※オリジナルキャラクターが登場します。
※原作設定の大きな改変があります。
◆◇◆◇◆◇
助けた烏天狗が持っていた映写機を直すため、里の電気屋から妖怪の山の河童を尋ねる里長の息子、雅世だったが……。
彼は外装が剥がされて内部構造が露わとなった、はたての射影機を食い入るように見つめてその中身を観察した。
そして二回ほど関心と困惑が混じったような唸りを発すると、外装を元に戻した。
「…申し訳ないんですがこれはちょっとウチでは直せませんね。」
彼は申し訳なさそうに雅世に告げた。
痩せた体躯に色黒、狐のような細い目に黒縁の眼鏡、そしてやや出っ歯な中年男性。
その人相そのものはあまり良さげではないかも知れないが、清楚なYシャツとベストという出で立ちと、慇懃で腰の低いその態度は、間違いなく仕事に真摯な社会人のものである。
外の世界の電気製品を専門に取り扱う彼は、幻想入りが活発な外の商人の中でも最古参になる。
科学技術に対する知識などまるで持たない人里に、数々の家電製品や情報端末の便利さと使い方を広め、里の生活の一部に加えた。
それは人里の文化に大きな進展をもたらし、大いなる功績と讃えられた。
加えて、その人柄、その仕事ぶりを以って、彼は里の人々から信頼を得るに至ったのである。
雅世もまた、彼を信頼する者の一人である。
「やっぱり難しいですか、河童製の機械は。」
白物、黒物問わず多くの家電製品が並ぶ店のカウンターを挟んで、彼の前に立つ雅世は言った。
外の世界の機械と河童が作る機械とでは、大きく勝手が違うことは理解していたが、彼ほどの専門家でも頭を悩ますのだから、よほど次元の異なるものなのだろう。
「そうですねー…外の既製品と違って、完全に手作りなものですから。構成されている部品も、その取り付け方もまるで見たことがない概念ですし、液晶やカバーなんかは割と外の流用品っぽいんですが……なによりバッテリーに当たる部品が無いのが不思議ですね、一体どうやって動いているのか……。」
「こちらでは、使用者の魔力で動かす物は多いので、その類ではないですかね。」
「あーなるほど……。」
彼は顎に手を当て、深く考える様子を見せた。
「とりあえず、浸水による電源関係のショートだとは分かりましたんで、申し訳ないんですが、修理の方は製造者の方にお任せするしか……。」
「分かりました。ありがとうございます。佐々木さん。」
「どうもすみません。またお役に立てる事があれば、何なりとお申し付けください。」
深々と頭を下げる彼に対し、雅世も小さく頭を下げた。
雅世はたての映写機を大事そうに布で包むと、彼の構える店舗、佐藤電気店を後にした。
「ご来店ありがとうございました。」
快活な彼の声が、ガラスの自動ドアをくぐる雅世を見送った。
この扉は最初こそ動揺したが、今はもう慣れたものである。
里の景観も大分様変わりした。
伝統的な長屋が並ぶ街に混じって、自転車や電気三輪車が、精密に加工され完全な平坦となった、石畳の道路の上を走っている。
人々は一見古風な和服に身を包んでいるが、ハンバーガーを頬張っていたり、オーディオプレーヤーで音楽を聞いている者も居る。
洒落た形の電灯は、その懐かしい見た目とは裏腹に実はオレンジ色に着色されたLEDだ。
伝統的な外観の家屋は最新の建築技術により優れた居住性と耐久性を誇り、どの家庭にも地下配線により電気が供給され、あらゆる家電製品の恩恵を受ける事ができる。
外の世界から流入してきた道具の影響力は凄まじかった。
店から出て長屋の通りを抜けた雅世は、里の中央にある公園に足を踏み入れていた。
大きな広場に噴水やベンチが置かれ、色とりどりの美しい花が並ぶ花壇もある。
更に広場で一番に目につくのが、幾つか設置された超大型の映像スクリーンである。
