Side 一夏
「防具は付けるのか?」
俺が準備運動を念入りにしていると箒に話しかけられた。見たところ箒が持ってるのは黒い木刀が2本だけ…てことは箒は防具を付けるつもりはないのか。要するに今からやるのは剣道じゃないってことだな。
「いや、付けない。俺、最近剣道はやってないからな」
「そうか、それにしては身体ががっちりしているな」
「おう、毎日必死に竹刀を振るってるからな」
「ほう、それは楽しみだ。この木刀は俊希が作った特別製だ。よっぽどのことがない限り折れることはない」
「ありがとな、箒」
そういえば、俊希と千冬姉が試合した時は何時も木刀を折ってたな。その度に俊希は健気に1人で折れた木刀の破片掃除をしてたもんな。木刀を軽く1回振ってみたけど重さは普通なんだな。折れないって聞いたからてっきり重いかと思ってたよ。
「馬鹿斑、準備は出来たか?」
「おう、何時でもいいぜ?」
俺は箒を真正面に捉えながら木刀を中段で構えた。箒も中段で構えると思ってたけど実際は違った。箒が構えたのは脇構えだった。それは昔から俊希が良く使っていた構え方で、剣道では全然使われてないけど戦とかでは良く使われていた構え方だった。前のめりな構え方的に突進してくるだろうから、そのスピードに注意だな。
俺が右に左にと身体を動かしてるけど、箒はどっしりと構えたまま動かない。気を伺ってるのか?それとも力を溜めてるのか?どっちにしろこの場は箒のペースであることは間違いない…ここはやっぱり先手必勝だな!その方が俺らしいからな!!
「おおおおおおおっ!!」
「はぁあああっ!!」
バシィイインッ!!
何でだ!何で俺が振り下ろした木刀が箒が横薙ぎに振るった木刀に弾かれたんだ!?って!そんなこと今考えてる暇がないぞ!!やばいもう次が来てるっ!俺の木刀は箒に弾かれたから絶対に間に合わない。仕方ない、後ろに跳ぶしかないっ!!
「それは愚策だ!!」
ドンッ!!
俺が後ろに跳んだと同時に箒が地面を蹴って大きな音を出した。ドンッ!!って一体どんな蹴り方をしたらそんな音が出るんだよ!?どうすればいい?どうしたら…っ!とりあえず構えないと!
俺の足が地面についたから急いで木刀を構えようとした。けど箒は俺を待ってくれない。箒は既に低い姿勢を取って俺の懐にいたんだ。そして、箒は俺の顎先を掠める一撃、強烈な突きを繰り出してきた。俺は顎を引いてギリギリで避けれたけど箒の木刀は俺の顎先の直ぐ上にある。対して俺の木刀は箒に懐に入られたせいで振り上げたままになっていた。俺の敗北は誰の目にも明らかだった。
「参ったか?」
「ま、参った…」
「そうか」
そう言った箒は俺から木刀を離して体制を崩した。すっげー悔しい。箒にここまで差を見せつけられるなんて思いもしなかった。そりゃあ負けるとは思ってたけどここまであっさり負けるとは思ってもみなかった…
「そう落ち込むな。お前の剣は思っていたよりもかなり重かったぞ?」
「それでも、俺は箒にあっさり負けた…」
「無理もない。私とお前とでは鍛えているレベルが違うのだ」
「それってどういうことだよ?」
「身体が倒れるまで俊希と延々稽古だ。昔亡くなったお祖父様が見えたのは1度や2度ではない」
そ、それって意識がやばい方にとんだことがあるってことだよな!?俊希との稽古を思い出してか箒の身体が小刻みに震えてる…どれだけ俊希に扱かれたんだ!?
「織斑、人はあっさりと死ぬのだな…」
「こえーよ!!虚ろな目をして遠くを見ないでくれよ!箒が実際に味わったみたいじゃないか!?」
「身体がな、ふわふわしながら天に昇っていくのだ…」
「止めてくれぇ!!俺に情報を与えないでくれ!後実際に味わったことを否定してくれぇえええ!!」
「静かにしろ、織斑一夏」
俺に声をかけて来たのはどこからどう見ても千冬ねーーいや、身長と胸の大きさは違うか。ほとんどが千冬姉と同じ人、織斑まどかだった。
「お、お前はっ!織斑まどか!」
「そうだ、私が織斑まどかだ。まどかのまはさあ光線銃をうち○くれぇー!のまで、まどかのどはもう○うだっていいや!!のどで、まどかのかはさぁ禁断の○実今ぁ!のかだ」
「何だよこいつすっげー面倒くさい!?何で全部ボカロなんだよ!ていうか千冬姉と顔がそっくりなのにキャラが違い過ぎるだろ!!」
しかもボカロの選曲が俺のお気に入りの曲ばっかりなんだけど!カラオケでよく歌う曲ばっかりなんだけど!ていうかまどかが美声過ぎて驚きを隠せないんだけどっ!?
