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そのことを聞いたのは、確か12月だったか。いやまあ覚えてるんだけどさ、そんなこと忘れるわけないんだけどさ。これはいわゆる様式美ってやつだ。冒頭なんてそんなもんだろう?
ともあれ、俺が小町の体の状態が芳しくないと知ったのは12月だ。詳しく言うと12月14日である。
有りがちなモノローグの入り方だとは思うのだが、そんなこと今更気にしてもしょうがない。
では、──あれは、12月のことだったか。
§
「小町が病気?」
講義も終わって一人暮らしの自宅を警備していた時にかかってきた電話は、存外に不吉なものだった。
『そうなのよ。学校から帰ってきたと思ったら、突然倒れたの。すぐに救急車を呼んでみたら、案の定病気かなんかで入院しちゃった』
おいおい母よ……。仮にも娘が入院したんだから、もう少し心配そうにしろよ。
とは思う反面、入院する側としてはこの対応は割と嬉しいのである。忘れもしない、三年前。足を骨折して入院した時も確かこんな感じだったのだ。特別心配する訳でもなく、驚くほど普通だったのを今でも覚えている。
「どこの病院で何号室だ?あと病名とかわかるなら教えてほしい」
矢継ぎ早に質問をした俺だったが、母はものともせず答えた。
「○○病院の503号室で、病名はまだわかんないんだって」
まだ分からない?検査された事がないのでよく分からないのだが、別段時間のかかる訳でもないだろうに。
「母さん韓ドラが早く見たくってさ、先帰っちゃったのよ。てへぺろ!」
「可愛くねーよ。……とりあえず、整理すると俺がお見舞いに行ってそのついでに病名とかわかってたら聞いてきたらいいか?」
「頼むわね。それじゃ」
プッ、と短い音が鳴りそこで通話は切れた。
しかしまあ、小町が病気ねえ。最後に会ったのは確か総武高の文化祭だったから、考えると小半年もあってないのか。その頃は別段調子が悪そうという印象がなかったせいか、あまり実感がわかない。
というかなぜ俺が今更総武高の文化祭に行ったのか。それはもちろん小町を見に行くためである。文化祭の開会式にある恒例の生徒会長の挨拶。あれを見に行くために俺はわざわざ総武高に行ったのだ。ここまで言えばわかるだろうが、小町は1年の終わりに生徒会長になったのだ。ただ、別に一色の時のように嫌がらせでなった訳では無い。一色が3年になってからは勉強に専念したいということで、誰かあとを引き継いでくれる人を探していたらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが小町というわけだ。小町自身中学でも生徒会役員をしており、まさに適任だったのだろう。
閑話休題。ともかくまずは小町の容態を見ないことには何も始まらない。病名を聞いて早く安心したいという気持ちもあったのだろうがな。
──が、抱いていた淡い期待はすぐに打ち消されることになるのだった。
◇◇◇
細い並木道を通る。時刻は16時半、夕方前にしては多い車の騒音に嫌気がさすが、
車の免許もなければバイクの免許もない。そんな俺に許される移動手段は自転車か徒歩なのだが、今日はなんだか歩きたくなったのだ。
葉を散らした桜を尻目に見ながら少しセンチメンタルになる。一時はあれだけ綺麗に花を咲かせるのに、ものの1ヶ月でそれらは全てピンクから緑へと変貌する。さらに時が経過するとこんどはその緑すらも消えてしまい、枝の色のみが残るのだ。
日本人は儚さに美しさを感じるとよく言うが、俺はあまり感じたことがない。それらの感情は皆なにかしらを持っている人が言うセリフで、友達すらろくに作れない俺にそんなことを語るなど言語道断、
そんな悲哀にも似た感情を後押しするかのように、一本の太い風が後ろから突き抜ける。肌を刺す寒さに体を震わせながら、それでも歩く。
無意識に擦り合わせた手は、まるで何かを祈っている人を彷彿とさせた。俺は一体何を祈っているんだろうか。寒さの軽減?目的地への早い到着?それとも、小町の安全か?