日中は絶えず様々な映像や音楽、外の世界天気予報などが放送されており、時々映画なども放映される。
最近では、山の烏天狗達が新たな報道手段だと目を付けて、時折このスクリーンで、幻想郷中の面白おかしい情報が映像付きで放送されるようになった。
風の噂では、このスクリーンでニュース番組を流すためのテレビ局まで設立され、スクリーンにも外部から放送を受信するためのアンテナが設置された。
このスクリーンの人気は高く、消灯される夕方まで、映像を見つめる視線が途絶えることはない。
それまで娯楽も少なかった里の人々にとっては、これをただぼんやりと眺めているだけでも大きな娯楽であった。
外から流入してきた娯楽は多いが、まだそれらに馴染めない者にとっては、ここでスクリーンの映像を眺めることが一番であり、このスクリーンこそ、人里の文明が一歩前進したことの象徴であった。
雅世が公園に通りがかった時、そのスクリーンの中では、丁度烏天狗の娘が映っており、写真付きで何かを声高に語っていた。
<<……もし人里で彼女らしき人物の目撃した、または彼女に関する情報をお持ちの方は、妖怪の山の麓までお越し頂き、警邏の白狼天狗にご説明いただければ私達がその証言を受け取ることが出来ます。何卒ご協力をお願い致します。>>
<<なお失踪の直後より、天狗の練兵館兵士と天狗衛兵隊が全力を上げて行方を捜索しておりましたが、本日早朝に突如捜索を中断したとのことです。何らかの緊急事態が発生したとのことですが、現在での情報開示は無く……>>
<<次のニュースです。本日守矢神社の祭神の一柱、洩矢諏訪子様が人間の建造した発電所に視察を行われました。諏訪子様は人間が持つ科学の力に大きな興味を抱いておられ……>>
<<同行されているのは、先日新たに守谷の神官として就任した……>>
今日も烏天狗の報道番組が盛況のようである。
老若男女問わず、多くの人々がスクリーンに見入っている。
しかし雅世は特に耳を傾けようとしなかった。
通りがかったついでに、自動販売機で緑のモンスターエナジーを二つ購入すると、ふわりと宙に浮き、妖怪の山を目指して静かに飛翔した。
◆◇◆◇◆◇
妖怪の山の一角に彼女達の住む世界がある。
鬱蒼とした森の中を抜けると、爽やかな川のせせらぎが聞こえ、雅世は安堵を覚えた。
もう何度も来ている場所だが、いつ迷うかわからないという不安は消えない。
一歩足を踏み入れれば、言い表しようのない不安や焦燥がじわりじわりと胸の中に広がり、例えようもない危機感や緊張が体を不気味に痺らせる。
人間にとって妖怪の山とはそういう世界だったが、今日はいつものもまして不自然で、しかも妙に落ち着かない気がしていた。
誰かに狙われている、というほどでもないが、妙に不吉な感覚が常につきまとっていた。
しかしそんな山の中においてここは別格の桃源郷だった。
雑木林を抜けた途端、雅世の視界を一瞬、眩い光が覆い尽くした、そして次に見えた光景は、深山幽谷の中に広がる、美しい渓流地帯であった。
山の上から流れ出る複数の河川が絡み合う中に、微かに青みを帯びた岩石が所々に聳えている。
周辺は鋭く切り立った渓谷となっており、鬱蒼とした森林からは隔絶されている。
緑は青々と目に染みるほど美しく、流れる水は信じられないほど透き通り、所々で切り出されたような岩は、抽象的な彫刻のような印象さえある。
人里に住む人間にとっては、この上なく異質で美しく、神秘的な場所。それが、「彼女」やその仲間達が住む世界だった。
よく見ると、渓流の両側を覆う木々の合間には、渓流の自然と調和するように、 ちょっと古ぼけた様子の、バラックのような簡素な建物が無数に並び立っている。