「織斑一夏はボカロが分かるのか。ふっ、オタク」
「ぐはっ!?こ、これはだな!俺の友達がたまたまカラオケで歌ってたのをたまたま覚えてたっていうか何というか…」
別にうそは言ってないはずだよな?弾と数馬もカラオケでよく歌ってるしな!それに実際、俺がボカロをはじめて聞いたのは数馬の千○桜だしな!
「織斑一夏、目が泳ぎまくっているぞ」
「そ、そんなことはないって!俺の目はいつだって泳ぎまくっている」
「織斑…言い訳が下手過ぎるぞ……」
箒が呆れたように何か言った気がするけど俺には何も聞こえてない!早く話を逸らさないとみんなに俺がボカロ大好きっ子だってことがばれるっ!(残念、もう既にバレバレです)
「とにかく!そんなことは置いといてだ!何でまどかは千冬姉と顔がそっくりなんだよ?」
「それはだな、織斑一夏。私はお前だからだ」
「は?何言ってーー」
「私はお前の双子の姉なんだよ」
「な、何だってぇええええ!?」
まどかが俺の双子の姉ちゃんだって!?どっちかっていうと妹だろ!身長も俺のほうが大きいし。
「私は覚えていないのだが、両親が私だけを連れて海外に行ったんだ。その後直ぐに両親は事故に遭い、私はとある孤児院で育った。その孤児院の名は『ワイミーズハウス』と言って優秀な子供を育てる孤児院だったのだ」
ん?ちょっと待って…ワイミーズハウスって孤児院の名前に何処か聞き覚えがあるけど気のせいか?いや、気のせいじゃないな。何だっけ?割と最近に聞いた気がするんだけど…
「その孤児院で特別優秀だった私は孤児院を巣立った後コードネーム『M』を名乗り、世界で数々の事件を解決に導いたのだ。特にキラ事件などは厄介だったな」
「それってデ○ノートの○の設定じゃないか!それに○はキラ事件を解決する前に死んだし!あっ、実写版しか見てないのか…」
「にわかがファンを名乗ってはならない、そう言いたいのだな?」
千冬姉とそっくりな顔で俺を睨まないでくれっ!恐怖で身体がガクガクしてきただろ!?ご、誤魔化さなくちゃ…!
「そうは言ってないけど…あ、後コードネームMって何だよまどかのMか!?」
「Mの由来は私がMだからだ」
「だから千冬姉のアイアンクローを喰らって嬉しそうだったんだな…って!そんな真実は知りたくなかったし聞きたくもなかった!!」
「嘘だ」
何だうそか、良かった…ん?んん?どこからがうそなんだ?さっきのMってところ、だよな…?じゃあさっきの○のくだりは、うそだよな。まどかが俺の姉ちゃんってことは、本当?あやしくないか?
「まどか、どこからどこまでがうそなんだ?」
「さぁ、どこからどこまでなんだろうなァ?」
「ヒィィィィィ!!」
頼むから!本当頼むから千冬姉とそっくりな顔でニヤリッてしないでくれ!お願いしますー!100円あげるからぁー!!
「まどかさん、織斑くんを弄り過ぎだよ」
まどかに恐怖していた俺を救ってくれたのは、俺より身長が大きくて黒い髪を後ろ手に縛った女の子だった。ていうか、俺の身長より大きいってことは170cm以上ってことだよな…すげーな。
「私の名前は加藤要っていいます。苗字が俊希くんと一緒なのは従兄弟だからなんで要って呼んでね。よろしくね、織斑くん」
「お、織斑一夏です。俺も一夏でいいです。よろしくお願いします」
「同い年だから敬語は使わなくていいよぉ。後、一応この家には私やまどかさん、箒さんに束さんに俊希くん以外に2人が住んでいるよ」
「そうなんだ。で、その2人ってのは?」
「1人は扉からひょこっと顔を出してる水色の髪の更識簪さん。簪さんは人見知りだよ」
「更識、簪。簪、でいい…」
俺に話しかけたと思ったら簪は直ぐに顔を引っ込めた。簪はよっぽどの人見知りなんだなぁ。
「もう1人は一夏くんには会わせられないんだ」
「何でだ?」
「くーちゃんは私だけのものだからっ!」
「へ?」
「くーちゃんを君のような人に、俊希くん以外の男の子の前に出してたまるかぁ!?」
「静かにして下さいお姉様。もう直ぐ俊希様と千冬様の試合が始まりますよ」
要が声を荒げて変なことを言ったと思ったら、後ろから突然現れた銀色の髪を伸ばした目を閉じている色白の女の子に頭を叩かれていた。何時の間に要の後ろにいたんだ?全く気づかなかった…
「申し遅れました、私の名前はクロエ・クロニクルと申します。クロエでもくーちゃんでも、私と分かる呼び名でしたらどう呼んで頂いても結構です」
「くーちゃんはねー、私の子供なんだよー!!」
