――そこは「牧歌的」という言葉が似合うような、青々とした草が生い茂る草原だった。
空はその草原を称えているように爽快な青空で、強くもなく弱くもない、ちょうど良い陽光をこの草原にもたらしていた。
周囲には草と転々とは得ている小さな木だけ。少し遠くにはいくつか村を合わせたような小さな町はあるが、その喧噪もここにいては遠い。
生き物もそう多くはない。木の洞に小さなリスたちが巣を作っているか、気まぐれに小鳥が空を飛び交い、枝にとまって少々羽根の疲れをいやしている程度。
……いや、その草原には、一人の男が寝転がっていた。
男というより青年と言った方が良いだろうか、それとも少年と言った方が良いのだろうか。まだ第二次性徴を迎えたばかりといった様子の、青年になりかけた少年。瞼を閉じている所為で目の色は伺えないが、黒髪に少し黄色がかった肌、その顔だちはこの辺りでは見かけない、
袖をまくった白いワイシャツと、黒いスラックスは平均に比べれば少々筋肉質な体を包んでいる。それは鍛えているというよりも、肉体労働に従事していたので太る事はなかった、程度の筋肉ではあるが。
青年は何をするわけでもない、ただ目をつぶり、気持ちよくそよぐ風を肌で感じ、寝る訳でもなく、思索にふける訳でもなく、強いて言うならば「今日の晩御飯はなんだろうな」位の事しか考えていない。
それはそうだ――全身全霊でゴロゴロするというのは、こういう事なのだから。
「……働きたくないでござる」
……こんな所で何を口走っているかと思われるかもしれないが、もはやこれは彼にとっては口癖のようなものだ。
働きたくない。
何もかもを投げうち、自分の精神にあるありったけの何かしらのエネルギーを使って放った言葉は、そんな自堕落な言葉だった。
もっとも、現在彼は無職である。
そもそも、住所すら不定である。
まさかこんな見知らぬ土地で自分がよくニュース番組に登場する「住所不定無職の男性」になるとは思ってもいなかった。思ってなるものでもないのかもしれないが。
「こんな爽やかな場所で何を口走ってるんだい、○○」
不意に声が聞こえて、青年になりかけた少年――○○は億劫な気持ちを何とか振り払って目を開ける。
紅い。
全身紅いコートに包まれた、青年が立っていた。
髪の毛は、この太陽の光を具現化したような金髪。
眼の色は、この草原を凝縮して出来たような翠色。
物々しい留め具などが沢山着いている紅のコートだけが、この牧歌的な印象を破壊するようなパンクなものだった。
まぁそうは言っても、牧歌的という言葉に文字通り弾丸をぶち込めるような代物を持っている人間なのだ、今更そんな所を突っ込んでもどうしようもない。
「……なんだよ、邪魔するな。今俺は「何故人は死に、生きるんだろうか」という哲学思想的に大事な問題に思いを馳せていたんだぞ。思索の邪魔をするなよ」
「それの結論が、「働きたくないでござる」かい? 随分面白い言葉が飛び出てきたもんだね、僕びっくり」
「大事だろう? 働くという行為はそもそも人が勝手に広げていった、言わば「余計なもの」だ。それを否定し純粋に生きる事を享受しようという考えの何が悪い」
「でもこの社会システム上、働かないと君の大好きな本も読めなくなるし、それ以上に大好きな女の子をデートに誘えなくなるけど、それでも良いの?」
「良い訳がない。だから働かなくても本を読み、女の子とのラヴを育めるかどうか、という問題にシフトした」
「素晴らしいね、極まった怠け者だ」
「お前だって似たようなもんだろう? 人間、のんびりこうやって青空を見て生きて行けたならば、お前の嫌いな「争い」ってやつもなくなるぞ?」
「それは……悪くないなぁ~」
くだらない会話の中でも、○○と青年の顔には笑顔が絶えない。
2人とも、常に笑顔を絶やさない男たちだった。
青年はひとしきりウィットに富んだ会話を楽しむと、そのまま青年の隣に寝そべる。
彼もまた、このようにのんびりする時間が好きな人間だった。それを○○は当然の事だと思っている。
何かに思い煩うことなく、のんびりと空を見る。
これが好きではない人間がいるならば、もうそれはどうしようもない。働く事をプログラミングされた機械か、何か理由を引っ付けないと気が済まない理屈屋だけだ。
「彼が探してたよ~、君が調べ物を手伝わないからって。相も変わらず、眉間に皺を寄せてさぁ」
あれじゃ、雨が降ったら川でも出来るんじゃないかな、眉間に。などとくだらない事を言う青年の言葉に、○○は顔を顰める。
「あいつは……なんでそう俺を働かせようとするんだ。俺が役に立たない事を知っているはずなのに。
俺はあいつと違って魔術なんて奇妙奇天烈な技術体系を把握している訳じゃないし、お前と違って科学に造詣が深いって訳でもない。スマートフォンの操作にすら手古摺る俺だぞ?」
「その「すまーとふぉん」がどんな機械かは知らないけど、君はサボる天才だからね。三日前の事、忘れたわけじゃないだろう?