その中からは微かな灯りが灯っていたり、何か物音がしたりと、その住民の営みを感じさせるものが伝わってくる。
あれが河童達の住む集落である。
妖怪の山の界隈の中に、ひっそりと独自のコミュニティを構築して暮らす不思議な妖怪。
山に住む妖怪にしては珍しく、人間には友好的で、胡瓜など彼女達の好む物を渡せば、その神がかり的に器用な手先で創り上げた、便利な道具を受け取ることが出来るとされる。
事実、人里の急激な近代化の中には、外の世界から幻想入りした物資や技術以上に、河童の献身的な協力があってこそである。
もちろん、報酬はそれなりに用意された。
中でも最も喜ばれたのは、「きゅうりのキューちゃん」なる外の世界の漬物だった。
雅世は渓流をまたぐ橋を渡って、「彼女」の住む家へと歩を進めた。
それは河童の街の中でも特に郊外にある。
渓流からは離れ、茂みと木々のトンネルを抜けた先に、隠れるようにひっそりと、町工場のようなガラクタと油の匂いにまみれた家が立っていた。
シャッターの上がったガレージの中には、雅世も見たことのないような機械や工具が詰まっている。
奥の作業机では、小柄な蒼髪の少女が、何かの複雑な機械をいじるのに熱中している。
彼女を尋ねれば、必ずよく見かける光景だ。
このガレージこそが彼女のプライベートルームであり、隣の質素な住居は食べるか寝る為だけにある。
「にとりー。」
雅世は作業に没頭する彼女の名前を呼んだ。
彼女の名は河城にとりと言い、雅世や人里の人間にとっては協力的な河童としてよく知られており、里の近代化においても多分に貢献している。
また、雅世にとっては唯一のガールフレンドでもあった。
「あ、雅世! そっちから来るなんて珍しいじゃないか!」
にとりは雅世の存在に気づくと、それまでしがみついていた机から離れ、底抜けに明るい顔をしながら雅世の元に駆け寄った。
「今日は急で済まない。ちょっと直してもらいたいものがあるんだが…お代はこれでいいかな?」
と、雅世は手にしていた、まだ良く冷えているモンスターエナジーの缶を差し出した。
「500ミリ缶だ。」
「おお~素晴らしい~♡ 最高だよ~♡」
にとりは目を輝かせて喜び、缶を受け取ると、力を込めて雅世に抱きついた。
普通河童と言えばきゅうりが好物なのが常識とされているが、にとり関してはどうもこのモンスターエナジーが気に入ってしまったらしい。
ただ、今の雅世にとっては、にとりが感謝と愛嬌を振りまいてくれるほど、気まずさに胸が締め付けられた。
「ささ、では今日のブツを♪」
「それが……。」
意気揚々とねだるにとりとは反対に、雅世は一瞬、躊躇いの表情を見せると、恐る恐る懐に手を入れて、布で包んだ「それ」を取り出すと、布をほどいてにとりに差し出した。
それを見た瞬間、上機嫌だったにとりの顔が、ハッと驚き、硬直していた。
「ねぇ、これって……!」
「やっぱ、知ってたか……詳しく話すよ……。」
写真器や映写機、その他報道関係の機材で烏天狗と深い関係のある河童が、これを知らないはずはないであろうことは雅世も承知だった。
また、二人がガレージに入っていく姿を、遠方の茂みから双眼鏡で監視する存在があったが、二人がそれに気づくことはなかった。
ベレー帽を被る彼女は双眼鏡を繰り返してきた下ろすと、背後に潜む者達にハンドサインを示した。
◆◇◆◇◆◇
雅世は自分の分のモンスターエナジーを飲みながら、映写機を修理するにとりと作業机を挟んで向かい合っていた。
人当たりは天真爛漫な彼女だが、機械に取り組む姿勢は真剣そのもので、一言も言葉を発しない。
ガレージの中は、外から入ってくる僅かな環境音を除けば、彼女が細かく動かす工具の音しか聞こえない。
ただ今日ばかりは、その沈黙がお互いにとって重苦しいものだった。