この綺麗な声はどっかで…あっ、インターホンの人か。それに束さんいつの間に!?まぁ束さんだからそこは気にしなくてもいいか。あれ?何かつっこまないといけないことがさっきの束さんの言葉からあった気がするけど、今は俊希と千冬姉の試合を集中して見ないとな…俺の目の前には黒色のジャージを着た千冬姉と、オレンジ色のジャージを着た俊希が互いに対して礼をした。
Side 千冬
「こうして死合いをするのは何時ぶりですかね?」
試合が始める前の礼を済ませた後、俊希は私に話しかけてきた。ふっ、少しの間だけ話に興じるのも悪くない。
「4年ぶりだな。月日が経つのは早い。だが、私はこの日が来る事をずっと待ちわびていたぞ。お前は如何だ?」
「勿論ですよ。待ちわびてなかったらあんな挑発文をドイツにいる千冬さんに送りつけませんよ」
「ふっ、そうだな。ではそろそろ…」
「はい、そうですね」
私は足の感覚を確かめながら俊希から受け取った黒い木刀を中段で構えた。最初は様子見でいくか?いや、最初から全力で叩き潰す。そのつもりでやらねば斬られるのは私だ。
私達は構え始めてから一歩たりとも動かない、いや、動けない。互いに動くタイミングがないのだ。その時、ふと視界に入ったのは一夏だった。良し、一夏の頬を伝う汗が床へ零れ落ちた音が聞こえた瞬間に動くか。私は俊希と一夏を注視しながら耳をすませた。やがて汗が頬から顎へと伝い、1粒の雫となって床へと落下し始めた。
ピチャッ…
「はぁあああああっ!!」
「おおおおおおおっ!!」
バシィイイイインッッ!!
私の全力の唐竹割りと俊希の横薙ぎがもの凄い勢いで衝突し、互いが互いの木刀を弾いた。そうだ、この感覚だ…この感覚をどれほど待ち望んでいたことか…
「私を楽しませろ!俊希ぃいいい!!」
私はこの日の為に鍛え抜いた身体を駆使して、縦横無尽に木刀を振るった。だが俊希は私の木刀に1つ1つ反応しどんどん避けていく。4年前は弾かないと捌けなかった量をいとも容易く避けるか…面白いぞ!!もっとだ、もっとだッ!!
「『
俊希は私が木刀を振るおうとした時には既に私の視界から姿を消していた。何故だ?私は俊希の一挙手一投足にまで気を配っていた筈だ。何故だ?何故この時に今日俊希と会った時が思いーーそうか!あの時と同じ動きを今使ったのか!
バシィイインッ!!
私は振り下ろそうとした木刀を無理やり軌道修正して後方に振るった。何をしたかは分からんが俊希は私が知覚できない移動法で背後に回ったみたいだ。その俊希は私が反応してくるとは思わなかったのだろう、酷く驚いた様子だ。その一瞬が命取りだ!チッ…ギリギリで私の一太刀から逃れたか。
「何でさっきの攻撃に反応できたんですか!?」
「1度私の前で見せただろう?」
「え、ええ。見せましたけど…」
「その経験と、後は勘だ」
「カンて…やってらんねぇよ!!」
俊希が私との距離を詰めながら木刀を横薙ぎに振るった。私はそれを真正面から受け止めて鍔迫り合いを始めた。私はどんどん力を入れていくが木刀はビクともしない。俊希が此処まで私に力を出させるとはなあ!流石私が見込んだ男だ!!
私と俊希が木刀を引いたのは同時だった。此処で俊希に競り勝ってみせるぞ!私は俊希が振るうより早く木刀を振るい、先手を取った。対して俊希は私の太刀を避けるのではなく弾き、私に一太刀浴びせようとまでしてきた。考えは同じという訳だな。
「「此処で勝たないと負ける!!」」
私と俊希による激しい攻防が繰り広げられた。私が縦横無尽に振るった斬撃を俊希は弾き、斬撃と斬撃の隙間を縫った俊希の一太刀を私は躱す。どちらにもミスは許されない、そんな一進一退の攻防を制したのは私だった。
私が俊希に弾かれるのを見越して無理やり木刀が描く軌道を変えたのだ。本当にこの日の為に、この日に合わせて身体を仕上げた甲斐があった。普段なら無理やり軌道を変えるなど1度が限界だからな。
俊希は私の動きにギリギリで反応したが身体が後方へ吹き飛んだ。私はチャンスと思い脚を踏ん張り床を思いっきり蹴った。だが、私に薄っすらと疑問が湧いてきた。私が木刀の軌道を変えるだけで俊希がこうもあっさりと吹き飛ぶのか?と。疑問は直ぐに確信へと変わった。何故なら俊希の口元がつり上がっていたのだから。
「『
俊希は私とやや距離が離れた状態で木刀を横薙ぎに素早く振るった。私は咄嗟に木刀を前にするも俊希の木刀は私には届かない。何の為に木刀を振るったのか分からなかったが、突如私の木刀に強い衝撃が伝わった。私は瞬時に脚を床につけて踏ん張るも身体が止まるのに数秒の時間を要し、脚の裏は焼けたように熱く痛みが走る。何が起きたのだ…?
