比企谷兄妹は、それでも永訣を否定する   作:しゃけ式

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周知の事実なのは、小町の容態である

2月6日。小鳥の(さえず)りで目を覚ます。本当にあるものなんだな、チュンチュンで朝を迎えるの。これが俗に言う朝チュン(物理)か。

 

 

朝は苦手だ。一人暮らしを始めてからは特に。とりあえず目を覚ますと10分は動けない。動く気がない。そこでいつも起きるべきかどうか葛藤が始まるわけだが、今日に限ってはそうではなかった。

 

 

俺の日課(小町のお見舞い)は忙しい時に行かなかったことはあれど来るなと言われたことはなかった。そんな拒絶明けの日に寝ていられるほど太い神経は持ち合わせていないのである。

 

 

のそのそと布団から立ち上がり、洗面所に向かう。顔を水で濡らして僅かに残る眠気を完全に覚まして歯を磨く。鏡を見ながら丁寧に磨いていくが、如何せん自分の目の腐り具合を確認してしまうので鏡を見るのも考えものだな。

 

 

歯磨きを終え、居間に戻る。

 

 

「さて、次は朝ご飯だな」

 

 

無意味に声を出し、次にやることを決める。これは一人暮らしあるあるなんだが、何かをする前はほとんど必ずと言っていいほど独り言を呟いてしまう。

 

以前から多い方だとは自覚していたが、一人暮らしを始めて9ヶ月強。恐らく去年の2倍は独り()ちている。トイレに行く時は「トイレ行くわ」や風呂に入る時は「一番風呂貰います」、プリキュアを見ている時は「頑張れ!負けるな!」など様々だ。(ちな)みに「ただいま」は言わない。だって返事が返ってきたら超怖えじゃん。

 

 

台所の方へ行き、作るものを決める。何が良いだろうか。取り敢えず糖分が足りていないので、甘いものなのは確定しているのだが自分でも抽象的すぎて決まらない。

 

 

「あ、トースト残ってるのか」

 

 

昨日で食べ終えたと思っていたが、ラスト1枚だけ袋の中で鎮座していた。その圧倒的存在感に、俺は思わず身じろいだ……ッ!!!

 

 

もちろん本当に身じろいでいます。付け足すなら手も目にかざして直視出来ないようにもしています。一人でいることが確定していると、こんな悪ノリをしても誰も何も言わないしそもそも見られない。最高じゃねえかヒャッホウ!

 

 

「んじゃ今日はフレンチトーストにするわ」

 

 

誰にともなく虚空へ話しかける。返事は当然返ってこない。返ってきたらきたでびびるんだけどさ。

 

 

牛乳と卵と砂糖をかき混ぜている最中、不意に思った。

 

 

 

小町は独り言が増えているのだろうか。

 

 

 

個室に入院している小町は、言ってみれば三食付きで暖房完備の一人暮らしをしているようなもんだ。2ヶ月とはいえ、もしかしたら独り言が増えてるかもな。今日にでも訊いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレンチトーストを作り終わり、皿に移して居間に向かう。皿を机に置いてから熱いままじゃ食べるのもままならないので先に着替えることにした。

 

服はいつも適当にしている。一応この服にはこの服、なんてイメージはいるのだが実際のところこだわりなんてないし、そもそも興味がない。だから基本服はほとんど小町に見立ててもらっている。小町は頭こそ悪いがそういったものには聡いので、着る服に困った時は大体頼っているのだ。

 

冬服もそろそろ終わりに近づいてきたしな。また小町と一緒に見に行こうか。休みの暇な日とか聞いておかなきゃな。

 

 

 

 

 

着替え終わって再度テーブルにつく。着替えの時間はフレンチトーストを冷ますのに丁度良い時間だったようで、暖かさが残る食べやすい温度になっていた。

 

 

「おお、この甘さ良いな」

 

 

以前作った時は物足りない気がしてそれ以来はあまり作らなかったのだが、今日は思い切って砂糖を大量に入れたのだ。その冒険が功を奏し、脳が(とろ)けるレベルの甘さを引き出すことに成功した。

 