雅世は、その映写機を預かった経緯について詳しく、しかし作業の邪魔にならないように説明した。
「……はい、あがったよ。水の侵入によるコンデンサのショートだった。」
「ありがとう。これであの娘も納得してくれる。」
雅世はにとりから、修理された映写機をも受け取った。
にとりの表情は陰っている。
「……でもどうしてはたてさんが、そんな……信じられない。」
「はたて? はたてって言うのか。」
「そう。姫海棠はたてさん。普段は一人で暮らしてるけど、実はすごい偉いところの御令嬢なの。」
「そりゃまた……すごい人預かっちゃったな。」
予感はしていたが、本当に相当な身分だったことが分かると、雅世はまた気が重くなった。
「でも、そんな誰かに憎まれたりする人じゃない。絶対に……! なのに、なんでそんなこと……!」
にとりの語調は、怒りと悲痛が篭っていた。
いつも笑顔と愛嬌を絶やさぬ彼女らしからぬ態度だったが、それだけに、あのはたての人望と人柄が伺える。
高貴な身分で、人柄も清廉潔白……確かによほどのことでも、そんな人物があんな目に遭わされるというのは、少なくとも人間の雅世には理解できなかった。
しかし一方で、妖怪の山に人間の道徳や倫理が通用するはずもないということも分かりきっていることだった。
「……銃声を聞いたあの時、彼女が居た場所から二人の天狗が飛び去っていくのを見た。一人は背の高い烏天狗、もうひとりは白狼天狗の少女だ。」
「白狼天狗の……?」
にとりは呆然とした様子だった。
無理もない。
白狼天狗と言えば、妖怪の山においては下層の身分であり、貴族階級である烏天狗の隷属でもある。
烏天狗に対し、彼らは絶対的な奉仕と忠誠を近い、その支配下に置かれなければならないのが常識と言われている。
そんな白狼天狗が、以下に物理的な力で勝ったとしても白狼天狗を手に掛けるなどというのはあり得ない話だった。
しかし、別の烏天狗に強要されたとなると話は別になる。
たとえ烏天狗に強要であっても、他者を傷つける意志など持たない少女であっても、実際にその手で、烏天狗への反逆を行ったいうのなら、それに対する制裁は決して免れない。
自ら手を汚したくない小心者か、あるいは命令に逆えない目下の者を眺めて悦に入る異常者のために、罪のない少女が一人裁かれる。
今時、是非曲直でもそのような案件には多少なりとも情状酌量の余地ありと見なされるものだが、烏天狗がそこまで寛容とは思えない。
他者を屈服させ、その上に立つ事こそ彼らの理想であり、その為には如何なる力の行使も惜しまず、またそれを脅かす者の排除には一切躊躇はない。
それが、烏天狗という種族であり、彼らの信奉する法である。
だが、例外も居たようだ。
「そんな、そんなはずない、見間違いだ、見間違いだよ……はたてさん、白狼天狗にも優しくて、みんなに好かれてるのに……。」
同じ山の労働階級として、河童と白狼天狗の関係は深い。
この沢にもよく白狼天狗の少女が遊びに来ることもある。
にとりの動揺も無理のないものであり、また、そうした白狼天狗達との交流もあった雅世にとっても、できれば目の錯覚だと信じたい事実だった。
まして、あのはたてが、白狼天狗にも慕われる人物だったとしたら、余計に痛ましい。
「ねぇ……。」
「ん?」
「それ、誰かに言うの……?」
震えた声で言うにとりの問いに、雅世はすぐには答えなかった。
実ははたてが寝ている間、あの件は既にある烏天狗の耳に入れていた。
彼女は山の有力者とパイプを持っており、近々自分達が烏天狗の事情徴収を受けなければならないのは明らかだった。
そうなれば、第一発見者であり、また里長の息子という身分の自分は、誠実な態度で応じなければならない。
無論隠すことも出来る。