「
真空波を形成して飛ばすだと?無茶苦茶にも程がある。そんな巫山戯た事はアニメや漫画での世界でしていろ。現実に持ち出すな。それよりもだ。状況は均衡を保っていたが私の不利という状況に陥ってしまった。先程の踏ん張りの所為で脚の裏に痛みを感じるようになってしまった。無理もない。踏ん張り過ぎた所為か床に私の脚の裏が描いた線が焦げ跡として残っているからな。
「どんどん行くぞッ!!」
俊希は私に向かってきながら木刀を振るってきた。私は先程と同じく木刀を躱そうと脚を動かした瞬間に脚の裏に痛みが走った。その所為で私の動きがひとつズレてしまい、俊希の一太刀を弾く事しか出来なかった。俊希は私が顔を歪ませたのを見逃さなかったのだろう。さっきよりも回転の早い攻めをしてきた。
脚の裏が痛む所為で後手にしか回れない私と攻撃の回数をどんどん増やす俊希。そんな状況の中、私の頭に過ぎったのは『
織斑流、それは高校生時代の私が持て余した身体能力を活かしきる為に作った私しか知らない剣術である。この織斑流自体が私にとってかなりの黒歴史なのだ。だが、この中の剣術は今の私から見てもどれも高い完成度を誇っている。それに今の私の全力を上乗せしたら勝てるかもしれん。チャンスは脚の裏の痛みを踏まえると1度きりだ。上手く距離とタイミングを見計らわないと。
そう考えている間も俊希の猛攻は続いている。すると、私の脚の裏に大きな痛みが走った。私は思わず頬を歪ませてしまい意識が数瞬脚の裏にいってしまった。俊希が好機と見たのか木刀を横薙ぎに振るってきた。だが、私はその横薙ぎを待っていたのだ。私は脚の力を抜き敢えて俊希の斬撃を私の木刀に当て吹き飛ばされた。
私は膝を柔らかく使いかなり低い姿勢で着地した。前を見ると俊希が真空波を飛ばそうとしてるのか、木刀を上段に構えていた。俊希が何をしようが私は寄って斬る。それだけだ!
「『
「『
私は脚先からありとあらゆるバネを使い、爆発的な力を生み出してその力を全て床に蹴るのに使った。そうして生まれた速度は一時的にだが音速を超える。私は木刀を前に伸ばすとやがて壁にぶち当たる感覚がした。これは俊希が形成した真空波だろう。だが、私の一突に突き破れないものなどない!
私は見えないが真空波を突き破る事が出来たのが手の感覚で分かった。だが、それと同時に私の身体を飛ばしていた速度が失われた。俊希との距離は未だ開いている。ならば、やる事は決まっている!もう1度一突を繰り出せば良いだけだ!!
私は再び姿勢を低くした。早く地面を蹴らねば俊希がまた真空波を飛ばしてくる。私は脚先の感触を確かめた瞬間、感じた事のない強さの痛みを感じた。
「ぐぅううあああああああああッ!!!」
ズドンッッ!!
私は脚の痛みでフラつく身体に鞭を入れ、無理矢理にでも床を蹴った。先程と比べると見劣りはするがそれでも十分な速度が得られた。後は私の木刀が俊希に届くかどうかの賭けだ。
「はああああああああッ!!」
「『
俊希が居合いの構えから私が見えるギリギリの速度で放たれた木刀は、私の首元を斬る手前で止まった。一方、私の木刀は俊希の首元に突き刺さる手前で止まった。
「引き、分けですね…はぁ、はぁ」
「そう、だな…」
私達は互いに木刀を下ろし、一歩後ろに下がり礼をした。何とか引き分けに持っていけた、という感じだ。やはり、あの真空波は厄介だったという印象が強い。試合中に私が怪我を負うなど初めての事だったぞ。それ程までに俊希は成長していた、という事だ。
やはり、お前は私を楽しませてくれる。まさか織斑流剣術を使う羽目になるとはな…私も練習すれば真空波を出せるようになるのだろうか?私は脚の裏の痛みから意識を逸らす為に只管に真空波を出す事を考えていた。