※原作キャラクターの激しい暴力、流血、欠損描写があります。
※オリジナルキャラクターが登場します。
泥と雑草の入り混じった不潔な場所に、彼女は叩き落された。
その時走った激痛により、彼女は可憐な少女らしからぬ苦悶に満ちた声を上げて華奢な体を悶えさせた。
それによって白い玉のような肌も、小綺麗な洋服も、頭の両側で結んだ艶やかな長髪も、一瞬にして泥塗れになった。
何の罪もない美しい少女が目の前で汚れていく様を見ながら、一人の男がゆっくりと右手を伸ばし、銃口を泥土の上で痙攣する少女の体に向けた。
サングラスに隠したその視線が何を狙い、何を思っているのか、傍らではうかがい知ることは出来ない。
そして男が引き金を引くと、衝撃的な火花と破裂音と共に打ち出された銃弾が、横たわる少女の体を射抜いた。
さらにもう一回、重い鈍器を叩きつけたような鈍い音が二回続き、少女の胸と脇腹が一瞬ぐにゃりと凹んだ。
そして噴火の様に血煙を男の目線に届くまで撒き散らし、少女の体が再び泥の上を回転する。
強力な銃弾により体内のを破壊された者は、少し遅れてようやく反応を示す。
微かな、しかしこれ以上のないほどの苦痛を伴って、少女は自分の意志に関係なくただ呼吸していた。
風穴が開けられた肺が呼吸しようとするたびに呼吸器に激痛が迸り、体が激しく痙攣して銃槍から血が溢れ出る。
胃の内容物と血液が混ざりあったものが喉と食道を行き来し、そして口の中に満たされ、彼女はたまらず、絶叫しながら汚物を口から零した。
もはや制御の効かなくなった体をどうすることも出来ず、横たわったまま嘔吐を繰り返し、血に染まった汚物を垂れ流した。
混乱する意識の中で激痛に蹂躙され続けた。
その状態は、少女から生存する望みを奪い、死を覚悟させるに十分であった。
死に対する抵抗を諦めたことにより、最低限の微かな呼吸だけが継続される。
しかしそれを許さぬかのように、男は再び引き金を引いた。
今度も二回、放たれた弾丸は大腿や胸を貫通し、鮮血の噴火を舞い上げ、少女の体に泥と血の汚濁の化粧を施した。
急所は狙わなかったが、血の池が次第に彼女の体を包み込んでいく。
その傍らでは、灰色の和装に黒い防具を身に着けた白髪の少女が、恐ろしいほどに目を見開きながらその様を見つめていた。
その様相はサングラスで目線を隠した男以上に、どんな感情も表してはいなかった。
獣の耳と尾を持つその少女は、呆然と立ち尽くしながら微動だにせず、少女が鮮血と泥に染まりゆく様を眺めていた。
男は更に立て続けに銃弾を放った。
脇腹がえぐれ、ドロリとした血液と脂肪の塊が、銃弾の衝撃により体表に溢れ、手に撃たれれば指が爆ぜ、足に撃たれればその衝撃で膝関節がひしゃげ、細い足があらぬ方向を向いてぶるんと回転した。
撃たれるたびに体が殴打されたかのように突き飛ばされ、体の一部が噴血と肉塊になって舞い上がった。
そして全ての弾丸を撃ち尽くした時、男はつい先程まで少女だった物の姿を無言で観察すると、おもむろに懐から拳銃の新しい弾倉を取り出し、空の弾倉と交換した。
そして拳銃を手の上で回して銃身部を握ると、白髪の少女に差し出した。
「お前の番だ、椛。」
男は、それまで銃で少女を嬲り物にしていた人物とは思えぬ優しい声で少女に言葉をかけた。
椛と呼ばれた獣の少女は、差し出された拳銃のグリップをゆっくりとした動作で受け取ると、小さな両手で力強く握りしめた。
そしてその照準を、泥まみれと血塗れとなり、もはや元が何者だったのかすらだか分からなくなった少女へと向けた。
男はかすかに椛の手に自分の手を添えて、その構えを安定させた。
「よく狙え。お前は姫海棠はたてという個人だけを殺すのではない。烏天狗共を殺すのだ。」
男は椛の獣の耳に頬を添えて優しく呟いた。
その瞬間、それまで不自然に見開いていた椛の表情が、何かに憑かれたように変貌した。
まるで彼女以外の誰かが彼女の中に住み着き、そして今現れたかのように。
醜悪な、獲物を食らう怪物の表情を湛えて。
一方で、姫海棠はたてと呼ばれた、もはやかつての見る影もないほどに殺されかけた少女は、生命が確実に尽きようとしているこの時、最後の足掻きを見せていた。
無数の銃弾に体を貫かれ、抉られ、ズタズタにされもはや指先一つ動かすことの出来ないはずの肉体を、己の精神を以て鞭を打ち、芋虫のように体を動かして、その蒼く深い瞳で、椛を見据えたのだ。
泥と血に塗れた顔では表情は伺い知れない。
しかし、その瞳は何かを強く、椛に訴えていた。