にしても、本当美味いなこれ。1枚だけの時にしたのはミスだったか。今度小町にも作って持っていってやろう。流石に俺の妹だけあって、小町も割と重度の甘党なのだ。この甘さに病みつきになること間違いなしである。

 

 

最後の一口を終えて一息つく。これから大学だと思うと憂鬱というか、億劫だな。まあ幸い今日は昼までのコマしか取っていないから午前中の我慢だと考えれば幾分ましに思える。小町の病院には昼飯を食べてから行くことにしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、小町は()()退()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はつい虚空にそんなことを尋ねていたが、答えが返ってくることはなく。

 

 

その疑問に、俺は(つい)ぞ答えを思い出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は巡って昼下がり。503号室の前にいる俺は扉を開けられずにいた。周りから見たらさぞ不審なことだろう。こうして扉の前で立ち往生してから早5分。どうしてなのか分からないが、文字通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ずっと来ていなかった感覚が頭をよぎるが、昨日来たような覚えもある。二つの矛盾した既視感(デジャヴ)を振り払うことが出来ず、どうしても入ることが出来ない。

 

 

「おや、お兄さんですね。どうされましたか?」

 

 

後ろから呼ばれ、反射的に振り返るとそこには小町の主治医が人当たりの良い笑みを浮かべて立っていた。

 

 

「い、いえ………。……、立ちくらみです、すいません」

 

 

「そうでしたか」

 

 

ゆっくりと、人を安心させるように話すのがわかる。それまで開けることの出来なかった扉は突然質量を失ったかのように軽くなり、いとも簡単に開くことが出来た。

 

 

「比企谷小町さん。定期検診の時間ですよ」

 

 

「りょーかいです!」

 

 

ビシッ!と手を敬礼のポーズにして元気よく答える。こいつ、こんなに元気だったっけか。

 

 

「あ、お兄ちゃん。一昨日はごめんね。……でもお兄ちゃん、本当に昨日来なかったんだね。小町悲しいよ」

 

 

ぷくーっと頬を膨らませてわかり易く不満を見せる。

 

 

「まあ昨日は色々調べ物してたからな。どっちみち行けてなかったかもしれないぞ」

 

 

そこまで言って、1つ違和感を感じた。

 

 

 

……俺は一体何を調べていたんだ?

 

 

 

確かに俺は昨日調べ物をした。が、よくよく思い出してみるとなぜあんなことを調べたのか全く思い出せない。内容は文系の俺には程遠いもので、しかもとりたてて急ぎの用事でもなかったはずだ。不可解な記憶に、ますます謎が深まるばかりである。

 

 

「お兄さんは椅子に腰掛けていただいて構いませんよ。定期検診といっても、このレベルの患者ならもう自覚症状の有無や瞳孔の確認くらいしかしませ……、できませんから」

 

 

その言い直しに果たしてどんな意味があるのかはわからないが、俺はそうですかとだけ答えてカバンの中から本を取り出した。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「なあ小町、お前入院してから独り言増えたか?」

 

 

定期検診を終え、2人だけとなった病室で本を開きながら朝気になっていたことを聞いてみた。

 

 

「えー?そんなのわかんないけど、もしかしたら増えてるかも。前独り言言ってた時に先生が入ってきて超恥ずかしかったもん!」

 

 

先生とは言わずもがな、主治医の方だ。

 

 

「そうか。多分小町も一人暮らししたら今の1.5倍くらい独り言が増えると思うぞ」

 

 

「あははっ、それ小町に対する嫌味ー?いいよ、お兄ちゃん!かかっておいで!」

 

 

俺に対して半身になり、右手を上げて手招きする。もちろん下から上に手を振っている。

 

 

「別に嫌味のつもりで言ったわけじゃないが……、お前は一人暮らししたくないのか?」

 

 

変だな、俺が家を出る時、つまり去年の春に小町は俺のことを引くほど羨ましがっていたからてっきりしたいものだと考えていた。

 

 

「いやまあしたいけどさ……。どうしたの?お兄ちゃん。なんか今日変だよ?」

 

 

