『やっぱ正義の味方って言えば、英霊エミヤだろ。最近の仮面ライダーよりヒーローだぜあれ』
『否定はしないけど、俺はヴァッシュの方が良いかなぁ。あの妄執レベルの不殺の誓いはやっぱり凄いよ。1世紀以上生きたって、普通の人じゃ辿り着けない』
『そうだけど、エミヤは人間レベルでああなったんだぜ? 凄くね?』
『歪んで後悔しちゃった時点で彼は良くも悪くも「常人」だよ。だからこそ良いんだろうけど、正義というより病気だって』
『えぇ〜ヴァッシュの方が病気臭いぜ?』
『そこは水掛け論だけど、ヴァッシュは正義の味方というより、もはや仙人だよね。常人には理解出来ないレベルの達観だよ』
『その達観が人間臭いのが良いよなぁ。
人の枠を超えた平和主義を持つ仙人と、人の域を超えた救済主義を持つ病人、か』
『……どっちもどっち』
『異常人なのは相も変わらずって感じだな』
『しかも何が怖いって、多分どっちも個人を見ている訳じゃないって所だよね』
『エミヤは人を助けたいのであってその人を助けたい訳じゃないし、ヴァッシュはもはや人類全体を見ている感じだからね。だからこそ2人とも同じ目的のようでいて、苦悩も結果も違ってくる』
『……現実にいたら、両方とも精神病棟入り間違いなしだな』
『否定出来ないなぁ……衛はどうだ? どっちが好きだ』
俺は……あれ?
なんて答えたんだっけ?
目を開けば知らない天井なんていう事は珍しくもない。この世界に来ては尚更だ。そもそも知ってる天井がないんだからどうしようもない。
木で出来た温かみのある、ログハウスのような屋根。
そして見える、女の子の顔。
エミヤのあれは色素が抜けた白髪だ、彼女のそれは陽光のせいか銀色にも見える。明るい青の瞳は宝石のようで、そんな姿なのにどこか勝気そうな印象がその可愛さを引き立てる良いスパイスになっている。よく見えないがスタイルも良い。大きな双丘は平和の象徴だが、なだらかなモノは平穏の表れだと思う。
簡潔に一言で表すならばこの子は――可愛い。
やっぱり画面の向こう側の世界はあったんだな。
「……君みたいな可愛い子に顔を覗き込んで貰えるなんて、最高の幸せだなぁ。
こんなに顔が近いんだ。このまま俺と熱いベーゼ(深め)とかしない?」
「……懲りてないならもう1発食らわすわよ。今度はその腐った脳みそ揺らしてやるから覚悟しなさい」
「フェア!!」
呆れ顔で辛辣な言葉を投げかけてくるフェアと呼ばれた少女と、それを押し留める桃色の髪の少女が見えて、少年は体を起こす。
ちょっと脇の下が痛いが動けない程ではない。
むしろ美少女からの飛び蹴りは業界ではご褒美だ。痛くても我慢する。
「これはこれはエニシア嬢。君が介抱してくれたの? 見た目通り、優しい心の持ち主なんだね、ありがとう」
「私には何もないのかしら?」
「いくら俺の心が広くて君が美人とは言え、流石に飛び蹴りをかましてくれた子に素直にお礼は言いたくないなぁありがとう」
「躊躇なしか!」
フェアの声を聞きながら周囲を見渡す。
「へぇ……こりゃ、良い店だ」
ゲーム画面では基本的に一枚絵で全体像を見る事は出来なかったし、現実に見ている方がやはり印象が違う。
木で作られ広々とした店内は窓が大きく作られていて、そのおかげで陽光がしっかり部屋の中に入っている。いくつもテーブルが置かれ大人数でも入れそうだが、少しも狭い感じはなく、むしろゆったりと座って入られそうだ。
安心する雰囲気。
このような所で宿泊し、朝起きてここで朝食を堪能出来るのであれば、多少遠くてもここに泊まりたくなる。
本当に、少し前まで閑古鳥が鳴いていたとは思えない。
「そりゃどうも。全く、あんた2時間も寝込んでたのよ?
飛び蹴りは……そりゃ悪かったと思うけど、か弱い乙女の飛び蹴りでそんなに気絶するなんて、鍛えていないのね」
「君が乙女なのは否定しないけど、絶対にか弱くはない」
いくら少年がフェミニストだったとしてもそこだけは否定する。
まるでロケットに縛られた時のような(経験はない)勢いで真横に吹っ飛ばされたのだ、か弱いは流石にないだろう。
「まぁ強い女の子っても魅力的で素敵だけどね。お昼時終わったんなら俺とデート「しない」つれないなぁ」
まぁいつもの事だ。
「なにあんた、女の子口説くのが生きがいなわけ? 気絶する前もエニシアに言い寄ってたわよね」
少年の為に用意した水を張った桶とタオルを片付けながら、フェアは苦笑する。
「アハハ、そりゃ女の子口説く為に男の子やってるところあるからね。特に君らみたいな美人なら尚更さ」
「筋金入りね……でも、良い加減にしないとまた気絶させるわよ?