それは、怒りや恨みでも、疑問でも悲しみでもなかった。そして次に、はたての口が僅かに動き、一つの語を発した。
その瞬間椛の顔に浮き出た怪物は悪鬼となり、一発の銃弾が、椛を見つめるはたての右目を爆発させ、血の混じった水晶体を椛の足元に撒き散らした。
「よし、撤収だ。」
はたてが血の池の中に沈むの確認してから、二人はそれに背を向けた。
◆◇◆◇◆◇
彼方から乾いた破裂音を聞いたとき、彼は珍しく足を止めていた。
いつもなら平然と、それとも多愛の無いことをぼうっと考えながら歩き去る鬱蒼とした林道の中で、一つ聞いただけで自然の音ではない、不自然な音が彼の歩みを止めた。
ふと音の方向に首を向けると、丁度彼方まで広がる森林が望めた。
曇天の下で濁った色をした深緑は、生温い風を受けて気味悪く蠢いている。
何か、得体のしれないものが潜んでいても可笑しくないような、不気味な様相を呈していた。
視線の遥か遠方では、上空で鳥たちが騒ぎ立てている。
先程の破裂のせいだろう。
響き方からして、かなりの音量だったのだろう。
火薬か、それにしても大きすぎる。
もしや……。
そう思ったとき、二度目の破裂音が響き渡った。
更に続けて三回、四回、立て続けに、曇天と濁った森の間の、薄暗い空を駆け抜けて彼の耳にまで届く。
彼はそこにその場所に見に行くまいかと、一瞬活気ある好奇心をぐんと胸に湧き上がらせたが、そこでまた一瞬にて、その好奇心を胸中に押し込んで平常心を取り戻し、帰路に着くかを一考した。
野良妖怪共の喧嘩ならわざわざ出向く必要はない。
それは近所で起こる野良猫の喧嘩と変わらない。
しかし、あの音に思う予感はそれとはまた違った。
もし、野良猫の喧嘩と同等の出来事ではないのだとしたら、それならばあの場所に赴いて音の原因を確かめに行く価値はある。
彼が迷い始めたとき、曇天の彼方から、人間の二人分の姿が飛翔し、自分の上空に接近していることに気がついた。
そしてその姿の正体が何者であるか察知した時、彼は決断を下した。
あの音のした場所に行かなければならないと。
妖怪の山の中でも、恐らく上流階級のものであうその装束を纏った二人の内、白狼天狗であろう少女が、ちらと彼を一瞥したが、二人は特別彼を纏った構うこと無くそのまま頭上を通り過ぎていった。
妙だ。
まるで好きにしろと言っているかのようだ。
しかし、もしかすれば、いや半分ぐらいの確率で、我々人間にとって特に関知する必要もない、彼らの個人的な問題とも考えられる。
だが、それよりもほんのすこし低い確率で、人間にも重大な問題として関わってくる出来事が起こってしまったことも考えられる。
とにかく見に行かなければならなくなったのも確かだ。
彼は体を浮遊させ、曇天の中へと一気に自分を加速させた。
先程二人が飛行してきた空中の道筋を思い出しながら。
そして眼下に注意を凝らしながら木々の合間を観察していると、彼は間もなく目に止まった、赤い染まった一帯を見つけ、それを凝視し、そして両手で顔を覆った。
そして、恐る恐る両手の隙間から、またそこを見た。
ああ、やっぱり間違いない。
彼は体の力を抜き、木々の高さまでひゅんっと自由落下すると、静かに力を込めてまた体を浮遊させた後、ゆっくりと空中を泳ぎながらその場に降り立った。
鮮血と肉塊で真っ赤に染まった泥土の上に。
彼はその真中の血の池に沈みかけているものを見下ろして、品定めするように視線を巡らした。
そしてふむ……と彼が声を漏らした時、頭上から、ポツリポツリと小雨が降り出し始めた。
「さすがに天狗だな。人間なら死んでる。」
そう呟いた彼はばさっと勢い良く和服の上着を脱ぎ捨て、それを彼女の体に被せ、巻きつけた。
その瞬間、頭上で爆発的な雷鳴が轟いた。
氷のような無機質な男の顔が、雷鳴に照らし出された。
◆◇◆◇◆◇
「はたて、はたて、いないのか? 私だ。」
長身をインターホンに向かって屈めながら、彼は二三度声をかけた。しかしやはり、いつもの慇懃な口調の返事が帰ってこない。
玄関には鍵がかかっている。
外出中なのだろうか。
しかし、彼女を誰よりも知る彼にとっては、今の時間はちょうど起床し、ある程度の身支度が終わった頃合いであることを確信していた。
「おかしいな……。」
彼は一つ声を漏らし、腑に落ちない表情を現して踵を返した。緑の豊かな丘陵地帯に立つ一軒家に、また時間を改めて、手製の食事を届けようと思っていた。
その時、一人の烏天狗の少女が、彼方の上空を飛行していくのが彼の目に止まった。
それは、彼のよく知る人物であった。
「あの方は、はたての……。」