心配そうに俺を覗き込む小町。今はベッドの隣に備え付けられてある椅子に座っているので顔がとても近くなる。まあ、相手は妹なわけなんだが。

 

 

「そうか?」

 

 

俺も今日は調子が悪いと思う、とは口にはしなかった。

 

 

「そういやよ、小町。お前休みの日って空いてる?」

 

 

「??…ちょっとマジで意味わかんないんだけど、どゆこと?」

 

 

心配そうだった顔が一気に怪訝な表情に変わる。何か気に触るようなことでも言ったのだろうか。

 

 

「土日で空いてる日ないか?そろそろ春服を見てもらおうと思ってたんだが、どうだ?」

 

 

「どうだって言われても……、小町ここから出られないよ」

 

 

今度は悲しそうな表情になる。忙しいやつだな、なんて思ったが胸の内に留めて新たに質問した。

 

 

「そうそう、小町お前()()退()()()()()()?日にちとか聞いてるか?」

 

 

一瞬目を見開いた様子だったが、すぐに取り繕ってにこやかな雰囲気を纏った。

 

 

「ああ、そういうこと。…ごめんねお兄ちゃん。………小町もそれ聞いてないんだ。早く退院できるといいなー」

 

 

「まあ花盛りの高校生だ。やりたいことはいっぱいあるわな」

 

 

「………うん」

 

 

その言葉を最後に会話は途切れた。

 

 

 

 

 

不意に、虚空から声が聞こえた気がした。

その声は何を言っているか理解出来なかった。

しかし、一つだけ確かに聞こえた部分があった。

 

 

 

 

 

「逃げるな」、──────と。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

お見舞いに来て4時間程が経過しただろうか。途中小町に勉強を教えたり本を読んだりして時間を潰していると、突然扉がスライドした。

 

 

「こんにちは、先輩!小町ちゃん!」

 

 

「いろはさん、こんにちはです!ほら、お兄ちゃんも!」

 

 

「…よう」

 

 

小町に急かされて挨拶はするが、どうしても恥ずかしいもので。

 

 

対する一色も同じようなことを考えていた風だった。

 

 

「あ、その、こんにちはでつっ!?」

 

 

焦りすぎたからだろうか、舌を噛んで痛そうにしている。可愛いと思わなくもないが、例によって例のごとくそのまま伝えるのはやはり躊躇われる。

 

 

「あはは!いろはさん大丈夫ですか?」

 

 

「うぅ〜、恥ずかしい……」

 

 

先輩後輩の上下関係にしては仲のいい2人だ。見ていて微笑ましく思うな。べ、別に百合がいいとかじゃないんだからねっ!

 

 

あ、この際だからいっそのこと。

 

 

「なあ一色。土日空いてるか?」

 

 

唐突にそんなことを訊かれたからか、少しの戸惑いを見せながらもしっかりと答えた。

 

 

「え、ええ。わたしはもう受験終わってますしね」

 

 

「生徒会長は伊達じゃないな。そういやお前どこに行くんだ?」

 

 

「内緒です」

 

 

内緒の理由が謎だが、今は置いておく。

 

 

「俺の春服を見に行きたいんだけどさ、小町だけだとあれかもしれないからお前も来ないか?」

 

 

小町だけだとあれ、というのは口実だ。単純に一色を誘いたかっただけである。

 

 

しかし、一色のとった反応は俺の予想からは大きくかけ離れていた。

 

 

「え……?小町ちゃん、治ったんですか…?」

 

 

「いや、だから治ってからだ。流石に病人を連れ出すわけにはいかんだろ」

 

 

一色は依然理解出来ないといった表情を浮かべ、小町と目を合わせた。小町は悲しみを滲ませた苦笑を作っていた。

 

 

「先輩」

 

 

だから、その意思のこもった呼びかけに少し驚いてしまった。

 

 

「なんだ?」

 

 

「小町ちゃんは、治らないんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………ああ、そりゃそうだ。………そっか、そうだよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Life 54/62

 

 

 

 

 

 

 

 

 





書き終わった作者「……(おっも)…」


いろはは推薦入試で9月10月辺りで合格しています。なので小町のお見舞いにも来れるわけです。

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