彼にさんざん『自分の部屋くらい掃除しろ。良いか、私が言っているのはあくまで最低限の事だぞ?』なんて言われたのに、自分の部屋に埋まっていた読みかけの本を発掘し、それを読み込んでいる内に一日終わった事」
「あ~、あの時は怖かったなぁ……『働かざる者食うべからずだよマスター。それとも君は、古代インドの修行者のように、断食苦行にでも挑むつもりかな? それは良い、これで少しは君の「怠惰」と「色欲」の煩悩もきっと消えてくれるだろう』なんて皮肉言っちゃって。
あいつ、もう口から皮肉しか出ないんじゃないか?」
「眉間に山と谷が出来そうだったよ」
青年はそう言いながら、さも可笑しそうに笑う。
○○からすれば全然、全く、これっぽっちも可笑しくないし笑えないのだが、他人から見ればそうなのだろうとも思っている。
だから何も言い返さない。
○○は大人なのだ。
「……なぁ、なんで俺なんだ?」
ふと今思いついた。
そんな感じで○○が口に出した言葉は、ここに着いてからずっと思っていた事だった。
青年は、それに何も答えず、困ったように笑みを浮かべるだけ。
○○は、それに構わず続けた。
「なぁ、なんでだ?
俺はお前らとは違う。剣術も、銃も使えない。使えないどころか、今までの人生で触った事すらない。
魔術や、行き過ぎた科学技術の知識もない。勉強苦手だし、生憎、中学校の必須科目じゃなかった。
戦っている時の指示が出来る訳じゃない。戦術眼なんて日常生活で使わない機能は、お袋の胎内に置いてきた。
それどころか、まともな事すら出来ない。昨日は皿洗いをしている最中に皿を割ったくらいだ。
……何も出来ない俺が、お前らの主ときた。何故なのか、理由はさっぱり皆目解らない。
説明すらなく、ここにいる」
何故、自分なのか。
○○にはまるで理解できない。
○○のいた世界には、もっと呼ばれるべき人達が溢れていた。
屈強な戦士でもいい。
思慮深い賢者でもいい。
指揮が出来る軍人もありだ。
もしくは、家事が出来て皆を癒せる可愛らしい乙女だって選択肢としてある。
……何故、
戦えもせず、
知識もなく、
戦を知らず、
癒しもせず、
ぐーたらで、「皆でのんびり日向ぼっこするのが夢。あと女の子って世界の宝だよね?」と公言するような、自分でも恥ずかしくなるようなダメ人間が選ばれたのか。
こんな、
《世界を救う》なんて大役に。
自分にはもったいないほど強く、思慮深く、戦いを知り尽くし、ついでに家事まで出来る二人の従者まで付けて、わざわざ。
……思い当たる節がないではないが、それは○○も流石に「無いな」と思っている。
「……それは、「たわけ。そんな事を考えている暇があるなら、少しくらいこちらの手伝いをしても良いと思うが?」――やぁ、よくここが分かったね」
金髪の青年の声に重なるように、凛とした声が草原に響く。
姿を見れば、これもまた青年だった。
髪の毛は、色素を感じさせない白髪。
眼の色は、鉄を製錬したような鋼色。
浅黒い肌は異国情緒があるが、顔つきは○○と同じアジア人だ。
普段は黒いレザーアーマーの上から紅い外套というパンクな恰好をしているのだが、今は黒いワイシャツに黒いスラックスといった普通の出で立ちだ。
きっと干しているのだろう、この家事大魔神ならばやりかねない。
「○○の考えている事など、そう難しい事ではない。ようは野良猫と大して変わらない」
「……猫に生まれ変わりたい」