彼は彼女の向かっていった先を目で追いながら、その胸に穏やかではないものを、ふと抱えていた。
それは、ほんの小さな一抹の、モヤモヤとした感触であったが、自分の大切な人の身に、何か良からぬ事が起こっているのかもしれないという不穏な予感は、今この家に彼女が居ないという不自然な事実によって、如何にしても拭い難いものになっていた。
◆◇◆◇◆◇
不潔な色の染みの数々で薄汚れた布団の中から、彼女はもそもそと這い出て、苦しそうな呼吸混じりに上体を起こした。
残された右手をぎこちなく動かし、行灯を模したテーブルランプを灯した。
すると彼女の姿がぼんやりと浮かび上がった。
まともな手入れもせず、茫々と伸ばしきった黒髪。
白い寝間着から見える首筋や右手に見える、幾つもの発疹や痣の跡。
骸骨のように痩せ細った体躯。
頬の肉が堕ち髑髏の用になった顔。
生気を失った死人同然の目。
それは「亡くした」者の姿だった。
「……早苗……あんたまだ成仏してなかったの……。」
あまりにも弱々しい声で、彼女は肩を震わせ涙を零す早苗に向かって、皮肉の言葉を発した。
彼女と向き合って座敷に正座する緑髪の女性、早苗は、思わず息を呑み、玉のような涙を両目に浮かべた。
「霊夢さん……!!」
早苗、彼女はうう、と呻きながら、膝の上に乗せた両手を強く握りしめた。
爪が手のひらに食い込み、血が滲むほどに。
そして血と涙を拭うと今度はその顔に強固な意志を湛えて霊夢を見据えた。
「いいえ……私はまだ死ねません。やるべきことが残っています……。」
「やること。」
強い語調の早苗に対して、霊夢は虚ろで呆然とした声で一言応えた。
「はい……それもあなたと一緒にです。」
「はぁ。」
何気なく、老婆のように霊夢はまた応える。
早苗の傍らでは、守矢神社の一柱、洩矢諏訪子が、口元に得体の知れぬ笑みを浮かべて二人の様子を眺めていた。
「望道様、あれを。」
早苗が背後を振り返り、そこに座す者に告げた。
それは白い獣の耳、獣の尾を備えた、白狼天狗の男であった。
望道と呼ばれた彼は、片手に持ち手が付いた、金属製の箱を取り出し、霊夢と早苗の間にドスンと置いた。
霊夢がぼうっとその箱を眺めているのに構わず、早苗は箱の蓋を開けた。
その中身を目の当たりにした瞬間、それまでまで宙を漂っていた霊夢の視線が、突如意志を持って箱の中身を凝視したのである。
「これは……あんた……。」
霊夢は、これで早苗の腹積もりをほぼ看破していた。だが、だからどうすれば良いのかは分からない。
霊夢は、これを見せられても答えを詰まらせるしか無い。
そこには、鈍色の輝きを放つ、金属製の義手が納められていた。
霊夢は、これがただ、片腕を失った自分に対する差し入れではないことは一瞬にして理解できた。
早苗達は、ただ死に行くだけの身である自分を動かして、何かをさせたいのだ。
それも、とてつもなく不穏な何かを。
「これだけではありません。あなたに、かつて以上の力を与える用意が整っています。」
「早苗……。」
「私達と来てください。霊夢さん。今こそ私達の手で、かつての平和な幻想郷を発する取り戻すのです。」
早苗は狼狽える霊夢の手を取り、優しく両手で包み込んだ。
「私達ならきっと成し得えます。」
「でも……それは……。」
言葉を詰まらせる霊夢。
だが早苗は自分の意志に歯止めを掛ける気はなかった。
「……これを。」
早苗は懐から、ある八角形の物を取り出した。霊夢はそれを見た瞬間、大きく目を見開いて、息を呑んだ。
それは紛れもなく、友人が大切にしていた物。
今となっては悲しみだけが残る遺品となってしまった物。
「お忘れですか……!」
早苗は一喝し、目を見開いた。
霊夢は早苗から目を逸らし、ただか弱く打ち震えた。
そして次の瞬間、霊夢は早苗の手から、懐かしく、悲しい八角形の遺品を弱々しく奪うと、両肩をぶるぶると震わせながら、痩せ細った片手でそれを胸に抱きしめた。
脳裏をよぎる、かつての懐かしい記憶。
あの人と送り過ごした、色鮮やかな日々。
素朴で幸せな幻想の世界、平和な日常、ほんの数ヶ月前まで続いていた、私の穏やかな人生。
しかし…もう……。
ぼんやりと過去の思い出にふけった後、霊夢は顔を上げた。
そして、血走った目で、歯を剥き出し、遺品を手に早苗に詰め寄った。
お互いの眼と眼が急接近する。
「……やれるの? 私達に……。」
「勿論です。」
早苗は、真剣な眼差しで霊夢を見つめ、静かに答えた。
その傍らで、諏訪湖がククッ、と意味深な笑みをこぼした。
障子の向こう側で雷鳴が轟き、強風が吹き荒れ、豪雨が降り注いだ。