だがそれは、彼らに対する裏切りであり、後々に自分達の立場をも危うくする行為にほかならない。
烏天狗が本気を出せば、事件の関係者はすぐに洗い出される。
そう、あの白狼の少女のことも。
「訊かれれば嘘はつけない……。」
雅世は苦し紛れな回答を、苦心して絞り出した。
すると、にとりは椅子から立ち、雅世の元へと歩み寄ってその手を取った。
「雅世……はたてさんだけじゃなくて、あの子達も守れないの……? もし本当にそうだったら……。」
蒼い宝石のような瞳が潤んで、純朴な悲しみを湛えて雅世に訴えている。
彼女の言うと通り、白狼天狗の犯行が公に認められれば、本人だけでなく、その家族や友人、仕事場の仲間も処される可能性もある。
引いては、白狼天狗の社会そのものにも辛辣な重責が科せられる可能性も大きい。
「……気持ちは分かるよ。」
雅世はにとりの小さな手を握り返し、その青い瞳を見返した。
「隠すことも出来る。まだ俺と君しか知らない。」
「えっ……。」
雅世が言った瞬間にとりの表情が困惑の色を示した。
それは、何よりこの事実を隠蔽する行為が常識に反しているからであった。
「でもそれをすれば、何の罪もない彼女に対する裏切りになる。にとり、はたてはそんな風に裏切ってもいい人なのか?」
「い、いや、そんなこと無いよ! はたてさんは烏天狗なのに、白狼や私達にも優しいし、言葉遣いとか礼儀とかすごく丁寧だし、びっくりするほど字がキレイだし……。」
にとりはそこまで言うと、雅世の手を握り返しめて、無言で俯いた。
望まない殺生を強要された白狼天狗か、謂れのない非情な暴力を受けたはたてか。
どちらを尊厳を守ればよいのか、今ここで決断を下すことは出来ない。
にとりの肩が震えだしていた。
「でも、希望は持てる。」
「え?」
「俺達は、はたての身を守った身分として、本当の犯人が正しく裁かれることだけを望む権利がある。」
「出来るの? そんなことが……。」
「烏天狗だって全員が血の凍ったような連中じゃないだろ。はたても、きっと白狼を護ってくれるさ。」
「うん……。」
にとりは言葉を詰まらせて、ストンと椅子に座ると、残ったモンスターエナジーを少しずつ、気まずそうに視線を泳がせながら飲んでいた。
雅世は、こういうときは男性側が雰囲気を良くする気の利いた話の一つでも切り出すのが流儀だと心得ていたため、ふと今日妖怪の山に来る途中に覚えた、奇妙な違和感について話そうとした。
「そういえば、にとり。今日ここに来る途中に気づいたんだけど。」
「ん?」
「白狼天狗の姿が見当たらなかった。いつもなら必ず彼女等に声をかけられるんだけどな。」
妖怪の山は、その全体に渡って白狼天狗の警邏団が巡回しており、昼夜を問わず外部から許可なき者の侵入を許さない、厳重な警備体制を取っている。
烏天狗の生活圏ほど厳重でもないが、河童の場合も例外ではない。
その人員の数は凄まじく、妖怪の山に近寄るだけでも必ず白狼の姿があると言われるほどである。
白狼天狗の目をくぐり抜けてここまで来ることなど、ましてや出会いすらしないことはありえないことだった。
「ウソぉ。」
にとりは目を丸くした。
ひとまず先程の重苦しい空気が払拭されつつあることに雅世は安堵した。
「ホントだよ。関所ももぬけの殻だった。何か特別な集会であるのかな。」
「そういうのは聞いてないけど……。」
その時、ガレージの扉の向こう側に何人もの人影が現れていることに二人は気付いた。
雅世は手にしていたはたての映写機を素早く懐に仕舞い込んだ。
にとりは、その姿の正体が何者か理解すると、ビクンっ、と大きく体を震わせて、思わず一椅子から立ち上がった。
それは、迷彩柄の服に身を包んだ少女の姿をした集団だった。
