返す。

 

「なら落ちたのを倒してから残りを魔術で落とす! 呪文のタイミングは任せた! 聖女は俺らに《聖壁》頼む、いくぞ!」

 

「おう!」

 

 言うが早いか、至高神の力に包まれた剣士と戦士が突っ込む。

 

 それを見やりながら、女武道家は呪文遣いの護衛へと位置取りを変える。

 

 前衛二人は、連携も手慣れたもので着実にガーゴイルを打ち崩していく。

 

「《矢・必中・射出》!」

 

 一体目が崩れ落ちるのを見届け、女魔術師が《力矢》の魔術をみまい、またガーゴイルが地に落ちる。

 

「よっしゃっ!」

 

 快哉をあげた弟は、ガーゴイルが落ちた先を見て血の気が引いた。

 

 それは奇跡を嘆願している女神官のすぐ近くであった。

 

 地母神の神官が争いごとを好まないのは常識だ。

 

 腰の山刀だって、多分野山を行くためのモノとか念のための護身用なのだろう。

 

 女武道家は、姉と聖女の護衛で遠い。

 

 

 自分が、やらねば。

 

 

 そう、二人は思った。

 

 

「んっ!」

 

 剣を抜き放った圃人が担ぐような圃人の体格を生かした低い構えのまま突っ込む。

 

「頭下げてろ! 《火石・成長・投射》!」

 

「あいよ! りゃあっ!」

 

 頭上を火の玉が駆け抜けていき、炸裂。

 

 そこに、追撃の一撃をまっすぐ打ち込む。

 

 星を殴って鍛えられた戦士の一撃は、石像ごとき耐えられるものでは無かった。

 

 

 

「やっぱ、あれだな、俺の《火球》だよな、こうバシュッ、ドカーン!」

 

「なにいってんの、私の一撃あればこそよ!」

 

 わいのわいの、冒険終わって日が暮れて、街へ帰って宴会だ。

 

 大型陵墓の発見と探索で依頼料にはかなりの色がついた。

 

 金銀財宝や封印された大魔王、そんなのは無かったけど冒険だ。

 

 自分の活躍を大いに語り、相手もなにを自分だってと胸を張る。

 

 冒険の幕引き(ファイナルブロウ)は誰もが誇らしく語るものだ。

 

 ソレを肴に先達は酒を傾け、やはり己の武勇・活躍を舌に乗せる。

 

 戦士が調子外れな歌を始めれば、聖女がこうするのよ、とばかりに整った調べで続く。

 

 女魔術師が密やかに囁くように続けば、女武道家が凜とした声で応える。

 

 最後に出るのが剣士の勇ましくも頼もしい声だ。

 

 いつも、そうしているのだろう。

 

 彼らは彼らでもう、歴とした一党なのだ。

 

 それはとても嬉しいことで、少し寂しく、しかし爽やかに女神官の胸中にあった未練を晴らすものであった。


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