「阿呆が、そんな事を言うくらいだったら今後の方針でも考えろ。植物だってに二酸化炭素を吸い込み酸素を吐き出し、温暖化に抵抗しているというに…君は酸素を吸い込み、二酸化炭素を吐き出す事しかしていない。他人に迷惑をかけている分植物以下だ」
「よくそんなポンポン悪辣な皮肉が出てるもんだ。その辞書どこで売ってんの?」
「生憎非売品でね」
いつも通りの会話、先ほど金髪の青年としていたものと同じ。
先ほどと違う事と言えば、片方……白髪の青年の顔は、眉間に皺を寄せたしかめっ面だという事くらい。
「……珍しく真剣に考えていると思えば、そんな益のない事を考えてどうする?
ここに何故お前が呼ばれ、従者として我々が呼ばれたのか。そんなのは呼んだ人間に聞いてみなければ解らないだろう。
しかもその人間の姿も何も解らない。お前がただ「世界を救え」と言われたという事しか手がかりはなく、何からどう救えば良いのかも解らない。
正直、考えても無駄でしかない」
「うわー、僕が言うのもなんだけど、結構遠慮がない!」
金髪の青年の苦笑混じりの言葉を、白髪の青年は鼻で笑う。
「こればかりは取り繕っても意味はない。
解っているのは――」
白髪の青年が、○○の眼を覗き込みながら言う。
「私達がここにいて、私達はお前に従う。
そして君は……君自身が考える程、悪い人間ではないという事だけだ」
ただそれだけ。
それだけなのだ。
「……それで、良いのか?」
俺みたいな奴に従って、良いのか。
そういう意味を含んだ呟きに、白髪の青年は溜息を吐く。
「仕方があるまい。君は私のマスター。それはもう揺るがしようがない。そしてありがたい事に、君は私達に悪辣な命令を下すような屑ではない。
……むしろ、心根は善良なそれだ。それだけは、ありがたいと思っている」
ここで「うわツンデレだ」などとは言わない。
○○は、やはり大人だった。
「うわー、つんでれだー」
一方こちらは子供だった。
「……お前、どこでそんな言葉を覚えてきた。君が元いた世界でそのような言葉はないように思えるんだが」
「○○に教わった」
元凶は自分自身だった。
白髪の青年の突き刺さるような視線が痛い。
そのような姿を、金髪の青年は微笑ましそうに見る。
こちらからすればいい迷惑だが。
「アハハ、でも、僕も同感かな。
ここがどこだが解らないし、何故か僕の上位存在として○○は認識されている。正直困った事ばかりだけど……うん、君は良い人だよ。
確かに何の力も持っていないかもしれないけど、それだけで十分、僕らは救われているんだ」
もし、これが。
○○が自分達の主ではなく、狡猾で、悪に属すると言っても過言ではない人だったならば。金髪の青年も、白髪の青年も、命をかけてでも抗うだろう。金髪の青年は自害を選び、白髪の青年はマスターを殺す。
そんな結果を容易に想像できるほど2人は頑固で、真っ直ぐだ。
それをせずに、このようにのんびりを会話できているというのは、○○の人徳のなせる業だった。
最初に会った時。
金髪の青年と白髪の青年に、○○はこう言った。
『俺は、出来るだけ誰も泣かないようにしたいんだ。
泣き顔ってのは、見てて気分がよろしくない。寝つきも悪くなる。
それは、嫌だ』と。
言葉そのものは、まぁ何というか、酷い物だった。
これでもかなり原形を留めないほど砕いて顆粒にしオブラートに包んでいる。
だがその眼は、
その眼だけは、自分たちの知っている、好ましいと思う眼だった。
ただただ純粋に、悲しむ誰かを思える眼だった。
だから自分達は、彼に従う事を決めたのだ。