私はともかく、エニシアは慣れてないんだから」
フェアが顎で示した先には、陶磁器のような顔を真っ赤にさせているエニシアが立っていた。
「あぁ、ごめん。そういう純情な子も好きだけど、困らせるつもりはなかったんだ」
「あ、いえ、その……慣れてないだけなので、言葉そのものは、その、嬉しいです」
素晴らしい。
恥じらい、自分のほめ言葉に喜んでくれる女性の笑顔というのは、どんな時でも自分を癒してくれる、少年は思った。
「エニシアやめなさい。そいつ多分褒めると調子に乗るタイプだから
とこで、いい加減名前なのったらどうなの?……それとも、まさか名無しじゃないわよね?」
「とんでもない、名前くらいあるさ
……
少し気まずそうに言う少年――衛の言葉に、フェアは訝しげにしながら何も聞かない。
これでも事情持ちの相手は慣れているつもりだ。厄介な事にならなければ、自分は気にしない。
「そう、マモルね……なんか、シルターン風の名前だけど、もしかして召喚獣じゃないわよね?」
その言葉に、衛は微妙な顔をする。
「う〜ん、どうなんだろう、微妙な所だなぁ。自分にも良く分かってないんだよネェ」
「はぁ? 分かってない?」
――そう、分かっていない。
最初についた街で色々調べてみた限りでは、召喚術に必要なものは最低でも3つ。
術者。
サモナイト石。
召喚される存在。
大物を召喚する為にはさらにそこから魔法陣を描いたり、術者も複数人用意したり、大量のサモナイト石が必要なのだそうだ。
ヴァッシュは強力な力を持った自立種。
エミヤは人類の守護者。
衛はそこら辺の一般人。
衛はさておき、2人を召喚するならば其れ相応の準備がいる。
だけど召喚された時は、大掛かりな儀式どころか術者もサモナイト石もなかった。何もない草原の中に3人で突っ立っていたというのが、この世界にやって来た最初の風景だった。
つまり、自分がそもそも召喚獣という定義に当てはまるかどうかも、謎だという事だ。
「うん……そうだ、もし良ければ一緒に考えてよ! 一緒に紅茶でも飲みながら、さぁ」
真面目な顔で思案していたが、その顔もすぐに楽しそうな笑顔に変わる。シリアスは1分も保たないのは、彼らしいと言えば彼らしい。
その顔に、フェアも呆れ顔だ。
「……あんた、飽きないの?」
「全く飽きませんな!!」
むしろ楽しいですな!!
「そう、私は呆れてるわ……そう言えば、あんた1人で来たんじゃなかったのね」
「? 何で知ってるの? やだ、通じちゃった? サトラレ? 俺サトラレなの?」
「いやサトラレが何だか知らないけど……さっき、なんか赤い服のヘラヘラしてるお兄さんと、白髪のいかつい系お兄さんが来て、今奥の部屋に通したけど、」
「今奥の部屋に」という言葉を聞いた瞬間、彼は動いた。
近くに置いてあったジャケットを取り、オープンカフェとして使われているテラスの方に走る。出入り口を回っていては時間がかかる。
逃走経路は単純明快、最短距離で突っ走る。
それがヴァッシュに教えてもらった逃走術の1つの極意だった。
もっとも、
英霊であるエミヤの足には敵わなかった。
「ったく、何故そんな無駄なものを学んでいるんだ貴様は!!」
「いやいや無駄じゃないじゃん逃げるの超大事!」
「大事だが今ここでは大事ではない!!」
尤もな言葉だった。
衛は文字通り首根っこを掴まれ、店の中に連れ戻されていく。
少年はそれほど体が大きくない方だとは言え、それなりの体格だ。それを片手で持っている事に、フェアもエニシアも驚いている。
アーチャーとして呼ばれているエミヤは筋力のステータスは決して高くはないが、それはあくまでサーヴァントとしてのものだ。
実際は、十分超人の域だ。
「さて、何がどうしてお前はここに来たのか。何故呑気に、いつも通り女――失礼、女性を口説いているのか、話してもらえるかな、マスター?」
「そ、その前に絞まってる、首絞まってるから」
シリアスになりきれない男――衛が初めてこの世界に爪痕を残した瞬間である。
勿論、これだけで終わったわけではない。
勿論この先は続く。
続きは……また日を改めて。
まだまだ手探りなので短めです。