雅世とにとりが彼女達の姿を認識したその瞬間、その迷彩柄の集団は瞬く間にガレージの中へと押し入り、腰の鞘から大型のマチェットを引き抜き、その切っ先を雅世に向けた。
「ひゅい!」
にとりが驚愕して後ずさり、その拍子に派手な音を立てて転倒した。
「にとり!」
雅世はにとりの元に駆け寄り、すぐさま武装集団に対しその体を庇った。
「動くな!」
先頭の一人が張りつめた声を上げた。
「丁度よく妖怪の山まで来てくれるとは、迂闊なやつだ。」
「お陰で手間が省けた省けた!」
「かなりの情報を持ってるはずだ。」
「口だけ話せればいいなら、手加減はいらないな……?」
彼女等が指しているのは、他でもない雅世のことであった。
攻撃的な態度で迫ってくる彼女は、マチェットの他にも、防弾ベストを着込み、腰から手榴弾をぶら下げている。
中には、自身の身の丈ほどもあるライフル銃らしき物を構えている者も居る。
完全武装の様相だ。
彼女達が何の目的で自分に武器を突きつけているのか、雅世にも分からない。
だが少なくとも、彼女達がかねてから雅世を知っているような口ぶりであることに、雅世は違和感を覚えた。
山に入ってから妙に感じていた落ち着きの無さが、何らかの予感であったかのように。
「穏やかではないな。」
雅世はにとりを庇うようにその前に立ち、先頭に立つ、黒いおかっぱの髪に赤いベレー帽を被った少女に告げた。
どうやら彼女は集団の隊長格らしく、右手を掲げて、雅世達を護る取り囲む部下達に武器を下げさせた。
「里の人間、用心棒衆の天寺雅世だな。」
隊長が厳つい口調で雅世に告げた。
「そうだ。」
「我々は妖怪の山上層に住む山童だ。この度天狗衛兵隊と共に、情報収集に当っている。」
「例の烏天狗か。」
雅世もまた毅然とした態度で応える。
「その通り。先日に烏天狗の姫街道はたての身柄を確保したという、先程の話は確かだな?」
盗聴されていた……雅世は自分の迂闊さに後悔した。
いくら河童の居住区でも殆ど人気のない郊外にあるとは言え、あのような話は気軽に話すべきではなかった。
しかもこれだけの集団で殺気と気配を殺し、ここまで接近するのを許してしまったのは、雅世にとって大きな不覚であった。
ただし、彼女等が自分に対し何かを偽っていることを、雅世は既に察知していた。
「盗み聞きか。良い趣味とは言えないな。」
「映写機を見せろ。」
軽口を叩く雅世に対し、隊長は冷淡に命令した。
「雅世……。」
雅世の背後で、恐怖で足腰が立たないにとりが弱々しく声を上げた。
「大丈夫だ。」
雅世は振り返らずにとりに言い聞かせると、懐に手を入れ、先程にとりに修理してもらったばかりの映写機を取り出し、隊長の前に無言で差し出した。
周囲の部下達が一斉にどよめいた。
「顔の下に持て。そう、そのまま。」
雅世が言われる通りにすると、隊長の山童はベストの胸ポットから薄型のデジタルカメラを取り出し、雅世の顔と映写機が映るように撮影した。
「ふむ……間違いない。トライデントもある。では、それを渡してもらおう。その後、貴殿を、重要参考人として連行する。念のため手錠をかけさせてもらう。後ろを向いて両手を背中の―」
「それには従えないな。」
山童の命令を雅世が遮った。
「なんだと?!」
今まで冷淡だった隊長の表情が苛立ちに歪んだ。
「この件に関しては、既に妖怪の山朝廷の使者に伝えてある。既に捜索は打ち切られて、今頃は人里の代表者との対談と、彼女の身柄を受け取るための段取りが進められているはずだ。当然、君達も既に情報収集を行う理由はない。」
そこまで雅世が言うと、隊長の表情が元の冷静さを取り戻していた。
いや、不気味なほど無表情になったと言う方が正しい。
「もし君達が衛兵隊と同じ指揮系統の元で動いているのなら、とっく捜索中止の命令が出ているはずだ。」