そこまで考えて、俺は堂々巡りになりそうな思考を風に流して捨てた。
桜並木を抜けると、そこは見たことのない道だった。普段はこちらに行かないので、まあ当然ではあるが。
車の多い道路に再び辟易としながらも、歩くスピードは緩めずに進む。スマホの地図だと、たしかここら辺のはずなんだか……。
辺りを見渡していると、ふと空が俺の目に止まった。
少しの雲はあるものの、天気は恐らく快晴と言えるだろう。広がる青はどこまでも暖かく、しかしどこまでも冷たい。少ない雲が太陽を隠し、その冷たさをいっそう引き立てる。
雲が太陽を通り過ぎ、途端に眩しくなって反射的に手を太陽にかざす。手が暖かくなることはないが、やはりそれはあたり前のことだ。どれだけ手と太陽を同じ一直線上に置いたとしても、暖かくならない、届くはずがない。
それはまるで予定調和のように感じ、同時に人には抗えない運命は確かに存在するのだと感じるのだった。
◇◇◇
「あ、あの、お見舞いに来たのですが…」
あれから程なくして、俺は病院に着くことが出来た。今は受付でお見舞いする時に書かなければならないノートに記入をするところである。
「はい、ではお名前等ご記入ください」
ほっ、と会話が思いのほか少ないことに安堵して名前を書き進める。
書き終わった
幸いエレベーターは丁度一階に降りてきたところだったので、すぐに乗り込むことが出来た。
503号室を探して5階を散策していると、不意に医者の方が会釈をしてきた。反射的に会釈を返し、そのまま通り過ぎる。医者の方はコミュ力も高いのだろうか。挨拶をされただけではあるが、俺はてっきり会話の通じない堅物ばかりのようなイメージがあったのだ。勝手な偏見だが、思っていたのも事実なので言い訳する気は無い。てかよく考えたら普通に患者の親族とも話してるな、反省。
ようやく見つけた503号室は不気味な程に静かで、稚拙な表現だが嫌な予感がした。こういう予感は当たると相場が決まっているが、俺に関して言えば恐らく当たらないだろう。なんせぼっちを極めた男、比企谷八幡だからな。こういう皆にも入れないのがプロぼっちってもんだ。
なんて、フラグ潰しをしてみたりな。
「小町、入るぞー」
ノックを3回し、返事を待たずに入る。中にいたのは個室のベッドで寝ている小町と下を向いていた医者だけだった。
「あ、来ましたね。お兄さんですか?」
「え、あ、その、はい」
唐突に声なんかかけるからどもっちゃったじゃねーかお医者さんよお。やめてくんない?一気にご飯食べたらしゃっくり出るだろ?それと一緒なんだよ、ぼっちにとってはな。
「妹さんの病気に関して伝えたいことがありますので、場所の移動をお願いできますか?」
場所の移動?別に小町がいてもいいんじゃないか?とも思ったのだが、本職が移動を申し立ててきたのだ。断る理由なんてないだろう。
「わかりました」
短く答えると、医者は椅子から立ち上がって部屋を出た。その後を追って、小町を一瞥してから俺もついて行ったのだった。
◇◇◇
連れてこられた先はよくわからない個室で、恐らくは診察室の一つだと思う。まあ病院は門外漢だからそれ以上のことは何一つ言えないのだが。
依然重苦しい顔をした医者は、おもむろに口を開いた。
「端的に言います。比企谷小町さん、妹さんはそう長くは生きられません」
まるで自分も苦しんでいるかのように。
「妹さんがかかった病気はこれまで、世界でもほとんど前例がないものです。なので正直手の施しようがありません」
医者は、あの空よりも冷たく言い放った。
「…恐らく、もって2ヶ月でしょう。つまり、余命ということです」
………………………え?
え?
「小町が……死ぬだと…?」
「今日が12月14日なので、恐らくバレンタインデーを迎えられたら運が良かったと言えるでしょう」
…………。いやいや、待てよ。
「そんなはずないでしょう?ほんの2、3ヶ月前までは元気だったんですよ?いくら医者でも言っていい嘘と悪い嘘がありますよ。モラルをわきまえて下さい」
冷静に考えたら、母だってあれだけ落ち着いていたのだ。いくら病名を聞かずして帰ったといっても、というかそもそも倒れた小町を放置して帰るか?それはつまり母も大したことないと考えたからこその行動だろう。
「現実から目を背けないでください。これは事実です。ただ、幸いなことにこの病気は鎮痛剤をうっておけばほとんど痛みを感じないんですよ。亡くなる時もほかの病気より……」
「やめろ!!!!」
気付けば俺は血が出るほど拳を握っており、歯が欠けんばかりに食いしばっていた。
「…不謹慎でしたね。申し訳ございません。ことの詳細はまた後日話しますので、今日は帰っていただいても構いませんよ」
「……いや、二度手間でしょう。今話してください。落ち着きましたので、もう怒鳴ったりはしません。こちらこそ、すいませんでした」
落ち着いたと口では言っているが、内心焦りと不安と恐怖で渦巻いている。少しでも気を緩めると飛びかかってしまいそうな程だ。
「あと、このことは小町は知っているんですか?」
「いえ、まだ伝えていません。こういったケースではまず家族の方にお話して、その上で伝えるか否かを判断してもらうのですよ」
「そうですか」
俺のその言葉を皮切りに、医者は話し始めた。
§
「よう小町、今日も来たぞ」
2月2日。俺はいつもの日課である小町のお見舞いに来ていた。
「あ、お兄ちゃん!聞いてよ、さっき大志君がお見舞いに来てね、なんかクッキー置いていってくれたよ!」
「そんなばっちいものは早く捨てなさい」
「もう!そんなこと言ったら大志君可哀想でしょ?」
「いやいや、ほんとに汚いんだって。早く捨てなさい、小町ちゃん」
「またそんな見え見えの嘘を……」
そう言ってはジト目でこちらを睨んでくる。いやほんとに汚いんだよ。具体的にはお菓子をやってバレンタインを期待してるその心が。
にしても、嘘か。
真実は残酷なら、嘘は優しいものである。こんなことを高校時代に考えたことがある気がする。ただ嘘というのは実際問題偽っているので、どこまでいこうと正当化されない。
が、果たしてそれは本当なのだろうか。例えば家族が
ならどうしたらこの問答を終わらせることが出来るのか。そんなことは実に簡単である。
嘘を、嘘と考えないことである。
仮にテストの点数を偽ることを嘘とする。というかこれは周知の事実だ。そしてもう一つ仮に家族が癌になったのを伝えないことを嘘αとする。
嘘をつくのは悪いことだ。だが嘘αをつくのは相手を思いやる行為なので悪いことではない。
実に簡単な答えで、明快な事実である。
──そして、俺は今も小町に嘘αをつき続けているのである。
Life 49/62