唐突で理不尽な主従関係だし、まだ出会って一か月と少ししか経っていないが、それでもこの関係が悪いものだとは思っていない。
むしろ、楽しいものだ。
金髪の青年は――かつて共に旅をした友人を思い出し。
白髪の青年は――かつて食卓を囲んだ家族を思い出し。
○○は……はて、何を思い出したのか。
少なくとも、三人にとって、この関係性と共同生活が悪い物だったなどとは思わず、○○が主でなければ等と思った事は一度もない。
「まぁ、強いて言うならば、家事手伝いをしっかりこなして貰いたいものだがな」
「あ、それは同感かな。○○がサボると僕にお鉢が回ってくるから」
「……あれ? 主ってもっと尊重されるもんじゃない? 扱い雑じゃね?」
「「まぁ、○○だから「ね」「な」
「お前ら俺が一瞬感動してたのに何なのそれ」
じゃれ合いのような会話は、本人達も楽しそうだ。
金髪の青年が、ゆっくりと起き上がり、立ち上がる。
○○もそれに倣って、立ち上がって服についた草を払った。青臭いが、いい匂いだ。
「さて、そんな話はどうでもいいとして、そろそろ夕食の準備をする、お前らも手伝え」
「はいは~い……ちなみに、夕食は何だい?」
「ふむ、良い魚と、日本米と、酢が手に入ったからな。寿司でも作ろうかと思っている」
「oh! SUSHI!!!」
「なぜそこだけ英語なんだ、さっきまで普通だっただろう」
「あはは、何となく?」
2人の青年が歩くその後ろ姿を、○○はじっと見る。
……○○には隠し事がある。
従者がつけられている理由は解らない。
だが、それが何故2人なのかは、知っている。
――自分が憧れる存在だから。
かつて尊敬し、憧れ、自分もそうありたいと願った存在。
自分の中の「
……これをもし、2人に知られれば、2人はどう思うだろう。
自分達が偶像、物語の登場人物だと知って嘆くだろうか。それ以上に、○○は詰られ、嫌われるのではないだろうか。
そのような恐怖で、何も言えなかった。
もし、これを伝えられたならば。その時、○○は本当の意味で2人を信用できるのだろう。
「? おい何をしている、○○。とっとと来い。魚の鮮度が落ちる。
氷水に漬けてあるとはいえ、生物だからな」
「早く行こうよ~SUSHIが待ってるよ~」
少し先を言っている2人が、こちらに振り向いている。
金髪の青年――ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
白髪の青年――英霊エミヤ。
2人の「正義の味方」の背中を追いかけて。
とある伝承。
本にすらならず、社会にとってはマイナーだ。
普通の人は誰も知らない。
しかし一部には、必ず覚えている人間がいる。
彼らの偉業をたたえる人間がいる。
そんな3人がいた。
無数の剣を生み出し、操り、誰よりも人を守り続けた男。
必中の銃を振るい、前に出て誰よりも傷ついた男。
そして……何の力も持たない、しかし誰よりも、多くの人の涙を拭った男がいた。
――これは、そんな3人の物語だ。
何となく暇つぶしに書いたものが意外と面白かったのでつい投稿。チラシの裏にしたし大丈夫だよね? と割とドキドキ。
自分の好きな要素を盛り込んだだけの雑な話で、設定すら特に決めている訳ではない(サモンナイトなのにサモンナイト感0 主人公の名前がないなど)ので、続きは書きません!
……多分。
時間に余裕があったら設定練ってみようかな……(ブレブレ)
ちなみに、断じて腐ってはおりませんよ。