「……ほう。流石に当事者だな。」
隊長ゆらりとした動きでマチェットを構えた。
同様に部下達も、その切っ先を雅世に向ける。
「その上、初対面にも関わらず俺の名前に、用心棒の所属であることまで知っていた……山の上層に住んでいるはずの山童がか? よほど念入りに洗ってくれたらしいな。」
すると、隊長は不敵な笑みを口元に浮かべ、ククク、と笑みながらマチェットを手の上で遊ばせた。
そしてピタリと立ち止まると、右手を静かに上げて部下達にハンドサインを示した。
構えの指示である。
無数の刃と銃口が、一斉に雅世とにとりに向けられる。
「天寺雅世。年齢二十六。里長家の長男。用心棒衆、若衆組筆頭。曲者ぞろいの部下を率いる優秀な指揮官。資源や土地目当てに幻想入りする外の企業には、強力なガードマンとして相当顔が売れた、熟練の戦士。にとりとは……もう結構な付き合いらしいな。」
隊長が得意げに右手のマチェットを遊ばせながら、雅世の素性を述べていく。
雅世はあえて沈黙を保っていた。
「クク……我々の科学力を尽くしてお前や里長について全部調査した。流石、伊達に妖怪を超える力は持ってないな用心棒。だがむしろ好都合だ。適当なウソを考える必要もないからな。」
「にとりは関係ない。目的は何だ? 俺を付け回して何が知りたい?」
「大人しく連行されれば分かるさ。さもなければ……。」
隊長が遊ばせていたマチェットがクルンっと宙高く舞い上がり、そして再び隊長の腕に収まった。
「ここで用を済まさせて貰うさ。如何に優秀だろうが、丸腰に加え大事なお仲間が居居るんだから応戦などしようと思わないよな?」
「そうだな……。」
「雅世……伏せて!」
その時、背後でにとりの声がしたかと思うと、雅世と隊長の足元に小さな瓶が投げ込まれ、大きな音を立てて割れると同時に、凄まじい量の噴煙が巻き起こり、ガレージ内を灰色の煙がいっぱいに満たした。
山童達はその煙を吸い込んで咳き込んだり、驚愕のあまり物に躓いて転倒したりと、一瞬の内に混乱の中に陥れられていた。
銃を持っていた山童が思わず乱射し、爆音とともに撃ち出されたエネルギーの弾丸がガレージ内を破壊していく。
突然の事態に驚いたのは雅世も同様だった。
しかし、にとりが何の意図を持って煙幕を張ったのは即座に理解していた。
「ぐふっ……にとりか?!」
雅世はとっさに服の袖で口元を覆い、床に伏せる。
「ごめん雅世、姿勢低くして! こっち!」
雅世の目の前に、煙の中からにとりの小さな手が現れ、こっちに来いと合図をした。
煙で視界が遮られる中、雅世はにとりに言われると、地を這うような姿勢で素早く山童達の方位をすり抜けると、ガレージの中から飛び出した。
視界が開けると、雅世はにとりを抱きかかえた。
「追え! 逃がすな! 最悪殺しても構わん! 絶対に里に返すな!!」
隊長の怒号を背に、にとりを抱えた雅世は河童の街に続く道を駆け出した。
【河童】(カッパ)
妖怪の山の下層において沢や池など水源が豊かな場所で生活する種族。
器用な手先と明晰な頭脳、そして柔軟な発想力から、限りある資源から外の世界と同等以上の高度なテクノロジーを発明して生活に役立ており、それが河童にとって至高の娯楽ともなっている。しかしあくまで娯楽的な行為であり、組織的な開発や、同じものを大量生産することは苦手としている。
性格は親しみやすく疑うことがなく、小ざっぱりとしていて誰に対しても友好的。気分屋な一面もある。きゅうりを好物とする。
妖怪の山では白狼天狗と同等の階級であるが、高度な技術を持つために天狗から卑下されていたり労働力として酷使されている様子はない。
山の中では人間と最も親しい種族であり、きゅうりを報酬に道具の修理や建物の建設などを任される事がある。